オールドアクションゲーム二次創作 作:dwwyakata@2024
洞窟が、徐々に狭くなってくる。コウモリはもう殆どいないので、床は思ったより遙かに清潔だが。しかし、問題も多い。
人間を捕食できそうな生物と、今まで最低でも七度遭遇した。
超大型のツノガエルは、その特性をしっかり見極めて、距離を保つ事で事なきを得た。人間を優に丸呑みできそうな大型のアナコンダとも遭遇したが、こちらはそもそもハリーに興味を示さず、しかも眠っていた。
ハリーは、水路を泳ぐ生物を見て、しばらくどうしたものかと思案していた。
ピラニアである。
此処はアマゾンでは無いのだが、どこからどう見てもピラニアだ。しかも、その大きさが尋常では無い。
大型のピラニアには、確かにかなりのサイズになるものもいる。だがこれは狭苦しい水路のような川にいるというのに、体長が明らかに一メートルを超えている。通常は最大種でも六十センチが限界だから、如何に凄まじい巨体かよく分かるというものだ。
更に、デンキウナギまでいる。
デンキウナギは体の殆どが発電器官になっている珍しい生物で、これは現物のマキシマムサイズと殆ど体長が変わらないか、それ以上だ。餌をとるとき、身を守るときに800v、1Aに達する電流を発する危険な生物であり、水中で、至近で放電されると命が危ない。
ただ、危険要素ばかりでは無い。
ピラニアは基本的に臆病な魚で、こちらが怪我をしていない限りは仕掛けてこない。デンキウナギも、刺激さえしなければ大丈夫だ。それに長時間放電できる訳でも無く、危ないと思ったら一旦水面を叩いて驚かせて放電させ、疲れさせてしまえば良い。電気を発するには、相当量のパワーがいるのだ。
孤立した生態系では、異常な生物が出現することがある。孤島に巨大化した(といっても、数割増し程度だが)生物が生息していることはまれにある事だし、実際ハリーも今まで潜った洞窟で、似たような状況に遭遇したことが何度かある。
棒を差し込んで、水の中を掻き回す。ピラニアは、寄ってこない。
だが、デンキウナギは、うっとうしそうに棒に噛みつき、払いのける。元々デンキウナギは三メートル近くまで成長する大型の魚類だ。この水路には、そのクラスのものが数匹住み着いているのが見えた。
しかも最悪なことに、泳がないと向こうへは進めそうに無い。水路を飛び越えれば良いなどと言う状況では無い。低い天井の下を水路が流れていて、通路らしきものはそれの下流に向こう岸に見えているのだ。
銃弾をぶち込んでやろうかと思ったが、棒でつついても放電しないのなら、多分効果はないだろう。弾数も限られているし、やめた。
デンキウナギを避けて、水に入る。
深さはさほどでも無いが、流れがある。しかも、天井が近い。時々急に深くなっている場所もあって、危険だった。
岸に捕まると、デンキウナギを踏まないように、ピラニアに近づかないように、そろりそろりと行く。デンキウナギは面倒くさそうに時々身じろぎしていた。ピラニアも、何を食べてこんなに大きくなっているのか、気になった。
どれほど、時間を掛けただろう。
やっと、岸から上がる。
水をしたたらせたまま、歩く。向こう岸を照らすと、巨大なサソリが数匹闊歩していた。超大型のサソリであるダイオウサソリよりも更に倍は大きい。洞窟で暮らしているからか、体色は真っ白である。
出来るだけ、刺激しない方が良さそうだと思いながら、ハリーは奥へ。天井がまた高くなってきている。
不意に、後ろの方から足音が聞こえてきたのは、その時だった。
「ハリーさーん?」
しかも、自分を呼ぶ声である。慌ててライトを消すが、声は確実にこっちに近づいてくる。
闇の中、超大型のサソリが蠢いているのが分かる。基本的に闇の中の方が、サソリは動きが活発になる。あまり外殻が頑丈では無いから、というのが一般的な説だ。実際、サソリは蜘蛛の仲間で、あまり体は硬くない。つまり、生態系では、それほど強力な捕食者では無いのだ。
「ハリーさん! いるんでしょ! 出てきてくださーい!」
女の声だ。
しかし、こんな所に来ていると言うことは、フィールド探索者である可能性が高い。探検家としてはそれなりに経験を積んでいるハリーだが、フィールド探索者としては駆け出しである。だから、追いつかれたら、まず取り押さえられると思って良いだろう。
幸い、この水路の向こうの抜け穴は、簡単には見つからないはずだ。長く洞窟を走っていた水路に沿って歩いて、やっと見つけたのである。相手がどれだけの熟練したフィールド探索者だかは分からないが、探検家としてはこっちに一日の長がある。
無言で、歩く。
この洞窟で、ハリーはやらなければならないことがあるのだ。三つも。
その一つさえ、まだこなしてはいなかった。
ばかでかい蜘蛛が、巣を張っている。
スペランカーはあまり関わりたくないなあと思いながら、ハリーの名前を呼ぶ。
探索用に、国連軍が熱探知機をくれた。来る途中いろいろいじってみて、どうにか使えるようにはなったが、まだ操作が怪しい。とにかく、その熱探知機によると、ハリーはついさっきまで、この辺りをウロウロしていたらしいのだ。
まだ生きていることが分かって一息つけたが、しかし。
スペランカーは、あまり楽観できないなと判断していた。
さっき、ものすごいばかでかい蛇に襲われたのである。いきなり閉め潰されて、丸呑みにされそうになったが。カウンターによる打撃を受けた蛇は、吃驚して逃げていった。骨をばきばきにされていたので、蘇生まで随分時間が掛かった。
スペランカーの不老不死には、幾つかの副作用がある。
一つは能力低下。頭もあまり良くないし、運動神経も並以下になっている。
そしてもう一つは補填である。
悪意ある攻撃を受けた場合、攻撃者から。そうでは無い場合は、周囲の物質から。
体に受けた損傷が、自動的に補填されるのである。さっきの大蛇は、スペランカーを閉め潰したことで、体中の骨にダメージを受けたはずだ。死ななければ良いのだがと、スペランカーは心配してしまった。
どうも水路の辺りで熱量が消えていると言うことから、これを泳いで渡ったのだろう。しばらく思案したが、増援が追いついてくるのを待つ時間は無い。入り口近くで、無線に連絡があったのだ。
もう一人、後から増援を回すと。
誰が来るかは既に聞いている。結構頼もしい人物だが、まだ追いついてくるまでは時間が掛かるだろう。ハリーはかなり近くにいるはずで、このまま急げば追いつける可能性が高い。
どうして数日前に入ったハリーがこんなに近くにいるかは分からない。熱探知機を使って、最短距離をたどったにしても、見つけるのが早すぎる。しかもハリーは確か探検家としてはベテランの筈だ。そっちに関しては素人同然のスペランカーが、こうも早く追いつけるのは不可解だ。
だが、とにかく。
今は好機を捨ててはならなかった。
まずザイルを取り出して、先端部分を振り回し、フックを投げる。何度か投げて、フックが引っかかったことを確認して、腰のベルトに結びつける。
水中には何かいろいろ生き物がいるようだが、これで致死ダメージを受けても、水路に流されてしまうと言うことは避けられるだろう。
水路に入る。
水が、とても冷たい。それに、流れも強い。
ものすごく大きなウナギみたいな生き物がいる。それに魚もいるが、あれはひょっとしてピラニアだろうか。ちょっとおっかない。
ザイルを伝って、奥へ。ウナギを踏みそうになったが、どうにかそれは避ける。ウナギも、面倒くさそうにスペランカーの足を避けた。
「うひゃっ!」
思わず声を上げたのは、深みにはまったからである。何とかザイルを掴んで水面に出たが、かなり怖かった。水中でぶつかったのはピラニアだろうか。驚いたことに、ピラニアの方が吃驚して逃げていった様子だ。ピラニアと言えばとにかくおっかない魚というイメージがあったのだが、本当は臆病なのだろうか。
やっと岸に辿り着いて、上がった。
熱源が、点々と奥へ向かっている。それはそうと、凄く寒い。自分の肩を抱いてしばしぶるぶる震えていたスペランカーだが、何度か失敗しつつライターに点火し、カンテラを灯す。
カンテラに手をかざすと、ほんのりと暖かい。やっと人心地ついた。だが、こういうときは体力のなさが悲しくなる。武闘派系のフィールド探索者、たとえば後輩の川背なんかはどれだけ激しい運動をしてもけろりとしているので、とても羨ましい。
だが、ふと気づく。
寒い以外は、あまり苦しくない。
体が頑丈になってきたのだろうか。そういえば、少し前に密林を延々と歩かされたのだが、その時も歩いているだけならさほど消費も激しくなかった。
やはり、体が何か変わりつつあると、見た方が良さそうだった。
少し休んだ後、カンテラで辺りを照らす。
ザリガニよりずっと大きいサソリが、たくさんいた。はさみを持ち上げて威嚇したり、特徴的な曲がりくねった針をアピールしたりしている。怖くないと言ったら嘘になるが、でも相手もこちらを怖がっているのが分かる。それに、大きい事は大きいが、さほど動きは速くなかった。
立ち上がり、歩き始める。そして、気づく。
熱源が、非常に曲がりくねって歩き回っている。水路に沿って、かなり奥の方まで進んでいる熱源と、逆に戻ってきているものがある。
それで、合点がいった。
一度ハリーは奥の方へ行って、戻ってきた所だったのだろう。
見れば奥の方は天井も高く、風も吹き込んでいる。何かがあってもおかしくない佇まいである。ハリーはそちらに可能性を見いだし、しかし挫折したか壁にぶつかったかして、ついさっき戻ってきた。そんなところだろう。
腕組みして考えた後、スペランカーはそのままハリーを追うことにする。どうもハリーは何かを探している様子で、このままだと更にどつぼにはまる可能性が高い。普通の鍾乳洞だったら、ハリーの独壇場なのだろう。
だが、此処はフィールドだ。
入り口の方のこの辺りでさえ、この有様である。奥の方に行ったら、ドラゴンくらい出てきてもおかしくは無い。
ハリーが行ったと思われる方向からは、風も吹き出していない。多分、更に洞窟の奥深くへとつながっているのだろう。心なしか下り坂にもなっているし、鍾乳石も鋭くなっている。
明かりを向けると、巨大な獣の口の中にいるような錯覚さえ覚えてくる。
鍾乳石は、ほんの少し成長するだけでも、膨大な月日を必要とすると聞いている。それならば、この凄い鍾乳石の数々は、この洞窟の歴史をそのまま示しているともいえる。スペランカーは、時々周囲に謝りながら進む。
土足で踏み込んでしまっているし、もしもこの後戦いになったら、相当に激しく周囲を傷つける事になるだろうからだ。戦いになったら、自然を気遣ってはいられない。足下に蟻がいたら、踏みつぶしても、気づくことは無いだろう。
「ハリーさーん! どこですかー!」
相手がまだ近くにいることを承知の上で、スペランカーは呼びかける。
あまり追い詰めすぎると面倒なことになるが、こうしておかないと、相手にこちらの存在をアピールできない。
もしもスペランカーを攻撃してくるようだったら、どうしようもない。だが、ハリーのことを心配していることをアピールできれば、きっと姿を見せてくれるはずだ。
そう信じて、スペランカーは呼びかけ続けた。
周囲を、サソリがかさかさと這い続けていた。
まるで自分のことを心配する様子も無く、ここにいるアピールを続ける追跡者。声からすると妙齢の女性らしいのだが、まるでスッポンのように食いついて、ハリーの後ろに、低距離を保ってついてきていた。
面倒な相手だ。
ハリーはかなり速く歩いているつもりなのだが、どうしても振り切れない。そればかりか、少しずつ距離を詰められているように思えた。
これでは、探しものどころではない。
ハリーにしても、この巨大な鍾乳洞を、足だけで探す気は無い。まず「連中」を探しだし、それから本格的な探査に移るつもりだった。
だが、後ろにいる奴が、こうも大声でこちらを探していると。「連中」も、警戒して出てこない可能性が高かった。そうなると、三つの内二つは、探しようが無くなってしまうのである。
流石にハリーも頭を抱えた。
しかし、相手はフィールド探索者である。戦って勝てる可能性は極めて低い。これだけ短時間で追いついてきたとなると、知能や判断力も高いと考えて間違いないだろう。手強い相手である。
とにかく、黙ってもらうには相手を撒くしか無い。
今まで追いかけっこを続けてきて気づいたが、多分相手は熱源を追跡してきている。軍からか、一種の探知装置を借りてきたのかも知れない。それに加えて、幾つかの追跡パターンを振り切る方法がある。
方向を、ハリーは変えた。
水の音がする方へ急ぐ。この洞窟、網の目のように水路が走っていて、今回はそれを利用する。わんさと危険な生物が泳いでいるだろうが、関係ない。人間に比べれば、どんなクリーチャーも可愛いものだ。
「ハリーさーん?」
声がかなり近くなってきた。このままだと、本格的に追いつかれる。
「隠れないで出てきてくださーい! 話し合いましょうよー!」
誰が話し合うか。
そう心中毒づくと、這うようにして洞窟を行く。この洞窟、住んでいる生物はアレな連中ばかりだが、傾斜や地形自体はさほど厳しくない。深部に入ればどうなるかは分からないが、今の時点であれば、かなり進みやすい。
前傾姿勢のまま、ハリーは急ぐ。
水音は、近い。
やがて、見えた。かなり大きな川だ。そして、その下流には。
明らかに、人の手が加わった、石畳がついていた。両岸に、である。
どうやら、ついに辿り着いたようだった。
古くから、地底人の伝説は世界各地にある。科学技術が進んだ現在、その殆どは一笑に付される時代が来ているが。しかし、フィールドの中という特異空間であれば、それは現実になる。
この場所こそ、シャンバラ。
いにしえより理想郷として語り継がれ、黄金が眠るとされた秘地だ。数多くの探検家が探し求め、しかし挫折してきた幻の土地である。このフィールドがそうだという説は昔からあった。だが探検家にとっては危険すぎるし、フィールド探索者にはうまみがなさ過ぎるし、何より確信が無い。だから、誰もが放置してきた。
シャンバラでは無い可能性も、来るまではあった。その場合は、賭に負けたと判断して、自害するつもりだった。
だが、来て確信した。此処はシャンバラだ。
今まで、ずっとこんな夢の空間に、一度で良いから足を踏み入れたいと思っていた。
安全な洞窟でガチガチに装備を固めて、写真を撮ってきた。探検隊からは迷惑がられ、中には素人呼ばわりするものもいた。自分より物知らずで手慣れていない若造に素人だのお荷物だのと陰口をたたかれたことが一切では無い。実際に実力を見せてやっても、危険から助けてやったとしても、そういう連中は専門家がどうのとか写真をやっている奴なんか半端者だとか、好き勝手にハリーを罵るのだった。
社畜。いつの間にか、自分をそう蔑視していた。
だから、いつの間にか写真にも魂がこもらなくなっていた。情報を売ることを誇りにしていたはずなのに。普通の人が赴けない場所にある美しい何かを撮ることで、小さくても良いから感動を生みたかったのに。
それさえもが、難しくなりつつあった。
会社では邪魔者扱いされはじめ、何度も給料泥棒呼ばわりされた。他人を減点法でしか評価できない無能な会社上層部は、「効率化」のために気に入らない人間を片っ端からリストラし、結果として会社を傾けていた。それが理解できず、更にリストラはひどくなるばかりだった。
やがて、ハリーは意を決して小さな会社に移った。フィールド探索者もしている場所であり、偶然能力が目覚めたハリーも属することが出来た。何度かベテランと一緒に仕事をして、死線もくぐった。だが、ハリーのあまり強力とはいえない能力では、彼らの足を引っ張ることはあっても、助けることはなかなか出来なかった。
写真の方も、こちらの会社でもあまり評価はされなかった。
だから、賭に出たのだ。
これでも、洞窟に潜ることに関してだけは、誰よりも経験を積んできたつもりだ。装備類も自分で厳選した最高のものを持ってきている。むしろ、入る前までが危険だった位である。
それに、洞窟に関する情報だって、誰よりも詳しいつもりだ。
此処に、かの伝説の宝物がある事についても、実はかなり早くから掴んでいた。条件が悪すぎて手を出しに行こうという人間はいなかったが、今なら或いはと思ったから、ここに来た。賭には、勝つことが出来た。今の時点では、だが。
身を守るための道具は、自分の強いとはいえない能力と、この国で調達した古い拳銃くらいしか無いが、それでもやらなければならない。
賭に出た時点で、もうハリーに、戻る場所など無いのだから。
どうせ迷惑を掛ける相手などいない。
会社も、本当に救援を出してきたのかは怪しいものだ。宝があると知ってこの洞窟に出向いたハリーを消すために、暗殺者を送り込んできたのかも知れない。機密情報が漏れるのを、単に恐れただけの可能性もある。後ろにいる奴は、フィールドでの暗殺を専門にしている輩の可能性だってある。
水路に飛び込む。
そして、流れに身を任せ、一気に進む。
途中、さっきよりも更に大きなピラニアの群れが見えたが、ハリーがライトを当てると吃驚して逃げ惑った。四メートル半はある巨大なデンキウナギもいる。さあ、シャンバラよ。我を迎入れよ。
そう水中で思いながら、水をかく。
追いついては来ていないだろう。だが、油断は出来ない。
若い頃。学生の頃は、水泳が達者だった。だが、水中で生活している生物は、そもそも人間とは水に対する練度が違っている。もしも大型の捕食生物に襲われたら、そこでアウトという可能性も高い。
今のところ、人間を喰いそうな相手に、水中で出くわしてはいない。怪我をしていれば話は別だが、それも大丈夫だ。
泳ぐ。
ひたすらに。
何度か、息継ぎのために水面に顔を出した。すぐに潜り、水に身を任せる。
徐々に、水路の様子が変貌してきた。
水路の中までもが、石で舗装され始めたのである。これは、古代文明の水道管のような有様では無いか。いや、おそらくは、それを「模した」存在なのだろう。このフィールドの特性から考えると、あり得ることだ。
しばらく無心に泳いで、自ら上がる。
辺りはもう、すっかり古代文明の遺跡だった。
鍾乳洞だった頃の面影は、既に無い。美しい鍾乳石は周囲に一つも存在せず、石畳が天井も壁もきれいに舗装している。それだけではない。照明の代わりなのだろうか、何かしらの植物が植えられ、ルシフェラーゼ反応で美しく光っていた。釣り鐘状の、若干おおぶりな花だ。
ライトを消す。
地上とはだいぶ違い、青白い光が満ちている。
幻想的と言うよりも、むしろ不気味だと、ハリーは思った。
洞窟の中は、基本的に地上とは別の空間である。生態系も違っているし、空気からして違う。地上とは接点が少ないからだ。しかしこれは、完全に異なる世界だ。微妙にずれた世界というのでは無い。法則から違う、異なる場所だ。
此処がフィールドなのだと、改めて認識してしまう。
耐水性のカメラを取り出すと、写真を何枚か撮った。探検隊も、此処までは入れなかったはずだ。もっと入り口近くで、フィールド認定する原因となった存在に襲われたという話だから、無理も無い。
此処がシャンバラだと言うのなら、当然この文明を作った連中もいるはず。
床や壁に触ってみる。磨き抜かれていた。
つまり、手入れをしている奴がいると言うことだ。
服を乾かしながら、歩く。
いつ、この文明を作った連中と出くわすか、分からない。
覚悟は、決めておかなければならなかった。
スペランカーが見上げているのは、巨大な顔面の石像であった。高さは、三メートル半という所か。
モアイ像に似ている。というか、モアイ像そのものだ。イースター島に存在している、文明の痕跡。イースター島が食糧不足の結果、住民が互いを喰らいあって衰退した悲劇の島だと聞いて、驚いたのは、記憶に新しい。
だが、イースター島と此処は、ずっと離れているはず。
しかし、ピラニアがいるくらいである。どんなものがあっても、驚くには値しなかった。
既に周囲は洞窟では無くなっている。石畳に舗装され、明らかに手入れされていた。その上、明かりの役割を果たすと思われる花が一杯植えられている。
この空気、今スペランカーが住み着いているアトランティスに似ている。異次元的というか、人間が住む世界とは別の場所。そう、星の世界から来た住人達が、暮らしやすいように環境を変えた場所のようだ。不気味だとは思わない。だが、足を踏み入れて良いのだろうかと、躊躇してしまう。この洞窟で無ければ生きていけないような人たちが住んでいるのだとしたら、なおさらだ。
多分ハリーが水路に飛び込んで、泳ぎ去っただろう事は、スペランカーも掴んだ。熱源が途切れていたからだ。
だから、水路から上がった地点を探そうとして、歩いている内に。これを見つけたのだ。
モアイ像は威圧的にこちらを見つめている。
イースター島のモアイ像は、どちらかと言えば穏やかな顔をしている。それに対して、此処のモアイは目が入れられている上に、全体が彩色されているせいか、妙に威圧感が強い。
「ごめんなさい。 入らせてもらいます」
ぺこりと一礼して、進む。
振り返ると、モアイ像はこっちを見ていた。笑いが引きつる。さっきと、明らかに向いていた方向が違っている。
「あの、ひょっとして、聞こえていますか?」
無言。
モアイ像は、スペランカーをじっと威圧的に見つめるばかりであった。
書き込まれている目が、無表情であるが故に怖い。画竜点睛という言葉があるが、目が入っているのといないのでは、全く印象が違うものなのだ。
ゆっくり後ずさる。
モアイ像は、見ている分には動かない。しかし、視線を外したとたん、距離が詰まっているのだ。動いた音など、無論していない。
不気味すぎる。何だか、だるまさんが転んだをしているかのようだ。
しばらく腕組みして思案した末に、モアイ像に後ろを向けて、バックしてみる。何歩かバックした後、振り返る。
モアイ像はよほど定距離を取りたいのか、壁にめりこんでぷるぷるしていた。
しばらく無言でその様子を見つめた後、スペランカーはもう良いやと思ったので、歩き出す。襲いかかってくる様子はないし、悪い相手でもないようだから、好きにさせてやるのが一番だ。
もしも番兵だったらこれでもついてくるだろうし、監視装置だったら見張っていた連中が駆けつけてくるはずだ。そうなれば、逆にハリーの生存率も上がる。いずれにしても、ハリーを救出することが第一目標である今回、スペランカーには損が無い。
しばらく歩いて行く。水路に沿って歩くと、明かりがいらないほど、周囲の光度が上がってきた。ヘルメットにつけていたライトを消す。
浮かび上がるようにして、石畳で舗装された周囲の美しい光景が露わになってくる。ゲームなんかに出てくるダンジョンというのは、こんな感じなのだろうかと、スペランカーは思った。
規則的に並んだ美しい壁は、長方形をつなげた空間を、どこまでもどこまでも伸ばしている。壁に明かり代わりに植えられているらしい釣り鐘状の花は美しい沈んだ光を放ち続けていて、思わず触ってみたくなるほどである。でも、触らない。頭が悪いスペランカーでも、フィールドで未知のものに触ることがどれだけ危険かは理解しているつもりだ。
水路もその光を浴びて、幻想的な輝きを見せている。中にいる巨大な魚たちも、この状況だとむしろすてきな存在に思えてしまう。
「わ。 きれい」
好きな人が出来てもしたら、こんなところで一緒に過ごしでもしたいような空間である。この光の淡い感じは、大好きだ。
だが、スペランカーも分かっている。誰かを好きになる事は多分ないし、なってはいけない。相手が危険すぎるからだ。スペランカーの体質だと、血を浴びたり体液が触れたりするだけでも危険な可能性がある。誰かでそれを試すわけにはいかない。
振り返ると、やっぱりモアイはいた。
頭からぼろぼろとこぼれているのは、さっきの壁の破片だろう。最初は怖いと思ったが、もうそれは無くなった。
ついてくるなら、ついてくれば良い。
そう考え直し、スペランカーはハリーを追って、歩き始めた。
しばらくして。
複数の人影が、前から後ろから現れる。
来たなと、スペランカーは思った。翻訳機を出すが、まあ英語なんかは通じるはずも無い。多分役には立たないだろう。
「ええと、こんにちは」
まず、J国語で話しかけてみる。
反応は無い。近づくのは、少し早計か。
人影は若干小柄で、見えにくい距離を保ったまま立っている。槍を持つもの、弓矢を持つ者、いずれにしても武装しているのが薄暗い中でも見て取れた。もう少し近づいてくれると見えるんだけどと思いながらも、スペランカーは立ち止まったまま、様子を見る。焦らない方が良い。こういうときは、出方を見て、出来れば共存の路を探すのだ。
何か、人影が言った。
やはり、聞いたことも無い言葉だ。翻訳機にも、類する言葉は載っていない。いや、あるにはある。小型のデータベースが組み込まれたパソコンを内蔵していて録音した音声を分析してくれる、軍から貸し出された高級な特注品なので、多分間違えてはいない。
だがこれは。
この地点とは、地球の裏と言って良いほど離れている場所の、しかも地方言語である。山中で限定的に使われている言葉で、絶滅の危険があるとさえ言われている使い手が稀少な言語だ。一応翻訳機には乗っているが、偶然か。
試してみる。
その言葉で、相手は何者だと聞いてきた。だから、敵ではありませんと告げてみた。
ぼそぼそと、人影は喋りあっている。翻訳機に表示される言葉は、間違いない。同一の言語である事を告げていた。
「貴方には、我らの神と同じ力を感じる。 生け贄を求めに来たか」
「いいえ」
「ならば、何をしに来た」
「先にここに来た人を、連れ戻しに来ました。 彼は危険を顧みず、無理に進もうとしています。 それを防ぐために来たのです」
しばらく無言で話し合っていた人影は、近づいてきた。
明かりの中、驚かされる。
どうも、複数の違う人種が一緒に過ごしているらしい。多分人間なのだろう。しかし、微妙に違っている部分も多かった。
一番多いのは、緑色の肌をした、子供のような姿の人たちだ。子供のようと言っても、筋肉は盛り上がっていて、身体能力はかなり高そうである。天井まで五メートル以上はあるが、飛びつけるかも知れない。
後はみな仮面をつけている、白い肌の人たちばかりだ。
粗末な着衣をつけていて、陰部をかろうじて布で隠している。女性は乳房をもろに空気にさらしていて、ちょっと目のやり場に困った。仮面は何種類かあるが、どくろをかたどったもの、笑顔をかたどったもの、いずれも薄い石で作られているようだ。
そして、だいたい事情は分かった。
今、スペランカーの中には、ダゴンと呼ばれる異星の神がいる。眠っていて表には出てこないが、その力を感じたと言うことは。その眷属か、それに類する存在が、このフィールドの発生源と言うことだ。
後から来ている助っ人と合流しないと、多分勝てない。戦うとしたら、だが。しかし、生け贄云々という話を聞いたこともあるし、あまり穏やかに事が進むとも思えない。
「貴方の名前は」
「スペランカーと、呼ばれています」
「貴方は、巫女か」
「違います。 しかし、神の呪いを受けたことで、ちょっと特殊な体になっています」
ダゴン神が中にいることは言わない方が良いだろうと思ったので、伏せておく。相手を混乱させるだけだ。
ついてきてほしいと言われたので、そのまま歩く。
モアイ像は、この状況でも。無言でスペランカーの後を追ってきていた。