オールドアクションゲーム二次創作 作:dwwyakata@2024
休憩をすませた後、アトラクションを探して遊園地の中を歩く。電気系統はどういうわけか生きているようで、街灯はついていたし、トイレも動いていた。先にスペランカーが使っても大丈夫なことを確認してから、交互に用を済ませた。
ただし、当然食料類は売っていない。ご丁寧に、自動販売機は、どれもが完全に停止していた。宗一郎はテニスボールをぶつけて一つ壊してみたが、中にはジュースの一本も入っていなかった。
ある程度探し回った後、諦めてござを広げて携帯食を食べる。川背が料理をしたそうにしていたが、今は仕方が無い。全員、缶詰で腹を満たして、それで終わりだ。ただ、スペランカーが持ってきたJ国のかに缶は美味しかった。
腹にものを入れると、若干、絶望感が薄れるのが分かる。
同時に、乱れていた感情も、落ち着いてくるのが分かった。
やはり、一人で此処を攻略するのは絶望的なことだったのだと、今は分かる。それに、この二人も、処刑場に何らかの理由で送り込まれたことは事実なのだ。真相を知っても、今更大きな差は無いだろう。
ただ、やはり罪悪感はある。
他のフィールド探索者が潰したのか、燃え上がっているアトラクションもあった。しかし、誰とも出会わない。
「他のチームと合流できたら、戦力を強化できないかな」
「期待できないと思います」
川背が、スペランカーの希望的観測を否定した。
確かにこれだけ歩いても、他のチームの痕跡が見つからないのである。他のチームも、おそらくは絶望的な戦いをしているのだろう。
足を止めた。
さっきまで何も無かったように思えるのに。
目の前に、アトラクションが出現していたからである。海賊狩りとか、看板には書かれていた。そして、手にフックをつけた、眼帯のいかにもそれらしい海賊の人形が、左右に揺れている。
「あっと、厄介だな」
「そういえば、先輩。 海は苦手なんですか?」
「苦手じゃ無いけれど、ね」
だいたい、見当はつく。
スペランカーの戦闘スタイルから言って、海に落ちると復帰が難しいからだろう。勿論、落ちないようにフォローしてやれば良い。
「武器類は?」
「武器は、一つしか持ってきてないよ。 これは、ごめん。 多分普通の相手には通じないから、使えないと思って。 ただ、装備としては、ダイナマイトがもう一セットあるけれど。 今回は会社がどうしてか奮発してくれてね。 装備が若干充実してるんだ」
「そうか」
多分それは、会社も事情を知った上でやっているのだろうと宗一郎は思ったが、黙っていた。川背もそれには気づいたのだろう。何も言わなかった。
アトラクションに足を踏み入れる。
この遊園地全体を維持している奴がどこにいるか分からない以上、片っ端から潰していくしか無い。
ゲートをくぐると、其処は大海原だった。八メートル程度の非常に小さな木造船に、三人は乗っていた。一応ついているマストはぼろぼろ、帆は朽ちかけ。船の両脇には二対の櫂があるが、あまり役立ちそうには見えない。一瞬、このまま干殺しにするつもりかと思ったが、大砲の音がその予想を打ち消す。
「わ、海賊船だ」
スペランカーが、脳天気な声を上げる。確かに、どくろのマークを帆に染め抜いた、とてもわかりやすい海賊船がこちらに向かってきているのが分かった。川背がルアーつきのゴム紐を取り出す。
同時に、どこに仕込まれているのか、スピーカーから声がした。
「レディースアンドジェントルメン! ギャハハハハ、待たせたなあ。 よーやくおまえらと遊べるぜえ」
「ということは、他のフィールド探索者達は」
「察しが良いじゃねえか。 おまえらが手強そうだったからな、まずは他を叩き潰すことにしたんだよ。 今、終わったところだ。 三チーム七人、きれいに全滅だ! ギャハハハハハ!」
何がおかしいのか、笑い声はずっと続いていた。
スペランカーが、みるみる表情を怒りに染めていくのが分かった。一方で、川背は冷静なままである。
「何がそんなにおかしいの?」
「ああん? 敵を潰したら楽しいに決まってるだろうが!」
「そんなの、決まっていないよ。 敵は倒さなければいけない場合もあるし、それが死につながることだって多い。 でも、誰も彼もがそれを楽しいと思ったら、大間違いなんだから」
「おまえ、よわっちく見えるが、歴戦の戦士なんだろ? そんな風に考える奴には、何だか久しぶりに会ったなあ。 まあいい。 てめーが要みたいだし、今回も悪いが、徹底的に封じさせてもらうぜ?」
大砲が、至近に着弾。
小型船が、大きく揺れた。
「宗一郎君、漕いで。 とにかく、接近戦に持ち込もう。 船を沈められたら、手も足も出ない」
「分かった。 任せろ」
傷ついたときに出せるパワーは、何もボールを蹴るときだけに発揮できるわけでは無い。船を漕ぐのにも、当然応用することが出来る。
しっかり眠ってある程度回復したとはいえ、まだまだ体中が痛い状態だ。パワーは常人以上のものを余裕を持って発揮できる。
スペランカーは、漕がない。多分力仕事では役に立てないと、知っているからだろう。その代わり、いそいそと双眼鏡を取り出す。川背は、ゴム紐を振り回し始めていた。
「甲板上、何かいる。 それと、海面も。 右に進路変更」
「よし、任せろ」
宗一郎は、即座に櫂の力を調整して、右に。海面が盛り上がり、巨大な魚があごをかみ合わせた。キス類の魚であるようだ。キス類の中には、とんでもなく巨大に成長するものがいると聞いたことがあるが、本当らしい。
左、左、右。速度落とし、今度は加速。スペランカーの指示に従って、調整。魚が彼方此方から浮かんできて、がちん、がちんと巨大なあごをかみ合わせた。直撃をもらったら、かなり面倒なことになるだろう。こんなぼろ船、一瞬で粉々だ。また、至近に大砲が着弾。
派手に水柱が上がる。船が大きく揺れて、放り出されそうになるスペランカーを、素晴らしい反射神経で川背が支えた。
「おー、麗しい友情だねえ。 じゃ、アトラクションの解説行ってみようか、ギャハハハハ!」
「黙って」
「そう邪険にするなよ、こっちも仕事なんだからよ」
櫂を必死に漕いで、更に加速。海賊船が、更に大きく見えてきた。大砲の数はそれほど多くない。だが、問題は。甲板の上に見える相手だった。
あれは、どう見ても。死人だ。
船衣に身を包んでいる屈強な男達は、いずれもが朽ち果てていた。骨が露出し、眼球は白く濁り、肉は腐り果てている。おぞましい死者達は、めいめいにサーベルや拳銃を持ち、こちらを今か今かと待ち受けている。
「海賊ってのは、昔から全世界中にいた。 どこの国でも、政治が腐るとアウトローに期待するのは同じでなあ。 ピカレスクロマンって奴はそういう事情からも人気があったが、それと最も相性が良かったのが此奴らだ。 だから、自由だの反体制の英雄だのと美化する空気もあったが、実際の此奴らは、賊の中でも最も凶暴で、邪悪な奴らだったのさ」
何しろ、遠慮する必要が無い。
山賊などの場合、住民から略奪するにしても全部やってしまうと次が無くなる。だから、手加減する必要がある。
しかし海賊は違う。何しろ、獲物はいくらでもいるのだ。
特に現在、海賊としてのイメージが強い大航海時代の海賊共は、まさに邪悪の中の邪悪。人類史上、最も残虐で非道な連中といって過言無い者達であった。この時代、海上の安全は、大型の海洋国家でさえ確保できなかった。治安の維持が出来ていないことを良いことに、海賊共は思うままに、残虐と非道の限りを尽くしたのである。
とにかく、奪い尽くし、殺し尽くす。海上だけではなく、沿岸の街や村も、その餌食となった。本能のままに虐殺し、略奪する、人間の最も邪悪な部分を露出しきった存在が、海賊であった。
現代でも、海賊の非道ぶりは話題になっている。
だが、それは。何も、現代に限った話では無いのである。
ピカレスクロマンで美化された連中と、現実は根本的に違うのだ。
「だーかーら。 ギャハハハハハ、おまえら、容赦なく海賊をぶっ殺せ! 奴らを皆殺しにしたら、アトラクションから出してやるよ! カリブの海賊ご一行様、あの世でも宝求めて海をさまよう化け物どもだ」
川背が、スピーカーを見つけた。船の側面の、舳先近くにつけられていた。
もぎ千切ると、海に放り捨てる。
「先輩、揺れますけど、気をつけてください」
「分かった! 宗一郎君、左に進路。 その後、すぐ右」
巨大な魚が、水面から躍り出てくる。その魚が、海賊船からの視界を遮った瞬間。
川背が。ルアーを投擲。正確な狙いで、船の側面に、ルアーを引っかける事に成功した。
宗一郎はそれに併せて、一気に加速する。大砲。後方に着弾。船が激しく揺動するが、川背は全くひるまなかった。
飛ぶ。ゴム紐の反動を利用して、重力を無視したかのように、きれいな放物を描いて。
同時に立ち上がった宗一郎は、テニスボールを足下に落としながら、蹴る。ひょいとしゃがんだスペランカーの上を、テニスボールは飛び、大砲を直撃。砲身の中に吸い込まれたテニスボールは、ジャムを引き起こした。
爆発。
海賊船が、火を噴きながら揺れる。その爆炎の中、川背が消えた。
もう、海賊船は至近だ。再び座ると、宗一郎は櫂を漕ぐ。もうもうと上がる煙の中、川背が海賊を相手に奮戦しているのが分かった。突破口さえ作れば、後は。人間が相手なら、たとえ死人であっても、どうにかなる。
「油断しないで」
宗一郎の心を見透かしたように、スペランカーが言う。頷く。いつの間にか、このひ弱な女に対する、不思議な信頼感が芽生え始めている。あれだけ普段は頼りないし危なっかしいのに、どうしてだろう。
修羅場での、安定感が尋常では無い。
さっきの猿たちとの戦いでも、あれだけ的確に動いていたし、不老不死というだけではなく、根本的な所から宗一郎の及ばない相手なのかも知れない。
海賊船に、ついに肉薄。
上では、凄まじい戦闘音が響いていた。吹っ飛んだ死人が、海賊船から投げ出されて、海に落ちる。魚が死人を丸呑みにして、かみ砕くのが見えた。落ちたら一巻の終わりだ。
「使って」
「分かった」
フックつきのザイルを、スペランカーが出してくる。振り回して放り投げ、甲板に引っかける。一発で上手く行って、ちょっとほっとした。もそもそとのんびりスペランカーが腰のベルトに安全装置をつけていた。腕力が無い人間がザイルを使って上るときに使う、返しの入ったものだ。
宗一郎はそのまま、ザイルを掴んで船を駆け上がる。激しい煙が上がる中に飛び込むと、至近で死人と鉢合わせした。
船衣を着込んだ死人は、見上げるような大男で、しかし朽ちかけていた。かっては太かっただろう腕は骨が露出し、分厚かっただろう胸板は腐った筋肉が崩れ落ちている。顔には、明らかに腐ったから出来たのでは無い、大きな欠損がいくつも見えた。
無言で、飛び下がりながらテニスボールを蹴り込む。胸の中央に直撃したテニスボールが、貫通して向こうに抜ける。音を聞いて、他の死人たちも、集まってきた。
甲板に、まだスペランカーは上がってこない。
走りながら、まず足を狙ってボールを蹴り込む。動きが鈍い死人たちだが、銃を持っていて、それで狙いを正確につけて来る。弾丸がかすめた。連続で三発。川背がかなりの数を引き受けてくれているが、それでも流れ弾がかなり怖い。
穴を体の真ん中に開けられても、平気な顔をして歩いてくる死人だが、流石に足を潰されると、その場に倒れて身動きがとれなくなる。呻きながら迫ってくる死人を走って攪乱しつつ、倒れている一体の頭を蹴り飛ばした。もろくなっている頸椎が外れて、頭がとれて吹っ飛んだ。
跳躍。
煙から飛び出して、見る。
船長。舵の方で、悠然と戦況を見ていた。あいつを潰せば。
「宗一郎君!」
振り返る。
数体の死人が、動きを止めた宗一郎に銃口を向けていた。一斉に発射される。
だが、飛び込んできたスペランカーが、蜂の巣になり、短いダンスを踊る。地面にたたきつけられたスペランカーは、動かない。
死人が、のけぞった。スペランカーの体に穴が開いたのと、同じ箇所がえぐり取られている。スペランカーはじきに蘇生するだろう。しかし、放っておいていいものなのか。いいわけがない。
「このくそったれが!」
瞬時に、頭が沸騰した。
サッカーボールを出すと、蹴り込む。二発、弾丸が至近をかすめるが、気にしない。強烈に加速したサッカーボールが、死人の頭を粉砕する。戻ってくるサッカーボールを蹴ろうとする瞬間、肩に灼熱。弾が入って、抜けたのだ。だが、気にしてなどいられない。
「おらああっ!」
空気をこすって、凄まじい摩擦を起こしながら、ボールが飛ぶ。直撃を受けた死人が、木っ端みじんになった。戻ってきたボールを更に蹴る。死人が、呻きながら下がる。呼吸を整えながら、振り返る。
スペランカーが、頭を振り降り立ち上がる所だった。
「いたた、もう。 駄目だよ、後ろにも目をつけてなきゃ」
「すまない。 何回助けられたか」
「いいから。 それより、あっち。 血が結構出てる。 出来るだけ、急いでけりをつけて」
ボスを指さすスペランカー。
海賊の頭領はにやりと半分骸骨になっている顔で笑う。そして、ゆっくりこちらに歩み寄ってきた。
右手はフックになっていて、しかもギミックが仕込まれているのが分かる。スペランカーが、後ろは任せろといって、煙の中に消えた。こちらは肩を打ち抜かれて、出血がひどい。向こうは死人で、生前の力は無い。
どちらも、条件は同じだ。
無事な左手で、海賊のボスがサーベルを抜く。構えからして、かなり強い。距離を慎重に測りながら、サッカーボールをバスケットボールのように地面と手の間にて往復させる。間合いは、だいたい見切った、と思った瞬間。
海賊の手から、フックが伸びた。鎖つきのフックが、あっという間に空間を蹂躙し、宗一郎の肩を抉っていた。
傷口を痛烈に抉られて、思わず横転する。
フックつきの腕には鎖が仕込まれていたようで、しかも今は不気味な術式の力を得て、まるで蛇のように自在に動いている。今度は足を狙ってきた。飛び退く。だが死人とはとても思えない速さで船長が間合いを詰めてきた。
サーベルが、まるで稲妻のように奔った。
腹をざっくり切られて、鮮血が吹き出す。
着地。横っ飛びにはねる。頭の中が、真っ白になりそうだ。フック。横から。ガードが間に合わない。
横殴りにたたきつけられたフックが、凄まじい重さで、宗一郎の小柄な体を吹っ飛ばした。甲板で、二度、三度、バウンドして転がる。
船長が歩み寄ってくる。
「何だ小僧。 貴様、その程度の腕前で、良くこの黒髭に挑もうとしてきたものだな」
「黒、髭!?」
声は、頭の中に直接響いてきた。
立ち上がろうとしたところを、至近まで迫っていた黒髭に蹴り上げられる。空中に浮かんだところを、伸びたフックで叩き落とされ、甲板にたたきつけられた。肋骨にひびが入るのが分かった。
「がっ! げほっ! く、黒髭というと、エドワード=ティーチか」
「おう、それくらいは知っているか。 もっとも、生前の姿とは随分違うがな。 こんなふざけた腕やら眼帯やらはしてなかったし、何より俺のトレードマークは火薬を編み込んだ髭だったんだがなあ。 まあ、海賊ってイメージに俺を乗っけて召還したらしいから、仕方ねえけどよ」
船長は、自分のことを知っている相手に会って、少し嬉しいようだった。
黒髭。
歴史に実在した、伝説の海賊である。現在、どくろのマークやら眼帯やらステレオタイプの海賊のイメージがあるが、その原型となっている一人こそ、この黒髭だ。その残虐なやり口と義賊を気取った行動からピカレスクロマンでは人気があり、最後の壮絶な戦闘などでも人気を得ている。近年でも人気は衰えず、彼をモデルにした海賊のキャラクターはJ国の漫画にも登場しているほどだ。カリブの海賊と言ったら、まずこの黒髭の事なのだ。最初にあのふざけた声がカリブと言っていたときに、気づくべきだった。
もし黒髭だとすると、宗一郎が挑むには格が上過ぎる相手だ。川背とスペランカーが、総力で挑むほどの相手だろう。だが、宗一郎には、まだ奥の手がある。
一撃、一撃入れられれば。
今のダメージなら。
それに、黒髭と言っても、今は無理矢理何かしらの術で召還されたかして、だいぶ弱体化しているはずだ。必死に宗一郎が立ち上がると、黒髭はサーベルを構えた。
「さあて小僧、立ち上がった努力は認めてやる。 だが、そろそろ死ね」
「死なない。 俺には、救わなきゃいけない相手がいる」
「誰でも、背負ってるものくらいはあるんだよ。 俺だって、それは同じだ。 その重さは、悪いが強さにも勝敗にも関係しねえ。 精神力には影響するが、それが加味する力は、あまり大きくはねえんだ。 人生が全部戦いだった俺が言っているんだから、この言葉は本当だぜ?」
間合いを計ろうとするが、あごの下から突き上げられた。目にもとまらない早さで、フックつきの腕が一閃したらしい。更に、上から一撃。踵を叩き込まれたらしかった。
甲板にたたきつけられる。
まずい。視界が、もう定まっていない。
真っ暗な中で、声だけが聞こえてくる。歯を噛む。体中痛くて、どこを傷つけられたのかも、分からなかった。
必死に呼吸を整える。
金属音。そして、つり上げられる。サーベルをしまって、あいている手で宗一郎を掴み挙げたのか。
何度か瞬きする。必死に相手を見ようとした。
「まだ闘志を捨てないか。 小僧、名前は」
「本多、宗一郎」
「ほう、アジア系か。 根性のある奴は嫌いじゃねえ。 だが、俺にもやるべき事があってな。 悪いが、死ね」
どんと、激しい衝撃。
視界が、急にはっきりする。船が、揺れている。理由は、分からない。だが、分かったのは、黒髭が体勢を崩したと言うことだ。
黒髭の腕を蹴って、離させる。後方に飛んだ。黒髭が、フック付きの腕を振り回してくる。全てが、スローモーションで見えた。サッカーボールが、転がってくる。自分の所に戻ってくるように、フィールド探索者になったときに注文して作ってもらった特注品だから当然だ。足下にサッカーボールが来る。フックが喉を狙ってくる。
一瞬の差。
蹴る。
渾身の、全てのパワーを込めて。
「おおおおおおおおおおおっ! らあああああああああっ!」
肺の空気を、全て絞り出すように、宗一郎は絶叫。
ボールが、光ったように見えた。
フックが、宗一郎に届く寸前。
ボールが、黒髭の体をとらえた。驚愕に、伝説の黒髭が顔をゆがめるのが分かった。海賊の胴が、丸ごと消し飛ぶ。腐敗した肉体が飛び散る中、黒髭はどうしてか、笑っていたように見えた。
ボールは凄まじい勢いでマストもへし折り、敵の残党も数人消し飛ばして、遠くへ飛んでいった。帰ってくるまで、しばらく時間が掛かるだろう。
倒れている黒髭が、笑った。
「ふん、俺も焼きが回ったな。 宗一郎、おまえの名前、覚えておくぞ。 俺はもう死人だが、何かの機会でまたこの世に来ることがあったら、おまえと会えることを楽しみにしておく」
「光栄だ」
「一つ教えてやる。 俺を呼び出した奴は、人間に見えた。 おまえら、フィールド探索者だろう? この件の裏には結構でかい闇がある。 気をつけろよ」
知っていると、応えている暇は無かった。
気がつくと、周囲は海では無かった。枯れ果てたウォータースライダーに、汚い船が転がっていた。
川背が着地し、ルアー付きのゴム紐をしまう。獅子奮迅の働きで、殆どの死人を引き受けてくれていたのだ。感謝の言葉も無い。
スペランカーは、どういうわけか死んでいて、再生途中のようだった。しばらくして、ぼろぼろの服のまま息を吹き返す。川背が慣れた手つきで、コートをかぶせていた。
「ダイナマイト、使ったんですか」
「うん。 このままじゃ宗一郎君が死んじゃうから、船の竜骨を折ったの。 逃げる暇が無くて、私も粉々だったけど」
てへとか、スペランカーが舌を出す。
川背が、宗一郎の手当をしてくれた。スペランカーが、文字通り捨て身で助けてくれたから、あの邪悪だが偉大な戦士に勝てたのだ。
悔しい。
だが、勝ったのだ。全身がひどい傷で、肋骨にもひびが入っている。だが、もう引くわけにはいかなかった。
外に出ると、目の前にアトラクションがあった。
お化け屋敷らしい。
「あれ。 今度はいきなりだね」
「他のチームが全滅したというのが理由じゃ無いでしょうか。 どっちにしても、相手の思惑に乗ってやる必要は無いと思います。 少し休憩を入れてから行きましょう」
「うん」
「いや、出来るだけ早く行きたい」
宗一郎は、今でこそ、多分フルパワーでの攻撃が出来る。それに、出来るだけ急がないと、おそらく敵は更に的確に、こちらに対する策を練ってくるはずだ。今回は海上戦と言うこともあり、スペランカーの強みと川背の強みが、半ば消されていた。水中から巨大な大蛸でも襲いかかってきたら、それこそ手も足も出なかった可能性が高い。
そうしなかったのは、理由があると言うよりも。
むしろ、手持ちの札から用意できなかった、というのが正しいのだろう。
「駄目。 少し休まないと」
「今の俺は、最大限の破壊力を発揮できる。 直撃を浴びせれば、どんな敵でも倒す自信がある」
「でも、それも先輩のアシストがなかったら無理だったでしょ? 今は、少し休んで、少なくとも自由に動けるようになって」
そう言われると、弱い。
言われるまま宗一郎は従ったが、どうしてか不快感は無かった。
「魔術師」は、複数のモニターを見て、戦況を確認していた。録画したデータを巻き戻し、何度も相手の戦術を、頭に入れる。
彼こそは、このフィールドの主。クレイジーランドの主であった。辺りには、無数のジャンクフードの食べかすが散らばり、さながらカオスの様相を呈している。
電話が鳴る。面倒くさいが、仕方が無い。受話器を取ると、彼のクライアントの一人だった。
「戦況は?」
「せっかちだなあ。 残り三人だよ、爺さん」
「ふん、まさかその三人というのは、スペランカーと、海腹川背が混じっているのでは無いだろうな」
「ああ。 あんな強いのが入ってるとは予想外だったが、次で仕留めてみせるさ」
虚勢では無い。実際、既に弱点についてはハッキリ分かった。
スペランカーは機転が利くが、動きが鈍いし、本人の身体能力も低い。檻にでも閉じ込めれば、恒久的とは言わずとも、かなりの長時間動きを封じられる。その上、先ほどの海上戦で、装備の殆どを使い切るのも確認した。
神殺しの異名を持つ奴は、神的存在、たとえばこの人工フィールドの要となっているあれとかに対しては、殆ど必殺の力を持っている。だが、それはさせない。次は魔術師が出る。
そして、海腹川背。
奴はしょぼい能力を、身体能力と優れた戦術展開で補填している典型例だ。もう少し経験を積めば、一流の仲間入りが出来るだろう。中堅としては驚異的な戦闘力を持っていて、はっきり言って正面からは戦いたくない。
だが、致命的な弱点も見つけていた。
もう一人ははっきり言って雑魚だ。一発は大きいが、それだけである。弱体化しきった黒髭相手に、あれほど手こずるようでは話にならない。
「ふん、まあいい。 期待はしていないが、もし倒すことが出来たら報酬は倍増ししてやる」
「どうした。 あいつらに、殺す理由があるのか?」
「それはおまえが知ったことでは無い」
電話を切られる。
鼻を鳴らすと、魔術師は手札を出す準備に掛かる。
彼は、殺し屋だ。フィールド探索者の会社が複数出来るようになってから、この仕事が魔術師の間で始まった。フィールド探索者と、それと敵対する勢力が、裏で手を結んで、ごくまれに邪魔な者を始末するようになったのである。
このクレイジーランドはその一つ。
コレが壊されれば、また新しい暗殺用のフィールドが作られるだけのことだ。ちなみに、前回暗殺用フィールドを壊して突破したのは、あのMである。昔から、あの男は様々な意味で伝説的な存在だったのだ。
この仕事が、どうして需要を得ているのか。その根源は何なのか。それは、よく知らない。魔術師としても、能力者殺しとして特化している彼は、あくまで殺し屋であって、クライアントの意向に沿うだけの存在だ。
「タマ、行くぞ」
後ろにある、檻の一つに語りかける。
そして、魔術師は腰を上げた。
アトラクションに入ると、其処は薄暗い洋館だった。後ろで、戸が閉まる。
薄暗いホールの前には、いかにもな曲がった階段があり、上には薄汚れたシャンデリアが揺れている。ホールの左右には雰囲気のある扉。壁には、当然のように、リアルすぎて妖怪じみた人物画。分厚いカーペットを踏むと、ぶわりと埃が舞い上がる。
いかにもというか、あまりにも雰囲気ができすぎている。スペランカーが、ぶうと口をとがらせた。
「またホラー系? 芸が無いなあ」
「そういうなよ、紳士淑女諸君。 ギャハハハハ、喜びな、此処がファイナルステージだ!」
「何がファイナルステージだ!」
川背が速攻でスピーカーを見つけ出し、ルアーを引っかけて引きちぎった。踏みつぶし、砕いている間にも、別の箇所から声が飛んでくる。
「そうおこんなよ、ベイベー。 で、だ。 この声の主である俺様は、一番奥で待ってるからよ。 今回はガチで勝負だ。 せいぜいがんばんな」
無言で、スペランカーが宗一郎の前に出た。
どんと、左の扉から音がした。早速来たか。
「おそらく中は迷路でしょう。 消耗戦を挑むつもりでしょうか」
「それなら、狭い場所にこもった方が有利だけれど、どうも簡単にはいきそうにないね」
何度か、ドアが激しくノックされる。
かなり大きい奴が、ドアの向こうに潜んでいそうだ。ゴム紐を伸ばす川背。戦うつもりと言うことか。
「ドアが開いた瞬間、サッカーボールを蹴り込んで。 それから僕が突入するから」
「いいのか、温存しなくて」
「敵のボスが出てくるって事は、もう手札が残り少ないって事。 それなら、各個撃破して後顧の憂いを断った方が良い」
頷くと、宗一郎はサッカーボールに意識を集中する。ドアのちょうつがいが外れた。多分、次の突進で、内側から壊れるはずだ。
どんと、鋭い音。
だが、次の瞬間、階段上の扉が、二つ同時に開かれた。そして、半透明の生命体が、呻きながら階段を滑り降りてくる。
更に、さっきまで激しい突進で壊れかけていた扉と逆方が音も無く開き、そこから巨大なコウモリが数十匹、飛び込んでくる。
そして、床だ。
床から、複数のチェーンソーが突如生え、切り裂き始める。いきなりこのホールに、凄まじい敵の戦力が集中してきた。
総力戦が、開始された。
エージェントに仕掛けさせた監視カメラの映像を、Dr、Wはじっと見つめていた。特注のリムジンの中で、である。
わざわざクレイジーランドの正門まで出向いたのも、自身が囮になる事で、エージェントが侵入しやすくなるようにするためだ。元々武闘派であるWだが、普段は身の安全も考えて、出来るだけ表には出ないようにしている。
それが、今回は出る必要があった。
「潰し屋め。 どうやら勝負に出たようだな」
「あの魔術師は、過去から条件を満たした相手を召還する存在だと聞いていますが、チンパンジーといいスライムのような怪物といい、ちょっと条件が合わないような気が……」
「馬鹿が。 それはあのフィールドの、元々の主の手下だ」
「ああ、なるほど」
できの悪い部下に教えてやる。
監視カメラの中では、スペランカーと川背、それに宗一郎という三人が、凄まじい猛攻を捌いている様子が見える。中心になって暴れているのは川背だが、明確に苦戦している様子が見て取れた。
敵の主体は動く死体だが、これが明らかに問題である。しかも狭い洋館の中で、味方の誤爆を防ぐために、小さく動き回らなければならない。
敵が柔らかい。
それが、彼女の戦闘スタイルの妨げになっている。
また、スペランカーも、再生力が高いスライムにまとわりつかれて、千日手になっていた。スライムも傷つけても再生するスペランカーに二の足を踏んでいるが、しかし他への手助けもさせていない。
そして宗一郎少年は、猛烈な数での力押しに対応し切れていない。
スペランカーと川背の連携は見事だが、それも分断されがちだ。
さすがは潰し屋。今までの戦闘から、見事なまでに敵の弱点を見切り、それぞれ各個に潰しに掛かっている。Mのような規格外は例外としても、能力者といえど所詮は人間。一番手強いのは、人間なのだ。
「これは、勝負ありましたかね」
「いずれにしても、一喜一憂する事では無いな」
このフィールドは、その性質の特異さから、すぐにフィールド探索社とその敵手たちから目をつけられた。
おりしも、Mによって処刑用フィールドが破砕されていた時期だった、という事もある。千人以上の死者を出した大規模ハザードという事もあり、制御が必要だったという事もあって、すぐに両者は動いた。
実際には、Mが攻略を担当し、あっという間にフィールドの制圧に成功。
そして、フィールドの特性を乗っ取る形で、今の状態が、数年にわたって維持されることとなった。
このフィールドの主として配置されたのは潰し屋だが、実際には誰もが運営に携わっている。Mが所属しているN社も、Wの主敵であるC社もそれは同じ。だが、その裏には、もう一枚深い闇がある。
Wはそれを知っている。
だが、敢えて、口にすることは無かった。
「戦況が、動きました」
「ほう?」
どうやら、スペランカーが勝負に出たようだ。
普段は非力なくせに、いろいろ楽しませてくれる奴だ。Wはクーラーボックスを開けると、缶ビールを取り出す。
「飲むかね」
「後でいただきます」
「そうか」
ビールを喉に流し込む。ここから先は、更に楽しめそうだった。