オールドアクションゲーム二次創作   作:dwwyakata@2024

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5、死闘

ゆっくり光の周囲を旋回しながら、グルッピーは相手を伺う。どうやら何かを媒介にして、人間の負の思念が集まっているらしい。

 

形状は、何かの神像だろう。

 

人間に似ているが、頭部はむしろ鮹に近い。しかも触手は烏賊に似ていて、手足には恐竜を思わせるかぎ爪があった。背中には、蝙蝠に似ている翼。鱗が生えた体は不気味に拉げていて、水棲生物の要素を、人間に無理矢理ねじ込んだように思えた。

 

とりあえず、これをたたき壊せば、解決だろう。

 

そう思ったグルッピーの脳裏に、叩きつけるような声が響いた。

 

「お前は、何者かや」

 

「我は、グルッピー。 バルン族が一の勇者である」

 

臆せず、そのまま応える。

 

頭が木っ端微塵に吹き飛ばされるかのような圧力だった。多分テレパシーという奴だろう。

 

この神像からか。或いは別からか。それは、分からなかった。

 

「わたくシは海底の神格。 亡国の女王ルルイエの呪いに呼ばれ、この船に破滅をもたらせしものである」

 

呻く。とんでもない圧力だ。並の人間が浴びたら、そのまま発狂してしまうのではないか。

 

ゆっくり相手の周囲を旋回しながら、出方をうかがう。場合によっては、アーサーやスペランカーが来るまで、時間を稼がなければならない。もしくは此処に誘導できるように、出来るだけ派手に戦う必要もあるだろう。

 

「我の故郷を、遙か昔に襲いしも、異界より現れし神であったと聞く。 汝もその眷属かや」

 

「わたくシは星の海より、辿り着きし存在。 異界という定義には当てはまらぬが。 ふむ。 この船には、わたくシが眷属の香りがする者が、お前の他にもう一人いるようだ」

 

硝子を引っ掻いたような音。

 

それが哄笑だと気付く。

 

気付くだけで、精一杯だった。今も、声を聞いているだけで、発狂しそうである。

 

「いずれにしても、貴様の居場所は此処にはない。 帰れ、異界の神よ」

 

「妙なことを言う。 お前は人間の存在をあれほど否定し、哀れみ、憎んでいたではないか。 わたくシがそれを見ていなかったとでも思うのか」

 

グルッピーの頭の中に、鉄槌が直接叩きつけられたかのようだ。

 

機動を失敗し、あり得ない角度から壁にぶつかってしまう。初陣の小僧のような失敗をするグルッピーは、頭の中がもはやミキサーでかき回されたかのようだった。相手はまだ哄笑を続けている。

 

「どうした。 一の勇者ではないのかな」

 

「我は一の勇者。 だから、簡単に、屈すると、思うなああっ!」

 

絶叫。

 

残る力を振り絞り、加速。

 

神像から、紫色の光が更に強く放たれ、グルッピーは機動を無理に逸らされた。何度か壁、床、天井をはね回った後。

 

天井の一角。

 

無事だった、パイプを砕いた。

 

降り注ぐ瓦礫。神像は、驚愕の声を挙げる。

 

グルッピーも、こんな事はやりたくはなかった。だが、これで、どうにか。場所だけは、知らせることが出来る。

 

凄まじい天井の崩落の中、まだこれで敵は倒せないだろうなと、グルッピーは確信していた。しかし、自分は一度動きを阻害されてしまえば死ぬ。体内に蓄えられたエネルギーは、常に移動を求めている。移動できなくなれば、全身から噴きだし、破裂する。

 

降ってきた瓦礫の一つが、ついにグルッピーを直撃する。

 

スローモーションに見える周囲の光景。絶望的に降り注ぐ瓦礫。

 

意識が薄れかけたその時。

 

体に引っかかる、何かの光が見えた。

 

 

 

スペランカーが意識を取り戻すと、バスタオルをバックパックから取り出した川背の顔が見えた。

 

「スペランカー先輩!」

 

「……あの子は?」

 

「僕が首をもいだら、ばらばらに吹っ飛んじゃいました。 きっとあの子、自分がこの船を支配していると思いこんでいただけだったんです」

 

「……」

 

瓦礫を押しのけて、体を起こそうとする。

 

酷い有様だった。あまりにも繰り返して殺されたので、服は完全に無くなってしまっている。ズボンはともかく、靴は結構高かったのに、酷い話である。

 

こうなることを予想していたのか、川背がバックパックから着替えを出してくれた。座ったまま、いそいそと着替える。何というか予想通りというか、服は胸がぶかぶかだったが、まあ気にしないことにする。

 

靴を履き終えると、立ち上がる。殺されすぎたからか、頭がくらくらした。拉げてしまってはいたが、ヘルメットを被り直す。無いよりはマシだ。リュックも襤褸布になってしまっていたが、背負い直す。そして、腰に、ブラスターをくくりつけた。

 

「グルッピーさんは?」

 

「あの人は、船尾に向かいました。 僕は来る途中、船の図面をしっかり見ていたから、船首に先輩がいる可能性が高いと思って、こっちに来たんです」

 

多分上は地獄絵図だろう。それならば、船内を突破して、まっすぐ船尾に向かった方が早い。

 

何度か転びながら、船尾に向かって走る。転ぶ度に死ぬが、まあそれは仕方がないことだ。辺りを警戒しながら、川背がついてくる。

 

グルッピーは派手に戦ったらしく、どう進んだのかが丸わかりだった。途中、力任せに瓦礫を抜いた後があり、かなり大きな縦穴になっている。

 

どうしようかと思った瞬間。

 

全身を、稲妻のような戦慄が駆け抜けた。隣で棒のように硬直した川背が、膝から崩れかける。スペランカーはどうにかして持ちこたえると、川背の頬を叩いた。何度か叩くと、白目をむきかけていた川背は、はっと我に返る。

 

今のは。

 

間違いない。あの時、父が呼んだのと、同じ神、或いはその眷属の声。

 

「うっ……今のは」

 

「多分、私を不老不死にした神か、その仲間だよ。 とんでもないのがいる!」

 

短期決戦だ。多分、グルッピーは長くは保たないだろう。

 

いざというときは、スペランカーが至近まで迫って、ブラスターをぶち込む必要が生じてくる。

 

強烈な衝撃。何度か来る精神波。川背の盾になるようにして、スペランカーは両手を拡げ、それを受け止める。かなり近い。川背が天井にルアーをとばし、スペランカーを抱えて跳躍した。

 

二度、三度それを繰り返し、一度窓を蹴り破って、外に出る。

 

霧は少し薄くなってきている。側壁を駆け上がる川背に掴まりながら、スペランカーは見た。紫色の、闇の神の像。

 

その周囲を回っている、グルッピー。

 

今、グルッピーが、天井に捨て身の特攻を掛けた。

 

そして、瓦礫が、全てを押しつぶそうとする。外壁も拉げ、砕け、大きな亀裂が出来た。それに慌てて掴まると、スペランカーは、今瓦礫に潰されようとしているグルッピーを見た。

 

「川背ちゃん! 彼処!」

 

「任せてください!」

 

ルアーをもう一本出すと、川背は後方に跳躍しつつ、それを投擲した。己自身の体による遠心力を利用して、グルッピーを無理矢理瓦礫地獄の中から引きずり出す。風船状の体が破裂しないか不安だったが、どうにか手に引っかかったようで、無理矢理外に引きずり出される。

 

下の方で、川背が壁面に掴まるのが見えた。

 

空中に投げ出されたグルッピーは、海面すれすれまで降下し、其処で意識を取り戻したらしい。ゆっくり旋回して、上がってくる。

 

アーサーが上にて顔を出した。

 

なぜか、パンツ一丁だった。

 

「おお! 無事であったか! スペランカーどの! ……はて、どうして服が替わっているのだ」

 

「あ、アーサーさんこそ! どうしてパンツ一丁なんですか!」

 

逞しい裸体ではあるが、毛むくじゃら。J国人の少女が見たら嫌悪に絶叫しそうな、典型的西欧人の裸体である。少なくとも、ビルダーのように、筋肉を見せるために毛を剃ることはしないようであった。しかもインナーはトランクスでなく、苺の模様が眩しいブリーフタイプであった。

 

「我が輩の鎧は、一撃浴びるとパージして衝撃を殺す作りになっていてな! さっき、最後の一匹を潰している時に、うっかり一発浴びてしまったのだ! まあ怪我一つ無いから、安心してくれい!」

 

豪快に笑うアーサー。

 

上がってきた川背も、アーサーの裸体と、苺パンツを見て絶句していた。

 

しばしの空白。我に返るまで、十秒ほどかかった。

 

それよりも。それよりもだ。

 

あの神像はどうなったのか。

 

そう、スペランカーが思った瞬間。

 

船が、揺れ始めた。

 

 

 

霧が徐々に晴れてきたので、アリーマーは巡航艦エセットスから、状況を双眼鏡で確認していた。

 

かって、赤い悪魔と呼ばれる存在であった彼は、人間に姿をやつし、C社の営業マンとして活動するようになってからも、戦士としての本能を捨てていない。勘はまだまだ働くし、力量の見極めも出来る。戦術眼も、並の戦士以上に備えている自信はある。

 

だから、彼は今の状況を、決して楽観視してはいなかった。

 

霧が晴れてきたと言うことは、二つの状況が想定される。

 

一つは、敵の殲滅が完了した。

 

もう一つは、敵が全力で戦うために、展開している力を集約している。

 

前者ならば良い。

 

しかし、後者であるのなら。

 

今回は、アーサーが出張るほどの相手だ。四人ものフィールド探索者を、しかもいずれも手練れである連中を投入するほどの敵である。後者の確率は、決して低くないと言えた。

 

双眼鏡を下ろすと、アリーマーは呟く。

 

「ほう。 どうやら、読みは適中したようですね」

 

南極海に、巨大な影が浮き上がる。それは、クィーン・ルルイエ号の、なれの果てに間違いなかった。

 

全権を任されているアリーマーは、船長に指示をとばす。かって歴戦の戦士だっただけのことはあり、いざとなれば並の人間より遙かに指導力を発揮できる。

 

「トマホーク準備。 近海にいる国連軍および、N社とのホットラインをつないでください。 場合によっては、うちのエースか、I国の配管工に出張って貰うことになるでしょう」

 

慌ただしく国連軍の兵士達が動き始める。

 

アリーマーは、己のライバルだった男が、簡単に負けないと信じてはいる。

 

だが、現実主義者として、打つべき手は全て打つ事も忘れなかった。

 

「さあて、アーサー。 貴方の勲章が増えるか、墓を作ることになるのか。 どちらに転んでも、私は楽しいですよ」

 

口の中で、そうアリーマーは悪魔らしく呟く。

 

そして、状況を見守った。

 

 

 

船そのものが、異形に変じていく。

 

いや、違う。

 

無数の死骸が積み重なって出来ていた船が、原型に戻っていくというのが正しい。露骨に空気にさらされていく、船の鉄骨から、無数のフナムシが引いていくように、それは姿を見せつつあった。

 

アーサーは鎧を発生させると、いそいそと着込んでいる。

 

川背は落ちてくる瓦礫を器用に避けながら、ルアーをとばして、少しずつ上がってきていた。

 

スペランカーは拉げているヘルメットを手で押さえながら、探す。

 

あの神像は何処へ行った。それとも、もはやこの船自体が、奴なのか。

 

「乗れ」

 

「グルッピーさん!」

 

全身傷だらけのグルッピーが、飛来した。赤い体は、スペランカーを掠うようにして、その場を通り抜ける。背中に掴まる時の衝撃で一回死んだが、どうにか持ち直す。グルッピーの背中は、見た目よりずっと硬くて、タイヤか何かを触っているかのようだった。

 

川背が甲板に躍り出る。

 

「川背どの! 大魔法を準備する! 時間を稼いでくれ!」

 

「分かりました!」

 

「スペランカーどのは、グルッピーどのとコアを叩いて欲しい! 貴殿なら出来るはずだ!」

 

「任せてください!」

 

ぐっと、ブラスターを握りしめる。

 

父が死んだ時のことを思い出す。命を賭けて、海底の神を撃退した父は、満足した表情だった。娘に最高のプレゼントが出来たと思ったからなのだろう。

 

呪いは、神の祝福。

 

そして、父の愛でもある。

 

全く母から愛情を受けなかったスペランカーは、それが故に。この忌々しい呪いを受けていても、戦うことが出来る。

 

「位置は、私が見極めます! グルッピーさん、近付いてください!」

 

「承知した。 我も、このまま借りを返さず逝く訳にはいかぬ」

 

同類を感じる。

 

さっき瓦礫に埋まった神像は、移動しつつある。

 

船の、中央部分に。

 

同時に、船自体が、異形とかしつつある。巨大な蟹の足が生え、触手が無数に生み出されつつある。それは鮹の足にも似て、烏賊の足のようでもあり、イソギンチャクの触手にも似ていた。

 

「Ooooooo! Wooooooooo!」

 

雄叫びが上がった。船首が大きく裂けて、口のようになっていた。

 

まるで、異形の鮫だ。

 

鮫は、無数の足をせわしなく動かしながら、進み始める。恐らく狙いは、巡航艦エセットス。側に停泊していたモーターボートは慌てて逃げ出す。浮かんでいた救命用ボートが、無惨に踏みつぶされ、海の藻屑と化した。

 

首を捻り、再び船が咆吼する。

 

全身が痺れるほどの威圧感の中、確かにスペランカーは見る。

 

奴の巨大な口の中に光る、紫色の光を。

 

さながら満ち潮のように襲いかかる無数の異形を、川背が必死に切り払っている。ルアーを振り回し、鉄骨の残骸を投げつけ、跳躍して。アーサーは印を複雑に組み替えては、最大級の大技を出す準備に掛かっている様子だ。

 

「グルッピーさん!」

 

「如何したか」

 

「弱点は、口の中です。 でも、多分そのままでは入れません」

 

「分かった。 我に任せよ」

 

急降下を開始するグルッピー。風圧に、思わずスペランカーは、ヘルメットを抑えた。

 

ブラスターは手に貼り付いたように、離れなかった。

 

 

 

船の異形化は、急速に進みつつある。船首部分が腫瘍のようにおぞましいふくらみ方をしていく。弾けては異臭をばらまき、そして肉の中から盛り上がるようにして、十、いやそれ以上の目が出現した。

 

いずれも腐り、濁りきった目だ。

 

腫瘍は、全身に広がっていく。

 

そしてそれが破裂すると同時に。無数のトビウオが、其処から出現した。いずれもが羽を広げ、牙を剥いて、時速二百キロ以上の速度で飛んでくる。腐りきった肉体から、高速で腐汁と鱗をばらまきながら。

 

生体ミサイルという奴か。

 

皮肉にもそれは、プロペラ航空機の飛翔音にも似ていた。

 

グルッピーも加速。スペランカーを振り落とさないように、遠心力を工夫しながら、敵を振り切る。次々に至近で炸裂、腐臭をまき散らすトビウオ。手袋が、腐食して、煙を上げていた。

 

どうやら、強い酸をばらまいているらしい。

 

旋回する。奴の口の中に、巨大な光の塊が見えた。

 

「来ます! 避けて!」

 

「誰にものを言っている! 我はバルン族の勇者であり、速度とともにある戦士! 我の辞書に、止まるという言葉はない!」

 

高さは、速度に変えることが出来る。急降下しながら一気に加速し、フルスピードに迫る。

 

そして、奴の口から、極太のエネルギーが放出されるのと同時に、右に舵を切った。

 

ぱっと、海が割れる。

 

最初に届いたのは、閃光。次が、衝撃波。そして最後に、熱が叩きつけられる。

 

爆音が、全てを圧し。

 

遙か遠くに、茸雲が上がった。

 

熱い雨が降り始める。

 

今、誘導したから、エセットスに直撃はしなかっただろう。だが、衝撃波だけでも、とんでもない圧力だ。回転しながら何度も態勢を立て直そうとするが、上手く行かない。傷が破れそうだ。

 

死を、予感させられる。

 

だが、今死んだら。奴の背中にいるアーサーと川背も。そして、今自分の背中にいるスペランカーも死ぬ。

 

死ぬ訳にはいかない。

 

戦士としての誇りを、そのような形で失う訳にはいかないのだ。

 

「我は! バルン族一の勇者! 止まらぬ呪いを力に換え、あまたの戦いを勝ち抜いてきた、誇り高き一族の筆頭なり!」

 

己を奮い立たせるために、敢えて叫ぶ。自分のよりどころとなる、誇りを。

 

恐らく、好機は一瞬だ。背中に必死に貼り付いているスペランカーが、どうにかやってくれると信じるしかない。

 

再び、奴の全身に腫瘍が盛り上がる。

 

そして、大量の生体ミサイルが、撃ち出された。

 

最大火力で、電磁波を叩き込む。正面のトビウオが吹っ飛び、破裂。更に超音波を打ち込み、減速するトビウオどもの真ん中を、突っ切った。

 

奴が、大きく口を開ける。第二射。まさか。いくら何でも早すぎる。

 

だが、奴は恐らくは海底の神。何を為しても、おかしいと言うことは無いはずだ。

 

背中のスペランカーを振り落とさないように手を回して、伏せるように言うと、加速。こうなれば、チキンレースとか言う奴だ。グルッピーも、一族の命運を背負い、外貨を稼ぐために出てきているのだ。戦士の血統を汚さないためにも、此処は引く訳にはいかない。

 

「機会は一度だけだ! 戦士スペランカーよ、汝なりの戦いを、我は信頼する! 行けるか!? 殲滅手段は持ち合わせているか!?」

 

「行けます! 持ってます!」

 

「良き返事よ! 我、我なりの戦いにて、それに応えよう!」

 

光が。

 

紫色の禍々しい光が、奴の口の中に集まり始める。

 

先ほどの衝撃波による津波が、今頃到来した。蟹の足で踏ん張りながら、海底の神が変じた豪華客船だったものが、また咆吼する。鋭い牙のように見えるのは、無惨に破れた船首外壁と、鉄骨。だが、どんな生物の牙よりも頑丈で、鋭いだろう。

 

さっき、発射のタイミングは見切った。

 

ならば。

 

邪神が、口を、最大限に開ける。

 

そこへ。

 

グルッピーもまた、最大速度で飛び込む。

 

奴の体内は、空洞になっていた。全速力で、突っ切る。生きた砲台の中を、加速加速加速加速。

 

見える。禍々しい紫の死が。

 

感じる。

 

背中で、スペランカーが、己の唯一の武器を構える。ヘルメットが飛んだようだが、気にしていない。

 

見えた。

 

人間に似て、そうではない。異形の神像が。

 

無数の怨念が絡みついたそれは胎動し。そして今、全ての存在に復讐しようと、雄叫びを上げようとしていた。

 

「ごめんね」

 

スペランカーの声。手にしているブラスターとやらを、神像に向けるのが分かる。

 

放たれる光。

 

絶叫が、全てをかき消した。

 

 

 

断末魔の咆吼をあげた巨大なシャコと相打ちになった川背が甲板に叩きつけられる。アーサーは冷や汗をかきながら、ついに詠唱を終えた。

 

「まだ、まだ!」

 

立ち上がる川背は、既に全身傷だらけだ。詠唱中のアーサーを守り、十メートル以上はありそうな異形どもと渡り合い、その全てを驚異的な手練れで退けてきたのだから、無理もない。

 

やり遂げてくれた。次はアーサーの番だ。

 

「もう充分だ。 川背どの」

 

アーサーの鎧は、金色に輝いている。今日二度目だ。だが、どうにか行ける。

 

いや、違う。此処で行かなければ、騎士ではない。

 

川背は、アーサーの言葉を聞いて安心したか、そのまま甲板に崩れ落ちてしまう。意識を失っている彼女を背中に庇うように移動しながら、アーサーは剣を高々と振り上げた。

 

同時に、敵の動きが止まる。

 

向こうでも、やってくれたのだ。スペランカーとグルッピーが。

 

敵の全身から、光が迸る。呪われた船が、絶叫している。

 

アーサーは目を閉じると、剣を、甲板に突き立てる。そして、十字を切った。

 

「光は光に。 闇は闇に。 そして、滅びは滅びへ! 我は導こう、安らぎの国へ! 哀れな魂達よ、解放されよ! アーメン!」

 

黄金の鎧が、光を失っていく。

 

代わりに、呪われた豪華客船が。黄金へ輝き始めていた。

 

 

 

甲板で久し振りに本来の姿を晒したアリーマーは、ようやく終わったかと、歎息していた。

 

すぐ側には、ウルリヒ老人が立ちつくしている。

 

船の至近、二キロほどの距離で炸裂した光弾は、十メートル近い津波を生み出した。シールドを展開して、それを防ぎきったのはアリーマーである。赤い、翼と尻尾を持つ、悪魔らしい異形。まさか地上で、またこの姿を晒すことになるとは思っていなかった。

 

携帯が鳴った。

 

「ふむ、ふむ。 そうでしたか。 此方は片付きました。 スクランブルは解除」

 

「どうしたのかね」

 

「港の被害は最小限に抑えたそうですよ。 人的被害は無し。 数隻の漁船が小破するにとどまりました」

 

「そうか。 あのような、恐ろしい戦いの結果がな」

 

ウルリヒは、じっと見つめている。

 

海の向こうが、金色に輝いている。光の柱が出現したようなその光景は、確かに幻想的で、圧倒的に美しかった。

 

「やり直してみるか」

 

「我々も、ビジネス上の利益さえあれば、協力することは出来ます。 利益を生み出すのは、あなた方の努力次第です」

 

「そうさな。 あのような小娘が、たかが十年程度でであれだけの料理を作れるんだものな。 漁業一筋六十年の俺が、負けてなるものか」

 

若き日の野心を取り戻したようなウルリヒの目を見て、アリーマーは口の端をつり上げる。

 

昔、魔界で戦ったアーサーも、光の強さに違いはあれど、そんな目をしていた。

 

利害関係が一致しているから手を貸しただけだが、それもまた面白い結果を産むものだ。

 

大概の人間は下らぬ愚物だが、時々長き時を生きているアリーマーも面白がらせる存在が現れるのだから。この仕事は辞められない。

 

「さて、そろそろ我が強敵を迎えに行くとしますか」

 

アリーマーは船長室に向かう。

 

既に、冷酷で皮肉屋の悪魔としての表情は消え、利害で全てを判断するビジネスマンとしての顔に戻っていた。

 

 

 

術式を唱え終えたアーサーが見上げる先で、天に登っていくのは、無数の魂。

 

千三百を超える、悲劇の犠牲者達。

 

それに引き寄せられた、数万、或いはそれ以上の、不幸な死を遂げた子供達の魂。

 

幸せを蹂躙され、慰み者にされた女王ルルイエの魂も混じっているかも知れない。

 

人間だけではない。この呪いに巻き込まれ、命を落とした海底の生き物たちも。

 

宗教は、アーサーと違うかも知れない。

 

だが、魂を浄化する魔法としては、必ず意味を持つ。

 

先ほど、グルッピーに貰った手帳の内容を、アーサーは覚えている。目を閉じ、今浄化した者達の魂が報われることを祈ると、アーサーは剣を鞘に収めた。

 

既に、船は崩れ始めている。

 

船尾から抜けたグルッピーが、旋回しながら高度を上げ始めた。酷い傷が多い。それに、背負っているスペランカーは、相当リスクが大きい技か術を使ったか、完全に死んでいるように見えた。

 

意識を失っている川背を背負うと、アーサーは手を振るう。

 

腐食した鉄骨だけになった船は、既に溶けるように海へ消え始めている。この状況でも、しぶとく残っていたモーターボートへ急ぎながら、アーサーは思う。邪神は確かに恐ろしい相手であった。しかし、一番恐ろしいのは。

 

「グルッピーどの! 無事か!」

 

「汝こそ無事か、騎士アーサーよ。 我は傷つきながらも、未だ散るには到らず」

 

「おお、そうかそうか! 我が輩も天に召されるには、まだ早いようだ!」

 

戦いの後、共有するべき情報がある。

 

スペランカーと川背が目を覚ましたら、話しておく必要がある。

 

真相は文字通り自国の恥ではあるが、しかし、彼らには話しておかなければならないだろう。彼らには、なぜこの戦いが起こってしまったのか、知る権利があるからだ。それに、戦場を供に駆け抜けた相手に対し、アーサーは強い信頼を抱いていた。

 

周囲を旋回していたモーターボートが、アーサーを見つけて戻ってくる。

 

そちらも、まるで数百年海を彷徨っていたかのように、ボロボロだった。

 

どうにかモーターボートまで辿り着くと、最後まで残っていた船の骨格が、海中に消えていく。

 

呪われ、海底の邪神に愛された船の、最後だった。

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