オールドアクションゲーム二次創作   作:dwwyakata@2024

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2、迎撃者の影

星の位置を見て、時間が来たことを悟ったグレート・マムは。翼の間から顔を抜いて、首に掛かっているワクチンを確認した。

 

J国の技術で作られた、超小型無線から声がする。スペランカーとか言う小娘からの連絡だ。

 

「グレート・マム。 そろそろ出発の時間ですけど、大丈夫ですか?」

 

「分かってる。 あんたはそろそろ地雷原?」

 

「はい。 ちょっと蚊が多くて、難儀してます」

 

破裂音がしたので、びっくりしたが、何事もなかったかのようにスペランカーは話してくる。

 

「あ、私に掛かってる呪いが蚊に発動しただけです。 血なんか吸ったら、間違いなくああなるのに。 どうして寄ってくるのかなあ」

 

「そうかい。 まあ、所詮蚊だからね。 あんたのことだから、マラリアも問題ないかい?」

 

「大丈夫です。 というより、それで死にたくても、たぶん死ねません。 じゃあ、そろそろ危険地帯なので、無線切ります」

 

「頑張ってきな」

 

無線が切れた。翼を何回か羽ばたかせて、調子を確認。飛ぶには全く問題ない。

 

鳥は大型化が進むにつれて、飛ぶのが難しくなる。ただ軽く空に体を持ち上げるだけで飛翔状態に持ち込むことが出来る小鳥と違い、大型の鳥になってくると飛ぶまでに長距離の助走が必要になってくる場合も多い。

 

グレート・マムの種族は、その中間だ。ある程度力を込めて跳躍しないと、飛ぶことが出来ない。速度が出るまでも時間が掛かる。

 

だから、飛ぶ時が一番危ない。

 

周囲を丁寧に確認してから、グレート・マムは、空に舞い上がった。

 

体が浮き上がった後、急激に落ちかかる所を、羽ばたきつつ、調整する。落下する中で速度を上げて、気流に乗り、体を持ち上げる。

 

何度か羽ばたいている内に、軌道が安定。後は思った通りの高度に上がるまで、何度か羽ばたいて、調整を行っていく。

 

風もしっかり読まないと行けない。殆どは本能に任せてしまえるのだが、時々は経験で補わないと墜落してしまう。最大限の集中をしなければならない瞬間だ。

 

鳥も昆虫と同じで、小型だと飛翔へのリスクが少ないのである。中型の鳥であるグレート・マムにとって、空は味方でも何でもない。ただ其処にあるだけのものであって、力を借りるわけでもなく、支配するのでもない。それは大型の猛禽にとっても同じ事だろう。鳥にとって、空を支配しているなどという感覚はないのだ。

 

何度か羽ばたいて、ようやく安定軌道に乗る。

 

安定軌道に乗っても、安心するのは早い。ここからが問題なのだ。

 

鳥の最大の天敵は鳥、特に猛禽だ。だが今は夜である。夜間に特化した梟などの一部の種を除き、夜は猛禽を警戒しなくても良い。梟に到っては基本的に動きの止まった相手を奇襲するスタイルを取っているため、飛ぶ時にはあまり気にしなくても良い相手だ。一方、昼間は猛禽を警戒して森の中を比較的低めに飛ばなければならないが、そうなると蛇による奇襲を受けることがある。滅多にあることではないが、この辺りにはブラックマンバと呼ばれる世界最速の超強力な毒蛇が住んでおり、しかも攻撃性が著しく強い。襲われたら即座に死ぬと考えた方が良いだろう。

 

故に、夜は森の上。

 

昼は森の中を飛ぶ。

 

この辺りには固有種の隼がいるが、連中のいなし方なら本能のレベルで体に刻み込んでいる。もっとも、今は夜だ。あまり危険はないだろうが、それでも油断はしない。今まで、例外的な事象に遭遇して死にかけたことなど幾らでもある。

 

時々上空に気を配りながら、グレート・マムは飛ぶ。既に数限りなく飛んできたルートだ。気流から動物の棲息まで、完璧に把握している。だからこそ。気を配るのだが。

 

膨大な彼女の戦闘経験が異常を読み取った時。既に体は急角度に下を向き、夜闇の森に突っ込んでいた。

 

ほんの一瞬だけ遅れて、彼女が今までいたルートを、獰猛な羽音が蹂躙していた。繊細にして傲慢、凶暴にして鋭いその羽音は。

 

森の中を低空で飛びながら、グレート・マムは舌打ちした。

 

「夜だってのに、ずいぶん元気な隼だね」

 

森の上を旋回している隼は、一羽ではない。四、五、六、更に増え続けている。

 

その上、獲物を探す旋回体勢に入っている様子からして。どうやらこの闇の中でも、見えている様子であった。

 

一旦小さな木の枝に留まると、周囲に大型の百足、毒蛇がいないか念入りに観察する。そして、敵がいないことを確認してから、首に付けている無線のスイッチを押した。スペランカー当てではなく、連絡先は司令部だ。

 

「此方司令部」

 

「あたしだ。 敵の迎撃戦力に遭遇した」

 

「何。 場所は何処ですか」

 

「フィールドにこれから入る所だ。 敵は隼が最低でも十。 いや、この様子だと、更に数は多いだろう」

 

つまり敵は、スペランカーに気を取られていないか、或いは両方を同時に迎撃する作戦に出たか、という事だ。

 

複数の戦線で同時に攻勢に出るのは愚の骨頂だが、今のところグレート・マムが懸念すべきは、敵がどれくらいの戦力を有していて、これからどれくらいの迎撃布陣を突破しなければならないか、と言うことだ。

 

病院にものを届ける事自体には、あまり興味がない。

 

重要なのは、これが仕事と言うこと。そして仕事をこなせないと、大きな痛手があると言うことだ。自身の命だけではない。もっと大きな複数のものが失われる。だから、少なくとも、仕事を失敗して死ぬ訳にはいかないのである。

 

「夜間に、隼ですか!?」

 

「あたしも驚いている所だ。 兎に角低空を進んで、これからフィールドにはいるが、無理だと思ったら引き返す。 スペランカーの方はどうだい」

 

「あちらは順調な様子です」

 

何が順調か。死んでも死なない肉体と呪いを使って、地雷原に突入するのである。何回死ぬのか、見当もつかない。

 

その上周囲は残虐なことで知られるソラ族の民兵組織、アパ・カルタの領土と接している。もし連中に捕らえられた時、どんな目に遭わされるかと思うと、気の毒でならない。多分死ぬことはないのだろうが、発狂してしまわないか不安だ。連中は対立部族を皆殺しにすることしか考えておらず、余所の国の人間も同じ目に遭わせて良いと本気で思っているのだ。

 

スペランカーも心配だが、今は兎に角進まなくてはならない。空には更に隼が増えている。百を超える飛行によって、この辺りの地形は、枝の一本に到るまで把握したグレート・マムだが。それでも、あらゆる角度から此方を探していると思われる敵に対応するため、細かい跳躍を連続して枝を渡ると、葉の陰を伝ってフィールドへと進む。

 

夜目が効くという、常識外の隼だ。フィールド内部にも、平然と入り込んでくるかも知れない。

 

次の木に飛び移ると、全身を目に耳にして、周囲を探る。特に危険なブラックマンバは、とりあえずいない。しかし、この森には相当数の個体が棲息しているはずで、連中の鋭敏な熱探知装置であるピット器官は、グレート・マムが射程圏内に入れば即座に捕捉するだろう。そして音もなく忍び寄り、音よりも速いと錯覚させるほど素早く襲いかかってくる。ブラックマンバも、食べなければ死ぬのだから。連中が凶暴なのは、それだけ餌が少ないという、過酷な環境の裏返しである。

 

いないと判断して、次の木に。

 

夜の闇の中、青い羽毛を持つ鳥は。

 

音もなく、自らよりも遙かに素早い陸空の強者達の目をかいくぐりながら、先へ進んだ。己の仕事を、こなすために。

 

 

 

かって村であった小高い丘で腹ばいに伏せ、暗視ゴーグルで森の方を見ていた少年がいる。

 

現地のソラ族出身の鳥使い。この土地の言葉でカル・メチアと呼ばれる存在の末裔。名前はジラトルと言った。裸の肩には大きな隼が留まっており、周囲には三十を超える隼が旋回を続けている。ズボンだけしか着衣はないが、この辺りでは当たり前だ。気候もあるのだが、ズボン一つと履き物を持っていれば裕福な方というのが事実なのである。

 

そして、すぐ側には、カラシニコフを手にし、ガムをかみ続ける、アパ・カルタの民兵達が群れていた。彼らが、ジラトルに敬意など払っていないことは、その獲物を見るライオンのような目を見れば明らかであった。

 

事実、この国の隅で細々と伝えられてきた、鳥を操る異能をジラトルが持っていなければ。何をされていたか分からない。家族は既に、悲劇と惨劇の中で、血祭りに上げられてしまっている。

 

悔しい。しかしこの異能では、勝てる相手ではない。

 

彼らのリーダー格、仲間内からゴンゴと呼ばれている男が、顔を近づけてきた。顔には、手榴弾の爆発を受けた時に出来たという、もの凄い向かい傷が残っている。鼻は半分取れてしまっていて、大きな空洞を顔に作っていた。ゴンゴとは古い言葉で悪しき神とか悪魔を意味するらしいのだが、少なくともその凄みだけは、あだ名に負けていなかった。

 

「どうなった、小僧」

 

「今、捕捉しましたが、初撃は外しました。 継続して追撃中です」

 

無言でゴンゴが顎をしゃくる。兵士の一人が、側に並べている檻の中に、カラシニコフの銃弾を叩き込んだ。断末魔の悲鳴が上がる。そして、周囲の折から、恐怖の声と慟哭が聞こえた。

 

檻の中には、ジラトルの村の人間達が、膝を曲げて入れられている。ゴンゴは敢えてゆっくりガムを噛みながら言う。

 

「ウミ族の血が混じった汚らわしい貴様らを生かしてやっているのも、お前の能力があるからこそだと、忘れてはいまいな。 小僧」

 

「わ、忘れていません」

 

「またミスをする度に、一人ずつ死ぬ。 覚えておけ」

 

奇声を上げながら、檻の中にカラシニコフの銃弾を叩き込んでいた男が、おぞましい笑顔をジラトルに向ける。彼らに犯され尽くして、ジラトルの婚約者は壊れてしまった。両親はとっくの昔に蜂の巣にされ、アパ・カルタ首領が飼っているライオンの餌にされてしまった。

 

彼らはウミ族を滅ぼすと公言している組織である。混血の人間に対しても、その残虐性は向けられる。

 

周囲を見渡せる好位置にあるこの村が襲われ、混血だという理由で民が虐殺された事実が、その腐った理念を雄弁に証明している。

 

「もう一匹は」

 

「そ、そちらは地雷原に向かっています。 まっすぐです」

 

「何だと?」

 

軍基地から、無防備な女が一人。多分東洋人らしいのが出てきたことは、既にジラトルも掴んでいた。その女は如何にもなポシェットを腰に付けていて、しかも地雷原にまっすぐ向かっている。

 

基地を出る時、軍関係者が止める様子はなかった。そうなると、軍の関係者が、何かしらの作戦に従事している可能性が高い。だが、その理由と、行動の目的がよく分からない。しかもどういう訳か、軍はその女に護衛を付けていないのだ。

 

病院などと言うもので、ウミ族の子供や怪我人を治療していることを、アパ・カルタの者達は良く思っていない。それどころか、絶対に許さないとさえ公言している。だから、医療品を輸送する車列を襲撃もするし、ワクチンや物資を鳥を使って輸送していると確認してからは、今まで軍での偵察任務に駆りだしていたジラトルに、全力での排除までさせている。

 

女はどうも、鳥に変わる輸送任務を行っているとしか思えない。

 

しかし、歴戦の猛者ならば、わざわざ地雷原に突入する訳もない。それどころか。どこからどう見ても、女の動きはシロウトそのもので、時々何もない所で転んでさえいる。とてもではないが、この国に来るような存在だとは思えない。

 

しかも、地雷原を抜けた先にはフィールドがある。如何に命知らずのアパ・カルタ構成員とはいえ、フィールドには足を踏み入れない。

 

最初は足を踏み入れもしたのだが。どんな武装をしても、どんな人数を駆りだしても、瞬く間に全滅してしまうので。今では流石に、中にはいるようなことはなかった。

 

「あ」

 

「何だ」

 

「女が地雷を踏みました」

 

仕掛けてあるのは対人地雷の中でも、特に強力な奴だ。病院が出来てからは、殺傷能力が高いものばかりを厳選してばらまいている。

 

普通、対人地雷というものは、相手を怪我させて、治療させるために仕掛けるものである。だから、足が無くなる程度の爆発はしても、命までは奪わないように威力を調節している。

 

だがアパ・カルタの者達は、兎に角相手への憎悪が先に立っている。だから、相手が死ぬような特注の地雷を必ずばらまく。中には、地雷を開けて火薬を増やしてから埋めているような者までいる。

 

それなのに。

 

爆発が収まってしばしすると。女は何事もなかったかのように、歩き出した。

 

「何だ! 何があった!」

 

「わ、分かりません! 女が、何事もなかったかのように、歩き出して! それで!」

 

「巫山戯るなよ! 地雷は踏んだんだろうな!」

 

「間違いありません! 爆発だって見ました!」

 

暗視ゴーグルをひったくられる。舌打ちしたゴンゴが、部下達に声を掛ける。多分フィールドの手前で、女を捕捉するつもりだろう。女をどうしても良いと、ゴンゴが言っているのが聞こえた。あの女は運が悪い。本当に、この連中は獣も同然なのだ。人間を殺すことを心底から喜んでいる連中ばかりである。

 

隼のジルタが短く鳴いたので、頭を撫でてやる。此処は空気が悪すぎる。隼はデリケートな鳥だ。唯でさえ周囲は血の臭いでおかしくなりそうなのに、これではあまりにもジルタに気の毒すぎる。

 

暗視ゴーグルを覗いていたゴンゴが、呻く。

 

多分、また女が地雷を踏んだのだろう。

 

そして、また何事もなかったかのように歩き出した、と言う訳だ。

 

地雷を納入している業者の名を罵りながら、ゴンゴがカラシニコフを引っ掴む。多分、自らあの女を捕らえに行くつもりなのだろう。国連軍が周囲で待ち伏せしていないことは、ジラトルが確認済みである。

 

ひょっとして、噂に聞くフィールド探索者ではないかと、ジラトルは思った。人間離れした異能の持ち主であることが多いフィールド探索者は、常識外の能力を展開してみせることが多いという。ジラトルのような雛とは根源的に違う存在だ。

 

そうなると、余計に拙いかも知れない。

 

確かアパ・カルタはケシの密売で資金を作っており、その金で中立地帯にある邪魔なフィールドの排除をC社に依頼し、拒否された経緯がある。もちろん病院に直接テロを仕掛ける目的を看破されて断られたのだ。自分が全面的に正しいと考えているゴンゴを始めとするアパ・カルタ上層部はそれを恨みに思っている。相手がフィールド探索者だと知れたら、どんな暴挙に出るか分からない。

 

知らせて上げるべきなのかも知れない。

 

でも、逆らったら、もっと多くの人が殺される。ただでさえ、一回敵を見失っただけで、一人撃ち殺されたのだ。

 

頭を抱えて、震える。心配そうに、空を舞う彼の友たちが、それを見つめていた。

 

 

 

2、乱戦の中で

 

 

 

何だか分からないが、隼が急に動きを乱した。

 

四つめの木に移ったグレート・マムは、それを好機と見た。フィールド内部も、この森と同じく、内部構造を大体把握している。フィールドに入り込んでしまえば、敵を攪乱できる可能性が高い。

 

更に言えば、夜間だというのにあのように隼たちが飛び回っているのもおかしい。恐らくあれは、フィールド探索をするにはあまりにも非力かつ経験未熟な、雛能力者の仕業だろう。なれば、フィールドに入り込めば、相手を一気に攪乱できる可能性も高い。

 

問題は、スペランカーの方だ。

 

陽動役といえど、妙に気になる。能力がある意味強力な分あまり成長性がない様子であるし、いざとなったら救出に行くべきかも知れない。いずれにしても、隼が動きを見だしている間に、距離を稼がなくてはならない。

 

枝を蹴り、跳躍。

 

翼を拡げ、森の中を低空飛行で、最大速度で飛ぶ。一瞬でも気を緩めれば、木の枝にぶつかって失速し、隼に発見されるだろう。見れば、空を旋回する隼の数は既に四十を超えている。もっとこれから増える可能性は、極めて高いとも言える。

 

ブラックマンバを見つけたが、気付かないうちに脇を通り過ぎる。口の中が真っ黒である世界第二位の大きさを誇る毒蛇は、側を飛び抜けたグレート・マムに気付いたが、噛みつこうと首を伸ばした時には、既に射程圏外であった。

 

遺伝子に刻まれた記憶が故に知っている。

 

この瑠璃色の体は、空から自分を狙う猛禽類を欺くためのもの。

 

そして白い腹部は、下から自分を狙う肉食獣を攪乱するためのもの。

 

だがそれも絶対ではない。その程度でごまかせていては、肉食獣達は飢え死にしてしまうからだ。

 

一瞬の勝負の中で、僅かな攪乱は生きてくる。

 

隼は気付かない。

 

大幅に時間はロストしたが。ついに、フィールドの辺縁である、目印にしている木に辿り着いた。

 

小型のキツネザルが住み着いている木だが、別に小鳥を襲う事も考えにくく、何より今は留守にしていた。ゆっくり動悸を整える。鳥が空を飛ぶには、何より恐ろしいまでの体力がいる。

 

人間を最初に見た時思ったことは、移動に体力が必要なくて羨ましい、という事だった。鳥にとっては、移動さえもが、命がけの行為なのだ。それだけ、空を舞うという行動には、巨大なリスクが伴うのである。人間は鳥が空を飛び、自由を謳歌しているとでも思っているらしいが、とんでもない話なのだ。

 

顔を上げる。

 

空気がよどんでいる。此処から南北四キロ、東西七キロほどに渡って、フィールドが形成されている。

 

なぜ出来たかとかは、調査が入らないと分からないだろう。

 

分かっているのは、この中が全長十メートルに達する怪物達が闊歩する魔境である、という事だ。クリーチャーどもは人間に似ていて、全身に入れ墨を入れており、複頭であったり、六対の腕を持っていたりと、古代の巨神じみた姿をしている。

 

そして彼らは人間を喰う。

 

武装していることに慢心して、中に入り込んだアパ・カルタの構成員達が、近代兵器の通用しない怪物達の餌食となって、ぱくぱくごくんと喰われるのを、グレート・マムは一月ほど前に目撃した。

 

近代兵器でも手に負えない化け物ども。だが巨神達は大きすぎるが故に。そして巨体に慢心しているが故に。グレート・マムにはむしろ行動しやすい場所であった。

 

さて、行くかと呟く。

 

もう一度、空を見た瞬間であった。

 

反射的に体が動く。

 

今まで留まっていた枝を、隼の爪が抉っていた。

 

どうやら捕捉されたらしい。

 

同時に十を超える隼が降下してくる。しかも隼は、かなりの急角度で、空中機動を可能とする強力な飛翔能力を持っている。さながら急降下爆撃を仕掛けてくる零戦のような隼の編隊。

 

それに対し、グレート・マムは木の枝を何度か蹴って、曲線を中心とした動きで、そのままフィールドに飛び込む。

 

ぐにゃりと、周囲の空間が歪む感覚。

 

後続に、数十、いやそれ以上の隼が、続く気配があった。

 

 

 

頭を振ってスペランカーが立ち上がる。

 

今度の地雷は強烈だった。多分十メートルくらい吹っ飛ばされた。対人地雷は怪我をさせることが目的の兵器であり、それを何度となく喰らう事で体に覚えさせてきた。それなのに、どういう訳か。

 

此処の地雷原に埋められている対人地雷は、相手を殺そうとしているとしか思えない。否、そうなのだろう。

 

話には聞いていたが、民族同士の憎悪の深さを思って慄然とする。地雷とは相手の力を削ぐ戦術に基づく兵器だ。怪我人が出ると、それを介護する人間、物資が必要になってくる。それ故に、相手の力を効率よく削ぐことが出来る。おぞましいまでに非人道的な兵器だが、その効果故に世界中でばらまかれている最悪の存在だ。近年では航空機からばらまくことが出来るタイプまでもが出回っている。

 

だが、この地雷は、根本的にそれらとは違う。多分火薬を弄ってある。

 

相手を怪我させるためではなく、正真正銘殺すのが目的で。

 

土を払って立ち上がる。既に踏んだ地雷は七つ目だ。残虐だというアパ・カルタの連中は、もうとっくに気付いているだろう。今まで目玉を抉り出されたりとか爪を剥がれたりとか、散々痛い目にあった事があるスペランカーは、拷問など怖くない。むしろ相手に同情してしまう。いずれにしても、陽動に乗せなければならない。ある程度は逃げ回る必要があるだろう。

 

と、思った瞬間。

 

かつんと、いい音がして。

 

意識が吹っ飛んだ。

 

どうやら狙撃銃で頭を吹き飛ばされたらしいと気付いたのは、地面で目を覚ましてからである。周囲に、怒号が交錯している。体を起こそうとして、また鋭い痛み。膝にライフル弾が直撃したらしい。

 

「つっ!」

 

「ギャッ!」

 

悲鳴が聞こえた。

 

足を撃ち抜いて、捕らえようとでも思ったのだろう。再生しつつある足を見て、スペランカーは歎息した。

 

幼いころに、父が自分のことを思ってくれたプレゼント、不老不死の呪い。この呪いには、厄介な特性がある。

 

死んだ場合、自動で体を再生して蘇生させるのだが。

 

もしも肉体に欠損部分が出ると、周囲のものから補うのだ。そして、何かによって殺された場合。殺した相手から、その欠損分の肉体をえぐり取るのである。

 

それこそが、悪意に満ちた海底の神の呪いが所以。呪いであるが故に、発動能力は概念的なものであり、相手の強弱関係なし。

 

そして、非力な身体能力と貧弱な頭脳で、危険きわまりないフィールドに挑める理由でもある。

 

半身を起こすと、頭をぐちゃぐちゃにぶちまけて、地面に転がっているゲリラらしい男が見えた。黒人というと屈強な長身を思い浮かべてしまうが、小さな背丈で、気の毒なほどに痩せていた。

 

ぎゃあぎゃあと周囲に叫んでいる男がいた。多分狙撃手か何かが潜んでいると思っているのだろう。此処がまだ地雷原であることを忘れて、突っ込んできた男が一人。自分たちが仕掛けた地雷に吹っ飛ばされて、宙を舞った。宙を舞うほどの火薬が仕込まれているのである。もちろんスペランカーもろとも即死だ。

 

意識が戻ってくる。だが、状況は好転していない。銃を撃つ音が散発的に響く。着弾は減ってきたが、思わず叫んでいた。

 

「止めて! 死んじゃうよ!」

 

叫ぶが無駄だ。多分意味も通じていないだろう。

 

胸に風穴が開く。また誰かがカラシニコフで撃ってきたのだ。しかも連続して。体中が穴だらけになった。吐血して、地面に叩きつけられる。遠のく意識の向こうで、また断末魔が聞こえた。いい加減気付けばいいのにと、ぐわんぐわん鳴る頭の奥で思う。意識が飛んで、また気付くと。鬼のような形相で、カラシニコフを顔の至近に突きつけた男が、何か叫いていた。動くなとか、降伏しろとか、味方は何処にいるとか、見当違いの台詞を叫んでいるのだろう。

 

銃身を掴むと、相手は露骨に怯えた。

 

服の再生も始まっている。それを見て、おびえが加速している様子であった。

 

「だから、止めて! 気付いて! 私を撃ったら、死んじゃうんだってば!」

 

尻餅をついた男が、叫く。

 

同時に、生き残っていた者達が、飛び散るようにして逃げ始めた。

 

カラシニコフを置いて、最後に残った男も散っていった。大きくため息をつくと、スペランカーは立ち上がった。

 

彼らの足跡を辿って、地雷原を出る。途中、五体を満足にとどめていない見るも無惨な死骸が点々としていた。スペランカーを恨むのは別に構わないが、これの「報復」として無差別テロでも起こされたらたまったものではない。

 

無線は幸い壊れていなかった。一部カラシニコフの銃弾で削れてしまっていたが、流石に頑丈に出来ている。

 

「スペランカーです。 聞こえますか」

 

「此方国連軍」

 

「良かった。 通じた」

 

「何かありましたか」

 

比較的好意的なオペレーターだったので、スペランカーはほっと一息ついた。

 

状況を説明しながら、地雷原を出る。さっき、スペランカーの足を撃ったゲリラが、砕けた足を押さえてひいひい言っていた。生き残りがいたというのは、良いことだ。手慣れた様子から言って、散々人を撃ってきたのだろうし、これくらいの報いも仕方がない事である。

 

「襲撃を受けましたが、うーん。 勝手に大きな被害を出して、逃げていきました」

 

「敵の被害は」

 

「死体がばらばらになっちゃっているのも考えると、五人から六人くらい……あ、七人です。 襲撃者はその三倍くらいでした。 一人、生きて側に転がっています」

 

酸鼻な光景である。七人とカウントできたのは、引きちぎられた右腕を発見したからだ。それには砕けた肩も付随していたので、まず持ち主は生きていない。

 

ふと空を見上げると、十羽、いやそれ以上の猛禽が旋回していた。夜だというのに、である。

 

不安になる。同じようにグレート・マムの周囲も、多く隼がいるのだとしたら、危険だ。

 

「すぐに捕虜を抑えるための人員を回します」

 

「気をつけてください。 私を見て、容赦なく撃ってきました。 多分、なんとかって民兵の組織だと思います」

 

呻きながらもカラシニコフに手を伸ばしていたので、銃身を踏んづける。絶望的な状況に、気の毒なくらい顔をゆがめたので、可哀想になってしまった。

 

ブラスターを取り出すと、額に向ける。

 

「えーと。 ふ、フリーズ。 動かないで」

 

何か叫んでいる。多分、誇りある戦士は、降伏などしないとか、そんな所だろう。

 

頭が痛い。本当の誇りを以前何度も見てきているスペランカーは、どうにかして諭してあげたかったが。言葉が通じない以上、それも出来ない。どのみち、男はもう何も出来なかった。

 

やがて、国連軍が来た。

 

そして、喚き散らす捕虜を連れて行く。あの様子なら死ぬこともないだろう。猿轡を噛ませていたのは、自殺対策に違いない。ぼろぼろの着衣を見て、一旦戻るかと国連軍の士官が言うが、スペランカーは首を横に振る。あの猛禽が気になって仕方がない。

 

グレート・マムの負担を減らすためにも、もっと陽動に腰を入れなければならなかった。

 

ポシェットだけを交換すると。ゲリラ達が逃げていった方向へ、スペランカーは歩き出した。

 

呆然と、国連軍の兵士達は、それを見送った。

 

 

 

フィールドにはいると、グレート・マムは羽ばたき、奇怪な蔦が絡み合う密林の中に飛び込んだ。既にこの辺りはフィールドの内部。植生までもが禍々しく変容し、虎視眈々と獲物を狙う存在と化している。

 

速く精確に飛ぶことが出来る故に、隼の翼はデリケートで、融通が利かない。臆すことなくフィールド内部まで追いかけてきた隼たちは、至近の奇怪な森を見て急上昇し、上空へと躍り上がった。危険を本能的に察知したのだ。

 

蠢く蔦に囚われないように、高度を落としながら、入り組んだ森の中を飛ぶ。木に絡みつく蔦には薔薇を思わせる無数の棘が生えており、一瞬の油断が死につながる。此処で翼を傷つけると言うことは。救助が絶対に来ないという事を意味しているのだ。スペランカーは陽動任務中であろうし、他のフィールド探索者が来ているという話は聞いていない。

 

無数の隼が、高度を維持して、此方を探しているのが分かる。

 

何度か蔦を蹴って加速しながら、複雑な森の中を飛ぶ。足音。フィールドに住み着いている巨人が、無数の隼を見て、何事かと出てきたのだろう。頭が三つある巨人は、頭の一つずつに四つの目玉を有しており、口は頭ではなく腹に着いている。彼は不思議そうに空を舞う隼の群れを見つめていた。手を伸ばしても届かない。

 

だが、隼たちは、はじめて見る巨大な怪物に度肝を抜かしたらしく、更に高度を上げる。警戒する鳴き声をかわしているのが分かる。怯えきっている彼らの様子は、グレート・マムにとって好都合であった。

 

しかし、この密林は本来避けるべき地形だ。それぞれの枝が蔦が肉食性で、留まる位置を間違えると、それだけで死に直結する危険な森である。彼らが反応しない程度の動きをして今誤魔化しているが、いつ臭いや何やらで襲ってくるか分からない。そして初速が遅い此方は、向こうの反応に対応しきれるか分からない。

 

枝を移りながら奥へ。無数に着いている棘が感覚器で、食虫植物のようにそれに反応して動くことを、何度かの実験で掴んでいるグレート・マムは。隼たちに対して、若干有利になったとはいえ、慢心はしていなかった。

 

根比べだ。

 

下手に動いた方が死ぬ。

 

此処は、そう言う場所だ。

 

隼が数を増してくる。最初は数十だったのが、更に増援がフィールドに入り込んでくる。しかも最初から高空を維持している状態で、やはり何かしらの能力者が、隼たちを支援しているのは目に見えていた。

 

巨神も少しずつ集まり始めている。

 

駆逐されたはずの外の生物が、大挙してフィールドに入り込んできたのが面白いのだろうか。

 

奇怪にねじくれた手を伸ばし、無数の目を蠢かせて隼を見つめている彼らの姿には、もはや神々しさはない。

 

「これが、おぞましいって奴なんだろうね。 まるで救いを求める餓鬼の群れだ」

 

この国が、こんな事になってしまっているから、このようなフィールドが出来てしまったのかも知れない。

 

そうなるとこの巨神達は、怨嗟が形を為したものなのだろうか。

 

いずれにしても、人間のことはよく分からない。グレート・マムにとって大事なのは、同胞だけだ。人間が、そう考えているのと、同じように。殆どの人間が同胞とそれに近しい存在だけを特別視し、或いは神格化さえしていることを、グレート・マムは滑稽に思っている。他の動物も、知性を持ったら同じように振る舞うことが、明らかだというのに。何が万物の霊長か。

 

あの巨神達は、人間の滑稽な戯画ではないか。

 

枝を飛び移り、低空で飛び始める。

 

隼たちの数はますます増え、多分二百を超えていた。

 

それはすなわち、高空から敵を捕捉するのに特化したハンターが二百以上、最適な位置からグレート・マムを狙っていると言うことを意味する。いつまでも逃げ込んだ位置にいたら、確実に捕捉される。

 

自分より何倍も速く動き回る虫を捕らえることが、動きさえ読めば容易なように。

 

その逆は、更に容易な事なのだ。

 

かといって、密林を飛び出す訳にも行かない。下手に動けば、あっという間に隼たちの爪に掛かってしまうだろう。

 

隼の一部が、ゆっくり高度と位置をずらし始めている。面倒なことに、相互に監視位置を担当し合っている様子だ。多分、連中を操っている人間の手によるものなのだろう。恐ろしいまでの執念だ。

 

能力者としては未熟なのだろうが、その執念だけは本物だ。

 

執念が生き残るのに重要なことを知るグレート・マムは。素直に、自分を追い詰めつつある敵を賞賛していた。

 

さて、どうするか。

 

そう呟いたグレート・マムは、枝から飛ぶ。後ろから迫っていた蔓が、悔しそうに軋みを上げて、空でもがいていた。

 

この森は点々とフィールド内での遮蔽を確保してくれてはいる。

 

しかし、それも絶対ではない。

 

何カ所かは、森を抜けて飛ばなければならない。隼たちは多分高空から、いち早く森の構造を掴んでいるはずで、辺縁を見張ることに全力を傾けることだろう。何かしらの隙が出来るのを、森の中で位置を少しずつずらしながら、狙うしかない。

 

それは結局の所、野生の中で生きてきたグレート・マムにとって、日常の光景。

 

狙われながら狙い、逃げながら追う。そして獲物を雛に与えて子孫に命をつなぐ。

 

多少形態は異なっていても。今行っているそれは、大して日常と変わりなかった。

 

 

 

怯えるジラトルの前で、鬼相を湛えて戻ってきたゴンゴが、いきなり檻の中の人質を撃ち殺した。悲鳴が上がる中、更にもう一人を撃ち殺す。それだけではない。カラシニコフを徹底的に叩き込んで、ミンチにしていた。

 

凄まじい血の臭いが漂う中、檻に入れられた女の子の慟哭が響く。ゴンゴは歯茎をまくり上げると、吠えながらもう一人を撃ち殺した。カラシニコフを乱射する凄まじい音が、響き続ける。

 

「うるせえんだよ、屑があっ!」

 

それから、泡を吹いた顔を、ジラトルに向け直す。いきなり殴られて、地面に押しつけられた。背中を踏まれる。背骨が軋んだ。

 

「げほっ! うっ!」

 

「てめえ、敵の伏兵を見逃しやがったな! 国連軍の犬どもが、一個中隊、いや二個中隊は潜んでやがったぞ! 狙撃で七人死んだ! 七人もだ!」

 

「そ、それはあり得ません!」

 

だって、見ていたのだ。

 

誰も、潜んで等いなかった。ゴンゴ達は文字通り自滅したのだ。隼たちはそう報告してきた。理由は分からないが、多分あの女の何かしらの能力によるものだろう。地雷を踏んでも平然としていたことにも、それはつながっているに違いない。

 

殴る蹴るの暴行をしばし受けた後、胸ぐらを掴まれ、吊し上げられた。口の中には、血の味しかしない。

 

抵抗できない所を、更に腹を殴られる。

 

そして、投げ出された。

 

肩に留まっていた隼のジルタは、危険を察知したか、上空に既に逃れていた。それに、暴力を受けたことで、一瞬隼たちとの精神的なリンクが切れてしまった。隼たちは混乱して、右往左往しながら飛び交っている。それを見て、流石に頭が冷えたか、ゴンゴは暴力を止めた。

 

「次に見逃しやがったら、檻の中にいる屑どもを皆殺しにしてやるからな!」

 

「あ、相手は僕と同じ、異能の持ち主です!」

 

叫んでから、しまったと思った。

 

忘れていたのだ。アパ・カルタが、フィールド探索者に逆恨みを抱いていたことを。この国を出たら、連中にテロを仕掛けてやると、息巻いてさえいたことを。

 

ゴンゴが顔を近づけてくる。

 

半分無い鼻が、顔に奇怪な空洞を作っている。生きながらにして髑髏になったかのような不気味さで、怖くて体が震えるのを止められなかった。

 

「詳しく話せ、小僧」

 

嗚呼。

 

ごめんなさい。ゆるして。無惨に殺される貴方を、救うことが出来ない。

 

心中で謝る。アパ・カルタの連中がどれだけ残虐か。どれだけ無慈悲か。僕にはどうにも出来なかった。僕は、愚かで無力で、そして今、罪人にさえなってしまった。

 

あの女の人は、まだ大人になっていないようにも思えた。それなのに、これからアパ・カルタは全力で彼女を殺しに掛かるだろう。それだけで済むかどうか。どれだけ残虐に殺すかを、嬉々として考えるに違いない。

 

輪姦されて殺された婚約者の事や、惨殺された家族のことを考えて、ジラトルは落涙した。サディスティックに笑みを浮かべながら、ゴンゴは、出来るだけの人数を集めるように、周囲に命令をしていた。

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