オールドアクションゲーム二次創作   作:dwwyakata@2024

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アトランティスの暴君にて、クトゥルフの跡を継ぎしもの。

血戦が開始されます。


5、決戦

かってない敵の大軍勢を前に、Mは口の端をつり上げていた。

 

ジョーが置いていったジープを移動させたのは、背後を突かれる恐れがない崖であった。退路もないが、しかし全方位から攻撃されるよりマシという判断である。壁も床も、念入りにダーナに石で舗装させた。これで地下からの奇襲は防ぐことが出来る。

 

何処とも無く現れた敵の大軍勢は、もはや算定不能。確実に十万は超えている。

 

リンクは剣を抜き、戦いに備えて構えを取っていた。他の手練れ達も。ダーナも魔法の杖を構えて、多少青ざめながら敵を見つめている。

 

敵はおよそ七百メートルほどの距離を取り、扇形の陣を組んで、此方に相対していた。火力を最大限集中するための陣形である。また、空には無数の飛翔生物の姿が見える。

 

あの時、Mはアーサーと話した。

 

スペランカーを連れて、敵の本陣に乗り込んで欲しいと。

 

N社の調査では、スペランカーは異神の呪いを受けている。その影響か、どうも異神そのものの気配を感じることが出来るらしいのである。人間や動物の気配は全く読めないのに、面白い女である。

 

つまり、奴なら邪神への最短距離を見つけることが出来る。

 

再三偵察に行かせたのも、それが目的だ。しかし表層では、気配をあまり感じなかったらしく、その手の報告はなかった。業を煮やしたMは、リンクに空間の壁を破らせたのである。

 

此処はもう最下層に近い。此処なら、まず発見できるとMは踏んだ。そして実際、スペランカーは気配を感じた。

 

歴戦のジョーも、それに潜在的な可能性があるウィルも連れて行って欲しいと頼んだ。アーサーは渋々ながら話を引き受けてくれた。

 

美味しい話を、アーサーに譲った理由は一つ。Mの方が、気配が大きいからだ。より敵に察知されやすい。

 

今まで散々派手に暴れたのも、この時のためである。敵に、Mの圧倒的破壊力を見せつけるためだ。アーサーが路を拓けば、スペランカーは必ず異神を討ち滅ぼして見せるだろう。

 

それに、手柄を譲った訳でもない。アーサーが邪神を滅ぼそうが、スペランカーが倒そうが、総指揮を執ったのはMなのだ。史上誰もが成し得なかったアトランティスの壊滅を成し遂げた英雄。

 

既にあらゆる戦場の名誉を得ているMにとって、今欲しい称号は、これくらいしかなかった。

 

「超過勤務手当は出るんだろうね」

 

不満そうに女戦士Sが言う。Mは鼻で笑いながら応じた。

 

「グアムに一月ほど、別荘つきで出してやるわ。 恋人とともにでも行って来い」

 

「あいにくだが、特定の相手はいない」

 

ヘルメットのバイザーをSが下げる。敵軍は、距離を保ったまま動かない。前衛のミイラ部隊は、既にいつでも火球を放てる状態にあるのだが、仕掛けてこようとはしない。

 

何かあったのは明白だ。

 

Mも、構えを取ったまま動けない。敵の数は算定不能。Kの放った大軍勢でも、此処までの威圧感はなかった。

 

だが、それでも心は滾る。

 

Mが、戦士であるが故に。敵の雰囲気が変わった。仕掛けてくるつもりだ。Mは凶暴な笑みを浮かべると、肩を掴んで、腕を回した。

 

「さあて、始めるとするか」

 

 

 

闇の孔の中、飛び込む。

 

その先は、案外静かな空間だった。巨大な石造りの部屋。周囲を見回していくウィルは、二つのものに視線を止めた。

 

一つは、青い巨大な顔。

 

魚類にも見える。人間にも似ている。耳は少し尖っている。

 

隣を見ると、スペランカーがリュックから玩具みたいな銃を取り出しているのが見えた。つまり、彼奴がアトランティスの支配者、と言うことだ。アーサーも、既に視線をその巨大な顔から外そうとはしない。

 

確かに、見ているだけで全身が震え上がるようである。そして、もう一つ。

 

顔の下に、見覚えがある人がいた。

 

「ようこそ、私が指揮統率している異神の領域に。 ほう? 懐かしい顔がいるな」

 

「自身の弟子に対して、もっとまともな言葉はないのかな」

 

「暇つぶしに育てた弟子に、親愛の情などあると思うのか。 君は確か騎士アーサーだったか。 肩書きに相応しい、温い脳みそだな」

 

「その少年は、貴様を実の家族と慕っていた。 それについて、貴様はどう思う」

 

別に何もと、師匠が応える。ああ、いつもの師匠だと、ウィルは思った。

 

アーサーは舌打ちする。ウィルの方も、師匠の方も見ようとはしない。

 

「わが輩達は、あれの相手で手一杯だ。 あっちのゲスは、お前でどうにか出来るな」

 

「やって、見ます」

 

「一つ聞いておくが、あれで正気なのだな」

 

「昔から、師匠はああいう人でした。 知識のためには百万死のうと知らない。 自身の利益のためなら、核兵器を撃つことだって厭わない」

 

でも、ウィルは望んでいた。

 

此処で師匠を助けて、礼を言われることを。笑顔で、お前は私の自慢の息子だと、言ってくれることを。

 

現実を見なかった。甘えていた。だから、今までウィルは子供だったのだ。

 

きっと、越えるべき壁を見つめる。

 

師匠は、純粋すぎる。

 

だから単身、欲求を解消するためにアトランティスに乗り込んだ。そしてこの様子では、目的のものを手に入れたのだろう。

 

だから、笑っている。今までウィルが見たこともないほどに、満面で。

 

「ウィル、こっちへおいで。 一緒に不老不死の研究をしよう。 そして全てのことを知ろう」

 

「僕はどうせモルモットでしょう」

 

「光栄に思うがいい。 私の研究がいつも完璧であることを、その成果が偉大であることを、お前は知っているだろう」

 

「……」

 

無言で、ウィルはリュックを投げ捨て、上半身をはだけた。

 

隣にいたスペランカーが、眉をひそめる。

 

上半身に刻まれた、無数の入れ墨。そして埋め込まれた宝石類。入れ墨は複雑怪奇な呪文を定着させる効果を発揮し、宝石はそれを増幅する。これが。ウィルの特異体質の正体だ。

 

後天的な能力。最初に師匠がウィルにしたことが、これだった。そしてこの激痛と拒絶反応に生き残ったから、ウィルは師匠の側にいることが許されたのだ。

 

普通の家族の愛情なんて知らない。物心ついた時には、既にスラム街を彷徨っていた。

 

だから、普通に扱って貰うだけで嬉しかった。例え、どんな恐ろしい実験につきあわされたとしても。無謀な冒険で、荷物持ち代わりにされても。戯れに与えられたボンを、ズボンのポケットの中で握りしめる。

 

貴方は、僕の唯一の家族。

 

だからこそに、今此処で、止めなければならないのだ。

 

「馬鹿なことを言っていないで帰りますよ、師匠。 そして、罪を償って貰います」

 

「なん、だと。 お前、誰に向かって口を利いているか、分かっているのだろうな」

 

「もちろん、僕が貴方に言っています」

 

口の端をつり上げた師匠が、ポケットに手を突っ込む。

 

再び手が視界に現われた時。それは大きな宝石を握りしめていた。

 

師匠の特殊能力は不老。ただしこれに不死は備わっていない。逆に言うと、師匠はその能力に頼らず、己のポテンシャルと発明品、それに知識のみで、腕利きの二つ名を手にしたほどの男なのだ。

 

しかも、ウィルの手の内は、あらかた師匠に知られている。

 

勝つためには、知られていない切り札を用いていくしかなかった。

 

「子供には躾をしなければならないことを忘れていた。 我ながら、うっかりものだ」

 

師匠の顔から怒りは消え、満面の笑顔が戻っていた。

 

 

 

アーサーは、巨大な敵面から、片時も視線を外さなかった。

 

否、それは違う。外せないのだ。

 

側で見ているスペランカーにも分かる。これは、尋常な相手ではない。ダゴンと同等か、或いはそれ以上に見える。

 

「名を聞こう、異星の神。 我はアーサー。 騎士なり」

 

返答はない。いや、頭の中に、直接名前が浮かんできた。ゼム・ズロ・ザヴィーラ。それが、あの顔だけの魔神の名前であるらしい。

 

邪悪で残虐であっても、ダゴンは卑劣な存在ではなかった。此奴も同じで、わざわざ名乗り返してくる所を見ると、結構律儀な存在かも知れない。

 

作戦は、ただ一つ。

 

アーサーが作った隙に、至近でブラスターを叩き込む。ただそれだけだ。

 

念じてみる。

 

「貴方は、どうしてこの島にわざわざ余所の星から来たのですか。 ダゴンさんは食事だと言っていましたが」

 

「それは我も同じだ。 我が目的は、質がよい食事の確保である」

 

返事があったので、驚いた。アーサーも目を見張り、眉をひそめていた。

 

中空に浮かぶ巨大なザヴィーラの顔は、微動だにしない。ただ、脳に言葉が直接跳んできている。

 

「人間の文明に干渉したと、ダゴンさんは言っていました。 貴方も」

 

「そうだ。 お前達が畑を耕すように、人間を効率よく増やすため、知識を与えた。 もっとも、この世界ではイレギュラーケースが多すぎて、お前達のような異物があまりにも多く生じてしまったようだが」

 

すらすらと、ザヴィーラは応えてくれた。ダゴンと同じく、紳士的な存在らしかった。人間を捕食対象と考えていることまで一致しているようだが。

 

「帰っては、いただけませんか。 あなたの目的は分かりましたが、私達もむざむざ食べられる訳にはいきません」

 

「拒否する。 我は長き時間、上司の命によりこの作業を続けてきた。 そして上司がいない今、ようやく力を独占する好機が巡ってきた。 お前達は人類でも屈指の精鋭だと分かっている。 だから、まずはお前達を血祭りに上げることで、捕食行動の足がかりとする」

 

「もういい。 スペランカーどの」

 

アーサーが、名乗りを上げた。

 

「騎士アーサー、推して参る! 人間として、貴殿の捕食を見過ごす訳にはいかぬ! いざ来られよ、邪神ザヴィーラ!」

 

その、名乗りが終わるやいなや。

 

視界が、真っ白になった。

 

吹き飛ばされたのだと気付く。アーサーが、即応して、剣を振るうのも見えた気がした。

 

地面に大きなクレーターが出来ている。上がっている煙は酷く有毒のようで、何度もすっては息絶えて、また蘇生する。アーサーは己の鎧を金色に輝かせ、槍を投擲。次の光と相殺した。

 

中空で、巨大な爆発が巻き起こる。

 

アーサーが光を纏う武器を投擲しながら走る。ゆっくり動きながら、ザヴィーラはその全てを迎撃してたたき落としていた。口から火球が出ているのではない。空中から突如として出現しているのだ。それも、直径十メートル以上はありそうで、しかも青色の高熱を纏った炎である。

 

見る間に、巨大な広間の温度が上がっていく。

 

頭を振って立ち上がると、スペランカーは走り出す。敵は頭上十五メートル以上というところか。ブラスターの射程はせいぜい十メートルで、しかもへっぽこなスペランカーの腕では、最大距離での命中は難しい。ザヴィーラの足下に近付く。後ろから見ると、丁度お面のように凹んでいるのが分かった。

 

まるで、仮面が空を舞っているかのようだ。

 

がぼりと、嫌な音。

 

仮面が二つに割れる。ただし、左右でも縦でもない。虫が脱皮するように、分厚い仮面が同じ形に、二枚に別れたのである。

 

一つは茶色く、もう一つは青い。

 

二つの仮面の間には、粘液に塗れた触手が大量に蠢いていた。

 

顔を背けたくなるような音とともに、触手が千切れる。アーサーが放った大量の斧が、根こそぎにしたのだ。

 

見る間に、青い方の仮面が、再び厚みを増していく。

 

茶色の仮面が、アーサーを押しつぶそうと落ちてきた。無言で伝家の宝刀エクスカリバーを引き抜いたアーサーが、一刀両断に茶色の仮面を斬り伏せる。模造品という事だが、それでも先祖の秘宝に匹敵する力という。真っ二つに切り裂かれた仮面は、おぞましい臭気をまき散らしながら消えていく。

 

と、思ったが。

 

臭気が形を為し始め、無数の人型が辺りの中空で姿を現し始めていた。

 

いずれもが目も鼻も口もなく、ひたすらに真っ黒である。何となく分かる。あれは多分、ミイラ男達と同一の者だ。

 

「スペランカー殿、我が輩の側に」

 

「アーサーさん!」

 

「正直、巻き込まれずにいられる自信がないのでな」

 

今度は大量のナイフが、中空に出現する。アーサー、全力である。光を纏ったナイフが、出現したばかりの人型を貫く。それはレーザーのように青い光を放ちながら、ジグザグに空中を蛇行し、滅茶苦茶に黒い人型を引き裂いた。

 

だが、青い仮面が嘲笑うようにして、また分裂を始める。

 

さらには、引き裂かれた人型は、今度は無数の目玉になって地面に落ちてきた。それぞれがミミズのように胴体を生やしていき、昆虫のような声を挙げ始める。

 

「ほう。 さながら悪夢のような光景だな。 だが、魔神の腹の中で戦ったこともあるこの騎士アーサー! 並の悪夢などには屈指はせん!」

 

今度は十字架をアーサーが出現させる。

 

目映い光が辺りを照らし、蒸発させていく。だが、青い仮面は平然としていた。それに、目玉の怪物達も、光に当てられて溶けたかと思うと、今度は中空で別の形を為していく。

 

「無駄だ。 我の分身は、我そのもの。 その程度の拙き技で、滅ぶと思うてか」

 

「拙き技か、見せてやろうぞ」

 

アーサーの額に脂汗が浮かぶ。精神力と引き替えに呪文詠唱を簡略化できると聞いているが、多分それだろう。

 

「父と子と聖霊の御名において、我が輩アーサーが命じる!」

 

中空に出現した、巨大な黒い槍が、一斉に周囲から降り注いでいた。

 

だが、ためらわず、アーサーは術式を展開。

 

「闇は闇へ戻れ! アーメン!」

 

辺り全体が、押しつぶされるように、地面に一直線に進んだ。槍は急角度に地面に突き刺さり、ぐしゃりとつぶれ、なおかつ溶け消えていく。

 

青い仮面だけが、それでも平然と、中空に浮かんでいた。

 

「無駄だと言ったはずだ。 我は異星の神ザヴィーラ! 宇宙の中心に座する白痴の眷属にして、七つの星系をすべし者! 現地の旧神の力など、我の前には赤子も同然!」

 

茶色の仮面が、再び青の仮面から分離していた。

 

何かおかしい。敵の気配が、小さくなる様子がないのである。あれだけのアーサーの攻撃だ。ダゴンであっても無事では済まなかっただろうに。

 

そういえば、ウィルは。

 

いない。何処か、別の次元で戦っているのかも知れなかった。

 

 

 

敵の大軍勢の中に突入したMは、星の光を解放していた。

 

星の力。

 

Mの切り札の一つ。全身のエネルギー活動を極限まで高め、実に千七十万度を超える熱量を帯びて敵と対峙する技だ。長時間の連続展開は出来ないが、熱量だけではなく膨大な魔力も帯びており、この状態のMの体当たりを受けては例え邪神と言えども無事では済まない。Mの火球に耐え抜く敵であっても、この熱量の前には無力だ。

 

無数の敵を蹴散らしながら、生きた魔星と化して空を駆けるM。大量の敵が、その体に触れることさえかなわず溶けて消えていく。思わず道を空けようとする彼らの後ろから、鋭い叱責が飛んだ。

 

「下がるな!」

 

後ろで爆発。Mの部下や仲間達が、大暴れしているのだ。わずか二十名弱という小勢でありながら、すでに四時間以上、彼らは持ちこたえている。

 

Mは光を帯びたまま、声の主を見据える。

 

分厚い味方に守られているそいつは。髪の色も雰囲気も違うが、見覚えがある。アンリエッタ・ロマノフだ。

 

巨大な鳥の怪物の背中に跨っているアンリエッタは、青ざめていた。

 

分かる。もはや居場所がないのだと。

 

「やはりKに断られたな。 制御も出来ん道具を兵器とは言わんと、奴は言ったのだろう」

 

「黙れッ!」

 

アンリエッタが開いている左手で、何か剣のようなものを取り出す。

 

アトランティスの秘宝だろうか。この間は持っていなかったものだ。背中には小さなリュックがあり、まだ何か入っていそうである。

 

「降伏しろ。 もうすぐそいつらの主も、別働隊が潰す。 アーサーは私には劣るが、それでも超一流の使い手だ。 並の邪神など相手にならん」

 

ざわつく、邪神の部下達。

 

アンリエッタは、顔を恐怖と絶望に歪めていた。小物だ此奴は。自分の器もわきまえず、どうして世界を支配しようなどと思えるのか。

 

Kでさえ、世界の征服はなかば諦めているのが、Mには分かるのだ。奴は同時攻撃で七つの国を一時期制圧したことがあるが、それでも支配は短時間しかもたなかった。現在の世界には強者が幾らでもおり、しかも情勢が安定している。紛争やテロが絶えない国もあるが、全体的には史上最も平和な時代だとも言える。そろそろ宇宙への本格的な進出が始まろうとさえしている時である。そんな状況で、世界を単独の存在が支配することに、どんな意味があるのか。

 

資本主義に限界があるのは、Mも良く知っている。

 

誰にも言ってはいないが、貧困国の子供を働かせるような農場の解放運動には裏から協力しているし、幾つかの孤児院はスポンサーもしている。素性を隠して、特に酷い独裁政権を二つ、潰してもいる。

 

だが、それでも。この世界をどうこうしてしまおうとは思わない。

 

「お前達が何者かは知らん! だが、もうすぐこのアトランティスは滅ぶ! 邪神の支配は終わるのだ!」

 

突っかかってきた怪物が蒸発する。

 

空に浮いたまま、膨大な星の光を放ちながら、Mはなおも宣告する。

 

「その時には、出来るだけ寛大な処遇を約束する! だからとっとと降伏せよ!」

 

「聞くな! はったりだ!」

 

「さて、それはどうかな!?」

 

Mが頭上に高々と手を差し出すと、巨大な火球が出現する。底知らずのMの体力を見た怪物達が、恐怖のあえぎを漏らす。

 

アンリエッタが、絶叫しながら剣を振るった。

 

Mは躊躇無く、火球を愚かな一族の夢に振り回された女に向けて、叩きつけていた。

 

 

 

狭い空間だった。

 

師匠が、激しくなるアーサーと邪神の戦いを見て、不意に術を展開。気付くと此処にいたのだ。

 

さっきの広間に比べると、大きめの民家の居間くらいしかないこの部屋は、手狭に過ぎる。だが、いざというときには自爆だって狙える。師匠に勝つには、捨て身で行くしかない。

 

否。

 

殺すのではなく、目を覚まさせたい。

 

「此処は、アトランティスの、今ひとつの最深部。 私がザヴィーラに言って作らせた空間の一つだ」

 

「それで?」

 

「実験はいつもここで行う。 それだけだよ」

 

今になって思えば、師匠は悲しい人だ。J国の出身らしいのだが、圧政に晒され、どうにか地方政権の転覆には成功したが国を追われた。長い間世界を彷徨い、様々な経験をして、何時しかその心は醜く歪んでいった。

 

ウィルを子供として育ててくれたのも、何処かで寂しかったのではないか。もはや家族も仲間もなく、師匠が見ていたものは何だったのだろう。

 

「さて、大口を叩いたからには、面白い芸を見せてくれるのだろうな、ウィル」

 

手の中に隠していたボンを後ろに落とし、師匠の体内に転送。

 

だが、爆発しない。

 

飛び退く。頭があった地点で、爆発が巻き起こっていた。

 

背中が壁に付く。ひんやりと冷たい。

 

「そんなものが通じると思ったか?」

 

「思っていません」

 

飛び退きながら、次の術を準備。師匠は鼻を鳴らすと、指を弾く。

 

同時に、全身が一気に重くなった。床にたたきつけられるウィルは、思わず悲鳴を上げていた。

 

「うあっ!」

 

「そもそも、このアトランティスに隠された謎とは、なんだと思っているのだ」

 

「どうせ、ろくなもんじゃないでしょう!」

 

師匠が指を弾くと、更に辺りが重くなる。

 

まるで、石の壁に押しつぶされているようだった。悲鳴を上げるウィルを見て、師匠は退屈そうに呟く。

 

「先に言っておくが、ボンを大量に爆破してともに自爆などと言う戦術は通用しないぞ」

 

「その気は、ありません!」

 

重圧の中、呼吸を整える。

 

そして、術式を発動。叫ぶ。

 

「わあっ!」

 

「な、にっ!?」

 

重圧が消え去る。

 

冗談のような術式。叫ぶことによって相手が生じさせる動揺を、数倍に増幅するというものだ。動物や何かだと完全停止が見込める。師匠の場合は、術式を解除してしまう辺りが精一杯だったが。

 

唯一、ウィルが師匠に勝っているのは体格である。跳ね起きると、拳を固めて師匠に迫る。

 

立ち直った師匠は、宝石をかざす。

 

はじき飛ばされ、また壁に叩きつけられた。

 

そうか、あの宝石か。多分師匠がずっと欲しがっていた、全ての知識の塊。いや、そう師匠に錯覚させるだけのものを持つ、邪悪なる何か。

 

「面白い技を覚えてきたな」

 

「まだ、まだっ!」

 

上を指さす。

 

身構える師匠。だが、これは単にウィルの体力を、ほんの僅かずつ、上に指を向けている間だけ回復するというしょぼい術式である。どうしようもない術式だが、それでも、最後に向けての行動には役立つ。

 

苛立つ師匠。

 

今、先手を取っている。しかしながら、後手にもう一度回ったら終わりだ。

 

術式を発動。切り札とも言える術だ。此処で勝負に出る。

 

舌打ちした師匠は、再びあの重力の術式を展開する。しかしウィルは、一瞬先に、動いていた。

 

「あああああっ!」

 

「ふん、来るがいい!」

 

師匠が、宝石をかざして、障壁を作る。

 

それを待っていたのだ。

 

するりと障壁を、そして師匠の体を、ウィルがすり抜ける。

 

唖然とした師匠の後ろで、ウィルは拳を固めて振り返っていた。

 

透過の術式。あらゆるものを透過する術式だが、ごく僅かな時間しか持たない。

 

振り返った師匠の顔面に、拳を思い切り叩き込む。小柄な師匠は、流石にウィルのパンチにひるむ。どんな拳法をやっていても、体格の差と、それによって生じる腕力の差は非情だ。

 

ましてや、師匠は典型的なインドア派である。武術の類には、何ら知識どころか興味もないだろう。

 

連続して、もう一発。よろめいた師匠は、それでも目に激しい炎を宿していた。宝石をかざそうとする。その、手首をつかんだ。

 

そのまま、地面に押し倒す。

 

「お、おのれっ! 離せ!」

 

何度も、師匠の手を床にたたきつける。宝石が、ついに手を離れて転がり落ちた。

 

ボンを投げる。腹に激痛。師匠が素早く抜き取ったナイフを、ウィルの腹に突き刺していた。

 

痛みに耐えながら、宝石の中に、ボンを転送する。

 

「があああああああっ! やめろおおおおっ!」

 

「一緒に、地獄に行きましょう、師匠っ!」

 

周囲が、不意に闇一色に染まる。

 

恐らくは、破れかぶれになって師匠が発動した術式だ。ボンが炸裂しない。師匠が、勝ったと思ったことだろう。

 

だが、ウィルは、これに対する術式を持っていた。

 

ただ、辺りを光らせる。それだけの術。

 

光が生じ、それが宝石に届いた瞬間。

 

師匠を狂わせ、いや他の多くの人も惑わせてきた魔の石は。木っ端微塵に吹き飛んでいた。

 

絶叫する師匠と一緒に、何処までも続く闇の孔に落ちていく。

 

腹から大量の血が噴き出しているのが分かった。だが、どうしてか、これでいいのだと、ウィルは思った。

 

 

 

既に周囲は、敵しかいないというのも生やさしい状況だった。敵によって埋め尽くされていると言った方が正しい。

 

ありとあらゆるアーサーの戦術は、ことごとく効果を示さず。超常の技の数々は、虚しく敵の数を増やすばかりだった。

 

エクスカリバーの光の一撃が、一度青い仮面を直撃したのだが、罅一つ入らなかった。

 

絶望は微塵も感じない。それは凄いのだが、しかしそんな超常の騎士アーサーの顔にも、疲労が見え始めている。何度か直撃が入りそうになったので、スペランカーがそのたびに身代わりになった。流石は邪神の攻撃であり、燃やされたり溶かされたり粉々にされたり酷い目にあったが、それでもどうにか復帰する。

 

そして、やはりダゴンと同格の存在からか。呪いのカウンターは通じていない。スペランカーの身を纏う不老不死の呪いは、死んだ時に欠損部分があると周囲から物質を補って蘇生させ、その欠損が悪意ある攻撃によって生じた場合、攻撃者の肉体から欠損を補填する。

 

だが、高位の邪神になってくると、それも通らない。ダゴンに到っては、数万回分の死による呪いで、やっと大打撃を与えられたほどだ。

 

無数に蠢く影。悪夢の産物としか思えない生物の数々。触手。そして、大量に分裂した仮面。

 

結論を出したのは、アーサーだった。

 

「さては貴殿、本体を何処かに隠しているな?」

 

「気付くのが遅い」

 

「いや、勝機だ。 スペランカー殿、ブラスターの準備を」

 

「はい! いつでも!」

 

既に靴は失われ、ヘルメットも。服も再生途中で、おなかはスースーするし、ズボンは破れて多分ぱんつが見えてる。ちょっと背中を合わせているアーサーに振り返って欲しくない。ただ、今はアーサーが言うのだから、勝機が来ているはずだ。精神を集中する。

 

アーサーが、何かペンダントのようなものを取り出す。

 

愛する人の持ち物だろうか。ザヴィーラがそれを見てせせら笑った。

 

「どうした、勝機では無かったか」

 

「勝機だとも」

 

アーサーがにやりと笑う。

 

最終攻撃を、繰り出すつもりだ。

 

もしも何かあるとしたら、もう一人。ウィルが師匠と呼んでいた、あのおじさんが関わっているだろう。もしもウィル君が勝てば、一気に最後の一撃を入れる好機が訪れるはずだ。

 

「茶番には飽いた。 忌ね」

 

一斉に、周囲の、この巨大なホールを覆い尽くすほどの影が根こそぎ襲いかかってきた。

 

アーサーが、ペンダントを掲げ挙げる。

 

アーサーを中心として、円形状に空間が削りとられたかのように見えた。怪物達が、膨大な降り注ぐ光に当てられて、消滅していく。広がっていく光。アーサーが、眉をひそめ、大量に汗を流しているのが分かった。金色の鎧も、徐々に光を失っていく。

 

「哀れな。 そのような術し……」

 

ザヴィーラの、声がとまる。怪物達の動きも。

 

露骨に、敵の軍勢に乱れが生じた。

 

本当に来た。勝機だ。ウィルが、勝ったのだ。

 

アーサーは術を解除。スペランカーを不意に抱え上げる。鎧の冷たい小手で、剥き出しの脇腹を思い切り掴まれたので、情けない悲鳴を上げてしまう。

 

「ひあっ! ちょ、ちょっとっ! アーサーさんっ!?」

 

「行って来い、スペランカーどの!」

 

本当に、そのまま放り投げられた。

 

白目を剥いて、絶叫しているザヴィーラ。脳の中に、膨大なノイズが飛び込んでくる。スペランカーはブラスターを、空中で向ける。見る間に近付いてくる、ザヴィーラの巨大な顔。

 

無念。

 

絶望。

 

こんな遠い星まで来て、思いを遂げられなかった悲しみはどれほどだろう。

 

だが、彼らの存在は、基本的にスペランカー達地球人とは相容れない。家畜と、消費者。両者の関係が、それである以上。存在を認めてはいけないのだ。

 

「お、おのれ、おのれえええええっ!」

 

仮面のようだった顔が、初めて歪む。額の赤い宝石が、目映く輝いていた。

 

ごめんね。

 

呟くと、スペランカーは、その赤い宝石を、ブラスターで撃ち抜いていた。

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