オールドアクションゲーム二次創作 作:dwwyakata@2024
スペランカーは額の汗を拭いながら、山を登る。
正確には山道を行く。体にまとわりついてくる蚊が鬱陶しい。時々周囲で爆発するその儚い命を思って、ため息が漏れる。
いっそ残虐な性格だったら、楽だったかも知れない。
何か勘違いしている人間もいるが、残虐というのは一番楽な路の一つだ。何しろ相手のことを一切考える必要がないからである。思考から逃避し麻痺した末の、一つの末路。それが残虐だと、スペランカーは考えている。たゆまぬ訓練によって其処に行き着く場合は、生き抜く戦術の一つになりうるかも知れない。だが、世界に満ちている残虐の殆どは、ただの逃避と思考停止の結末だ。
それではいけないと、スペランカーは思う。
あの母が自分にしたような仕打ちを、他の人や生き物に味あわせてはいけない。ネグレクトによる飢餓地獄を体験して育ったスペランカーは、強くそう思う。
靴は何とか元に戻った。着衣までも再生するスペランカーの身を覆う呪いだが、着衣に関しては完全ではない。地雷でドカンドカン吹き飛ばされる間に、再生が追いつかなくなるのではないかと心配はしていた。だが、多少ボロボロにはなったが、どうにか大丈夫だ。エアインの頑丈なスポーツシューズなので、山歩きもそれほど苦にはならない。
さて、この辺が良いか。
そう思って、スペランカーは大きな丸石に腰を下ろした。空には、多くの猛禽が舞っている。山と言っても、周囲は枯れ果てていて、殆ど木々もない。森が広がっている地域も、あるようなのだが。この辺りでは、戦闘に次ぐ戦闘で、森は積極的に焼き払われているのかも知れなかった。
無線が鳴る。グレート・マムからだった。かなり電波の状態が悪い。もうフィールドの内部なのだろう。辺縁にいて、かろうじて電波が通じている、という所か。
「大丈夫かい? スペランカー」
「はい。 何とか」
「そうか。 今、百羽を超える隼に追撃を受けていたんだけどね、不意に連中の動きが鈍った。 あんた、何かやったのかい?」
「……」
心当たりは、ある。
さっき逃げ散っていったアパ・カルタの民兵達が、もしもそう言う能力者を操っているのだとしたら。腹いせに虐待を加えたのかも知れない。
動物使いの能力者は数限りなくいるし、中でも鳥を操る異能というのはもっともポピュラーで、幾らでもいると聞いている。
そうなってくると、さっきからやけに見かける隼についても合点がいく。あれを通して、能力者は見ているのだろう。スペランカーや、グレート・マムの事を。ただ、もしも暴行を受けているのだとすると、待遇は著しく悪いのかも知れない。
問題は、彼を通じて、此方がフィールド探索者だとばれるかも知れないと言うことだ。
そして此方の行動次第では、血迷ったアパ・カルタの面々が、その能力者を惨殺するかも知れない、という事である。
連中を見ている限り、まともな会話が通じる相手だとは思えなかった。もちろん過酷すぎる紛争地域での環境が、其処まで彼らをゆがめてしまったのだろうが。
思考を切り替える。今重要なのは、如何にして彼らの気を、グレート・マムから逸らすこと。
何しろ既に大規模な追撃が掛かっているらしい状況である。此方からもある程度踏み込まなければ、負担を緩和することだって出来ない。
ある程度説明をすると、グレート・マムは声を落とした。
「大丈夫かい? あんたはそれで。 本当に、何をされるか分からないよ」
「大丈夫です。 慣れてますから」
「……もっと自分を大事にしな。 陽動は嬉しいけれど、ほどほどにね」
通信が切れる。
立ち上がったスペランカーは、額の汗を拭った。此処からは山を下りる事になる。今わざわざ山越えをしているのは、それが病院への最短ルートだからだ。この山はもろにアパ・カルタの勢力圏らしいのだが、故に陽動は意味を持ってくる。だが、それだけで良いのかと、スペランカーには思え始めていた。
あまり荒事は得意ではないし、好きでもない。
だが、此処は少し無理をするべきではないかと、スペランカーは考え始めていた。
通信を切りながら舌打ちをする。
グレート・マムは人間の手によって、現世に復活した。科学技術とやらの恩恵だが、しかし。分からないことは幾らでもある。特に人間の思考回路は、何度分析してみても理解できない部分が多々あった。
同種の子供を殺すために偏執的な攻撃を仕掛けている民兵達。猛獣のように、将来の競争相手になるからというのならまだ分かるが、単に思想的な理由からだという。そして、スペランカーのように特異能力を持っているとはいえ、本人は到って無力な小娘を、危地に追い込んで仕事だからと嘯いている国連軍の連中。それに対して、酷い仕事だと抗議さえもしないスペランカー。
自分は良い。この仕事をすることで、守れるものがあるからだ。だが、スペランカーに、そんなものがあるのか。話を聞く分だと、存命中の母とも上手く行っていないようだし、自分の幸せをもっと追求しても良いのではないかと思ってしまう。
空を見上げる。
隼たちは、いまだ健在だ。
さっきまで混乱していた隼たちの隙を突き、空を見上げている巨神達の下を潜るような形で、森の切れ目を抜けた。そして、さっきよりも更に危険が大きい森の中をゆっくり進みながら、連絡を入れていたのだ。
だが、次は同じ手も通用しそうにない。
隼たちは既に統制を立て直したばかりか、更に数を増やしている。そればかりか、徐々に大胆になってきていて、森に住む怪異達の射程距離を見切るつもりか、徐々に低空飛行をするようになり始めていた。
相手が如何に未熟であっても、種として隼にはかなわない。
もしも発見されて、物量作戦でなりふり構わず潰しに掛かられたら。それを思うと、ぞっとしなかった。もしも人間があの隼を操っているとなると、更に面倒なことになる。殆どの人間にとって、動物は食料か、道具以下でしかない。
巨神達は更に数を増やしており、森の上空を飛んでいる隼を物珍しげに見つめている。中にはまだ不器用に手を伸ばしている者もいるが、殆どは動きを伺うようになってきていた。隼も、巨神達が、高空を旋回しているだけなら危険がないことに気付いたのか、少しずつ落ち着きを取り戻しつつある。
時間が経てば経つほど、グレート・マムには不利な状況になりつつあった。
森の辺縁まで来た。この辺りでは、もう無線も通じないことを、確認済みである。
フィールドのほぼ中央部である。大きく円形に森が切り取られていて、その中心には、胡座をかいたひときわ大きな巨神がいる。単眼で、身長は三十メートルを超えるかも知れない。黒い肌を持つ逞しい男で、当然のように全裸であった。威風堂々たる全裸のその姿は、ギリシャ時代に作られた大理石彫刻のように、完璧な美さえをも錯覚させる。
彼の口元は強く引き結ばれ、空を旋回し続ける隼たちを見つめている。
隼たちは、恐らく此方の動きを読み始めたのか、中心の巨神の周囲に集まり始めている。数は二百をとうに超えている。この近辺だけでこれである。能力者が操作している数は、多分五百を超えていることだろう。
あの中心の巨神は、他とはものが違う。病院へ物資を運ぶ途中にも、何度か襲撃を受けたほどだ。動きは巨体に反比例して若干鈍いが、その反応は決して悪くなく、何度も胆を冷やさせられた。
それに、今は空にあれだけの数の隼がいる状態だ。少しくらい隙が出来ても、簡単に仕掛けることは出来ない。
枝を蹴って、別の枝に。また、留まっているグレート・マムに気付いたらしいからだ。あまり同じ位置にとどまっていると、危険が更に増す。
森の切れ目は、距離にして四百五十メートルという所か。グレート・マムの平均飛翔速度は時速四十五キロ。最大加速すれば六十キロを超えるが、中型鳥類の悲しさか、初速がそれの足を引っ張っている。
つまり、四十秒ほどは時間を作らないといけないわけだ。
しかもそれは直線距離での話であって、あの巨神の事を考えると、迂回することも考えなければならない。一分は欲しい所だ。
だがその一分は、スペランカーが相当危険なことをしなければ、手に入らないだろう。
少しずつ、隼たちが大胆になってきている。不意に、巨神の一体が、立ち上がると、跳躍した。四本も足がある巨神であり、跳躍高度は凄まじい。かなり低くまで降りてきていた隼の一体が、彼の伸ばした手に弾かれて、大きく飛行軌道をずらした。鋭い隼の悲鳴が上がる。
しかし、隼たち全体は落ち着いたもので、まるで隙がない。
特に、一回り大きい個体がさっき入ってきてから、統制の取れ方が尋常ではない。まるでよく訓練された空軍だ。巨神達も、その個体を見つめているが、手を出しかねている様子であった。
雛を育てる時には、気をつけないとならない事が幾らでもある。
獲物を捕らえる時に、敵の姿を見失ってはならない。
獲物を得てからも、巣の位置を知られてはならない。
天敵から身を隠しつつ、雛を育てる。それだけなのに、成し得ない個体が幾らでもあるのが、自然界の厳しさだ。
だから、機会を測るのには慎重になる。木の枝と同化し、気配を完全に殺し、機会を待つグレート・マムの眼前で、その努力を嘲笑うような光景が現出した。
不意に、胡座をかいていた一番大きな巨神が立ち上がる。
その単眼が、グレート・マムを見つめている事に、気付く。
目があった。目が合ってしまった。
その瞬間、単眼の巨神は、天をも貫くような、凄まじい雄叫びを上げた。
びりびりと空気が振動する。圧倒的な殺気が迸り、裂帛の叫びが、空間さえも切り裂くかと思えた。
心臓が、小さな胸の中をはね回る。
落ち着け。
そう自分に言い聞かせるが、巨神は此方に向けて、歩き出している。飛び出したくなるのを、必死にこらえる。
周囲の食虫植物たちでさえ、その気迫に押されたか、動きを止めてしまっている。隼たちも、あまりの迫力に、流石に度肝を抜かれてしまっている様子であった。好機、間違いなく千載一遇の。
だが、動けない。
否、動くべきではない。今動いたら、あの単眼の巨神に、蚊のように叩きつぶされてしまうだろう。
ゆっくり、巨神が近寄ってくる。巨大な二本の足を交互に動かして、歩み寄ってくる。
その威厳は今や、絶対的な死の予感となって、グレート・マムの全身を掴み、捻り上げていた。彼女が潜んでいる森さえもが、縮み上がっているかのようだ。
それでも、グレート・マムは考える。これを、好機として生かすべきだと。生かすためには、もっとあの巨神を近づけさせるべきだと。現に、隼たちの絶対警戒網に、巨神という要素がほころびを作っている。
あと一つ、何か要素があれば。
震える体だが、まだ心は死んでいない。むしろ、逸る心を押さえ込む。
そして、その隙は。
今まで理性と強運で生き残ってきたグレート・マムの眼前に、落ちかかってきた。
隼の目を通じて、見た。一度見失った相手を。
躊躇はあった。だが、檻に入れられた村の人々のことを考えると。報告せざるを得なかった。
心中にて血涙を流しながら、ジラトルは言う。
「発見しました。 南の山を横断して、病院に向かっています。 座標は……南南東、約七百」
「そうかそうか」
精確な位置を知らせるジラトルの声にゴンゴは唇をまくり上げた。その唇も、半ばが既に無い。残虐非道の怪物じみた性格に、その容姿が更に拍車を掛けている。ジラトルには分かる。相手がフィールド探索者と知ったことを、好都合と思っているのだ。
いずれ殺して回る相手である。残虐非道であっても、歴戦の戦術家であるゴンゴにとっては、またとない機会という訳だ。
しかも、どうやら国連軍がフィールド探索者を呼んだらしいと言う情報は、ゴンゴを通じてジラトルも知っている。
フィールド内に入り込んだ隼たちの状況は、うっすらとしか分からない。多分フィールドの境界では、情報が遮断されるのだろう。そちらは中に送り込んだ相棒ジルタに任せるほかない。
「スナイパー1、射撃準備」
「了解」
先進国の水準では一世代前の品だが、E国軍から横流しされた高精度の軍用スナイパーライフルを持たせた狙撃兵が、早速配置につく。さっきあのフィールド探索者を狙撃したのとは、格上の狙撃手だ。距離は一キロ半。
そしてゴンゴにとって、彼は捨て駒に過ぎない。
「スナイパー1、敵を確認。 射程に入りました」
「効力射。 撃て」
此処からは、音は聞こえない。隼を通じて、結果だけを見た。
まず胸を、続いて頭を撃ち抜かれたフィールド探索者が、倒れ伏す。山道を歩いていた彼女は、一言も発することなく、多分撃ち抜かれたことさえ理解できず、息絶えた。
殆ど間をおかずして、狙撃手の頭と胸が、綺麗に爆ぜ割れていた。痙攣はすぐに治まり、ただの肉塊だけがその場に転がった。
そして、僅かな時を経て。
死んだはずのフィールド探索者が、何事もなかったかのように立ち上がる。スターライトスコープで様子を見ていたゴンゴは、有能な部下を失ったことを何とも思っていない様子で、待機している観測手に語りかける。
「観測手。 今の結果を分析できたか」
「観測手1。 着弾、跳弾、確認できません」
「観測手2、同じく」
「ほう」
スナイパーの死体を確認させるゴンゴ。死体は撃たれたのではなく、肉を刮ぎ落とされたようになっていた。
続いて、次の狙撃手に、また狙撃させる。
「次は殺すな。 右足を千切れ」
スナイパーの側に控えていた男が、何の躊躇もなく、行動にはいる。彼らは己の命を何とも思っていない。完全に感覚が麻痺してしまっている。得体が知れないフィールド探査者に対して、何の躊躇もなく挑んでいるのがその証拠だ。
「効力射、撃て」
隼の目を通じて、また見る。
フィールド探索者の足が、軍用狙撃ライフルの容赦ない破壊力の前に、撃ち抜かれ、引きちぎれて吹っ飛んだ。
同時に地面に倒れた彼女がもがいている。
だが。
続いて、スナイパーが悲鳴を上げた。彼の足も、同じように吹き飛んでいたからだ。
それだけではない。フィールド探索者の足は、何時のまにか元に戻っている。観測手の報告を聞いて、口の端をつり上げるゴンゴ。
「そう言うことか。 読めた」
念のために、ゴンゴは言う。今度は左足を撃ち抜けと。
この男は、部下を念のために、で使い捨てる。既に、右足を失った部下は、「慈悲」と称して撃ち殺されていた。
完全に狂っている。
恐怖で、歯の根が合わない。此処まで人間は頭がおかしくなるものなのか。それを一切止めようともたしなめようともしない他の民兵達。集団で狂気に感染しているとしか思えない。
檻の中で、ついに我慢できなくなったのか、子供が泣き始めた。それを見て、ゴンゴは何か残酷な事を思いついたらしい。
女の左足を撃ち抜いたスナイパーは、直後に左足を失った。それでも、ゴンゴはにやにやしていた。
「あの女、多分そのまま捕まえる分には無害だ。 網でも引っかけて、そのまま縛って連れてこい」
「どういう事ですか?」
「見ていて分からなかったのか? 攻撃した分が、そのまま返ってるんだよ。 意味はわからねえけど、フィールド探索者特有の能力って奴だろ。 ひひひひひ、原理さえわかっちまえば、もう怖くも何ともねえ」
ゴンゴが何を思いついたのか、分かった。
この男の精神が、既に完全に抑えが効かなくなり、異常きわまりない状態になっていることも。
人間は。
何処まで落ちることが出来る。
何処まで狂うことが出来る。
問いに、応えはない。
凶暴な顔の、ゴンゴの部下達が走り出す。彼らは上司の言葉を理解していたのだろうか。いずれにしても、共通していることは。今から若い女を痛めつけられるという餌に興奮し、涎を垂れ流している、という事であった。
やがて、彼らが、フィールド探索者の女に猛獣捕獲用の網を被せて、引きずってきた。
ジラトルは、目の前が真っ黒になるのを感じた。
女が何か言っている。口調は妙に冷めていて、怖がってもいないし、むしろ哀れみが感じ取れた。
網を担いでいたゴンゴの部下が、突然悲鳴を上げる。腕が折れたらしい。地面で転げ回って悲鳴を上げるその部下を、ゴンゴは笑顔のまま撃ち殺した。
「馬鹿が、言っただろうが。 怪我をさせたら、それがそのまま返ってくるんだよ。 ソラ族の戦士に、馬鹿はいらねえ」
今まで淡々としていた女の声に、不意に怒気が宿る。ゴンゴはまるで動ぜず、部下達に命じて、女を網から引っ張り出させ、そして縛らせた。近くの木に縛り付けられた女は、刺し殺すような目でゴンゴを見つめていた。
そして、ジラトルは気付く。
恐怖のあまり、数分にわたって、隼たちとのリンクを切ってしまっていたことに。
隼たちの中心にいた個体が、露骨に飛行軌道を乱した。それに伴い、空を覆い尽くさんばかりに飛んでいた隼たちが、一斉に乱れる。
勝機。
二秒の観察の結果、グレート・マムはそう判断した。
何があったかは分からない。スペランカーが、何かしらの陽動をこなしてくれたのだと、好意的に解釈。そのまま枝を蹴り、飛んだ。上空の隼が、二羽、此方に気付く。そして、鋭い鳴き声を上げた。
同時に、歩み来ていた単眼の巨神が、拳を振り上げる。
かまわない。まるで山のような巨体に、まっすぐ突っ込む。中型の鳥類であるグレート・マムであるが、今回は関係ない。相手が大きすぎることが、却って利になる。人間が蚊を叩くのに苦労しているのと、同じ事だ。
数羽の隼が、同時に降下開始。それに続いて、百羽を超える隼が、一斉に急降下攻撃の体勢に入った。
まるで、隼の滝。
彼らの目指す先には、グレート・マム一羽のみ。
巨神の、幅二メートルはある拳が、振り下ろされる。
その時、グレート・マムは翼をすぼめて、最大加速から急降下に移っていた。
刹那の瞬間。
拳を掠めるようにして。
グレート・マムは爆煙の中に、身を躍らせていた。
無数の石つぶてが体を叩く。羽を打ち、肌を切り裂く。足を叩く。鋭い痛みが全身を掴み、捻り殺されるような恐怖が襲ってくる。
巨大な石。至近に迫ってきたそれを、辛くもかわす。
巨神の殺気。
拳が外れたことに気付き、振り返って、グレート・マムに気付いたらしい。
その肩を掠めるようにして、隼の先陣が来る。
隼の飛行速度は時速九十キロオーバーにも達する。急降下して獲物を襲う時は、実に時速三百キロを超える場合もあるが、ただしそれは獲物だけを狙えて、天敵がいない状況に限られる。隼はあの単眼の巨神を警戒しているから、其処までの速度で飛べない。
だが、それでも。グレート・マムの最大加速六十キロの、1.5倍である。
見る間に距離が縮まる。
煙を突破。後方は、まるで隼の弾幕だ。爪に掛かったら、一巻の終わりである。
最初の一羽が来た。先陣を切ったのは、まだ経験が浅そうな若い個体だ。殺気が非常に分かり易く迫ってくる。
不意に地面に急加速して、石を掴む。そして、真後ろから正直に追ってきた所へ、至近で石を離した。顔面に石が直撃した隼は、鋭く悲鳴を上げ、後続の一匹と激突、きりもみ回転をしながら地面すれすれまで落ち、其処で必死に態勢を立て直した。
単眼の巨神が吠える。
群がる隼たちを、手を振るって追い払おうとする。
他の巨神達も、奇怪な体を揺すって、集まり始めていた。三羽目が、そんな中追ってくる。グレート・マムは急角度で、その一匹の足下へ飛び込む。
そして、足の裏が地面を踏む寸前に、すり抜けた。
流石に面食らった三羽目は、必死に旋回して、巨神の足との激突を避ける。
後、二十メートル。
殺気。
見る。
どうやら、リーダー格らしい、一番大きな隼が、目に炎を燃やしながら、迫ってきていた。
良いだろう。
来るがいい、若造!
左右に、もう十匹以上が展開し、逃げ道を塞ぐ。上空も同じく。まるで、巨大な蛇が、丸呑みにしようと迫ってきているかのようだ。
5メートル。
迫ってくる、隼のリーダー。
2メートル。
見える。無数の蔦が、蠢きながら、状況の帰趨を伺っている。
50センチ。
蔦の切れ目を見つけて、飛び込もうとした瞬間。
隼の爪が、したたかにグレート・マムの背中を傷つけていた。
部下が傷つくことも意に介さず、スペランカーを捕らえさせた民兵の指揮官。その下劣な行動に、スペランカーは心底からの怒りを感じていた。
今まで、いろんな地域に足を運んできた。
紛争地域で、今回と似たような仕事をしたこともある。貧しい国では、人々の心までもが貧しくなる実例も、何度となく見てきた。
だが、仕方がない状況であると言っても。どうしても、許してはいけない一線はある。その一線を、あの民兵の指揮官は超えてしまった。
乱暴にスペランカーを引っ張っていた同僚の骨が折れたことで、流石に暴力的な行動をストップした彼の部下達。それを見下していた民兵の指揮官は、何か叫ぶ。周囲には、大きな鳥かごのような檻が多く置かれていて、中には貧しそうな半裸の人々が入れられていた。中には全裸の人もいるようだった。
そして、この血の臭い。
既に残虐な暴力の餌食となり、幾つかの檻の中の人は、返らぬ存在となってしまっている。
ぎりぎりと、歯を噛む。
以前、フィールドの魔的な存在に、酷い拷問を受けたことがあった。その時はむしろ相手に哀れみを感じた。
だが、今度は違う。
正真正銘の怒りを感じてしまう。
ふと、見る。
民兵達に囲まれて、如何にも場違いな、小柄な少年がいる。カラシニコフを突きつけられ、スペランカーと目が合うと、さっと視線を逸らした。なるほど、分かり易い。多分、鳥使いはあの子だろう。
がちゃんと音がした。
檻の一つが開けられて、小さな女の子が引っ張り出されたのだ。上半身は裸で、ズボンと粗末なサンダルしか身につけていない。目には恐怖だけが宿っていた。六才くらいかと思ったが、発展途上国は栄養状態が悪く、先進国ほど子供の育ちが良くないことを思い出す。もっと年を取っているかも知れない。
その女の子の小さな手に、場違いなほど大きなコンバットナイフが握らされる。刃渡りは十五センチを超えているだろう。
なるほど、何をさせようとしているのかが、よく分かった。
教えてやる必要はないだろう。
父が不老不死をスペランカーにプレゼントするために呼び出した海底の邪神は、あまりにも嘲笑的な存在だ。彼の呪いは、此方の思うとおりには動かない。人間が困るように困るように、発動するのである。
縛られた手を何度か動かして、わざと手首に傷を作っておく。痛いけど、関係ない。頭の悪いスペランカーだが、このくらいの知恵は働くし、自分の能力は把握している。
がたがた震えていた女の子が、ゆっくり歩み寄ってくる。マラリアのワクチン接種を受けているか、不安だ。手にしているナイフもぶるぶる震えていて、まともに扱えるとは、とても思えなかった。
彼女の背中にはカラシニコフが突きつけられている。
そして、周囲の鳥かごのような檻に入れられた人質にも。
けたけたと、民兵の指揮官は笑っていた。本物の鬼畜。外道の中の外道だ。大きく息を吐くと、スペランカーは叫んだ。
「この外道っ! 恥知らずっ!」
言葉など、通じていないことは分かっている。
手を何度か動かしておく。それを悟らせないように、もう一度叫ぶ。
「悪魔っ! 護民の戦士だって言うなら、誇りはないの!?」
女の子は、滂沱の涙を流しながら、歩み寄ってくる。見ると、足にはかなり酷い怪我の跡が幾つもあった。足だけではない。全身、くまなく傷がついている。考えたくないような内容の傷も、あるようだった。
怒りに瞳孔が開くのを感じる。人間とは、何処まで落ちることが出来るのか。正義を主張する人間は何処までも愚劣に残虐になれると聞いたことがあったが、その最悪の形での実例を見せられてしまうと、人間そのものを嫌いになりそうになる。
この民兵達も、国際的な暴力的侵略によって全てを滅茶苦茶にされ、飢餓の中で、対立民族を恨むしかなかったというどうしようもない事情があったはずだ。多くの貧困国で起こっている紛争と、同じ状況である。だが、今やその悲しみは外道の嘲弄にすり替わり、主張する正義の名の下、鬼畜の所行を許容する腐肉の塊となりはててしまった。
淡々と民兵の指揮官が呟く。殺せとか、言っているのだろう。捨て駒がどれだけ死のうが、知ったことではないと言うことだ。
女の子は、スペランカーに怯えきっている。ナイフの切っ先は、獲物を求めることも出来ず、かたかたとふるえ続けていた。
怒りを押し殺すと、女の子に笑みを向ける。
「大丈夫。 私はへいきだから、気にしないで」
女の子が、ナイフを振り上げる。
馬鹿な奴。
地獄に堕ちろ。それが貴方には相応しい。
そう、民兵の指揮官に。最大級の怒りを、スペランカーは向けていた。
一度、地面に叩きつけられたが、足の力で無理に跳躍。まるで獣の顎を思わせる魔の森に、グレート・マムは飛び込んでいた。隼たちは追ってこられない。森の至近で急上昇に転じ、上空で旋回を開始する。
背中の傷は深い。翼への傷もである。
人間達が飛行機で空を舞うまでにえらい苦労をしたことからも分かるように、鳥の翼というものは、非常に繊細な機構の塊だ。無理に羽ばたけば、折れる。更に悪いことに、血の臭いに反応して、周囲の蔦が蠢き始めていた。
そして、足音が近付いてくる。
単眼の巨神は、諦めていない。フィールドの出口まで、まだ二キロほど。
あと一キロも行けば、また無線が使えるようになるはずだ。だが、だからといってどうなるというのだ。
戦闘能力が低いスペランカーに、巨神の相手は辛すぎる。戦闘タイプのフィールド探索者が二人か三人いれば何とかなるだろうが、現在C社もN社もこの国のフィールド攻略にはストップをかけている状態だ。
体の血が、急速に抜け落ちていくのを感じる。
目が霞む。
そもそも、こんな仕事を始めた理由は。
それを思い出すと、力も出る。
奮い立たせる。気力を絞り出し、生きようとする。
翼を広げて、駄目になってしまった羽を何枚か抜く。跳躍。地面すれすれを飛びながら、距離を縮めていく。
「あたしとしたことが、てんで情けないじゃないか。 数がいくら多いからって、あんな若造の爪に掛かるなんてさ」
かって、故郷の島で、隼との交戦経験はそれこそ山と積み上げた。
あんな若造とは比較にならない、老練な個体との戦闘経験だって、数十ではきかない。狙われた状態から逃げ切ったことだって、同じ回数ある。
それを誇りに、再び飛ぶ。後ろで、血を浴びた蔓が、奇怪な軋り音を上げていた。
首から掛かっているジェラルミンのケースが重い。
ふと、失策に気付く。
いつの間にか、森と森の切れ目を、飛んでいたのだ。
万事休すか。
そう思うよりも先に。
驟雨がごとき隼の群れが、直上から殺到しつつあった。その速度は、ゆうに時速三百キロを超えていた。
情けないね、我ながら。
そう、グレート・マムは自嘲していた。
本作のスペランカーは、滅多な事で相手に怒りを向けません。
彼女が相容れなかった人間は実の母親と、そしてこの作品で扱ったゲリラのリーダくらいです。
邪神ですら許した彼女がそれほどまでに怒りを感じた相手ということです。まあ当然ですが。