オールドアクションゲーム二次創作   作:dwwyakata@2024

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今回も治安が最悪の場所での任務です。

こういう所では、近代戦のエキスパート。

ジョーさんが、スペランカーと一緒に行動してくれます。

……対人戦が想定されるからです。


1、石の迷宮

遙か昔から、この世界にフィールドは存在していた。突然発生するものもあれば、人為的に造り出されるものさえあった。これほど頻繁にフィールドが発生するようになったのは近現代からなのだが、それを考慮から外しても、世界には人が入れない地域が昔から存在していたのである。

 

中には人々の記憶から忘れ去られ、ずっと放置されてきたフィールドも存在する。

 

今回、中東のこの小国で、国連軍の調査班が偶然発見した此処も、その一つであった。古文書などには記されていたのだが、長らくその具体的な位置は分かっていなかった。当然の話で、砂漠に近い小都市の、何ら目印もない地下にあったのだから。そしてその特性は、極めて特殊なものだったのである。

 

「ソロモンの小さな鍵、ですか?」

 

最初仕事の話が来た時、ダーナは思わずそう聞き返していたことを思い出す。それは、魔術師達の間では、あまりにも高名な魔術書だったからである。

 

魔術に関して記した書物のことを、グリモワールという。なんだか偉そうな呼び名だが、実際には単なる本だ。様々な魔術書があるのだが、その中でも有名なる存在が、ソロモン王が記したという、一連の書物である。

 

ソロモン王はそもそも、エジプトの古代文明の後押しがあったとはいえ、中東に一大勢力を築いた歴史上の実在した人物である。ソロモン王と言うよりも、賢王ソロモンの名でより広く知られている。中東では、スレイマンと言う名前はソロモンに起源しており、現在でもこの名を持つ人間は多い。

 

彼は悪魔を召喚して使役し国のために使用した人物としても、民俗学の界隈では有名な存在だ。一神教で重要な存在のために、実像以上に持ち上げられている人物でもある。一種の神格化を受けており、紹介される時には、晩年失政を行い民を苦しめたことについて意図的に伏せられている事も多い。

 

歴史学よりも、むしろ民俗学や、更に言えばオカルト関連では極めて高名な人物だ。それが故に、ソロモン王の記したというふれこみの魔術書はたくさん存在している。それら実際にはその辺の無名学者や宗教家が妄想のままに記した「魔術書」は後に統合され、通称「ソロモンの鍵」が作り上げられた。

 

実際の魔術師の間では、お笑いぐさでしかないその存在なのだが。しかし原書となるようなソロモン王著の魔術書が存在するのではないかという噂は、古くからあった。ダーナも、それについては二度三度と耳にしたことがある。

 

そして、どうやらその「本物」が、今回姿を見せたらしいのである。

 

正確には、古文書などに記述されている、鍵をおさめた迷宮が、であるが。

 

「基地建設の際発見されたこの遺跡は、超音波などの探索によると、実に最大で五十層に達する複雑な構造を有しています。 あなた方歴戦のフィールド探索者を三名も呼んだのは、それが原因でして」

 

「ちょっと待ってください。 そうなると、この基地は、最初は違う目的で作られたのですか?」

 

「はい。 此処は政府軍と武装勢力が長年覇権争いをしている焦点の都市でして、国連軍としては早めに抑えておきたい要衝でした。 まず此処から睨みを利かせて、一気に軍を投入、混乱を収束させる予定だったのですが」

 

フィールドが発見されてしまったとなると、それも今まで通りには行かなくなる。

 

そもそももしもソロモン王の時代から存在するフィールドとなると、その古さは数千年という規模だ。五十層という桁違いの深さもあって、その危険度は常識外れである。中に何が潜んでいるか知れたものではなく、放置する訳にはいかなかった。

 

アトランティスでの戦いでも、最深部にはとてつもない邪悪な存在が潜んでいたという。それを考慮すると、このフィールドを放置するのは、確かに危険だった。

 

スペランカーは足をぶらぶらさせていたが、すっと挙手する。

 

「それで、どうしてそんな凄い遺跡だってわかったんですか?」

 

「軍基地を作って、これが発見されてから、専門の調査チームを呼びました。 内部のあらゆる構造、採取物、いずれもがソロモン王の時代の遺跡だと告げています。 浅い階層しか調べていませんが、古文書と一致する特徴も多く見つかっています」

 

「……」

 

「先輩、何か気になることがあるんですか?」

 

スペランカーは頭こそあまり良くないが、とにかく粘り強いし、不思議な勘が働く部分もある。以前共闘した時には、それで随分助けられもしたダーナは、一見ひ弱なこの人を、心の底から信頼していた。

 

スペランカーはしばし小首を捻っていたが、無言でじっとやりとりを見つめていたジョーが介入してきた。

 

「考えるのは後にしろ、スペランカー。 ただでさえお前は考えるのが遅い」

 

「あ、ごめんなさい。 大佐、続けてもらえますか」

 

「いいでしょう」

 

ダーナにも、今の空気はちょっとわかった。

 

大佐は何か知っている。結構面倒くさい事情が、裏にはあるはずだ。

 

そもそも現在大まかに三つに分かれた一神教は、様々な確執を内部で抱えている宗教である。何か裏で問題があっても、何ら不思議はない。

 

「此方が、地図になります。 古くから存在する配水管の、この辺りから侵入が可能となっています」

 

「他の情報は」

 

「内部は重異形化フィールドで、かなり危険な状態です。 中にはいるだけで生命力が吸い取られるという話もあり、研究員達も奥へは進めませんでした。 奇怪な生物たちも、存在を確認しています」

 

「そうか。 少し休憩を取ったら、すぐに出撃する」

 

ちょっと強引にも思えたが、今回ばかりはダーナも賛成だ。スペランカー先輩は、いそいそとヘルメットを被り、リュックを背負い始めた。彼女は身に纏っている異様な呪いもあって、恐らく迷宮の特性である生命力吸収に対しては無類の強さを発揮することだろう。それに、ダーナもそれに関しては、ある程度対応できる自信がある。

 

地図を、もう一度一瞥した。

 

入り口と書いてある場所は非常に狭く、本当に偶然の結果発見されたことがよくわかった。いずれにしても、これはそう簡単に進めるものではないだろう。

 

それに、この様子では。

 

いや、今から悪い想像を巡らせても仕方がない。それに、多分ジョーもスペランカーも気付いている。敢えて口にするまでもない事であった。

 

「行けるか」

 

「ぼくはいつでも」

 

「では、案内いたしましょう。 多少暗くて狭いですが、フィールドまでの安全に関しては確保しています」

 

どうだか、と。ダーナは口中でつぶやいていた。

 

 

 

暗い配水管は、ジョーが腰をかがめないと歩けないほど天井が低かった。水が彼方此方で漏れていて、鼠や虫の姿も散見される。何しろ古い時代の配水管である。仕方がないことである。

 

ただ、煉瓦か何からしい壁も床も非常にしっかり組まれていて、隙間はほとんどない。予想外に高い技術でくみ上げられた遺構だ。

 

自動小銃を構えた護衛部隊と共に、司令官も歩いている。若干雰囲気が柔らかくて、ジョーよりは話しやすい人だ。さっきのカップラーメンを食べていた姿も、人間くささを後押ししていたのかも知れない。

 

「この配水管も、ソロモン王の時代のものですか?」

 

「いいえ、違いますよ。 今でさえ中東はこんな状況ですが、昔は世界の文明をリードしていた時期もあったんです。 その頃は、同時代のヨーロッパなんか問題にならない優れた技術と精神文明が花開いていたんですよ」

 

「そうなんですね」

 

「まったく、どうしてこんな事になってしまったのか。 現在世界で主流になっている一神教も、原型が産まれたのはこの近辺です。 それを考慮すると、今の中東の荒廃は、悲しい限りです」

 

大佐が悲しげに言う。

 

ダーナは何も言えなかった。

 

後ろで盛大にすっころぶ音。振り向くと、コケか何かで滑ったのか、スペランカーが盛大に転んで顔を水に突っ込んでいた。しばらく身動きしなかったので心配になったが、やがて自力で立ち上がる。

 

「ぷはあっ! びっくりした!」

 

「大丈夫ですか、先輩」

 

「平気だよ。 ダーナ君も、気をつけて」

 

そういえば、こういう場所では、気をつけなければならないのだった。ダーナはスペランカーを見て和んだか、つい気が緩んでいたことに戦慄する。これではいけない。もっと、気を引き締めて掛からないと、大けがどころではすまないだろう。

 

ジョーが止まった。

 

水の流れが変わっている。護衛部隊の兵士達が、さっと前に展開して、腰を落として自動小銃を構えた。水が、小さな亀裂から奥に流れ込んでいる。かなり狭いが、これが例の入り口、なのだろう。

 

「警備の兵士は?」

 

「もう少し奥に分岐があって、其処を守っています。 今のところ、フィールドから何か出てくる気配はありませんから」

 

「……そうか」

 

リュックを開けると、ジョーが自動小銃をくみ上げた。確か米軍が正式採用している、M16A4アサルトライフルだ。ただし狭い所で使う事を考慮して、かなり銃身を切り詰めた、カスタムタイプらしい。

 

「先に行く。 少し遅れて来い」

 

リュックを先に孔に放り込むと、ジョーが先頭を切って中に躍り込んだ。スペランカーがそれにちょっともたもた続く。ダーナは大佐にぺこりと一礼すると、最後に孔に入った。

 

孔の中は暗かったが、すぐにスペランカーがヘルメットについている灯りを付けてくれたので、光源は確保される。水が滝のように流れていて、かなり不快感が強い。下も横も、ぬるぬると滑り、異臭もあった。するすると降りていくジョーの姿は、もう見えない。

 

「うわ、流石ジョーさん。 手慣れてるなあ」

 

「先輩、大丈夫ですか?」

 

「平気。 ダーナ君、頭うたないように、あいたっ!」

 

そう言いながら、自分で頭を打ったらしく、しばらく悶絶しているスペランカー。ぬるぬるの床を下にのんびり降りていきながら、それでも確実に進んでいく。

 

服が濡れる。

 

ちょっと困ったと、ダーナは思った。

 

穴はかなり深い。下で化け物が大口を開けて待っていたりしたら最悪だが、多分大丈夫だろう。今のところ、空間の歪みや、邪悪な力は感じない。そういうものは、もっともっとずっと下から感じる。

 

水の音が大きくなってきた。スペランカーが、さきに可愛い悲鳴を上げる。慎重に降りていくと、膝当たりまで一気に水に浸かる。どうやら、此処が一番下らしい。

 

「ひえー。 濡れちゃったね」

 

「先輩、リュックは大丈夫ですか?」

 

「平気。 私の会社が、最近頑張ってるからって、防水仕様のいいのくれたから。 でも、きっとまた一回の戦いで駄目にしちゃうんだろうけど」

 

辺りは小さな滝壺のようになっていて、帰りに登ることを考えるとちょっとげんなりした。水はそれほど深くはなく、別の方角へ流れて行っている。

 

此処は鍾乳洞かと思って天井を見たが、違う。どうやら、とてつもなく巨大な建物の一角らしい。水によりかなり侵食はされているようだが。

 

「すごい。 こんな凄い建物が、砂に埋もれていたの?」

 

「エジプトではもっと大きな建物が見つかっている。 別にあり得ないことではない」

 

ジョーが武器を点検している。彼に見られないように、密かに術式を唱えて、さっさと服を乾かした。

 

スペランカーはリュックからタオルを出すと、体を乱雑に拭いている。もともと体の凹凸が少ないからか、色気はあまりなかった。もっとも、それはそれで別方向に需要があるのかも知れないが。

 

「ダーナ君、見ちゃ駄目」

 

「あ、ごめんなさい」

 

「あまり大声を出すな。 もう此処は、敵の勢力圏内だ」

 

ジョーが明かりを消す。建物の中は、うっすらと発光していて、幻想的と言うよりもむしろ禍々しい。

 

ジョーが伏せている柱の影に、ダーナも移動。杖の様子を確認。攻撃魔術はあまり得意ではないが、それでも身くらいは守れる。反対側の柱に、スペランカーも陣取った。

 

確かに、周囲には呪いが満ちている。長時間活動するのは危険だろう。

 

「ジョーさん、術式に対する抵抗力は?」

 

「無い」

 

「では、ぼくが対抗術式を掛けます。 この空間に満ちている呪いくらいなら、どうにか防げるはずです。 一日に一回程度掛ければ、充分だと思います」

 

「わかった。 やってくれ」

 

こんな巨大な建物が、五十層。

 

長丁場になる。だが、必ずやり遂げなければならなかった。だから、ジョーを失う訳にはいかない。

 

詠唱して、術式を展開。ジョーの周囲に、防御の魔法を張り巡らせる。

 

術者は、基本的に能力者の一種だ。理屈抜きで天然に使いこなしているのが能力者だとすれば、ある程度の素質を素に理論的に使っているのが術者である。ただし、その素質で出来ることと出来ないことが極端に別れてくる。

 

術式展開終了。ちょっと疲れた。

 

「疲弊が激しいようだが、大丈夫か」

 

「はい。 このくらいなら」

 

「奥はちょっと明るいね。 でも、多分何か居るよ」

 

スペランカーの言葉に頷くと、ジョーを先頭に、三人は通路に躍り込んだ。かなり長い通路が、何処までも続いている。

 

壁の両脇に立ちつくしているのは、守護の兵士を象った石像か。いずれもが手に槍を持ち、半裸だった。この辺りの気候を考えれば当然だろう。

 

リアルな造詣だが、現代とは多分美的感覚が違う。兵士達の顔立ちは、どれも非常にあくがこい作りになっている。

 

「まるで生きているみたいだね」

 

「生きていた、かも知れません」

 

ソロモン王が、本物の魔術師だったという説は、フィールド探索者の間では根強く存在している。兵士を石にして、自分の宝物を永遠に守る万人に仕立てた。晩年の暴政、当時のモラル、それに逸話から伺える残忍な性格を考えると、あり得ないことではなかった。

 

奥の光が強くなっている。しばらく覗き込んでいたジョーが、手招きしてきた。

 

どうやら、此処らしかった。

 

建物は全体的に、大きな円形をしている。そしてその中心部に、部屋がある。後はずっと、塔を降るように、五十層を下がっていく感じなのだろう。

 

奥の空間は、さほど広いものではなかった。奥行きは二十メートルくらい、天井も十メートル前後だろう。

 

無数に柱が立ち並ぶ中、違和感が入り込んでくる。まず異常なほどに明るい。壁も床も発光しているのだ。

 

それだけではない。

 

「事前の、話通りですね」

 

「うん。 ダーナ君、大丈夫?」

 

「やってみます」

 

空中に浮かぶ、無数の石。黄金色をしているものと、銀色のものがある。いずれもが、直径一メートル半程度。

 

ソロモンは、賢者の名を持つ王。

 

だから、その宝と叡智が封じられた場所には、巨大な石を用いたたくさんの知恵の扉が仕掛けられている。

 

それを突破した者だけが、ソロモンの叡智に触れることが出来るだろう。

 

古文書に書かれているその文句に対して、様々な対策を考えてきた。ダーナは元々石を扱う術式に関してだけは、誰にも負けない才能を有している。だから、ソロモンの鍵と聞いて様々な組織が裏で動く中、選抜されたのだ。ダーナ自身がフィールド探索者として二流以下であり、魔術師としても著しく経歴が浅いことも、選ばれた理由の一つだろう。

 

ダーナは、今回。迷宮を攻略しろとは言われていない。

 

情報だけ持ち帰れと言われていた。

 

強豪魔術師達は、いずれもが互いを牽制しあい、それぞれのフィールド探索参加を阻止した。彼らのネットワークはフィールド探索者の会社よりも古く、ものによっては国家にも食い込んでいる。N社が介入に入らなければ、多分血を見ていたことだろう。

 

幸いN社が介入を成功させ、自分も今回は加わらないことを明言して、どうにか事は収まった。しかしながら、結局ダーナが鉄砲玉の捨て駒として使われたことに代わりはない。

 

あれだけ笑いものにしていたのに、いざ本物かも知れないとなると目の色を変える。フィールド探索者の中でも、魔術を扱う連中には、かなりえぐみが強い者が多い。ダーナが所属しているT社にも色々な圧力があったらしく、社長は焦燥した様子で言ったものだ。

 

死なないで、戻れと。

 

色々と複雑な事情があるダーナによくしてくれた恩人である。言葉は、絶対に守らなければならなかった。

 

巨大な石には、規則性もなければ、特にこれと言った特徴もない。銀と金がひたすらに列んでいるだけである。石の一つに触れてみる。金色のものは、驚くべきことに空間の魔力と一体化している。これは壊すのも可能だし、自力で造り出すことも出来る。一方、銀色の方は恐らく自然石に手を加えたものだ。壊すどころか、例えばあのMでも連れてこない限り、傷一つ付けられないだろう。

 

石の一つで、光を放つものがある。

 

ジョーが顔を上げたのは、気配があったからだ。

 

天井近くの空中に鏡のようなものが出現する。

 

其処から、黒い影が這いだしてきた。大きさは人間よりも、かなり大きい。人型をしているそれは、徐々に色を得ていった。

 

巨大に盛り上がった筋肉。口からは無数の牙が除いている。全身は不潔で、茶色い着衣を身につけ、靴だけが少し反り返ったチャーミングなものだった。逆にそれが異様さを際だてている。

 

「ゴブリン!? でも、普通の何倍も大きいです」

 

「ゴブリンっていうと、ファンタジーに出てくる妖精とか、そういうの?」

 

「一般的にはそうなんですが。 ちょっとあの大きさは異常です。 古い時代には、小間使いや奴隷として活用する事もあったと聞いていますが」

 

此方を見つけたゴブリンが、敵意の咆吼をあげた。殆ど間をおかず、無言で、ジョーが腰だめして、M16をぶっ放した。最初の数発は外れたが、後の全ては顔面に集弾する。更に、胸も腹も血を噴き出した。しかし、ゴブリンは両目を潰され、全身を蜂の巣にされながらも、まだ動いている。無言で歩み寄ったジョーが、至近からM16の弾丸を、容赦なくゴブリンに叩き込んだ。

 

断末魔の悲鳴。

 

鏡から、二匹目が現れる。今度は鏡自体にジョーが弾丸を浴びせかけるが、それも効果を示していない。鏡は人間を瞬時に襤褸雑巾にする突撃銃の弾丸を雨のように浴びても、割れるどころか傷一つ付かない。

 

ちょっと慌てた様子で、スペランカーが叫んだ。

 

「急いで! あんまり長くは保たないよ!」

 

「わかりました!」

 

魔法的な罠は、幸い存在しない。詠唱して、杖をかざす。具現化せよ。短い呪文だが、効果はてきめんだった。

 

石が、空中に出現する。それは浮き上がることも落ちることもなく、その場にとどまっていた。踏み越えると、次の石を。光を放つ石に、順番に近付いていく。邪魔な石が浮いている。今度は、消滅せよと、短く呪文を唱える。

 

石は、何事もなかったかのように消え失せた。どれほど強力な酸を掛けても、此処まで激烈な効果は出ないだろう。戦慄する。この迷宮には、とんでもない魔力の力場が満ちているとしか思えない。

 

一番奥まで、辿り着く。

 

石の上に、小さな鍵があった。それもまた、自分が魔法の産物であることを誇るかのように、空中に浮かんでいる。這い上がりながら、鍵を掴む。

 

同時に、部屋の全体が、激しい光を放った。魔法的な衝撃が、部屋全体を舐め尽くしていく。

 

思わず体勢を崩したダーナは、真っ逆さまに転落。

 

真下で、走り寄ってきたスペランカーがクッションになってくれなければ、首を折る所だった。

 

「ふぎゃっ!?」

 

「あいたっ!」

 

十字に折り重なって倒れたダーナは、気付く。

 

鏡から現れたゴブリンの巨大種を、既にジョーが仕留めていたことに。辺りは血の海で、何体ものゴブリンが物言わぬ亡骸となって転がっていた。スペランカーが、体の下で呻く。

 

「あいたたたた。 気をつけて、ダーナ君。 ダーナ君も、ぺちゃんこになっちゃうから」

 

「えっ?」

 

そういえば、スペランカーは特異体質の持ち主だった。呪いなのだが、あまりにも体に馴染んでいるので、もはや体質と言っても良い。聞いた話によると、彼女の肉体は、悪意や敵意によって受けた攻撃をそのまま相手に返すのだ。物理的にではなく、文字通り空間が抉れるように、カウンターは発動する。たまたま今回は悪意がなかったから良かったが、下手をすると彼女が言うとおり、ぺしゃんこになっている所だった。

 

慌ててどくと、スペランカーは頭をふりふり立ち上がる。

 

しかし、今の感触。気付かれたか。スペランカーを、ちょっと気まずい目で見る。だが、彼女の反応は、いつもと変わらなかった。

 

部屋の中央に、魔法陣が出現する。複数の縁が重なり、カバラの秘儀が書き込まれた、移送用のものだ。これを使って、次の階層へ行け、という事なのだろう。

 

仕組みは理解できた。そして遊ばれていると言うことも。

 

問題は、此処からだ。多分ソロモン王の事だ。ろくでもないしかけを準備しているに違いない。

 

「この中に入れば、次の階層に行けます」

 

「魔術のことは、俺にはわからん。 後ろは俺がどうにかするから、お前は突破に集中しろ」

 

「お願いします」

 

ジョーは、相変わらず此方を見もしない。ただ、任務を完遂することしか、興味がないように見えた。

 

「先に行くぞ」

 

「はい」

 

無造作に、ジョーが魔法陣に飛び込む。

 

魔法陣にはいると、全身を光が包んだ。

 

落ちていくような、登っていくような不思議な感覚である。エレベーターに乗っていると、時々こんな不思議な違和感に襲われるが、それに近い。音はしない。ただ周囲には、無数の光の粒子が舞っているのみである。

 

光が消える。

 

辺りが、見えてきた。先に魔法陣に入ったジョーは、既に壁に背中を預けて、アサルトライフルを構えている。どうやら、魔法陣を抜けると、部屋ではなく通路に出る様子だった。

 

最後に魔法陣から出てきたスペランカーが、ぽてぽてと歩いてくる。

 

「ダーナ君、さっきのことなんだけど」

 

「すみません、そのことは後で話します」

 

「うん。 でも、こういう場所で、しかも少人数のチームで隠し事は色々まずいよ」

 

「……先を急ぎましょう」

 

やはり気付かれていたか。ジョーが一瞬だけ此方を見たが、何も言わなかった。

 

ちょっと気まずい。だが、今はそれどころではなかった。壁に背中を付けて、部屋を伺う。やはり、同じような大きさの空間の中、石が無数に浮かんでいる。鍵をあの中から探し出さなければならない、と言うことなのだろう。

 

鏡は、ない。

 

さっきの様子からして、部屋にはいると、その時点で防衛システムが作動するのだろう。後ろを見ると、魔法陣はまだ存在している。帰りはあの暗い狭い孔を抜ければすぐだろうが、これからこんな風に五十の層を突破しなければならないと思うと、少し気が滅入る。

 

「人が入った形跡があるな」

 

「あっ、本当ですね」

 

部屋の入り口に、かなり古い足跡が幾らか点在している。それだけではない。通路にも、よく見るとキャンプの跡らしいものがあった。

 

しかし、最近出来たものではない。明らかに、何年も経過している。

 

罠が生きていると言うことは、多分侵入者は生きて出られなかったのだろう。こういった迷宮は、隠してある宝をコアにして起動している場合が殆どなのだ。だからフィールド認定もされる。

 

「発見されたのが最近というのは、あくまで我々にとって、と言うことだろうな。 此処のことを知っている連中はいる。 しかもずっと昔から、ということになる」

 

心当たりはある。

 

だが、まだ推測の域を出ない。だから、ダーナは、仮説を述べはしなかった。

 

ジョーは何も言わない。だが、スペランカーは、心配そうに此方を見つめていた。

 

「退路を、一時的に封じられるか」

 

「えっ?」

 

「お前も気付いて居るんだろう? 多分此処を知っている奴が他にもいる。 俺も話に聞いているだけだが、お前達魔術師は能力者に比べて歴史が古い分軋轢もごちゃごちゃしているらしいな。 そうなると、横取りを狙う奴が追撃を仕掛けてくる可能性も高い」

 

寡黙だが、常に頭を働かせているジョー。その厳しい雰囲気は、いつも必要なことしか言わない。

 

そして、それは常に重要な意味を持ってもいる。

 

「追撃されるのは不利だ。 出来るか?」

 

「かなり難しいと思います。 無理に封じれば、帰れなくなる可能性も高いです」

 

「そうか。 今回は俺もトラップの持ち合わせが少ないし、ならば休憩を減らしてでも、多少強引に突破するしかないな」

 

ジョーの言うことももっともだ。と言うよりも、判断力において、勝てる気がしない。

 

スペランカーはどうかと思ったが、全面的にジョーに賛成らしい。

 

やはり、何だか居心地が悪い。以前のアトランティス総力戦でも、ちょっとダーナは肩身が狭かった。酷い思いをしているのを庇ってくれたのはスペランカーだったが、彼女は甘いだけではない。しっかりダーナに、現実的にものを見るように誘導もしてくれている。頭は悪いかも知れないが、多分本能で気付いているのだろう。ジョーが、この場において一番正しいことを行っていると。

 

部屋に飛び込む。

 

今度は、上下で三層に別れている不思議な部屋だ。足場が丁度部屋の真ん中くらいにあり、奥の方に輝く石があった。彼処が、鍵か。

 

複数の鏡が、部屋の上部に出現する。

 

スペランカーは、最後の切り札。この迷宮の最深部にいる可能性が高い存在に対する鬼札として活躍して貰わなければならない。道を切り開くのはダーナの仕事。そして、ダーナを守るのは、ジョーの仕事だ。

 

この三つが噛み合わないと、この恐ろしい迷宮は、とても突破できないだろう。

 

どずんと、何か大きな音がした。気がつくと、鬼のような形相をした恐ろしい顔が、鏡から落ちてきて、此方を睨んでいた。

 

顔は回転しながら、ゆっくり此方に迫ってくる。歯をがちがちと鳴らしているが、あんなものに捕まったらひとたまりもなく噛み砕かれてしまうだろう。どずん、どずんと、次々に巨大な頭は落ちてくる。いずれもが凶悪な形相で目を剥き牙を剥き、此方に迫り来ていた。

 

「急げ」

 

けたたましい銃声と共に、突撃銃が火を噴く。海兵隊に正式採用されている突撃銃の火力は凄まじいが、しかし敵の数は圧倒的だ。無数に列んで居る石の間を、走る。走りながら詠唱。

 

外から見た感触だと、この足下の部分はとても薄い。一つの石を消すだけでも、あの怪物の浸透を防げるかも知れない。仁王立ちし、突撃銃を乱射しているジョーに叫ぶ。

 

「ジョーさん! こっちです!」

 

三つ横に並んでいる石を、一つずつ消していく。そして、走り寄ってきたジョーが石を駆け抜けた瞬間、最後の一つを消した。

 

追撃してきた巨大な頭が、隙間から落下。どすんと、下で凄い音を立てた。次々に、隙間から頭が下に落ちていく。

 

念のため、もう少し石を消して、隙間を拡げておく。工夫なく進んできた巨大な頭が、次々と隙間から落ちていった。工事現場のように、どすんどすんと下で音がしている。何だか恐ろしいが、それ以上に気の毒に思えた。

 

「うわあ、下、凄いことになってるよ。 鳥さんの巣みたい」

 

「怖いから、覗きたくないです」

 

脳天気にスペランカーが言う。しかし、あの巨大な顔は、さっきの鏡からまだまだ現れ続けているようだし、何が起こるかわからない。何よりも、また、鏡が現れないとも限らないのだ。呼吸を整えながら、光る石への経路を頭の中で組み立てる。

 

ただ進むだけだが、それでも少し距離があるので、急がないとまずい。今頭上にあの鏡に出現されたら致命的だ。ジョーでも対処しきれないだろう。

 

肩で息をつきながら、石をよじ登る。体力も腕力もないダーナには、それだけで重労働だ。一番奥に、光り輝く石。よく見ると、上に小さな鍵。

 

手を伸ばす。

 

「急いで! また鏡!」

 

振り返っている暇はない。ダーナは、短い距離を助走して、無理矢理隙間を跳び越えた。

 

光る石を消去すると同時に、迷宮に光の波動が走る。溶けるように、禍々しい気配が、消えていった。

 

 

 

へたり込んでいたダーナに差し出されたのはスポーツドリンクだった。

 

たった二層を超えただけでこれだ。石を消去するのは難しくないのだが、巨大な怪物が何時現れるかまるでわからないのが恐ろしくてならない。スポーツドリンクを受け取る。スペランカーと思ったのだが、ジョーだった。

 

「少しは肉を付けろ。 魔術が使えるからと言って、それでは今後やっていけんぞ」

 

「すみません」

 

必要なことだけ言うと、ジョーは壁際に戻った。

 

二度の攻略ではっきりしたが、部屋に入らない限り、鏡は出現しない。と言うことは、得体が知れない怪物に襲われることはないと言うことだ。もっとも、以前ここに入った人間が居るとすれば、多分部屋に入る度に、また怪物は襲ってくるだろう。そうなるとうかうかはしていられない。

 

スポーツドリンクを飲み干す。水よりも効率よく水分補給が出来るので、フィールド探索者の間では必須だ。鞄からチョコレートを出して、囓る。カロリーが高いチョコレートは携帯食として便利である。

 

魔法陣の辺りで、ジョーがごそごそと何かやっている。ワイヤーを使って、トラップを仕掛けているようだ。踏むと手榴弾が爆発するえげつないものだが、事前に話はしてあるから、味方が引っかかることはないだろう。

 

額の汗を拭っていると、スペランカーがいつの間にか側で覗き込んでいた。何というか、この人は弱いかも知れないが、侮れない。とても怖い部分が結構ある。

 

「ねえ、ダーナ君」

 

「どうしたんですか?」

 

「私、あまり詳しくないんだけど。 そもそも、ソロモンの鍵って何? どうして、みんなそんなに夢中になるの?」

 

「概要は聞いていないんですか」

 

聞いたけど、よくわからないとスペランカーは言う。

 

丁度良い機会だし、話しておくのも悪くないと、ダーナは思った。

 

「一言で説明すると、かって存在したとても賢い王様が作り上げた魔法の本です。 伝説だろうと思われていたのですが、どうやら実在したらしいとわかって、今皆が血眼になっています」

 

「それが、どうして凄いの?」

 

「ソロモン王、賢い王様の名前ですが、彼は72柱もの魔神を操ることが出来たという伝承が残っています。 この迷宮にある書物こそ、その魔神の操り方が記された書物なんです」

 

そして、それには色々な都市伝説が伴っている。

 

その中の最たるものが、恐らくはこの迷宮に死を厭わず侵入を繰り返している連中の、動機だろう。

 

「魔神って言うと、悪魔のこと?」

 

「そんな所です。 普通の悪魔よりも、ずっと偉くて強い悪魔だと思っていただければ間違いありません」

 

「何だかうさんくさい話だね。 そんな凄い相手を、人間が72柱も操ったの?」

 

やはりスペランカーは勘が鋭い。その通りだ。

 

ソロモン王は一神教にとって重要な存在のため、その業績は過大に美化され、なおかつ強大化されている。もっとも有名な魔術書の真相など、実際にはただの紙切れという可能性も否定は出来ない。それどころか、かなり高いとも言える。

 

「みんなが求めているのは、きっとその強大な力です。 もしも伝承通りだとすれば、現在の軍事力でも何個師団にも匹敵する戦力が手に入れられるでしょうから」

 

「……」

 

スペランカーが口をつぐむ。

 

この馬鹿げた祭りは、早めに収束させなければならない。そうダーナは思った。

 

「行きましょう。 休憩は取れました」

 

「大丈夫?」

 

「これ以上、もたもたしてはいられませんから。 ぼくがこれ以上、みなさんの足を引っ張る訳にもいきませんし」

 

知ってはいた。だが、やはりスペランカーに言われると、この事態のおかしさが改めて理解できる。

 

ジョーは頷くと、トラップは仕掛け終えたと言ってくれた。

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