オールドアクションゲーム二次創作 作:dwwyakata@2024
死闘の中、ホールを飛び出る。一番苦戦していた宗一郎をかばうと、スペランカーが最後尾になって、扉に立ちはだかった。奥へ。此処は引き受ける。そう叫ぶと、川背が宗一郎を引きずるようにして、奥へと走っていく。
そしてスペランカーは。
小さな体で、扉に立ちふさがった。
「来るならどうぞ! でも、簡単には通さないから!」
もう服はぼろぼろ、靴も無い。バックパックはとっくに駄目になって、手にブラスターを握り込んでいた。
これだけは手放せない。意思と関係なしにだ。
スライムも、オオコウモリも、ぼろぼろの服をかろうじて体に掛けているスペランカーを見て後ずさる。一番最後に部屋に入ってきた巨大な猫だけが悠然としている。
猫を除く殆どの種類の敵が、スペランカーを殺してはひどい目に遭い、また蘇生してくるスペランカーを見たからである。
やはり、川背の推論は正しかった。敵は殆どの戦力を、最初のホールに投入してきていたのだ。だから、ホールから出ようと判断したスペランカーが扉に向かうと、露骨に動きを乱した。
ゆっくり、下がる。下がった分だけ、敵が詰めてくる。
ヘルメットを投げ捨てると、びっくりして下がるが、すぐ前に出てきた。
川背たちは無事に奥までいけたか。
正直な話、これほどのフィールドのボスと、宗一郎を単独で戦わせるのは無謀すぎる。川背と宗一郎は相性が最悪だが、それでも二人いれば隙も作れる。機動力で勝負するタイプの川背なら、きっと大砲である宗一郎を生かして、好機を作ってくれるはずだ。
化け猫が、前に出てくる。
巨大な猫だ。ライオンが子猫に見えてくるほどである。しかも、全身から異常な圧迫感を感じる。
「貴方が、私の相手をしてくれるの?」
「おまえの弱点は既に見切っている」
驚いた。日本語で返事だ。
そういえば、雰囲気が日本猫である。そして、尻尾が無数に分かれている。これは、ひょっとして。
「あなた、化け猫!?」
「ほう。 それが分かれば十分か。 さて、どうする。 我にその神殺しの武器を使えば、後に控えている主にはおそらく間に合わなくなるぞ。 かといって、そなたにはもはや、我を押さえ込めるほどの手札があるまい」
扉を破って入ってきたこの化け猫は、口から炎を吐き、無数の悪霊を操作して、川背をさんざんに苦しめていた。宗一郎は雑魚の大群を相手に援護の余裕も無く、どうにか逃げる隙を作るので精一杯だった。
通路の奥に、少し下がる。
その分、化け猫が前に出てきた。
猫科の動物らしく、凄まじい圧迫感だ。飼い猫がかわいらしいのは小さいからである。元々単独で狩りをする動物である猫は身体能力が高く、頭もいい。大型化すれば、熊やライオンに劣らない、危険な猛獣になる。
そして、この猫は。スペランカーを無力化する方法も、当然知っているだろう。さっき言っていたのは嘘では無い。
ただ、柔らかく押さえ込む。それだけでよいのだから。ただし、スペランカーも、最後の切り札を使えば、それに対抗は出来た。
もう二歩下がる。
しなやかな歩みで、その分化け猫が進んできた。
もう少し、時間を稼がなければならない。そして、もう少し。もう少し。化け猫に、奥に進んできてもらわなければならない。
通路は薄暗く、電気の切れかけたランプが余計な闇を演出していた。
ブラスターを、猫に向ける。
猫は驚いたように、動きを止めた。
「大丈夫。 川背ちゃんがついてる。 だから、きっとどうにかなる」
「……」
「どうしたの? 来ないの?」
猫は、一歩下がって、扉から出る。
狭い通路の中では、如何に素人同然のスペランカーでも、当てられる。それを冷静に判断したのだろう。
化け猫だとすると、霊的存在に近い。ブラスターであれば、文字通り一撃必殺だ。だが、スペランカーも、最低で数時間、下手をすると一日以上は身動きがとれなくなる。そうなれば、決戦には間に合わない。
これは、賭だ。
もう二歩下がる。時間を、稼がなければならない。
川背は息を切らし始めている宗一郎を気にしながら走った。先輩が時間を作ってくれたのだ。
一秒でも早く、この忌々しい館を抜けなければならない。
それにしても、嫌らしい敵ばかりだった。本当に、此処は処刑場なのだろう。他のチームに誰がいたのかは分からない。だが、七人ものフィールド探索者が命を落としたのだとすると、やりきれなかった。
無言で、宗一郎を突き飛ばし、自身は横っ飛び。
天井から落ちてきた大岩が、床にめり込んだ。
「駒は無くても、トラップは健在、か」
「大丈夫か」
「僕は平気。 君は?」
「俺は、まだ行ける」
そう言いつつも、膝に手を当てて、宗一郎は苦しそうに息をしていた。
無理も無い。相応には鍛えているようだが、フィールド探索者としてはずぶの素人で、しかもあれほど痛めつけられた直後なのである。これだけ動けるだけでも、奇跡的である。川背が同じくらいの年の頃は、どうだったか。
川背は幸い、戦士としての素質に恵まれていたから、中堅どころという腕前であっても、これだけ動ける。スペランカー先輩のような優秀な隣人にも恵まれて、良質の戦いを経験したこともあって、今では危なげなく探索できる。
だからといって、宗一郎のような子を甘やかすのは逆効果だ。可能な限り、厳しく接しなければならないと、川背は感じていた。
少し速度を落としつつも、それでも急いで洋館を走り抜ける。部屋に飛び込む。ガーディアンは、いない。次の部屋に。次に次に。
あらゆる扉を開けて、通路を抜けて。
そして、三階に出たとき、露骨に違う空気が、場を包んだ。
「なるほど、何かと煙は高いところが好き、か」
「まあ、そういうことだ。 ようこそ、レディスアンドジェントルメン! 此処が、この俺、魔術師潰し屋の戦場だ!」
両手を広げる魔術師。
見た目は、三十そこそこの男だ。黒いローブに全身を包んで、顔だけを露出している。その顔は、まるである種の犬のようで、お世辞にも美男子とはいえなかった。
だが、全身からは凄まじい魔力を放っているのが分かる。威圧感も凄まじい。
歴戦を重ねてきている相手だというのは、一目で分かった。
だが、何かがおかしい。
「おまえ、どういうことだ!」
「あん?」
「以前あったときと雰囲気が違う!」
「以前? ああ、そうか。 このフィールドから生還したのか? それはそれは、流石にこの俺も気づかなかった」
げらげらと、高いテンションで魔術師は笑う。
「もう気づいているようだから言うが、俺は人間だ。 このフィールドは、とうの昔に攻略されていて、処刑場に改変されているのさ」
「……それで?」
「つれないなあ。 キュートなのにもったいねえぜ。 まあ、いいか。 俺としても、てめーみたいに強い相手をひねり殺すのは快感だ。 自分がもっとつええって、実感できるからな! ギャハハハハ!」
ふわりと、川背の体が浮いたのは、その時であった。
「そちらの小僧は敵じゃ無いが、貴様は危険だ、海腹川背。 だから、貴様の力は、徹底的に封じさせてもらう」
「これは、無重力!?」
「そうだ。 貴様の機動力は素晴らしいが、それはいずれも重力を利用したものだ。 この無重力空間で、貴様は半分も力を発揮できまい!」
地面にルアーを放って、引っかける。そして、床に張り付くようにして、完全に動きを封じられることだけは避けた。
だが、見上げると。
既に天井も壁も無い。そして、魔術師は、両手に魔力の炎を、盛大に灯していた。
「ギャハハハハハ! 蛙のように這いつくばったまま死ね!」
無数の光が、空にともる。
それは、おそらくは隕石。非常にまずい。潰し屋なんて名乗っているところから、対人戦に特化している事は想定していたが、これほどとは。そして、宗一郎に関しても、動きづらいのは同じ筈だ。
辺りを、爆炎が包む。
川背は吹き飛ばされながらも、どうにか勝ちの目を探す。
至近に、隕石が着弾。爆風で吹き飛ばされるが、思ったほど衝撃は大きくなかった。
空中で回転しながら、宗一郎は見た。
地面近くにルアーを引っかけた川背が、地面すれすれを飛ぶようにして、隕石をかわしているのを。しかし、動きがやはり鈍い。魔術師が指摘したとおり、重力が無ければ実力を発揮できないのだろう。
「ハーハハハ! 半減させてその動きかよ! すげえなオイ! でもなあ、空中にいる俺には攻撃出来ねえだろ」
「それは、どうかな!」
川背がルアーを放る。だが、至近まで迫ったそれは、魔術師の眼前ではじき返される。頭上にボールを蹴って、宗一郎は慣性を制御、地面に。いつの間にか周囲は、月面のようになっていた。
「悪いが、そんな豆鉄砲じゃ、俺のシールドは破れねえよ。 てめーがそのゴムのパワーで全力強化した蹴りだったらともかくなあ。 おおっと、そのリュックについても知ってるぜ。 そもそも近づかせねえから、覚悟しろ!」
敵の注意は、完全に川背に向いている。
サッカーボールを取り出す。
狙うは、奴が攻撃に転じる瞬間。隕石を降らせるほどの術式だ。奴がフィールドを乗っ取り、宗一郎の両親を殺した魔術師の能力を取り込んだとしても、簡単に使えるものではないだろう。
当然、その瞬間。シールドは弱体化する。
魔術師が、手から稲妻を放つ。川背では無く、ゴム紐を狙って。魔術の雷だからか、ゴム紐は苦も無く切断された。川背は苦労しながらも、次のルアーを投げて、地面に着地。きっと、空を見上げた。
だが、至近で爆発が起こり、吹き飛ばされる。どうにか姿勢制御する川背だが、今の一撃は致命的だった。
全身が傷だらけであり、もう半分も機動力を発揮できないだろう。
「詰んだな! ついでに言えば、そっちの小僧の大砲も、俺には通じん!」
「それはどうだろうね」
「わかりきってるんだよ。 そんな経験の浅いガキが、これだけの激戦の中で、札を出し切ってないはずもない!」
揺さぶりには、屈しない。
短い間だが、激しい戦いの中で冷静でいる事の強みは、嫌と言うほど学ばせてもらった。そして、此奴が事実上最後の敵である事も確認できた。それならば。もはや、これ以上温存する必要も無い。
命だって、投げ出せる。
リルの笑顔が浮かんだ。もしも、生きているのなら。絶対に助け出す。
あのとき逃げ出した自分の罪は、必ず晴らす。
川背が、傷だらけなのに、攻勢に出る。魔術師が吠えた。空に、無数の隕石が出現した。
その瞬間。
宗一郎は、渾身の力を込めて、サッカーボールを、魔術師に蹴り込んでいた。
後退しながら、次の部屋に。
スペランカーは化け猫をブラスターで牽制しつつ、ゆっくり、だが確実に、川背たちがたどった道を進んだ。
だが、途中で、それも途切れる。
岩で、廊下が塞がれていたのだ。一つや二つでは無い。数十の岩が、路を塞いだ跡があった。
「さて、どうするつもりだ。 増援には向かえぬぞ」
「うん。 でも、それは、こちらも同じかな」
ブラスターを向けたまま、考える。
このフィールドの均衡を崩すには、どうしたら良いのか、だ。
宗一郎の話を総合すると、このフィールドは自然発生したものを乗っ取り、人工的に処刑場に改造した可能性が高い。
そんな無理をするには、よほど大がかりな機構が必要なはずだ。
しかも、此処はボスがわざわざ指定してきたほどの、重要なフィールド内フィールド。つまり、此処にその制御機構があるとみて良いだろう。
ずっと考えて、やっとそれだけ思いついた。しかも、一人で思いついたのでは無い。
話を聞かれている可能性が高かったから、時々隙を見て川背と小声で会話して、やっと此処まで辿り着くのに、ずいぶんが時間が掛かってしまった。頭が悪いことが、こういうときはとても腹立たしい。
だから、敢えて川背の通った路を、此処までたどった。
ブラスターを向けたまま、進む。途中何度か転んで死んだりしたが、化け猫は手出ししてこなかった。
敢えて、途中から川背の通った路を外れる。
今、おそらくボスとやらは川背たちと交戦中の筈。こちらまで見ている余裕は無いはずだ。
もしも、大がかりな機構があるとしたら。
階段を見つけた。下に、下にと降りていく。化け猫は、無言でついてきた。
一番下。明らかに地下のその部屋で、スペランカーは、おぞましい光景を見た。
「これが、このフィールドの、クレイジーランドの秘密!?」
「そうだ。 そして、我がようやくたどり着けた場所だ」
辺りには。
無数の、人間大の硝子瓶が並んでいた。其処に入れられているのは透明な液体で、それにはどれもこれも、おぞましい肉塊が浮かんでいる。形容しがたい姿をした、蠢く肉塊だった。
一番奥。
小さな女の子が、裸で膝を抱えたまま、硝子瓶に入れられていた。七歳か八歳くらいだろうか。口元には呼吸用の機材がつけられているが、あれは生きているといえるのか。生きているとしても、何というむごい扱いか。
さっき、休んでいるときに、宗一郎がぼそりと漏らした。
リルという女の子を助けるために、ここに来たと。
「此処は、一体何なの!?」
「このフィールドと呼ぶ空間は、そもそもこの遊園地の園長が、絶望と共に作り出してしまったものなのだ。 経営が上手く行かず、借金苦で犯罪組織にも脅されていた園長は、闇の中で狂気から異世界への扉を開いてしまった。 遊園地で生じたフィールドは未曾有の被害を出したが、問題はその後だ。 このフィールドに、訳が分からない奴が多数押しかけてきた」
そして、瞬く間に。
園長が変じた大魔王を殺して、此処を作ったのだという。
「此処にあるのは、フィールドで死んだ従業員や、客の死骸のなれの果てだ。 いずれもが、フィールドを疑似構築するために、此処で「生かされて」いる。 そして彼らの思念が、フィールド内にフィールドを作っているのだ」
「どうして、そんなことを知っているの」
「園長は、我の飼い主だった。 とても心優しくて、子供の笑顔を見るのが大好きな人だった。 だが、経済は、社会は、園長に優しくなかった。 優しい園長だったからこそ、闇に落ちるときには、正真正銘の魔王になってしまった」
吐露には、絶望、悲しみ、人間への怒り。様々な感情が、ない交ぜになっていた。
化け猫は、多分スペランカーが此処を見つけ出せるように、何らかの方法で誘導してくれていたのだろう。
一番奥に、何か光る石があった。
「その女の子だけは、まだ人間として生きている。 園長が、魔王になる寸前に一家心中しようとして手に掛けた自分の娘に似ていたからだろう。 フィールドのコアになっているのも、その娘だ。 疑似神である光る石とコアを切り離せば、フィールドは崩壊する」
「そうなれば、貴方は」
「いいんだ。 死なせてくれ。 我は、あの男に従いながら、ずっとこの機会を待っていたのだ。 園長は魔王になり、そして死んでからも魔王のままだ。 せめて消えるときくらいは、子供の笑顔が大好きだった、あの優しい園長に戻してほしい。 あの男は、この戦いが終わったら園長を生き返らせてくれると言ったが、我はもう疲れたのだ」
嘘の可能性もあった。
だが、スペランカーは信じた。
「ごめんね」
「かまわぬ。 本当は、その武器で撃たれて死ぬことこそが、奴の考える我の役目だったのだ。 どちらにしても、たいした違いは無い」
「絶対に勝つから」
「神殺しよ。 いや、絶対生還者。 早く、我は主人に会いたい。 殺ってくれ」
スペランカーは頷くと。
光る石に、ブラスターを叩き込んでいた。
不意に、重力が戻る。
同時に、隕石が消え失せた。魔術師のシールドに、サッカーボールが食い込む。激しい火花を散らしながら回転するサッカーボールを見て、魔術師は顔中に怒りと焦りを浮かべた。
「お、おおおおお、おおああああああっ! あ、あの猫、裏切りやがったかああああっ!」
だが、それでも。
幾多のフィールド探索者を屠り去ってきた魔術師だ。ボールを力尽くで、はじき返してみせる。凄まじい力だ。
だが。
その瞬間には、既に川背が動いていた。
頭上。天井が戻っていた。
其処には既にルアーが引っかかり、川背がさながらナイアガラの滝を下るような勢いで、魔術師に蹴りを叩き込む。凄まじい連続攻撃に、シールドが砕ける。割れ砕けたシールドが、宗一郎の脳裏に、光を走らせた、
此処で決めなければ。
戦士では無い。
残ったのは、もうテニスボール一つだけ。
手元に落とす。そして、己の命さえ乗せて、全てのパワーを集中する。
リルの笑顔が浮かぶ。
必ず、助け出してやる。あいつをぶっ殺して、この処刑場を抜け出すのだ。
全てが、ゆっくり見えた。
魔術師が、川背を雷撃で、至近から焼くのが見える。だが、それで、集中は完全にこちらから外れた。足下にある、小さなボールが光を放つ。
外すことなど、あり得なかった。
「いいいいいいいいっ、けええええええええええええっ!」
肺の中の全ての空気を絞り出しながら、宗一郎はボールを、蹴った。
ドンと凄まじい音がしたのは、ボールが音速の壁をぶち破ったからだろう。更に二度、空気の壁をたたき割る音。魔術師が、振り返る。その顔が、驚愕と、恐怖に歪んでいく。リル。宗一郎は、まばゆい光の中、つぶやいた。
魔術師が相当な無理をして、詠唱。シールドを瞬時に再構成しようとする。
だが、焼かれながら落ちていた川背が、その時。リュックを振り、魔術師の足に直撃させた。魔術師がのけぞり、絶叫。足が、踝から下が、きれいに消えていた。
ボールが、再構成され掛けたシールドを、瞬時に打ち砕く。
そして、魔術師を直撃した。
「が!」
超速回転しながら、ボールが魔術師を吹き飛ばす。
そして、もろともに。
朽ち果てた天井を貫き、空へ飛んでいった。
断末魔の絶叫。
川背が、傷つきながらも、地面近くでとんぼを切り、着地するのと同時に。
遙か向こうで、魔術師が木っ端みじんになる。
そして。
朽ち果てたアトラクションの天井は壊れ、光が差し込み始めていた。
「宗一郎君!」
そのまま、後ろ向きに倒れる。
手を伸ばす。
リルは。
生きていたなら、これで、きっと救われるはず。ずっと、復讐と、リルを救うことだけを考えて生きてきた。
だから、それを果たした今は。もう。
「馬鹿っ! 貴方が死んだら、リルって子はどうすればいいの! その子のためにも、生きなさい!」
川背の声が聞こえてくる。
そうか。そうかも知れない。
まだ、生きる努力をする価値はある。
スペランカーが息を吹き返すと、辺りは薄暗い部屋だった。
あの、悪夢のような部屋は残っている。だが、女の子以外の肉塊は、動きを止めていた。辺りの機械を四苦八苦して操作して、女の子を硝子瓶から出す。考えて見れば、自分も素足で服はぼろぼろで、裸同然の格好だった。
女の子を横たえる。何か着るものは無いか。辺りを探して、やっと子供用らしい服を見つける。埃をかぶっていたので、咳き込みながら払う。そして、女の子に着せた。
息は、している。
だが、医者に連れて行かなければ危ないだろう。
全身の虚脱感がひどい。ブラスターを使ったあとだから、当然だ。階段を下りてくる音。川背に違いなかった。
「先輩?」
「川背ちゃん、こっち!」
「今、行きます」
川背も、ひどい有様だった。全身火傷だらけで、美人さんが台無しである。互いの有様を見て、苦笑する。だが川背は、バックパックから要領よく無線を取り出して、すぐに救援を呼んでくれた。
たとえ此処が処刑場でも。
マスコミが周囲で張り込んでいて、しかもその眼前でフィールドが消滅したのである。救援を呼ばなければならないだろう。
「リル?」
弱々しい声。
川背に遅れて、歩いてきたのは。宗一郎だった。
さっきまでの切り詰めた雰囲気はもう無い。多分、人生を今まで復讐のためだけに捧げていて、それが消えてしまったからだろう。
「リル!」
絶叫した少年は、まだ意識が戻らない女の子に駆け寄る。
少年だけ年を取ってしまったが。しかし、これは、この地獄のような場所に、唯一起こった奇跡だったのかも知れなかった。
「し、信じられん。 あの潰し屋を……」
Wの前で、部下が驚愕の声を上げている。鼻を鳴らしたWは、携帯電話を取り出すと、盟友の一人であるKに連絡した。
「儂だ。 今、クレイジーランドが崩壊したよ」
「ほう。 やったのはあの絶対生還者スペランカーか?」
「そうだ。 アトランティス利権を狙っていた連中のもくろみはこれで白紙だな。 おまえさんも、一枚噛んでいたんだろう?」
「何、一度や二度の失敗で諦めるか」
げらげらと、電話の向こうでKが笑っている。電話を切ると、今度は別の相手に掛ける。Mである。
「久しいな、M」
「結果は今こちらでも確認した」
「あのマスコミ共を手配したのは貴様だろう。 どういう事だ」
「私の時がそうだったからな。 勝ち残ったのなら、この狂った茶番にもうつきあうこともないし、相応の敬意は払うべきだ。 あの二人は、もう処刑場に送られることもないように、私から手配するさ」
鼻を鳴らすと、Wは電話を切る。
勝ち残ったら、相応の敬意を払うべき、か。
Wは知っている。
能力者は、決して普通の人間からは好まれていない。だから、あまりにも強力に成長しきった能力者が、増えないように。手を打つ必要があるのだ。
だから、いつ頃か。この処刑が。
正式には、間引きともいえる行為が始まった。
中堅のフィールド探索者が、時々こうやって間引かれる。非常に強力に育つ可能性がある者は、こうやって減らしていかなければならない。
能力者と普通の人間は、昔から数限りない争いを繰り返してきた。そのたびに、闇で多くの死者が出た。だから人間側の実力者と、能力者側の権力者たちが、光と闇、全ての陣営が顔をそろえて、一度決めたのだ。
能力者の数を調整することを。
人口の比率に比べて能力者が増えすぎた場合は、処刑場を作る。そして、中堅程度の実力者を、間引くのだ。どうせ下級の連中は、フィールドに挑む内にばたばたと死んでいく。
最高ランクの実力者は、みなこの処刑を切り抜けた者たちばかり。
それはMもKも、例外では無かった。
ピエロともいえたのはあの魔術師、潰し屋だ。奴は魔術師も含めた、能力者全ての安定のために自分が踊っているとも知らなかった。実力はたいしたものだったのかも知れないが、それも所詮人間の手のひらの上。
この世は、とてつもなく巨大で、邪悪な闇によって動いているものなのだ。
それは、光側の人材も、闇側の人材も巻き込んで、大きく動いている。社会そのものが、巨大な化け物と言っても良い。黒幕が一人か二人、悪いことをしているのでは無い。人間という生物全部が、社会という巨大な化け物を形成しているのだ。
「今回のデータは使えそうだ。 記録しておけ」
「はい。 Dr」
Wは、もう一本の缶ビールを開けた。
勝利者への、祝杯だった。
6、狂気の終わり
少しためらった後、宗一郎は病室を訪ねた。清潔な白い空間に。絶対に助けなければならないと数年間思い続けてきた幼なじみがいた。呼吸器はないが、ベットで殆ど身動きしない。腕についている、栄養の点滴が少しだけ痛々しかった。
まだ、リルは眠ったままだ。だが、様態は安定しているという。脳波の様子からも、目覚める可能性は充分にある、ということだった。
あの、クレイジーランドが攻略された。
それも、少しニュースにはなったが、すぐに話題から消えていった。世の移り変わりは早い。宗一郎は養父母の所に戻り、リルのことをどうするか相談している最中である。今のところ、V社が名前を売るために面倒を見ることを申し出てきているから、それも加味する必要があるだろう。どれだけ裏があるとしても。金を出してくれると言うことは、それなりにありがたいのだ。
宗一郎が病室を出ると、スペランカーがいた。
「宗一郎君。 リルちゃんは?」
「よく寝ている」
二人並んで、病院を出た。
今回は、本当に世話になった。本当は敬語でしゃべらなければならないのだが、どうしても上手く使えない。
「ありがとう。 あんた達がいなければ、リルを救うどころか、あの魔術師にも勝てなかった」
「ううん。 そんなことは良いから、今は自分の未来を考えて」
「俺の、未来か」
スペランカーは、アトランティスに戻るという。
アトランティス攻略に、スペランカーが大きな貢献をしたことは、宗一郎も知っていた。だが国賓扱いだったというのは驚いた。まだ国際問題的には解決しないとならない事も多いらしく、人々のためにも象徴としていた方が良いのだそうだ。
「いつか、手が足りないときは呼んでくれ。 あんたのためなら、地球の裏側にだって行く」
「ありがとう。 頼もしいよ」
手を振って、スペランカーは空港へ去って行った。
弱いのに、強い。
不思議な戦士だ。だが、多分スペックだけが、戦士の強さでは無いと、証明している存在なのだろうとも、宗一郎は思った。
携帯電話が鳴る。
電話を取ると、リルの主治医からだった。
リルが、目覚めた。
涙がこぼれてきた。その場に立ち尽くしてしまう。
ありがとう。
何に対して礼を言ったのかは分からない。
だが、奇跡が起きたのは。事実だった。
(続)
マリオの敵であるあの人も、色々と蠢動をしています。
様々な思惑が動く中、それでもまた、救われた人がいたのでした。
絶対に生還は無理だっただろうちいさな命を救った少年は。
もう子供ではありませんでした。