オールドアクションゲーム二次創作 作:dwwyakata@2024
もしも、願いが何でも叶うとしたら。
師匠は「知識」と応えただろう。自分の全てを犠牲にしてでも、その貪欲すぎる知識欲を満たそうとした人。そういう印象がある。極端なたとえだが、ウィルを生け贄にしなければならないとなったら。師匠は確実にウィルを生け贄にし、世界の全ての知識を自分のものとしただろう。
師匠とは、そう言う人だ。
ウィルは物陰に隠れて、息を殺しながら、それを思い出す。
もしも全てを失うとしても、師匠は知識を得るためなら、喜んだだろう。例えば、視線の先にいるような姿になってしまったとしても。
視線の先には、骸骨だけになっても動き続ける呪われた戦士達が複数、哨戒に当たっていた。しゃれこうべの頭部には髪が僅かだけ残っており、その無惨な様を余計に強調している。骸骨達の手には、それぞれ様々な得物が握られていた。中東風の曲がった刀シャムシエルを持つ者、J国式の鋭く美しい刀を手にしている者、それにトゥーハンデッドの西洋剣を持っている者さえいる。
よく見ると、彼らはカルシウムではなく、石で出来ていた。
つまり此処で果てたフィールド探索者か、或いは金目当てに侵入した者達の末路という訳だ。石になってもそのままでいてくれるかと言われると、ノーというのが正しい所なのだろう。
やがて骸骨達は、示し合わせて何処かに行ってしまった。
がちゃん、がちゃんという非生物的な足音に、ウィルは首をすくめた。集中だ、集中。自分にそう言い聞かせて、向こうを伺う。
ヤドカリがたくさんいた遺跡を抜けると、洞窟に出た。典型的な鍾乳洞だが、とんでもない深さで、既に数キロは潜っている。しかもどういう事か、遠くに雷鳴のようなものは見えるし、既に異常な物理法則が支配する世界にいるとしか思えない。
此処は、異界の神の土地だという。それくらいは、普通なのかも知れなかった。
ぞわりと、全身が総毛立つのを感じた。
振り返ると、全長四メートル以上はありそうな巨大な芋虫が、此方を見ていたのである。しかも、獲物を狙っているのは確実だ。その円筒形の巨大な口が、鋭い牙を見せつけながら、押し開かれる。
反射的にボンを投げ込む。
後ろでとどろく断末魔の悲鳴に耳を塞ぎながら、ウィルは走る。周囲から、がちゃがちゃと響くのは、此方に気付いた骸骨の戦士達に間違いない。見つかる。連中は、まるで猿のような跳躍を見せ、見る間にウィルとの間を詰めてきた。
かちかちと鳴っているのは、石になった髑髏の顎だ。死ねばああなる。恐怖に足が止まりそうだ。悲鳴を上げながら、ボンをばらまく。爆風に巻き込まれた髑髏が消し飛ぶが、すぐに別の骸骨が現れ、また追いすがってくる。
どうみても生物としての範疇を逸脱しているだけあって、骸骨のくせに動きは速い。生者よりも機動力が高いほどだ。
ぶらんと、目の前に巨大な芋虫がぶら下がってくる。しかも、大量の鳥もち状の粘液をはきかけてきた。飛び下がるが、転んでしまう。
「うわっ!」
情けない悲鳴を上げて、尻餅をつく。
其処までだった。
目の前に、剣を突きつけられる。前にも後ろにも、骸骨の戦士達が、十重二十重の包囲網を作り上げていた。
彼らは逃げ回った挙げ句、爆弾を撒いたウィルに、相当頭に来ている様子だった。
手を挙げるが、分かってくれているかはわからない。骸骨の戦士の一人が剣を向けて何か人間には聞こえない言葉を言うと、大人しく芋虫は天井に引っ込む。途轍もなく巨大化したグロウワームのような生物なのかも知れなかった。それにしては知能がかなり高いようだが。
よく見ると、緑色に輝いている全身は、ルシフェラーゼの光に包まれている。どうやら予想は当たったようである。
「言葉ハ分カルナ。 立テ」
骸骨が威圧的に喋る。人間の言葉が分かるのなら、コミュニケーションも出来るかも知れない。
もう終わりだと思わないように、ウィルはそう自分に言い聞かせた。
M氏が地面を纏めて焼き払い、イソギンチャクも蜂も蝙蝠も、全て焼き肉にしてしまった。暴力的なまでの行動だが、しかし石になるよりはマシである。
そこに、ダーナが術式をかける。床を石で舗装し、ある程度の奇襲を防げるように対処を済ませた。手慣れた動作で、ジョーがキャンプを張る。他のメンバーは、めいめい偵察を開始していた。
草原は一段落して、小高い丘の上に出ている。本来なら麗らかな光景だが、周囲に生えている草が肉食性のイソギンチャクもどきであり、見掛ける生き物がことごとく危険な石化の魔力を秘めていると思うと、とても気楽ではいられなかった。
丘の下には、ギリシャの神殿を思わせる遺跡がある。とはいっても、それを構成しているのはよく分からない丸石で、どうやってあの形に積み上げているのかがよく分からない。相互の接着も、セメントか何かを使っているのだろうか、ぱっと見では判断が付かなかった。
「スペランカー。 おっと、スペランカーさん、というべきかな」
「えっ!? はい」
M氏が凶暴な笑顔を浮かべている。何かろくでもないことを考えているのは、一目瞭然だ。
姿勢を正してしまうのは、M氏がスペランカーとは比較にならない経歴の大先輩だからだ。もちろん、それ以外にも、圧倒的な迫力が相手に備わっているという事もあるだろう。それにしても、まるで肉食恐竜が笑顔を浮かべているかのようである。
「ちょっとあの遺跡を偵察してきて欲しい」
「あ、はい。 分かりました」
「スペランカーどの。 我が輩も同行しようか」
M氏の横暴な行動を見かねたか、アーサーが助け船を出してくれる。だが、この面子の中でスペランカーが出来ることと言ったら、生存能力の高さを利用しての偵察任務か、神的存在に対する必殺の打撃くらいしかない。アーサーは歴戦の猛者であり、強力な能力を生かしての戦闘という花形任務も抱えている。此処は、スペランカーの仕事だった。
「大丈夫です。 無理はしませんから」
「それは頼もしいことだ」
にやにやしているM氏は、咳払いするとジョーの方に行った。単純な戦闘能力はともかく、歴戦という点でこの面子の中でもジョー氏はずば抜けている。M氏としても、様々に相談したい点はあるのだろう。
ジープには、既に何名か石化したフィールド探索者やその装備が積まれている。彼らを回復していたダーナが、ヘルメットを被り直すスペランカーを見て、駆け寄ってきた。
「スペランカーさん、僕も行きましょうか?」
「大丈夫だよ、待ってて」
「貴方の能力のことは知っています。 しかし石化の魔法に対しても、カウンターが働くものなのでしょうか」
「平気だよ」
本当に平気かは分からないが、このおっとりした中性的な少年を、スペランカーは嫌いになれない。だから、心配は掛けたくなかった。
既にアトランティスに潜入してから二日が経過している。まずは地図を作る作業にM氏は終始しており、なおかつ見掛けた生物は根こそぎ皆殺しにしていた。ジープによる惜しみない補給物資の提供もあり、既に日本列島くらいの広さの大まかな地図が完成している状況である。
ただし、この島はオーストラリアの半分ほども面積があり、それでもまだごく一部、という所である。しかし既に拠点として確保している地点にはバンゲリングベイによって追加の補給物資が輸送されてきており、まずは順調、という所であろう。ただし、蜂や蝙蝠に触っただけで石になってしまうので、ジープに積まれている被害者を例に出すまでもなく、既に損害は出始めていた。幸い、死者は出ていないが。
現時点で四つの遺跡が確認されており、それぞれの内部空間は数キロに達するという調査機器類の結果も出ている。それだけではない。超音波探査などで地下の巨大鍾乳洞も発見されている。しかもフィールド内に、更に重異形化フィールドも存在していることが分かってきており、まだまだ此処は入り口だと言うことがはっきりした。M氏の嫌がらせというわけではなく、実際に偵察に行く意味はある。
過去の調査チームの報告書には、これら遺跡の中から、更に並行世界や別フィールドへ通じる路が発見されたというものもあると、M氏は言う。そう言う意味でも、偵察は重要であった。
意を決して、遺跡に向かう。
他の偵察チームも戻ってきている。時々彼方此方でドカンドカンと音がしているのは、何か生き物を見掛けている、という事だろう。触れば石になってしまうのだから、過剰反応も仕方がないのかも知れない。事実N社やC社から精鋭ばかり集めているのに、石になる者が何名も出ているのだから。
荘厳な神殿を思わせる入り口に着く。丸石で作られた円柱は、近くで見ると何処か不気味だった。触ってみると、ちょっとぴりっとした。何か、強い呪いでも掛かっているのかも知れない。
見上げると、丘の上で此方をアーサーとダーナが見ていた。特にダーナの方は、女の子みたいな仕草でこっちを不安げに伺っている。ちょっと面白いと思った。そう言えばあの子は、どうも中性的では済まない雰囲気である。ひょっとしたらと思うが、それは敢えて口にせずにおく。
遺跡の入り口はぽっかりと口を開けており、ある種の深海魚が獲物を誘っているかのごとく、である。
奥は当然真っ暗。ヘルメットは今回ライトつきのものが支給されているので、四苦八苦しながら点灯する。奥の方は、しかし。ライトの光を浴びせているにもかかわらず、光が吸収されてしまうかのようだった。
ゆっくり、慎重に。
渡された地図に、少しずつ書き足していく。ぎょっとしたのは、外から見えている遺跡の外枠と、明らかに内部の空間が一致していないことである。やはり物理法則など、最初から通用しない場所だと考えるべきなのかも知れない。
何か、ぬちゃりと、音がした。
天井から、激しい音とともに何かが落ちてくる。息が出来なくなる。
最初からこれか。絶息して、意識を失う。目が醒めた時には、辺りには粘液が飛び散り、服が再生中だった。ヘルメットも酷く腐食している。
粘液そのものが生物となった存在、だったのだろうか。ライトがかろうじて無事だったので、天井に向けてみて、ぞっとする。
辺り中、その粘液まみれだったのだ。
それらが、一斉に飛び掛かってくる。
これでは、確かにどんなチームを送り込んでも、犠牲が大きくなりすぎるはずだ。また遠のく意識の果てで、そうスペランカーはぼやく。
咳き込みながら、立ち上がる。
全身が酷くだるい。いつもより、復帰時の消耗が大きいようだ。やはり、この島に満ちている魔力とやらが強く影響しているのかも知れない。辺りを見回すと、粘液状の生物が、遠巻きに此方を伺っていた。
服が再生途上なので、胸を隠して、立ち上がる。体中がひりひりする。多分あの粘液が、全て強い酸なのだろう。気持ち悪い。
スペランカーがてふてふと歩くと、粘液状の生物がその分下がる。
頷くと、スペランカーは、遺跡の奥へと歩き始めた。
早速、遺跡の中で戦いの気配がする。
腕組みして様子を見ているMを一瞥したアーサーは、それきり何も言わない。髭もじゃの顎に手を当てて、なにやら考え込んでいる。
同じ年ごろに見える相手と言うこともあるし、ひ弱な自分に良くしてくれていると言うこともある。ダーナはスペランカーが心配でならなかった。能力の特性については聞いているし、魔力を見ることが出来るダーナはその全身を覆う禍々しい呪いには戦慄させられていた。魔法を扱う者の世界では、スペランカーの体を覆っている呪いの凄まじさが時々話題に上がるが、実際に目にすると噂以上だった。あれは、本当にとんでもない神と契約したのかも知れない。
また、偵察チームが怪我人を出して戻ってきた。石になってしまっている。名が知れたフィールド探索者だというのに。
「L、どうした」
「兄貴、すまない。 崖の下を調査していたら、土の下からいきなりばかでかい芋虫が出てきてな」
「焼き殺したか」
「それはすぐに。 ただ、一人石にされちまった」
無言でダーナが解析に掛かる。
同じ石になると言っても、症状にはだいぶ個体差がある。恐らく生物がそれぞれ秘めている石化魔力の破壊力に起因しているのだろう。
此処は地獄だ。水辺に行けば魚が飛び掛かってくるし、草原を歩けば蜂や蝙蝠に石にされてしまう。知的生物も、当然いるようだ。既に偵察チームの中には、半魚人の群れに襲われたと証言する者達も出始めている。半魚人に石にされた人間は、特に石化解除が難しかった。
芋虫にされた人を元に戻す。嘆息しながら首を鳴らすその人は、ダーナなど問題にもならない戦績の持ち主だが。それでも、この島では通用しない部分が多かった。
「兄貴、戦略はこのままでいいのか?」
「しばらくはな。 一旦地上部分を全て探査しておきたいところだが、状況によっては柔軟にうごかなけりゃならんだろうよ」
「しかし、このままだと本当に被害が出始めるぞ。 今回はその若造がいるから、石化した連中も復帰できてはいるが。 それでも粉々にされたら、死ぬしかないだろう」
「何だ、怖いのか」
Lは別に、と呟いてそっぽを向く。
仲がよい兄弟ではないと聞いてはいたが、どうもそれは本当らしい。LはMに対する不満を押し殺しているようにも見えるし、MはMで弟の精神的な弱さに失望を隠せない様子であった。
夜が来る。
時計からすると、丁度昼過ぎの筈なのだが、どうも時間の流れまでもおかしいようだ。キャンプを張って、何交代かで休む。アーサーはダーナのテントの側で見張りをしてくれていた。ダーナには常に手練れが護衛に付くという戦略だから仕方がないとはいえ、少し緊張する。
スペランカーが戻ってきたのは、夜が明けてからだった。
酷くぼろぼろになっている。しかし、絶対生還者の二つ名は、伊達ではなかったという事である。他にもいる女性のフィールド探索者が毛布を持ってきて掛けて上げる横から、Mは無遠慮に話を聞こうとしていた。
「ふん、流石だな。 それで、敵地の様子は」
「非常に危険です。 奥の方は半魚人みたいな人達がたくさんいて、組織的に襲ってきました。 入り口の方もいろんな生物がいて、何回石にされたことか」
「具体的な地図と、敵の配置を見せて欲しい」
必死の思いで生還してきたスペランカーに対する行動に、流石に非難の目を向ける周囲。だが、Mはまるで水を掛けられた蛙だった。毛布を被ったスペランカーにホットミルクを出そうとした女性フィールド探索者に、Mは後にしろと声を荒げた。
この辺りの残虐性が、逆に言えばミッションの成功率を上げているのかも知れない。Mが世界最強と言われるのは、その強力な能力もさながら、この辺りの半分人間を止めているような精神にも要因があるのだろう。
流石に槍を手にしようとしたアーサーを制止する。こんなところで仲間割れを起こしたら、チームは全滅だ。
「ロード・アーサー。 落ち着いてください」
「槍を磨くだけだ。 それにしても、紳士たらんとせぬ男よ。 腕は認めるがな」
しばらく話を聞いていたMは、やがてリンクを呼ぶ。Mとはかなり古いつきあいらしいN社のナンバー2フィールド探索者は、なにやら魔法陣を書き始める。ダーナも横目に見るが、構造が複雑すぎて何をする魔法陣なのか理解できなかった。世界最高の術者の一人だと聞いているが、それも頷ける話である。
跪いてなにやら術を唱えているリンクを横目に、Mが地図になにやら書き込んでいる。そういえば、探索チームを派遣する度に、そうしていたような気がする。冷酷と言っても、歴戦の猛者だ。もちろん、何かしら戦略があって行動しているのだろう。
やっとホットミルクにありついたスペランカーの側に行く。既に治療は全員分を終えていた。
「ダーナくん」
「スペランカーさん、お疲れ様です。 そんなぼろぼろになるまで無茶をして」
「良いんだって。 私にはこれくらいしか取り柄がないから。 みんな色々身を削りながらご飯の糧を得てるでしょ? 私にとっては、自分が痛い思いをすることが、そうだっていうだけ」
アーサーが嘆息する。歴戦の騎士は、戦場で色々なものを見てきているだろう。もちろん、スペランカーの言葉が正しいことも理解しているに違いない。
だが、ダーナはあまり認めたくはない。
この仕事をするようになったのも、せめて誇りとともにありたいと思ったからだ。
だが、不思議とスペランカーが誇りを捨てているようには見えないのだ。著しく我慢はしているようには見えるのだが。
「もう二三箇所だな」
向こうでMが呟いている。ホットミルクを飲み終えたスペランカーが、はあとため息をつく。
「もう出発かあ。 元気だね、Mさん」
「あれの体力は常人と比較してはならんものだ。 我が輩でも、総力戦を挑んで勝てるとはとても思えん」
悔しそうにアーサーが呟く。
世界最強の男は、キノコから作ったエキスを一気に飲み干すと、全員にキャンプを畳むように指示し始めた。
ウィルは手足を縛られて、その間に棒を通され、つり下げられた。
どうもあの骸骨や生物たちは、自分の意思で石にするかしないかを切り替えられるらしい。かといって安心できない。これでは、まるで未開人に運ばれる御馳走のようだからだ。彼らの主君が、人肉を好まないという保証は何処にもないのである。
洞窟の奥へ奥へと揺られていく。
よく観察してみると、骸骨達は決して人形という訳ではない。途中此方には聞き取れない言葉で会話しているし、面倒くさげに頭を掻いたりもしていた。或いは、人間だった時の習慣や意識が残っているのかも知れない。
洞窟を出る。
麗らかな平原とはまるで無縁の、恐ろしい場所に出た。
まず、空が真っ暗である。だというのに光があり、どうしてか周囲を見ることが出来る。辺りにあるのはイースター島のモアイ像やピラミッド。しかも、どれもが本来のものよりもぐっと大きい。
師匠の学説を思い出した。
師匠によると、人間の脳内にはアーキタイプともいうようなものがあるという。各地の神話がにかよるのは、何も文化的な流れが社会全体を覆っているから、だけではない。文化的に隔絶したはずの地域にも、そういったアーキタイプの影響を受けている文明が存在しているからだ。
師匠の学説には、常に干渉者という言葉が出てくる。
人類の歴史に影から関わり、干渉し続けてきた何者か。時々気紛れに文明を与え、その奇形的な発見を嘲弄とともに見守り、やがて飽きたら捨ててしまう。そうして、不可解な壊滅と消滅を遂げた文明が幾つもある。
神は決して人間を愛して等いない。
玩具として、愛でているだけだ。
その冷笑的な学説は、当時反発を様々な方向から受けた。学会からも相手にはされなかったし、宗教系の勢力からは暗殺者まで送られたという。だが、師匠は何処吹く風であり、その学説を裏付けるためにも、アトランティスに向かうとウィルに言った。アトランティスであれば、実際に師匠が考えている神に遭遇できるかも知れない、というのが理由だった。
自分の命など二の次三の次である。師匠にも家族がいないこともなかったのだが、そちらともとうの昔から絶縁状態だったと聞く。ウィルも反対したが、聞く耳など持ってはもらえなかった。
孤高と言うよりも、社会と関わる事自体に向いていない人だったのだろう。
今、ウィルが助けに向かっているのも、たった一人の肉親だと言える存在だからだ。だが、師匠は来たウィルを見ても、煩わしそうな顔しかしないような気もする。なんだか、全てが暗い方向へ、思考が進んでしまう。
やがて、不意にどすんと下ろされた。
自分が生け贄を捧げるアステカのピラミッドのようなものの前に運ばれて来たことに気付いて、ウィルは呻いた。
アステカの文明では、太陽は生け贄を捧げ続けないと運行を停止すると信じられていた。そのため、戦争までして生け贄の人間を確保していたほどである。もっとも、生け贄になるのは名誉なことだとされていて、スポーツをして勝った方が生け贄にされる、というような事もあったそうだ。
だが、ウィルはまだ死にたくないと思う。あの形状のピラミッドで、同じ事が為されるのだとしたら。
もがく。
しかし縄の結び目は非常にきつく、とても逃げられるものではなかった。
「逃ゲラレルナドト思ウナ」
機先を制して骸骨が言う。周囲には巨大な芋虫が複数、獲物を狙う毒蛇のように蠢きながらウィルを見ていた。
こういった原始的な生物にとって、待つという行動は全く苦にならないはずだ。ウィルが逃げる機会は完全に失われた。
骸骨達が、かちゃかちゃと音を立てながら去っていく。
何とか縄だけでもどうにかしないと。
遠くで凄い雷の音がした。身をすくめるウィルの側で、芋虫が涎を流している。美味しそうな獲物だと、ウィルを見ているのは明らかであった。
幸いにも、ボンは取り上げられていない。リュックもまだ背中にある。
どんな生物でも眠るはずだ。あれだけ大柄の生物だと、どうしても心身のリフレッシュが必要になるはずで、必ず時間さえあれば隙が出来る。心を落ち着かせれば、きっと活路だって見えてくる。
師匠は冷酷な人で、見込みがないと思えば以降は教えてくれなかった。だから、殆どは自力で習得した。ウィルは頭が良い方ではなかったし、覚えも遅かったからである。時々師匠がウィルを見る冷たい目は忘れないだろう。
だが、それでもウィルにとっては親なのだ。
転がされたまま、ウィルは必死に縄抜けの方法を考える。縄さえ抜けてしまえば、勝機はまだあった。
スペランカーは三つめの遺跡に挑戦させられていた。やはり不思議な丸石を素材として使っている。柱や壁も、全てが、である。
それで崩れてこないのだから不思議だ。ヘルメットの明かりを向けると、天井までもがそうなっているので、落ちてこないか怖くて仕方がなかった。
アーサー達には告げていないのだが、遺跡の奥まで見てきたら、其処に置いてくるように言われているものがある。見た感じはちょっとごてごてと色々装飾が着いた棒のようなものだ。
M氏の腹心であり、N社のナンバー2フィールド探査者である魔法剣士リンクが作ったものらしい。ソナーのようなものだとM氏は言っていたが、そんなものがどうして必要になるのかはよく分からない。
ざわざわと、遺跡の奥から足音がする。
とても人間のものとは思えない。奇妙なうなり声のようなものも聞こえてくる。
時々、生活臭を遺跡の中で感じる。此処で生活している者達は、案外幸せな生活を享受しているのかも知れない。というのも、争いの形跡が全く見られないからだ。外敵に対して襲いかかっているだけで、ひょっとして侵略者はスペランカー達の方ではないかと、M氏の暴力的なまでの火力殲滅を見ていると思ってしまう。
しかし、ダゴンと同じ気配を、奥の方から感じるのも事実である。そうなると、決してこの島の支配者は善良な存在ではないだろう。
柱の陰に隠れて、様子を見る。もちろんヘルメットのライトは消した。息を殺して隠れていると、現れたのはミイラ男だった。数はどう見ても数十はいるだろう。動きは鈍く、手を前に出したまま、のたり、のたりと辺りを歩き回っていた。
「気配があったのはこの辺りか」
「ああ。 西の遺跡も侵入者がいて、かなり損害を出したらしい」
「神がお怒りになるな」
「ああ、面倒な話だ」
意外に流ちょうな言葉が聞こえてくる。しかもどういう訳か英語である。手元にある電子手帳には、しっかりと英文が表示されていた。
驚いたのは、ミイラ達が明らかに神を喜ばしく思っていない、ということだ。ひょっとすると、彼らと何かしらの方法で協力が出来るかも知れない。殲滅だけが路ではないと、すこしだけ思うことが出来た。
ミイラの一体が腰を下ろす。別のミイラが差し出したのは石か。とにかくそれを口に入れ、ばりばりと噛み砕き始めた。他のミイラ達は、めいめい別々の方向に散っていく。
「ああ、うめえな」
「三十年ものだ。 結構見つけるのに苦労したぜ。 上流から流れてくる量も、少しずつ減ってやがる」
「難儀な話だ。 神が政権交代したってのも、本当らしいな」
「前の神さんは邪悪だったが気前は良かったからなあ。 今度の神さんはどうもけちくさくっていけねえや。 とはいっても、反抗しても勝てる相手じゃねえしなあ」
自虐的な笑いが、ミイラ達の口から漏れる。何とも人間くさい連中であった。石のようなものも、実際には何か別の物質なのかも知れない。
スペランカーは柱の影にそっと棒を隠すと、その場を後にした。
M氏は今の話を聞いても、容赦などしないだろう。何だか敵が気の毒に思えてきた。もしも彼らが神と呼ぶ恐らくは異星の存在を倒せば、どうにか出来るのだろうか。そうも思えない。
戦争は残酷だ。いつも犠牲になるのは弱い者ばかりだ。
やりきれないと思いながら、帰路を急ぐ。途中何度か巨大な芋虫に襲われたり半漁人に噛みつかれたり蝙蝠に噛みつかれたり軟体生物に溶かされたりしたが、いずれも相手が怪我をするだけで終わった。
でも、服は元に戻らない。芋虫に丸呑みされたのが特にいたかった。何というか、お外はあまり歩きたくないほどに痛んでしまっている。
多分侵入してから三十七時間ほどが経過しただろうか。どうにか、外に出ることが出来た。
出口に到着して、陽の光を見ても、どうしても気は晴れなかった。
M氏はスペランカーを見ると、また早速質問を始める。ぼろぼろのスペランカーに同情してくれる人もいるのだが、お構いなしという感じだ。一応見かねたSという女戦士が毛布を掛けてくれるのだけは許してくれた。とても優しすぎて、涙が出るほどである。
向こうではアーサーが額に青筋を浮かべてくれているのがせめてもの救いか。でも、アーサーのことを尊敬しているスペランカーでも、それは出来れば止めた方が良いと思う。熟練の戦士にて圧倒的な強さを持つ騎士であるアーサーだが、それでもMには歯が立たないだろう。
「ほう? それは本当か」
意外な所に、Mが食いついてきた。さっきのミイラ達の話である。
冷酷非情なMにも人間味があるのかと思ったら、しかし一瞬後に裏切られる。やはりMはMだった。
「敵から内通者を募ることが出来れば、より戦いが楽になるな。 リンク、今の話をどう思う」
「僕も同感です。 敵が内紛で頭数を減らしてくれれば、突破作戦も容易になるでしょう」
何だかいやな予感がする。
今だ探索段階なのに、突破作戦とか言う単語が出てきている時点で、何かろくでもないことをM氏が考えているとしか思えない。
そしてそれは、間もなく現実となった。
一旦探索が停止される。戻ってきた戦力を一晩掛けて回復させて、それからM氏は皆を見回しながら言う。
「これから、突破作戦を開始する」
「何を。 何処で」
不快感を隠さず、アーサーが応じる。
C社のトップエースである可変型戦闘ロボットRが出てきていないことからも分かるように、N社が今回の探索ではイニシアチブを取っている。とはいってもナンバー2のアーサーや歴戦のジョーが出てきている時点で、C社も主導権を好き勝手にさせない気なのは明白だ。
それに、アーサーは今までスペランカーに対してM氏がしてきた横暴に一番腹を立ててくれている。それも原因の一つだろう。
「まずは聞け、騎士アーサー。 今まで、偵察チームにこの棒を撒いてきて貰った。 これはなんだと思う」
「独特の魔力周波を放っているようですが……」
スペランカーの隣で、不安そうにダーナが応じる。今まで石化解除の魔法を大量に使ったため、疲弊で顔が青い。
スペランカーも色々酷い目に遭ってきたが、ダーナもかなりこの島に来てから酷い目に逢いつづけているようで、同情してしまう。
「まあ、一言で説明すると一種の魔術的なソナーだ。 しかもリンクが作った、もの凄く複雑な仕組みの、な。 これで、今まであの魔法陣を使って、この島の構造を、魔術的に、立体的に組み立てて調べていた」
にやりと、Mが笑う。
多分、誰も気付いていなかったことが快感なのだろう。歴戦の猛者達でさえ、今までこのような絨毯爆撃的な探索に意味があるのだろうかと口を揃えていたのである。戦略はあるのだろうとは推察していたが、まさかこのようなことを言い出すということは、既に解析が完了したと言うことなのか。
「リンク、説明しろ」
「はい。 僕と、N社の構築チームが作り上げたスパコンが解析した結果、この島は七重の多次元時空構造になっていることが分かりました」
「多次元時空構造?」
「一言で言うと、空間がパイの皮のように積み重なっているんです。 遺跡の中で落雷が起こる広い空間が観察できたり、突如砂漠に出たチームもいたそうですが、それも当然の話です。 早い話が、七つの世界がこの島の上で混じり合っていると考えてください」
アーサーが腕組みして頷く。
最初のベースに、バンゲリングベイが追加投入してきた物資の中に、大きな箱があった。それが多分スパコンだろう。それにしても、よく調べたものである。リンクの調査能力は認めざるを得ない。
「そういえば、魔界に近い空気も感じる。 それでか」
「はい。 外に無線が通じないのも、魔法的な事よりも、むしろ時空間的に通じていないからです。 行方不明になった過去のチームの幾つかも、そうやって次元の断層に落ち込んでしまったのでしょう」
難しい話である。小首を捻るスペランカーに、もう一度ダーナが噛み砕いて説明してくれた。
それでどうにか理解できたが、それがどう突破作戦につながるのかは、まだ分からなかった。
「そこで、我々としては、その構造を逆利用します」
「壁に孔を開けると言うことか」
「流石は騎士アーサー。 サーの称号を受けているだけのことはありますね」
にこりとリンクが笑う。どうしてか、裏を感じてしまう笑顔だ。造作的にはとても感じがよい筈なのだが。
この場に来ているフィールド探索者の中にも、空間操作系が何名かいる。川背が使う空間接続は決して珍しい能力ではないのだ。彼らの力を借りて、パイの皮を剥くように、強引に正面からアトランティスを潰すのだという。
「言うまでもないことだが、パイの皮の中心にこの島の支配者がいる。 奴を潰せば、長年海を漂い、多くの人間を死地に連れ込んだアトランティスの伝説は終わることだろう」
Mは自信を湛えて、凶暴な笑みを浮かべた。
そうなると、此処からは正面突破だ。今まで面に対する攻撃をしていたのを、いきなり点への攻撃に絞ることになる。
今まで愚直に探索を続けていたのも、恐らくはこれの布石だったのだろう。スペランカーはようやくその辺りが理解できて、却って安心してしまった。
「流石だ。 世界最強の名を欲しいままにするだけのことはあるな」
「でも、安心しました」
「ん? スペランカーどの、どうしてだ」
「これで一気に勝負が付く可能性が高いって事ですから」
できれば、あまり犠牲は出したくない。
それが、あのミイラ達の会話を聞いた今、スペランカーが正直に思うことだった。
ピラミッドの前にウィルが転がされてから、しばらく時間が経った。
相変わらず人食い芋虫たちは周囲を見張っているが、まるで他の動きはない。骸骨達も、ぱたりと姿を見せなくなった。
最初恐怖で胃が焼け付くようだったが、しばらくすると落ち着いてくる代わりに、腹が減り始めた。リュックは近くに転がされている。ボンも入ったままだ。いざとなったら、食事をするより先に、隙をつかなければならないだろう事も、ウィルを憂鬱にさせた。
当然、排泄の欲求もある。縛り上げられたままでは、そのまま垂れ流すしかない。
場合によってはそれも覚悟していたとは言え、益々気分は沈んでいった。
「あ、あのー」
人食い芋虫に話し掛けてみる。芋虫は首を揺らして、不意に獲物から話し掛けられたことで警戒している様子だ。
最初はそれで黙ったが、もう一度話し掛けてみる。どうせ殺されるのなら、多少は待遇を良くして貰っても良いはずだ。それに、相手が油断していれば、隙だって突きやすいだろう。
「縄、ほどいて貰えませんか。 その、排泄をしたいんですが」
言葉が通じる訳無いだろうなあとウィルは思っていたが、意外な展開になる。
空間に穴が開いて、其処から何体か、骸骨が現れたのだ。彼らはウィルを一瞥すると、縄をほどく。ただし、ほどいている以外の骸骨は、全員がウィルに武器を向けていた。
そのまま、谷に連れて行かれる。ピラミッドの裏手は文字通り千尋の谷になっていたのだ。何でこんな危ない場所に、ギザのもの以上のピラミッドを造ったのだろうとウィルは思ったが、よく見ると違う。
地盤が、崩壊したのだ。
ピラミッドはかなりの技術で作られている遺跡であり、地盤の調査から、正確な測量までもが取り入れられている。現在でも、分かっていない技術も使われていた可能性が高いとさえ言われているのだ。特にエジプト式の高度なものが有名だが、南米式も相当に高度である。
そんな技術が取り入れられているのに、このような危険な場所にピラミッドを造る訳もない。
「其処デシロ。 変ナ真似ヲシタラ突キ落トス」
「あ、はい。 すみません」
これでは、逃れる術もない。人間に監視されているわけではないとはいえ、非常に不愉快だった。
とりあえず排泄を済ませると、また後ろ手に問答無用で縛り上げられた。食事もさせて欲しいと頼むが、こっちは無視された。だが、この間に、ウィルは手の中に、ボンを幾つか落とすことに成功していた。
骸骨達が、また空間の孔に消えていく。
今のではっきりしたが、彼らはどうもウィルを即座に殺したり御馳走にしたり石にする気はないらしい。そうなると、長期戦を考慮して、ある程度作戦を練ることが出来る。若干選択の幅が広がって、ウィルは安堵の嘆息をすることが出来た。
行動を起こすとしたら、何か突発的な事故が起こった時だ。敵の混乱を突くのが一番確実だろう。
ろくでもないことをまた考え始めてしまうので、頭を振って追い払う。ウィルは、師匠に良く言われたものだ。蜘蛛を見習えと。
必要とあればいつまででもじっとしていて、いざというときは稲妻のように動いて敵を襲え。
師匠は、どうしているだろうか。
ウィルは縄の様子を確認しながら、そんな事を考えていた。