オールドアクションゲーム二次創作   作:dwwyakata@2024

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3、隠れ住む者

 

隙を見て荷物を回収すると、ハリーはくすねた中にある地図を、じっくり吟味した。

 

不思議な材質の紙である。勿論上質紙では無いのだが、草を素材にしている割には妙にきれいである。さっきの神殿はでかでかと書かれていたが、地図を見る限り、どうも洞窟入り口に対する「蓋」のような役割を果たしている様子だ。

 

他にも大きな神殿はいくつもある。

 

特に一番大きいのは、最下層にあるらしいものだ。此処には下手に近づかない方が良いだろう。多少格好を偽装した程度では、見抜かれる可能性も高い。

 

リュックに宝石を詰めると、ハリーはまず、文字の解読から始めた。

 

持ってきた手帳と、ノートPCからデータを呼び出し、調べていく。やがて特定が完了。やはり、ハリーが聞き覚えのあった言葉だった。

 

地球の真裏くらいで使われている言葉の筈なのだが、どうしてかは分からない。此処はシャンバラだ。不思議があっても驚くことは無いはずなのだが、それでも何処か不思議な驚きがあった。

 

さっき、放火した神殿を確認した。

 

スペランカーが家庭の知恵的な火の消し方を披露したせいか燃え尽きてはいなかったが、当然のように大勢集まって、騒ぎ立てていた。多分宝石を幾つか奪ったことも気づかれていたのだろう。守衛二人は、非常に豪奢などくろをかぶった神官らしき男に、いろいろと怒られていた。だが、それをスペランカーがかばっているのが印象的だった。

 

悪い意味で、である。

 

不快感が募る。

 

あんな風にかばって、受け入れられるところが不愉快だ。会社などでは、怒るという行為は、だいたいの場合地位確認のために行われる。猿と人間が根本的には同レベルだとよく分かる事例である。だから、他の人間の前で騒ぐようなことはむしろ推奨される。そして地位が低い人間は、他の奴が怒られているのを見て溜飲を下げるのである。そういう実例を、ハリーはいくらでも見てきた。

 

それなのに、お題目である理性での行動が受け入れられているというのは、どういうことか。

 

あいつだけは好きになれないと、ハリーははらわたが煮えくりかえる思いを味わっていた。何故あいつは特別だ。どうして、ずっと地道な努力を続けてきた自分が、一切受け入れられなかった。

 

嫉妬と憎悪が混ざり合い、スペランカーへの殺意と変わる。

 

だが。

 

心の奥底では、罪悪感もある。

 

宝石を眺めていても、達成感が無いのである。確かにこれを売り払えば、一生遊んで暮らすことが出来るだろう。だが、それで本当に良いのかと、心の声も聞こえてくるような気がするのだ。

 

出発点はどこだった。

 

社会に絶望したのはなぜだ。

 

思い出さないように頭を振る。今は、ついている。ならば、ついている内に、全部やってしまわなければならない。残り二つの目的を果たさなければ。此処が事前調査通りのシャンバラであれば、きっとあるはずなのだ。

 

金の次は、名誉。

 

それを得るために、ハリーは迷いを振り切り、歩き始めていた。

 

 

 

追いついてきた三人目は、以前同様、周囲を寄せ付けない雰囲気だった。特にその目つきは、子供らしい天真爛漫さがない。目だけを見ていると、大人のようである。帽子からはみ出している髪の毛は、以前と違って編み込んでおらず、短く切りそろえられていた。

 

アリス。

 

以前スペランカーと共闘したこともある、重力使いである。重力子を操作するという特殊能力を持つ、戦闘タイプのフィールド探索者だ。具合が良いことに、異星の神との交戦経験もある。

 

まだ幼い少女だが、しゃべり方は妙にお嬢様を意識していて、造作が整った容姿もあってそれがかわいらしい。いつもリボン付きの可愛い帽子をかぶり、風船を手にしているが、これはそうしないと能力を発揮できないからだ。

 

以前はただ言葉遣いだけだったが、最近は動作も大人びて、貴族を意識したものとなりつつある。それに、少しずつだが、貫禄も出始めていた。更に言うと、スペランカーには時々笑顔も見せてくれるし、信頼も感じる。嬉しいことである。

 

ずけずけとした物言いは、変わっていなかったが。

 

「コレは一体どういう状況ですの?」

 

「ああ、アリスちゃん! ごめんね、ちょっとその辺で待っててくれる?」

 

「……」

 

慌てて翻訳機を操作したので、二回間違えた。四苦八苦しながら、スペランカーはどうにかアリスに敵意が無いこと、貴人であるから丁寧に扱ってほしいことを告げる。神官は、露骨にうさんくさそうな目をアリスに向けていた。

 

無理も無い。スペランカーが警告していたとはいえ、ハリーが早速とんでもないことをやらかしてくれたからだ。

 

文字通りの、火事場泥棒。

 

警備の人たちに死者が出なかったことだけが、幸いだった。

 

しかし、この世界の風習からして、火を極端に恐れることくらい見当がつくだろうに。それを利用して宝物を奪うなんて、ちょっと神経を疑ってしまう。

 

この神殿の責任者である神官以外にも、偉い人らしい老年の神官達がたくさん来ている。彼らにも、スペランカーは同胞の不祥事をわびて回らなければならなかった。勿論ハリーにも背負うものがある事くらいは分かっている。だから、余計に悲しかった。

 

一段落すると、やっとアリスの所に行けた。

 

驚いたことに、アリスは身振り手振りで、監視役らしい兵士達と意思疎通を果たしていた。根本的に頭が良い子は違うなあと、スペランカーは感心してしまう。

 

「それで、説明してくれますの?」

 

「うん。 ハリーさんが、泥棒したみたいなの」

 

「それくらい可愛いものですわ。 荒くれのフィールド探索者だったら、此処の方々を殺傷して、宝を根こそぎ強奪、とか考えそうですもの」

 

「うん。 そう、だよね」

 

「しかし解せませんわね」

 

アリスが、資料を出してきた。

 

この娘は、こことかなり近いフィールドを攻略していて、その帰りに寄ってくれたのだという。その割には準備が良かった。きっと、能力の根本的な違いなのだろう。

 

まずは、ハリーの写真。

 

口ひげを蓄えた、優しそうなおじさまだ。青い目が特に穏やかで、強い理性を感じさせる。堀が深い顔立ちは、若干細長く、異相ともいえた。

 

「ハリー・オズワルド。 学生時代は品行方正、非常に真面目な生徒で、優秀な学業成績を収めて大手S社に専属カメラマンとして入社。 各地の洞窟を回って、探検家兼洞窟カメラマンとして名前をはせる」

 

「うわ、凄い写真! きれいだね!」

 

写真は、確かに凄かった。

 

どこの洞窟かは分からないが、青緑に光る美しい地底湖を、印象的に撮影している。震えが来るほどの美しさである。

 

側にいた警備の地底人たちも、感心していた。これほど美しい湖は見たことが無いと、神官もつぶやいている。

 

本当に、こんな美しい写真が。あの卑劣な泥棒を働いた人が撮ったものなのか。

 

「そうですわね、才能に関しては確かに図抜けていたようですわ。 しかし、このS社、ハリーが入社した頃の経営者が病死して、その息子が後を継いだ頃から、傾き始めたようですのよ」

 

具体的には、無能な経営者によって、会社が腐敗し始めたのだという。

 

業績の悪化。それによるリストラ。リストラの結果、社長のイエスマンばかりが残り、どんどん会社の状態は悪くなっていった。

 

ハリーの写真も、それに伴って、露骨に質が落ちていた。

 

「最初の頃の写真は、固定ファンもついていたようですけれど、そもそも写真集がそれほど儲からないのは昔からの宿命的な事ですものね。 このS社の商業出版部門の縮小に伴い、ハリーの立場もどんどん悪くなっていき、最後の方では完全に忘れられた写真家になっていたようですわよ」

 

「ひどい、話だね」

 

「そうですわね」

 

だが、ひどい目に遭っているのは、誰だって同じだ。

 

特にフィールド探索を生業にしているような連中は、大概相応の業を背負っている。スペランカーの目の前にいるアリスだって、今は天涯孤独の身だ。両親も弟も、謀殺されたのである。

 

しかし、誰でもひどい目に遭っているからと、納得できる者ばかりでは無いはずである。

 

「一念発起して、ハリーは五年前にS社を退社。 フィールド探索もしている別の会社、P社に移転しましたけれど。 こちらでも、あまり業績は良くない事もあって、ハリーはもてあまされていたようですわ」

 

「どうしてなんだろう」

 

「はい?」

 

「ハリーさん、とてもすてきな写真を撮ってるし、経歴を見ると加齢にあわせて資格の取得とか、ばっちり努力を重ねてる。 こんな立派な人を、どうして会社は評価しなかったのかな」

 

同族企業だからと、アリスは一蹴した。

 

最初はそうでは無かったらしいのだが、途中の社長交代以降はそうだったらしい。元々優秀な社長一人でもっている部分のある会社だったそうである。しかし、就職が如何に難しいかは、スペランカーだって知っている。会社なんて、滅多なことでは選べない。

 

そして、職を移ってからも、ハリーの不運は続いた。

 

殆ど家族がいなかったハリーの唯一の肉親である姪の死亡。病気で、あっけなく亡くなってしまったそうだ。

 

「何とか、してあげたいね」

 

「貴方が本音でそれを言っているのは分かりますけれど、今は他に解決する問題がある、のではありませんの」

 

「……」

 

異星の神との交渉。それが重要なことは、よく分かっている。

 

このフィールドが非常に危険な場所であるのも、それが原因の一つだろう。熟練した探検隊が、巨大生物や、どちらかと言えば平和的な地底人の攻撃程度で壊滅するはずが無い。

 

さっき神官に聞いたのだが。やはり以前はシアエガの活動が活発で、洞窟の入り口近くまで出向いて「食事」をする事も多かったそうなのである。探検隊は、多分それに遭遇してしまったのだ。

 

二手に分かれるわけにはいかない。

 

今まで何度か交戦経験があるが、異星の神は例外無しにとんでもなく手強い。もしも時間が許すなら、増援としてサー・ロードアーサーくらいの手練れを呼びたい位なのだ。アリスは相当に腕を上げているが、それでもスペランカーが敵に致命打を叩き込む隙を作りきれるか。

 

かといって、ハリーを放置も出来ない。

 

ハリーはとてつもなく孤独な心の闇にとらわれている可能性が高い。このままだと、何をしでかすか。

 

「ハリーの目的について、だいたいの想像は出来ませんの?」

 

「うん。 盗んでいったものからいって、まずお金、かな」

 

「大粒のルビーに加えて、九十カラットを超えるダイヤですわよ。 しかも類似品をさっき見せてもらいましたけれど、非常に独創的なカットで、おそらく見かけ以上の値段がつくでしょうね。 売り払えば、一生遊んで暮らせますわ。 そうなると、既に逃走に移っている可能性もあると」

 

「出口を固めてもらう必要があるかな。 後、他に目的があるとすれば、何だろう」

 

既に、命を落とした最愛の姪という言葉が、脳裏に浮かんだ。

 

しかし、そんなことが出来るのか。

 

もし、出来るとすれば。

 

嫌な予感が、膨らむ。だがそれより先に、まず片付けなければならない事を、やるべきであった。

 

「アリスちゃん、いざというときは」

 

「分かっていますわ。 以前のようにはいきませんことよ」

 

帽子を直すと、アリスは好戦的な笑みを浮かべた。

 

 

 

名誉が、ハリーには無い。

 

ハリーは、写真で大賞の類を取ったことは無い。大規模なコンクールには何度も出してきた。入選は毎回のようにする。上位の常連と呼ばれているほどなのだ。

 

だが。

 

どうしてか、いつも大賞は逃してしまうのだ。

 

どんな渾身の作品でもそうだった。練りに練った構図、完璧な状態、美しさ。いずれにおいても完璧な自信を持っていた作品が破れたことが一度や二度では無い。

 

審査員に話を聞いたこともある。

 

華が無いのだと、言われた。

 

ハリーの写真は技術的には完璧だが、しかし目新しい華が無いという。それ故に、多少稚拙であっても、華がある写真が賞の対象に選ばれるのだという。

 

口惜しかった。

 

誰も撮ったことが無いような地底湖の写真であっても、そう言われるのだ。絶対に負けていないと判断できる写真でも、同じ事を言われた。実際には、コネが裏で影響しているとしか思えない状況もあった。たとえば会社やマスコミが売り出そうとしている写真家が、箔をつけるために受賞する例もあったのだ。そういうとき、ハリーの写真は。無惨に追いやられた。

 

才能も、努力も、無駄だと言うのであれば。ならば、誰もが唸るものを写真として残すしか無い。

 

闇の中を這いずりながら、ハリーは目指す。

 

地図の中に、目星をつけたものがあった。理想郷シャンバラともなれば、誰もが唸る最高の珍奇があると判断していたが、やはりその予想は正しかったことになる。慌ただしく行き交い始めている地底人たちを、或いは物陰で、水路でやり過ごす。

 

多分、争いなどしたことが無い連中なのだろう。

 

人間に対する戦い方を、殆ど忘れてしまっているのだ。だから、わずかな能力しか無いハリーでも、不思議と彼らをやり過ごすことが出来た。急ぐ。今度は、巨大な蟻の巣を這い上がるように、上を上を目指す。

 

途中、何回かに分けて仮眠と食事を取った。持ってきているサプリメント類を口に含んで飲み下し、壁に背中を預けたまま眠った。

 

通路だけでは、どうしても通れないような場所もあった。

 

巨大な空洞だから、絶壁も多数存在している。複雑に入り組んだ空間が、無数の集落をつなげている。

 

そんな路ともいえないような崖、或いは鍾乳石の影を渡って、ハリーは進む。装備類は潤沢に持ってきている。

 

闇の中、ヤモリよりも静かに這いながら、ハリーは名誉を目指して進んだ。

 

巨大な動物もいるが、多くは人間と距離を取っていた。流石に地底人たちは、日常的に接している巨大生物の対策を完璧にこなしているのだろう。むしろ彼らは、地上の人間と地下の人間の見分けがつくのかも知れない。

 

崖を這い上がり、村の縁に出る。

 

石の家が点々とする中、子供達が黄色い声を上げて走り回っていた。粗末な衣服しか着けていなくても、どこの国でも子供は同じか。ざっと見たところ、ガチガチにカーストがある世界のようだが、それでも幼い内は気にしなくても良いのだろう。緑色の肌をした子供も、混じって遊んでいる。

 

家の影に隠れると、一瞬だけカメラを取り出そうとしてしまった。

 

誰も感動しない。商売になどならない。

 

それが分かっていながら。

 

思わずカメラを取ろうとした手を、慄然としてハリーは見つめた。感動を、などと甘いことをほざいているから、ずっと社会から排斥されてきたのでは無いのか。

 

気概があって、なおかつ成功しているマスコミもある。西欧には多い。多くが、国と戦い、今の社会的地位を勝ち取ってきた連中だ。迫害をはねのけて、血と汗を積み重ねてそういう地位を築いてきた。

 

だが、発行部数を出してもうけている新聞は、むしろスポンサーの言うとおりにしているものが多いのである。特に途上国や、マスコミとしての歴史が浅い国ではその傾向が見られる。世界的に信頼されている新聞が、国の言うことをただ発表するだけ、スポンサーの靴を舐めているだけのご用新聞よりもずっと発行部数が少ない。

 

それが、現実なのだ。

 

写真も、それと同じなのである。自分の信念を貫く写真など、世間的にはカスだとしか思われない。迎合し、こびを売る写真こそが、記事と同じく喜ばれるのでは無いか。それを四十年の辛酸で、思い知ったのでは無いか。

 

そう言い聞かせているのに、どうして不快なのだろう。

 

信念を持つと子供だと馬鹿にされ、正義を持とうとするとアホだと笑われる世界ではないか。

 

頭を振る。

 

真面目に生きようとするのはやめろ。そうして、四十年を棒に振ってしまったのだ。この土壇場で、まだ愚かな行動に身をやつそうとするのか。今しか、好機は無いのだ。金は既に得た。

 

だから、名誉だって、もぎ取ってやる。

 

迷いを打ち払うように自分に言い聞かせながら、ハリーは家々の影を進む。犬の類は飼われていない。だから、静かだった。

 

水路の周囲に、中年の女らしい仮面をかぶった連中が集まっている。水を汲みながら、何か話していた。時々笑い声が混じる。井戸端会議、なのだろう。楽しそうにしているのが、不快でならない。

 

その場を離れる。

 

後、二つくらい、こういう集落を抜けなければならない。

 

家の軒に、干し肉がつるされていた。縄でガチガチに縛られていて、ベーコンを思わせる。多分製法もよく似ていることだろう。

 

村の出口に、無数の光る花が植えられた花壇を発見。最初は不気味だと思った青白い光だが、慣れてから改めてみると、むしろ美しい。

 

目を細めてしまう。

 

だが、心は動いていなかった。

 

ただ、無心に名誉を目指す。通路を抜けて、今度は崖を這い上がって、警備の人間の目を避ける。

 

休むのも、崖の途中の岩の影で休んだ。

 

天井近くを、例の翼竜が飛んでいるのが見えた。下にはあの女の子がいるのだろうか。もしも不審者を発見する訓練を受けていると、大変に面倒だ。やり過ごすべく、岩の影で身を潜める。

 

崖の上の方で、声。

 

聞き覚えがある。スペランカーだ。

 

どうして、此処にピンポイントで来ている。流石に、ハリーは戦慄した。これだけの人数がいる状況である。熱探知機など、役に立つはずも無いのに。

 

「この方向で、あっていますの?」

 

「うん。 多分間違いないよ」

 

「どうしてそんな風に断言できますの」

 

「さっき、コンクールの写真を見て思ったの。 すごくきれいで、とても優しい写真だなって。 きっと、写真が本当に好きじゃないと、こんなにすてきな写真撮れないよ」

 

胸が痛い言葉だった。

 

今だって、写真は大好きだ。だが、歯を噛む。写真が好きなだけでは、世間ではクズなだけなのだ。

 

どんなに良い写真だって、評価されない。結果、食べていけないのだ。

 

崖を這い上がって、家の影に。

 

スペランカーと、風船を持った女がいる。あれは重力使いのアリスか。ここのところ売り出している、戦闘タイプのフィールド探索者だ。

 

「だから、きっと来ると思う。 お金の次に名誉がほしいだろうって言ったのは、アリスちゃんだもの。 私は信じるよ」

 

「信じてくれるのは光栄ですけれども。 しかし、上手く行くでしょうか」

 

上手く行きかけている。

 

それにしても、此奴らは、ひょっとしてハリーを追ってきていると言うことか。他にやることは無いのか。戦闘タイプであるアリスが一緒にいると言うことか、何か目的があるとしか思えない。

 

スペランカーはヘルメットをかぶり直すと、アリスを促して何処かに歩き出す。

 

家の影からその様子を見ていたハリーは、それに気づいて、息をのんでいた。

 

予想以上に、凄い光景だった。

 

昔は一枚岩だったのだろう。だが、それを削って作り上げた、時の芸術。

 

さっきのものとほぼ同じ規模の神殿がある。石造りの、豪奢なものだ。

 

それにもたれかかるようにして、巨大な猫がいる。そう思わせるほど、躍動感のある。美しい鍾乳石の芸術だ。

 

鍾乳石を削り、長い年月を掛けて作り上げた巨大な猫。その精緻さは尋常では無く、毛並みの一つを取ってみても、思わずため息が出てしまうほどである。目は辺りの全てを見透かすように見開かれており、神殿を守護するためか、爪も出ているのが分かった。

 

クイッククローと、内心で呼びかける。

 

どうしてか、そういう名前が浮かんできたのだ。素晴らしい。これほどの作品、地上の石仏にもなかなか無いだろう。当然、信仰の対象になっているはずだ。

 

世の中の原理主義者には、他宗教の神像を破壊して悦に入るような阿呆がいるが、そういう連中を除くときっとこれは価値があるはず。

 

長年連れ添ってきたカメラを取り出す。

 

フィルムを確認。問題なし。レンズの状態もばっちりだ。しばらく無言で、アングルを調整。

 

これほどの被写体は見たことが無い。

 

シャッターを切った。一枚、二枚。

 

ハリーくらい熟練した撮り手になってくると、撮った瞬間にだいたいのできが判断できる。薄明かりの中で、もう二枚。フラッシュをたけないが、しかし周囲に生えている美しい光を放つ草のおかげで、きれいに撮れるだろう。

 

四枚目をとり、カメラをそそくさと懐に収める。

 

クイッククロー。

 

あの神殿を守る猫の神の名前だ。

 

物言わず、動かぬが故に。被写体として、敬意を素直に払うことが出来る。こんなにひねくれたハリーでも、それは変わりない。

 

ヘルメットに手をやって、ひとしきり被写体に敬意を払ったあと。

 

気配に気づき、振り返る。

 

其処には。

 

あの翼竜を従えた女の子が、うすら笑みを浮かべて立っていた。近くで見ると、黒い髪をおかっぱに切りそろえた、美しい顔立ちだ。

 

いつの間に、回り込まれた。というよりも、違和感を感じて、足下を見てしまう。

 

女の子の、靴を履いていない素足は。

 

きれいに爪が切りそろえられた足は。

 

地面を踏まず、空中に浮いていたのである。

 

以前見たときは、こんな事はなかった。どういうことか。

 

「貴様が、侵入者か」

 

声が頭の中に、直接響いてくる。

 

恐怖に思わず拳銃を握り込むハリー。だが、女の子は。

 

その幼い顔立ちとは裏腹の、おぞましい悪魔的な笑みを浮かべて、ハリーの動きを封殺した。

 

「金、名誉、その次は何を求める。 ふむ、そうか。 命か」

 

「何を、言っている」

 

「その鞄にある灰の包み。 なるほど、最愛の、血のつながらない姪のものか」

 

心を読まれている。

 

それが分かっても、どうにも出来ない。この子供を撃ち殺せば解決するのか。しかし。

 

上を、あざ笑うように、小さな翼竜と、どくろをかぶった翼竜が飛び回っている。あの無垢な表情は、嘘だったのか。

 

いや、そんなものではないか。

 

「この理想郷シャンバラであれば、死者の蘇生が可能になるかも知れないと踏んでいたのだな。 愚かしい男だ」

 

「き、君に何が分かる!」

 

「分かるさ。 なぜなら、私の名前は」

 

それを聞いた瞬間、ハリーは、脳みそが沸騰するような、とてつもない衝撃に襲われていた。

 

ガツンという凄まじいインパクトの後、まるで膨大な光が体中を通り抜けていくような感触が続く。視界も、聴覚も、全てが凄まじい光に埋め尽くされ、激しい殴打音にかき消された。

 

悲鳴を上げようにも、喉も光に包まれている。

 

不思議と、それが分かるのだ。

 

空を、仰ぐ。

 

どうにか、心臓は止まらなかったらしい。

 

「ふむ、やはりこっちの世界の人間はだいぶ頑丈だな。 あちらに侵攻した連中は、私達を見ただけで発狂するような柔な連中で遊んで随分と旨い思いをしているようだが。 どうやらlkdhfsakodhfも言っていたとおり、私も侵攻する世界を誤ったらしい」

 

けたけたと、女の子は笑う。

 

汗が、滝のように流れているのが分かった。此奴は、女の子などでは無い。此奴こそが。

 

シャンバラの支配者。

 

異星の神、シアエガだ。

 

フィールド探索者の端くれだから、ハリーも聴いたことがある。

 

この世界には、残酷な神が実在している。異星から来たり異世界から現れたそのもの達は、古くからフィールド探索者達と激しい戦いを繰り広げてきた。最強のフィールド探索者Mのような規格外は単独で仕留めることも出来るそうだが、並の使い手では束になっても勝てる相手ではない。

 

勿論、フィールド探索者としては駆け出し同然の、ハリーは。

 

シアエガは身を翻すと、手を伸ばした。二匹の翼竜が、その華奢な腕にとまる。逆さにぶら下がるのでは無く、鳥のように、器用に翼を畳んで。性質はコウモリよりも鳥に近いらしかった。

 

喋りながらも、一切口を動かしていないのは、やはり精神系の能力を使っているからだろう。多分テレパシーか、或いはもっと上位の力か。いずれにしても、神である以上、造作も無いのだと見える。

 

「ついてこい。 条件付きで、おまえの願いを叶えてやろう」

 

「じょ、条件だと」

 

「そうだ。 遙か下に、本殿がある。 其処には私の本体と、くびきがある。 かって、人間の味方を気取った私の同族が、この狭い世界に私を閉じ込めるために作った。 そして人間の能力者が、私を此処に縛り付けるために使った」

 

コレある限り、私はこの洞窟から出られない。

 

そう、シアエガはいう。

 

そして、ハリーは悟る。逆らう選択肢は、存在していないと。

 

どうやら、ハリーの幸運のチップは。尽きたらしかった。

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