オールドアクションゲーム二次創作   作:dwwyakata@2024

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5、翼持つ砦

洞窟を歩きながら、スペランカーは思う。この鍾乳石だらけの洞窟は、人間の住む場所ではないし、入っていいところでもない。だから、あの幽霊も。きっと辛い思いをしているのではないかと。

 

スペランカーは、異能を一つだけ持っている。

 

それは、生まれついてのものではない。父によって、授かったものだ。

 

懐中電灯で辺りを照らす。まるで牙のように、鍾乳石が立ち並んでいる。落ちてくる水滴は、まるで邪悪な音楽を奏でているかのようだ。

 

あの時と同じ。唇を噛むと、スペランカーは大きな鍾乳石を、よっと声を掛けて乗り越える。

 

鍾乳石から足を離すと、洞窟が更に狭くなってきていた。狭くなってくる天井と床は、まるで獣の口の中にいるかのよう。いつ閉じ合わされるか、不安さえ感じてしまう。

 

口、か。

 

五歳のあの時に、遭遇したあの姿を、スペランカーは一生忘れはしないだろう。

 

スペランカーは、父が年を取ってから、産まれた子供だった。記憶にある父はおじいさんであった。多分スペランカーが産まれた時から、命を落とすまで、ずっと同じ姿をしていた。

 

だからかも知れない。スペランカーは父の愛情を深く受けながら育った。何か父がとても怖い研究をしているのは分かっていた。部屋からは変な臭いがいつもしていたし、怖くて目を合わせられない不気味な像が部屋には幾つも飾られていた。友達も父には少なく、学会でもあまり歓迎されていなかったらしいと、結構最近に聞いた。納得してしまったのは何故だろう。好きだった父なのに、孤独だったのは自然な事実として受け入れられるのだから、不思議だ。

 

あの日。

 

父に手を引かれて、スペランカーは家の書斎に入った。書斎と言っても二十畳もある其処は、得体の知れない本や道具で埋め尽くされた、奇怪な部屋だった。咳をしながら、父はスペランカーの頭を撫でる。咳がどんどん酷くなっていることを、スペランカーは知っていた。母が父と口も聞かないことも。悲しかったが、スペランカーには何も出来なかった。

 

床に変な模様が刻まれていることに、スペランカーが気付いた。怖いと言ったが、父は大丈夫だと言う。やがて、父が山羊を連れてきて。その首を、鉈でちょんぎった。

 

大量の血がぶちまけられるのを見て、スペランカーが悲鳴を上げた。父はまるで顔色を変えず、訳が分からない言葉を呟き続けていた。二頭目三頭目が次々に殺される。床は朱に染まり、鉄の臭いが部屋に充満した。やがて、恐怖が全身を包んだ。何か、とてつもなく危険なものが、その場に来る。

 

闇そのものが、模様から噴き出してきた。それは父の何十倍も大きくて、爛々と光る目を持ち、巨大な口がスペランカーを丸呑みにしそうな程に、大きく開いていた。硫黄のような臭いが、その口から漏れている。軟らかく動く手が一杯生えていて、海の臭いもした。失神しそうになるスペランカーの肩を掴むと、父はその何かの前に、体を押し出した。

 

もがくが、離してくれない。パパ、怖い。悲鳴を上げるが、父はやめてくれなかった。

 

「海底の神よ! 滅びし都市に君臨する異形の者よ! 我は汝を呼び出せし者! 今よりいにしえの盟約に従い、契約を取り交わしたい!」

 

「内容を述べよ、我を呼び出し、直視しながらも、なおも正気を保つ者よ」

 

「パパぁっ! やだ、やだああああっ!」

 

何か、途轍もなく嫌なことをされる。本能でそれを悟ったスペランカーは涙を流しながら首を横に振ったが。スペランカーを愛している筈の父は、枯れ木のような手で、スペランカーの体をしっかり固定し続けていた。

 

「私の望みは! この娘を!」

 

いやだ。やめて。やめてお父さん。

 

「不老不死に! することだ!」

 

顔を上げる。全身に、汗をびっしり掻いていた。

 

そう、あの日。スペランカーは神に呪われ。そして、父と、死ぬ権利を永久に失ったのだ。

 

トラウマに包まれていた。体ががくがくと震えている。

 

今は、そんなときではないというのに。

 

気付く。何かが、近付いてきている。

 

最初に、痛烈な耳鳴りがした。

 

顔を上げたスペランカーは、殺気の洗礼を受けていた。さっきの奴とは違う。何かもっと禍々しい、ピュアな悪意と殺意、それに食欲を感じた。

 

人間を喰うような相手、特に大型の猛獣などならば、むしろ気が楽だ。対処もである。厄介なのは、大型ではない、凶暴な動物の群れ。いちいち対処が面倒になることが多い。前に一番難儀したのは、攻撃性の強い超大型のアリの群れだった。あれは思い出したくない。

 

一応この仕事を始めた時に、戦術や戦略の勉強はした。身を守るために格闘技も訓練した。だがどれもこれも、まるで身につかなかった。これも恐らく、神の呪いの一端だろう。もちろん、スペランカーが無能であるという事も関係しているに違いない。

 

きいんと、鋭い音。

 

気圧が変化したのかと思ったが、これは違う。辺りがびりびりと揺れている。吐き気がこみ上げてきた。蟹缶を吐くのはもったいないから、我慢する。岩に、切れ目が入った。羽音が聞こえてくる。間もなく、姿も見えた。

 

蝙蝠だ。

 

途轍もなく大きい。それも、一匹や二匹ではない。この洞窟で見かけている蝙蝠達は皆とても大きいが、それが小さく見えてくるほどである。それが多数、群がってきた。大きいだけあってそれほど飛翔能力は高くないようだが、爪も牙も大きく、油断できる相手ではない。リュックに手を入れたスペランカーが、閃光弾を取り出そうとした瞬間に。

 

全身を、死の手が掴んだ。

 

近くに、蝙蝠の糞が落ちている。其処から、何かが出ている。

 

これは。

 

思考がぐらついてきた。全身が燃えるように熱い。ひょっとしてこれは、途轍もなく強力な病原菌か、或いは毒ガスか。肌が黒ずみ、泡立ってきた。膝から崩れ落ちる。前のめりに、倒れるのが分かった。歓喜の声を挙げる蝙蝠達が、群がってくるのが分かった。

 

やめて。死んじゃうよ。呟きは、届かない。

 

 

 

肉をむしり、食いちぎる。

 

彼が集めてきた蝙蝠達は、あっさり倒した侵入者に群がると、食事を始めていた。腕の肉を引きちぎる。飛び散る、変色した血液。一番大きいのが、腿にかぶりついていた。きいきいと、歓喜の声がやかましい。

 

此奴らを発見したのは、この洞窟の片隅である。

 

やたら大きなその体もそうだが、此奴らのいる辺りには、他の動物が一匹もいなかった。不思議に思い、観察していたら、理由が分かった。フンに近付くだけで、蝙蝠だけではなく、小さな虫までもが命を落としてしまうのだ。

 

原理はよく分からない。しかし、彼の王国を守る、最後の砦として使えるのは間違いなかった。だから長い年月を掛けて誘導し、この滝の裏の洞窟に、住み着かせたのだ。

 

今や近親交配で増えに増えた蝙蝠達は、凶暴性を増し、侵入者には見境無く襲いかかり、その毒のふんで殺しては貪り喰らう。さて、どうなることか。固唾を呑んで見守る彼は、呻いていた。

 

最初に、奴の肉をむしって食い始めた蝙蝠の一匹が、不意に天を仰いで悲鳴を上げたのである。

 

つづいて、体中に集っている蝙蝠達も、狂乱し飛び回り始めた。肉を吐き出すものも多い。

 

やはり、駄目か。

 

僅かな期待は、絶望に変わった。

 

 

 

父の願いを聞いた海底の神は、せせら笑った。しかしその笑いに興味が含まれていたのが、今のスペランカーには分かる。

 

「自身ではなく、娘の不老不死を願うか。 面白い奴だ」

 

「私には、もう未来がないのだ。 思考は硬直し、社会的にも隔離され、妻にさえ見放されている。 体も病み、心はそれ以上に歪み、何より社会に何も光を感じない。 そんな状態で、不老不死になって何があろう」

 

「一理あるな。 それで、その娘に、己の全てを賭けて最高の贈り物をしようというわけか」

 

「そうだ。 不老は、肉体の最盛期に掛かってから。 不死は今から。 そうしてほしい」

 

「いいだろう」

 

蠢く腕の一本が伸び、スペランカーを掴み上げる。そうすると、蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れなくなった。口から、その腕が体の中に入ってくる。もがくが、どうにもならなかった。

 

痛み。電気が走ったかのよう。

 

体が再生する時、この痛みが全身を包む。最初は酷く難儀したが、今ではすっかり慣れてしまった。

 

ゆっくり目を開ける。体中に着けられた傷が、少しずつ盛り上がってくる。すぐ側に、最初に噛みついた蝙蝠が、もがきながらのたうち回っていた。

 

スペランカーは死ぬと、周囲の物質を強制的に取り込んで、再生を行う。正確には神の呪いがそういう機能を有している。肉を食われた場合はもっと反応が激烈で、その肉と、周囲にある物質を根こそぎ刮ぎ採って、体に戻して再生を行う。

 

つまり、喰った奴は。体の中に、大穴を開けられるのも同じなのだ。

 

以前、海のフィールドに出た時、巨大な鮫に丸呑みにされたことがある。気がつくと、鮫は腹に大穴を開けたまま海面に浮かび、海鳥たちの餌になっていた。鮫の腹から顔を出したスペランカーに、海鳥たちが驚いて逃げ散ったものである。

 

体を起こそうとする。

 

しかし、再び死の手が全身を包んだ。

 

蝙蝠の糞に、何かがあるのは分かる。突然変異した、とてつもなく強烈な病原菌か、特殊なガスだろう。蝙蝠達が無事な様子を見ると、恐らくは前者。これほど即効性の奴は見たことがないが、フィールドの中では何が起こってもおかしくないのだ。

 

全身を、死が包んでいく。意識が、また落ちた。

 

電気が走る。

 

復活の時に、周囲の病原菌そのものを肉体の構成部品に変換している。だから、永遠に死に続けることはない。だが、つらい。このまま、病原菌の恐怖が収まるまで、しばらく生と死を繰り返すことになるだろう。

 

気がつくと、死屍累々。

 

蝙蝠達の殆どは、腹に大穴を開けて死んでいた。よく見ると、奇形になっている者達も多い。これだけ強力な能力を得ていれば、そのリスクも巨大だった、というわけか。

 

何度か生死を繰り返しながら、少しずつ手を伸ばして、リュックから閃光弾を取り出す。支給品のこれは、一種のグレネードランチャーである。マグネシウム等の複数成分を入れた小さな弾頭を撃ち出し、発火させる。まだ悲鳴を上げて飛び回っている蝙蝠達の中央に、震える手で、狙いを定める。どうせ狙っても、スペランカーの技量では当たる訳もないので、天井近くに適当に刺さって反応すればそれでいい。

 

二度、失敗した。予想以上に強力な病原菌だ。空気中への拡散が酷い。これは仮にあの幽霊がいなくとも、軍隊は此処を突破できなかったのではないか。酷い話だと思いながら、閃光弾を、打ち込む。

 

洞窟が、光に包まれた。

 

 

 

蝙蝠達が、逃げ散っていく。初めて感じる、強烈すぎる光は、彼らにとってはこの世の終わりを感じさせるものだったのだろう。

 

滝から飛び出そうとして、勢い余って地底湖に突っ込むもの。飛び出したはいいが、飛行能力が決して高くないことを忘れて、飛び上がりすぎて失速、やはり地底湖に落ちる者。天井で強か羽根を打ってしまい、地面に激突して墜落死するもの。殆どは生き残れそうにもない。

 

唖然と、その光景を、彼は見守っていた。

 

ほどなく、蝙蝠達はその場からいなくなった。洞窟の入り口近くまで、死体が点々と転がっている。ただ、それだけ。あまりにもあっけない幕切れだった。戻ってくる奴も、いるかも知れない。しかしその時には、全てが終わっているだろう。

 

崩れていく。

 

彼が守ってきた、王国が。砂の城が溶けて壊れるようにして、滅びていく。

 

もはや、逃げるしかないのか。かって此処に、黄金を隠した者達がそうであったように。だが、それはいやだった。あいつらと、同じにはなりたくなかったからだ。

 

何があっても。例え滅びても。

 

同胞達のためにも、この先にある宝は守る。そう再び誓い直すと。彼は、最後の場所へ、音もなく向かった。

 

 

 

立ち上がったスペランカーは、まだ体が重いのを感じていた。辺りの空気には、まだ病原菌が含まれているのだろう。

 

あの神によって作り替えられた体は、脆弱だ。それが、神の呪い。あの海底の神様は、非常な皮肉屋であったらしい。不老不死にスペランカーの体を作り替える代わりに、本当にちょっとした事でも、死ぬようにしたのだ。

 

来る途中。ジープで激しくシートに体を打ち付けた時に、死んだ。そんな簡単なことでも、魂は一瞬だけ、体を離れる。もちろんそのたびに、電撃のように痛みが走るのだから、冗談ではない。この力を得た時には、死ぬ度に括約筋が緩んで漏らしていた。今ではすっかり慣れたからか、或いは違う理由からか。死んでも簡単には漏らさなくなった。この洞窟に入ってからも。もう四十回以上死んでいる。多分あの霊体は、気付いてはいないだろうが。

 

学習効率が極端に低いのも、その呪いの一角だろう。他の人間が五分で覚えられることを、スペランカーは二時間かけても覚えられない。体を鍛えてもまるでものにならない。今でも、それは変わらない。その上記憶容量が極めて小さいらしく、何か覚えると他のことを忘れてしまう。複雑な構造のザイルをわざわざ持ってきたのも、腕力が足りないからだ。

 

ヘルメットを被り直すと、ライトを付けて、洞窟の奥へ向かう。

 

あの霊体は、きっと近くにいるだろう。これだけ強力な守護者を配置していたのだ。今までのざる同然な警備から言っても、この近くに金塊があるのは、阿呆なスペランカーにだって分かる。

 

そして、最後の砦が破られた今。体を張って、それを守ろうとする事も。

 

せめて、自分で彼を楽にしてあげなければならない。彼だと思ったのは、今までの行動からだが、多分外れてはいないだろう。

 

死ぬ苦しみは、これでも嫌と言うほど知っている。

 

自分は強力な神の呪いに身を苛まれている。だから死ねない。それが故に。安らかな死によって初めて救われる者がいるならば。それを与えてやらなければならなかった。

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