オールドアクションゲーム二次創作   作:dwwyakata@2024

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3、知り尽くした者

罠に掛かったのは、たったの三匹。

 

ニャルラトホテプとやらは、すでにそれを把握しているだろう。そして、奴がやるべき事は、決まっている。

 

この三匹、つまりジョーとアーサー、それにスペランカーを。己の巣から、生かしては帰さないことだ。

 

そうすることで、人間側はより大戦力を、このフィールドに投入せざるを得なくなる。それはたとえ勝っても負けても、人間側の世界に、破滅的な混乱を世紀単位で引き起こすだろう。

 

ただし、スペランカーがいきなり来たのは、ニャルラトホテプとしても誤算の筈だ。既に分身を二体も潰している上に、四元素神のうち、三柱の滅びに関わっている、筋金入りの神殺し。しかも、手練れが二人、護衛についている。

 

ニャルラトホテプは、様々な戦略的選択肢を、此方から削っていった。

 

かといって、奴が一方的に有利な訳では無い。

 

ジョーは、スペランカーを一瞥した。

 

元々若々しいアジア系、その上J国人。子供にしか見えないが、この女をニャルラトホテプと一対一の状況にさえ持ち込ませれば、どうにか出来るはず。勿論、どうにも出来ない場合も想定して、手は打っておかなければならない。

 

ブービートラップを避け、或いは排除しながら、密林を進む。

 

時々木に登って、状況を確認。

 

やはり、間違いない。

 

木を降りると、ジョーは後方の二人を手招きした。

 

「やはり、十字砲火の焦点に誘い込もうとしているな」

 

「ふむ、敵の気配は感じぬが」

 

「間違いない。 おそらくは、あの辺りで、我々を一網打尽にするつもりだ」

 

ジョーが顎でしゃくったのは、要塞の麓。

 

そう判断したのは、地形からだ。それにトラップの配置も、何より敵が姿を見せないことも。

 

斥候さえ配置されていない。

 

此方の動きを誘導して、大戦力を一気に投入して片を付けるつもりか。

 

おそらく、邪神の力か何かで、此方の動きを常時把握しているからこそ、出来ることなのだろう。

 

「対策は」

 

「裏口に回る」

 

此処からの会話は、電子手帳を使って行う。文字を書いて、二人に見せる。

 

ハンドサインを事前に決めておけば良かったのだが、其処までの事は期待していない。特にスペランカーは、即座に把握するのが不可能だろう。だから、支給品であるこれがまだ壊れていないうちに、利用する。

 

「裏口に回るというのは冗談だ。 そのまま、真っ正面から突っ切る」

 

「今のはブラフか」

 

「相手に読まれると思うけど……」

 

「別にそれは構わない。 正面攻撃を仕掛けるのは、俺だけだ」

 

裏口の場所については、既に把握済み。

 

ただし、かなり守りが分厚い。

 

「密林での戦闘であれば、あの程度の数ならいなせる。 アーサー、お前は後方から、スペランカーと共に要塞に潜入して欲しい」

 

「ふむ、我が輩に任せると」

 

「要塞内部の構造は未知数だ。 俺は正面から敵を突破しつつ、内部での合流を目指す」

 

既に、頭は冷静だ。

 

さっき、スペランカーと話して、不思議と頭が冷えた。

 

スペランカーはきちんとジョーの話を理解して、その上で話を進めた。ジョーも大人だ。そういう態度を取って貰えれば、譲歩も出来るし相手と協調をするつもりにもなる。何より、不思議な感覚だ。

 

スペランカーとは何度も共闘したが、じっくり話したのは、はじめてかも知れない。

 

周りの人間が、スペランカーに対する態度を見る間に軟化させていくのを何度も見てきたが。

 

此奴はおそらく、昔からまれに優れた指導者にみられる存在。

 

他者を引きつけるカリスマの所有者、という事なのだろう。

 

アトランティスの経営を事実上していると聞いていたが、それで問題が起きているとは聞いていない。

 

自分の頭が悪いことを自覚して、他人に頼ることを厭わないから、出来ることなのか。

 

「ジョーさん、無理は……大丈夫そうだね」

 

「任せておけ。 俺は戦場を幾多渡り歩いて来た。 支援が無い状態での単騎特攻がどれだけ無謀かは理解している」

 

まず、ジョーが仕掛ける。

 

その後、火力に物を言わせ、アーサーが後方を突破。混乱に乗じて、ジョーも前面を突破する。

 

その後は連携して要塞内部の敵を無力化し、傲然とふんぞり返っているニャルラトホテプに鉄槌を下すだけだ。

 

作戦としてはシンプルだが、これでいい。

 

特殊部隊の精鋭のような、統率が取れている面子では無い。戦闘力が高いアーサーと、邪神に対する必殺の力を持つスペランカー。この二人なら、むしろ柔軟な作戦を支持した方が、上手く行く。

 

歴戦の勘が、ジョーにこのおおざっぱな作戦こそが最適解だと告げていた。

 

「必ず、生きて合流する」

 

「うむ。 グッドラック」

 

同じE国人同士、敬礼は共通していた。

 

そのまま、ジョーはアサルトライフルを担ぎ、前線へ進む。敵はまだ姿を見せないが、だいたいどこで仕掛けてくるかは、想像がついていた。

 

頭が完全に冷えている。

 

いつもと同じように思考し、動く事が出来る。

 

それでようやくジョーはフィールド探索者としては一人前だ。

 

幾つ目の、大きな木を抜けたときだろうか。

 

反射的に、身を木に隠す。複数の弾丸が、木に突き刺さった。集弾率がかなり高い。敵は奉仕種族だろうに、歴戦の精鋭並みの狙撃である。先まで戦っていた連中とはものが違う。同じ奉仕種族の中でも、精鋭だろう。ジョー自身も、狙撃銃に切り替えると、速射。手応え。一人は撃ち落としたか。

 

だが、次の瞬間、予想通り四方八方から弾が飛んできた。前方、要塞やその影に、敵が潜んでいる。

 

この弾の数からして、おそらく百五十から二百はいる。

 

その全てが手練れと見て良い。狙撃の精度がかなり高く、動きを止めたら一瞬で頭を撃ち抜かれる事確定だ。

 

降り注ぐ銃弾の雨。

 

下がりながら、ジョーは二発、三発と立て続けに弾を敵に叩き込む。わずかに姿を見せたら、その瞬間に敵かどうかを判断し、撃ち抜く。移動し続けるのは敵がおそらく大威力の砲をほぼ確実に持ち出してくるからだ。

 

爆音。

 

轟音と共に、数本の木がへし折られた。

 

戦車砲か。コンクリで分厚く囲まれた要塞である。戦車砲クラスの銃座くらい、備えていても不思議では無い。

 

幸い、此処は密林だ。

 

敵が追いすがってくるのが分かる。陣を崩した敵を誘い出しながら、突出した者を一体ずつ仕留めていく。振り向いて、速射。一体の顔面を貫く。また一体を撃ち抜く。勿論、応射も凄まじい。

 

見る間に、被弾が増えていく。

 

足を肩をかすめる弾丸。

 

敵の射撃精度は高い。密林の中に此方はいるのに、ほぼ正確に撃ってきている。追撃してきている敵の数も、決して多くは無い。百人以上は陣形を崩さず、その場からジョーを狙い撃ってきていた。

 

下がりながら、アサルトライフルに切り替える。

 

ジョーの能力は、弾丸の補充。

 

このため、銃のマガジンを持ち歩かなくて良いという利点がある。手榴弾や補助武器の重量を増やすことが出来るのは、このためだ。

 

フィールド探索者としては、あまりにも貧弱な力。弾を補充できると言っても、銃器の損耗までは抑えられない。ずっと撃ち続けていれば、やがて馬鹿になる。そんな制限だらけの特殊能力だが。

 

それでもジョーは、これで幾多の戦場を渡り歩いてきたのだ。

 

数体の敵が、闇の中躍り上がってくるが、ジョーの方が先に反応する。その場で立て続けに蜂の巣にし、更に下がる。

 

まだ追いすがってくる。

 

だが、追いつかせはしない。その場で撃ち抜き、打ち倒す。

 

銃弾の降り注ぐ音が、相変わらず凄まじい。ヘルメットに直撃。ただし、角度が斜めだったため、弾くことが出来た。

 

ボディアーマーの損傷もかなり酷くなりつつある。

 

しかし、屈することは無い。此処で陽動をしっかりやらなければ、あの歴戦の猛者アーサーでも、敵の後方を突破できるかは分からないからだ。下がりつつ、ジグザグに木々の間を走り、追いすがってくる敵を削り取り、減らしていく。敵は勇敢だ。というよりも、勇敢に作られているのだろう。

 

反吐が出る。

 

どこの国も、狂信的な思想に支配されると、やる事は同じだ。

 

人間性を奪い、機械に仕立て上げていく。

 

そしてニャルラトホテプは、その行為が如何に非効率か理解した上で、嘲笑いながら部下達を木偶に仕立てている。

 

クズがと、ジョーは吐き捨てながらも。

 

だが、それでも冷静さを保っていた。今まで多くのフィールドを渡り歩いて来た。戦場で、感情を乱すことがどれだけ命取りになるか、熟知している。さっきまで、それを忘れそうになっていたが。

 

目の前、至近に、ゴリラのような大柄な奴が飛び出してきた。

 

飛びかかってくる。

 

飛び退いて、その腕を避けるが、相手の動きは想像以上に俊敏だった。手に持ったナイフを、閃光が走るほどの勢いで振るってくる。

 

アサルトライフルで、第一撃は弾くが、二撃、三撃と、服を切り裂かれる。

 

舌打ちしたジョーは、下がりつつ、牽制射撃。だが、巨体を軽やかに動かし、飛びかかってくる敵。

 

頸動脈を、ナイフがかすめた。

 

一瞬の隙を突いて、強烈な蹴りが来る。吹っ飛ばされた。

 

闇夜の中、大男の額に、目が浮かび上がる。

 

奉仕種族なのだ。人間と違う性質を備えていても、おかしくはない。反射的に、アサルトライフルをぶっ放すが、残像を残して逃げられる。だが、その時には、既に勝敗は決していた。

 

ジョーが即座に引き抜き、撃ったデザートイーグルの弾丸が。

 

奉仕種族の男の、腹を貫いていた。動いた先を読み切ったから、出来た技だ。

 

わずかに動きが止まる。それだけで充分。

 

ハンドガンを左手に、右手のアサルトライフルで蜂の巣にする。どうと倒れた大男を一瞥だけすると、今の戦いのダメージを冷静に吟味しながら、ジョーは走る。まだ大勢の敵が追いすがってきている。

 

敵の一部を、トラップ地帯に誘導。落とし穴に落ちたり、ワイヤートラップに引っかかって、数名が悲鳴を上げる。其処へ、手榴弾を投げ込む。戦場では容赦をしている余裕は存在しない。

 

再び、腕を、銃弾がかすめた。

 

今のは皮膚の一部をえぐり取っていった。振り返りざまに、速射。打ち倒す。

 

銃身がかなり熱くなってきている。追撃してきている敵も減ってきたが、まだまだ危険な状態だ。

 

腹に直撃弾。

 

運良く防弾チョッキで止まるが、それでも鈍器で殴られたような衝撃が来る。また一発。普通の兵士だったら、身動きできなくなるところだ。

 

ジョーにとっても、充分に痛い。射撃の精度が、一秒ごとに落ちていくのが実感できる。

 

射撃も近くなってきている。

 

闇夜の中での、死闘は続く。

 

まだ、追いすがってきている敵の数は、五十を超えている。もう少し減らさないと、アーサーとスペランカーは苦労するだろう。

 

走りながら、木の幹の影に逃げ込む。

 

数名が追いすがってきた。一瞬、ジョーを見失って、右往左往する。それが命取りだ。アサルトライフルだけを出して、全員を撃ち抜く。そしてすぐにその場を離れる。飛んできたロケットランチャーの弾丸が、一瞬前までジョーが伏せていた木を木っ端みじんに吹き飛ばしていた。

 

そういえば、確かナチスドイツも、パンツァーファウストというロケットランチャーを装備していたはず。

 

闇の中、一瞬だけ姿を見せた敵兵を撃ち抜きながら、ジョーは走る。

 

一瞬たりとも、休ませて貰えそうには無い。

 

再び、直撃弾。

 

今度は脇腹。防弾チョッキを貫通して、肉に食い込んだ。

 

内臓に傷は無いと冷静に判断しながら、ジョーは敵を撃ち抜く。また一発、直撃弾が来た。

 

 

 

呼吸を整えながら、ジョーは弾丸を、持ち込んでいる消毒済みピンセットで引き抜いた。

 

追いすがってきていた敵部隊は全て倒した。

 

更に伏せていた敵の狙撃も続け、反撃は著しく減少している。そろそろ、敵の要塞内部に、アーサーとスペランカーが潜入したはず。

 

呼吸を整えながら、体に食い込んだ最後の弾丸を引き抜いた。

 

消毒を手早く済ませる。

 

防弾チョッキはボロボロで、もう役には立たないだろう。辺りには敵兵の死骸が点々としている。

 

どれもこれもが、無念そうな形相で、事切れていた。

 

この者達も、奉仕種族とは言え、悔しいとも悲しいとも思うだろうに。ただし、兵士の使い捨ては、邪神の専売特許では無い。したり顔で偉そうなことをほざいている人間も、多くがやってきた事だ。

 

特定の思想や宗教を植え付けることで思考力を奪い、敵を殺戮する兵器と化す。

 

神の力で直接言うことを聞かせるのと、それは何ら変わりが無い行為だ。

 

スペランカーに聞いたが、ニャルラトホテプという存在は、というよりも異星の邪神という者達は、むしろ人間に極めて近しい性質を持っているという。確かに、以前からそうは感じていた。

 

その中でも、ニャルラトホテプは。特に人間の中でも愚かしく邪悪な部分を、その身に宿しているという事なのだろう。

 

不快だが、認めるほか無い。

 

この下劣なやり口、多くの戦場で、人間がやってきた事と同じだ。いつの時代も、どこの地域でも。人間の卑劣なやり口に、変わりは無かったのだ。

 

かなりの血肉を失ったジョーは、手早く携行食を口に入れる。火を通さなくても食べられるタイプだ。非常にまずいが、体力を手早く補給するには、これが最適である。

 

少し休憩を入れながらも、様子を見て、敵の位置を特定。隙を見ては狙撃していく。地味な狙撃戦が続くが、敵の射線に入らないように、細心の注意は払っている。敵の反撃が、目だって鈍くなってきている。そろそろ、アーサーとスペランカーが、内部で暴れはじめている頃だろう。

 

敵から鹵獲した兵器は、周囲に並べてある。

 

無傷の携行ロケット砲もあった。

 

そろそろ、夜が明ける。敵の要塞に据え付けられている銃座は、一通り確認してある。幾つかは、既にロケット砲を叩き込んで無力化した。それによって生じた死角は把握している。だが、まだ少し、突入には足りない。

 

残っている鹵獲ロケット砲は二門。

 

元々ジョーの能力は、せいぜいアサルトライフルか、良くて軽機関銃くらいまでしか機能しない。ロケットランチャーの弾を補充することは不可能だ。

 

何より、痛みがそろそろ限界値に近い。

 

これ以上痛みが増すと、狙撃の精度に問題が生じてくるだろう。それだけ集中力が乱されるからだ。

 

危険は承知で、やるしかないか。

 

木から顔を出して、携行ロケット砲を叩き込む。

 

銃座の一つに直撃、爆発。もう一つを、同じようにして潰す。

 

これで、比較的広い死角が確保できた。

 

後は、破壊した銃座の一つから、内部に乗り込むだけだが。敵は常識外の存在である邪神だ。どのような罠を仕込んできているか、分からない。

 

まだ抵抗を続けるつもりの敵が、激しく発砲している音がする。

 

降伏などしたら、爆散してしまうと思えば、無理もない。ジョーは、顔を歪めてアサルトライフルを撃ち続けている敵の側頭部をスコープに捕らえると、引き金を引いた。頭を撃ち抜かれた兵士が、その場で崩れた。

 

敵は既に半減、要塞前面での迎撃を諦めたと見ていい。

 

此処からは、要塞内部での戦い。

 

それは、外での戦いよりも、遙かに厄介なものとなる。今度は地の利が敵にあるからだ。

 

身を低くして、ジョーは走る。

 

途中、此方を探そうと出てきた斥候を発見したので、即座に撃ち抜き、全滅させる。茂みに身を隠すようにして、走る。

 

銃座の一つが近づいてきた。

 

充分に入る事が出来る。内部は先ほどロケット砲を叩き込んだから、吹き飛び焦げたミンチ肉で満たされていた。

 

飛び込み、戸を蹴り開ける。

 

コンクリで作られた要塞の内部は、予想以上に手狭だった。ぶら下がっている蛍光灯は色が落ち始めており、辺りはまるでゴシックホラーのような色合いである。敵兵は、今のところ見当たらない。

 

ジョーは、先に潜入している二人と合流すべく、要塞の中を進み始めた。

 

 

 

要塞は地下へ深く深く伸びていた。

 

彼方此方に、規則性無く階段があるが、エレベータは存在していない。していたとしても、危険すぎて使う事は難しいだろう。

 

小高い丘に存在した地上部分は、ごく一部であったらしい。内部には訳の分からない怪物の死体が点々としていて、それらはアーサーとスペランカーが処理したものだろう。とはいっても、スペランカーには戦闘力がない。アーサーが、おおかたは倒したのだなと、ジョーは判断しながら、進んでいた。

 

希に生き残りはいるが、数も少なく、ジョーで充分に対処できた。

 

それにしても、途中までは敵の追撃があったのに。この領域まで来ると、殆ど追いすがってくる相手がいない。

 

怪物の死体が、増えてきている。

 

そろそろ、追いつく頃だろう。

 

かなり大きな怪物が死んでいた。その周囲には、銃を持った奉仕種族の死骸が、点々としている。

 

ここで、激戦があったらしい。

 

振り向きざまに、叫びながら突進してきた一人を撃ち抜く。

 

万歳をするような格好で地面に身を投げ出した敵は、即死していた。そろそろ、この銃も限界か。

 

ジョーは様々な新型兵器の実戦投入試験をしているが、これは収入の補助になるからだ。所属しているC社から斡旋されているという事もあるのだが、誰よりも近代兵器の扱いに熟知している歴戦の傭兵の評価は頼りになると言うことで、様々な軍事会社からは、次のフィールド攻略でこれを使って欲しい、あれを使って欲しいと、確実に依頼が舞い込んでくる。

 

面倒なのは、仕事が終わった後で、レポートを書かなければならない点だが。

 

戦闘時は、文句を言っている暇も無い。銃身の状態を確認しつつ、通路の前後を警戒。前方で、戦闘音がした。そろそろ、追いつく頃だろう。

 

廊下に、血が点々としている。

 

部屋に入り込んだ所で、息絶えた敵を発見。胸にランスが突き刺さっていた。この状態でも、這って逃げようとしたのか。

 

部屋の奥の方に、隠れて震えている子供を見つけた。

 

おそらく、奉仕種族の家族だろう。今は、声を掛けている暇も、手を下す余裕も無い。此方に拳銃を向けていたが、あの態勢、しかも怯えきった様子で、当たるはずも無い。一瞥だけして、扉を閉めた。

 

ドアが、大きく開け放たれている部屋を見つける。

 

中に、話をしている気配。明らかに、この状況で考えられる事は、一つしか無い。

 

どうやら、追いついたらしい。

 

部屋に躍り込むと、スペランカーが、此方を一瞬だけ見た。アーサーがジョーを観て頷く。デスクについているのは、ひときわ大柄な男だ。部屋の四隅には、形容しようも無いほどよく分からない姿の怪物が、死骸となって転がっていた。

 

男の胸には、多くの勲章がついていた。

 

ふと気付く。

 

男は、相当な高齢だ。それに、よく見ると、人間だろう。かなり顔は年老いているが、しかし体は不自然なほどに筋肉質で、頑健に見える。これは一体、どういう状態なのだろう。

 

ひょっとして、この男は。

 

「偉大なる第三帝国の復興が出来なかった事は残念だ。 私のことは、この場で殺すがいい」

 

「第三帝国?」

 

スペランカーが小首をかしげている。アーサーが、ドアの方を見張りながら、小声で教えてくれる。

 

「先ほどから、同じ事しかいわぬでな。 二度、拳銃を使って自身の頭を撃ち抜こうとして、我が輩が止めた」

 

「貴様、何者だ。 既に二次大戦から70年近くが経過している。 当時のナチの幹部は、全員が墓の下だ」

 

「私は、総統の意思を継ぐ者だ」

 

「いや、それはあり得ない。 貴様、年は」

 

ジョーが言うと、見る間に男の顔色が変わっていった。

 

流石にこの男、100歳以上という事は無いだろう。白色人種は老いるのが速い。どうみても。

 

「きゅ、九十三」

 

「ええと、戦争が終わったのが、確か1945年だから……」

 

「終戦当時、二十五か。 SSのエリートでも、精々佐官。 その状態で、ヒトラーと謁見する機会があったとは思えぬが」

 

アーサーが捕捉してくれる。

 

しかも、ジョーが観たところ、実際には九十三より若いはずだ。それならば、可能性は一つしか無い。

 

「貴様、ヒットラーユーゲントのメンバーだな。 それも、終戦間近には第12SS装甲師団にいたのではないのか」

 

「え?」

 

完全に、男の手が止まった。

 

震えたまま、下を見ている。スペランカーが、それ以上の追い打ちをしようとしたジョーを制止した。

 

ヒットラーユーゲント。

 

ドイツの若者達を加盟させ、そして忠実な手先とするべく動いた組織だ。最終的には、全てのドイツの若者が加盟させられた。

 

勿論、独裁者の忠実な手先に洗脳する、というばかりの場所では無かっただろう。

 

だが終戦間際は、優秀な人員を選抜して親衛隊と一緒に戦わせたり、或いはヒトラーから激励を受ける場面もあったという。

 

ヒットラーは、戦略でも戦術でも並以下の能力しかなかった。しかし、アジテーターとしては文字通り希代の天才だった。部下を呼び、激励し、演説するその姿は凄まじく。とくに若者の心に多大な影響を与える技量には、文字通り神がかったものがあった。

 

ヒットラーは、優秀な部下を見抜き、権限を与える度量さえあれば、或いは世界征服まで最も近いところまで行けたかも知れない。それだけ、魔的な魅力を、有していた男だった。

 

この老人も。

 

戦後、七十年近くも、ヒットラーの演説の呪縛に囚われていたというわけか。

 

「わ、私は、総統から、第三帝国復興の密命を」

 

「まって、お爺さん。 今、そんな事をして、何になるの。 本当は、違う事を、したいんじゃないの?」

 

スペランカーの言葉に、老人は口をわなわなとふるわせた。

 

「わ、我々の、戦いを……」

 

無駄にしたくない。

 

闇に葬りたくない。

 

死んでいった皆のことを、無かったことにしたくない。

 

そう、老人は落涙した。ジョーはもう口出ししない。スペランカーが、なだめ、話をさせていく。

 

「大丈夫。 お爺さんは、闇に魅入られていただけ。 外に出て、全てを話そう。 何も、無駄になんかならないよ」

 

「きっと、裁判に掛けられて、殺される……。 私だって、人間だったんだ。 ナチにいたからって、ダーティワークばかりしていたんじゃないんだ。 戦士として、最後まで、戦ったんだ」

 

「それなら、私が保護する。 大丈夫だから、落ち着いて」

 

その言葉には、不思議な優しさが籠もっている。

 

お人好しが。ジョーは内心、その甘さに呆れた。

 

だが、スペランカーは、それだけのことが出来る力を今や手にしている。勿論スキャンダルになるだろうが、当然対応策を練ることも出来るはずだ。甘いだけの理想論では無い。

 

いや、まて。

 

まさか、ニャルラトホテプの罠の一つか。

 

老人は力なくうなだれた。この頑健な肉体、きっとニャルラトホテプの力の影響なのだろう。

 

アーサーが、見る間に眉を怒らせていくのが分かった。

 

「孤独な老人をたぶらかし、過去の悲しみをほじくり返し、己の目的に利用するとは」

 

「待って、アーサーさん。 怒ったら、思うつぼだよ」

 

そういうスペランカーも、いつもより声が低い。

 

怒っているのだろう。

 

此奴が怒るところを、ジョーは見たことが無い。どれだけ凄惨に邪神に嬲られても、平然としていたのに。

 

ジョー自身は、どうだろう。

 

むしろ、今までの焦りが、消えていくのを感じていた。

 

二人が出て行くのを見送ってから、老人に話しかける。

 

「俺は戦場を渡り歩いてきた。 多くの友が死に、忘れられていった。 貴方の気持ち、少しは分かるつもりだ」

 

「そうか……」

 

「あの娘は信頼出来る。 心を強く持って、貴方をたぶらかした奴が倒されるのを、待っていろ。 後は、俺とアーサーと、あの娘が。 貴方の名誉を守る」

 

「名誉か。 命なんぞ、どうでもいい。 家族にさえ相手にされず、ずっと閉じ込められて腫れ物として扱われてきたのだ。 私にとって、一緒に戦った友達の思い出と、その名誉だけが、人生だった。 その全てが、社会では肯定することが許されないものだった」

 

老人の涙は、いつの間にか止まっていた。

 

行ってくれ。

 

そう、老人は告げた。

 

あの老人とジョーは、何が違うのだろう。ただ、戦いに勝った側と、負けた側だ。敗戦の時、一兵士に過ぎず、まだ二十歳にもならなかったあの老人に、なんの責任があると言うのだろう。世界を動かしている経済という化け物に振り回されて、人生を浪費し、その全てを否定されてしまった孤独な人格。

 

ジョーはいたたまれないと思った。

 

そして、はっきり理解できた。

 

邪神などという存在も。結局、人間の想像を超えていないと言うことを。今までも、スペランカーの話で、概要は知っていたが。それでも、今頭で、しっかり理解できた。

 

スペランカーは、どうするつもりなのだろう。

 

階段を見つけたので、降りていく。酷く長い階段だ。明らかに上層の要塞部分と、構造が合致していない。やがてぐるぐると曲がり始めた。コンクリ製の螺旋階段。こんな状態で無ければ、笑いがこみ上げてくるかも知れない。

 

下から、露骨に異様な空気が漂い来ている。

 

邪神がいるとすれば、此処だろう。

 

ジョーは二人に追いつく。

 

スペランカーの少し後ろを歩きながら、アーサーは此方を見た。

 

「我が輩が、スペランカー殿の支援に廻る。 ジョー殿は横やりを防いで貰えるか」

 

「任せろ」

 

「スペランカー殿。 具体的な作戦について、打ち合わせよう」

 

「作戦なら、あるよ。 アーサーさん」

 

スペランカーが、電子手帳を見せてくる。

 

ジョーは唖然としたが。或いは、スペランカーの能力を思えば、最適かも知れない。

 

「好機は何度も無いが、いけるか」

 

スペランカーが頷く。

 

ジョーは、何だか、すっきりした気分で、頷き返していた。

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