オールドアクションゲーム二次創作   作:dwwyakata@2024

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3、青と赤のふたつ星

人間を、久しぶりに見た。

 

グリンが歩み寄ると、随分大きな人間に見えた。話しかけようとしたが、どうしてか声が出ない。

 

頭を撫でられる。スペランカーと名乗られた。

 

相手の手が、とても冷たいように感じた。

 

向こうにはマロンもいる。マロンも、大きな人間二人に挟まれていた。何が起こっているのだろう。

 

そういえば。

 

何時から、自分はペンギンになったのだろうか。

 

仰ぎ見る。人間は、明らかにグリンを、ペンギンを見る目で見ていた。人間を見る目では見ていなかった。

 

気づく。ずっと此処をさまよいながら、気づけなかったことに。否、変化があまりにゆっくりだったから、いつしか変化に慣れてしまい、それが普通のことになってしまっていた。

 

そうだ。いつの間にか、自分もマロンも、人間では無くなっていた。

 

嗚呼。どうしてこのようなことになってしまったのか。

 

鏡を挟んで手を触れると、別の場所に飛ばされることに気づいた。それから、ずっと脱出を求めて、それをやってきた。そうしていれば、いつかは脱出できると思ったからである。

 

だが、何百回と諦めずに繰り返してきたそれが、こんな破滅を生んでしまったというのだろうか。

 

多分マロンも気づいたはずだ。自分が置かれてしまった悲劇に。

 

思わず、グリンは天に向けて絶叫していた。

 

人間が驚くのがわかった。そうだ、私はもうグリンでは無くて、ペンギンだ。しかも戯画のようにデフォルメされ、二本足でよちよちと歩くことで愛玩される、ひ弱で無力な動物に過ぎない。

 

能力は。

 

手元に、能力を具現化させる。

 

これだけは、無事か。

 

「どうしたの?」

 

人間、ヘルメットを被った背の低い女が、心配そうに話しかけてくる。

 

ついと視線を背けた。人間の姿をしていると言うだけで、妬ましかったからである。だが、人間は腰を落として、こちらを抱きしめてくる。暴れて逃げようとしたが、離してくれなかった。

 

「どうしたの? 貴方から、異界の神様の気配がするよ」

 

違う。

 

私は邪神では無い。人間だ。そう言おうとするが、勿論声などは出るわけも無かった。

 

これほどの屈辱があるだろうか。

 

こんなフィールド、簡単に突破できると思って、マロンと一緒に来てみればこの有様だ。一体外ではどれだけ年月が経ったのか。空腹を覚えないということは、体が既に人外どころか、自然の法則を逸脱してしまっているという事の証拠では無いか。

 

マロンも、泣いているようだった。

 

しばらく、立ち尽くす。

 

人間の女が立ち上がり、紙に何か書き始める。

 

このペンギンさんから、邪神の気配がするとか書いてあった。嗚呼、やはり私はもう、人間などでは無いのだろうか。混乱する頭の中で、全てがねじ曲がっていく。

 

呼吸が乱れて、何度も人ならぬ声が漏れた。こんなにやかましい騒音なのか、ペンギンの鳴き声は。

 

何もかもが情けなくて、何も見えなかった。

 

不意に、女が立ち上がる。そして、グリンを守るようにして立ちふさがった。

 

蜘蛛だ。巨大な蜘蛛。

 

この迷宮で、何十何百と遭遇して、そのたびに逃げたり葬ったりしてきた相手だ。

 

「下がっていて」

 

下がると言っても、どうするのか。

 

そもそも此奴、戦闘タイプのフィールド探索者なのか。どう見ても、大して動けるようには見えない。

 

蜘蛛はしばしかちかちと顎を鳴らして女を見ていた。

 

だが、飛びかからない。何か躊躇させるものが、女にはあると言うことなのか。手を広げて突っ立っている女は、どうしてか妙な安定感を備えている。蜘蛛は、それを恐れているのか。

 

「貴方を傷つけたくないの。 下がって」

 

蜘蛛は、鋭く牙を鳴らした。

 

数瞬のにらみ合いの末、蜘蛛が女に飛びかかる。もろくも押し倒された女の首筋に、蜘蛛の牙が突き刺さった。

 

即死だろう。

 

スプレーを使って撃退しようと思ったとき、今度は蜘蛛に異変が起こる。

 

首筋に穴が開き、大量の粘液が噴き出す。もがきながら下がろうとした蜘蛛だが、あれは致命傷だ。

 

その場に転がって、足を丸めて動かなくなる。

 

女は何事も無かったかのように立ち上がる。首に、傷など無かった。

 

「あいたたた、もう。 何で話を聞いてくれないんだろう」

 

脳天気な事をほざきながら、女は埃を払う。蜘蛛を見ると悲しそうに眉をひそめている辺りも含めて、よく分からない。

 

まだ少し女は鏡の向こうの二人組と話をしていたが、何か決まったらしい。頭を撫でながら、言う。

 

「ごめんね。 ちょっと貴方と一緒にいても良い?」

 

どういうことだろうか。

 

訳がわからないグリンに向けて、女は続ける。

 

「貴方が、このフィールドを作った邪神さんへの突破口だと思うの。 何か心当たりは無いかな」

 

この女。

 

本気でペンギンがそれを話すとでも思っているのだろうか。しかもわざわざ腰を落として、目線を合わせてくる。

 

貴様より、私はずっと年上だと絶叫したくなったが、我慢する。不快感が胸までせり上がってくるが、それを示す方法が無かった。

 

女が鏡の向こうの相手と紙に何か書いて会話しながら、進み始める。

 

ぽてぽてと歩く女は、やはりどう見ても戦闘経験者だとは思えなかった。

 

 

 

通路を埋め尽くして迫ってくる、炎の蜘蛛。

 

さっきの蜘蛛と同じく、こちらを明確に敵だと認識している様子だ。やり過ごすことは出来ないだろう。

 

スペランカーはヘルメットを取ると、頭をかく。

 

こういう一撃必殺の狩りをするタイプの猛獣は、対処自体は楽だ。

 

スペランカーの体を覆っている海神の呪いは、悪意ある攻撃によって死に至った場合、攻撃者から欠損部分を補填する。毒にさえ我慢すれば、相手が即死するわけで、丸呑みにされたり体を食いちぎられたりするよりも、ずっと楽に蘇生とその後の作業が済ませるからだ。

 

だが逆に言えば、攻撃を仕掛けてきた相手も即死すると言うことも意味している。あまり、スペランカーはそれを好まなかった。

 

ペンギンが下がる。距離を取るのは賢明なことだ。

 

鏡には、不思議な事に蜘蛛は写っていない。アーサー達が今頃どんな風に行動しているか。打ち合わせ通りに行っていれば良いのだが。

 

さっき、宗一郎が指摘したことは、確かに目から鱗だった。

 

そして、今回の炎の蜘蛛との遭遇が、それを裏付けている。予想通り、今度はさっきよりも強力で足止めになる奴を、差し向けてきたのだから。

 

 

 

このペンギンが、明らかに邪神にとって何か重要な存在になっている。

 

そして、それはほぼ確実に、今アーサー達によって邪魔されてしまっていた。

 

此処までの結論は、宗一郎が出した。そして、その予想通りに。戦闘能力が明らかに低いスペランカー側に、せかすように蜘蛛が現れた。

 

アーサーは歩きながら、側をとぼとぼと歩いているピンクのペンギンを見つめる。

 

このペンギンが何者なのかはわからない。邪神の僕なのか、或いはもっと違う何かなのか。

 

わかりきっているのは、明らかに知性があること。

 

さっき見せた絶望の涙は、ペンギンが見せるには高度すぎる感情だった。アレを見て、アーサーも宗一郎の推理が間違っていないことを確信したのである。

 

そして、その次に、邪神が何をしてくるかも、だいたい推理は出来ていた。

 

だから、わざと声に出して言う。

 

「さて、宗一郎。 そろそろスペランカー殿が敵と接触した頃だろうな」

 

「ああ。 この迷宮を作っている奴は、スペランカーさんを邪魔だと思っているだろうからな。 足止めをするはずだ。 そしてペンギンと引き離そうとする」

 

ペンギンが、驚いたように足を止めた。

 

アーサーを見上げてくる。ピンク色のペンギンなんて、アニメにしか出てこないだろう存在に見上げられるとちょっと不思議だ。幼い女の子がこの場にいたら、可愛いとか喜びそうだ。

 

あいにくアーサーには、恋人はいても子供はまだいないから、そんな風に見つめられても困るだけだが。

 

「だがこっちには切り札がある。 スペランカー殿に邪神がかまけている間に、一気に奴の足下まで迫るとするか」

 

「ああ。 それが良さそうだな」

 

宗一郎とは、事前に打ち合わせした。

 

この会話も、全て想定通りである。もしも、仕掛けてくるとしたら、そろそろだろうか。

 

来た。

 

そう思ったときには、周囲は無数の蜘蛛の巣に覆われた、薄汚れた迷宮とかしていた。とっさに十字架を出して、聖なる力による障壁を作り、ペンギンが側から引きはがされるのを防ぐ。

 

そして、口の端をつり上げた。

 

「まだ甘いな、邪神! 貴様の行動は手に取るように読めている!」

 

此処までは、だが。

 

おそらく、ペンギンに延々と何かをさせることが、邪神にとっての術式なのだ。

 

実際、術には完成までに、詠唱だけでは無く様々な動作や行動を伴うものがある。多くの虫に共食いをさせる巫蠱術などはその典型例である。

 

だから、まずはペンギンを引きはがし、手元で保護する。

 

そうすれば、奴の術式は完成しない。そしてほぼ予想通り、焦って介入を試みてきた。

 

こういうときは根比べだと、アーサーは知っていた。そしてスペランカーの指摘でそれを思い出してからは、後は簡単だった。

 

だが、相手も痩せても枯れても邪神である。ここからどう出てくるか、まだわからないところがある。

 

ペンギンが怯えているのがわかる。

 

さっと宗一郎が、アーサーと背中合わせに立った。サッカーボールを地面に何度かぶつけ、バウンドさせている。

 

「後ろは任せろ」

 

「ふふん、そうか。 我が輩の背後を守るか」

 

なかなかに生意気な若造だ。だが、この短い時間に、随分頭の切れを上げている様子で感心できる。

 

周囲に浮かび上がる無数の気配。

 

そして、それを縫うようにして、迫る青い鳥。さっきと同じように、こちらを分断することで、混乱させようとする意図が見え見えだ。

 

振り返りざまに、アーサーは槍を投擲。

 

鳥は一撃目はかわしたが、直後アーサーが体の周囲に無数に出現させたナイフによる一斉射撃はどうにも出来なかった。

 

全身にナイフを突き立てた青い鳥が、絶叫しながら蜘蛛の巣に突っ込む。

 

ぴくぴくと痙攣している鳥を無視して、周囲から無数の蜘蛛が歩み寄ってきた。

 

既に辺りは鏡の迷宮でさえ無い。最初に入った、蜘蛛の巣だらけの森だ。

 

遠くで爆発音。

 

「どうやら、敵は予想以上に余裕が無いようだのう。 どう見る、若き戦士」

 

「いや、スペランカーさんとの交戦に、全力を注ぐつもりなのかも知れない。 事実、スペランカーさんがいない」

 

「ふむ、冷静な判断だ」

 

ペンギンがおろおろと辺りを見回している。だが、その手に不可思議なスプレーがあるのを、アーサーは見落とさなかった。

 

やはり、此奴は。

 

飛びかかってくる蜘蛛。二匹同時。

 

跳躍した宗一郎が、強烈なボールによる打撃を蹴り込む。頭を陥没させた蜘蛛が、バランスを崩し、地面に突っ込んだ。

 

アーサーはトゥーハンデッドソードを具現化させると、それで一刀両断に正面から来た蜘蛛を斬り伏せる。

 

周囲の敵は、どんどん数を増していく。

 

これは、しばらくは耐えないといけないだろう。それだけではない。

 

辺りに、赤い炎のようなものが見え始めた。見ると、炎で出来たおぞましい蜘蛛の姿をした怪物である。

 

さて、此処までは予想通り。

 

出来るだけペンギンを殺さないように、こちらの分断と抹殺に全力投球してきた。しかも本体を見せずに、だ。

 

長い時を経ている邪神らしい狡猾な行動だが、しかし。

 

焦っているせいか、思考が読みやすい。

 

今度は三匹同時。凄まじい跳躍力を見せて、真上から躍りかかってくる。

 

ペンギンを掴むと、アーサーは前に跳躍。宗一郎は頭上の一匹を叩き落としつつ、横っ飛びに逃れた。

 

だが、辺りは蜘蛛の巣だらけである。

 

足下は大変に粘着性が強い糸が彼方此方に張られており、縦横無尽の活躍とはいかない。切り、たたきのめし、払いのけ、次の蜘蛛を倒す。

 

だがその間に、着実にこちらの動きは鈍っていくのだ。

 

それに対して、敵は殆ど無尽蔵に沸いてくる。

 

心なしか、動きも速くなってきているようだ。

 

「ちいとばかり、本気を出すとしようか!」

 

アーサーは叫ぶと、己の切り札を出すことにした。

 

鎧が金色に輝き始める。

 

フィールド探索者の中でも屈指の殲滅力を誇る騎士アーサー、本領発揮である。

 

 

 

にらみ合いが続く。

 

炎の蜘蛛は、一歩も退かない。それはつまり、此処を通すと非常にまずいという事を意味している。

 

しかし、攻撃もしてこない。

 

どうしてかは、わからない。何かを待っていると言うことか。

 

周囲の邪神の気配が、急に濃くなった。本能的に悟る。これは、スペランカーの処理に、全力を挙げてきた、ということだ。

 

どうしてか、やはり焦っていると見て良い。

 

宗一郎は冷静に頭が働けば、こうも賢いのだと悟って、驚かされる。これはきっと、将来はかなり名が知れたフィールド探索者になるだろう。

 

羽音。

 

ペンギンに飛びついて、抱きしめる。やはりこう来たか。

 

鳥が、直前まで迫っていた。だが、スペランカーごとペンギンを転移させては意味が無いのだろう。慌てて踏みとどまると、空高く舞い上がっていた。

 

旋回し始める青い鳥。

 

周囲の光景が、露骨に代わっていく。

 

無数の心臓らしきものがうごめき、壁という壁、床という床に目がびっしりとついていた。人間のものにそっくりな目を見て、ペンギンが流石に恐怖の悲鳴を上げた。

 

鳥の動きをしっかり見ながら、ペンギンの耳元にささやく。

 

「いい、私がどうなっても、絶対に側から離れないで」

 

ペンギンの震えが納まるまで、しっかりスペランカーは相手を抱きしめていた。宗一郎の言葉が正しいなら、この子は多分フィールド探索者のなれの果てだ。スプレーを使うような動作を何度かしていた事や、妙に人間くさい反応、それにこのデフォルメされた漫画のような姿や体色から言っても、ほぼ間違いないだろう。

 

ペンギンから、手を離した瞬間。巨大な炎の蜘蛛が飛びかかってきた。

 

全身が燃え上がるのがわかる。焼死はかなり苦しい死に方であり、スペランカーは思わず呻く。

 

意識が戻った瞬間、また死ぬ。燃やされている。なるほど、千日手に持ち込めると判断したわけだと、遠のく意識の中で思った。

 

無数の蜘蛛が、姿を見せるのがわかる。きっとペンギンを浚うつもりなのだろう。

 

燃え上がる蜘蛛が、絶叫しながら四散する。

 

わずか数秒の間で何度殺されたかわからないが、結果はこうだ。悪意による死には、肉体強制補填のカウンターが待っている。それが精神生命体でも同じ事だろう。あの蜘蛛はかなり強力な怪物のようだが、命が一つである以上、耐えられるわけが無い。無数の命が集まったような存在であれば、話は別なのだが。

 

立ち上がろうとするところに、大きな蜘蛛が飛びついてくる。

 

しかし、押し倒すだけで噛みついては来ない。学習してきたか。蜘蛛の巣でも掛けられたら身動きが取れなくなる。

 

だが、その時。

 

蜘蛛が悲鳴を上げながら、飛び退いていた。

 

ペンギンが手の先に、スプレーを持っていた。ペンギンの翼で、どうやってものなど持っているのかはよく分からない。

 

だが震えながらも立ち尽くすペンギンは。

 

その手に、蜘蛛を撃退したらしいスプレーを持っていたのだ。

 

鋭い叫び声が上がる。

 

次々に躍りかかる蜘蛛たち。ペンギンを殺すのでは無く、捕らえるのが目的だろう。スペランカーはペンギンの背中に入ると、手を広げて叫ぶ。

 

「駄目! やらせない!」

 

蜘蛛が、飛びつこうとして逡巡する。だがその隙が、致命的なものとなった。

 

ペンギンが多少緩慢ながら旋回し、周囲にスプレーを撒き始めたのである。その霧を浴びた蜘蛛たちは、悲鳴を上げてのけぞり、足を縮めて転がった。巨体が、冗談のように、である。

 

蜘蛛たちが、下がる。

 

ペンギンが、苦しそうにしていた。

 

「大丈夫?」

 

ペンギンはこちらを向かない。

 

代わりに、あいている方の手を器用に使って、虚空にあかんべえをしてみせた。きっと見えているのだろう。何か、得体が知れない存在が。

 

スペランカーは、ぼろぼろになった服とヘルメットの状態を確認。相変わらず、こういう死に方をすると、恥ずかしい格好になる。リュックは結構無事だったが、それでも中身は焼け焦げていた。

 

ブラスターを取り出す。

 

「いるんでしょ、みているんでしょ? そろそろ出てきてよ、神様!」

 

この神様は、さほど力がある存在では無いらしい。それは何となくわかる。

 

だが、どうもやり方がかんに障る。このペンギンがフィールド探索者だとすると、何十年も此処に閉じ込めて、苦しめてきたのだとわかるからだ。

 

スペランカーが今まで見てきた異星の邪神達は、残虐だったり非道だったりはしたが、それでも堂々と雄々しく戦った。要所では自分で出てくることが多かったし、戦うときには残酷ではあっても紳士的だった。己の力を、最大限までぶつけてくる奴らだった。

 

だから、スペランカーは怒りを刺激される。

 

いつの間にか、周囲には何も無くなっていた。気味の悪い床と壁の模様はそのままだが、それだけである。

 

こちらが隙を見せるのを待つ作業に出たか。

 

ますます、いらだちが募った。

 

その時。

 

空間に、ひびが入る。文字通り、それは空間がひび割れるという、不可解な現象だった。しかし、この現象には、予備知識がある。

 

やっと、来たか。

 

空間が、砕けて、姿を見せたのは。二人のイヌイットだった。

 

 

 

ポポは北アメリカに存在する少数民族、イヌイット出身のフィールド探索者である。かってはエスキモーとも呼ばれていた一族だ。これは元々は違ったのだが、現在では「生肉を食う奴ら」というような蔑称であり、ポポ達はイヌイットで通すようにしている。実際にはエスキモーという大規模な集団の中にイヌイットという少数民族が存在する形であって、他にも幾つかの類似種族が存在する。

 

厳しい凍土の生活では、野菜が得られない。このため、アザラシの肉や内臓を生で食べる必要があり、それでビタミン類を補給している。このことが差別につながったのである。実際、西欧の文化が入ってきてからは生肉食が減り、その代わり体のバランスを崩す者が増えてしまった。

 

いずれにしても、貧しい民だ。

 

だから、能力を持って生まれたポポは、婚約者のナナと一緒に、フィールド探索者として外貨を稼いで廻っていた。

 

元々寒冷地出身の二人である。寒冷地のフィールドとは抜群に相性が良く、今までもいくつもの難関フィールドを潰してきた。それに何より、厳しい環境で育ってきたからしたたかに頭も働く。

 

今回のフィールドに足を踏み入れて、ポポは最初に気づいた。これは作戦通りに行かないだろうと。

 

敵の戦力が「王」とマッドエックスに集中しだしたときに、方針を変えることにしたのも、柔軟な戦力運用の意味を肌で知っていたからである。

 

激しい戦闘をこなしている「王」を横目に、ポポは言う。

 

「じゃあナナ、僕たちは退路の確保に廻ろうか」

 

「賛成。 反対要素は無い」

 

「りょう、かい」

 

ナナは口数が極端に少ない。

 

婚約者と言っても、ナナとは決して仲が良いわけでは無い。かってはそうでもなかったのだが、両親が婚約を決めてからは途端に態度が硬化した。

 

近年は一神教に基づく倫理観が入ってきていることから、イヌイットの伝統的な観念が揺らいできている。元々過酷な環境から、姥捨てや間引きが行われていた社会であったが、それも今は無い。

 

良い部分が増えてきている部分で、悪い部分も増えてきている。

 

飲酒によって体調を崩す者はかなり多いし、様々な犯罪にも対応できていない。伝統的なスキルを持つ人間は減る一方で、それなのに若者が新しい力を得てきているという訳でも無い。

 

過酷な環境で得られた良い部分も無くなってきている。情けない話だが、それがイヌイットの現状なのだ。

 

だから、外貨を稼ぐというだけでなく、ポポはナナと一緒に頑張る。皆の手本にならなければならないからだ。

 

一緒に行動したくないと時々言うナナも、仕事の時だけはきちんと連携を取ってくれる。これもみんなのためだと言いながら。

 

恋愛感情は、あるのかどうかよく分からない。

 

そもそもが恋愛感情という奴も、一神教の普及と同時に持ち込まれた概念だ。それまでは親が決めた適切な相手と結婚をするだけだった。個人の感情が入る余地は無かった。それが悪いかどうかも、よく分からない。世間ではまるで悪の枢軸のように言われているが、自由恋愛というのが必ずしも上手く行かないというのは、ポポも実例としていくつも見てきているからだ。

 

ポポはわからない。ナナが自分を好きなのか。だが、いずれにしても。戦場で、雑念は命取りだった。

 

敵を避けて、森の中を移動する。

 

周囲を見て回るが、やはりこれは複層型のフィールドだろう。先に行ったアーサー達は、敵によって空間的な隔離を受けたとしか考えられない。

 

ならば、空間の壁を壊すだけだ。

 

ただ、それは機会を見計らわなければならない。

 

しばらく周囲を確認して廻る。

 

ナナはシャーマンとしてのスキルも持っている。要するに、世界を形作る精霊と呼ばれる現象そのものに干渉する術式の使い手と言うことだ。

 

木彫りの像を手に、辺りを見回るナナ。

 

やがて、彼女は頷いた。

 

「少し離れて。 来る」

 

「わかった」

 

蜘蛛の巣だらけの木陰に身を隠す。

 

かなり向こうで、不意に空間が歪んだ。そして、飛び出してくるアーサーと、宗一郎。それに、ピンク色のペンギン。

 

同時に、周囲に無数に現れる蜘蛛と、炎の塊。

 

アーサーが暴れ回り始める。E国最強と言われているだけあり、文字通りちぎっては投げ千切っては投げという大暴れぶりである。殲滅力に関してはあのMでさえ一目置いているという話は聞いていたが、確かに凄まじい。

 

ナナに肩を叩かれる。

 

「こっちだ」

 

「ん」

 

アーサー達を背に、移動。

 

本来、雪原で獲物を狩ってきたイヌイットは、ハイドスキルのスペシャリストだ。噂に聞くニンジャにだって引けを取らない自信がある。見張りらしい蜘蛛が要所要所にいる。だが、その視界を的確に見切り、死角をついて進む。音も立てない。

 

気配も残さない。

 

それどころか、臭いも、である。

 

ポポに言わせれば、街の中など痕跡の塊である。場合によっては気配まで読んで、ポポは獲物を狙う。場合によっては隠れる。

 

すぐ側を、体重一トンを超えるシロクマが通過することもあった。アザラシの至近まで近づいて、射殺したこともあった。

 

いずれもが、動物の裏を掻くに掻いて、成し遂げたことばかりである。

 

ナナも勿論ついてくる。自分に拮抗するハイドスキルの持ち主であり、優秀なハンターだからこそ、動向を許しているのである。能力が同じだと言うだけでは、フィールドでは生き残れない。

 

空間のゆがみを、発見した。

 

おもむろに、木槌を振り上げる。柄の長さは1.2メートル、重量十七キロ。戦闘用としても充分な重さと破壊力がある槌だ。それだけではない。ほぼ同じサイズのものをナナも持っているが、これらは二人の共通した能力を支える鍵となっている。

 

「粉砕!」

 

叫ぶと同時に、槌を空間のゆがみに振り下ろす。

 

ばきんと鋭い音と共に、槌がはじき返される。

 

ポポとナナの能力は、ゆがみの固定化である。

 

つまり、自然的に異常な存在を、個体としてとどめるのである。それを槌で粉砕することにより、相手を打ち倒す。また、ゆがみが固体化されることにより、超常的な物体も破壊しやすくなる。

 

動物にも用いることが出来るし、そもそもこの強烈な木槌である。まともに食らえば、骨が砕ける程度では済まない。人間の場合、陥没骨折で済めば良い方で、当たり所によっては即死だ。

 

「もう一丁っ!」

 

槌を振り下ろす。

 

罅が更に拡大した。ばらばらと、崩れ始める。

 

今度はナナが槌を振り上げた。そして、一気に振り下ろす。

 

空間のゆがみが、砕け散る。罅が縦横に走り、一気に空間が塗り替えられていく。

 

そして、スペランカーの姿が見えた。

 

無数の蜘蛛に囲まれている。背中にかばうようにしているのはペンギン、しかもデフォルメした、青い肌をした奴だ。

 

無言でナナが蜘蛛に飛びかかる。背後からの敵に驚いた蜘蛛が振り返る前に、槌がその体を一撃していた。

 

蜘蛛の異常な部分が粉砕され、大量の鮮血がぶちまけられる。混乱する蜘蛛に、どこから取り出したか、青いペンギンがスプレーを浴びせた。蜘蛛は逃れようとするが、一撃必殺の威力を持つらしく、跳ね飛んだところで足を丸めて転がる。スペランカーが、ペンギンを捕らえようと躍りかかった蜘蛛に、手を広げて立ちはだかる。

 

蜘蛛がスペランカーの前で、ぴたりと止まった。

 

その隙に場に潜り込んだポポが、ペンギンを掴むと、さっと跳躍。跳躍しつつ体を旋回させ、槌を振り回した。

 

ペンギンを後ろから掠おうとしていた蜘蛛の頭部が吹っ飛び、粘液が辺りに散らばる。

 

それだけではない。

 

ペンギンが、スプレーを撒き始めた。蜘蛛の巣が、見る間に溶けていく。

 

勝った。

 

ポポはこの瞬間、確信していた。

 

だが、それは。押しつぶすような、とんでもない密度の殺気を浴びるまで、だったが。

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