オールドアクションゲーム二次創作   作:dwwyakata@2024

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2、狂気の船

巡航艦エセットスから切り離された小型の軍用モーターボートに乗って、スペランカーとアーサー、それにグルッピーはフィールドの内部に入り込んだ。運転をするのは、ベテランのSAS隊員である。

 

それをみて、スペランカーも何かがきな臭いと思う。

 

エセットスは国連軍の巡航艦であり、乗っているのも治安維持国際部隊の面々だ。それなのに、E国直属の、世界最強を謳われる特殊部隊員が絡んできている。ただ、残念ながら。スペランカーのオツムでは、どうしてそれがおかしくて、何が危険なのかがさっぱり分からない。

 

アーサーはさっきから槍を磨いたりナイフを研いだりして、難しい顔をしていた。後方からは、グルッピーが飛翔してついてきている。普通に飛ぶ分には、全く回転する必要がないという訳だ。

 

渡された通信機は、何と有線式である。周囲の深い霧の中、アーサーは舌打ちする。どうも良くない状況であるらしい。

 

さっきから、モーターボートの外では、ぺたり、ぺたりと音がしている。気味が悪くて仕方がない。霧も濃くなる一方で、南極海の身を切るような寒さと合わさって、不吉でしょうがなかった。

 

「もの凄い呪いだ。 普通の人間がこの船を出たら、一瞬で骨になってしまうわ」

 

「やだなあ。 グルッピーさん、大丈夫ですか?」

 

「我は更に強い呪いを受けているが故、この程度、蚊に刺されたほども効かぬ。 汝も条件は同じであろう」

 

返答は通信機から来た。そう言えば、有線式の通信機を、彼も渡されている様子だ。彼の場合は絡まらないように、厳重な注意が必要だと言うことだが。流石にて慣れているらしく、上手に扱っている。

 

「ふえ?」

 

「ううむ、其処から説明しなければならぬか」

 

アーサーが流石に呆れたのか、頭を振った。

 

「グルッピーどのの言う通りだ、スペランカーどの。 見たところ、貴殿に掛かっている呪いは、並大抵の代物ではない。 このフィールドを覆っている呪い程度では、突破は不可能だろう」

 

不意に、フロント硝子で大きな音がした。

 

それだけではない。赤い手形が、べったりとついた。それも、一つや二つではない。

 

ひたり、ひたり、ひたり、ひたり。

 

海上だというのに、辺り全部から、足音のようなものが聞こえた。逆に、波の音は一切聞こえない。思わず立ち上がろうとしたスペランカーの頭を、アーサーが押さえ込む。

 

急に後部のエンジンが止まる。アーサーが眼を細めた。

 

「どうやら、来よったわ」

 

その声と同時に、霧の中から、巨大な影が浮かび上がった。

 

確かに、ルルイエと船体に書かれている。汽笛の音。あまりにも不吉に、霧の中でそれは反響していた。

 

どすんと音がしたので、思わず首をすくめてしまう。

 

グルッピーが、速度を落とすために、モーターボートにぶつかった音だった。

 

しばらく巨大な豪華客船は、モーターボートの周囲を旋回していた。だが、アーサーが事前にモーターボートに仕込んだという術式を破れないからか、向こうからぶつかってくるようなことはない。

 

やがて、エンジンも動くようになった。

 

「此方の出方を見ようってつもりな訳ですね」

 

「そう言うことだ。 頼む」

 

どんな英雄でも、手を間違えれば、一瞬で命を落とす。

 

それが、フィールド探索の恐るべき点である。スペランカーは、ザイル、ヘルメット、ライト、地図、それにピック、ブラスター、タオルと順番に装備を確認した後、モーターボートの上部ハッチを開けた。

 

全身を、ひんやりとした霧がなで回す。

 

ドライアイスの中に入ったのではないかと思えるほどに、濃密な霧である。それに寒さも凄まじい。長ズボンを穿いてきているが、そうでなければ全身に鳥肌が立っただろう。お肌にも良くない。

 

ゆっくり頭上を旋回しているグルッピーが、不吉な怪鳥のように見えた。

 

SASの人が、スペランカーに続いて出てきた。霧の中でも平気なのは、着込んでいる迷彩服に、アーサーが術式をかけているからだろう。そのままフックを撃ち込んでくれる。ワイヤー突きのフックが、ルルイエの甲板に突き刺さり、鋭い金属音がした。

 

何度か引っ張るが、外れる様子はない。

 

腰に付けているベルトを、ワイヤーと接続する。車のシートベルトと同じ構造を取っていて、登る時に少しずつ移動させることで、安定させる仕組みだ。登るのに腕力があまりいらないので、スペランカーには嬉しい。もちろん帰りは逆にくっつけることで、安全に降りることが出来る。

 

死んでも平気という訳ではない。

 

苦しいし痛い。

 

だから、出来るだけ死なないように、装備は調える。残念ながらそれを整える頭があまりないので、いつも仕事を持ってくる人に、装備の選別は頼んでしまうのだが。

 

「じゃ、行ってきます」

 

「武運を」

 

グルッピーは旋回を続けていて、何も言わない。

 

どうやら、本格的に嫌われたらしかった。

 

 

 

スペランカーが、のろのろもたもたと、巨大豪華客船を登っていく。グルッピーは舌打ちした。能力の特性は聞いているが、それにしても戦士の動きではない。霧の中をゆっくり旋回しながら、グルッピーは己の生まれ育った環境から出た時の事を思い出していた。

 

基本的に、バルン族とウニラ族は不倶戴天の間柄である。

 

常時飛行しながら、呪いを回転、旋回によっていなすことを考えたバルン族。

 

それに対して、微速前進を常に続け、黒き穴と呼ばれるエネルギーが循環する異形空間を作成、巣にすることで己の一族を守ることを選んだウニラ族。

 

どちらも、生存戦略からして異なる存在であり、狭い土地で両者が発生してしまったことが、悲劇の始まりであったかも知れない。

 

バルン族は十年も生きると、戦士として認められる。優秀な戦士と認められれば、妻を娶る権利も得られる。グルッピーは天才肌ではなかったから、妻帯の許可が出たのは二十七才の時だ。もちろん天才型の戦士には、十才で妻を娶る者もいる。

 

ただ、基本的に女性も戦士として扱われるので、同僚の女戦士を伴侶として選ぶことになる。殆どの場合同格の異性を伴侶として選ぶことになるので、優秀すぎる戦士は逆に相手が見つからない場合もある。また、年がかなり離れた伴侶になる場合も少なくない。

 

いずれにしても、全員が戦士だと言うことは、戦いがそれだけ頻発していると言うことだ。

 

一人前と見なされるまで、グルッピーが殺した敵の数は三十を超える。

 

ウニラ族の戦闘能力はバルン族に比べて低めだが、全てが共通した一個体とも言える繁殖力と生存力は群を抜いており、総括的には五分の争いが続いている。近年では互いに外貨獲得によって得られた近代兵器を持ち込むこともあり、それでいたちごっこに歯止めが利かないのが実情だ。

 

そういった血なまぐさい環境で生きてきたからこそ、グルッピーは戦士である自分に誇りを持っている。

 

故に、戦士であることに価値を見いださない人間達には、あまり好感が持てないのだ。

 

もちろん、戦士でない人間など、存在意義さえないとも思っている。

 

ふと、気付く。別の船がいる。

 

有線のワイヤーが、どこかに絡まないように気をつけながら、グルッピーは連絡を入れてみた。

 

「船首より四時方向。 距離七百メートル前後。 船がいる」

 

「了承。 スペランカーが甲板に上がり次第、調査に向かう」

 

「いや、我が調査に赴く。 汝らは拠点として、其処にいよ」

 

面倒くさいので、返答は待たない。

 

もう一隻いる船は、サイズから言って、行方不明になった漁船だろう。中にはどろどろに溶けた人間の死骸が散らばっているかも知れないが、別にどうでも良いことだ。ウニラ族の戦士を木っ端微塵に打ち砕いてきたグルッピーにとって、ばらばら死体など見飽きた程度の物体に過ぎない。

 

速度を落としながら、海面すれすれまで飛行高度を下げた。そのまま、ゆっくり船に近付いていく。

 

肌がひりひりするほどの呪いが、海面から沸き上がってくる。だが、グルッピーの全身を包む呪いと中和しあって、何も起こらない。ただ、気持ちが悪いとは思うが。

 

アーサーが通信機から声を出してきた。

 

「勝手なことをするな、グルッピーどの! すぐに引き返されよ」

 

「我は戦士なり。 故に、引き際はわきまえている」

 

「それは否定しないが、今は兎に角、集団で連携して事に当たることが重要ぞ。 一旦引き上げて、我が輩がそちらに行くまでまたれい。 バルン族も戦士であるのなら、組織戦、集団戦の意味は解しておろう」

 

「汝らの機動力と我の機動力には格段の差があり。 無為で亀にも似た協調はむしろ、互いの自滅につながると思われるが、如何か」

 

徐々に意見対立がヒートアップしてくる。アーサーという男、戦士として有能であるのなら、兵種の違いによる運用の差くらい理解しても良さそうなのに。軽く失望を覚えてきた。

 

そうこうする内に、船に接触。甲板で一度跳ねた後、中空に浮き上がり、ゆっくり旋回する。ワイヤーを引っかけないように注意しながら。

 

甲板は異様に濡れていた。

 

そして、人間の気配はない。

 

外側から旋回して見回すが、船は真っ赤になっている。あらゆる箇所に赤い手形がついており、異臭を放っていた。

 

この臭いは、腐敗した魚によるものだ。

 

「もう一度だけ言う! 兎に角戻れ!」

 

「断る。 我の能力であれば、偵察任務程度なら問題なし」

 

「今調べたが、レーダーにその船とやらは映っていない! 如何に重異界化フィールドといえど、この近距離! 罠だ!」

 

アーサーの声が、不意に途切れると同時に。ワイヤーが、急激に動いた。引っ張られたのだ。

 

振り返る。

 

そして、見た。

 

海から無数に飛び出している、長い赤い手。人間のものに良く似ている。

 

それが、ワイヤーを掴んでいた。

 

手の数は数十、いや、それ以上であろう。

 

それだけではない。何よりも、船があった場所には、腐敗した魚の山が浮かんでおり、無数の濁った目が虚空を睨んでいたのである。中には、白骨化した人間も、少なからず含まれているようであった。

 

ひたりと、グルッピーの顔に何かが触れる。

 

有線の通信機を放り捨てて、速度を上げつつ、上空へ。

 

上空へ出ようとしたにも関わらず、なぜか海面へ体が向かっている。咆吼をあげたのは、顔に触っているものに気付いたからだ。

 

それは、視神経を剥き出しにした、眼球であった。

 

それが四つか五つ、腐汁を滴らせながら、まとわりついていたのである。

 

上、右、下、急激に方向を変えつつ、それでも迫ってくる海面で、一度バウンドする。二度目、三度目、四度目で、気色の悪い目を振り払った。同時に、全身の倦怠感が僅かに落ちた。

 

そして、気付く。

 

自分が何処にいるか、分からなくなっていた。

 

 

 

甲板に上がったスペランカーは、予想以上の光景に絶句していた。

 

幽霊船と言うから、朽ちた豪華客船くらいの状況は予想していた。しかし、これは一体、どうしたことか。

 

アーサーから連絡が入る。

 

「スペランカーどの! 状況を」

 

「え、ええと」

 

「どうした!」

 

「その、何だか着飾った人が大勢います。 昔のお金持ちみたいなドレスとかタキシードとかを着ていて、テーブルには料理が一杯並んでいて。 プールもあって、そっちでは水着を着た綺麗なお姉さん達が水泳してます。 あ、セーラー服着た屈強な人達が料理を配ってます。 霧も出てないです。 何だか、お空には太陽もあります。 気温も、三十度くらいありそうな雰囲気です」

 

嘘は、一言も吐いていない。

 

気味が悪いのは、誰もがスペランカーの事を見ていないと言うことだ。大きなロブスターを載せた皿を持って歩いている船員が、スペランカーの眼前を通り過ぎていく。

 

「これ、幽霊さん、なんでしょうか」

 

「そんな上等な代物なら良いのだが。 スペランカーどの、危険は承知で、船の中を、見てきて貰いたい」

 

「分かりました。 やってみます」

 

一旦通信を着る。ごめんなさいと呟きながら、なぜかこそこそ歩く。

 

足の裏の感覚がおかしい。白磁の甲板で、埃一つ無いように磨かれている筈なのに、ぬちゃり、ぬちゃりと音がする。

 

アーサーが、さっき妙にそわそわしていたのも気になった。何か、向こうでも起こったのかも知れない。

 

紫色のフラワードレスで着飾った美しい貴婦人が歩いてきて、避け損ねた。

 

そして、ぶつかった瞬間。

 

スペランカーの体を、貴婦人が通り抜けていった。

 

全身が総毛立つ。美しい女性が、幽霊であると思ったから、だけではない。その瞬間だけ、見えてしまったのだ。

 

辺りには、腐った魚が無数に散らばっている。骨が出て、内臓が露出して、濁った目が虚空を睨み、青黒く腐った触手が無惨にうち捨てられている。人間など、ただの一人も居ない。

 

それだけではない。やはり辺りは濃い霧に覆われていて、床は赤黒い何ものかによって満遍なく塗装されていた。吐き気がこみ上げてくる。

 

貴婦人が通り抜けた後は。甲板の上は、さっきまでと同じ、美しい豪華客船に逆戻りしていた。

 

「スペランカーどの! 何かあったか!」

 

「い、今。 おぞましいものを、見ました」

 

「そうか。 少し偵察したら、すぐ戻って欲しい」

 

「何か、あったんですね」

 

アーサーは、申し訳なさそうに言った。

 

「グルッピーどのが、行方不明になった。 歴戦の勇者である彼だ。 命を落としているようなことはないと信じたいのだが。 この上、貴殿まで行動不能になられるととても困るでな。 無理をせず、出来るだけ早めに。 そうだ、サンプルを何か持ち帰れないだろうか」

 

「やってみます」

 

きゃっきゃっと黄色い声。

 

最近のJ国の子供のように、親に着飾らされた子供達が、何人か走り回っている。女の子達はブルーのリボンがついた可愛い麦わら帽子や、或いは大きな蝶リボンそのもので綺麗な髪を纏めている。男の子に到っては、小さなシルクハットを被っていた。何だか不釣り合いで微笑ましい。眼を細めて見つめてしまうが。

 

しかし、体を通り抜けられて、現実をまた知覚させられてしまう。

 

この船には、多分生きているものは何もいない。微生物でさえ、ただの一匹も生きていないのではないか。そう思わされてしまう。

 

現実と、この光景のあまりのギャップに、吐き気さえ覚えてしまう。今見えた中には、白骨化した人間の亡骸らしいものも、少なからずあったのだ。

 

歩いていて、扉らしいものを見つけた。

 

開けてみようと思って、取っ手に触れると、やたらと冷たい。そして、妙に生臭い。四苦八苦しながら、何とか開けてみる。周囲を見回すが、やはりお客様達は。誰もスペランカーを見てはいなかった。

 

「扉、開きました。 図面からすると、船員達の部屋につながっている通路みたいです」

 

「気をつけよ。 何が起こるかわからん」

 

頷く。見えている光景と、触った感触に、あまりに差がありすぎる。

 

痛みが、手に走った。

 

掌に、無数のひっかき傷らしいものが出来ていた。

 

一瞬置いて、大量の血が浮き出してくる。慌てて周囲を見回すも、何もない。いや、あった。

 

今まで何もなかったドアの取っ手に、大量の髪の毛が絡みついていたのだ。しかもそれは、生き物のように、蠢いていた。

 

ぼぎりと、音。

 

右手の中指から小指までが、ごっそり消え失せる。

 

思わず悲鳴を上げて、尻餅をつく。見ると、何気なく歩いていた船員が、口をもぐもぐと動かしていた。

 

そして、いつの間にか。

 

今まで此方を見向きもしなかったお客達が、全員。

 

白く濁った目で、スペランカーを見ていた。

 

スペランカーの手が再生すると同時に、船員の頭が吹っ飛ぶ。だが、頭が吹っ飛んだにもかかわらず、船員は歩き続ける。その首から、イソギンチャクのものににた触手が、蠢きながら生え始めていた。

 

恐怖が、爆発的にせり上がってきた。

 

「! っ! あああっ!」

 

「もういい! 引き上げよ!」

 

アーサーの声が遠い。

 

無数の死人達が、スペランカーを見つめ、そして歩き始める。スペランカーに向けて、濁った目で、手を伸ばしながら。

 

徐々に、光景が、さっき一瞬だけ見えたものに変わりゆく。

 

そして、美しかったお客達が。腐敗した人間の死体と海棲生物の塊へと、代わっていく。

 

ドレスは、腐った鱗に。帽子は、背びれに。触手に。足は、蟹のものに。海老のものに。それぞれが、生前を冒涜しているように、歪み、腐り、汁を垂らし、曲がり、そして変色していた。濁った眼球が顔からこぼれ落ち、綺麗な形の鼻が崩れ、頭蓋骨が露出する。それが蛆に覆われ、そして乾燥して、剥き出しの歯茎がおぞましい姿を見せた。

 

呻き声が聞こえる。

 

辺りの、全てから。

 

時間が、はぎ取られているような印象だ。

 

美しかったこの船を冒涜する何かが、嘲笑っているかのように思えた。

 

どうする。外を、強行突破するか。とても痛い目には会うだろうが、どうにかそれは行ける。何度体を食いちぎられるだろうかと思うと憂鬱だが、しかし。

 

「こっちよ」

 

不意に、英語が聞こえた。

 

罠かも知れない。しかし、小さな女の子の声だ。

 

一瞬、足を止めた瞬間。甲板を打ち砕くかのようにして、大量の触手が沸き上がってきた。腐敗したそれは、イカのようにも、鮹のようにも見えた。それぞれはあまり大きくないが、あまりにも数が多すぎる。

 

手を何かに引かれる。

 

同時に、通信機を取り落としてしまった。

 

 

 

グルッピーに続いて、スペランカーの通信も途絶。有線式の通信機からは、雑音だけが届いていた。

 

「おのれ!」

 

通信機に、アーサーは拳を叩きつけていた。隣では、SASの隊員が青い顔をしている。

 

スペランカーはあの通りの存在だから、腕を食いちぎられようが頭を噛み砕かれようが、多分死にはしない。

 

だが、巨大な幽霊船に取り込まれて、意識を失って、それで無事で済むのかは分からない。貧弱な身体能力で、絶望的にさえ思える戦力差をひっくり返し、山のような大きさの魔物や、それさえ凌ぐ力を持つ大魔王さえ打ち倒してきたアーサーである。どんな存在にも限界と弱点があることは、熟知している。

 

救出作戦を行うとしたら、川背を連れて行かないと駄目だろう。あの子は相当な使い手だから、信頼できる。アーサーと共闘すれば、生半可な異界の軍勢くらいなら、苦もなく蹴散らせるだろう。問題は、この辺り全てが、敵の腹の中も同じと言うことだ。

 

そういった環境で死闘を繰り広げたアーサーは、如何なる実力を持つ勇者でも、そんな場所では簡単に死ぬことを良く知っている。今此処にアーサーが生きているのは、実力があったからではない。

 

運が良かったからだ。

 

「サー・ロード・アーサー。 どうしますか」

 

「少し、様子を見る。 二人とも、簡単に死ぬような使い手ではない。 ただし、増援を呼ぶ必要もあるだろうな」

 

「し、しかし、通信が」

 

「救命用ボートを下ろせ。 我が輩は二人が戻ってきた時に備え、此処で待機する。 船には防御用の魔法を掛けてあるから、生半可な攻撃ではびくともしない。 おぬしは川背どのを連れてきて欲しい」

 

もちろん、漂流を想定して、救命用ボートにも術式は掛けてある。また、ゴムボートと言ってもエンジンは装着しており、それなりのスピードで移動も可能だ。

 

ゴムボートを落とした瞬間である。

 

外から、痛烈な何か得体が知れない音が響いてきた。

 

思わずSAS隊員とともに耳を塞ぐ。船全体が震動するような強烈な音は、数秒で止んだ。

 

「い、今のは」

 

「……なるほど、そうか。 もう一度来るぞ。 耳を塞げ」

 

アーサーがそう言って、耳を塞ぐ。船がびりびりと震動した。

 

ゴムボートから視線を外し、見上げる先に。飛来するグルッピーの姿があった。

 

電磁波や超音波を口から放つという話は聞いていた。つまり、それを使った三角測量であれば、このモーターボートの位置を精確に割り出せると言うことだ。グルッピーは戦闘に己の誇りの全てを賭けているような存在だが、話を聞く分だと外部の文明の事もある程度理解しているし、知識もある。興味がないことと、使いこなせることは話が別だ。

 

やがて速度を落として近付いてきたグルッピーは、申し訳なさそうに言った。

 

「すまぬ、アーサー卿。 歴戦の汝が言葉を聞くべきであった。 我、さながら初陣の小僧がごとき不覚をとれり」

 

「気にするな。 それに、生還してくれて助かる」

 

しばし回転しているグルッピーを見つめていたアーサーだが、決断した。

 

「この様子では、そなたを潜入させていても結果は同じであっただろう。 よし、やむを得ない。 計画を前倒しし、我ら二人で幽霊船の威力偵察に向かおう。 途中でスペランカーどのを救出し、一旦戻れるようならば戻る。 そなたは、先に戻って、川背どのを万が一の時に備えて連れて来て欲しい。 救命ボートは、此処に残しておく」

 

「分かりました。 サー・ロード・アーサー」

 

「判断は汝の方が正しいようだ。 我は汝の言葉に従う」

 

「うむ、助かる。 さて、海底の姫君のおいたを叱りに行くとするか」

 

鎧の上から、アーサーはザイルと救命胴衣を付けた。貧弱と言っても、幾多の魔界を超えてきたアーサーである。鎧を着たまま、ザイルを伝って船の甲板まで上がるくらいのことは造作もない。

 

グルッピーは時々船の側面にぶつかりながら、旋回し、アーサーと高度を合わせている。

 

不吉にぎしりぎしりと鳴るザイルが、アーサーの神経を締め付ける。それなりの修羅場を潜ってきているスペランカーが、悲鳴を上げていたのも気になる所だ。

 

潮の香りが異様に強くなってくる。腐敗臭も混じっている様子だ。

 

海底調査艇が、以前クィーン・ルルイエの姿を捕らえたことがある。海底に横たわる悲劇の豪華客船は金属を腐食させる細菌の影響で、美しい原型をとどめないほどに崩壊していた。この船も、実体がそれだとすると、あまりザイルに頼ると危ないかも知れない。

 

いち早く、グルッピーが甲板に出た。

 

アーサーもそれに続く。

 

南国の楽園のような光景が広がっていた。

 

スペランカーが報告してきたとおりだ。美しく着飾った紳士淑女に、水着の乙女。プールには青い水が湛えられ、霧など何処にもない。

 

眼を細める。幻覚は、アーサーも何度となく苦しめられた攻撃だ。最初に魔界に挑んだ時などは、周囲のことごとくが幻覚で、その全てを打ち破って初めて敵の懐に肉薄できた、等という事もあった。

 

「これは、幻覚なるや」

 

「間違いないな。 さて、この我が輩を謀ってくれたこと、たっぷりと後悔させてやるとするか」

 

モーターボートが離れていく音を聞きながら、アーサーは己の能力を展開する。

 

そして、周囲の命無き人間達が。

 

偽りの楽園が。

 

音を立てて崩れ始めた。

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