オールドアクションゲーム二次創作   作:dwwyakata@2024

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3、島の姿

かって、天才と呼ばれた少年がいた。

 

E国でも上流階級、いわゆるジェントルと呼ばれる階層に生まれ、その少年はすくすくと成長した。

 

幼い頃から頭がとにかく良く、難解な数学や文学のテストをあっさりクリアして、親を喜ばせたことが一切では無かった。神童とさえ言われた。ただし、その造作は著しくまずく、化け物のような顔だと陰口をたたく者も少なくなかった。

 

やがて、少年は親から引き離され、上流階級の人間が通う寄宿制の学校に入学した。そして、少年は知ることになる。

 

この世で必要はのは、頭脳などでは無いと。

 

どれだけ学業で成果を出しても、学級では孤立するばかり。努力を重ねても、陰口はどんどんひどくなっていくばかりだった。

 

顔と要領が良い男ばかりが、もてはやされるのを、何度も見た。

 

格好だけでも良くしてみようと、ファッション雑誌なるものも見た。だが、どれだけ工夫しても、鼻で笑われるだけである。

 

孤独が続く。

 

アーサーという同級生と友達になったのは、それから数年の後。

 

その時、少年は。

 

ニャームコは、すっかりひねくれきっていた。

 

 

 

ニャームコは闇の中を、息を切らせて走っていた。まだ老人と呼ばれる年には至っていないにもかかわらず、少し走っただけで、太った体は息切れする。天井にぽつぽつとついている非常用電灯が周囲をオレンジ色に照らしていて、異様な光景を更に気味が悪いものにしていた。

 

此処は、島の地下。

 

トンネル状の秘密空間である。ニャームコは己の特許で潤い、家業を見る必要がなくなって、研究に没頭するために島を買った。そしてその自然に、あらゆる方向から手を入れていった。

 

この地下洞穴もその一つである。

 

やっと見えてきた小型のバギーにもたもたと乗り込むと、エンジンを掛ける。

 

此処から北に一キロほどトンネルを進むと、研究所に出る。其処には、長年の研究を完成させるのに、どうしても必要な存在がいるのだ。

 

邪神。クトゥグア。

 

この世界に時々現れる、異星の邪神と呼ばれる存在の一つ。少し前に北欧で分身体があのMによって潰されたそうだが、このクトゥグアはそもそも小規模の恒星ほどもあるエネルギー塊が意思を持っているような存在であり、ちょっとやそっとのダメージで消滅することは無い。それほどに強大な邪神なのだ。

 

異星の邪神の最上位には、いわゆる「属性」を司るほどの存在がいる。クトゥグアは熱、炎を司り、言うならば生きた恒星と言っても良い。その気になれば、大陸一つを短時間で焼き尽くすほどの力を持つのだ。もしも総力戦になったら、受肉した分身体などならともかく、あのMでも勝てるかどうか。

 

しかも、ここにいるクトゥグアは、その意思の中核部分。ニャームコが苦労の果てに得た、切り札中の切り札であった。

 

これを使ってアーサーを撃退することは、考えていない。

 

今するべきは、実験の成就。スペランカーが来ているという事は、国連軍はまだニャームコの狙いに気付いていない。クトゥグアは、あくまでニャームコにとっては実験の部品の一つに過ぎないのだ。

 

バギーが、目的地についた。

 

巨大なトンネルの最深部に作られた研究所。とはいっても、外見は何の飾り気も無いプレハブの二階建てである。トンネルの中にあると言う事もあって、屋根さえ無い。その駐車場に乱雑にバギーを止めると、鍵を引っこ抜き、降りる。緩慢な動作しか出来ない自分の肉体がのろわしい。

 

中に入る。

 

電源は常時確保している。UPS(無停電電源装置)を一瞥だけして、電力供給が問題ないことを確認すると、林立するスパコンと、その上にいるクトゥグアを見上げた。

 

クトゥグアは、ニャームコが設計した世界でも第六位の計算能力を持つスパコンと直結しており、常時演算をしている。ざっと演算の結果に目を通していくが、結果は芳しくない。

 

「邪神、障害による進捗の向上は」

 

「あまり芳しくは無い。 ただし、今までの実験とは違う精神的な負荷を与えることには成功しているようだ。 ただ、あのアーサーという男、邪魔だ。 一緒にいるスペランカーという奴は、危険すぎる」

 

「アーサーは賢い奴だったからなあ。 わしが知る中で、要領が良いだけのアホウどもの中で、あいつだけは唯一本当の意味で賢かったなあ」

 

「他人を褒めることを知らぬお前が、べた褒めだな。 これはとても興味深い話だ。 ヒヒヒヒヒヒ」

 

邪神が、深い闇の其処から這い上がってくるような声で、笑い混じりに言う。

 

此奴がどういう経緯で捕獲されたかは分からない。分かっているのは、スパコンの上に設置されている巨大な硝子の球体の中に閉じ込められている、まばゆい光の塊こそが、奴そのものだということだ。

 

小さな太陽とも言える強力なエネルギー体を、どうして閉じ込めておけているのかはわからない。この世界に存在する魔術結社による仕業らしいのだが、そんなことはどうでも良かった。理論にさえも興味が無い。

 

だが、邪神自体は重要だ。ニャームコにとってはギブアンドテイクの間柄である。この研究さえ成立するなら、ニャームコは悪魔にでも何にでも魂を売る。自分が焼き尽くされようが、野犬共の餌にされようが、構わないとさえ思っていた。

 

「余が何故お前に協力しているか、分かるか」

 

「仕事だからか」

 

「否。 お前には奢りが無い。 ひたすら貪欲で、ひたすら欲望に忠実。 それしか持たず、世界に対してただひたすら敵意を持ち、その強力な悪意を単独の行動にだけしか向けない。 そのひたむきさが、余を楽しませるからだ」

 

「そうか。 それはありがたい話だなあ」

 

スパコンを操作して、新しい負荷について検討する。

 

此処に、連中が来るかも知れない。それは別に構わない話だ。

 

それで、実験が成就するのなら。

 

「余らの好物は狂気。 余らでさえ倒す存在がいるこの危険きわまりない星にわざわざ来ているのも、あまりにもお前達の狂気が美味だからだ。 それを、努々忘れるな」

 

「分かっている。 わしも、目的さえ達成できればそれでいい。 狂気でも何でもくれてやるかなあ」

 

「上出来だ。 ヒヒヒヒヒヒヒヒ」

 

今回、アーサーを呼んだのさえ、実験の一環なのだ。

 

困ったことにアーサーは、昔から予想を遙か超える結果を出す男だった。寄宿舎では変わり者として知られてはいたが、しかし圧倒的な武力や、努力して結果を出す姿勢で、人望はあった。

 

ニャームコとは、其処が決定的に違っていた。

 

昔から、ニャームコは奴が唯一の親友であると同時に。どうしても、一度勝ちたい相手であった、のかも知れない。

 

頭脳を使って勝つことは考えていない。

 

勝てて当然だからだ。

 

ニャームコが組んだ実験を、どこまで奴が覆してくれるか。その結果、どれだけ目的に近づけるか。

 

それが知りたい。

 

ニャームコ個人の努力では、限界がある。この十年で、ついに断念せざるを得なくなった。勿論AIの発展分野では、大いに貢献した。だが、ニャームコがやりたかったことは、どうしても出来なかったのである。

 

さあ、愛しい我が子らよ。

 

異物の存在は、これ以上に無い障害になる。

 

だから、それを乗り越えて見せよ。

 

そして、掴むのだ。

 

ニャームコは呟きながら、スパコンに更にデータを入力していく。それが程なく結実すると、ニャームコは確信していた。

 

天才が人生を賭けた事業なのだから。

 

 

 

倉庫とやらは、中立地帯に存在していた。マッピーがいつも此処に取り返したものを置くと言ったのは、野ざらしの土の上。

 

側にある大きな倉庫には、入ったこともないという事だった。

 

「疑問は感じなかったのか」

 

「本官は、島の主様を信頼しておりました!」

 

「では、その信頼が、塵芥となる所を見るが良いだろう。 荒療治だが、仕方が無い事だ」

 

倉庫は分厚いシャッターが掛かっていたが、アーサーは躊躇無くバトルアックスを取り出すと、マッピーが制止する暇も無く打ち砕いた。

 

金属がたたき割られる凄い音がしたので、スペランカーは思わず耳を塞ぐ。マッピーが愕然と顎を落としたが、すぐに憤りの声を上げることとなった。

 

「アーサー殿! これは窃盗になりますぞ!」

 

「それは、そなたが信頼する主の事だ。 見よ」

 

手招きするアーサーと一緒に、倉庫の中に入る。そして見回して、スペランカーも驚いた。

 

其処には、無数の陳列棚があり、膨大な物資が積み上げられていたのである。トラックが三十台は入りそうな巨大な倉庫で、天井の高さはどうみても十メートルを超えている。陳列棚は数え切れないほどの数があり、しかもその殆どが、戦利品らしきもので埋まっていた。

 

しかし、金目のものばかりかというと、そうでも無い様子だ。

 

ざっとみて回るが、スペランカーに価値が分かるものは殆ど無かった。

 

「これはPC-98時代、それも初期のパソコンだな。 スペランカー殿は知らぬか」

 

「ごめんなさい、分かりません」

 

「そういわれるな。 見よ、これはフロッピーを入れる口だ。 この当時は3.5インチでは無い、もっと大きなフロッピーが使われていてな。 我が輩はこれくらいしか分からぬが、詳しい人間はもっと説明が出来るだろう」

 

「え、こんなに大きな。 そういえば、昔見たことがあったような……」

 

でんと置かれているのはラジカセだろうか。非常に古い形式のウォークマンもあった。此方にあるのは、なんとレコードだ。洋の東西を問わず、大物のレコードが無造作に多数並べられている。

 

それだけではない。

 

誰が描いたのか、一目で贋作と分かるモナリザがある。一応油絵ではあるようなのだが、できは著しくまずい。他にも、名画らしいものがたくさんあるが、どれもこれも一目で偽物と分かるものばかりだった。

 

奥の方は冷蔵庫になっていた。

 

入るとカチカチに凍った肉や魚、チーズ、それに見たことが無い動物の死体までが存在していた。

 

マッピーが、わなわなと震えている。

 

「こ、これは……。 本官が、「館」でミューキーズと交戦して、取り返した盗品ばかりであります! 持ち主に返されたと思っていたのに!」

 

「これが現実だ。 だが、どれもこれも骨董品ばかりで、とても金になるようなものではないな」

 

「このパソコンは、マニアには受けませんか?」

 

「残念ながら量産型で、どこにでも転がっておるよ。 スペランカーどのの国に行けば、秋葉原とやらで部品もいくらでも手に入るだろう。 ちと割高になるだろうが」

 

マッピーが持ち上げたのは、カマンベールチーズだ。カチカチに凍っている。円筒形をした美しい造形だが、これではすぐに食べることは出来ないだろう。

 

珍しい動植物は、いずれも凍り付いて、生きていないのが明白だ。これは気の毒な話だが、どうにもならない。

 

機械的な処置が行われたのだろう。腐るものは冷蔵庫に。腐らないものは、それ以外の場所に。

 

ミューキーズという猫たちが、ロボットであった現状を思うと。此処で何が行われていたのか、薄ら寒い事実が少しずつ表にせり上がってくるようだ。

 

アーサーは更に言う。

 

「マッピー殿。 貴殿の婚約者に会わせて貰えぬか」

 

「な、何故にでありますか」

 

「この現実を見てしまうと、そちらも確認しておきたくなる」

 

マッピーはしばらくうつむいていたが、顔を上げる。

 

この島を、十年も守ってきた警官としての自負は、まだ崩れていないようだった。少なくともこの鼠のお巡りさんは、嘘をついてはいないようだとスペランカーは思った。ただし、嘘をついていないことと、真実に辿り着いていることは、天地の開きがある。それを、スペランカーは、ずっと続けてきたこの仕事で、嫌と言うほど学ばされている。

 

「マピコは、本当に良い女性なのであります。 本官が守るべき愛しい者なのであります」

 

「それは分かっている」

 

「だから、酷いことはしないで欲しいのであります。 たとえ、現実が、どれほど酷いものであろうとも」

 

「騎士の名にかけて誓おう。 我が輩はE国の誇りある騎士アーサー。 この剣にかけて、マッピー殿の婚約者に敬意を払い、尊厳を守る」

 

アーサーが、此処までの誓いをするのを初めて見た。

 

マッピーもそれを見て感動したのだろう。倉庫を出ると、こっちだと言って、案内してくれた。

 

常夜の地帯を駆け抜けて、別の中立地帯に出る。息を整えながら、それをスペランカーは見上げた。

 

其処は、まるでお城のような作りだった。しかも、田舎の遊園地にあるような、古い遊具施設としてのお城である。城壁も無ければ、堀も無い。むしろ城と言うよりも、宮殿と言うべき代物だろう。

 

「いつも、マピコはこの中にいるのであります」

 

「アーサーさん」

 

「案ずるな。 いかなる事態であろうと、もう覚悟は出来ている」

 

城の正面には敵を防ぐ仕掛けは一切無く、そして中にも気配らしいものは全くなかった。アーサーも同じ印象を受けたらしい。

 

床は大理石で、踏む度にかつんかつんと大きな音が響く。顔が映るほど磨き抜かれているが、誰が掃除しているのだろう。

 

そう思ったら、掃除している者がいた。

 

昨日、ニャームコ博士の屋敷で見たメイドロボットである。無表情のまま、床にモップが回転するタイプの掃除機を掛けている彼女は、此方に見向きもしなかった。しかも同型機が何名か、掃除をずっと続けている様子である。

 

「あの者達を見て、どう思う」

 

「主様の家族だと聞いているであります」

 

「まさか、この島の住民は……」

 

「あり得る話だ」

 

アーサーが話してくれるのだが、ニャームコ博士の実家は、いわゆる実業家だという。E国では古くはジェントルと呼ばれた階層で、今でもビジネスで大きな力を持っているそうだ。

 

だが、その資産家としての実家は、ニャームコ博士とは完全に縁が切れていて、ビジネス的にもつながりが無いらしい。何でもニャームコ博士と他の兄弟は犬猿の仲どころか、互いを人間として認識していないほど嫌いあっていたそうだ。

 

しかも、今その実家は大変な落ち目で、その一方でニャームコ博士は特許の数々で、島を私物化できるほど儲かっている。

 

「あまりこういう話はしたくないが、今回はそのニャームコの家族が、裏で糸を引いているという線も考えられるのだ」

 

「……」

 

スペランカーは、良い母親たろうと思っている。

 

だが、家族のことは、あまり信頼していない。母にネグレクトされ、幼い頃飢餓地獄の中で何万回と餓死を経験したから、かも知れない。プラスチックまで飲み込んでいたと、後で医師に聞かされた。

 

父のことは、この体を覆う厄介な呪いのこともあって、複雑である。いずれにしても、無制限の愛を返せる相手かと言われれば、そうではない。

 

だから、ショックでは無かった。

 

「元々E国は、残虐なヴァイキングの子孫達が興した国だ。 大航海時代の蛮行と言い、紳士の国などと言うのは近年作られたお題目に過ぎぬ。 紳士である事を喧伝していたジェントル階級も、結局は同じと言う事だな」

 

「アーサーさん」

 

「すまなかった。 でも、E国にも良いところはたくさんあるのだ。 今度来てくれたら、我が輩が愛を捧げるプリンセスと共に、観光名所を案内しよう」

 

何度か階段を上がると、広い部屋に出た。

 

天井が硝子張りになっているのだろう。明かりがさんさんと降り注いでいる。それだけではない。開放的な空間は空気までもが澄んでいて、美しい光の中、神秘的なまでの世界を作り出していた。奥は数段だけの小さな階段があり、其処に狭い足場がある。

 

そして、其処に。

 

鼠の人形があった。

 

マネキンのように立ち尽くすそれは、足下に何かコンピューター制御の機械と、カメラがあるようだった。

 

マッピーが歩み寄ると、それが作動。

 

人形は、堅い動作で、マッピーから正面をそらした。マッピーが肩を落とす。

 

「マピコは、本官が満足できるものを持ってきていないから、振り向いてくれないのであります」

 

歩み寄ると、思ったよりずっと人形は精巧に出来ていた。

 

ガチン、ガチンと音がしている。足下の台座部分が音を立てているのだと分かった。コンピューター制御で、マッピーの全体を映し出しているのだろう。そして、持っているものを確認して、人形を反応させているのか。

 

別に、専門家では無いスペランカーでも、一目で分かる。そして、うすうす、分かってきた。

 

ニャームコ博士が、一体此処で何をしているのか。

 

否。

 

マッピーとミューキーズを使って、何をさせているのか。

 

涙がこぼれてきた。

 

これは、あんまりだ。

 

マッピーは、自分を市民の安全を守る警官だと、誇りを込めて言っていた。婚約者のために、薄給を削って、頑張っているとも言っていた。

 

「どうして、泣くのでありますか」

 

「外で話そう。 此処は狂気が濃すぎる」

 

まだ、マピコは音を立て続けている。

 

マッピーにそっぽを向いているのが、悲しくてたまらないとでも言うかのように。

 

外に出ると、アーサーは照明弾を打ち上げた。何発かだが、それは全てが暗号になっている様子だ。夜では無いが、緊急時には昼にも打ち上げるのだろう。まあ、その辺りは、スペランカーにはよく分からない。

 

返答が来る。それを読んだのか、アーサーは疲れ切ったため息を漏らした。

 

「やはりな。 この島に、生きた人間はニャームコ博士しかおらん。 残りは全て精巧に作られたアンドロイドだったそうだ」

 

「……悲しいです。 ニャームコ博士、どれだけの孤独の中にいたんだろう」

 

「学生時代も、友と言えるものは我が輩しかいなかった。 大人になってからも、ただ孤独に研究を続けていたのだろうな」

 

だから、ロボットのAIに関しては、世界のトップを行く技術を開発できた。その孤独が故に、天才は際限なく伸びたのだ。

 

だが、それが故に。

 

闇も深く強く、凝りとなって、博士の心に降り積もっていったのだろう。

 

意を決すると、スペランカーはマッピーに言う。

 

「マッピーさん」

 

「何でありましょうか」

 

「心を強く持って聞いて」

 

「もはや、覚悟は出来ているであります」

 

だが、マッピーは、鼠の顔に、悲しみをはっきり浮かべていた。

 

悟っているのだろう。マピコを見たスペランカーとアーサーの反応から、全ての真実を。

 

何度も、言葉を飲み込む。

 

人間を拒絶した孤独な博士が作り上げた理想郷。そこで繰り広げられていた、狂気の宴が、この島の全て。

 

それがまだ、何を目的としているのかは分からない。

 

「マッピーさん、貴方は、それにミューキーズ達も、貴方がニャームコと呼ぶ存在も、それに貴方の婚約者であるマピコさんも、みんな、みんな……」

 

言葉が続かない。

 

相手が生き物であろうがなかろうが、関係ない。

 

こんな残酷な現実を伝えなければならないのは、胸が痛む。

 

「みんな、ロボットです。 みんな、ニャームコ博士が作った舞台の上で、彼の作り出した筋書き通りに、ずっと踊り続けていたんです。 ミューキーズが盗賊団だというのも、貴方がお巡りさんだというのも、貴方のマピコさんへの思いも、全てが作り物だったんです」

 

マッピーの目が、やはりそうなのかと、絶望を湛えた。

 

しばらく空を見上げたマッピーは、鋭い悲鳴のような声を上げた。それが、絶望の嘆きだと、言われなくても、スペランカーも分かっていた。

 

空にほとばしる、この島の守護者の慟哭は。

 

スペランカーが、腰を落としてマッピーを抱きしめても、止まらなかった。

 

 

 

膝を抱えて座り込んでいるマッピー。かけるべき声が見つからなかった。

 

アーサーが辺りを調べてきた。マッピーが言う中立地帯をくまなく探した結果、興味深い事が分かってきたという。

 

地図を広げるアーサー。リュックは流されてしまったが、アーサーが肌身離さず一つだけ持っていてくれたのだ。どこに入れていたのかはあまり考えたくないが、まあ仕方が無いだろう。

 

ただ、触りたくは無い。

 

「スペランカー殿、これが中立地帯だ。 色を付けてみると、こんな形になる」

 

「なるほど」

 

「そして、此処がニャームコの屋敷。 先ほど聞かされたが、マッピー殿は最初、ニャームコの屋敷でミューキーズと戦っていたそうだ」

 

それは、何だか納得できる話だ。ニャームコ博士が何かしらの実験を行っていたのだとしたら、最初は目が届く場所で、つまりは自らの膝元で行わせたいだろうから、だ。

 

恐らく、マッピーはロボットとして、偽物の記憶を植え付けられたのだ。そして、何かしらの実験を行う贄として、この島でずっと戦い続けている。

 

アーサーが、地図上に、指を走らせた。

 

「このラインを、見て欲しい」

 

「はい」

 

「屋敷の側から、こう中立地帯の線が延びている。 意図的だとは思わないか」

 

「そうですね」

 

こういう話で、スペランカーは頷くしか無い。アーサーも、それは承知の上で、話を進めてくれる。

 

恐らくこれが、ニャームコが移動するための線だと、アーサーが言う。

 

そうなると、島の北端近く。

 

ひときわ大きな中立地帯があるが、それこそが。今、ニャームコが全ての舞台を観劇している場なのでは無いか。

 

不意に、マッピーの持つ無線に連絡が入る。

 

アーサーが頷くと、マッピーはそれに出た。何も無線からは声がしなかったが、マッピーは何度も頷いていた。

 

「ウェスタンランドにて、ミューキーズが暴れているという事です。 本官は、鎮圧に向かわなければなりません」

 

「待って、マッピーさん」

 

「お願いであります。 本官にとって、残っている最後の誇りは、警官として市民を守ること、なのであります」

 

マッピーは、顔をゆがめていた。

 

止めて欲しくない。そう顔に書いてある。悲壮だが、無理も無い。何もかも作り物なのだと言われて、平静でいられるだろうか。

 

認識や観念がおかしかったかも知れないが、接していてマッピーに悪印象は受けなかった。作り物だとしても、マッピーにはきちんとした心があって、優しくて紳士的な存在だとも思った。

 

だからこそに、ニャームコ博士には、問いただしたい。

 

自分の息子達も同様であろうロボット達に、何故こんな酷い戦いをさせ続けているのか。

 

「敵地で戦力を分散するのは愚の骨頂だ。 助太刀する」

 

「私も行きます。 すぐにやっつけて、ニャームコ博士の所に行きましょう」

 

「……騎士殿、スペランカー殿。 先ほどの報告からして、ミューキーズは全ての個体が、ウェスタンランドに集結しているようです。 この隙に、全ての元凶である主様、いやニャームコ博士を止めて欲しいのであります」

 

「駄目だ。 今の貴殿を一人にしたら、何をするか分からぬ。 敵を巻き添えにして自爆でもされたら、勝てる戦いにも勝てなくなる」

 

絶対に生き残ると、マッピーは血を吐くような叫びを上げた。

 

しばらくの沈黙の後、マッピーは立ち上がる。

 

「失礼しました。 本官の誇りに、敵と一緒に死ぬことは含まれないのであります。 それに、一度ミューキーズ達とも、話はしたかった。 この悲劇を、終わらせなければならないのであります」

 

「そうか。 ならば、騎士の誓いでは無く、一人のいくさびととして誓って欲しい。 無理な戦いをせず、必ずや此方の戦いに加勢すると。 そうすることで、この島の平穏は、真の意味で訪れるだろう」

 

「分かったのであります!」

 

「なら、握手して。 私とも、同じ誓いをしよう」

 

握手をするべく、スペランカーは手を伸ばす。

 

躊躇した後、マッピーは鼠らしい、毛だらけの手を伸ばして来た。握手してみると、マッピーの手はとても冷たかった。

 

最初から、彼がロボットであろう事は分かっていた。

 

だが心があっても、体は体。ロボットは、とても冷たいものなのだ。悲しい現実が、其処にあった。

 

アーサーが、握った手の上に、ガントレットを重ねてくる。

 

「この戦いを、今日、終わらせる!」

 

応、と。三つの声が、その場に響き渡った。

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