オールドアクションゲーム二次創作 作:dwwyakata@2024
八層を越えた辺りから、だんだん階層の作りが凶悪になってきた。
外見上はどれも同じである。円形の通路がぐるりとまわりを取り込んでおり、その中に部屋がある。その部屋の中には無数の石が浮かんでおり、入ると守護者らしい怪物が次々と姿を見せる。
そして、鍵らしき光を手にすることで、攻撃は収まる。
しかしながら、外から確認できる内部構造と、実際に足を踏み入れた時の恐ろしさがまるで異なるのだ。特に鏡の出現位置が恐ろしく、其処から現れる守護者の耐久力もあって、一つとして楽に越えられる階層はなかった。
足音を響かせ、後を追ってくるのはドラゴンだ。全身がオレンジ色で、かなりの小型種である。全高は四メートルほどだが、牙は鋭く爪は長い。翼があるタイプではないが、小さい分動きはとても速い。その上、間合いを計って火球を放ってくる知恵も備えていた。フィールドに出てくる魔物の類としてはそれほど強力なものではないが、何しろ数が数の上に、長丁場である。ジョーが手榴弾のピンを抜くと、放り投げた。ドラゴンが炎を吐く瞬間に、炸裂。ドラゴンの悲鳴がとどろく中に、更にとどめとばかりに銃弾を叩き込む。
ジョーは一度もアサルトライフルのマガジンを交換していない。これが恐らく、彼の能力なのだろう。
表情を変えないジョーだが、じりじりと下がっているのは。やはり、内心では焦りがあるのかも知れない。
「徹甲弾なのに、殆ど通らんな。 あのドラゴン、見かけよりずっと強いぞ」
「もう少し、耐えてください!」
「ジョーさん、代わって!」
煙を切り破って、ドラゴンがその巨体を現す。鋭い牙を剥き出しに躍り掛かるその鱗には、傷はあっても禿げては居ない。あれだけの弾丸と手榴弾を浴びても、倒れる気配はないと言うことだ。
飛び退くジョーに代わって、スペランカーが前に出る。手を広げて立ちふさがるスペランカーを前にして、ドラゴンが、ぴたりと動きを止めた。
以前はこんな事はなかったのだが。どういう事か。しかし、見ている訳にも行かない。階段状になっている石を、ひたすら這い登る。銀色の石が増えてきていて、行動の制限が著しく増えてきているのが不快だ。
ドラゴンが吠える。退け、とでも言うのだろう。知能が高い彼奴は、さっき出くわした時は、普通に石を這い上ってきた。ジョーが肩に掛けていた、グレネードランチャーに切り替えた。
「お願い。 通して」
説得を試みたスペランカーが、無造作に食いつかれた。そのまま振り回されて、放り投げられる。壁に叩きつけられて、トマトが破裂するようないい音を立ててぐちゃぐちゃに潰れた。
殆ど、間をおかず。
ドラゴンが絶叫。全身から鮮血を吹きだし、横倒しになる。其処に、ジョーがグレネードランチャーを叩き込んだ。爆発に巻き込まれたドラゴンの頭部は、今度こそ粉々に消し飛んでいた。
「急げ。 すぐ次が……前を見ろっ!」
ジョーの叱責にはっと顔を上げると、至近にそれはいた。大口を開けた、巨大な蛇の頭のようなものが、壁面一杯に貼り付いている。しかも口の中には、今にも火球を発射しようという光が、禍々しいまでに強く輝いていたのである。慌てて石を造り出すのと、蛇頭から炎が放出されるのは同時。爆圧が石を粉々に消し飛ばし、吹っ飛んだダーナは何度か転がって止まった。
「ダーナ君!」
ずたずたになったスペランカーだが、既に息を吹き返したようで、ふらつきながらも立ち上がりつつある。鏡からは、もう次のドラゴンが具現化しようとしていた。
スペランカーの能力は、不老不死。本人の能力が運動神経も知能も著しく低下するのと引き替えに、死から蘇生し、損失分の肉体は攻撃を受けた場合は攻撃者から、そうでない場合は周囲から奪い取って補うというものだ。瞬間再生する訳ではないし、着衣の再生までは完全には出来ないようだが、結構強力である。
問題は彼女に一つしか攻撃手段がないことである。さっきのような乱暴な攻撃を敵がしてくれればいいのだが、敵の知能が高い場合無力化される可能性が非常に高い。頭を振って、ダーナは石を作成。あの蛇のような頭は、火球を連射できないらしい。其処を突くしかない。
一応、ダーナも火球の術という攻撃手段はある。だがこれは、石をひいひい言って這い登るより体力を使う上に、制限回数がある。ここぞという時しか使えないし、今はその時ではなかった。
石で壁を作りながら、螺旋状に上がる。
また、蛇の頭が火球を放ってきたが、二重に展開した石の壁に防がれ、衝撃はさっきより小さかった。
鍵に、手を伸ばす。掴む。
下で、具現化したドラゴンが、動きを止めていた。
魔法陣が出る。しかし、今回はかなり高い所まで登っていたし、降りるのが億劫だった。しかも、足場を見ると、かなり無理して登ってきている。足を滑らせたら一巻の終わりだったと思うと、背筋に寒気が走る。
ドラゴンは、見ると、石像のように固まっていた。
「見ろ。 牙に衣服の残骸のようなものが引っかかっている」
「人を襲って、食べたんだね」
「先に来た人でしょうか」
「さあな。 いずれにしても、そのまま見逃す訳にはいかん。 人間の味を覚えた獣は、生かしておくだけで災厄を産む」
ジョーが無造作に石になったドラゴンの頭を打ち砕いた。グレネードランチャーをしまうと、再び突撃銃に持ちかえるジョーの動きは手慣れていて、まるで無駄がない。
既に、部屋の中央には、魔法陣が出現していた。
廊下に、十二星座を象ったマークが、無数に散らばっている。
壁にも床にも刻まれ、魔術的な配置があるのは明白だった。魔法陣に、再びジョーがトラップを仕掛けていく。
「あまり多くの罠は仕掛けられん。 多人数の追っ手が来ると面倒だ。 三十分で、出来るだけ効率的に休め」
「わかりました」
ジョー自身は、あれから一度も休んでいない。常に最前線で気を張り、敵とも近代兵器で勇敢に渡り合っている。さっきのドラゴンのような、露骨に力が違う相手に対しても、臆していない。
本物の戦士だ、この人は。
能力が如何にしょぼくても、関係ない。恐らくは、勇者というのはこういう人のことを言うのだろう。この人は棒きれ一本しか無くても、ドラゴンに対して有効な攻撃を最後まで試みようとするに違いない。
自分は、どうか。絶対に出来ないだろう。この人と同じ年になった時にも、そこまで成長しているとはとても思えない。ジョーは凄い人だ。スーパージョーと言われるだけのことはある。ダーナはまだちょっと彼の隣は居づらいとは思うのだが、しかし尊敬を抱き始めていた。
膝を抱えて、ぼんやりする。
スペランカーはどうしたのだろう。見ると、横に転がって、寝息を立てていた。随分図太い神経をしている。ジョーはと言うと、部屋への入り口の側の壁に寄りかかり、アサルトライフルの手入れをしていた。
今までの部屋にも、十二星座を象ったマークはあった。それだけではない。様々な魔術的障壁が、彼方此方に仕掛けられていた。石が作れない空間も存在した。そう言う場所は、手を伸ばしたり、跳び越えたりして、無理に突破するか、迂回するしかなかった。
高く積み上げられた石の山の中に、鍵が隠されている場所もあった。
今後は、もっとそれらが酷くなってくることは目に見えている。頭を使わなければ行けない。
考え込んだ末に、持ってきた保存食の中から、チョコレートを取り出す。そして、無言で噛み砕いた。
「私のも、食べて良いよ」
「起きていたんですか」
「うん。 頭を使うのに、甘いものって大事だもんね。 私のリュックにまだ少しあるから、食べちゃって」
「有難うございます。 その分は働きます」
スペランカーは応えない。半分寝ぼけていたのかも知れない。
金色の粉が、不意に宙に舞った。
辺りに、魔力のひずみが出来ている。妖精だ。
顔を上げたダーナの目には、無数の妖精が写り込んでいた。人間よりもだいぶ小さく、背中には羽虫のような羽が四枚生えている。黄色い笑い声が、辺りに満ち始めていた。
「ようこそ、封印の迷宮に」
「ようこそ、乱暴な旅人さん」
無言でナイフに手を掛けたジョーを制止する。
性悪だが、敵意のある妖精ではない。しかし、妖精は気紛れな分下手に刺激すると、非常に危険なことがあるのだ。
目を擦りながら、スペランカーが半身を起こす。彼女は飛び交う妖精達を見て、しばらく固まっていた。
「貴方たちは、この迷宮に住み着いている妖精ですか?」
「そうよ。 私達は此処の住人」
「もっとも、迷宮が出来た時より後から、住み着いたのだけれど」
きゃっきゃっと黄色い笑い声。害意はない。だが、その代わり、悪意が言葉の節々にしみこんでいた。
人間が作ったよりも後から、妖精が住み着いた。それが、そもそもあり得ることではない。この手の妖精というものは、基本的にものに宿った精神が、形を為したものだ。フィールドが出来た時からいるとすると、その時から生きているのが普通であり、すなわち迷宮と存在を共にしているはずである。
それが、後から来たとは、どういう事か。
「貴方たちは、ひょっとして誰かに使役されている妖精ですか」
「そうよ。 私達は哀れな使い魔」
「ただ、この迷宮を知るためだけに、造り出された哀れな命」
「その割には楽天的な妖精どもだな」
ジョーの言葉にも、妖精達は陽気な笑い声を返すばかりだった。ジョーに、慌てて喋るのをやめるように言う。妖精の類は、怒らせると面倒なのだ。
さっきから時々姿を見せているゴブリンも、本来は妖精の一種である。あのようなおかしな姿になることは滅多にないが、それでもああなりうるのが妖精なのだ。人間を罠に陥れて、苦しめて殺すことだけを仕事や生き甲斐にしているような者もいる。
今周囲を飛び交っているのも、もしピクシーだったら面倒だ。ピクシーは、旅人を迷子にさせるのが仕事の妖精なのである。
「あら、ご主人様が来ているわ」
「後ろから、追いかけてきているようよ。 この人達のことを、伝えなくては」
「ちょっと、待って!」
「さようなら、乱暴な人達。 貴方たちが、破滅することを祈っているわ」
目にも止まらぬ速さで、ジョーが一匹を捕まえる。だが、光の粒子になって消えてしまった。
後には、甲高い嘲笑のみが残った。
「話を総合すると、どうやらあの妖精どもを放った連中が、追撃してきている。 そう言うことで、間違いないか」
「恐らく」
「あれはフィールド由来の生き物じゃないの?」
「ごく希に、妖精使いと呼ばれる術者が居ます。 フィールドで発生したごく弱い妖精などを、自分の配下として飼うことが出来るようです。 もう長いこと噂を聞いていませんから、絶滅したという話もあったのですが」
どうやら、生存していたらしい。それも、最悪の形で、だ。
どちらにしても、もうのんびり休んでいる暇はない。襲撃者が居て、それが追撃してきているのは間違いない。しかも此方は、そいつらに存在を知られてしまった事になる。
「不意を突くか、それとも振り切るか。 どちらかを選ぶ必要がある。 この迷宮はやはり、入ればまた罠が作動すると見て良いのか」
「はい。 恐らくは、何度でも」
「ならばもう少し進んで、追撃者を離しておくぞ。 此方には軍基地のバックアップもあるし、そう大した数は送り込めないはずだ」
「私も賛成だよ、ダーナ君。 もしフィールドに入ってきている人が、此方に危害を加えようって言うのなら、少しでも力を削いだ方が良いよ」
二人が言うとおりだ。ダーナは頷くと、さっさと先に進むことにした。
ソロモンの小さな鍵には、こんな伝承がある。
この書物は、世界のバランスを司る存在。この書物に触れる事なかれ。
何でも、かって世界は混沌の坩堝にあった。その混沌をおさめたのが、ソロモンの小さな鍵と呼ばれる魔術書である。
しかし、今の世の中は混沌の坩堝である。それは、ソロモンの魔術書に、触れてしまった者達が居るからだ。
だから、守らなければならない。ソロモンの鍵は、闇の奥底に封印しなければならないのだ。
幼い頃から、未だ名前無き魔術師は、それをすり込まれて育った。世界は腐っている。世界は歪んでいる。だから、是正しなければならない。これ以上の歪みを、生じさせてはならない。
暗い部屋で、妖精と遊ぶ技ばかりを磨かされた。幼くして妖精が見えたからか、いろんな所に連れて行かれた。そして、妖精と遊んだり、彼らの力を借りる事を求められた。よくわからなかったが、妖精と遊ぶことは楽しかった。
同世代の友達はいなかったし、同性の人間も見たことがなかった。周囲にいるのはターバンをつけていたり、顔を隠していたりする大人ばかり。笑顔どころか、顔さえ見たことが殆ど無かった。
少しずつ背が伸びてくると、妖精に色々な内緒の話を聞くようにもなった。
自分が女という性別であること。他の女はおしゃれをしたり、美味しいものをたべたり、自由に生きていること。
羨ましいなあとも思った。
だが、頭にすり込まれた伝承は、どうしても消えなかった。それに、もしも逆らおうものなら、食べ物を減らされた。それだけは、どうしてもいやだった。空きっ腹を抱えて暗闇の部屋に閉じこめられると、寂しくて悲しくて涙が出た。
大人に、逆らってはいけない。
それが、名前さえ与えられていない「妖精使い」の教訓だった。
やがて、人も殺すようになった。妖精を使って目的の人間の居場所を探し出して、大人に教える。そうすると、大人が恐ろしい武器を持って出向き、殺してくるのだ。殺した相手は、目の前で切り刻むことも珍しくなかった。首を目の前で切り落とされた時は、大量の鮮血が噴き出す有様を見て、嘔吐をこらえるのに苦労した。
嘔吐は、絶対に出来なかった。食べたものを無駄にするなんて、絶対に許されないことだからだ。
我慢に我慢を重ねている内に、いつの間にか笑えなくなっていた。
大人達に連れられて、歩く。彼らのリーダー格が、不意に言う。ターバンをつけ、顔を隠しているが、その残虐な目の露出までは避けられなかった。
「妖精使い。 連中を捕捉したか」
「十二階層先にいます」
いきなり殴られる。吹っ飛んで、壁に叩きつけられた。床に倒れ込んだところで、顔を踏みにじられた。
「何で見つけた瞬間に言わない。 次にやったら、耳を切り落とすぞ」
「ごめん、なさい」
「ふん、道具の分際で。 おい、此奴の餌を減らせ。 ペナルティだ」
吐き捨てる。
妖精が、耳元で囁いた。この迷宮に住み着いている妖精だ。自分が連れてきた妖精達ではない。
彼女は人間よりも若干小さいほどの背丈がある。魔力もかなり強い。妖精の中でも、何千年と時を重ねた、非常に強力な存在であることは間違いなかった。
「やあだ、乱暴な男。 どうしてあんなのに従ってるの」
「逆らったら、殺される」
「私に任せてくれない? そうしたら、あんな奴、不意を突いて此処にいる仲間達の餌にしてあげるよ?」
妖精のありがたい申し出だが、首を横に振る。
今まで外の世界など知らない状況で暮らしてきた。だから、仮に自由になれても、生きていける自信がない。
それに、知っている。外では人殺しは大きな罪だ。それを散々重ねた自分に、居場所など、ある訳がなかった。
大体、今も遺跡の外では、あの男の仲間達が大勢待っている。仮に此処にいる者達が死んだって、自分は自由になどなれない。
「何だ、あんたって臆病者」
「ごめんなさい」
「まあいいわ。 私達と相性が良い人間って言うだけで、そうそういないし、我慢してあげるんだけど。 ただね、はっきり言うけどあんた、もう少ししたら彼奴らの仲間に犯されて、死ぬまで子供を産むためだけの道具にされるわよ」
背筋を、寒気が通り過ぎた。
具体的に意味はわからないが、大体何となくわかる。連中の仲間が時々何かしているのは知っていた。うなり声のようなのとか、悲鳴のようなのとかが、自分の居る隣の部屋から聞こえてきたこともあった。
怖くて見ることが出来なかったが、きっと怖いことが行われているのだと思っていた。
今、妖精の言葉で、それが具体的な形になった。
「ど、どうしよう」
「さあね。 逃げるしか、ないんじゃないの。 どっちにしてもあの連中、まともな人間じゃないわよ。 チャンス見て逃げないと、文字通り何されるかわかんないし、今後は確実に殺されるよ」
でも、どうやって逃げたらいいのかさえわからない。
名前さえない自分は、きっと外では生きていけない。
前では、凄惨な殺し合いが続いていた。杖を振り上げた男が、石を作って、這い上がっていく。怪物が次々とリーダー格の仲間を襲う中、光る石に手を掛ける一人。阿鼻叫喚が止まった。
リーダー格は身じろぎさえしなかった。どれだけ同僚が死のうが、知ったことではない様子だった。
「何人生き残った」
「此処には十三人です。 七人、後から来ます。 更に増援を呼ぶことも出来ます」
「ふん、役立たずが。 良いか、今回の目的は先に行った背教者どもを消すことだ。 この迷宮は眠らせたままでなければならん。 背教者どもを消したら、さっさと撤収する」
男の目は、ただ血に飢えていた。
星空のように、空に無数の宝石が輝いている。だが、それは決して美しいだけのものではない。石を作りながら、急いで拾い集める。
なぜなら、その宝石は罠だからだ。これがあるせいで、その空間には石が作れない。滝のように上からは小型の怪物が降ってきている。グレネードランチャーとアサルトライフルを駆使して、行く手の怪物を次々に撃ち落としてくれるジョーの表情にも、余裕がない。
「もう長くは保たん! 急げ!」
「こっちだよ、ダーナ君!」
手を振っているスペランカー。何時の間に回り込んだのか、上の方にいる。彼女が指さす先には、確かに目映い輝きがあった。
計算する。
彼処へ行くには、どうすればいいか。滝のように落ちてくる敵は、勢いを増すばかりだ。それに、見えた。ジョーの額の汗が酷くなってきている。呪いに対抗する術式が、切れかかっている証拠だ。
焦るな。自分に言い聞かせる。そして、ついに活路を見つける。
指が千切れそうな程の勢いで、石にむしゃぶりつく。そのまま這い上がり這い上がり、鏡の側を通り抜けて、鍵に飛びつく。途中見つけた宝石は、弾いて地面に落とした。そんなものよりも、今は大事なものがあったからだ。
光る石に手を触れると同時に、周囲の魔力が沈静化する。
スペランカーが、大きく嘆息した。
「はあ、しんどかったあ」
「ジョーさん! 大丈夫ですか!」
「問題ない」
かなり高い所から見下ろす感触だが、どうにかジョーの無事は確認できた。駆け上がったが、まさかこれほど高い所まで来ていたとは。改めて下を見ると、足が竦んでしまうほどだ。
床に散らばっている宝石を集めるのは、解析のためだ。ちょっと見たが、サファイヤとしては若干純度が低くて、売ってもあまり良いお金にはならない。魔法陣に歩み寄り、入り口に警戒の目を向けているジョーの側を、光の粒子が飛び回った。
また、妖精だ。さっきのよりもかなり大きい。衣服についている装飾も豪華で、或いは妖精族の王族なのかも知れない。
ジョーは視線ももう向けることはなかった。
「またか。 何用だ」
「人間、追っ手が近付いてる」
「それを言ってどうする」
「妖精使いが、そいつらにこき使われてる。 可哀想だから、ぶっ殺して、妖精使いを助けてあげて」
物騒な話だ。しかしまあ、相手側の事情がわからない以上、どうにもならない。ゆっくりというかもたもた降りてきたスペランカーが、妖精の前に歩み寄る。
妖精が少し離れたのは、やはりスペランカーが纏う異常な呪いに気付いたからだろう。今度のは、さっきのよりだいぶ強いようだし、それくらいは見て判断できるはずだ。
「お前は……恐ろしい。 恐ろしい」
「うん。 私の体には、ちょっと怖い呪いが掛かってる。 それよりも、誰かを助けるために、他の誰かを殺してってのは、ちょっと乱暴だね。 何か事情があるなら、話を聞いても……」
「今はそれどころではない」
ぴしゃりと、ジョーが言う。ダーナはその口調があまりに鋭いので、思わず息が止まるかと思った。
ジョーとスペランカーがにらみ合う。スペランカーは、いざというときは一歩も引かない。以前もあの恐ろしいMに対して、敢然と立ち向かう所を見たことがある。その時は、Mがスペランカーの言い分を聞いたほどだった。あの、フィールド探索者どころか地球人最強を謳われるMが、である。
スペランカーは声を荒げない。叫ぶこともない。だが、いざ引かないと決めた時の口調は、山のような安定感がある。頭一つ半大きいジョーに対しても、小柄なスペランカーは虎に向かうクズリのように引かない。
「待って、探索の助けになるかも知れないよ。 ジョーさん、話、聞こうよ」
「リスクの方が大きい」
「この先、もっと厳しくなるとすると、内通者が居る方がいいんじゃないの? 追撃者が現れるタイミングも計れるよ」
「その妖精が、本当のことを言っている保証は何処にもない」
確かに、ジョーの言い分ももっともだ。しかし、スペランカーは、どうしてか妖精の言い分に正しいものを感じているようだった。
彼女の直感は頼りになる。今まで接していて、ダーナはそれを感じている。だから、ちょっと躊躇した後、彼女に加勢した。
「ぼくも、先輩に賛成です」
「……」
妖精は不安を感じたか、ちょっと距離を取って滞空している。
ジョーは口を引き結んだままだった。そう言えば、この人も今まで怒ることはなく、叫んだのもダーナの危険を感じたらしい一回だけだった。だが、その意見対立は、静かなのに、とても重く恐ろしく感じた。
「わかった。 ならば一旦次の階層に出る。 其処で判断しよう」
「わかりました。 その方が、良さそうだね。 ダーナ君、いこ」
「はい」
スペランカーに手を引かれて、そのまま魔法陣の中に身を躍らせる。
そう言えば、もう半分は越えたはずだ。
魔法陣を出ると、また同じ光景が広がっている。円環状に部屋を取り囲む通路と、それに同じ大きさの部屋。見ると、今度は左右対称の面倒くさい構造だ。
少し前くらいから、何をやっても消えない不気味な炎が部屋中に灯っているようになった。火力は凄まじく、一度これに飛び込んだゴブリンが瞬時に焼き払われてしまった。幸い炎が広がることはないのだが、あれは厄介だ。或いは、炎の形をした魔術による生成生物なのかも知れない。
魔法陣に銃口を向けたまま、ジョーは妖精に言う。
「幾つか、聞かせて貰おうか」
「何よ、偉そうに。 筋肉男」
「ジョーさん、ぼくが話します。 妖精とは、交渉した経験もありますから」
「そうか、なら耳を貸せ」
まあ、相手に聞こえるようでは交渉も何もない。だが、聞こえてきた声は、意外なものだった。
「あの妖精を信じていないのは俺だけじゃあない。 スペランカーもだ。 そのまま、何も言わず、聞いているふりをしろ」
「……」
ジョーの話によると、どうも話がきな臭いという。妖精が誰かを助けようとしているのはほぼ間違いないようなのだが、その裏に何かあるとしか思えない。
例えば、救助対象だけを救って、後の人間は皆殺し、とか。
考えられる話だ。妖精は皮肉屋で残酷な側面がある。例えばあの妖精が、何らかの理由でこの迷宮を守っているのだとしたら。妖精の友人の人間を助けることはあっても、他は皆殺しにしてしまおうと考えても、不思議ではない。
どうやら、ダーナが思っているより、遙かに二人は大人だったらしい。ちらりと見たスペランカーが、ご機嫌そうにリュックから缶詰を出している。まるで子供のような無邪気な表情である。あれは演技なのか天然なのか、ちょっと判別がつかないが。
「わ、蟹缶だ! 社長さん、今回は奮発してくれてるなあ」
「カニカン? 人間、何よそれ」
「美味しいんだよ。 食べる?」
「じゅるり。 しょ、しょうがないわね! ちょっとだけだったら、食べてやってもいいんだからねっ!」
何だか阿呆なやりとりを一瞥だけすると、ジョーは無表情のまま続ける。
まず聞き出すのは、敵が後何階層までに迫っているか。要保護対象はどのような姿をしているか。敵の戦力はどれくらいか。
ほぼ間違いなく敵には能力者が居るとダーナが指摘すると、間違いないだろうなとジョーも肯定してくれた。ちょっと嬉しい。
「わかっているとは思うが、階層を聞き出すのは、相手の嘘を計るためだ。 もしも敵が事前に此処に来たことがあるのなら、進行速度は此方よりも早いと見て良い」
頷く。
積極的に追いかけてきている敵がいて、しかも側に嘘を吹き込むことで、皆殺しを計る者がいるのなら。
その全ての上を行かないと、この場を生き残ることなど出来ないだろう。
頷きあうと、言われたとおりに不平満々という表情を作り、ダーナは蟹缶をがっつく二人に歩み寄っていった。