オールドアクションゲーム二次創作 作:dwwyakata@2024
リンクが絶望的な報告をMにしているのを、ウィルは側で見ることになった。
「二時間半もかけて、やっと出た結論がそれだと!?」
「申し訳ありません、M。 しかし、これは事実です」
居場所は、あっさり特定できた。今、七層の内第六層に来ているという。つまり後一枚を破れば、敵の本拠地に肉薄できると言うことだ。それ自体はいい。もう二枚だと誰もが思っていたから、朗報だと言える。
問題は、もう一つの事実だった。
壁を破るまで、およそ三十七時間。それが、リンクの絶望的な報告であった。
「三十七時間だと!?」
「はい。 今度の次元の壁は、とんでもなく強固です。 そもそもフィールドという非常に不安定な状況だから壁を破って内側に肉薄できていたのですが、まるで何百年も安定している空間のようでして」
著しく拙い事はウィルにも分かる。そんな時間、敵が此方を発見できないとはとても思えない。此処は既に敵本拠のすぐ側であり、しかもさっきの超常的な攻防を見る限り、どうみても敵側の戦力は二十万を越えている。その全てが、触った相手を石化し、なおかつ一部に到っては歴戦のフィールド探索者を一撃で戦闘不能に陥れる火球を放つのだ。
そして、何よりさっきの統率が取れた動き。あれだけの軍勢でありながら、此方の弱点を把握して、確実な勝ちに向けて動いてきていた。指揮官は並の手練れではない。師匠が言っていた、異星の邪神というのは、本当なのかも知れない。
「結論を急ぐ必要がありそうだな。 いっそ、空間を破るのを諦めて、探索を進めて、敵本拠への路を探すか」
「それとも此処で息を潜めて体力を温存し、最後の決戦にかけるか」
「実は、気になることがあってな」
アーサーが挙手する。歴戦の騎士は、眉根を曇らせていた。
「なぜ、一気に二層を抜けた。 これは罠という可能性は考えられないか」
「充分あり得る話だ。 相手は異星の神だろう? どんなことをしてきてもおかしくはない」
「でも、神さまの気配はまだ感じません」
スペランカーが妙なことを言う。小首を傾げるウィルの横で、彼女はなおも続けた。
「私達と戦ったダゴンさんは、因果律、でしたっけ。 何だかすごいものを操作したり、空間をきりとったり、ブラックホールを造ったり出来るようでした。 その神様に近い存在なら、そもそも私達の浸透を、どうして今まで阻んでいたのかよく分かりません」
「ふむ、そうなるとイレギュラーケースの可能性もあるな」
「いずれにしても、此処で待っているのは自殺行為だ。 敵の軍勢の数はさっき見ての通り。 座して死を待つよりは、進んで活路を開くべきだな」
そうなると、ジープは高い確率で置いていくしかなくなる。
この辺りはクレバスも多く、岩も転がっている。ジープでは行ける距離に限界があるだろう。
無言でジョーが重要な物資だけをおろし始めた。無事な者達の内、屈強な戦士達がそれを背負う。
しばらくMとアーサーは話し合っていた。如何に仲が悪いと言っても、それぞれ世界を代表する実力者である。それに戦士としての力量はともに超一流。戦場での判断については、互いの意見が聞きたいのだろう。
やがて結論が出たらしく、アーサーがウィルを見て言う。
「一つ我が輩から聞きたい。 そなたの能力は? なんら力もなく、アトランティスまで乗り込んできている訳ではあるまい」
「僕の能力は……。 っ、呪文増幅です」
「ほう?」
本当は言いたくなかったが、仕方がない。ウィルはしぶしぶ、己の能力を明かした。
ウィルの能力、呪文増幅。あらゆる呪文を増幅して、発動する魔術なり呪術なりの威力を上げる、というような便利なものではない。非常に制限が多い面倒な能力である。
まず、増幅できるのは、最低でも数百年を経たいにしえの術に限られる。それも、現在詠唱中の術式ではだめで、何かしらの物体に込められたものでないと使用できない。それら条件を満たした石版なり道具なりに触れると、かって使われた呪文を過去にさかのぼって増幅し、発動した術式を己の能力に追加することが出来る。
強みもある。この追加能力は永続式と言うことだ。もちろんウィルが人間である以上追加できる能力には限界もあるだろうが、今の時点でそれはない。ただし発動には、また面倒な条件が必要にもなってくる。
師匠を助ける時のためのとっておきだったのだが、これでは仕方がない。骸骨戦士達に囲まれた時にも、能力は展開しなかった。場を打開できるものが無かったと言うこともあるのだが、それ以上にやはり切り札として伏せておきたかったのだ。
「それで、どうして僕の能力を?」
「これから、突入部隊を編成するのだ。 空間に孔を開ける作業は諦め、本隊とは別に一気に敵中枢にせまる戦力を選抜する。 周囲を偵察して、敵本拠へ迫る路を探す。 そのためには、全員の能力を把握する必要があるからな」
作戦にはスペランカーも加わるという。さっきみた不可解な能力が関係しているのだろうか。
アーサーとジョーが敵を散らして突破口を作ると言うことだが、それでも心許ないという事で、ウィルが呼ばれたのだろう。
「M氏は?」
「本隊を率いて別行動だそうだ。 何か思う所があるらしい」
「しかし、敵中で兵力を無為に分散することになりませんか」
それはもっともとってはいけない戦略の一つの筈だ。ウィルでもそれくらいは知っている。
アーサーは、にこりと髭だらけの顔で笑う。
「あー、そうさな。 今なら別に話しても構うまい。 さっき我が輩とMとで話をして決めたのだが、どちらかが敵の首魁の所までたどり着ければいい」
「そんな」
「そう言う勝負だ。 邪神が何者であろうと、我が輩かMが其処までたどり着ければ、かならず討ち取ってみせる。 だが、敵の物量に押し切られればそれで負け。 もう一チームくらい、邪神に肉薄する戦力があれば良かったのだが、どうもそうはいかぬでな」
アーサーの言葉に悲壮感はない。そうだ。この男は、ずっとこんな戦況で、戦い抜いてきた、という事なのだろう。
ジョーが点検していたアサルトライフルを構えて歩き出す。
スペランカーがヘルメットを隣で被り直していた。この四人だけで、敵の中枢へ一気に先行するという事だ。
或いは、ウィルを此方に混ぜて、厄介払いをしたかったのかも知れない。
遠くでは雷がとどろき続けている。まるで真夜中なのに、辺りが明るいことも、不気味さを後押ししていた。
「覚悟は良いな」
「……はい」
このままで良いのか。
師匠を助けるという目的は、確かにある。だがこれほどの戦士達が命を賭けて、邪神の撃滅に向けて動いている中、自分はこれでいいのか。
忸怩たるものを、ウィルは感じる。
四人が進み始める。スペランカーは見ていると歩くのでさえ危なっかしく、アーサーが盟友として頼む部分をどうしても感じられない。途中何度かすっころび、しばらく停止して、また起き上がって歩き始める。
ふと見ると、時々転んでいるのに、すりむいてもいなければ打ち身も作っていない。不気味だった。
ふと、大地が途切れている。
深いクレバスの中を覗き込むと、星が輝いている。異常な空間に背筋が寒くなった。
「ふむ、迂回するか」
「僕に、任せてください」
ウィルは決意とともに発言すると、リュックから小さな石版を取りだした。
この能力を展開する時に、必要な条件。媒体の内容を正確に覚える必要がある。模写したか、或いは精巧な媒体の模型に触れる必要がある。
そして最後に、能力の発動を、周囲に見せる必要があるのだ。
暗いクレバスの上に、徐々に雲の路が出来ていく。それはやがて質感を伴い、ほどなくしっかりした白い道に生まれ変わっていた。
「二百キロくらいまでの重量になら耐えられます。 急いで渡ってください」
「うむ、だいぶ時間が短縮できるな」
ジョーが最初に渡り、向こう側から手を振ってくる。
すぐに全員が渡りきる。念のため、雲はその場に残しておくこととした。
闇の中を進む。途中、スペランカーが足を止める。
「あっちから、嫌な気配がします」
「ならば、我が輩達はそちらに進むことにするか」
アーサーが不敵に笑みを浮かべると、ジョーも同意して頷いた。
気配はそれほど強いものではない、という。だから、何時間も歩く。途中何度か休憩を入れる。不安定な足場であり、時に先行したアーサーがスペランカーを引っ張り上げたり、ジョーが皆に警戒を促し、移動中の骸骨の群れをやり過ごしたりもした。
既に敵はこの周辺に集結を開始しているようである。遠くの稲光も強くなる一方で、一度などは至近に落ちた。
周囲は洞窟のようなままかわらず、時々鍾乳石もある。問題はそのサイズで、まるで小山のような大きさのものもあった。物理法則が、根本的に違う世界なのかも知れない。
河もある。だが、流れている水は青く濁っていて、飲めそうには思えなかった。時々魚が跳ねている。だが、魚は骨のようにも見えた。
丸一日が経過しても、同じ光景は変わらない。
一旦三時間ほどの休憩を取る。大きな鍾乳石の根本に、入り込めそうな孔が見つかったからだ。何かの獣の巣穴だったのかも知れない。少なくとも今は、周囲に気配はなかった。
「見張りにつく」
「交代で休もう。 我が輩は先に寝ているぞ」
ジョーは無言で孔の外に出て行った。スペランカーは疲れ切っている様子で、奥でころんと横になると、すうすう寝息を立て始める。しかし、ひ弱なのなら、あれだけ歩けば足は豆だらけで、痛くて寝るどころではないはずだ。あの時、ヘルメットを叩き割られて死んだようにも見えたのに。それに関係しているのだろうか。
「お前も寝ておけ」
「騎士アーサー、貴方は」
「安全を確保できたらな。 食欲があるなら、食べておくといい。 スペランカーどのの持って来たJ国の缶詰はなかなか旨いぞ。 正直、我が輩の祖国の料理よりも、ずっと美味いくらいだ」
「……ありがたくいただきます」
缶切りが無くても開けられる構造の缶詰。技術の無駄遣いをしているようで、ウィルはちょっと眉をひそめてしまった。それにさっきスペランカーに缶詰を貰って食べたのだが、それも面倒なので黙っていた。
さっきとは違う缶詰である。中に入っていたのは魚の煮付けのようだが、骨まで食べられる。味も決して悪くはない。缶詰としては破格のおいしさだ。軍用レーションの凄まじいまずさを知っているウィルは、むしろ呆れてしまった。
「騎士アーサーは、どうしてスペランカーさん、の事を信頼しているんですか?」
「うん? どうしてだ。 お前も散々助けられただろう」
「それは、そうですが。 鈍いし遅いし、頭だって」
「そんな事で図ることが出来る相手ではないと言うことだ。 まだ若いから無理もないが、人を見る目は養った方が良いぞ」
一刀両断である。缶詰を食べ終えると、アーサはは壁に背中を預けて目を閉じる。
むっとしたが、しかしウィルも分かってはいるのだ。忸怩たる思いの一部は、あのスペランカーの行動を見ていて感じている、と言うことは。
師匠は。
捕まっているどころか、この島を支配しているかも知れない。そして優れた知識を得られる可能性を手に入れたら、ウィルを躊躇無く使い捨てるだろう。そう言う人だ。家族だと思っているし、向こうだってそうだろうが。しかし、家族でも、躊躇無く捨てる人なのだ。
何のために自分は此処にいるんだろう。
ウィルの焦りは、更に大きくなっていった。そうなってしまうと最悪で、悶々として眠るどころではなくなってしまった。
眠れず、三時間はあっという間に過ぎる。じっくり寝ていたスペランカーは気力をしっかり回復していた。
冒険なら、自分の方がこなしているはずだ。
そう自惚れていたウィルは、眠れず体力を回復できなかった自分とスペランカーを比べてしまい、ますます落ち込むことになった。初陣の小僧も同然の失態である。まだ十代とは言え、師匠に連れられて冒険自体は何度もこなしているはずなのに。
自分が情けないと、ウィルは思った。
既にM氏の部隊とは、連絡どころではない状況に来ている。向こうが大軍に包囲されていても何も出来ないし、その逆もしかり。
大きな鍾乳石が、まるで城壁のように連なっている。その向こうには、なにやら人工物らしい建物が見えた。
「嫌な気配を感じるな」
「はい。 ドンドン強くなってきてます」
鍾乳石の影で、アーサーとスペランカーが喋っている。
既に此処に来てから、四十キロくらいは歩いたか。何度も休憩を挟んだとはいえ、意外に進んでいない。いや、広さから考えると、存外に近いと言うべきかも知れない。
一旦周囲を探って回る。建物は四キロ四方ほど。ギリシャ建築を思わせる巨柱が全体を支えており、丸石で構成された神殿とは雰囲気が違う。しかも黒を基調としているため、闇色の空の下で、保護色のようにとけ込んでいる。
敢えて言うなら、ギリシャ式の神殿に比べて、ずっと禍々しい。
その建物の入り口から、ぞくぞくと半魚人の群れが行軍していく。数は数千はくだらないだろう。それぞれが三つ叉槍のトライデントを手にしている。
多分、M氏の本隊が見つかったのだ。
進撃していく半魚人達の視界の影から、神殿に潜り込む。
見ればおぞましい彫像が多数飾られていた。蛙のように歪んだ顔。師匠に聞いたことがある。イン何とかいう、魔の影響を受けた存在だ。魚のような顔に、目が多数ついているものもある。見ているだけで気が狂いそうな造詣だ。
「この彫像、ダゴンさんだ」
「えっ?」
「聞いてなかった? この間戦ったんだよ。 やっぱり、異星の神々の島だって言うのは本当みたいだね」
「我が輩も報告は受けている。 何万回と殺されたのだろう?」
スペランカーは頷くと、てふてふと何事もなかったかのように奥に歩いていく。
何万回も、殺された?
訳が分からない。ジョーが肘で小突いてきた。疑問より先に奥へ進め、という事なのだろう。
神殿の奥は広い作りになっていて、彫像に隠れながらなら、充分奥へ進める。ジョーに頭を掴まれ、態勢を低くするように呟かれた。半魚人が二人いる。いずれもがトライデントで武装し、しかも首から笛を提げていた。ホイッスルのように、吹くタイプのものだ。あれに触られたらおしまいだ。下手をすると、あの数千が一斉に反転してくるだろう。
辺りを探るが、丁度奥へ続く通路の前に立っていて、とても死角を突ける状況ではない。
隣で、ジョーがリュックを下ろし、狙撃銃を組み立て始めている。あまりごついタイプではないが、距離は数十メートルであるし、どうにかなるだろう。スコープを付け、膝を立てたまま、ジョーが引き金を引くまで、三十秒ほど。恐ろしく手際が良い。
ホイッスルが、砕ける。というか、半魚人の腹に、見事着弾。
半魚人の頭も、続けて吹き飛んでいた。
発射音はほとんどしなかった。無言でアーサーとスペランカーが出て、半魚人の死体を引きずって戻ってくる。物陰に隠すと、すぐに通路の奥へ。その間に、ジョーは狙撃銃をしまい、リュックを背負い直していた。異常に手際が良い。
「此処からは時間との勝負だ。 後の敵は見つけ次第蹴散らすぞ」
「し、しかし、この奥に何もなかったら」
「その時はその時に考えるさ」
やはり、劣等感は晴れない。
通路に出た。
感じる。
奥の方から、より大きな気配がある。人間とか動物とか、大型の怪物とかの気配は全く読めないスペランカーだが、これは肌で理解できるのだ。
スペランカーの呪いの主の、同類がいるのだと。
「暗いな。 しかし、此方から懐中電灯のビームライトは避けたいが」
「僕がやります」
ウィルが、リュックから石版を出す。そして、能力を発動した。
一気に、辺りが明るくなる。
既に周囲には、点々と半魚人達の死体が転がっている。アーサーとジョーが片っ端から撃ち抜いたのだ。時々散発的に半魚人が現れるが、いずれも位が高そうな、ごてごてした衣服を身に纏っている。
そして、どの半魚人からも、邪神の残り香がした。
磯の香りがするような気がする。
周囲には生活感の溢れる部屋がたくさん。兵士達は、多分此処とは違う地域で生活しているのだろう。中を覗くと書物が多く、さっきまで執務をしていたような所もあった。丸机に置かれたままのペンとインクを見ると、今行った戦いで、彼らの生活を奪ってしまったことがよく分かる。
不意に振り返ったジョーが、アサルトライフルを腰だめして撃つ。そういえば、さっきからマガジンを替えているのを見ない。これがジョーの能力なのだろうか。槍を持った半魚人の兵士達が、正確無常な射撃に、次々打ち倒される。ウィルは部屋に飛び込むと、辺りの本を見て、リュックに詰め込んでいた。
「これは凄い! どれも伝承にしか出てこないような本ばかりです!」
「駄目。 罠とかにかかっちゃうよ」
目の色が変わっているウィルの腕をつかんで、部屋から引っ張り出す。既に戦いは終わっていた。だが、アーサーの表情は険しいままだ。そろそろ、敵が組織的な反撃に出ると、精悍な騎士は言った。
「さっきよりも敵の集結がかなり早い。 いつまでも黙ってやられてはいないだろう」
「ええっ! もう少し、本を物色したい……」
ぎろりとジョーに睨まれて、ウィルが黙り込む。まあまあとスペランカーが宥めると、ジョーは舌打ちした。
「貴様のことは認めているが、あまり子供を甘やかすな」
「ごめんなさい。 ほら、謝って」
ウィルは露骨にむくれるが、しかし言われたままあたまを下げてくれた。ほっとするまもなく、前後の通路に、敵影が現れる。後方に向け、ジョーが無言で射撃を続ける。そして手榴弾を放り投げた。
伏せる。爆音がとどろき、無数の破片が周囲に飛び散るのが分かった。
「ガス室の脱出で手榴弾の扱いは慣れているが、この爆音だけはどうしてもいやなものだな」
「急いで!」
ウィルの手を引いて、前に。一足早く突撃したアーサーが、右に左に半魚人を切り払っている。その手練れは凄まじく、一人として二合目を渡り合える半魚人はいなかった。後ろで続く規則的な射撃音。的確に屍を積み上げながらも、ジョーは確実に後退しつつある様子だ。
アーサーが不意に飛び下がる。スペランカーはウィルの手を離すと、無言で前に跳びだした。
一斉に半魚人達の口から、鬼カマスに似た魚が飛来したのはその瞬間である。数十匹が全身に突き刺さる。仰向けに転倒したスペランカーは、意識が吹っ飛ぶのを感じた。
目を開けると、半分程度えぐり取られた鬼カマスの死骸が、辺りに点々としている。アーサーが、剣を鞘に収めていた。アーサーが今の瞬間に詠唱した術式で、まとめてなぎ払ったらしく、通路は黒こげになっていた。半魚人の死骸も、炭同然になっている。
「すまんな。 我が輩単独でも対処は出来たが、ウィルに当たると思ったのだろう?」
「いつつ、やっぱり何回やってもなれませんね。 怖いし痛いし。 アーサーさんを信じていなかったわけじゃないんですが、体が勝手に動いてしまって」
アーサーに手を貸してもらって、立ち上がる。
後ろで、青ざめたままウィルが立ちつくしていた。怖がらせてしまったと思って、スペランカーは宥めようと思ったが、少年は首を横に振った。
「ち、違います。 情けないです!」
「え? 情けないって、どうして」
「あんたたちと覚悟が違うって事は分かってました! でも、それに甘えてた! ほ、本当に、す……!」
「それ以上は言わないで。 もう良いから。 今は、此処を生きて突破して、抜けることを考えよう?」
少年が乱暴に目を擦り、涙を落とす。
後ろでは、まだ散発的に突撃銃の射撃音が響き続けている。ひゅっと音がして、地面に三つ叉の槍が突き刺さった。
「後ろの戦力は、恐らくは引き返して来た連中だ。 このままだと押し切られるぞ」
「ジョー殿。 殿軍を頼めるか」
「あまり無理は効かんぞ。 弾は大丈夫だが、俺は魔法の類には抵抗能力がない」
手榴弾を、ジョーがまた放る。アーサーは平然と爆音を聞き流しながら、耳を押さえて地面に伏せているスペランカーの上で雄々しく頷いた。
「分かった。 我が輩が、責任を持って路を拓く」
「貴殿の騎士の約束には千金の価値があるな。 任せるぞ」
小僧と、ジョーが声を張り上げる。リュックを乱暴に投げ落とす。
「数日分の食料が入っている。 お前が担いでいけ」
「は、はいっ!」
「武器も入れてあるが、それは置いていけ! お前には使えまい」
スペランカーもリュックに飛びついて、中に詰め込まれていたいろんな武器類を出す。ウィルは二つリュックを担ぐことになるが、男の子だし、どうにかなるだろう。
アーサーは既に、前方の安全を確認し、来るように手招きしている。
「生きて、また会いましょう」
「当然だ」
言葉短く、ジョーは応えた。そして、一つの戦闘機械と化した歴戦の傭兵を後ろに、スペランカーは、顔つきが変わったウィルと一緒に走り出した。
やっと、ウィルはもやもやの原因が分かった。
覚悟の違いだったのだ。
この人達は、覚悟が出来ている。状況次第で手を汚し、場合によっては自分が傷ついても味方を助ける覚悟が。
自分は何処か、それが出来ていなかった。きっと、だから骸骨の戦士達にも遅れを取ったのだ。
温存すると言いながら、能力を使いもしなかった。あれを出し惜しみしないで最初から使っていれば。
走りながら、石版を取り出す。体が軽くて仕方がない。隣をぽてぽて走るスペランカーは、前で鬼神のように暴れ回っているアーサーに視線を固定しながら、言った。
「やっと、本気になれそう?」
「ええ!」
前の方で戦っている数十の半魚人。剣を振るい槍を繰りだし、空中に無数のトマホークを出現させて投擲し、さらには焼夷弾並みの火力を持つ松明を辺りにばらまくアーサーの凄まじい武勇は彼らを一歩も寄せ付けない。だが、スペランカーの能力も、連中に対処するには向いていない。走りながら、壁に手を突く。
そして、術式を発動しながら、後ろにボンをばらまいた。
目を閉じる。
目を開け、全ての半魚人の体内に、ボンを転送。
握り込んで、発動ワードを唱えた。
「爆っ!」
アーサーが飛び退く。数十の半魚人が、内側から消し飛び、内臓と骨と鱗をまき散らす。空間転送。ウィルが使える技の中でも、もっとも強力な一つ。ただし、相手が発動の瞬間、ウィルに攻撃できる位置にいて、なおかつタイムラグが生じるのが弱点だ。
それでも、半魚人はまだまだ現れる。しかし、今の隙に詠唱を終えたアーサーが、今度は槍を突き出しながら術式を展開。通路が瞬間的に焼き尽くされ、辺りに焦げ臭い香りが漂った。
通路を、走り抜ける。
巨大な黒い孔。恐らくは、あれが最深部への通路。スペランカーの言葉は、正しかったことになる。
アーサーが進み出る。最深部を守る敵は、半魚人だけでも数百。ミイラも数十はいる。骸骨の戦士達も、数多くいた。
其処は広いホール。無数の円柱が立ち並び、しかし壁は真っ黒になっていて見えない。空には、雷が走っているのが見えた。まるで宇宙空間に、二列に柱が立ち並んでいるかのような異常な光景である。
その中、整然と並ぶ半魚人とミイラ、それに骸骨。彼らは整然と隊形を組み、剣を向けているアーサーをねめつける。
「我らの聖域をなぜ侵す、人間!」
孔の下に立ちつくす、今までで一番豪奢な服を身に纏った魚人が言う。他より一回り大きく、長い顎髭を蓄えたその魚人の目には感情が見えないが、物腰には威厳が備わり、長年一族を束ね挙げた長としての貫禄があった。
「この島は、今まで多くの人間の血を吸ってきた」
「それは、お前達が侵略を仕掛けてきたからだ!」
「一理あるな。 だが、お前達が崇める異星の神が、どのような所行をしているか、知らぬ訳でもあるまい。 我が輩は、その邪悪なる神を討ち取りに来た」
半魚人の長老は口をつぐむと、憐憫の目でアーサーを見た。
スペランカーが進み出ると、長老は目を見開く。ウィルは、今は信頼を持って、隣にいる小柄でひ弱に見える女性を見つめていた。
スペランカーは言葉を選んだ。相手を辱めないようにしたかったからだ。
「もしもあなた方が抵抗を放棄するなら、攻撃はしません」
「貴様、さてはこの島で恩を受けたものか」
「いえ、この島には来たこともありません」
「しかしその力は、明らかに先代の支配者である……」
長老の言葉は聞き取れなかった。クルールーとかクトゥールーとかいうのが近かったような気はするが。更に、長老は瞠目して、全身を振るわせた。その視線は、熱さえ帯びて、スペランカーに注がれている。
「それに、ダゴン様の力も感じる! お、お前は」
「通してください」
「……長老、行かせてやろう」
ミイラの一人が、半魚人の長老を見上げる。
剣を既に下ろしている骸骨の戦士もいた。半魚人達にも、戦意がない者が少なからずいるようである。
「俺達の仲間を散々殺したのは気に入らんが、はっきりいって今の神さんはもっと気に入らん。 側に控えている人間どももな」
「ども?」
眉をひそめる。
今、人間ども、と言ったか。一人ではないと言うことなのか。
もしそうだとすると、一人は予想が付く。この間F国でダゴンやクトゥヴァと戦った時に、裏で糸を引いていたらしき人物。最初は保護対象として接触した人物。アンリエッタ・ロマノフ。
素朴な雰囲気の平凡な優しい女性に見えた彼女は、だがしかし高確率でダゴンらを操っていた張本人だ。もっとも、ダゴンの雰囲気から言って、どうも利用されていた、だけの可能性も強いが。
問題は「ども」の部分だ。他にも邪神を操作できるような人間がいるというのか。そうなると、かなり面倒なことになるかも知れない。いつでも、一番怖いのは人間だと言うことを、スペランカーは知っている。
長老の半魚人は、首を横に振る。大きく嘆息すると、此方に背を向けた。
「戦おうにも、これでは戦にならぬ。 好きにするが良い」
「勇気ある決断、我が輩は感服した。 必ずや寛大なる処置をとる」
「ふん……」
「一つ、聞きたいことがあります!」
不意に、ウィルが前に出た。そして、さっき不満を零したミイラの前で、懐から慌ただしく写真を取り出す。
不思議な雰囲気の人だ。若いようにも老いているようにも見える。小柄な男性で、髪は金属的な銀。目つきは鋭く、赤黒いサングラスの奥から、此方を睥睨しているようだった。
「もしかして、人間の一人は、この人ではありませんか?」
「ああ、此奴だ。 色々な名前があるとか嘯いていやがったな。 昔はゴンベと名乗っていたこともあるそうだ」
「間違いない。 師匠だ」
「師匠だと?」
ミイラがぼやく。アーサーが、ウィルを見て呟いた。
「無駄足か?」
「いえ。 予想の、範囲内です」
「いざというときは斬るが、構わぬな」
僕が、その時は。そう、ウィルは言った。