オールドアクションゲーム二次創作 作:dwwyakata@2024
蜘蛛が、グリンとマロンに気づく。
そして、もはやスペランカーをうち捨て、まるで突進するサイのような勢いで躍りかかってきた。
イヌイットの戦士二人が、その前に立ちはだかる。
「とりゃあああっ!」
男戦士の木槌が一閃、振り下ろされた足とぶつかり合う。激しい火花が散るが、吹き飛んだのは蜘蛛の足だった。
更に、懐に入った女戦士が、木槌を振り上げる。
粘液をまき散らしながら、蜘蛛が浮き上がる。だが、蜘蛛が魔力を全身から放出し、二人をはじき飛ばした。
だが、受け身を取って立ち上がる二人。
グリンは、マロンと手をつないだ。
二人の能力は、すなわち破邪。
この世ならざる者に致命打を与える、聖水を作り出す力だ。
だから、蜘蛛を一撃で屠ることが出来た。この世ならざる蜘蛛の巣も、打ち砕くことが出来た。炎の蜘蛛には相性が悪かった。相手に触れる前に、蒸発してしまうからだ。
しかし、それが故に生け贄には最適だったのだ。
つないだ手から、聖水がしたたり落ちていく。まばゆいばかりの光が、それに籠もっている。
聖なる力が故に、それを効率的にコントロールすれば、自分の力以上の糸を張ることが出来る。
魔術的な儀式で凝縮されたグリンとマロンの力は、あの蜘蛛神にとっては、己を幽閉した存在に対する、復讐の刃の一端に出来るものだったのだろう。だから二十年も、この迷宮をさまよわせたのだ。
聖水が、徐々に形を為していく。
木槌が一閃して、また蜘蛛の足を一本へし折る。だが無事だった足が、女戦士をはじき飛ばして、壁にたたきつけた。
とどめを刺そうと、残像を残しながら這い寄る蜘蛛神の前に、男戦士が躍り出る。
豁然、顎と木槌がぶつかり合った。二合、三合、渡り合う。
目を閉じる。
そして、術式の最後の一節を唱えた。
「光は光に、闇は闇に帰れ。 我らが光の神子を、今此処に具現化せん!」
「闇を滅ぼす剣よ、此処に!」
目を開ける。
其処には、小さな小さなペンギンの雛がいた。とても無力そうな、愛らしい小さな塊。
だが、蜘蛛が、振り返る。そして、驚愕に目を見開いた。
「お、おの、おのれええええええっ!」
わかるはずだ。
これは、二十年分の、二人の力を凝縮した、最後の切り札ともいえる術式。
よちよちと、雛が蜘蛛神に歩み寄っていく。逃げようとする蜘蛛神を、ここぞと反撃に出たイヌイットの戦士達が、左右から木槌で打ち据えた。
「これで」
「仕舞いだっ!」
おそらく、それが彼らにとっての真の切り札。
木槌はもとから超常的破壊力を備えていたようだが、蜘蛛の体内で、何十倍にもそれが増幅されたのが、見てわかった。
更にこの時、蜘蛛の全身から、粘液が噴き出した。
わかる。多分術式が、外で木っ端みじんに破壊されて、そのダメージが蜘蛛神にフィードバックしたのだ。
蜘蛛の足が、何本もへし折れる。体を旋回させて、戦士二人をはじき返すのが、蜘蛛に出来た最後の抵抗だった。
その時既に、雛は小さな羽をはためかせて、蜘蛛の至近まで飛び寄っていたのだ。ペンギンに出来ることでは無いが、まあそれはご愛敬だ。
そして、蜘蛛神に、もう逃げる力は。足は。残っていない。
「あ、ああああ、あああああああああっ! あああぎゃああああああああっ! く、くくく、来るな、くるなあああああああっ! ひぎゃああああああああああっ!」
小さなくちばしが、蜘蛛神の額をつつく。その瞬間、蜘蛛神の体を覆っていたまがまがしい黒いオーラが、その全身を獰猛にむさぼり尽くす。
蜘蛛神の全身が、木っ端みじんに吹き飛んだ。
終わった。そう、グリンは確信した。
不浄な肉片が、美しい光に浄化されていく。
そして、その光を浴びながら、グリンとマロンは、やっと気づく。自分が無駄にしてきた時を、ようやく役立てる事が出来たのだと。
空間に穴が開いていた。不自然にそこから外の光景が見えている。焼け野原になっていた。
神殿からは、これで出られるだろう。蜘蛛神は出られないかも知れないが。
スペランカーに、イヌイット戦士の女性の方が、コートを着せていた。見事な全裸になるまで、徹底的な攻撃を加えられたのだ。その割には、不思議な事に、左手におもちゃみたいな銃は握ったままだった。
この女、どうやら殺されると、死んだときに受けたダメージを周囲から、或いは攻撃者から補填するらしい。蘇生時に服もある程度は再生するようだが、全部とは行かない様子で、それでこう激しく徹底的に殺されると、いずれは全裸、というわけだ。
グリンはスペランカーに、ぺこりと一礼。コートだけを裸の上から来ていたスペランカーは、ほほえむ。
「ありがとう。 最後の切り札になってくれて」
「いや、むしろこれは、我らが傲慢が招いた災厄だ。 我ら二人は当時でも優れたフィールド探索者だったが、それが故に驕ってしまった。 今後は、この年月の分だけ償いをしていきたい」
「……」
ぽかんとした様子で、スペランカーはグリンを見ていたが。
やがて、申し訳なさそうに頭を掻きながら笑う。
「ごめんなさい、そういえばずっと年上の、ベテランさん、なんですよね」
「気にするな。 我らはもはやペンギンだ。 いずれ人に戻ることがあっても、それはずっと先のことになるだろう」
神殿は、既に完全に朽ち果てている。
この豪華な内装は、蜘蛛神の力によって支えられていたのだろう。むしろ蜘蛛神は、幽閉されたこの孤独な巣を、せめて飾ろうと思っていたのかも知れない。
そう思うと、悲しい奴だとも感じる。
スペランカーは裸足で辺りを歩き回っていた。ぼそりとイヌイットの男戦士が言う。
「なんだか貧弱な体だなあ。 色気のかけらもねーや」
「バカ!」
女戦士の方が後頭部をどつき倒した。仲が悪そうだが、妙に息が合っている、ほほえましいカップルである。女戦士はコートを脱ぐと、予想以上に小柄で童顔だ。ただしきりりとした眉と、鋭い目が、意志の強さを感じさせる。
スペランカーが、腰をかがめた。
其処には、弱り切った蜘蛛がいた。手のひらほどもある。大きい事は大きいのだが、もはや無害そのものだ。
誰にでもわかる。
これが、あの蜘蛛神の末路だ。
「潰しちゃおうよ、スペランカーさん。 踏んじゃえば一発でしょ」
「待って。 する事があるから」
「えー? 早く帰ってお野菜が食べたいよー」
珍しいことを言うイヌイットの男戦士。そういえば、イヌイットはビタミン不足を生肉で補っているはず。外に出れば野菜を食べたくなるのかも知れない。
女戦士の方がなだめに入る。
「すみません、スペランカーさん。 此奴バカなので」
「ひどいよナナー」
「黙れ。 スペランカーさんは神殺しの二つ名を持つベテランだぞ」
恥ずかしそうにスペランカーの方が恐縮しているのを見て、マロンがくすくすと笑った。グリンはそれを見て、胸が一杯になる。
今はペンギンでも、かっての妻の笑顔を思い出す事が出来る。
そういえば、この迷宮に入ったときは十代だった。今は人間に戻れたとしても、三十過ぎだろう。
「ほほえましいですね、あなた」
「そうだな。 だが、話を進めてもらおう。 スペランカー殿、それで、する事とは何なのだ」
「うん。 この神様、よそからの力で閉じ込められているみたいなんです。 だから、よそからの力を断ち切りに行くつもりです」
「えっ!?」
驚いたが、スペランカーは小首をかしげた。
「もう、この神様に力は残っていませんよ。 力を断ち切っても、その事実に変わりはありません」
「し、しかし」
「こっちかな。 うん、間違いない」
スペランカーがぺたぺたと歩いて行く。イヌイットの戦士達も、仕方が無いという風情で、ついていった。
神殿の一番奥。
其処には、なにやら得体が知れない塊があった。
肉の塊、なのだろうか。それをかたどった石像だ。球形で、無数の触手が生えていて、その周囲には取り巻きらしい太鼓やらトランペットやらを持つ姿がある。肉の塊の石像の周囲に、絵として書かれているそれらが、一つ一つが度しがたいまでにおぞましい邪悪的存在なのだと、一目でグリンも理解した。
これほどまがまがしいものを見るのは初めてである。
東洋の仏教にある曼荼羅。それを悪魔に置き換えて、最大限までに侮辱的に作ると、こうなるのかも知れない。
「これが、宇宙の中心に座する邪悪、なんだね。 正確には、その力を媒介している装置なんだ」
蜘蛛が身を縮める。
スペランカーが、おもちゃのような銃を石像に向ける。
「二三日は目覚めないと思いますから、運んでください」
「何をするつもりか」
「この武器、相手と私の命を、等価に消し去るものなんです。 どういうわけかはわからないですけど、邪神さん達は命のある道具を作りたがるみたいでして。 これの石像も、きっと、そんな道具の一つです。 だからこうやって壊せます」
スペランカーは、付け加える。
「この蜘蛛神さんは、もう無力です。 私がアトランティスに連れて帰りますから、潰さないであげてください」
「……」
「お願い、出来ませんか」
「いや、命の恩人である貴方の頼みだ。 我らに異存は無い。 それに、そいつもそんな姿で余生を過ごすことになるのだ。 充分な罰だといえるだろう」
専門家であるからわかる。この蜘蛛神が力を取り戻すことは、もう無い。
どれくらい生きることが出来るかはわからない。だが、この星を滅ぼすような術式を使ったり、人間をむさぼり喰いまくったりすることは出来ないだろう。力を取り戻すことが出来ても、それは限定的なはずだ。
頷くと、スペランカーが、石像を撃つ。漫画みたいな光線が出たが、破壊力は劇的だった。
彼女の発言通り、おぞましい石像は木っ端みじんに吹き飛んだ。
同時に、神殿に残っていた、まがまがしい気配が消える。後ろ向きに倒れたスペランカーを、ナナと呼ばれた女戦士が抱き留め、担ぎ上げる。
神殿が揺れ始めた。
早めに脱出しないと危ないだろう。
このかりそめの空間は、程なく存在としての死を迎える。それは、消滅という形でだ。
「さ、出よう」
「はい、貴方」
「蜘蛛神、アトラク=ナクア。 私の上に乗れ」
グリンが手をさしのべ、蜘蛛を頭の上にのせる。
そして、恋人と手をつないだまま、外へ駆けだした。
焼け野原だが。
しかし、陽が昇っている。
陽を見るのは、一体いつぶりなのだろう。感動で、目の前が曇る。
崩れ落ちる神殿を後に、グリンは思う。たとえ人間に戻れなかったとしても、恋人と、いや妻と一緒に、今後どれだけ掛かっても、償いをしていこうと。
外では、鎧姿の戦士と、まだ年若い少年と、車と、なんだかわからない全身スーツみたいのをきた者達が待っていた。
さあ、帰ろう。
鎧姿の戦士が、髭だらけの顔で、そう笑った。
帰りましょう、あなた。
マロンが、そう言った。