オールドアクションゲーム二次創作 作:dwwyakata@2024
Mさんのライバルである亀の大魔王さんや。
勇気と強さを兼ね備えたロボットを作った博士のライバルである、あの眉毛が特徴的な博士などです。
クレイジーランドを囲んでわいわいと騒いでいるマスコミが、さっと左右に分かれた。自主的にやったのでは無い。黒服の集団が、そうさせたのだ。
リムジンから降り立ったのは、サングラスをした眉毛の太い老人である。白衣を着ていて、周囲からはかなり重要な人物として扱われているようだった。
「Dr、W。 此処が、件の」
「ふむ、クレイジーランドか。 どれ」
老人はしっかりした足取りで、マスコミの間に作られた路を通って、クレイジーランド入り口の手前に立つ。そして、恭しく差し出された書類を受け取った。
現時点で、ここに入った、フィールド探索者の名簿だ。ざっと目を通すが、中堅以上の連中はいない。
だが、面倒な名前が、名簿の中にある。
「スペランカーか。 あやつは特化型だ。 これは、まずいのではないのか」
「はい。 しかし此処はフィールドの特性が少々特殊でして、かの者の神殺しも、おそらく最後には通用しないかと思われます」
「だといいがな」
世の中に、絶対などと言うことは無い。
Wはダークサイドの人間であり、フィールド探索者から見れば宿敵に等しい存在である。その中でも、Wは大魔王の異名を持つKと並ぶほどの大物であり、それが故に今回の件でも出張ることになった。
もっとも、フィールド探索者の方でも、この件は不可侵に近い。本来だったら、これほどの被害を出したフィールドを、放っておく訳が無いのだ。早々にM辺りが出向いて潰していることだろう。
だが、此処は存在している。
勘が良い連中は気づくことがある。それに、長年組織が運営されると、邪魔になる人間も出てくる。
光にも、闇にもだ。
そのため、たまにこういうフィールドが作られるのだ。歴史の影に、何度もあった事だ。
「む? この本多宗一郎というのは聞いたことが無いな」
「V社の駆け出しです」
「V社というと、あのきな臭い噂がつきまとう彼処か。 ふん、まだ十五歳か。 不幸なことだ」
既に、このフィールドに入ったことで、この少年の命運は決していると言っても良い。
中に、決して凶悪な怪物がいるわけでは無い。むしろ、平均か、それ以上程度の存在しかいない。
だが、ここからは、出られない。
「いや、分からんな。 そろそろこのフィールドも、役割を終えるときかも知れん」
Wは鼻を鳴らすと、部下を促して、外に。
マスコミの連中を無視して車に乗り込むと、さっさと出すように命じた。黒塗りの車は、渋滞に巻き込まれることも無く、その場を後にする。
マスコミの者達は、去って行った車に、不自然なほど目を向けなかった。
「ホンダホンイチロー?」
「本多宗一郎」
「わかんなーい。 ポンポンでいい?」
杏色の髪の毛の女の子がそう言う。
引っ越し先で出会った、リルという少女だ。E国系ということだったが、J国語はそれなりにしゃべることが出来た。
元々、引っ越しで幼稚園を移ったばかりだったという事もある。孤独だった宗一郎と、元々閉鎖的なJ国の気風になじめず孤独だったリルは、互いの境遇が近いこともあって意気投合。
程なく、両親も含めた家族ぐるみのつきあいが始まった。リルはいざ慣れてしまうと人なつっこい娘で、J国の風習や習慣にもすぐなじんだ。むしろ、どちらかと言えば孤独が好きな宗一郎の方が、クラスになじむのに苦労したかも知れない。
小学校に上がると、運動神経が良くて力も強く、元々スポーツが著しく上手であったこともあって、宗一郎はクラスの中でも孤立することは無くなった。小学生の価値観は単純で、腕力がものを言うことが多いのだ。そのそばにいつもくっついているとはいえ、リルもいじめられることも無く、ごくごく平凡な、幸せな日々が続いた。宗一郎は孤独癖が抜けなかったから、クラスでもどちらかと言えば恐れられるリーダーであり、故にリルがからかわれることも無かったのかも知れない。
悲劇が起こったのは、両親の仕事で、閉鎖寸前の遊園地に調査がてら遊びに行った時のことである。
あの日のことを、宗一郎は忘れない。
なぜか、その日は朝からリルがぐずっていた。宗一郎といればいつもご機嫌そうにしている彼女が、こうもぐずるのを初めて見た。
嫌な予感がひしひしとしたが、これは仕事だ。両親に、行かない方がいいと、その時言うべきだったのかも知れない。否、言ったところで、どうにもならなかっただろう。或いはリルだけは無事に済んだかも知れないが、結局その後は孤児として暮らすことになっただろう。
異国出身で、しかも孤児になる。
しかも閉鎖的な気風のこの国である。まともな未来があるとは、とても思えなかった。
今、宗一郎は。
あの事件から数年経って。やっと、フィールドでも通用する筈の力を手に入れた。あのときから、ずっとリルを助けることだけを考えて生きてきた。里親達にも、随分迷惑を掛けた。
だからこそ。
必ず、生きて帰らなければならなかった。
ヘッドギアを直すと、アトラクションに入る。野生動物園とか書かれている、アフリカのジャングルをモチーフにしたアトラクションらしい。実際アトラクションの入り口にも、やたら爽やかな笑顔を浮かべた猿の立て看板が掛けられていた。
まだ、他のフィールド探索者とは遭遇していない。今のうちに、出来るだけ攻略を進めておかなければならなかった。後、スペランカーと川背を、振り切る隙を早めに見つけなければならないだろう。
入ると、早速むわっとした熱気が、辺りを包んだ。
完全にアトラクションの域を超えている。周囲は本物の熱帯雨林だ。ギャアギャアと何かの威嚇する声。足下を、非常にカラフルな蛇が通り過ぎていった。こっちには興味が無いという風情だ。
「ハーイ、次のアトラクションだ。 まさかあの戦士を倒すとは思わなかったぜベイベー」
「彼処だね」
スピーカーは、巨木の枝の上にあった。だがスペランカーが指さした次の瞬間には、スピーカーは川背の放ったルアーつきゴム紐に絡め取られ、引っぺがされていた。
川背が地面に捨てて、踏む。相変わらず、稲妻のような手さばきだ。本当に人間か疑いたくなる。
「オウ、これは熱烈な歓迎痛み入るぜ。 嬢ちゃんらはSMプレイが好みかい?」
「貴方は何者? こんな事して、楽しい?」
「俺が何者かってのは、まだ先の話だ。 HAHAHA。 ところでおまえら、この米国をはじめとして、西欧が近代化するのに当たって、忘れちゃいけない要素は何だと思う?」
「……」
川背という女が、心持ちスピーカーを踏む力を強くしたようだった。
だいたい、宗一郎にも見当がついた。
「それは労働力さ」
周囲に、無数の気配が現れる。
ジャングルの中にも、人間は住んでいる。いずれも、腰布だけを纏った、半裸の男達だった。
槍を持っているものがいる。筋骨たくましく、凄まじい威圧感だ。原始的な素材で作られたネックレスを首に掛けているものもいて、それは体ほどもある大きな弓を持っていた。矢筒からは、極彩色の羽で飾られた矢が覗いている。
数は、二十、いや三十を超えるだろう。
共通しているのは、皆、顔に豊富なひげを蓄えていること。そして、こちらに対して、明確な敵意を向けていると言うことだ。ぎらついた目には、油膜に似た怒りが浮かんでいる。
「産業革命ってのは知ってるだろ? あれ以降、こき使われた民衆も流石に限界が来てなあ。 で、民衆の権利とかやらが開発されたわけだが、そうなると今度は安くて使い捨てられる労働力がなくなっちまった。 で、代替品が求められたわけだ! ここまでいえば、後は分かるか! ギャハハハハ!」
スピーカーの向こうで、ケタケタ笑っている誰かがほざいているが、宗一郎は知っている。これは、実際にはもう少し根が深い問題だ。
奴隷を使う文化は、洋の東西を問わずにあった。まあ、奴隷をどれくらいひどく扱うかはだいぶ違ったようだが、それでも根本的には同じだ。
そして、アフリカの民を奴隷として大量に貿易したのは確かに白人の商人達だが、この時代の、腐敗しきったアフリカ側の体勢にも問題があった。どちらにしても、被害を受けたのは無辜の民ばかりだが。
現在でも、この問題は尾を引いている。差別と、憎しみと、それ以上の悲しみによって。人類の抱えてしまった業の一つであり、何百年も掛けて解決していかなければならない問題であった。国家レベルでのモラルハザードは、容易に何百万という人命を奪うものなのだ。
「当然、こんな遊園地に遊びに来てる連中は、みーんなおなじに見えてるぜえ? 肌の色なんて関係ねえ! よそから来た奴は、みんな敵って事だ! ギャハハハハ! さあ、ショータイムだ! オーストラリアに上陸した白人共みたいに、ゲーム感覚で現地人を皆殺しにしてみろや、ああん? ほら、はやく殺れよ、正当防衛だから問題ね……」
無言で、川背がスピーカーを踏みつぶした。
敵意の輪が、徐々に縮まってくる。テニスボールをリュックから取り出した宗一郎の肩を、スペランカーが掴んだ。
「待って」
「話なんか通じない。 だいたい、こんな連中の言葉が分かるってのか」
「先輩、今回ばかりは同感です。 殺さずに制圧して行くしか無いでしょう。 それに、此処はフィールドの中。 さっきのガンマンや騎兵と同じく、この人達が本当に人間か分かりません」
「うん。 そうなんだけど、何か様子がおかしいよ」
槍と、弓矢がこちらに向いている。
弓矢は原始的な作りだが、それでもこの密林にいる猛獣たちを仕留められるだけの性能を持っていることは間違いない。毒が塗られている可能性も高いだろう。
スペランカーは、丸腰のまま前に出る。
ざっと、包囲の輪が殺気を強めた。にこりと、スペランカーが笑みを浮かべた。
「敵意はないし、あなたたちを何処かに連れて行きもしない。 だから、通してくれると、嬉しいな」
「……」
しばしのにらみ合いの末。
ひげが白い男が、何か言う。スペランカーは笑顔のまま、じっとその場に立っていた。周囲をしきりに伺っていた男が、何か鋭い声を上げた。川背があごをしゃくった。意味は分かる。
川背も、既に手ぶらになっていた。
テニスボールをしまって見せる。男達はしばしこちらを見つめていたが、やがて森の奥へ、ぞろぞろと消えていった。
「先輩、あの人達」
「多分、本物の人間だね。 それも、現在のじゃ無くて、過去のだよ。 息づかいとか、気配とか、さっきのガンマンと明らかに違った。 どういうこと……」
破裂音。
側頭部を打ち抜かれたスペランカーが、その場に横倒しになった。ヘルメットにあいた大穴から、脳みそが大量の血と一緒に溢れている。
川背が無言で、宗一郎を掴んでブッシュの中に。二発、三発。至近に着弾。ライフル弾だ。当たれば一撃で行動不能になる。
また、スピーカーからの声が聞こえてきた。
「おやおやぁ? 原住民、殺さなかったのかい? そっか、レイシスト扱いされるのが嫌だったのかあ! このお茶目さん! じゃあお上品な紳士淑女の皆様に応じて、こっちも趣向を変えて、今度の相手は人狩りをしにきた外道ハンターどもだ! ギャハハハハ、これならぶっ殺すのに躊躇はいらねえよな!」
悲鳴。
側頭部に大穴を開けた大柄な白人男性が落ちてきた。何度か痙攣した後、動かなくなる。
スペランカーが頭を振り降り立ち上がった。傷は、きれいに消えていた。
何度見ても凄まじい能力だ。
「ひどいなあ。 もう」
「先輩!」
「気をつけて、上にいるよ! わあっ!」
スペランカーが、トラップらしい縄に捕らえられて、宙づりにされる。大量の落ち葉ごと、枝からつり下げられた袋状の縄の中に、スペランカーは消えた。
ああなると、スペランカーは何も出来ないはずだ。
けたけたと、周囲から笑い声がする。銃撃は激しくなり、ブッシュの中にも飛び込んできた。何発か掠る。
「スピーカーの向こうの野郎が何企んでるか知らないが、反撃するぞ。 このままだと、むざむざ死ぬだけだ」
「同意。 トラップに気をつけて。 相手の数は十から十三。 捕まったら、助けてる余裕はないよ」
「分かってる!」
立ち上がりざまに、テニスボールを一蹴り。
向こうで枝が大きく揺れ、一人落ちてきた。助かっても、しばらくは身動きできないだろう。
川背も飛び出す。
熱帯樹にルアーを引っかけ、ゴムの反動で高々と飛び上がり、枝の上に消えた。ものの一秒半も掛かっていない。
ハリウッド映画のワイヤーアクションも吃驚の動きだ。
負けていられない。宗一郎は走り、木々の間をジグザグに駆け抜けながら、敵の位置を特定する。
上の方で光った。
二発、至近に着弾。股を抉られるが、皮膚を軽くこすっただけだ。もう一発。肩をかすめた。強烈な耳鳴り。
そういえば、耳の至近を弾丸が通り過ぎると、気絶するとか聴いたことがある。茂みに飛び込みつつ、ハンドスプリングで飛ぶ。そして、オーバーヘッドキックで、さっき見た光に、テニスボールを蹴り込んだ。
ぎゃっと悲鳴が上がり、一人落ちてくる。
川背は上で凄まじい攻防を繰り広げているようで、こっちへの銃撃が明らかに減ってきた。好機だ。近くで銃声。いる。
木を蹴って、枝の上に上がる。もう一つ、枝を上がった。木登りは苦手では無い。見えた。一人、こちらに側頭部を見せている。多少足場は悪いが、気にしない。跳躍しながら、テニスボールを蹴り込む。
気づくが、もう遅い。
鷲鼻の白人男性の顔面に、テニスボールが直撃。鼻が砕け、歯が何本か折れて吹っ飛んだ様子だ。そのままバランスを崩して、ライフルごと落ちる。
上に殺気。避けきれない。
猛烈な蹴りを食らって、吹き飛ばされた。受け身はどうにか取ったが、もろに地面にたたきつけられる。
上。必死に横にはねる。
何発か、ライフルの弾が地面に突き刺さった。避けていなかったら、即死していただろう。
ブッシュに逃げ込み、木を背に隠れる。
ジェットエンジンの音か。見ると、小型のロケットを背負った男が、滞空していた。宇宙服みたいなものを着込んでいるから、顔は見えない。だが、残忍で、獰猛な殺気はびりびりと感じた。
上で、激しく銃声が響いている。川背が、五人か六人かを相手に、一人で奮戦しているのだろう。このロケット男は、宗一郎が何とかしなければならない。全身が、ひどく痛む。だが、これなら。
サッカーボールを出す。
あのロケットがどれくらいの性能があるかは分からないが、確実に仕留めないと次は無いだろう。雰囲気からして、多分格上の相手だ。飛び道具も、持っていて不思議では無い。
ロケット男は、ゆっくり滞空しながら、こちらを探している。ブッシュの中を、出来るだけ音を立てずに移動。木を利用して、視界の死角をついて、背後に回り込む。
狙うは、一旦こちらを探すのを諦めて、川背への攻撃に移ろうとした瞬間だ。勿論、木の上にいる狙撃手に気づかれないように、動かないといけない。大変な作業だ。
振り向いたロケット男が、いきなり小型の銃をぶっ放す。弾頭がロケットになっていて、木を根元から粉砕した。凄まじい音と共に、熱帯樹が倒れてくる。小型の猿が、顔をゆがめ、歯をむき出しにして鳴きながら逃げていった。
一種の擲弾筒か。しかしあの装備から言って、さっきの現地人達とは違う。此奴は、未来から来たのか。何でもありだなと、宗一郎はつぶやく。
今のは、ほんの隣の木に炸裂した。
狙いがわずかにずれただけで、宗一郎は死んでいただろう。歯を噛む。スペランカーの言葉は、本当に正しかった。ただ、当の本人は、縄に捕まってしまっているが。
ゆっくり滞空しながら、左にロケット男がずれていく。こっちを見ている。
一か八か。
銃が、発射された。同時に、前に飛ぶ。
後ろで、爆発。
宗一郎は、飛んだ。そして宙返りしながら、オーバーヘッドキック。サッカーボールに、渾身の蹴りを叩き込む。
サッカーボールが、爆発の中に吸い込まれていく。
そして、ロケット男の顔面を、完全に打ち砕いていた。
二人、三人と、上にいた狙撃手が落ちてくる。そして、静かになった。着地した川背が、服の汚れを払いながら、スペランカーの方を見た。
「今、下ろします」
「うん。 ごめんね?」
周囲に死体は一つも無い。やはり、作為的なものを感じてしまう。
スピーカーの声は聞こえない。そして、周囲の「アトラクション」が消える様子も無かった。
スペランカーが、落ち葉まみれになって、ぶるぶるっと身震いした。座り込んでいる様子が、妙に幼い。
この女は、強力な邪神に呪いを受けて、この能力を得たと聞いている。一方で、精神の成長も、止まってしまっているのかも知れない。だが、時々見せる安定感は、見かけとはまるで釣り合わなかった。
「ああもう、ひどい目に遭ったよ」
「先輩、枯れ葉とってあげます」
「お願い、川背ちゃん」
医療キットを出すと、自分の手当を軽くする。受けた覚えの無い擦り傷や火傷が結構あった。
ロケット男の擲弾筒でついた傷である事は、疑いなかった。
「宗一郎君、何だか向こうは仕掛けてくる気が無いみたいだから、今のうちに話してくれる?」
「……」
「宗一郎君?」
「分かった。 だが、気分が良い話じゃ無い。 それに、聞いただけで多分あんた達にも危険が及ぶぞ」
V社の人間にも、この話はしていない。里親達にもだ。
自分で調べていく内に、偶然見つけてしまった。数年間掛けて調べ上げてきた膨大な資料の中に、不審な点があり。それを突き詰めていく内に、偶然発見してしまったのである。まさに、禁断の扉を開くというのが相応しい状況だった。
考えて見れば。
此処に派遣されている時点で、この二人もきっと、何かしらの関係があったのだろう。それでも、やはり罪悪感は強かった。
「此処は、処刑場なんだ」
「処刑場?」
「そうだ。 元のフィールドなんか、とっくの昔に潰されてる。 フィールド探索者の会社と、その敵対者が裏で手を組んで運営してる、自分たちに都合が悪い存在を潰すためだけに仕立てた、闇のフィールド。 それが、此処なんだよ」
密林の中を、歩く。
多分三時間か、四時間くらいは歩いたはずだ。一度川背が樹冠まで出て偵察してくれたのだが、見渡す限り密林で、山や川さえも無かったという。はぐれた場合、再会できる可能性は皆無に近い。
結果、まとまって行くしか無かった。
手慣れた様子で、川背が木に目印をつけながら、影を頼りに進む。そして、歩きながら、話した。
数年前。
小学生だった宗一郎は、今クレイジーランドと呼ばれているこの遊園地に、ガールフレンドのリルと、自身の両親、リルの両親と共に来た。元々潰れる寸前だったという事もあって、お世辞にも面白い場所だとはいえなかった。両親の仕事で主要な遊園地はだいたい行ったことがあった事もあり、特に宗一郎は退屈だった。
だが、リルは嬉しそうにしていて、アレに乗りたい、コレに乗りたいと、盛んにおねだりした。それを見ていると、宗一郎は悪い気分もしなかった。
「へー。 まあ、そのくらいの年だと、男の子と女の子って仲良しだよね」
「一旦距離が離れるのが、だいたい小学校高学年くらいですね。 危険が大きい若年交配を避けるための、本能です」
「あの、話を続けてもいいか」
意外と現実的な方向から話を分析する女どもに、ちょっと宗一郎は辟易した。
この頃、まだ二人きりの時は、リルは宗一郎をポンポンと呼んでいた。よそではやめるようになっていたが。
そして、リルがそういう習慣を持っている相手は宗一郎だけ。それが、宗一郎の、密かな自慢だった。
確か、ジェットコースターに乗った直後のことだった、と思う。
不意に、空が血の色に染まったのだ。今なら分かる。あのとき、この遊園地が、フィールド化したのである。そしてひょっとすると、それさえもが、仕組まれたことだったのかも知れなかった。
一瞬で、辺りは阿鼻叫喚の地獄と化した。
「え? アトラクションの外でも襲われたの?」
「ああ。 ピエロが化け物になって、ナイフやら爆弾やらを、辺りの人間に投げつけ始めたし、空には巨大な化け物が現れて、隕石を降らせ始めた。 必死に客を出口に誘導しようとする警備員が真っ先に殺られて、巨大な化け猫が人間を食い始めて。 後は、もうどうしようもなかった」
今でも、あのときのことは悪夢として見る。
両親も、リルの両親も、そこで死んだ。いにしえの魔法使いのような、おぞましい化け物が降らせた隕石で両親が。リルの両親は、リルを守ろうとして、化け猫に引き裂かれて、食われてしまった。
リルの手を引いて、必死に逃げようとした。
だが、鋭い悲鳴に振り返ると、彼女は地面から生えていた手に掴まれていた。
「助けて! 助けてっ!」
小さな手を引っ張ったが、どうにもならなかった。
手はあっさり宗一郎の手からリルをもぎ取り、闇の中に消えてしまったのである。
右往左往する宗一郎は、もうどうにも出来なかった。後は、周りの阿鼻叫喚を見捨てて、逃げるしか無かった。
気がつくと、遊園地の外に出ていた。軍隊が来て、宗一郎を保護した。
それからは、事情聴取を受けた後、里親の所に預けられた。
しばらく無言が続く。それにしても、敵はどうして仕掛けてこないのだろう。
「ひどい目に、あったんだね」
「あんたも相当ひどい目に遭ってきたんだろ? 俺が特別だとは思っていない」
最初は、自分を悲劇の主人公だと考えてもいた。
だが、あの遊園地について調べて行くにつれて、その考えは変わった。フィールド探索者のことを調べるようになったからだが、彼らがだいたい悲惨な過去を抱えていることを知ったからだ。
一度、インタビューされたので、応えた。
Mみたいに強い人が、あの遊園地の化け物達をやっつけてくれれば嬉しいと。だが、Mも、サー・ロードアーサーも、Rも、有名どころのフィールド探索者は誰も動かなかった。業を煮やして、自分でどうにかすることを考え始めたのは三年前。
自分の手を、リルの手が離したときの感触は、ずっと宗一郎を苦しめ続けた。
だから、それが逆の意味で励みになった。それこそ、全身全霊を込めて、調査と鍛錬に没頭した。能力が目覚めたときには、それはそれは嬉しかった。これでリルを助けにいけると、歓喜のあまり涙まで出た。しかし、里親が駄目だと言った。だから、自分で行動できる年になるまでは、体を鍛え、情報を集めて待つことにした。
クレイジーランドが出現するたびに、他のフィールド探索者が攻略してしまうのでは無いかと、気が気では無かった。しかし、誰も攻略に成功しないまま、時ばかりが過ぎていった。
無数の調査記録を調べてみて、不思議なことに気づいたのは最近のことである。
クレイジーランドが、可能性の揺らぎの海というものに浮かんでいて、時々世界の何処かに現れるという事については掴んだ。
しかし、どうも攻略に掛かった面子の様子がおかしいのである。
千人を超える犠牲者を出した特大のフィールドである。それなのに、どうしてか超一流のフィールド探索者は、誰一人として攻略に参加していないのだ。そればかりか、手が空いているにも関わらず、動かない場合もあった。参加しているのは、中堅どころ、それも名前が適当に売れ始めたような者達ばかりなのだ。
やがて、妙な記述にも気づいた。
世界でフィールド探索者の敵として活動している人物が、どうしてかこの時期だけは動きが鈍いのである。大魔王Kに至っては、Mとの戦闘を中断して、引き上げていった事さえある。
疑念を一度感じると、後は雪だるま式だった。
そして、見つけたのだ。マスコミには黙殺されていたが、不思議な証言をしていた生還者がいたことを。彼はクレイジーランドから生還はしたが、即座に消息を断っていた。彼は、行方不明になる前に、興味深い事を書き残していたのだ。
私は、会社に殺されるだろう。
その男は、そう周囲に言っていたというのだ。何でも、フィールドを攻略できていれば生き残れたのだが、そうでなく逃げ出したのだから無理だとか、言っていたそうだ。真意はよく分からない。だが、彼が闇の一端に触れたのは確実だった。
「ふうん。 でも、それって推測でしか無いよね」
「他にも、いくらでも証拠はある。 決定的な証拠も、幾つか握った」
「それで、此処に送り込まれたの?」
「いや、自力で来た。 可能性の揺らぎを計算して、此処に現れることは算出した」
もっとも、何とか宗一郎が入れたV社はフィールド探索者としては弱小で、いろいろなものに見境なく手を出していたり、中堅以上のフィールド探索者がいなかったりと、この件には関わっていない可能性が濃厚だという。
ジャングルを、どれだけ歩いただろうか。
夜になる気配もなく、いい加減疲れた頃。あのふざけたスピーカーの音が、響き渡る。
「ハーイ、紳士淑女の諸君、元気かなあ?」
「元気なわけがあるか、この外道」
「HAHAHA、元気で結構! お待たせして申し訳ないなあ。 ちーと準備に手間取っちまってな。 ようやく、おまえらに対抗できそうな障害を用意できたぜ」
さっと、川背が前に出て、周囲を伺う。
宗一郎は後ろを確認。何かにつけられている様子は無い。
「おまえら、チンパンジーは知ってるよな」
「だから何」
「ブッブー、はーずれー。 おまえらがチンパンジーだと思ってるのは、「ピグミー」チンパンジーって言う小型でおとなしい品種なんだよ。 実際のチンパンジーは平均握力が二百五十キロ、垂直跳びで人間の身長以上を軽く超え、凶暴で他の猿を殺して喰うことも平然とやる連中でなあ」
げたげたと、声は笑っている。
今度の相手は、チンパンジーか。
話には聞いたことがある。チンパンジーは元々人間よりもずっと戦闘能力が高い類人猿で、本気になったら人間を殺す事など造作もないという。勿論武器を持った人間やフィールド探索者にはかなわないが。
だがしかし、この密林で、こちらを殺すつもりになったチンパンジーに襲われるのは、正直ぞっとしない。
鈍い音。
何か、果実が落ちてきた。それも二個や三個では無い。雨のようにだ。どれもこれもバスケットボールくらいある、頭が砕けるような大きさのものばかりである。
やばい。相手は地の利を利用して、こちらを本気で殺しに掛かってきている。このサイズの果実だと、ヘルメットでも防ぎきれない。直撃したら、頭が砕ける。
しかも、明らかにスペランカーを狙っていない。これはひょっとすると。
「先輩、大丈夫ですか!?」
「……川背ちゃん、私は平気だから、宗一郎君を守って」
「分かりました!」
スペランカーは、じっと上を見上げている。気づいたのだろう。
おそらく敵は知能がある。それも、非常に狡猾な、である。やはり、事前の調査にあった仮説の一つが、真実だとしか思えない。
近くに、木の実。木の上に上ろうにも、凄まじい砲火の密度で、それどころでは無い。走り回って避けるが、一瞬でも足を止めたら、頭に果実が直撃するだろう。まず、走り回らないといけない。
凄まじい音。
振り返ると其処には、歯をむいた小山のような巨体があった。
話には聞いていたが、至近で見るとその威圧感は凄まじい。勿論此処はフィールドだから、強化もしているのだろうが。チンパンジーとは、これほどガタイが良い生物だったのかと驚かされる。筋肉は隆々としているし、顔も中年男性のようだ。歯をむいて威嚇している様子は、動物園で培った愛らしいイメージとは根本的に違っている。
チンパンジーの目は、スペランカーにだけ向いている。多分、徹底的にスペランカーを無力化するつもりなのだろう。一旦浚って上に逃れ、後は頭上からの果実攻撃で、時間を掛けて仕留めに来るつもりか。
だが、スペランカーは、リュックからダイナマイトを取り出す。
そして、ライターに着火。鋭い威嚇の声を上げて、跳躍したチンパンジーが、ものすごい勢いで木の上に消えた。スペランカーはライターの火を吹き消すと、ちょっと呆れ気味に言った。
「判断力も高いみたいだね」
再び、雨あられと木の実が降り注ぐ。
スペランカーは相手にせず、まず実働戦力である川背と宗一郎を潰すつもりなのだろう。敵は最低でも二匹以上いる。その証拠に、さっき一匹が降りてきたときも、木の実は容赦なく降り注ぎ続けていた。
川背は。
いない。今、一匹が降りてきた隙に、木の上に上がったらしい。
頭上で凄まじい威嚇の声。多分、川背が交戦を開始したか。しかし、チンパンジーの声色がかなり多いのはどういうことか。
二匹以上はいると思っていたが、或いは群れ一つが相手と言うことなのか。確かチンパンジーは群れを作って行動するはず。そうなると、十頭以上がいると見て良いかも知れない。
「不利なのは分かってるけど、下にいたらそもそも勝負が出来ないね」
「あんたはここにいろ。 あんたの戦闘スタイルじゃ、足手まといになる」
「言ってくれるね」
返事を聞かず、宗一郎は跳躍。落ちてくる木の実が、明らかに減ってきている。それでも、かなり正確に宗一郎を狙ってきているが、弾幕が弱っているのは事実だ。木の枝に上がると、更に上を目指す。至近に木の実。木の枝の、根元を狙っていた。
「くっ!」
敵の姿さえ見えない。戦略上の優位を維持したまま、こちらを消耗させきるつもりか。チンパンジーのくせに、並の人間より賢いように見える。いや、これはおそらく違う。後ろにいる奴の、差し金だろう。
木の実が飛んできた方向から、手が空いている奴のいる地点を予測。慎重に上がる。太い木の枝を中心に上っていくが、やはりそれでも、木の実の射撃はかなり怖かった。腕力が人間とは根本的に違うから、飛んでくる速さも正確さも凄まじい。
木が細くなってきた。
幹に当たっても、凄まじい振動が来る。直撃を受けたら、多分即死するだろう。
上の方に、飛び交う影。見えた。
テニスボールを取り出す。あの高さなら、如何にチンパンジーでも、直撃を浴びれば地面に落ちて即死するはずだ。
ふと、気づく。川背がゴム紐を使って飛び回っているが、チンパンジーは木の実を投げて応戦しつつも、一つの木に集まっている。これは、或いは。
作戦が読めた。
テニスボールを手から離すと、蹴る。木の実をもいで、投げようとしていたチンパンジーの顔面に炸裂。バランスを崩したチンパンジーだが、しかし立て直すと、鋭い怒りの声を上げながら、飛び回った。感情が制御できないのだろう。
二つ、三つと、宗一郎の所に木の実が集中してくる。
位置を変えて、もう一つ。川背がルアーつきゴム紐を投げつけ、チンパンジーの一匹の右腕に引っかけると、遠心力と木をてこに使って、一気に空中に放り出した。流石にこうなるとどうしようもなく、チンパンジーが無様な悲鳴を上げて落ちていく。
下で、激しい音。
「ギャーッ! ギャーッ!!」
仲間を殺られた事に、チンパンジーも流石に怒ったらしく、凄まじい怒りの声を上げる。一瞬、川背と目が合う。邪魔にだけはなるなと、言っているように見えた。分かっている。テニスボールを蹴る。川背だけを見ていたチンパンジーの顔面に炸裂。さっきよりも威力が上がっている。今度は見事に落ちていった。
だが、次の瞬間。
顔の至近を、真後ろから飛んできた果実がかすめた。振り返っている余裕は無い。下の方にある木の枝に飛び込む。後ろから殺気。木の枝を回るようにして、降りる。その隙に一瞬だけ見えた。ひときわ大きいチンパンジーが、長い腕を振るって、迫ってきていた。
群れのボスだろうか。顔の恐ろしさも、動きの鋭さも、他とは全然違った。
川背が、他の個体を、一つの木にまとめている。此奴を、少なくとも宗一郎が引きつけておかなければならないだろう。だが、早い。振り切れない。
消防士がするようにして、一気に木を滑り降りる。手のひらに鋭い痛み。木の枝が、手のひらを擦って傷つけているのだ。半樹上生活をしている向こうとは体のつくりが違う。
チンパンジーが、飛びつくようにして迫ってきた。掴まれたらおしまいだ。宗一郎の腕など、その場でへし折られるか、引きちぎられてしまうだろう。チンパンジーは歯も凄い。顔面の皮を食いちぎられたという報告例もある。
下で、爆発音。
巨木が、凄まじい勢いで倒れていく。その上に群がっていたチンパンジーたちが、一斉に悲鳴を上げながら落ちていった。スペランカーが、ダイナマイトを使ったのは間違いない。川背が一つの木に追い込み、そしてスペランカーが木の根元を爆破することで一網打尽にする。
宗一郎が思っていたよりも、ずっとあの二人は連携がとれている。スペランカーも、アホだと思ったが、経験が多分それを補っているのだろう。少なくとも、宗一郎よりずっと修羅場をくぐって、それを自分の力に変えている。
地面に着地。横っ飛びに離れる。
踏みつぶそうと、落ちてきた群れのボス。部下達があらかた倒されたのを見て、流石に愕然としている。至近で、テニスボールを蹴り込む。だが、相手の反応が早い。
長い手が一閃して、顔面を狙ったテニスボールをはじき返した。
とんでもないパワーだ。
「ギャーッ!」
絶叫したチンパンジーが、逆上して宗一郎に躍りかかってくる。地面でも、動きがかなり速い。とてもでは無いが、テニスボールを蹴り込む余裕など無い。鞭のように振るわれる腕が、ついに宗一郎をとらえる。
吹き飛ばされ、地面にたたきつけられた。
上では、まだ川背が敵残党との死闘を繰り広げている筈だ。とても、救援など期待は出来ない。
飛び退く。だが、チンパンジーの動きは恐ろしく速い。今の一撃で、肩が抜けた。空いている手でサッカーボールを取り出す。一か八かだ。至近距離から、叩き込んでやる。だが、チンパンジーは、意に介さず懐に飛び込んでくる。
全力で蹴る姿勢を取っているにも、関わらずだ。
あの長い腕で、至近まで入られて殴られたら終わりだ。握力だけでなく、腕力だって人間の非では無いのだ。チンパンジーの体格を、樹上で苦も無く支えるほどのパワーである。人間の体なんか、それこそ簡単にばらばらにしてしまう。
一瞬、早い。
全力を込めたサッカーボールを、蹴り込む。
だが、至近で射出されたサッカーボールを、チンパンジーのボスは。
あろう事か、凄まじい反射で、その場ではじき返して見せた。明後日の方向に飛んでいくボールを見て、流石に宗一郎は愕然とする。だが、チンパンジーのボスも無事では無かったようで。はじくのに使った右手は、ぐしゃぐしゃになっていた。
鋭い叫び声。
怒りの雄叫びだろう。
今のが渾身だった宗一郎は、身動きがとれない。無事だった左腕を、チンパンジーが振り上げる。それが、嫌にゆっくり見えた。アレが振り下ろされたら、首の骨くらい簡単に折れる。
終わったと、宗一郎は、妙にあっさり諦めてしまっていた。身動きがとれないのだ。詰みに等しい状況である。だが、いいのか、諦めて。リルは、まだ生きているかも知れないのに。
「えーい!」
ものすごく貧弱な体当たり。だが、それでも数十キロにはなる体が、思い切り後ろからぶつかった。
だから、チンパンジーが、体勢を崩す。スペランカーだった。
一瞬の虚脱から立ち直ると、宗一郎はテニスボールを取り出す。戻ってくるサッカーボールを蹴るには、パワーが足りない。チンパンジーが、一生懸命体当たりしたスペランカーを、苦も無く引きはがす。引きはがすとき、押さえ込むようにしているのを見て、宗一郎は確信した。
冷静に、テニスボールを、残った全てのパワーで蹴り込む。
チンパンジーは左手で防ごうとするが、間に合わない。スペランカーの体当たりが、こんな形で生きてくるとは。王手を掛けられていた状態から、逆に相手を詰めた。
チンパンジーの顔面に、テニスボールが直撃。
ひときわ鋭い悲鳴が上がり、巨体が宙に投げ出された。そして二度、三度とバウンドする。ダメージが大きいから、破壊力も絶大だ。首の骨が折れる手応えもあった。
不意に、側に少し小さなチンパンジーが落ちてきたので、宗一郎は驚いた。川背が、叩き落としたのは間違いなかった。
へたり込む。
周囲の光景が、徐々に切り替わっていく。明らかに本物の密林だったのが、作り物へと変わっていった。それも、何年も前に手が入ることが無くなり、朽ち果てたあわれなビニールハウス内のアトラクションに、である。
汚れきり、埃で塗装されたプラスチックの塊が、無造作に散らばっている。
それは哀れでもあり、おぞましくもあった。
着地した川背が、辺りを見て目を細める。
「先輩、どう思います?」
「ふう、ごめん。 ちょっと休もう?」
「そうですね。 休んでから、考えましょうか」
川背は、そうスペランカーには笑顔を浮かべる。スペランカーのことが大好きなんだなと、宗一郎は肩を押さえながら思った。
脱臼した肩を入れるのはさほど難しくない。だが、川背が手際よくやってくれたので、痛みも最小限だった。あれだけの機動で飛び回っているのである。出来るようになるまでは、さぞやひどい怪我もしたのだろう。
「痛いところは?」
「大丈夫だ」
「そうじゃなくて、痛いって事は、体が警告を発してるって事なの。 君がダメージをパワーに変える能力者だって事は分かったけれど、放っておくと後でとんでもないことになるよ」
てきぱきと、手当てされる。
朽ちたビニールハウスを出る。あれだけの長時間歩き回ったのに、外から見ると極しょぼいアトラクションだったのだと丸わかりだ。一種の植物園だったとも思えない。雰囲気だけを楽しむ施設だったのだろう。
出るときに、大きな猿のぬいぐるみがあった。オランウータンのように見えるが、彼方此方細部が違っている。この辺りもいい加減で、何だかこの遊園地がはやらなかった理由が、宗一郎には分かった。
少し休んだ方が良いとスペランカーが提案したので、小休止。時計を見ると、侵入から既に二十一時間が経過していた。そろそろ、睡眠を取った方が良いかもしれない頃合いだ。
川背が見張りに立って、三交代で休憩を取ることにする。四時間ずつ眠って、それから次に向かう感じだ。三交代で一人見張りを残して睡眠を取るので、一人八時間ずつ眠ることが出来る。
十二時間のロスは痛いが、しかし。
今更、一分一秒を争っても仕方が無いという気もする。
寝ると決めたら、すぐにすやすや寝始めるスペランカーを横目に、川背が言う。
「あまり先輩を馬鹿にすると、怒るよ」
「していない。 というか、今はもうしていない。 判断は的確だし、貧弱な身体能力で頑張っている。 能力を封じられても、今回の戦いでキーになっていた所は凄いと思った」
川背は短い髪を掻き回すと、なら良いと短くつぶやいた。
それ以上は、会話も発生しなかった。
買ってきたゼリー状の栄養ドリンクを口にすると、宗一郎もさっさと寝ることにする。
空はずっと同じ色のまま。
今のところ危険は無くても、此処が異界なのだと、よく分かった。