オールドアクションゲーム二次創作 作:dwwyakata@2024
飛び交う蝙蝠が、きいきいと声を挙げている。この国にはあまり大型の蝙蝠はいなかったはずなのに。この洞穴の奴は、翼長1メートルを超えるものばかりだ。フィールドでは、人間が入ってこないことを良いことに、こういった不思議な動物が大繁殖していることが珍しくもない。
何にしても、何と難儀なことか。鳴き声は耳に響くし、人間を怖がっていないから、かなり低空を平気で飛び回る。さっきもぶつかられて、驚いて転んでしまった。転ぶと最悪だ。床は蝙蝠の糞と、それに集るごきぶりだらけなのだ。しかも周囲は非常に滑りやすく、尖った鍾乳石が点在している。
下手をすると、死ぬ。
下手をしなくても、死ぬかも知れない。
体に嫌な臭いが染みついた事は、今まで何度もある。スペランカーはもっと嫌な臭いだって、嗅いだことがあった。
そして、その一端が、周囲にはある。
多分、例の中隊のなれの果てだろう。軍服を着たまま、喉をかきむしっている男の髑髏が、スペランカーのすぐ脇にあった。その隣には、何か途轍もなく恐ろしいものを見たらしく、腰を抜かして逃げようとしたまま、息絶えてしまった者の亡骸がある。
銃も転がっていた。一応武器は持ってきているが、それはとてもある意味非力な武器だ。これだけの事をしでかした奴がはっきりするまでは、腰から抜きたくない。他の異能者から比べても、とびきり非力で無能なスペランカーにとって、これは文字通り最後の、究極の対抗手段なのだから。
しばらく、難儀しながら、鍾乳洞を潜っていく。
何度も転んだ。そのたびに、したたかに体を打ち付けた。そうすると、スペランカーは動きを止める。しばらくすると、何事もなかったかのように動き出す。そして不思議なことに。彼女の周囲の地形が、少し歪んでいるのだった。
「いったあ。 もう、何度目だよぉ」
痛む尻をさすりながら、スペランカーはぼやく。服も、不思議なことに。あれほど派手に転んで蝙蝠の糞とごきぶりの亡骸を擦り付けたというのに。綺麗になっていた。
リュックから取り出したのは、見るからに下手物全快な、奇怪な飲み物。毒々しい色をした液体が詰まったペットボトルで、出来れば触れたくないような代物である。スペランカーはそれをためらうことなく飲み干し、小さくげっぷまでした。
美味しいのかと問われれば、それは否。スペランカーの顔色が、その味を説明していた。この国の特産品らしく、軍の人に貰ったのだ。貰ったからには飲み干すのが、貧しい生活をしてきて経済感覚が鍛えられたスペランカーの信念である。空になったペットボトルをリュックにしまうと、スペランカーはまた歩き出す。
そして。ほどなく。
彼女の前に、明らかに自然物ではない、大きな扉が現れたのだった。
赤い扉。書かれているのは、巨大なピラミッド。
ピラミッドは黄金で出来ているのが、壁画で分かった。まばゆい光が立ち上り、あまたの民が崇めている様子が、緻密に書かれている。しかし、だ。ピラミッドの頂点に立つ王の顔は、何処か寂しげだった。
ライトで、隅から隅まで照らしていく。何度も転びそうになるが、しかし踏みとどまる。さっきから視線を感じているのだが、それは気のせいではないだろう。確実にスペランカーを見張る何者かがいるのだ。
これでも、修羅場はくぐってきている。それくらいであれば、肌で感じることが出来る。問題はそれに対する対抗手段をろくに持ち合わせていないことなのだが。それは、己の体質なので、嘆く他無い。襲ってくるのを待つしかないのが口惜しい。
扉の正面に、鍵穴二つ。これは多分、現在T国を支配する独裁政権と談判した時に預かった、王家の鍵を入れるものだろう。取り出した鍵は、赤青一つずつ。この鍵が、どれだけの数の好事家を不幸にしてきたか。
触れただけで、悪意と呪いが伝わってくるかのようである。効きそうもない念仏を呟きながら、スペランカーは鍵を穴に差し込む。扉は、残念ながら、びくりともしなかった。もちろん両方試したが、結果は同じである。
鍵穴の手応えはある。しかし、動かない。錆び付いているのではない。何か、強い力で抵抗されているのを感じる。
「やっぱり、そう簡単には、いかないか」
多分、鍵はこれであっている。問題は、この扉に何かしらの仕掛けが施されていることである。それは手応えで分かる。
何度か軽く叩いてみる。素材としては、恐らくは石。かなり堅い石だが、ダイナマイトでなら吹き飛ばせるだろう。ただし、その結果、どんな仕掛けが作動するか分かったものではない。こういうタチの悪い遺跡では、洞窟の礎石になる部分を巧みに利用して、下手に動かすと生き埋めになるような仕掛けを作ることが珍しくもないのである。
実際別のフィールドで、二度生き埋めになった経験があるスペランカーは、慎重であった。
手帳を取り出す。かってこの国で使われていた言葉の一覧が書かれたものだ。発音はかなり怪しいが、一応の解読は出来る程度に調べてきた。正確には、独裁政権の依頼を受けた時に、お抱えの学者がデータを提示してくれたので、それを丸写ししてきたのである。スペランカーには、残念ながら分厚い学術書を紐解くような頭が無い。
刷毛を使って、扉を丁寧に掃除していく。幸いお腹はすいていない。上下左右から、まんべんなく調べていく。扉の、手の届く範囲には何も無し。誰か肩車してくれると嬉しいなあとか思いながら、必死に背を伸ばして、手が届きそうにない所を掃除しようとするが、出来ないことは出来ない。
一応、手の届く範囲は終わった。ピラミッドには、神を称えよとか、王に栄光あれとか書かれているが、ヒントらしいものはない。落胆と失望を感じてしまうが、しかし、まあ仕方がない。困難なのは、最初から分かっていたのだ。
独裁政権との会見の時、王族の生き残りが連れてこられた。気の毒にも酷く怯えていた彼は、洗いざらい喋らされた。その中には、この洞窟には複雑な仕掛けがあり、それを解かなければ奥へはたどり着けないというものもあった。だから、これから、それを探していくしかない。
扉の回りには、何カ所かで湧き水があり、小さな川が出来ている。そのまま流れは扉の近くを通ってはいるが、穴に落ち込んでいた。ただし、小柄なスペランカーでも通れない程度の水穴で、此処を通るのは難しい。ダイナマイトを仕掛けても、すんなりは通れないだろう。
しばらく悩んだ末に、スペランカーはその場を一度後にする。もうちょっと辺りを調べてからでないと、乱暴な手段を執るには早いと判断したからだ。
当ては、幾つかある。
リフトを使って降りてくる時に、何カ所かに横穴を見つけた。ちょっと幅が広いので、飛び移るには勇気がいるが、それでも調べてみる価値はあるだろう。
ずっと気配はある。此方を見つめている。
天井近くでは、オオコウモリが翼の手入れをしていた。鼠に近い存在なのだと、ライトを当ててみると顔の作りで分かる。逆さにぶら下がっていた蝙蝠が、くるりとひっくり返ったので、慌てて避ける。フンが落ちてきて、床で跳ねた。女の子に対して、酷い扱いだと、スペランカーは思った。
「ばっちいなあ、もうちょっと場所を選んでよ」
もちろん蝙蝠は聞く耳など持たない。
複雑に入り組んだ鍾乳洞を、一度戻る。時間は、幸いたっぷりある。後は、どこで面倒な相手が仕掛けてくるか、だけだ。
何とかリフトまでたどり着いたので、一度戻る。
洞窟の外に出ると、視線の主らしい気配は消えた。リフトで洞窟を上がっている時にも、気配は感じていたから。恐らくは、人ならぬ存在だろう。
この仕事をしていると、出くわすのは珍しくもない。もっと質の悪い相手とぶつかったことだってある。
無線で、軍のお偉いさんを呼び出す。補給と休憩を頼みたいと連絡すると、三十分ほどで来てくれた。さっきの兵士二人組である。シャワーを浴びたいというと、失礼にもスペランカーの体を上下に渡って舐めるように見回して、失望の視線を隠そうともせずに、頷いたのだった。
幼児体型で悪かったなと、スペランカーは心中唇を尖らせた。
二度目の侵入では、洞穴に入った直後から視線を感じた。どうやら、入り口近くで待ち伏せしていたらしい。かなり高度な警戒をしているという訳だ。姿を見せないのにも、一応意図はあるのだろう。
もちろんスペランカーに気配を消すとか器用なことは出来ないし、荒事も非常に苦手だから、何時仕掛けてくるか、面倒だなあと思うだけである。罠を仕掛けるとか、先手を打つとか、そんな素敵な事は無理だ。
リフトに乗り、最初の横穴まで降りる。そして、七十センチほどある幅を踏み越えて、少し手狭な横穴に入ろうとした、その瞬間だった。
何かが、足を掴んだのである。
あっと思った時にはもう遅い。バランスを崩して、闇の底へ真っ逆さま。
二十メートル以上を落ちて、スペランカーはぐちゃりと潰れた。
しばしの沈黙の後。
大量の血をぶちまけて、潰れた上に鍾乳石に突き刺さっていたスペランカーの指が動く。腹を鍾乳石から引き抜いて、ごろんと転がる。またしばらく、沈黙。むくりと起き上がったスペランカーは、蒼白な顔色のまま、辺りをまさぐる。
リフトの昇降レバーが側にあったので、引き下ろす。
全身の違和感が、ゆっくりではあるが、消えていく。流れ出た血も、いつのまにか無くなっていた。
「痛いなあ。 か弱い女の子を何だと思ってるんだよ」
リフトが降りてきたので、虚空に対して、呟く。リュックから出したのは、超が付くほど不味いと評判のレーションである。温めれば少しは食べることも出来るのだが、冷えると人間の食物とは言えなくなる。ジュースと同じく、最初に軍に貰った支給品で、であるが故に平らげざるを得ない。缶詰を開けて、さっさと胃に掻き込む。舌が痺れるほどに不味いけど、仕方がない。空腹はスペランカーにとって何より辛いものなのだ。それに比べれば、これくらい。
だが、やっぱり不味い。
苦痛なほどの味に耐えながら何とかレーションを平らげると、リフトに乗り込む。もちろん誰かがいるはずもない。さっき足首を掴んだ感触からして、恐らくは成人男性。それもかなり体格がよい相手だろう。その上、リフトの床から、何の前触れもなく手を伸ばしてきた。
そして、あの冷たい感触。何度か、味わったことがある。死者の肌が持つ、特有の冷たさだ。
この洞窟に潜んでいる相手の正体が、大体スペランカーには分かった。確か王国が滅んだのが三百年ちょっと前なので、それくらいの時期から住んでいるのだろう。ご苦労な事である。
もう一度、リフトを上げる。
今度は、邪魔は入らなかった。何事もなかったかのように活動を開始したスペランカーを見て、対策を練っているのだろう。面倒だから、そのままずっと対策を練り続けていてくれ。そう呟いて、スペランカーは横穴に潜り込む。
ライトは壊れてはいなかったが、しかし明かりが不安定になってきていた。奥の方を照らすと、ちらほらと死骸が転がっているのが見える。その死骸も白骨になっていて、表面をごきぶりたちが彷徨いていた。
死者の尊厳を辱めることはしたくない。この洞窟をフィールドにしてしまっている奴を運良く退治できたら、軍の人に死骸を取りに来て欲しいものだ。スペランカーは難儀な体質の持ち主だから、余計に分かる。命は、とても大事なものなのだ。彼らにも当然遺族はいて、死体が上がらないことを悲しんでいるだろう。せめて彼らの元に、死体だけでも返してあげたいものだ。
ちょっとした段差があったので、慎重に降りる、だがその途中で足を踏み外して、頭を思いっきり地面にぶつけていた。
しばらく停止していたスペランカーだが、頭をさすりながら歩き出す。
大丈夫だ。痛いけど、何とか我慢できる。
以前、地雷原に踏み込んだ時に比べれば、今回は何でもないミッションであった。
おかしい。
彼は、そう思った。
今回の侵入者は、とんでもなくひ弱で、何か隠し球があることを警戒していた。だから、念には念を入れて、奇襲を仕掛けたのだ。リフトの死角から足首を掴んで、地面に叩きつけてやった。見事に奇襲は成功して、確かに奴は死んだ。
それなのに。これはどういう事だ。
轟音。奴が邪魔な岩壁に爆薬を仕掛け、吹き飛ばしたのだ。大蝙蝠が悲鳴を上げて逃げ散っている。彼らは二度と人間には近付かないだろう。忌々しい話である。この鬱陶しい蝙蝠どもも、暇を見ては移動させているのだが、最近はいて欲しくない場所に増える一方だ。
次は、もっと派手に死ぬように、仕組んでやらなければならない。候補としては、扉の仕掛けの先に、よいものがある。もっとも、奴が其処までたどり着ければ、の話であるが。念には念を入れて、早めに準備をしていた方がいいだろう。
彼は地の利を手にしている。その上、人間ではどうやっても勝てない理由を持っている。しかし、何か不安がある。存在の特性からも、不安はそのまま強さに直結してくる。だから、此処は敢えて距離を取るべきだと判断した。
準備に取りかかる。
あれだけの高さから落として死なないのなら。
次は潰してやる。
碑文が、幾つも壁に掛けられていた。リフトから通ることが出来る横穴のことごとくに、これ見よがしに貼られている。
ここに黄金を隠した奴は、よほど悪趣味だったのだろう。スペランカーは、悪意が溢れる碑文の内容に、思わず頭を抱えていた。黄金とは、かくも人の心を狂わせるものだというのか。
銃を突きつけられた、王家の生き残りの人間から、話は散々聞かされた。その中には、王家に伝わる歌というものもあった。碑文があるという話は聞いていたし、その歌の内容もメモは取ってある。碑文の内容をメモに書き写しながら、スペランカーは内容を対比させていく。
王家の歌というのは、大体以下のような内容になっている。
「太陽が、ある時に、月を見て、笑った。 月は怒り、地平の下に隠れ去った。 誤解を解こうとして、太陽は墓穴の下に、潜った。 其処には、まばゆい理想の世界があった」
不気味な内容である。東洋のある国に存在する、創世神話の一節に似ているなと、スペランカーは思った。ひょっとすると、ルーツを共通とする話なのかも知れない。東洋圏では、珍しくもない事である。
碑文の内容は四つ。それぞれが、横穴の奥にあった。途中、不自然に岩が行く手を塞いでいたので、ダイナマイトで吹き飛ばしたのだが。何度も不発になったり、不意に爆発したりと、随分冷や冷やした。
「ええと、これが、こうか」
碑文はそれぞれが、とても短い文章で構成されていた。いや、文章とはとても呼べないだろう。暗号としているのが、前提となっているような内容である。
「太陽は右に三度舞い」
「地底は左手にある剣を四度掲げて進め」
「月の微笑みが見たければ、二度右から振り返れ」
「坂を降りれば、そこは真っ暗。 明かりは右へ二つ」
簡単な暗号である。王家の歌さえあれば、それこそ子供にも解ける内容だ。これを見ると、当時の王家が、あまり余裕がなかったことが分かる。また、それぞれの石碑は、太陽と地底が赤、他が青となっていた。
別にパズルなど得意でもないが、解くのは難しくない。それに、さっきから例の気配を感じない。どうせ先で待ち伏せして、もっと面倒なトラップを準備しているのだろうが、今は好機である。さっさと今の内に、補給と休憩を済ませておきたいところだ。
天井にライトを向ける。さっきダイナマイトを使ったからか、蝙蝠は一匹もいない。美しい鍾乳石が無数に連なっている幻想的な光景が、其処に映し出される。自然は美しい。それなのに、どうして人間の悪意が介在すると、こうも不気味な代物になりはててしまうのだろうか。
じらすのにも丁度いいので、スペランカーはわざと戻る。
外のフェンス近くでは、ジープが待機していた。気を利かせて、補給物資を準備していてくれたらしい。レーションがとても不味かったことを伝えると、笑いながら次はJ国産の缶詰を持ってくると、兵士は言った。
苦笑しながら、木陰に座り込む。扉を開けるのは難しくもない。だが、その先が問題だ。王家の歌は、まだ続きがあるのだ。
それには、かなり面倒な内容が書き連ねられている。仕事とはいえ、気が重い。それに膨大な黄金があった場合、持ち出しルートを確保しなければならない。そのためには、さっき足首を掴んだ奴を、どうにかしなければならないだろう。
たばこを勧められたので、断る。代わりにガムを貰った。
ふと気付くと、既に夕方だ。今日は一杯能力も使ったし、少し疲れた。待ち伏せしている奴をわざと怒らせるためにも、丁度いい。
スペランカーは軍の宿舎を借りて、今日は寝ることにした。
まだ明日がある。そして明日は、もっと大変な罠を突破しなければならないのが、目に見えている。
それならば、今は少しでも休んでおくのが吉であった。