オールドアクションゲーム二次創作   作:dwwyakata@2024

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2、闇と光

 

貴族。

 

どんな国にも存在する、あるいは存在した権力階級の一つ。民主主義がスタンダードとなりつつある現在も、様々に形を変えて存在している。米国のパワーエリートなどがその典型例だろう。

 

貴族制度自体が悪い訳ではない。国王の手足として、或いは地方の有力者として、束ね役になりまとめ役になる重要な社会的地位ではある。問題はいつのまにか、社会的に重要な役割を果たしている事が尊敬の理由ではなく。その血筋が尊敬の理由であると、結果と過程が入れ替わってしまうことにある。

 

貴族だから偉い。偉いから高貴な血筋だ。だから、愚民を踏みにじって良い。それが普通の理論になった時、国は滅ぶ。多くの場合民が散々血を流すことになり、復讐の対象となった貴族は自業自得の末路を迎えることになる。

 

ところが、革命が起こっても財産を持って逃げ延びる貴族もいるし、場合によっては上手に社会の変化と折り合いを付けて生き残る場合もある。アリスの故郷であるE国は、その後者の事例だった。

 

そして。

 

その結果、かってありもしなかった様々な事柄が、さも現実のように語られるようになったのだ。

 

悲劇がそれに起因していることを、アリスは知っていた。

 

彼女の家族が、一人残らずいなくなった悲劇が起こったのは、十歳の誕生日を迎えた時のことである。あの日は、土砂降りだった。雷鳴が家の外でとどろいていて、怖い者知らずのアリスも、思わず身をすくめたものだった。

 

E国貴族としてはさほど裕福ではないシャーウッド家も、誕生日にはちゃんとケーキも出る。慎ましやかで幸せな時間。現金なもので、どれだけ両親に反発を感じていても、甘いケーキを食べている間は幸福感の方が勝った。

 

しばらくにこにこ満面の笑みでケーキを食べていると、そとでがたりと大きな音。

 

ジェントル髭を整えている父が、真っ先に立ち上がる。ライフルを手にする父に、母が気をつけるように言った。

 

何もわからずにこにことしていた弟。

 

それが、家族の見納めとなった。

 

正直な話、その時のことを、アリスはあまり詳細に覚えていない。気がつくと、家が燃えていた。

 

父も母も血みどろの肉塊になり、弟は既に姿を消していたのである。

 

手には血だらけのサーベル。確か、父祖が宝物としていたもののはず。そして、足下には、狂気の笑みを浮かべた子供の死骸が転がっていた。少し年上の男。そうだ、あの時、徹底的に叩きつぶしてやった貴族の子供だった。

 

土砂降りの中、爆発音。ボイラーに引火したのかも知れない。アリスはただ、無言で振り返った。呪いの声が、辺り中に広がっていた。

 

コロシテヤル。

 

貴族としての誇りを踏みにじった卑しい豚は、皆コロシテヤル。

 

子供の頭を踏みつぶしても、まだ嬌笑は続いていた。のろわしい、相手を殺すと宣言する声も。

 

それはきっと、人間の言葉ではなかったのかも知れない。

 

警察に保護されたアリスは、自分が不思議な力を使えるようになっていることに気付いた。罪に問われなかった理由はよくわからない。以前の話を詳しく聞き直そうとは思わなかったし、無罪放免ならそれで良かった。そういえば、子供の頭を踏みつぶしたのも、この新しい力によるものだった。幸い、両親の親友の弁護士が財産の保護を買って出てくれたおかげで、今でもある程度の生活は出来ていた。

 

N社に声を掛けられて、フィールド探索者になった時。アリスは営業の人間に言った。

 

弟を、探すと。

 

恐らく生きていないのは、分かりきっていた。だが、今やアリスには、それだけしか目的が残っていなかった。あれほど嫌いな家族だったというのに。帝王学には、内心反発しか覚えていなかったというのに。

 

その気になれば、もう学校にいかずとも暮らせるだけの金はあった。まずしいと言っても、それはE国貴族としての基準なのだ。火災保険で屋敷の修理費も出たし、慎ましく暮らせば一生働かずにも生きられただろう。

 

だがアリスは、学校に通いながら、フィールド探索者を続ける道を選んだ。

 

そしていつの間にか。両親が課していたことよりも、遙かに厳しい帝王教育を、自分に行うようになっていたのだった。

 

もしも、それが後世の作り事で、絵空事に過ぎないとしても。

 

何処かで、アリスは何よりも馬鹿にしている「高貴なる義務」ノーブル・オブリゲーションを心のよりどころにしていたのかも知れなかった。彼女一人しかいない、孤独な心の世界で。

 

目を開ける。

 

まだ、ジュニアハイスクールにも上がっていない年なのに、アリスは何か事を起こす時、必ず精神集中する癖を付けていた。隣に立っているのは、ピンクのバックパックを背負ったフィールド探索者。海腹川背であった。

 

スペランカーと同じくJ国出身のフィールド探索者で、同じように童顔である。ただ体の凹凸は非常にはっきりしていて、プロポーションは白人系のモデルにも引けを取らない。妙なアンバランスさを持つ女であった。これで二十歳だというのだから、恐ろしい話もあったものである。

 

動きやすくするためか、ショートカットに切りそろえた髪に半ズボンという活動的な格好の彼女は、フィールド探索者の中でもバリバリの武闘派である。経験こそ浅いようだが元々の素質が優れている事もあって、機動力においても単純な戦闘力においても相当な次元に達している。既にこの村が相当におかしい事は気付いているようで、愛車で来たことを後悔しているようだった。

 

並んで歩きながら、必要な情報について交換はした。そして今、村長の家の前にいる。スペランカーの負担を減らすためにも、出来るだけ早めの事態決着が必要であった。

 

既に村人がわらわらと集まってきている。村長も、呼び鈴を鳴らす前に出てきた。やかましく吠え立てている犬。このまま修羅場になる可能性もあった。手にしている風船を、心なしか強く握る。

 

「大丈夫。 アリスちゃんには、僕が指一本ふれさせないから」

 

「期待しておりますわ」

 

川背は手にしているゴムつきのルアーを握り込んでいる。これが相当に高次元な機動を可能とする武器らしいのだから、面白い。

 

そういえば、この川背という女、本職は料理人だとか。N社がわざわざ零細に所属しているフリーランス同然の彼女に声を掛けて此処に派遣してきたのは、何か理由があるのかも知れなかった。

 

「おや、あんたが増援かね。 また随分あれな子が来たもんだ。 東洋人は、みんなそんな子供みたいな顔をしているのか」

 

「子供っぽい顔って良く言われますけど、一応成人しています」

 

スペランカーよりずっと手慣れた手つきで、川背が電子手帳を操作して見せる。恐らく何を言われたかくらいは、雰囲気で察したのだろう。村長は露骨に驚いて、口をつぐんでいた。

 

にこりと微笑んでみせる川背だが、元々客商売をしている事もあって、雰囲気が海千山千である。専門的な話は言葉が通じるアリスがせざるを得ないが、充分に頼りになる。胆もかなり据わっているようだった。

 

「さて、説明していただきましょうか」

 

「な、何をじゃな」

 

「この村は、埋蔵金目当てに集まった一族の末裔ですわね。 そしてありかを知っているのは、いえ知っている可能性があるのは、あのアンリエッタさん。 違いますか?」

 

「何を馬鹿な。 確かにあれの名字はロマノフじゃが、ロシア革命の埋蔵金など、夢物語に過ぎぬわ」

 

笑い飛ばしてみせる村長だが、アリスは更にそれを鼻で笑う。

 

「ならばこの村の構造は何ですの?」

 

「な、何の話か」

 

「アンリエッタさんの家は、牢屋と同じです。 全ての家が相互監視しながら、アンリエッタさんの逃走を防ぐ。 それが目的でしょう。 もっとも、あの家の広さから言って、アンリエッタさんではなくて、アンリエッタさんの家族を、だったのかも知れませんけれど」

 

どうやら図星であったらしい。村長の顔色が見る間に変わっていく。

 

これは相当血なまぐさい事があったことは疑いない。

 

「更にもう一つ。 あのフィールドの中に、取り残された家族、或いは家がありますわね」

 

「な、何のことかっ! 何を言っている!」

 

「人の命が掛かっている事ですわ。 まあ、その反応から言って、どうやら確実でしょうけれど。 まさかもうどうせ死んでいるから大丈夫、なんて思っていないでしょうね」

 

川背がきっと左右を睥睨する。童顔だが、修羅場を潜り、客商売をしているだけあって、かなり威圧感が強い。残念な話だが、アリス一人ではこうはいかなかっただろう。所詮は子供であるからだ。

 

だが、子供であっても、大人を揺さぶる方法くらいは知っている。

 

「話さないのならいいですけれど、その場合はわたくしから報告がN社にいくことになりますわ。 違約として今回の料金が跳ね上がるのは確実ですので、覚悟しているとよろしいでしょう」

 

「ま、待て! 待ってくれ!」

 

地面を踏み込むと同時に、能力発動。

 

辺りの地面が、蜘蛛の巣状にひび割れた。どずんと凄まじい音がして、転倒する村人達もでる。川背は発動のタイミングを見切り、跳躍して転倒を逃れていた。

 

危なげなく着地する川背。服の埃を払いながら、彼女はにこりとした。

 

フィールド探索者が一般人に攻撃を加えたり暴力を振るうことは厳しく禁じられているのだが、やむを得ない状況の反撃に関してはそうではない。この場合であれば、川背も証人になってくれるし、充分に言い訳が出来るだろう。

 

何より、村人達はフィールド探索者のルールなど知らない様子である。だから、脅しとして有効である。

 

「僕たちが本気で怒らない前に、話した方がいいと思いますよ」

 

川背は笑顔を崩さない。

 

村長は観念したか、がっくり肩を落として、ぺらぺら喋り始めた。

 

 

 

浅瀬を見つけて、河を渡った。だが、辺りはずっと浅瀬が続いている。山の中の小川としては考えられない規模だ。恐らく、フィールド化した時に、地形も何もかも歪んでしまったのだろう。

 

川背に前聞いたのだが、魚によってはかなり乾燥に強い種類がいるという。ウナギなどは雨が降ると、陸上を這って別の河に移動することまであるという話である。あの巨大な魚が、そうやって襲ってこないことを祈るしかない。何よりこの河は広い。今、敵がスペランカーを発見する可能性は非常に高い。

 

だが、元より鈍いスペランカーである。浅瀬で何度も転んでは死に、息を吹き返してはまた転び。遅々として、河を抜けられなかった。

 

やっと対岸に渡りつく。そろそろ、地図上の合流地点だ。

 

リュックからフラッグを取りだして、ぐずぐずに湿って酷い匂いを立てている地面に刺しておく。一旦此処まで到達したという目印である。フィールドとしては歩きやすい方だが、敵はとっくにスペランカーを発見して、待ち伏せているという可能性も高い。

 

アリスは今頃、後顧の憂いを断ってくれているだろうか。川背がそろそろ来るはずだから、心配はしていないが、それでもあの子は子供だ。大人として扱うようにと自分に言い聞かせてはいるが、それでも不安は拭いきれなかった。

 

今回の探索のために買ったスポーツシューズは、既に泥まみれだ。それも黒い泥ではなく、赤茶けた気味の悪い色である。服もかなり濡れて汚れているが、この靴の汚れが一番いやだった。

 

しばし進んで、やっと泥沼を抜ける。木陰で嘆息して、腰を下ろした。

 

さっきの豚の死骸が気になる。もしも要救助者がいるのなら、急がなければならない。あの鳥人間はとても大きかった。人間なんて、ばらばらに引きちぎってぱくぱく食べてしまうだろう。

 

トランシーバーが震動した。

 

連絡に出ると、緊迫したアリスの声がした。

 

「はい、此方スペランカー」

 

「良かった、ご無事ですの。 何処にいらっしゃいます?」

 

「丁度合流地点の少し北かな」

 

方位磁針を見ながら応える。声は出来るだけ殺しているが、もしもこれも察知されていたら少し危ないだろう。方位磁針が効く事自体が、罠の可能性も低くはないのだ。フィールドの主になる怪物には、とても知能が高い奴も珍しくない。場合によっては、人間以上の事もあるのだ。

 

それにしても、アリスの様子からいって何かあったか。かなりの腕前の戦闘タイプである川背がついている以上、多少の軍隊程度なら相手にならないはずだが。

 

「すぐそちらに向かいます。 出来るだけ動かないでいてくださいまし」

 

「何があったの」

 

「合流してから話しますわ」

 

一方的に通話を切られる。不安を覚えたスペランカーは、リュックからその唯一の武器であるブラスターを取り出そうとして、気付く。

 

視線だ。見られている、ような気がする。

 

辺りを探すと、どうやら図星だった。どうしてか、この村に来てから、いつもは当たらないことも多い勘が妙に当たる。体の中の何かが疼いているかのようだ。

 

無数の光が、二つ横に並んでいるもの、三つが放射状についているもの。スペランカーを遠巻きに包囲している。しかも、数は十や二十ではなかった。痛いのは嫌だなあと思いながら、スペランカーはブラスターをしまい直す。敵の出方をある程度把握して、やっとこれは使えるようになる武器だ。必殺が故に、安易に振り回してはいけない武器でもある。

 

これは中枢に近いか。フィールドの主が、やはり此方を泳がせていた可能性が高いと言うことだ。

 

最悪の展開である。此処で仕掛けてきたと言うことは、それなりに意味があると言うことくらい、スペランカーにさえわかる。相手にとって非常に有利な場所なのか、或いは各個撃破する気なのか。

 

スペランカーの特性を見極められると面倒だ。トランシーバーに叫ぶ。

 

「状況開始! 敵の数、測定不能!」

 

返事はない。

 

向こうも、とんでもない状況になっている可能性が高かった。

 

 

 

枯れ木を蹴って高々と跳躍した川背が、しなったゴムロープを直上に投擲。鳥男の首に巻き付け、更に滑車の原理で枯れ木を中間に使って、一気に引きずり落とす。羽をへし折られ、バランスを崩した鳥男は、奇怪な悲鳴を上げながら地面に落下。ぐずぐずの腐葉土に、頭から叩きつけられた。

 

爆音がする横に、川背は着地。巻き上げられた腐葉土が、クレーターを作り上げる。

 

だが、鳥男は、曲がった首を、その逞しい腕で直しながら立ち上がる。傷口が、泡を吹きながら修復されていく。

 

其処に走り込んだアリスが、踏み込みつつ、左手で掌打を叩き込んだ。そして、能力を発動。鳥男の全身に蜘蛛の巣状の罅が入り、鮮血が噴き出した。緑色の嫌な血は、鳥男の断末魔とともに止んだ。巨体が仰向けに倒れふし、見る間に腐敗して骨になっていく。

 

だが、風船を持ち、彼方から飛んでくる鳥男の物量は圧倒的だ。

 

三匹が、同時に急降下攻撃を仕掛けてくる。以前戦った相手とは言え、こうも数が多いと面倒きわまりない。そして、ルアーつきのゴム紐を使って高機動移動を見せる川背に比べて、どうしてもアリスは瞬発的な移動能力に欠ける。

 

鳥男の足は丸太のような太さで、なおかつかぎ爪もある種の恐竜のように鋭い。アリスが跳躍するのと、わずかにその肩を爪が掠めるのは同時だった。枯れ木を蹴って方向転換したのは、上に待ち伏せているのが一匹いたからである。

 

今度は腿を、鳥男の爪が掠める。だが、返す刀で、鳥男の風船を蹴り割る。真っ逆さまに落ちていく鳥男が、仲間を巻き込んで土煙を上げた。

 

既に周囲は十を超す鳥男に囲まれており、なおかつその数は増える一方だ。スペランカーから戦闘開始の連絡があったが、救援にいく余裕はない。唯一僥倖だったのは、要救助者の事くらいだろう。

 

「はあっ!」

 

叫びながら、また一匹の風船を蹴り割る。きりもみ回転のまま落ちていく鳥人間。真下では、川背が猛烈なドロップキックを浴びせて、再生中の鳥人間の頭を砕いているのが見えた。自分をああやってゴムロープで加速して、砲弾のように撃ち出すことが出来るとは。身体能力が並外れているだけではなく、相当な空間把握能力と、何より度胸が必要だ。

 

「アリスちゃん! 後ろ!」

 

地面に落ちた二匹を再び飛ばせないように、立体的な機動でジグザグに走り回りながら、川背が叫ぶ。

 

能力を展開して、上空に加速。だが、背中に鋭い痛みが走った。鳥男が豪腕を振るって、アリスを叩きつぶそうとしていたのだ。

 

数が多すぎる。呼吸を整えながら、周囲を見回す。敵は更に増援を呼び集めていて、既に十三。また遠くから、二匹が加わろうとしているのが見えた。

 

それだけではない。

 

鳥男の一匹が、大きく胸を膨らませる。いやな予感がしたアリスは、手近な一匹の風船を蹴り割りながら、今度は不意に加速して落下した。

 

鳥男が、無数の雷撃を放ったのは次の瞬間である。それはアリスが一瞬前までいた地点を焼き尽くし、枯れ木を瞬時に数本粉砕していた。

 

下で、鳥男の首をへし折り、また引きちぎった川背も、肩で息をついている。戦闘開始から既に一時間。倒した敵の数は二十を越えた。そして、敵はまだまだ余力を残している。厳しい戦いであった。

 

着地して、今たたき落としたばかりの鳥男の頭を踏みつぶす。頭蓋骨が砕ける感触が、足にもろに伝わってきた。倒した、そう思った瞬間、鳥男の巨大な手が、アリスの胴をつかむ。頭を半分潰されながらも、鳥男は喉から声を絞り出す。

 

「ぎ、がぐげ、ぎゃろおえええええええっ! やくーつく! ぎゃくーつく! ぎろおおおおおおおおお!」

 

「何を言っているか、わかりませんわ!」

 

軋む全身に表情を歪めながらも、もう一度足から一撃を叩き込む。鳥男が断末魔の絶叫を挙げ、脳みそが広範囲に飛び散った。主を失った風船が飛んでいく。

 

戦闘用の安い丈夫な服とは言え、こうも異形の血と内臓まみれになると、気持ち悪くて仕方がない。

 

既に傷だらけのアリスと違い、川背は返り血以外は殆ど浴びていない。この辺り、戦闘面での才能差だろう。疲弊も、川背の方がずっと小さいようだった。もう少し年を取ればと思い、考えを改める。今ある材料できちんと戦うのが、一人前の戦士だ。IFを想定してそれに甘えるなど、素人の行動である。

 

「頑丈だね。 面倒な相手!」

 

「以前交戦した時よりも、強くなっていますわ」

 

「もうちょっとは温存したかったけど、しょうがないか」

 

川背が、立ち上がろうとした一匹の首にルアーを引っかけ、リュックに引き入れる。文字通り吸い込むようにしてかき消したのだ。

 

続けて、もう一匹。体術も優れているが、こんな技も持っていたか。或いは、あのルアーを出した技の延長線上なのかも知れない。

 

空を不吉に舞う鳥人間の群れは、地上の部隊が全滅したのを見届けると、距離を取ってぎゃあぎゃあと鳴き始めた。作戦会議でもしているということか。知能があることは知っていたが、見ていて良い気分はしない。

 

木陰に入り込むとリュックから素早く取りだしたジュースのパックに口を付ける川背を見て、アリスは呆れた。

 

「交戦中に、大した度胸ですわね」

 

「飲む?」

 

「いただきますわ」

 

投げ寄こされたアルミのパックを口に付ける。ゼリーが入っているジュースらしい。J国では変な飲み物を考えるものだと、アリスは美味しいと思いながらも、ちょっと呆れた。

 

川背は屈伸運動をして、酷使した筋肉をほぐし始めている。横目にそれを見ながら、アリスは告げた。

 

「恐らく、敵の本隊はスペランカーさんの方ですわね」

 

「多分ね。 先輩は僕より強いから、大丈夫だと思うけど」

 

「ご冗談を」

 

にこりと川背は笑う。冗談ではないと言っているのだろう。そしてその口調から言って、本気で川背はスペランカーを尊敬していると言うことだ。

 

呼吸を整えながら、ジュースを投げ返す。体の傷は十二箇所。どれも染みるが、致命傷は一つもない。恐らくは、どうにか耐え抜けるだろう。

 

「敵の作戦が決まるのを、待つ事はありませんわ。 今の内に突破しましょう」

 

「……まって、あれ」

 

川背の言ったとおり、アリスは硬直した。

 

何匹かが、ボウガンらしきものを構えているのである。更にさっき雷撃を浴びせてきた一匹が、大きく息を吸い込んでいるのが見えた。新しいルアーとゴム紐を虚空から取り出しながら、川背が敵から視線を外さず言う。

 

「雑魚は任せていい? 大物は僕が潰す」

 

「……どうやら、逃げるにしても、最低あのボウガンは何とかしなければならないようですわね」

 

「その風船、能力の命綱でしょ?」

 

不意に、川背が話題を変えた。

 

意図を悟って、アリスはにやりと意地の悪い笑みを浮かべた。

 

雷撃が撃ち放たれる。川背とアリスが別方向に飛び退いたのは、ほぼ同時だった。膨大な爆煙が周囲を覆ったのは、アリスが逃げる際に地面に能力を叩き込んだからだ。

 

そして、煙が晴れると。

 

其処には二人の姿は無かった。

 

今の瞬間に戦場を離れたアリスは、低空を高速で疾走する川背の背中に掴まっていた。川背はバックパックを小脇に抱えて、アリスを背中に掴まらせ、もしもの時に備えて左腕をつかんでいた。

 

あんな機動をするだけあって、腕力も強い。どっちかといえば小柄なのに、アリスを背負ったまま軽々走っている。

 

「あれ、どう見ても言葉を理解してたものね」

 

「でも、阿呆ですわ」

 

既に敵の姿は後ろにない。

 

完全に撒くことに成功していた。作戦通りである。わざとべらべら作戦の内容を喋った後、その逆を突いたのだ。確かに追撃を受ければ不利だが、一気に引きはがせば問題はない。

 

「それにしても珍しいね。 フィールドって大体オンリーワンの内容が多いから、同じような怪物が出てくるって滅多に無いって聞いたんだけれど。 これも、さっきアリスちゃんが話してくれたことと関係あるの?」

 

「恐らくは。 そろそろ、下ろしてくださいます?」

 

流石に恥ずかしくなってきたのでアリスが言うが、川背は笑ったまま応える。

 

「恥ずかしい? もっと甘えて良いんだけどな」

 

「こ、子供扱いしないでくださいまし」

 

「僕も昔は意地張ってたけど、気にしなくて良いんだよ。 ただでさえ結構傷貰ってるんだから、少し休んでて。 それに、子供を助けるのは、大人の仕事だからね」

 

子供じゃないと言おうとしたが、言葉を飲み込む。ずっと強力な能力を持っているのに、使いこなせていない時点で、子供ではないか。自分に厳しくと心がけているアリスは、己の心に嘘をつけず、結果それ以上は何も言えなくなった。

 

何だろう、この不愉快な気分は。恥ずかしいと言うだけではなくて、何だか凄くもやもやした。

 

 

 

立ち上がったスペランカーは、敵が遠巻きに此方を伺うのを見つめていた。

 

服の袖が、左腕の肩から先が無くなっている。ズボンの方も、もう半分以上持って行かれていた。

 

今度は左腕を食いちぎられた。狼に似た奴だったが、口を血だらけにして、美味しそうに食いちぎった腕を飲み込んだ次の瞬間、爆ぜ割れて上半身を失った。どうと倒れる狼の死骸からは、大量の鮮血が噴き出し続けていた。

 

周囲には、既に十体以上の怪物の死骸が転がっている。最初一斉に襲いかかってきた数体を含めて、皆呪いのカウンターを貰ったのだ。

 

フィールド探索者は、多くの場合特異な能力を持っている。巨大化したり炎を手から出したりするM氏が有名だが、スペランカーもある事件で後天的に強制付与された能力のおかげで、今まで生きてこられた。

 

不老不死の代わりに、頭も体も弱くなる。それが、スペランカーを蝕む呪いだ。

 

そして、スペランカーの体に欠損部分が出るか、悪意による攻撃で体が欠損すると、攻撃者もしくは周囲から欠損部分を強制的に補填する。生体ミサイルや無数の生命や精神体の融合体にはとても相性が悪いが、今のような相手にはまさに必殺である。もっとも、スペランカーからの攻撃手段は一つを除いてほぼ存在しない。運動神経も同年代の並み以下で、武術も何も持ち合わせがないからだ。

 

だが、それが故に。絶対生還者と呼ばれるのだ。

 

血まみれで凹んでいるヘルメットをわざとらしく直すと、泥まみれの地面を歩く。包囲をしている連中が、ざわりと蠢いた。

 

もう一歩進むと、包囲は二歩下がる。互いの顔を見合わせながら、怪物達はスペランカーの動きを見守っている。スペランカーは両手をぶらりと下げたまま、また歩き始める。怪物は下がる。やはり、違和感が大きくなる。頬に飛んだ返り血を、手の甲で擦って落としながら、スペランカーは考えを纏める。

 

此奴らは、普通のフィールドに現れる怪物とは、明らかに違う。

 

意思を持っているのだ。死を恐れて、スペランカーに手出しできずにいる。

 

今までも、意思を持っている奴は結構見てきた。だがそれは大体の場合、フィールドの主か、それに近い立場にいる奴だけである。こういう雑兵が意思を持つというのは、初めての経験であった。

 

村の様子と言い、このフィールドは一体何なのか。アリスはもう勘づいているようだから、合流すれば聞けるだろう。後は要救助者だ。此処やアリスと川背の所にフィールドの主が注意を向けていれば、きっと助けられる可能性は上がるはずだ。

 

「ふん、醜いだけあって、使えぬ奴らよ。 わざわざ生け贄をもって異界の海から呼び出してやったというのに」

 

突然、場に人の言葉が割り込んできたのは、その時だった。

 

思わず足を止めたスペランカーの前に、小太りの男が現れる。ぱつんぱつんの燕尾服をきて、口元に髭を蓄えた、シルクハットの男性である。白人であるからか、まだ若いのか、もう中年なのか、即座に見分けはつかなかった。怪物は男の歩みを妨げないように、左右に分かれる。

 

少し遅れて、その言葉が直接脳に響いてきたことに気付く。下品な笑みを浮かべながら、白人の男性は続ける。

 

「アリスの小便垂れが出てくると思ったが、なんだお前は。 獣臭い、文明を知らぬ卑しき黄色い猿の分際で、私の高貴なる戦場に踏み込んでくるとは身の程知らずが。 とっとと去れ!」

 

「……」

 

差別的な発言に、頭に来る前に呆れてしまう。何だか、さっきのアリスの反応が分かった気がした。多分この男の仕業だと、既に気付いていたのだろう。

 

妄執の果てに人間を止め果てた存在がフィールドを作ったりフィールドのコアになったりすることはある。交戦経験もある。しかしフィールドを作成する生きた人間など聞いたこともない。フィールド探索の仕事を結構長くやってきているが、それでも一度も、である。多分M氏の宿敵である闇の世界の顔役Kでも、そんな事は無理ではないのか。

 

だいたい、この男がそんな大それた力を持っているとは、とても思えないのだ。全体からして小心で小物で、現実を見る勇気もないのが一目瞭然である。天才というのならともかく、そういった人種が持つ一種の狂気も、この男には感じられないのだ。単に力を持ってしまって舞い上がっている小物なのか、或いは。

 

何かに良いように使われている捨て駒なのか。

 

いずれにしろ、これはスペランカーで対処しなければならないだろう。二人の手を煩わせるわけにはいかない。

 

「どうした、去れ猿!」

 

「お断りします。 それに、今の発言からすると、このフィールドを作ったのは貴方、と言うことでいいんですか?」

 

「それがどうかしたか」

 

「だったら、逃がす訳にはいかない」

 

ひくりと、男が口の端を痙攣させた。どうやら態度を露骨に変えたことが、余程かんに障ったらしい。

 

ステッキを取り出す。それで殴打するつもりか。スペランカーはじっとそれを見つめた。というよりも、さっきまで怪物に体を食いちぎられていて平気なのに、ステッキを抜いた男くらいにびびるとでも思ったのか。

 

確かに痛い目に会うのは嫌だが、それはそれ、これはこれだ。出来るだけこの男の注意を引きつけ、出来れば倒してしまう。

 

今、スペランカーは、それをしなければならなかった。

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