オールドアクションゲーム二次創作 作:dwwyakata@2024
風船を使って戦うフィールド探索者アリスは、名門貴族の一つ、シャーウッド家の出身である。といっても、この家は様々な事情から貴族の間からも孤立し、しかも財産も少ない。
だが、従兄弟同士だという両親は常にアリスと弟に言い聞かせていたものだ。
貴族としての誇りを、忘れる事なかれ。
既に民衆の上に立つという役割を喪失した貴族である。そしてかって民衆の上に立っていた貴族どもが、俗悪で、とてもではないが人に誇れるような連中ではなかったことも、現在のアリスは知っている。箸を侮蔑する貴族がいるが、ナイフとフォークなどいうものは数百年前、フランス革命の際に貴族が「民衆との文化的格差」を見せつける使い始めた歴史の浅いものだ。その前には手づかみで料理を食べていたのである。貴族など、その程度の存在だ。F国の革命および大規模な労働者革命の時代を引き起こしたのは、彼らの勘違いと傲慢、それに搾取が原因である。高貴なる義務という言葉が近年復権してきているが、そんなものを行使している貴族など、現実問題としてほぼ存在しなかったのである。
だが、幼い頃はそんな事は知らなかった。
無邪気に両親の言うことを信じて、必死に背伸びして生きていた。帝王教育は何でもかんでもこなした。非常にストレスが溜まる日常だったが、それでも誇りを失わないように、生き方を変えないようにと思っていた。厳しいが、本当は優しい所もある両親のことが大好きだったからだ。
二歳年下の弟は、しかしその生活に耐えられなかった。幼い頃から、泣いてばかりいた。勉強が嫌だ、御習い事が嫌だ。そんな事をいっては、アリスの影に隠れる毎日だった。今になってみれば、背伸びしっぱなしだったアリスに比べて、子供らしい子供だった、という事なのだろう。両親は児童虐待に走るようなことさえなかったが、弟にはある程度の年で見切りを付けたようだった。ある日ぴたりと帝王教育が止まり、のびのびと弟は暮らすようになった。
この日からだろうか。何もかもがおかしくなり始めたのは。
元々無理がある家庭環境だったのかも知れない。アリスと弟の露骨な格差は、今まで盲目的に両親の言うことを聞いていた価値観に罅を生じさせた。泥まみれになって同年代の友達と遊んでいる弟。貴族がどうのと言われることもなく、ごく普通の家庭の子供として、平和な日常を謳歌していた。
それに対してアリスは、毎日遅くまで習い事を行い、学校での成績も常に上位をキープすることを要求された。それも、学校内ではなく、E国の全土で、での話である。貴族としての誇りという言葉は、毎日耳にした。礼儀作法も、弟とは比べものにならないほど厳しく徹底的に叩き込まれた。
何だかおかしいなと、小学校に上がる頃には思うようになり始めていた。周囲の学友も、アリスの異様な家庭環境には気付き始めたようで、距離を置き始めていた。虐めに遭うことがなかったのは、アリスが三歳年上のいじめっ子を軽々と投げ飛ばして、徹底的に叩きのめしたからである。教師でさえ手を焼く凶暴な生徒だったのだが、習い事の一つとしてT国の拳法を習っているアリスにはあまりにもたやすい相手だった。
虐めには遭わなかったが、しかしその事件が決定的になった。学校で、アリスは完全に孤立した。
話し掛けてくる子供は一人も居ない。プライドが高いアリスは一人遊びばかりするようになり、周囲の大人からは心配された。だが、両親は何も言わなかった。孤高こそが上に立つ者の義務と考えているようだった。
心が少しずつひび割れていく中で、さらなる事件が起こる。
学校交流会で、別の学校にいた、貴族の子と接する機会があったのである。
未だにE国では、多大な財産を持つ貴族が実在している。労働者革命が起こりはしたが、貴族が生き残った珍しい国だからだ。何しろ王室がその筆頭なのだから、その事情は推して知るべし、という所であろう。民主的な議会も存在はしているが、その中でもなかなか侮りがたい力を持つのが、E国の貴族なのだ。
その貴族のボンボンは、アリスの家名を聞くやいなや爆笑した。
そして、出自について触れたのである。
「卑しい反乱勢力の物乞いの徒が、偉そうに貴族なんて名乗ってんじゃねえよ!」
次の瞬間、沸騰したアリスは、そのボンボンを投げ飛ばし、マウントになって顔面を三十五回殴っていた。相手が饅頭のように顔を腫らし、完全に戦意を喪失しても、怒りは収まらなかった。相手の親を恐れた教師に羽交い締めにされてもなお、顎を蹴り砕いた程だった。
内臓破裂さえしなかったが、相手の子供は骨折だけで七箇所、十六針縫う大けがをした。流石に問題になったが、しかしアリスの両親がどういうコネを使ったのか、生活が変化したり、転校したりすることはなかった。
だが、アリスも、ついに我慢の限界だった。
少なからず感じていた反発が、ついに歪みの限界を迎えようとした時。
その悲劇は起こった。
そして今、アリスは一人だった。
目を覚ますと、目を擦って意識を覚醒させる。周囲の様子を確認。となりでは、ソファでスペランカーが無防備に仮眠を取っていた。作戦開始まで三時間というのに暢気な話である。もっとも、彼女の実力はアリスも認めている。自分とは違うタイプの戦士だと思って、不満は零さないようにも努めている。
トランクを調べて、触られた形跡がないことを確認。基本的にアリスは、誰も信用していない。ジェラルミンの少し重い特注ケースを持ち歩いているのもそのためだ。多少の攻撃ではびくともしないこのケースに、お財布も着替えも入れている。
薄い胸を上下させて、スペランカーが幸せそうに寝息を立てていた。流石にそろそろ起こさなくてはならない。
「スペランカーさん、起きてくださいませ」
「むー。 アリスちゃん?」
「そろそろ作戦会議の時間帯ですわよ」
「ええっ!」
飛び起きたスペランカーは、ソファから落ちて、顔面から床に着地した。思わず視線をそらしたのは、見ていられないと思ったからだ。
しばらく身動きしなかったが、やがて鼻を押さえてもぞもぞと起き出す。鈍い。だけど、戦闘では頼りになるし、黙っておく。
洗面所に二人で顔を洗いにいく。歯ブラシもコップも自分のものを使うアリスを見て、スペランカーが笑顔のまま喋りかけてくる。
「アンリエッタちゃんの事、信じてあげようよ。 歯ブラシも歯磨きも新品だよ」
「お言葉ですが、これだけは譲れませんわ」
子供用ではなくて、歯磨き粉もとびきりきつい大人用のものを使っている。そういえば、昔も背伸びをしていたが、今はそれ以上なのかも知れない。コーヒーも紅茶も、砂糖もクリームも入れずに飲む。それが習慣になっているのかも知れなかった。
顔を洗って髪の毛を整える。そして、帽子を被った。丸い縁の着いた赤い帽子で、リボンがアクセントになっている。これはアリスの戦闘帽だ。特注品で七つ用意してあるが、消耗品でもあるので、毎度無くしてしまう。しかし、敵を討ち果たすまでは、絶対に無くしはしないのだった。
風船を手にしたまま、ダイニングへ。心がこもった食事が用意されていた。
にこにこと笑顔のまま準備をするアンリエッタは、相変わらずスペランカーにもアリスにも、不作法なまでの好意を向けてきている。きっと、小さな女の子が好きで好きでしょうがないのだろう。スペランカーはもう小さな女の子とは言い難いが、東洋系は西洋系に比べてぐっと幼く見えるから、関係ないのかも知れない。ただでさえ彼女は童顔だ。
テーブルに着く。
地方の家庭料理らしいのだが、やはり調味料などに随分金が掛かっている。パンは焼きたてで香りが香ばしいし、野菜類を中心としたスープと、軽めの肉料理は何処に出しても恥ずかしくない出来だ。アンリエッタははっきりいって同類と言うこともあって虫が好かないが、料理に関しては敬意を表するべきだとアリスは思った。
完璧なテーブルマナーを維持したまま食事を進めるアリスの横で、四苦八苦しながらスペランカーがかちゃかちゃ音を立てていた。
食事を先に済ませたアリスは、おもむろに席を立つと、ソファの側で携帯を取り出す。
今回はまず偵察を行い、状況次第では二人だけの攻略作戦となるが、場合によっては援軍が来る。最初は二人でどうにかなるだろうと思っていたが、今は考えが変わっている。ほぼ確実に援軍が必要になるだろう。
「すっごく美味しいけど、お箸が欲しいなあ」
「あら、スープなのに?」
「それは別。 あ、レンゲがあると嬉しいかも」
「まあ、それはなあに? お花?」
スペランカーがアンリエッタと脳天気な話をしている。
その後ろで、携帯に出たN社の営業と、アリスは深刻な話を始めていた。
「どういうことですの? 現地協力者とかいって、保護対象ではありませんか」
「ガハハハハハ、もうばれたか。 ガキいっても、流石にペロペロキャンデーで誤魔化される年でもねえよなあ」
「本気でいっているのなら、怒りますわよ?」
「冗談だって、そうむくれんな。 テメーの実力を知ってる俺が、本気でガキ扱いする訳がねーだろ、バルーンクラッシャーさんよお」
電話先の相手は、かって、N社のエースフィールド探索者であるM氏と激しい戦いを繰り広げたことで知られるJという営業である。色々と悪事をしていたが、結局犯罪は割に合わないと気付いたらしく、闇の世界の大物である主君「K」から離れて自分から出頭。N社に拾われて、今は営業任務に当たっている。雲に乗る能力と、いざというときは分身を生み出す力があるので、かなり危険な地域でも営業が出来るようだ。
元々下品なやつばらなので正直虫が好かないが、ビジネス上のパートナーである。それに、フィールド探索者の会社が横につなげているコネクションは想像以上に広く深い。あまり彼らとの仲を悪くすると、後に響くから、何も言わずに我慢する。それにしても下品な笑いである。
「それで、援軍の到着は?」
「必要か?」
「決まってるでしょう? スペランカーさんがぐうぐう寝てる間に村を見て回りましたけれど、アンリエッタさんが今まで無事だったのが不思議なくらいですわ」
「OKOK、ガハハハハ。 何、もうすぐ近くで待機してるし、スペランカーとも仲が良い奴だからな。 何か起こる前に、そっちに着くだろうよ」
嘆息して通話を終えた。
後ろではレンゲとは何か、スペランカーがアンリエッタに説明している。しかし阿呆なので、説明が著しく下手で、にこにこしながらもアンリエッタは全く理解できていないようだった。たまりかねたアリスは、咳払いして助け船を出してやる。
「要は大きなスプーンのことですわ」
「それがどうしてレンゲなの?」
「蓮の花びらに似ているからと言う説が一般的ですけれど、スペランカーさん、何を頷いていますの?」
「いやー、アリスちゃん、流石だね」
思い切り脱力した。
とりあえず、偵察任務は此奴にいってもらうのが不安で仕方がない。ただ、偵察任務でしくじったという話は聞いたことがないし、多分戦場で実力を発揮するタイプなのだろう。そう、自分を納得させる。
トランクを開けて、準備を始めるアリスを見て、スペランカーもヘルメットを被り、バックパックを漁り始める。
年上なのだから、リードしてくれるくらいの気概が欲しいと、アリスは思った。だが、もう何か言うのは諦めた。
バックパックを背負うと、スペランカーはまるでジョギングにでも出かけてくるかのように、にこりと微笑む。
「じゃ、出かけてくるね」
「心配はしていませんけれど、油断だけはなさらないようにお願いいたしますわ」
「大丈夫」
不思議と。
その笑顔だけは、どうしてか安心できるのだった。
スペランカーが出て行った後、アリスも玄関に。アンリエッタが後ろで食器を洗っている。
「わたくしも、少し出かけてきますわ」
「夕ご飯までには帰ってきてくださいね」
「……あー、はいはい」
援軍が来るまで、まだ少し時間はある。その間に、この村で起こっていることと、その裏側にあるものを、しっかり見極めておく必要があると、アリスは考えていた。
アリスはもう気付いているようだが、この村はどうもうさんくさい。スペランカーはてふてふと牧歌的な村の路を歩きながら、思っていた。家々から時々、嫌な視線を感じる。欲望に起因するものではなくて、どうも嫌悪に思えてならなかった。もっとも気のせいという可能性もあるが。
少し歩いて村の外れに出ると、F国の軍勢がバリケードを作っていた。スペランカーの顔を見ると敬礼して通してくれたが、どうも表情は好意的とは言いがたい。この村出身の兵士にでも話を聞きたい所だが、多分まともに取り合ってはくれないだろう。それどころか、隙を見せれば何をするかわからない所がある。
そもそも、この小さな村のフィールドに、探索者が三人。しかもあのN社が出張ってきているのである。何かあると気付くのが普通だった。鈍いスペランカーでも、それなりに修羅場は潜ってきているし、それくらいは判断できる。アリスは本当にスペランカーが気付いていないと思っていたようだが、地雷を踏まないように結構冷や冷やだったのである。
森の奥。
障気が渦巻いている。足を踏み入れると、もう空間が違うことが、肌で分かった。
フィールドだ。
ご飯を食べるために、毎度痛い思いをしながら攻略する場所。何百回も死ぬこともある。でも、幼い頃の飢餓地獄はトラウマであり、二度とあんな目には会いたくない。だから、今日もスペランカーは、地獄へ潜るのだ。
不気味に拉げた木々の間を歩く。何度か転んで、そのたびに死んだ。難儀な体質である。でもこの体質は父からの贈り物だし、なによりこれのおかげでご飯にありつけるのだ。
時々、奇怪な叫び声が上がるが、多分警戒音だろう。フィールドの主は、とっくの昔に、此方に気付いている。
森の中に足を踏み入れてしばらくすると、河に出た。とても深そうな河で、しかも流れが速い。森そのものが非常に暗いので、まるでタールが流れているような川の水の質感が、見ているだけで嫌悪感を誘う。見るからにいやな予感がしたスペランカーを嘲笑うように、それが姿を見せる。
魚だ。あまり詳しくはないが、ナマズの仲間かも知れない。口が非常に大きく、全身は鮮やかな極彩色だった。上半分しか見せていないが、どうも様子がおかしい。
河に入れるものなら入ってみろ。
魚は、そう言ってでもいるかのように、背びれを水面から突きだし、見せつけるようにして悠々と泳いでいた。
威圧感は大きいが、スペランカーはどちらかというと、そのサイズよりもむしろもっと何か違う部分でいやな予感を覚えた。ただ、怖いとは思わなかった。
ざわざわと、風の音。葉が揺らされているだけのはずなのに、森が嘲笑っているかのような気がした。濃厚な悪意を感じて、スペランカーはヘルメットを被り直す。この手のフィールドは、人のものにしろ何にしろ、悪意が生成に関わっている事が多い。或いは悲しみや憎しみや、悲劇や絶望が。
川に沿って歩く。魚はすぐに見えなくなった。その代わり、空に点々と何かが見え始める。木の陰に隠れると、それは徐々に近付いてきた。
最初は鳥かと思った。
だが、全部が鳥ではない。人間ほども大きさが、いやもっとある。
遊園地で風船を配っている人形。いや、違う。その質感は、あまりにも生々しい。顔だけが鳥。全身は筋肉質の、男性の肉体だ。服らしきものも身につけてはいるが、腰の部分を覆っているだけである。
魚と同じように、極彩色の羽毛を持つそいつらは、それぞれが手に風船を持っていた。は虫類の感情が見えない目、などと良く言うが、それは鳥も同じである。着地した鳥人間達は、息を殺して様子を伺うスペランカーの前で、甲高い声で何か会話を始めた。
音が高すぎて聞き取れない。だが、どちらにしても、人間の言葉では無さそうだった。
鳥人間は三匹いたが、やがてもう一匹が加わる。引きちぎったらしい、豚の下半身を手にしていた。凄まじいふくれあがった筋肉で、更にそれを引きちぎる。そして三匹は、鶏がミミズを飲み込むように、一呑みにした。
ギャッギャッと声がした。きっと美味い美味いと喜んでいるのだろう。
風船を手に、また空に消える。ため息をつくと、スペランカーはN社に今回支給された軍用トランシーバーのスイッチを入れた。ずっと使っている品なので、どうにか利用は出来る。
「此方スペランカー。 アリスちゃん?」
「状況は?」
「内部は思ったほど酷くないよ。 でも、少し気になることがあって」
フィールドによっては、巨人や怪物が闊歩しているような場所もある。此処はかなりまだマシな方である。普通の人間でも、ある程度は生存が可能かも知れない。
逆に言えば、今回はそれがネックになってくる。
「気になることとは?」
「中で、鳥の頭をした空飛ぶおじさんたちを見掛けてね。 アリスちゃんと同じように、風船を手にしていたんだけれど」
「続けていただけます?」
「引きちぎった豚の下半身をご飯にしていたんだ。 まだ、フィールドの外に、怪物が出たって話はないよね」
アリスは少し考え込む。
スペランカーは、アリスの返事を待つ。相手が一人前のフィールド探索者だから、仕事をする時は対等の相手と考えるべきだと思って、返事は待つ。
さっき見たあの下半身は、猪のものではなかった。明らかに豚である。つまり、スペランカーの結論はこうだ。
「貴方の結論を、先に聞かせていただきます?」
「まだ、フィールド内部に取り残されている住居がある、んじゃないのかな」
「なるほど、村の連中のうさんくささから考えても、あり得る話ですわね。 彼らの発言では、フィールドに取り込まれた家はないし、被害者は出ていない、と言うことでしたけれど」
懐から栄養スナックを出す。食べると他のものを食べる気にもならなくなるチョコバーだ。これから長丁場になる可能性があるから、食べておく。正直、さっきの鳥人間達の様子からいって、もしもの事があったら、事は一刻を要する。
「アリスちゃん。 私、これからもう少し奥まで調べてみる」
「ちょっと、お待ちなさい。 それなら私も行きますわ」
「現地で合流しよう。 アンリエッタさんには、無線で私から連絡しておくから」
地図を拡げると、合流ポイントをを指定。
渋々という感じで頷くアリスの様子を確認すると、無線を切った。
木陰から、向こうを伺う。この様子だと、この地図も疑って掛かる必要があるかも知れない。
アリスちゃんと合流したら、アンリエッタさんの本名を聞いた時、露骨に何かを悟ったらしい理由を聞いておこう。そう思った。
トランシーバーを切ると、アリスはアンリエッタの家の屋根に着地。
俯瞰してみると、冗談のように露骨な作りになっていて、少し呆れた。地図は、一応間違っていない。しかし、微妙に細かい部分に嘘が書いてある箇所が多く、それが全体的に大きな嘘を造り出している。
まるで、貴族の歴史のようだと、アリスは思った。
近年、加熱しすぎた資本主義の影響で労働者階級の地位が下がり、社会的に貴族階級が復権しつつある。そのせいか、「高貴なる義務」などというお題目が広まり始めていて、アリスは辟易していた。貴族の歴史を間近で見ているアリスは、子供だからこそに、思考は苛烈。故に、許せない部分もあった。この村はそれを思わせる。だから腹が立つ。
屋根からふわりと飛び降り、庭に。よく手入れされている、こぢんまりとした庭園である。ピンク色の可愛らしい薔薇がかなり見事に咲いていて、一人で世話をしている割には大したものである。
さて、どうするか。
直接村長の村に乗り込む前に、まずJに相談しておく必要があるだろう。それに、増援と合流した方が良いかもしれない。拳銃やライフルを持った連中に囲まれると、色々面倒だ。
それなりに修羅場を潜ってきているからこそ、わかる。M氏のような例外を除けば、フィールド探索者も人間なのである。そして人間を一番効率良く殺す術を知っているのは、他ならぬ人間なのだ。
スクーターの音。いや、がらがらと引きずっている音が、やかましい。古い車のエンジン音か。これは、やっと到着したらしい。
外に出てみると、錆が車体の彼方此方に浮いた三輪トラックが、アンリエッタの家の前に停車していた。もはや途上国でしか見ないモデルだが、不思議と動きは軽い。見かけはおんぼろでも、中は色々弄られているのかも知れない。後ろにはアジアでよく見掛ける屋台がついていて、色々と商売道具が積まれているようだった。
誰が来るかは聞かされている。スペランカーよりもかなり戦闘向けの能力者で、頼りになる。銃器で武装した人間相手にも、充分な猛威を発揮できるだろう。スペランカーの親友で後輩ということだが、先輩よりも戦闘面での実力は遙かに上である。
車から降りてきた彼女に対し、アリスは歩み寄ると、フィールド探索者の免許を見せて、周囲に気を使いながら、言葉短く、危機の到来を告げたのだった。