オールドアクションゲーム二次創作 作:dwwyakata@2024
部屋に飛び込んできた子供が、悲鳴を上げる。巨大な頭蓋骨の怪物が、激しく顎を鳴らしながら躍り掛かったからだ。人間を丸呑みに出来そうなサイズで、口の中は闇色となっていた。向こうは見えない。食いつかれたら最後どうなるか、知れたものではなかった。
即応したのはスペランカーである。棒立ちになっている子供を抱きかかえて飛び退く。しかし、飛び退いた瞬間、骸骨に右足を膝の辺りから食いちぎられていた。
ぶちまけられる鮮血。
血まみれでけたけたと笑っていた頭蓋骨の上半分が吹き飛び、粉々になって風化していく。靴は、再生しない。
徐々に再生していく足をさすりながら、スペランカーは無理矢理笑みを子供に向ける。額からの脂汗が、酷い苦痛を如実に示していた。
「大丈夫だった?」
まだ震えている子供。この段階で、足手まといを抱えるのは致命的だ。だが、外に放り出す訳にも行かない。ダーナは跳躍すると、石に飛びつく。体が軽い。多少の無理だったら、平気そうだった。
鍵を取る。
同時に、溢れかえっていた骸骨の魔物達が動きを止めた。地面に転がって、砕け散るものもいた。
「ダーナ君、大丈夫ー?」
「ぼくは平気です。 先輩こそ、足は大丈夫ですか?」
「平気!」
右だけ、素足のままスペランカーは立ち上がる。辺りの石も大きく抉れているのは、彼女の血が掛かったからだろう。
魔物が、情報を共有しているらしいことは、ダーナにも予想が付いていた。だから、それを逆用して、悪いがスペランカーを盾にするようにして動かせて貰った。何だか普段とは比較にならないほどに頭が働いている。さっきも、いつもでは思いつきもしないような方法が、するりと頭の中に浮かんできた。
体そのものもよく動く。魔力も、底力がまるで違う。普段だったら連射できないような火球も、今日は何発撃っても疲れる気がしなかった。
さっきの、ジョーさんは格好良かった。多分、あの姿を見たからだろう。
何だか、今だったら、何が相手でも勝てるような気がした。
部屋の中央にある魔法陣へ歩く。スペランカーはかなり服を破かれたり噛み裂かれたりしていて、ダーナが見ると苦笑した。
「酷い格好になっちゃった。 そろそろ新しいお洋服出さないと」
「服は、再生できないんですね」
「再生できる場合もあるんだけど、ダメージが酷くなってくるとどうもね。 それに、この呪いって気紛れだから、おきにの服に限って駄目なんだよね」
くすくすとスペランカーは笑った。
さて、子供だ。余程怖い目にあったのが、がくがくまだ震えている。周囲を飛び交っている妖精の様子からいっても、この子が妖精使いで間違いないだろう。
髪は綺麗に切りそろえているが、全体的に不潔な着衣が目立つ。目の大きな可愛らしい顔立ちをしているのに、気の毒な話だ。肌は全く焼けていないし、むしろ病的なほどに白い。この辺りの出身ではない可能性が高い。それに、酷く痩せていた。
「この子の名前は?」
「知らないわよ。 というか、「おい」とか「これ」とか呼ばれていたらしいわよ」
「酷い。 どんな犯罪組織だろう」
「多分、見当はつきます。 次の廊下で話しましょう。 この子が逃げてきていると言うことは、ジョーさんがまだ頑張っているはずですし、そのためにも追撃は封じなければならないですから」
スペランカーはちょっと驚いたようだが、同意してくれた。
ジョーならそうすることを願うはずだ。前には進めなくなるが、帰りに回収していけばいい。大丈夫だ。並の術者程度に、あのジョーさんが遅れを取る筈がない。仮に遅れを取ったとしても、敵が無事で済むはずがない。次の迷宮を突破するのは、決して簡単では無いだろう。
女の子の手を引いて、魔法陣に。
次は、また同じ構造だった。円環状の通路と、部屋。部屋の様子を伺い見ながら、ダーナは戦略を立てる。
「こ、この先に、行くの?」
子供が喋った。いや、違う。妖精を介して、喋っている。
その手にはナイフがあった。切っ先がかたかたと震えているが、返答次第では刺す気だろう。
「ソ、ソロモンの鍵に、触っちゃ、駄目。 世界に、また混沌の災厄が、撒かれてしまう、から」
「誰から聞いたの?」
「え、ええと」
わからないのだろう。
名前など与えられなかった子供だ。周囲がまともに接しているわけもない。
ダーナは腰を落として子供と視線の高さを合わせると、言う。
「ギリシャって国のお話に、こういうものがあるんだ。 パンドラっていう可哀想な女性が居て、彼女は決して開けてはならない箱を持っていた。 神様が、パンドラに開けては駄目だっていっていたんだよ。 でもある日、パンドラは興味に負けて、箱を開けてしまう。 箱からは無数の悪意が、世界にばらまかれてしまった」
「似てるね」
「そう、原型は恐らく同じものでしょう。 しかもこれは、明らかに精神誘導のための手段として使われている。 一見すると良さそうな話を餌にして、真意を隠すのは、人間がよくやることです」
ダーナは、表情を改める。
この子を、悲しい刷り込みから解き放つのは、今を置いてなかった。
「きっと君に酷いことをしていた人達も、本当はソロモンの鍵が欲しいだけだったんじゃないのかな。 いいかい、此処にある書物は、72柱もの魔神を操ることが出来るという、伝説のものなんだ。 邪悪な人間だったら、それを悪用して、世界を好き勝手にしたいと思う。 そして、君を好き勝手にしていた人達は、きっとそれが目的だったんだろうね」
子供は、必死に頭を横に振った。だが多分背教者とか他の人達を罵っていたんじゃないかと指摘すると、子供は気付いたように、ナイフを取り落としていた。
涙が大きな目からこぼれ始める。無言でスペランカーが、子供をハグして、ハンカチで涙を拭き始めた。
きっとこの子は、言われるままに妖精を操って、人殺しにも荷担してきたのだろう。それが、大きな心の傷を作ってきた。そして、恐らくはこの子の両親も、更にもっと前の先祖も。
唾棄すべき闇の中に、この子は囚われていたのだ。
心が壊れてしまえば、楽だったかも知れない。しかしこの子には妖精という話し相手が居て、それが精神の最後の支えになっていた。逆に、この子の苦しみを、その環境が増していたとも言える。
「ダーナ君、他にも、色々聞きたいことがあるんだけど」
「おいおい、話します。 この子の後ろにいたのは、きっと一神教の原理主義勢力でしょう。 理由については、大体心当たりがあります。 今は、この迷宮を突破して、全ての悪夢を終わらせましょう」
「うん」
スペランカーが、子供に、戦いが終わるまで廊下で待っているように言い聞かせる。
部屋の中心には、恐らく何かを意味するらしい紙片が浮かんでいた。鍵の前にあれも取っておく必要がある。そうダーナは思った。
美味しいお菓子を、女の人がくれた。チョコレートと言うらしい。
妖精使いは、壁を背中に座り込んで、夢中になってチョコレートをかじった。甘くて苦くて、とても美味しい。今まで食べさせられた食べ物がどんなに酷かったのか、ちょっと口に入れるだけでよくわかった。
手についた汚れまで美味しかった。しばらく黙々と口を動かしていたが、美味しいのが終わると今度は悲しくなってきた。
一体、今までのことは何だったのだろう。
妖精達は、あの人達のことをあまり面白くは思っていないようだ。やっぱり彼女らにとって、この迷宮は守るべきものなのだろう。自分で連れてきた妖精達も、考えはあまり変わらないようである。
「なーんだ、卑しいの。 すぐ餌付けされちゃって」
「でも、あの人間、この子に今まで接していた人間より、ずっと優しい」
「そうなの?」
「そうよー。 今までの 人間なんて、この子を子供を産む道具にしようとしてたんだからあー」
妖精達が、周囲で議論している。
この迷宮の、リーダー格らしい妖精は、じっと黙っていた。だが、彼女が手を叩くと、周囲の妖精達はぴたりと議論を止めた。
「王女様、どうしたのおー」
「あの人間達、ひょっとしたら最深部まで行けるかも知れない」
「無理よー。 行けたとしても、空間と時間の壁があるでしょー」
「あっちの、魔法使いの方。 あれ、さっき時間が見えてた。 だから、ひょっとしたら空間も」
もしも、人間が最深部まで行って、この迷宮を終わらせたら。
妖精は皆消える。正確には、ここに住めなくなる。だが、今は妖精使いがいる。
妖精は、人間の中に住むことも出来る。妖精使いが代々血脈を継ぐのも、それが理由なのだ。
「もう、このせまっ苦しい迷宮は飽き飽き。 そう、思わない?」
「でもおー、この人間はともかく、彼奴らは信用できるのー?」
「彼奴らの仲間が、後ろで必死に壁になって、あの嫌な人間と魔術師をみんなみーんなやっつけるの、私みたよー」
後から魔法陣を抜けてきた妖精が言う。口やかましい妖精達が、一気に信じる側に傾くのがわかった。
どうしたらいいんだろう。そう思う妖精使いの前で、ダーナと呼ばれる魔法使いが、鍵を手にする。
迷宮が、無力化された。
部屋から出てきた女の人が、手を貸して、立たせてくれる。ダーナという魔法使いはほそっこいのに、まだまだ先に行けるようだった。
「次! 行きます!」
「よし、あとちょっとだね。 頑張ろう。 ジョーさんと、私が。 絶対にあなたを守ってあげるからね」
女の人に抱きしめられる。薄い胸だったが、悪い気分はしなかった。
急ぎ足で駆け抜けてきたから、此処が何層目の迷宮だかはわからない。
だが、仮説は幾つかあった。
円座をスペランカーと、妖精使いの女の子と組む。そして、ダーナは、三角形を二つ組み合わせた六芒星を描いていた。さっきまで、スペランカーには見せていなかったが。時々強い力を持つ石があり、それを消すことによって石版が現れたのだ。一つずつは子供の掌くらいの大きさしかない。
懐から出してみる。既に六つ、集まっていた。
「おそらく、これがこの迷宮の心臓です」
「ええと、何だか何処かで見たことがあるね」
「六芒星と言います。 強い魔力を持った形状です。 ソロモン王が開発したという伝説もあります」
この迷宮は、どんどん地下に潜っているのではない。魔術的な意図を持って、並列に存在しているのだ。それが確信できる。というのも、六芒星が横に魔力を発していたからだ。もしもどんどん大深度へ向かっているなら、縦に魔力を発しているはずである。
しかし、妙なことも多い。
「守護者が、あまりにも弱すぎます」
「え? あれで?」
「いえ、あの程度、です。 もしも伝承に残る72柱の魔神を使いこなしたソロモン王だったら、もっと強力な守護者を配置しているはず。 それこそ、一端撤退してサー・ロードアーサーかMさんでも呼んでこないといけないような、ね」
そう指摘すると、ちょっとスペランカーはむくれた。子供っぽい表情である。
この人は、精神の成長がある程度で止まってしまっているのかも知れない。
「むー。 ジョーさんを侮りすぎだよ」
「あ、そう言う意味じゃありません。 ジョーさんも頼りになる人です。 でも、正直銃火器でどうにか出来る相手かどうか」
でも、そう言う相手は今まで現れていない。
「そして、さっき入手したこれ。 ちょっと僕には読めないんですが、古代の文字が書かれている羊皮紙です」
「この迷宮を封じし空間を、この書物に記す。 もしも最深部への扉を開けたくば、時の封印もとけ」
妖精使いが、ぼそぼそと呟いた。
彼女の上に、あの一回り大きい妖精が浮かんでいる。多分、精神をリンクして、喋らせたのだろう。
「それが、この紙に書かれた内容ですか」
「そーよ」
妖精はぶっきらぼうに言うと、光の粉をまき散らしながら、妖精使いの中に入ってしまった。
周囲に黄色い笑い声が木霊する。修行不足である事を実感しながら、ダーナは立ち上がった。なるほど、今の話で、謎が全て解けた。
どうしてダーナにこの羊皮紙が見えたのかはわからない。だが、他の探索者は、これが見えなかったのだろう。
そして、もう一つの仮説が、今は浮き上がってきていた。
今度の部屋は、目映い場所だ。猛烈な数の、消えない炎が部屋中にある。その数は凄まじく、一手でも間違えたら黒こげになりそうである。
スペランカーが、もう半分溶けてしまっているヘルメットを直す。ズボンもシャツも靴もぼろぼろだが、彼女は畏れていないように、見えた。
「言っておくけど、私痛いのも怖いのも本当は嫌だよ。 噛まれると痛いし、転ぶと悲しいし、生き返るときは電気ショックみたいで凄く痛いんだから。 でも、私が我慢することで、助かる人がいるんだったら」
「先輩……」
「さ、ダーナ君。 行こう」
部屋に、踏み込む。
鏡は出てこない。余程この火炎の地獄陣に自信があるのだろう。確かに、越えられるものなら越えてみろと言わんばかりである。
そして深奥。
炎に厳重に、執拗的なまでに守り抜かれた所に、羊皮紙の紙片が浮かんでいる。あれが恐らく、もう一つの封印。時の封印とやらだろう。
しかし、今のダーナには。
脱出の経路が、見えていた。
見ていろ、ソロモン王。いや、この迷宮に、罠を仕掛けた古代の魔術師。
ダーナは助走を付けて、最初の石を跳び越える。下はまるで灼熱地獄だが、恐ろしくも何ともない。
跳躍し、奥へ。時々戻っては、石を消し、或いは作って足場を確保。火を落とすのも、かなり慎重にやらなければならない。退路が確保できなくなる。
スペランカーはと言うと、上に這い上がって、時々違う方向から指示をくれる。外の妖精使いは、じっと不安げに此方の様子を見ているようだ。
「ダーナ君、気をつけて! その石を消すと、上から火が来るよ!」
「! わかりました。 脱出路を再構成します」
外からは、何カ所か内部を確認できる。だからそれを使って念入りに調べたのだが、死角があった。頭に手をやり、思考をフル回転させる。
少し戻り、全体的な高さや炎の位置を再調整する。額に汗が浮かぶ。
ジョーのことも心配だ。この迷宮の呪いに対抗する魔術は掛けてあるが、それもあと半日くらいしか保たないだろう。
汗が、顎を伝って石に落ちた。
駄目だ。此処で、不意に手が詰まった。もしも行くとしたら、炎を突っ切るしかない。しかし、出来るのか。
石に関する術式の他は、これといった技もないダーナである。火炎級の術も、実際にはこれといった切り札にはならない。スペランカーが、上から手を振っている。そうか。まっすぐ進むだけが、能ではないか。
一旦、最初の辺りまで下がる。
見えてくる。一度、大きく迂回すれば。どうにかなるかも知れない。自分で作った足場の下を潜るようにして、行く。大量の炎が床では燃えさかっていて、まるで地獄に迷い込んだようだった。じりじりと、マントが焦がされる。
さっき見ていた通路の真後ろに回り込んだ。此処も死角になっていて、気付かなかった炎の壁が結構あった。
手を伸ばす。
羊皮紙を、取った。次は鍵だ。
だが、胸が不意に苦しくなる。恐らくは、時間が掛かりすぎたのだろう。
目が霞む。無理が祟っているのかも知れない。だが、此処さえ抜ければ。此処さえ突破すれば。
いつの間にか、支えられていた。ついてきたスペランカーが、支えてくれたのだ。
「後、此処を登るだけだね」
「はい。 先輩、ご迷惑をおかけしました」
「やっぱりなあ。 君、女の子でしょ」
ちょっと疲れた笑みを返す。
実際には、そうでもあり、そうでもないとも言える。だが、今は。それを説明するよりも、この恐ろしい灼熱地獄を突破するのが先立った。
螺旋階段状に、石を配置して、それを這い上がる。
時々スペランカーに支えられながらも。ダーナが鍵を手にすると、迷宮に満ちていた重圧が、一気に軽くなった。
炎が全て消え失せて、部屋が涼しくなる。
そして、部屋の中央に。今まで、見たこともない巨大な魔法陣が出現していた。
封印が、解けたのだ。
六つの石版も反応している。そして、夢遊病者のような足取りで、妖精使いが、魔法陣の中心に立った。
「人でありながら、神に近い存在よ。 汝は、真実を求めるか」
「求めます。 それが、どれほど酷いものであったとしても」
妖精使いの口から漏れるは、荘厳なる言葉だった。
気付く。魔法陣の形状が、明らかに今までと違う。これは、多分横への移動ではない。縦、しかも大深度の地下への移動を行うものだろう。
スペランカーが、ブラスターと呼ばれる武器を取り出す。何かが、この先にいるのは確実だった。
「ならば、行くが良い」
魔法陣が、輝く。
意識が戻った時。
其処にあったのは、荒れ果てた、石だらけの遺跡だった。