オールドアクションゲーム二次創作 作:dwwyakata@2024
意識が戻ってきた。
敵の体内で消化されかけという最悪の状態を想定したのは、全身に粘液が絡みついているのを感じたからだ。ゆっくり目を開けて、スペランカーは周囲を見る。
意識を失うというか、死ぬ寸前。手を引かれるのを感じた。
ただし、それは人間の手によって、ではない。
胴ほども太さがある、巨大な触手によって、であった。恐らく鮹の触手だろう。不死者達の前に躍り出た、あの巨大な触手の主が、スペランカーを欲したと言うことだ。目的は分からない。もちろん、捕食を想定した場合もあるだろう。
目は開く。明かりがあると言うことは、何かの腹の中ではないという事か。
何度か経験があるのだが、消化されながら再生を繰り返すというのは根比べだ。不死の能力がなければその場で死んでしまう訳だが、不死である場合は、相手に打撃を与えながら、どれだけ精神的に耐えるかの勝負になる。恐ろしく辛い勝負で、相手が巨大であればあるほど戦いは長く続く。
だから、そうでないと確認できただけで、幸運だ。
体の下には板があるらしい。天井は、朽ちてはいるが、いちおう建物の内部のようだ。体を触りながら、起こす。服を剥がれたりとか、装備を取られたりという事はないようだ。それだけ自信があるのか、それとも遊んでいるだけなのか。
どちらにしても、あの巨大な鮹の足。生半可な存在ではない。覚悟を決めておいた方がよいだろう。
「あら、目覚めたのね」
鈴を鳴らすような声。可憐な女の子の声だ。
視線を彷徨わせ、見つける。
もはや、この世の者ではない、声の主を。
それは、上半身は女の子だった。カールの巻いた綺麗な金髪。肌は美しいチョコレート色で、何事にも興味を示しそうな、大きな可愛らしい目をしている。お洋服も、恐らくオーダーメイドの特注品だろう。フリルがついていて、とても綺麗な品だった。
問題は下半身だ。
今、スペランカーがいるのは、周囲十メートル程度の船室だろう。
とても、それには収まりきらない。
巨大な鮹をベースにしているそれは、今も太く長い触手を、部屋の外で蠢かせているようだ。それだけではない。無数についた、人間らしき目。鮹の表皮に思えるそれからは、大量の人間の指らしきものが生えていて、蠢いていた。
吐き気を誘う醜悪な下半身と、可憐な上半身のギャップが凄まじい。
そして、部屋中に漂う死臭は、彼女が見かけ通りの存在ではなく、この世の者ではないことを告げていた。
「驚いたわ。 貴方も、人間ではないのね。 持ってくる途中、何度か触手をえぐられてしまったわ」
スペランカーの体を包む不死の呪いは、補給機能を備えている。死んだ時に欠損が出ると、それを周囲から、或いは殺した相手から、強引に補給するのである。それが発動したのに、間違いなかった。
「……貴方は、クィーン・ルルイエ?」
「ううん。 そんな人は、この船にはいないわ」
”私達”の名前は、ルルイエ。
そう、女の子に見える存在は言った。
此処は戦いやすい。そう、グルッピーは思った。
大きく息を吸い込むと、迫り来る死人どもに、超音波を浴びせる。全身がひび割れた死人に、そのまま回転しながらの体当たりを仕掛ける。
粉々に砕けた死骸を突破して、更に次へ。途中、槍のように手すりの残骸を向けてきている死人を視認。さっと手を伸ばしてパイプを掴み、体を旋回させて壁に叩きつけ、反射を利用して上空に躍り上がる。
無数に伸びてくる触手。
甲板を突き破って、伸び来た鮹の触手だが、中途で飛来したナイフによって抉られ、吹き飛ぶ。
爆音の中、突貫。再び超音波を浴びせかけ、片っ端から体当たりで打ち砕いていった。
「ほう、流石は歴戦の戦士! 見事だ!」
絶倫の剣技で、右に左に死人を薙ぎ散らしながらも、此方を援護する余裕があるらしいアーサーが叫ぶ。奴の手元には常に新しい武器が光と供に生じており、投げても投げても尽きることがない。右手の剣で死人を切り伏せ打ち砕きながら、左手に生じた斧やら短剣やらを投げつけ続けるアーサーは、まさに生きた兵器庫であった。
これが奴の能力。ウェポンクリエイト。
作成できる武器は己の体重を上回らないものに限られるらしいが、体力と引き替えに、幾らでも武器を生成することが出来るという。生成速度も早く、魔王の軍勢と戦う際に、大きな力を発揮したそうである。
死骸は、後から後から甲板に這い上がってくる。アーサーは鋭い斬撃で、手近にいる大男の死人を唐竹に切り伏せながら、指示を送ってくる。グルッピーは丁度甲板にぶつかって跳ね上がりながら、つかみかかってきた大男の脇を抜け、別の水夫の死骸を顔面から砕いた所であった。
「先に行かれよ。 我が輩は此処で、敵の頭数を削っておく!」
「分かった」
さっき、スペランカーの通信装置を見つけた。途中で千切られていたが、彼女が入っていった先は明らかだ。何度か床、壁とバウンドし、立ちはだかろうとする死人どもを蹴散らしながら、グルッピーは扉に飛び込む。
中も、さながら死人の鮨詰め状態だ。老若男女、貴賤、関係無しに、無数の死人が、濁った目で、つかみかかろうと躍り掛かってくる。その動きは生きている人間と大差なく、さながら走り回るゾンビを扱った近年のホラー映画のようだ。
だがしかし、狭い通路はグルッピーの独壇場だ。雷撃をまき散らしながら、高速で左右にはね回りつつ、硬直した死人の体を打ち砕く。もとより硬質ゴムに良く似ているというグルッピーの表皮は、回転によって著しく強度を増し、弾丸に等しい状態になる。其処を、電撃、超音波砲撃によって麻痺した相手に叩きつけるのだ。
生の生物でさえ、風穴が開く。
バルン族を殺すことに特化し、全身を針で武装しているウニラ族でさえ。超音波砲をまともに浴びた状態では、バルン族の突進を防ぐことは出来ないのだ。ましてや、生きてさえいないこのような連中など。
縦横無尽に蹴散らしながら通路を進むグルッピーは、だがしかし。通路の手すりを掴み、無理矢理ベクトルを下に変え、床で自分を弾きながら、天井へ向かう。
通路の奥から、触手が伸びてくる。それも、相当な数が、だ。
柔軟性の高い触手は、相手にすると厳しい。ましてやバルン族は、一度でも敵に捕獲されると死が確定する。今まで来た通路は覚えている。そして、渡された地図も、頭に叩き込んでいた。
激しくはね回りながら、グルッピーは探す。
この船の中で、金品として残っているものを。
契約料だけでは足りない。外貨を獲得し、食料、それにウニラ族との抗争で用いる最新兵器を手に入れるには、金品を取得する必要があるのだ。
無数に張り巡らされたパイプや手すりは、全てグルッピーの味方である。
襲い来る触手をかわしつつ、徐々に死せる船の奥へ、奥へと入り込んでいく。
この辺りは、水夫の生活区域だ。貴族どもは、もっと上の通路にいたはずである。
と、その時。
通路が塞がっているのに気付いた。瓦礫やら何やらで、完全に塞がっている。最早周囲は幻覚を見せる気もないらしく、海産物の残骸がこびりついた朽ちかけた通路の中で、その光景は無惨なだけだった。
一旦引き返すか。
そう思い、グルッピーは何度か射角を調整しながら、後方を確認。今のところ、追いついてきている敵はいない。
側の部屋に飛び込むと、窓を割って飛び出そうと思った。ふと、気付く。
机の上に、手帳がある。
一旦それを手にすると、窓を打ち砕いて、グルッピーは船の外に飛び出した。
甲板では、まだアーサーが戦っている。周囲は崩された死人の山であり、腐臭が酷い。歴戦の猛者であるアーサーも、流石に顔をしかめていた。
「これは、ガスマスクが必要であったやも知れぬな。 おお、戻られたか。 硝子が割れる音がしたが」
「行き止まりになっていたので、一度引き返してきた。 内部構造はある程度理解した」
「そうか。 スペランカーどのは、かなり奥まで引き込まれた可能性が高いな」
アーサーが手元に十字架を出現させる。簡素な作りだが、強い光を纏っていた。
甲板に、魚のような人間のような、気色が悪い連中が現れる。もはや、死人ですらない。この世の法則の、外にある存在だろう。
連中は横一列に並ぶと、一斉に腐敗した液体を吹き付けてくる。
手すりを使って回転速度を上げ、上空に上がったグルッピーが、超音波を浴びせてはじき返す。アーサーも十字架を放り投げると、強い光が放たれ、腐敗した液体が一気に浄化され、唯の水とかした。
「一度引き上げるか。 川背どのが到着してから、再度攻勢に出よう」
「了承した。 それまで此処で、敵を削る方向でよろしいか」
「うむ」
アーサーが、今度は身の丈ほどもある、巨大なトマホークを手元に造り出す。
そして何度か回転すると、遠心力を利用して敵に叩きつける。魚の顔をしたあの世の住人達は、纏めてなぎ払われ、血反吐を吐きながら吹き飛んだ。
その時。
ずるりと、嫌な音がした。
川背は老人が作った料理を前に首を振る。老人は落胆して肩を落とした。
「そうか。 この郷土料理では、通じんか」
「残念ながら。 南A大陸の味付けとしてもあまり良くありません。 海外の観光客を呼ぶのは、無理でしょう」
そもそも、川背は今回、スペランカー先輩に誘われて参加したのではない。フィールド探索の斡旋業者から声が掛かり、任務に参加することとなったのである。給金は比較的高めだったが、今回は危険度が高いフィールドと言うこともあり、あまり気乗りはしなかった。
支援任務と言うことで来てみたが、内容はもちろん戦闘支援だった。もう一つ、追加で給金が出るという任務もやって欲しいと言うことだった。その内容を聞いて、川背はやる気を出した。そして今、老人と向き合っているのだ。
今回、フィールドが発生した近辺にあった港町は、探索者を呼ぶために大きな借金をしているという。フィールド探索者を斡旋する会社も、慈善事業をしている訳ではない。取り立ては容赦なく行われ、払えない場合は土地そのものが差し押さえられてしまう。
それだけではない。フィールド発生による経済的な損失は凄まじく、漁でどうにか生計を立てている小さな港町は、存亡の危機にあるという。
貧しい生活の苦しさを、川背は良く知っている。
幼いころから父と放浪をしてきた。その過程で、賄いのバイトを続けて、生活費を稼いできた。お金を払ってくれる人は、絶対的に立場が上なのだと、この時に知った。タチが悪い店になると、セクハラまがいの事をされることだってあった。歯を食いしばって頑張りながら、どうにか独立できる目処が立った時、川背は本当に嬉しかった。
港町を立て直す事を、川背は頼まれたのではない。
南極海ツアーの中継地点として、ある程度客にお金を落とさせることが出来る料理を作る手伝いを、川背は頼まれたのだ。
既に老人は、静かな港町を再建することを諦めてしまっている。そして、C社を中心とした斡旋を続けている営業マンも、それを前提にして、川背に追加報酬での仕事を頼んでいるようであった。
苦境は、分かる。だから、全力で手助けはするつもりだ。港町の顔役だという老人は、苦しそうな顔であった。
「どうすればよいのだ」
「素材は悪くありません。 まず、主要観光客提供国の好みにあった料理を、魚介類中心で作ってみましょう。 僕が作ってみますから、味見をしてみてください」
営業マンは、にやにやと営業スマイルを浮かべて、此方を見つめている。
まずパスタを作った。ムール貝の味を生かし、トマトの味と絡め、魚介類の旨味を引き出した品だ。続いてラーメン。炒飯。ス-プ料理。それにサルサ。ハンバーガーに、ボルシチ。
営業マンにも試食して貰う。素材としては一流と行かなくとも、まずまず満足できる品ばかりである。充分以上のものが出来た。
得に惜しむような事もないので、レシピは起こしてある。素材の分量さえ間違わなければ、他の料理人達でも、再現は難しくないだろう。
「ふむ、流石に。 プロの板前もしていると聞いていますが、たいしたものですね。 あまり高級な素材を使わず、即座にこれだけのものを作れるとは。 呼んで得をしましたよ、川背さん」
「有難うございます、アリーマーさん」
「いえいえ。 ご老体、貴方はどう感じます?」
「余所ではこういう料理が受けるのか。 確かにどれもこれもとても美味しいが、何というか、俺はもっと素朴な料理が好きだ」
肩を落としたまま、老人はそう言った。
気持ちはよく分かる。
むしろJ国の料理は薄味傾向なのだと、川背は知っている。海外でスナック菓子を食べてみれば分かるが、味覚そのものの濃度、それに方向性が違っているのだ。だから、余所の国で食べる場合は、舌がおかしくなることを覚悟した方がよい。
これは何処の国の人間が、別の国に対して旅行を行った場合も同じだ。
濃厚な味になればなるほど、他の国では受け容れがたくなる。ましてや、素朴な田舎の港町で暮らしていた人達からすれば、それも当然だ。きっと、この味自体が、占領軍のように感じてしまうのだろう。
それでは、いけない。それでは、立ち直れない。ただ、無言で川背は一品だけ、焼いた魚を出した。
「此方は、どうですか」
「川背さん。 分かっていますか?」
「これは任務には関係なく、料理人としてだした料理です」
信頼を、まず築きたい。だから、作った。
掌ほどの魚を、味付けを最小限だけして、ただ焼いた料理。呆れたように、営業マンはそれでも箸を付けてくれた。老人は一口だけ口に入れて、それで目を見張る。そして、骨だけ残して、綺麗に食べてくれた。
フォークを置くと、老人は落涙する。悲しみの涙ではないと知って、川背は安堵した。
「……そうか。 まだ若いというのに、あんたの腕は、認めざるを得ないらしい。 確かにこれは、俺から見てもとても美味しい。 焼いただけの魚なのに、こんなにも美味しいなんて。 若いころに初めて自分で獲って食べた魚の味を思い出すよ」
「素朴ながら、実に美味い。 ただ、魚を知り尽くしている貴方だから出来る名人芸の結果であって、レシピにはおこせないでしょう」
「分かっています。 ウルリヒさん。 悔しいかも知れませんが、一からやりなおしましょう。 僕もこの味を出せるようになるまで、十年かかりました。 他の女の子がお洒落とか男の子とかを考えている間の時間を全部費やして、やっと出来るようになった事なんです。 でも、十年で出来ました。 港は大きな借金を背負うかも知れませんが、きっと立ち直れます。 僕の料理やレシピがその手助けになるのなら、幾らでも手を貸しますから」
ほう、と営業マンが呟いた。
川背がアーサーに聞いた所によると、この営業マンは元々人間ではないそうである。それもいわゆる悪魔の一種で、魔界でアーサーと何度となく刃を交えたライバルだったという。今では魔界との交流が部分的に開始されており、怪我をして戦えなくなったこともあって、営業マンなどしているのだとか。本当の姿は、人間とはかけ離れ、翼や尻尾の生えた悪魔らしいものだという。
その営業マンが、皮肉な笑みを湛えている。
不意に、ベルが鳴る。営業マンが素早くとり、何度か川背を見て、頷いた。
電話を切った時には、平穏な時間が終わったことが明らかだった。
「増援の依頼です。 スペランカーさんが敵中にて行方不明。 サー・ロード・アーサが、貴方の出陣をご所望です」
「分かりました。 直ちに」
自分に出来ることをする。
欠落した青春の中で、友人らしい友人は、川背にはいなかった。いじめを受けることもなかったが、兎に角孤独だった。
この間の任務で、自分を認めてくれたばかりか、庇ってくれたスペランカー先輩は、今、多分、家族以外で一番大事な存在である。
その危機を救うのであれば、どんな事でも、出来る。
一つの任務については、果たす目処がついた。もう一つの任務を、これから叩く。
リュックを背負うと、モーターボートへ急ぐ。霧の中から生還してきたモーターボートは、全体にフジツボや死んだヒトデが付着していて、おぞましい臭気を放っていた。これは、あまり長くは保たないかも知れないと、川背は思った。
一旦救命用ボートに避難したアーサーは、ゆっくり旋回しているグルッピーを見た。かなり傷が増えているが、どうにか無事である。
甲板で現れたのは、巨大な触手の塊だった。ずるり、ずるりと音を立てて近付いてきたそれは、全長が百メートル超はあるように見えた。
敵に本気を出させただけで充分。アーサーはグルッピーが時間を稼いでいる間に多数の十字架を出して結界を張ると、さっさとザイルを伝って船を出た。そして救命ボートを少し敵本拠から離して、増援の川背を待つことにしたのである。
ボートの上では、図面を拡げて、グルッピーと現状の船の内部について話し合った。どうやら船員達の暮らしていた区画は、他と隔離されてしまっているらしい。スペランカーが引きずり込まれたとしたら、多分船体下部ではなく、貴族達が暮らしていた上部だろうと、アーサーは推察した。
グルッピーが持ち帰ってきた手帳は、防水式のものであったらしく、何とか中身が読める。ざっと見ると、日記のようであった。
本腰を入れて、目を通す。すぐ側には、クィーン・ルルイエの巨体が停泊したままである。恐らく霊的な攻撃は仕掛けてきているのだろうが、アーサーが事前に念入りに掛けた術式を突破するには到らない。
半刻ほど掛けて、読み終える。
やはり、予想通りの事実が書かれていた。
「ふむ、そうか」
「何か、興味深き事が書かれていたか。 汝アーサーよ」
「うむ。 そもそもこの事件を、どうして忌むべきものとして扱うか、貴殿は知っておるか、グルッピーよ」
「来る前に、資料は確認してきた。 事故による打撃は小さかったが、救援が遅くなったせいで、船内で殺し合いが発生したとか。 救助が来た時には、七人しか生きていなかったと聞いている」
そう。世間的には、その程度のソフトな表現で済んでいる。だが実際には、この事件にはもっと大きな、当時の社会的問題が絡んでいるのだ。
「かって我が輩の国は、紳士の国と呼ばれたことがある。 しかし一次大戦の少し前くらいには、悪魔の国と変わり果てていた。 人類の歴史上、もっとも手ひどい虐殺と略奪を行った国となってしまったのだ。 その記録はスターリンやヒトラーという稀代の悪魔が闊歩した後も、現在に至るまでも更新されておらん。 例えばI国では経済を徹底的に破壊し、餓死者は二千万人にも達した。 しかもC国との経済戦争で麻薬を扱うべく栽培を進めさせたため、今でもその傷跡は大きく残ってしまっている。 我が国の悪行はそれだけではない。 クィーン・ルルイエがいた小国でも、悪行は代わらず行われたのだ。 呆れたことに、今でも多くのE国人は、己の悪行を恥じるどころか、侵略した国々を植民地などと呼んで嘲笑っている始末よ」
「ほう。 あきれ果てる話であるが、まあ、人間などその程度の生物であろう。 愚かで醜く、存在として過去に反省することが出来ぬ生物よ。 我にもその血が流れていると思うと、腹立たしい事よな。 さて、仕事の話であるが、となると、その争いとは」
「……そうだ。 E国の人間と、彼ら侵略された側の人間達の争いも絡んでいたのだ」
だから、アーサーが今回派遣された。クィーン・ルルイエという存在を、完全に消し去るために。
そして、こうも早くフィールド探索者、それも腕利きが四人も派遣されたのも。E国が、「己の歴史を清算する」ために、裏から圧力を掛けたからだろう。事実、現在港町に押しつけた借金を盾に、大きなプロジェクトが動いている様子だ。クィーン・ルルイエという存在を完全に消し去るための、上書き用のプロジェクトとして。
アーサーは、手帳の内容を解説する。
E国のロイヤルネイビーは、クィーン・ルルイエが建造された時代、腐りきっていた。水軍の水夫として、略奪同然に村々から人々を連れて行くことが珍しくなかった。E国でそれが無理になると、植民地から人員を調達した。軍でさえその有様である。民間企業のモラルなど、存在しないに等しかった。
このクィーン・ルルイエに乗っていた水夫の中にも、そうやってE国の植民地であった故郷から無理矢理連れ出された男達が、多く混じっていた。この手帳の主も、その一人であったらしい。
「最初の数週間は、愚痴で埋め尽くされている。 甲板で貴族とジェントル(資本家)どもが豪華な食事を楽しんでいるとか、餓鬼どもが五月蠅いとか。 此方は豚の餌同然の食事をしているのに、奴らは油が滴るステーキを、半分も食べずに捨てているとか。 まあ、殆どの愚痴が真実なのであろう」
「人間とは、まこと愚かな生物よ」
「本当にその通りだ。 やがて、此処だ。 六月十七日。 事故が発生する」
南極海に入ったクィーン・ルルイエは、霧に包まれたという。丁度今回のような状況であったようだ。それから数日間、日記が急に飛んでいる。前後の表現、それに歴史に残された生存者の証言からも、六月十七日に悲劇が起こった。
南極大陸から離れて浮遊していた氷山に、船体がぶつかったのだ。
幸い、熟練した船長であるオズワルド氏の判断によって、一瞬での沈没は避けることが出来た。だが、本当の悲劇は此処から始まっていく。
通信がまず出来なくなった。理由はよく分からない。当時は、通信機器の故障が原因ではないかと言われていた。船の航行能力も喪失。近辺には船もおらず、船内はパニックに陥った。
最初に減らされたのは、水夫達の食料であったらしい。
「愚かな。 最も体力を必要とする水夫達の食料を減らし、豚も同然の連中の餌を確保したというか」
「それだけ、資産家達の社会的な権力が強かったと言うことだ。 生きて帰ってからの事が問題だったのであろう。 数日はそれでまだ良かった。 だが、救援が来る見込みもないとなってくると、水夫達は抗議を開始した。 資産家階級も、もちろんそれに対抗しようとし始める。 船長は必死に両者をなだめようとしたが、日に日に厳しくなっていく環境で、ついに激発が起こった」
甲板で、干し肉を囓っているジェントルに、ついに水夫が噛みついたのだ。
もみ合いの喧嘩をしている内に、恐怖に駆られたジェントルが発砲。水夫の一人が、胸を貫かれて即死した。
完全に頭に来た水夫達は、ついに群れを成して、自分たちから搾取し続けた貴族、ジェントルを襲った。そして、容赦なくスコップで殺戮して、南極海に投げ込んだ。奪った銃も、重要な凶器になった。狂乱の宴は丸一日続いた。
こうして、千三百人ほど乗っていた人数が、一気に千弱にまで減った。
三百数十人がその場で殺されたのだ。女子供も容赦なく殺され、劣情の餌食にされた挙げ句に、海に放り込まれた。
力の差は、こうして逆転した。
今まで自分たちを見下し、差別してきた貴族とジェントルに、水夫達は徹底的な報復を行った。
見る間に、船の人数は減っていった。
「手帳には、歓喜の言葉が躍っている」
「そうか。 そう言えば汝らの住む西欧では、労働者階級と支配者階級の長きにわたる闘争が続き、それが世界大戦の遠因になったとも聞いている。 この豪華客船では、それの先駆けとなる事件が、嵐のように起こったと言うことか」
「そうだ。 少し状況は異なるがな。 だから、E国としては、歴史の闇に葬り去りたいのだろう」
手帳を進める。
数日は、それから静かな日々が続いた。食料を豊富に手に入れた水夫達は、大喜びで自由を楽しんだ。
ただし、それも数日に過ぎなかった。
通信機が壊されていた事が、発覚したからである。
正確には故障していたのだが、そんな事は水夫達にはどうでも良かった。もとより、当時の労働階級に知識は殆ど無い。
犯人は分からなかった。だが、疑心暗鬼が、さらなる殺戮を呼んだ。
船の一角に押し込められていた資産家達は、徹底的な拷問に晒された。手帳には、生きたまま歯を抜いたとか、目玉を抉り出したとか、凄惨なその実態が書かれている。彼らが全く自白しなかったことで、水夫達の疑念は、自分たちの仲間にも及んだ。資産家のスパイになっている者が、いるのではないかと。
氷山に船体が激突してから、一週間後。
ついに、水夫達の間でも、内紛が開始された。
スペランカーの体には、触手が絡みつき、動きを封じている。吸盤には牙を思わせる鋭い突起がついていて、がっしり固定されてしまっていた。髪からしたたり落ちる粘液が気持ち悪いが、しっかり手足が固定されてしまっているので、身動きも出来ない。
逃げられないようにすると、ルルイエが言った。
そしてその方法を、この存在は、充分に心得ているようだった。
多分この船のコアになっているのは、この子だ。しかし、ブラスターを叩き込む隙もないし、今はそもそも身動きが取れない。だいたい、女の子にブラスターを叩き込むのは、正直気が進まない。
空中につり上げられたスペランカーは、聞かされ続けていた。
この船で、何が起こったかを。
水夫達の内紛の際、船には火が放たれた。かろうじて消し止められたが、食料庫は完全に焼き尽くされてしまい、多くの人間が死んだ。
飢餓地獄が始まった。
生き残った者達が最初に目を付けた食料は、女子供だった。
老人が、その次だった。
一月が経った頃には、それでも食料が足りなくなり。生き残った水夫達は、互いを食料と見なして殺し合った。死んだ奴はその場で解体されて、焼かれて喰われた。
それは、文字通りの。地獄絵図だった。
ようやく救助が来た時、生き残ったのは七人だけ。その場で、白骨と人肉が散らばっていたクィーン・ルルイエは放棄された。
ルルイエはくすくすと笑う。目には、おぞましい狂気が根深く宿っていた。詳細な地獄絵図を聞かされるスペランカーは、何も言わない。
其処までの悲惨さではないにしても。経験があるからだ。
男遊びに夢中になり、育児放棄した母。ゴミの山の中、死なないという理由で放置されたスペランカーは、飢餓による死を何十回も迎えた。
児童相談所の人が駆けつけた時には、正気を失いかけていた。胃袋にはプラスチックの容器まで入っていたという。
だから、分かる。その狂気と、悲しみは。
「私の名前って、戦利品だったの」
「E国が植民地にしたって言う、小さな国の王女様ね」
「そうよ。 その国は小さな貧しい国だったの。 でもね、穏やかで、皆が助け合っている、良い国でもあったのよ。 でも、何だか資源が見つかったとかで、E国が大艦隊と恐ろしい武器を持った兵隊を率いて乗り込んできて。 何もかもを奪い尽くしていったんだって」
美しかった島は踏み荒らされ、貧しくも幸せだった家々は焼き払われた。
王女は資産家階級にペットとして慰み者にされ、全ては滅び去った。その島々は、今では地獄を思わせる紛争地域だという。
アロハオエという歌がある。
A国によって植民地とされたハワイの最後の女王が、故郷を思って作った歌である。今では陽気なフラダンスと一緒くたにされて、明るい歌だと思われていることが多いが。実際は国を奪われた女王によって作曲された、悲劇の歌なのだ。
それを、来る途中、スペランカーはアーサーに聞かされた。
アーサーは、故国の悪行を、決して喜んではいないようだった。それに起因している、植民地主義も。
「女王様は、若くして資産家どもに移された性病で、ろくな治療もされずに亡くなったのだけれど。 紳士の国を自称するE国に、呪いを掛ける事を忘れなかった。 その国に伝わる、必殺の呪いであったそうよ」
「それが、この船に、引き寄せられた」
「そう。 くすくす。 正確には、この船にまとわりつく呪いに、”私達”が興味を持った、というのが正しいのだけれど」
そういえば。
水夫達には、様々な国籍の人がいたと言うけれど。
この子のような、南国出身の資産家階級は乗っていたのだろうか。
それで、思い当たる。ひょっとして、この子は。E国に踏みにじられた、I国の餓死者達の怨念なのではないだろうか。
「でも、私達がしたのは、霧を出すことと、通信機を壊すことだけ。 ほとんどは、人間達が、勝手にやったのよ」
「それで、何がしたいの?」
「別に? 私達が味わった苦しみを、少しでも返してあげたいだけ」
「悲しい子」
ぎしりと、両手足が軋みを上げた。そのまま引きちぎるつもりかも知れない。
別に、それならそれでいい。女の子は相変わらず笑顔を浮かべているが、不快感はありありと感じられた。
「どちらの呪いが強力か、勝負してみましょうかあ?」
「……それだけの事をして、少しは気が晴れたの?」
「全っぜん! 私の気が晴れるのは! あの腐った金持ちどもが! 一匹残らず! まとめて! 海に沈んだ時だけよぉっ!」
金切り声が上がる。
スペランカーは目を閉じて、これから始まるだろう壮絶な根比べを思い、憂鬱になった。
しかし、此方が注意を引きつければ引きつけるほど、アーサー達は有利になる。
それに、この哀れな子達を。少しでも自分が楽に出来ると思えば。痛いのも苦しいのも、どうにでもなると思った。