オールドアクションゲーム二次創作   作:dwwyakata@2024

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食う側と食われる側。

その均衡が崩れたとき。

狂気の存在が牙を剥きます……


3、崩れる均衡

豚人達の村に辿り着いたハリーは、もぬけの空になっているのに気付き、愕然とした。老人や子供さえもいない。

 

粗末な柵で覆われた村に立ち並ぶ家は、原始的な円筒形で藁葺きの作りだ。オモチャのようなそれが建ち並んでいて、本当に雨露だけを凌ぐ作りになっている。これは、外貨を何に換えていたのだろう。ただし、村の規模自体はかなり大きい。前線にある砦以外は、全部の豚人がここに住んでいると調べはついていたが、確かにそれだけの規模はある。

 

監視カメラなどが設置されているが、気にしない。

 

文字通り柵を飛び越えて、村の中に入ったハリーは、倉庫が空っぽになっている様子を見て、非常に嫌な予感がした。

 

此処まで空っぽにして出ているという事は、文字通りの総力戦体勢だという事である。

 

豚人は子供も戦闘に参加すると聞いていたが、プーリャンが何かとんでもない作戦を開始した可能性が高い。

 

見ると、閃光弾が上がっている。

 

あれは、多分川背だ。

 

念のため、村の中を調べる。そうすると、村長宅らしいひときわ大きな家に、国連軍が撮ったらしい衛星写真があった。これは、どういうことか。提供しているという話は聞いていないのだが。

 

プーリャンが持ち帰ったとは思えない。

 

村を出る。

 

急いで川背と合流すべく、走る。

 

ハリーの能力は戦闘向きでは無いし、そもそも重力が非常に弱い此処では、あまり使い出が無い。ただし、移動に関しては、此処では更に実力以上の力を発揮できる。合流したあとは、どうするか。

 

とにかく今は、情報を共有することだ。スタンドプレイに動いている影も合流すれば、行動の選択肢が増え、幅が広がる。

 

木々の間を駆け抜け、飛ぶように走る。

 

フィールド探索者としてはまだ現役だが、しかし基本的に補助要員だ。故に、機動力については、それなりに自信がついてきている。ひときわ高く飛ぶ。ある程度の高さになると、不意に体が重くなる。或いは、この高さまでしか、フィールド内部の異常法則が働いていないのかも知れない。

 

見えた。

 

川背だ。スペランカーもいる。

 

「ハリーさん!」

 

「どうやら、もう始まってしまっている様子ですね」

 

柔らかく着地。

 

ハリーの能力は、落下する際のダメージ封殺。正確には吸収である。これは摩擦などにも応用することが出来、その気になれば壁に張り付くことも可能だ。

 

ただし、このフィールドの、重力の軽減とは相性が良くない。

 

プーリャンは、いない。

 

スペランカーの周囲は、カラシニコフを持った豚人が何名かいる。拘束している様子では無く、見張っているだけのようだ。

 

「主力は」

 

「もう、崖の底に」

 

風船を使って、飛んでいったという。信じられない話だが、まあ此処の特性を考えれば、不可能では無いはずだ。

 

しかし、スペランカーは無抵抗のままでいたわけではないだろう。

 

影が姿を見せる。

 

「ハリーの旦那も一緒か」

 

「情報を整理しましょう」

 

「分かった。 それから動くのが賢明だな」

 

そういえば、一人だけ。

 

カラシニコフを持っていない豚人がいる。女性の戦士だが、険しい顔で、弓を手にしたまま此方を見ていた。

 

 

 

やはり邪神はいるらしいと、スペランカーは影の話を聞いていて思った。だが、それにしては妙なことが多いのだ。

 

確かに邪神達は、人間とは違うスパンで動いている。何十年も掛けて計画を練ったり、気が長いと言うより、おそらくは時間の感覚が違うのだろう。

 

このフィールドが出来たのは三百年前と聞いている。その時からずっと争いが続いているとなると、実験をしているか、或いは。

 

しかし、である。

 

気配を全く感じないのは、どういうことなのだろう。

 

「狼人達は、神に伺いを立てるって言っていたんですね」

 

「ああ、間違いない」

 

「待ちな」

 

女戦士が言う。目には不審が宿っていた。

 

「神さんは、あたしらの味方の筈だ」

 

「どういうことですか? 先ほどのプーリャンさんの話から聞くと、どうも争いをずっと煽っていたように聞こえるんですが」

 

「というか、さっきの宿六の話は初耳なんだよ」

 

周囲の豚人達は、話について行けない様子である。

 

どうも、話がおかしい。

 

「ええと、お名前は」

 

「無いね。 あたしら豚人は、トップとその息子以外は名前が無いんだ。 うちの宿六と、その息子のプーヤンだけが名前を持っているのさ。 どうしても呼びたいなら、一番の射手って呼びな」

 

「分かりました。 一番の射手さん、神様を見たことは」

 

「あるわけないだろ。 少なくともあたしらは、巫女になっている者から託宣で話を聞くんだよ。 その内容も、殆どは狼人族がどう攻めてくるかとか、今年の収穫はどうなりそうだとか、そんなことばかりさ。 そもそも巫女が持ち回りで、決まった場所で神酒を飲んで託宣を出すって内容だけでね」

 

愕然とする。

 

今まで、何度も異星の邪神と接してきたから分かる。

 

彼らは偶像のようなまどろっこしいものは使わない。必要に応じてその存在をどんどん表に出していく。少なくとも、スペランカーが接してきた者達は、皆そうだった。フィールド探索者の存在があって危険だとしても、彼らは身を隠すことは無かったのである。

 

一体プーリャンは、どこでさっきの話を聞いたのか。

 

それが、分からない。

 

崖下で、騒ぎが起こり始めた。

 

「スペランカー先輩!」

 

川背が、声に焦りを込めて叫ぶ。

 

側に駆け寄ると、第二の惨劇が、崖の底では起ころうとしていた。

 

プーリャンが、積み重なった狼人の死体の周囲に、皆を集めている。カラシニコフを持った兵隊達が、プーリャンの演説を聴いていた。

 

「今、儂らの力は、グールどもをしのいだ!」

 

歓声が沸き上がる。

 

カラシニコフやRPG7を天に突き上げ、豚人の若者達は皆大喜びしていた。

 

「儂ら乳に祝福されし民は、今こそグールを倒すことを誓う! そして喰われる者というくびきを外し、真の自由を得るのだ!」

 

「乳に祝福されし民……!?」

 

「あたしらの名前さ。 誰が言い出したのかはわからないけど、多分生まれてすぐに、村の奥で沸く白い液を飲んで育つからだろう」

 

ハリーが眉をひそめる。

 

「ハリーさん?」

 

「例の麻薬の自生地の中心に、妙な泉があります。 それのことでしょう」

 

「それより、止めるなら今です。 飛び降りること自体は出来ますが」

 

「直接連中をたたきのめすのか? 此方に危害も加えていないのに?」

 

川背に、影が皮肉混じりに応じる。

 

これは民族紛争だ。しかも、こっちに対して、豚人は手を出してきていない。

 

フィールド探索者が戦争に関与することは、基本的に許されていない。攻撃を受けた場合反撃をすることは認められているが、彼らは此方に対して、弓矢を向けてきただけだ。

 

崖下では、プーリャンが演説を締めくくろうとしていた。

 

嫌な予感が、最大になる。

 

神の気配は無い。だが、それに似た、何かとてつもなく嫌な空気が、辺りに漂いはじめている。

 

「勝利の前祝いとして! グールどもの肉を、今食う!」

 

「まずい。 止めるよ、川背ちゃん!」

 

「掴まってください」

 

豚は貪欲な生き物だ。

 

死んだ者は、同胞の子供でさえ喰らう。豚人達がそうではないとは限らないと思っていたが、その習性が残っていたか。或いは原始の民達のように、倒した相手の肉を喰らうことで、相手の強さを取り入れようとしているのか。

 

川背が飛ぶ。スペランカーも彼女に掴まって、空に舞った。

 

人を食うことを、由と出来るわけがない。だがそれ以上に、非常に嫌な予感がした。これは邪神の気配に、極めて近い。

 

崖下に、飛び降りる。

 

確かに重力が弱いらしく、いつもの落下よりもずっと風が弱い。これならば、風船を使えば確かに浮き上がれそうだ。

 

少し遅れて、ハリーが着いてきた。

 

影は、此方の様子を一瞥だけすると、姿を消す。多分独自に、何かの目的があって動くのだろう。

 

引きちぎられたグールの腕を高々と持ち上げたプーリャンが、歓声のなか、それにかぶりつこうとする。

 

川背が、ルアー付きゴム紐を投擲。

 

一瞬早く、その腕をはじき飛ばしていた。

 

着地。

 

周囲を、カラシニコフの銃口が取り囲む。だが、待てとプーリャンは言い、スペランカーをにらみつけてきた。

 

「どういうつもりだ、あんさん達」

 

「私、邪神の気配を感じ取ることが出来ます。 今は邪神の気配が無いけど、それに近い感じがあるんです。 凄く嫌な予感。 絶対に、そんなことをしては駄目です!」

 

「何だか知らんが、これは勝利の儀式だ! 今まで儂らは喰われるだけだったが、今度は喰う側に廻る! それを、皆に見せつけなければならん! 邪魔をするな!」

 

「少し落ち着いてください!」

 

ハリーはいない。

 

崖の途中で岩を蹴って、対岸に廻ったのだ。多分今の話を聞いて、狼人の方を見に行ってくれたのだろう。今はとにかく、全く解決の糸口が見えない。ハリーの行動は正しい。何か、ハリーは掴めているのかも知れない。

 

スペランカーの嫌な予感は、ふくれあがるばかりだ。

 

武闘派の川背は、とっくに戦闘態勢に入っている。この間、未来に行ってきたときは、空飛ぶ戦艦を殆ど独力で叩き落としたという彼女の実力は、既に一流どころの名に恥じない。

 

カラシニコフで武装していようが、この人数くらいなら、文字通り鎧柚一触だろう。だが、今は、まだ駄目だ。

 

「蹴散らしますか? この人数なら、やれます」

 

「川背ちゃん、ごめんね。 もうちょっと、話させて。 プーリャンさん、私、多くの恐ろしい異界の神様と戦って来ました。 それで知ったことがあります。 神様が好きなのは、人の狂気なんです。 そして、此処にはそれが充ち満ちていると思いませんか?」

 

「知るかそんなこと! もう引き返せない! それに、此処で全てを変えなければ、何もかもが元の木阿弥なんだよ! 俺たちにまた餌になれっていうのか!」

 

「そんなことは……」

 

悲鳴。

 

辺りが静まりかえる中。

 

プーリャンの後ろで、豚人が一人、奇妙な悲鳴を上げていた。

 

 

 

「やはりな……」

 

ハリーが見たのは、豚人の所にあるのと、全く同じ白濁した泉。グール達の村は、豚人の村と同じように、周囲には麻薬の材料になる植物が密生している。その植物は、全く同じものだった。

 

これでは、まるで双子の山だ。

 

そういえば、おかしな事が他にもある。泉が湧いている位置も、殆ど正対称なのである。これでは、まるで。

 

下世話な想像をして、ハリーは帽子のつばを掴んだ。いくつになっても、こういう想像からは逃れられないらしい。

 

だが、この液体の色と言い、甘ったるい臭いと言い。あまりにも、笑い飛ばすには、無理な条件が整いすぎている。

 

それだけではない。

 

狼人達の幼子を見て確信する。それは、あまりにも異質。そして、ある仮説をハリーに立てさせるには、充分だった。

 

これは、非常にまずい事態かも知れない。さっき影が言っていたが、グール達の長老は、豚人の肉を喰らって一時的に全盛期の力を出すことが出来るという。ハリーの予想が正しければ。

 

あと一つ、確認しなければならないことがある。

 

グール達の集まりは、すぐに見つけることが出来た。さっき神に会うと言っていたと、影は話していた。

 

それならば、もし神がいるなら、此処に現れるはず。

 

だが、そんなものはいない。

 

気配も無い。

 

ハリーも以前、異星の邪神と間近に接し、会話までした事がある。

 

だから、スペランカーほどでは無いが、ある程度は分かる。はっきり確信できたが、多分この山に、異星の邪神はいない。

 

もしも、いるとしたら。

 

「神は言われた!」

 

着飾ったグールの老婆が、よだれを垂れ流しながら叫ぶ。

 

恐らく、麻薬成分のある物質を口にしている。

 

未開民族の祭りでは、よくあることだ。巫女は薬物を口にしてトランス状態になり、お告げを口走るのである。

 

問題は、その口にしている成分が。

 

明らかに、煮詰めたあの白い液体と言う事だ。

 

「豚人共に肉を食わせてはならぬと! 母なる乳の神は、憂慮為されている! 豚人共が我らグールの肉を食うことを!」

 

まずい。既にそれは、起こりつつある。

 

「神よ! 何が起きるのです!」

 

「境が、無くなる!」

 

 

 

影は少し離れて、様子を見ていた。

 

プーリャンの後ろで、こっそりグールの肉を囓っていた個体が、見る間に変質しはじめる。

 

ほぼ予想通りだ。

 

まだいくつか分からない事がある。だが、これでほぼ全てのことが解明できた。

 

シュブ=ニグラス。

 

それが、この二つの山を覆う現象の名前、そのものだ。

 

スペランカーには言っていなかったが、雇い主にその名は告げられていた。ただし、雇い主は、まだ核心が無い様子だった。

 

今回影が出てきたのも、その疑惑を、核心に変えるためだったのだ。

 

スペランカーが嫌な予感がすると言っていたが、あながち間違ってもいない。というよりも、雇い主の予想以上にあの女は出来る。それに、あのハリーという男。どういうわけか、思った以上に優れた調査能力を持っているようだ。あまり長い間放置もしておけない。場合によっては、消す必要も生じてくるだろう。

 

「うあ、おえ、げええええええっ!」

 

「ど、どうした!」

 

豚人の体が、内側からふくれあがり、ひしゃげ、潰れ、はじける。目玉が飛び出し、舌が突きだし、そして厖大な白い霧を全身から吹き出しはじめた。

 

どうしてだろう。

 

その姿は、多数の乳房を持つ、巨大な黒山羊に見えた。

 

黒山羊が、雄叫びを上げる。カラシニコフはその体に半ば取り込まれており、へし折られて潰れていた。

 

豚人達は逃げない。

 

むしろ、ふらふらと、黒山羊の化け物に歩み寄っていく。村長のプーリャンまでもが、である。

 

「川背ちゃん!」

 

無言で、川背が動いた。

 

豚人達にルアーを引っかけ、放り投げる。目にもとまらぬ早業で、次々に吹き飛ばしていく。噂通りの手前だ。相当に強いと聞いていたが、これはまともにやり合ったら影では勝てないだろう。

 

あくまで、まともにやりあったら、だが。

 

そのままだと、ふくれあがっていく黒山羊に取り込まれてしまっただろう豚たちは、次々に空中に投げ出され、崖にたたきつけられ、意識を失った。説明をせずとも、意思が通じている。たいしたコンビである。

 

プーリャンだけは、頭から地面に落ちたが、意識がある様子だった。彼は呆然と、変質していく仲間を見つめていた。

 

「なんだ……あれ……」

 

「先輩、あれは」

 

「ううん、神様じゃ無い」

 

スペランカーが、おかしなことを言う。あれはどうみても異星の邪神だ。しかし、スペランカー自身の表情をのぞき見る限り、嫌な感じはしているようだ。

 

これは、分からない。雇い主に報告すべき事かも知れない。

 

やがて、山羊が天に向けて呻く。

 

そうすると、全身から、無数の肉腫が盛り上がりはじめる。そしてそれがはじけると、羊膜に包まれた大きな狼が、続々と現れたのである。

 

降り立ったのは、豚の女戦士。唯一無事だったゴンドラから降りてきたのだ。上では子供達がリールを巻いていた。

 

手には、昔ながらの弓矢。

 

その目は、怒りに燃えていた。

 

「どきな、宿六」

 

「お、お前」

 

「一つだけ聞く。 プーヤンをどうした」

 

「……あれは、神に」

 

神、だと。何を言っている。

 

そういえば一つ分からない事がある。この理想を見失った男に、誰が真実を告げたのか。影の雇い主以外の誰かが、動いているという事か。

 

分からない。

 

ただ、はっきりしているのは。

 

充分なデータを、これからとることが出来ると言う事だ。

 

それには、邪魔を排除しなければならなくなった。

 

舌打ちする。

 

そして、影は立ち上がった。

 

 

 

狼たちは、スペランカーにも川背にも、目もくれなかった。

 

まるで夢遊病のような足取りで、点々と倒れている豚人達へ向かっていく。二足では無く、四足でだ。完全に目の焦点はあっておらず、完全に薬物中毒状態だ。

 

何となく、分かってくる。

 

この山の、フィールドの正体が。それは神では無い。恐らく、もっともっとおぞましいものだ。

 

女戦士が、動く。

 

彼女が放った矢が、狼を撃ち抜く。悲鳴も上げず倒れた狼だが、すぐにまた起き上がり。のろのろと動き始めた。

 

心なしか、その動きは、徐々に速くなってきている。

 

「けが人をゴンドラに! あたしが時間を稼ぐ!」

 

「分かりました!」

 

いわゆるロングボウを女戦士は使っているが、速射をすれば腕への負担だって大きいはずだ。戦士の肉体をしているとは言え、限界がある。

 

スペランカーが、手近な豚人に駆け寄り、引きずっていく。川背は冷静に状況を見て、山羊と化した豚人にルアーを引っかけると、伸縮力を利用して強烈な蹴りを叩き込んでいた。

 

頭がへし折れる音。

 

流石にひとたまりも無いだろうと思ったが、甘かった。黒山羊の怪物はふくれあがりながら、更に体積を増していく。折れた首など、気にしている様子も無い。それどころか、徐々に生み出される狼の数が増え、動きも速くなりつつある。

 

それを見て、仮説が核心に変わっていく。

 

川背も、物理攻撃の愚を悟ったようだ。狼を処理する方に回り始めた。

 

「ひいっ!」

 

目を覚ました豚人が、我先にゴンドラに逃げ込みはじめる。リールを巻いて必死に上下を往復させるが、間に合わない。女戦士が次々狼を矢で射貫くが、ほんの一瞬だけ動きを止めるのが精一杯だ。

 

パニックを起こした豚人達は、カラシニコフを乱射しはじめる。

 

だが、狼は撃ち抜かれても撃ち抜かれても、平然と起き上がり、進んでくる。

 

一人が、掴まる。

 

そして、どろどろに溶けながら、狼が無理矢理豚人の口の中に侵入していく。一見すると豚人が喰われているように見えるのだが、逆だ。

 

無理矢理、豚人が、狼を喰わされている。

 

そして、狼一匹が、まるまる豚人の体に、納まってしまった。白目を剥いて泡を吹いていた豚人が、ふくれあがっていく。

 

もはや、助からないのは明白だ。

 

触手を伸ばした山羊が、その膨らんだ肉塊を取り込む。

 

見る間に大きくなっていく山羊は、体の下に無数の足があった。

 

「先輩、あれは」

 

「神様じゃ無い」

 

違う。もっとおぞましいもの。

 

多分、生きた自然現象。

 

それには魂もなければ、意思もない。つまり、スペランカーの必殺武器であり、数多の神を倒してきたブラスターが通用しない。

 

どうすればいい。

 

また豚人が、一人掴まる。逃げ惑いながらカラシニコフを乱射している豚人が、フレンドリファイヤを起こしてしまう。頭を打ち抜かれた豚人が、その場で無数の狼に集られた。

 

死体でも、良いらしい。

 

見る間に、ふくれあがっていく肉塊が、パニックを助長する。

 

川背が一人を掴むと、崖にゴム紐を引っかけ、自ら跳んだ。ゴンドラを待つより、その方が早いという事だ。

 

戻ってくる。

 

ゴンドラは必死に往復しているが、狼の数は増えるばかり、山羊は大きくなる一方だ。女戦士は必死に頑張っているが、このままではまずい。

 

スペランカーは、あまり頭が良くない。

 

難しいことは、分からない。

 

だが、一つはっきりしていることがある。このおぞましいものは、存在の形成過程にあるものだ。

 

それなら。対処は、可能かも知れない。

 

「先輩!」

 

「残るよ。 お願い」

 

「分かりました!」

 

また一人、川背が豚人を掴んで、跳んだ。

 

 

 

ハリーは、立ちはだかる影を見て、拳銃に手を伸ばした。

 

勝てる相手だとは思えない。

 

だが、分かっていたのだ。恐らくこの男が、立ちはだかってくることは。目的が違うのだから、当然とも言えたが。

 

狼人達を説得した。祭りの最中に乱入してきたハリーに彼らは憤ったが、ただならぬ気配である事は分かっていたのだろう。そして、説明を受けて、彼らは渋々ながら、協力を承知してくれた。

 

分かっていたのだ。

 

この時点で、多分影が、此方とは違う目的で動いていることは。

 

「悪いが、この先には行かせられない」

 

「何故かね」

 

「利害が一致しないから」

 

「やはりそうか」

 

会話は短い。

 

影は、忍者と呼ばれるタイプのフィールド探索者の中では、さほど強い方では無いと聞いている。それでも刀や手裏剣を巧みに使いこなし、更には秘術の類も有しているはずだ。そうでなければ、文字通りの人外の地であるフィールドで、生き残ることなど出来ない。

 

「どういうことだね」

 

いぶかしげに言うグールの長老に、いきなり影は手裏剣を投げつけた。それは瞬時に巨大化し、人体よりも更に大きくなって、グールの長老の肩を深々と抉った。

 

悲鳴を上げて倒れるグール長老。

 

殺気立つ狼人達。

 

印を組む影を見て、ハリーは思わず、全力で跳躍していた。

 

だが、遅い。

 

全身を、凄まじい音の壁が張り倒した。

 

この能力は、何だ。手裏剣が巨大化したものと、同じ技か。

 

地面にたたきつけられる。だが、直撃は避けた。周囲の狼人達は、皆耳を押さえて悲鳴を上げている。

 

つまり、跳んでいなければ、そうなっていた。

 

「思ったよりもやるな」

 

「どういう能力だね、それは」

 

「言うと思うか? 漫画じゃあるまいし」

 

それはそうだ。

 

驕った奴はべらべら喋ったりするのだが、流石に本職。音は更に酷くなり、耳から血を流して苦しんでいる狼も多い。ショック銃の安全装置を外し、引き金を引く。ひょいと首を傾けるだけで、高圧電流をかわしてみせる影。多分電流そのものをかわしたのではなく、引き金の動きと銃口から、軌道を見切ったのだろう。

 

だが、音が、一瞬止まる。

 

走る。体当たりを仕掛ける。体格はハリーの方が恵まれている。だが、瞬時に対応され、避けられた。

 

そればかりか、足払いを掛けられる。

 

だが、それを待っていたのだ。

 

ハリーの足に、影の足が張り付く。

 

ハリーの能力は、重力に起因する衝撃の吸収操作。それは、重力が関係した摩擦を操作する能力にもつながっている。こういった物理的な動きには重力が関与している。一瞬だけ、影の動きを止めるには充分だ。

 

「取り押さえろっ!」

 

叫ぶ。

 

グール達が、一斉に影に飛びかかった。

 

だが、グール達が組み伏せるより先に、影は高々と飛び上がり、枝に乗っていた。非常識な動きである。忍者では無く、ハリウッド映画のニンジャのようだ。

 

「どうやら近接戦はリスクが大きいな」

 

音を使ってこない。

 

という事は、あの能力は、かなりリスクが大きいと見た。

 

「此処は私が防ぎます。 みなさんは、ばらばらに散って、崖に向かってください」

 

「勝てるとは思えんが……」

 

「何とかして見せますよ」

 

この命、スペランカーに拾って貰ったものだ。

 

彼女なら、この状況、何とかしてくれる。そう、ハリーは信じる。

 

だから、此処で、命を賭けて、足止めも出来る。

 

影が此処で邪魔に出てきたという事は、狼人達に辿り着かれるとまずいし、真相に気付いたハリーがスペランカーにそれを伝えるのが好ましくないという意味でもある。

 

ブラフを、仕掛ける必要があった。

 

手裏剣が飛んでくる。

 

木を真っ二つにしながら迫る巨大な飛び道具。飛んでかわした先にも、もう一つ。

 

体に突き刺さる瞬間、摩擦をコントロール。わずかにダメージを減らすが、それで充分。こういう精密な武器は、ちょっとした乱れで全く動きを変えてしまうのだ。

 

はじかれて跳ぶ手裏剣。

 

だが、盛大に血をしぶきながら、ハリーは別の木に隠れた。

 

「一つ聞いても良いですか?」

 

「何だ」

 

「豚人と狼人グールは、同じ種族ですね」

 

「ほう……」

 

殺気が強くなるのが分かる。

 

周囲に、もう狼人達はいない。

 

「狼人達の子供を見ていて思ったのですよ。 豚人の子供達と同じ。 むしろ、人間に近い姿をしているとね。 しかし、此処から、食料に差異が出てくる」

 

「それで」

 

「狼人達は、豚人の肉を食べて成長する。 その結果、あのような姿になる」

 

最初は、あの白濁した液を飲むことで、彼らは豚のような姿に変異するのだ。だが、ここからが違う。

 

豚人の肉を食べると、狼人になっていくのだ。

 

間違いない。

 

生物濃縮だ。あの白い液体が、元々同じ種族を、変えてしまうのだ。最初は豚のように。より圧縮されたものを体に入れれば、やがて狼に。

 

そして、その狼を、豚が食べれば。どういうことになるか。

 

拍手がした、その瞬間。

 

再び、音の壁に張り倒される。木を盾にしていなかったら、即死していたかも知れない。既に鼓膜は殆ど破裂してしまっていて、良く耳が聞こえなかった。

 

「正解だ。 ならば気付いているのだろう。 狼人族と豚人族の住んでいるのが、乳の両房だと言う事にも」

 

「やはり、そうでしょうなあ」

 

けらけらと笑う声。

 

殺気が、更に強くなってくる。そんなことを言うということは。

 

ハリーを、本気で殺す気になったという事だ。

 

そうでなければ、相手にヒントなど、与えるわけが無い。

 

だが、ハリーとしてはこれで良い。それに、影の能力についても、だいたい見当が付いた。

 

次が、勝負になる。

 

勝てないにしても、動きだけでも止める。

 

来た。巨大な手裏剣。最初のを横っ飛びで避ける。本命が来る。手裏剣。必殺の間合いで、斜め上から、降ってきた。

 

木に、手を突く。

 

真横から倒れた木が、手裏剣を押し倒す。

 

重力のダメージを軽減吸収する能力は、こんな応用も可能だ。木に掛かっている重力の、物理的な摩擦のバランスを崩したのである。

 

影の能力は、恐らく投擲したものの巨大化。

 

それはおそらく、音も可能。しかし、連続して使うことは出来ない。

 

影は、どこにいる。

 

反射的に、横っ飛びに飛び退く。至近、真後ろから、刀を横殴りに振るってきていた。一瞬でも遅れれば、頸動脈に刃が食い込んでいただろう。

 

さっきの、近接戦闘はしないという言葉自体が、ブラフだったわけだ。

 

無言で、ショック銃の引き金を引く。

 

膨大な電流が、影の体をかすめた。残像を抉っただけだ。とどめとばかりに、体勢を崩したハリーに、影が巨大手裏剣を投げつけてくる。

 

肩に突き刺さり、横転。

 

視界を遮るようにして、上から落ちてきた影が、刀を振り下ろしてくる。

 

此処だ。刀を避けず、ショック銃の引き金を引いた。

 

 

 

数人の豚人が、狼を無理矢理喰わされ、異形になり、取り込まれていった。

 

ゴンドラの至近にまで、既に山羊の触手が迫っている。そして、山羊から生み出された、狼も。

 

スペランカーは、呼びかける。

 

山羊になってしまった者達に。自分をむしろ、避けて動いているかのような山羊に。

 

「貴方は、誰? どうしてこんな事をするの?」

 

山羊は応えない。

 

ただ、叫ぶ。

 

不意に、墜ちてくる巨大な岩が、山羊を押しつぶした。

 

むこうがわの崖の上に、狼人の群れが見える。彼らが、必死に押しているのは、巨大な岩だ。

 

かってゴンドラを潰すために落としていただろう岩が、山羊を文字通り叩き潰す。だが、ぐちゃぐちゃに潰されながらも、即座に山羊は再生を開始する。

 

しかし、狼の動きは、鈍る。山羊に連動しているのか。

 

「今です! 僕に掴まって!」

 

狼に纏わり付かれ、今にも無理矢理喰わされそうになっていた豚人が、必死に川背にしがみついた。そして、川背が跳躍して、崖上に運ぶ。

 

ゴンドラが、降りてきた。我先に飛び込む豚人達。

 

だが、まだかなりの人数が残っている。

 

そして、次々墜ちてくる岩に対して、山羊が驚かなくなったのか。狼の動きも、また早くなり始めていた。

 

明らかに、徐々に進化してきている。

 

「プーリャン! 腹黒豚よ、良く聞け!」

 

「おのれ、狼人! 貴様ら、この結末を知っていたか!」

 

「黙れ宿六!」

 

女戦士が、プーリャンを殴りつけた。

 

豚人達を満載したゴンドラが上がっていく。ワイヤーがぎしぎし鳴っていて、限界が近いのが分かった。

 

「お前達が、倒した我ら同胞を喰らおうとすることは分かっていた! それによって、境界が無くなると、神は言われた!」

 

「この化け物のことか!」

 

「そうだ! お前達は、ずっと続いてきた、食物連鎖の関係を崩した! その結果、悪しき神が具現化しようとしている! シュブ=ニグラスが!」

 

それが、この神様の名前か。

 

だが、まだ神様じゃ無い。だから、ブラスターで、打ち抜くことも出来ない。

 

あと少し、何かが足りないのだ。

 

「儂は聞いたぞ! そのシュブ=ニグラスとやらが、この食物連鎖を作った張本人だと!」

 

「ある意味では、そうかも知れぬ。 なぜなら、この二つの山こそが、シュブ=ニグラスそのものだからだ!」

 

「な、なんだと……!」

 

「お前に誰がそんなことを吹き込んだかは知らん! だが、お前は最悪の方法で、均衡を崩した! もはや神の具現化を止めることは出来ん!」

 

墜ちた岩を、シュブ=ニグラスが押し返す。

 

巨大すぎる質量に成長して、もはや岩程度ではどうにもならないのだ。

 

ゴンドラが降りてきて、豚人達を収納する。

 

だが、もうこれが限界だ。

 

二人くらい、足りない。

 

女戦士は、無言で残る。プーリャンは、行けと、一言だけ言った。

 

ゴンドラが上がっていく。

 

プーリャンは、上がっていくゴンドラを見送りながら、カラシニコフを投げ捨てた。こんなものと、呟いているのが聞こえた。

 

女戦士が、至近に迫る狼を、次々に矢で射貫く。

 

だが、もう矢筒は、空に近かった。

 

川背が着地。

 

ゴム紐をふるって、至近の狼を薙ぎ払う。だが、時間稼ぎにしかならないのが、明白だった。

 

「スペランカーとか言ったな! あんたに頼みがある!」

 

「! プーリャン、さん」

 

「儂は誤った。 だが、一つだけ、希望を知ってる。 今しか、それは出来ない!」

 

川背が、女戦士を掴んで跳ぶ。離せと、女戦士が叫んでいるのが聞こえた。それはすぐに、崖上に遠ざかっていく。

 

「あんたは、神を殺せるんだろう!? 儂が、これから、此奴を神にする! だから、殺してくれ!」

 

「馬鹿なことをしては駄目ですっ! 早く逃げて!」

 

「もう、逃げても同じだよ」

 

山羊の成長スピードは、確かに尋常では無い。

 

まもなくこの崖を覆い尽くし、山を丸ごと二つ、飲み込んでしまうだろう。

 

その後はどうなるのか。

 

今は、スペランカーを避けるように動いているこの山羊も、やがて山二つを覆うほどに巨大化したら、周囲の人間を片っ端から襲いはじめるかも知れない。

 

「グールの長! もう、戦いは止めよう! こんな事が起こるのに、まだ茶番の殺し合いを続けるつもりか! お前達の狩は、こんな事のためにしていたのか!」

 

プーリャンが叫ぶ。

 

狼人達も、顔を見合わせている。勿論、そんな都合の良い話は無いと、憤っている狼人も、かなりいるようだ。

 

プーリャンが、顔をぬぐう。

 

覚悟を決めたのだと、スペランカーには分かった。

 

「その代わり、儂が全ての責任を取る! この命を化け物にくれてやる! だから、話を聞いてくれ!」

 

「……承知した。 もしも神が怒りを静めたのなら、この歪んだ戦いを、終わりにしよう」

 

狼人達が、連続して岩を落とす。

 

それが、プーリャンの前にいた狼たちを、次々に押しつぶした。

 

道が、出来る。

 

スペランカーには、何も出来ない。

 

今は、まだ。

 

 

 

女戦士は、崖上に上がると、仲間から矢筒を受け取った。

 

そして、ゴンドラに乗り込む。

 

「降ろしな」

 

「で、でも!」

 

「うちの宿六が、責任を取ろうとしてる! 妻として、最後くらいは、手伝ってやらないとね」

 

子豚たちが、ゴンドラのリールを操作しはじめる。

 

女戦士に、名前は無い。豚人の子供として生を受けてから、ずっとそうだ。幼い頃から戦士としての特性を見極める訓練ばかりを行い、毎日弓矢ばかりを触っていた。

 

やがて、当時はまだ名前を持たなかった宿六と、婚姻が決まった。程なく宿六は次代の村長に決まり、プーリャンという名前を持つようになった。

 

婚姻は、戦士としての力量が殆ど同じだった、というのが理由だ。だが、正直、女戦士はプーリャンが好きでは無かった。正々堂々を好む女戦士と違い、プーリャンは搦め手や策略が大好きだったからだ。

 

それでも、プーヤンが生まれた頃は、まだ幸せだった気がする。

 

おかしくなり始めたのは、その後くらいからか。

 

外貨の獲得については、女戦士が生まれた頃から、既に始まっていた戦略だった。だが、プーリャンは麻薬の原料になる植物を売りさばき、村人達の一部を抱き込んで、なにやら画策をはじめたのである。

 

生活が良くなってきているから、誰もがそれに文句は言わなかった。

 

昔は皆裸で生活していた。だが、確かに外から入ってくる衣服が着心地が良かったし、食べ物だってとても美味しかった。

 

だが、それでも。

 

女戦士は、何処かできな臭いと、ずっと思っていたのだ。

 

それに、麻薬の原料になる植物と言われても、何のことか分からなかった。外でどんなふうに使われているのかも。

 

やがて、真相を知ったとき、女戦士は愕然とした。

 

見たことも無い恐ろしい武器。試射を見るだけで、それが今まで知っている武器とは、根本的に次元が違う存在だと、即座に理解できた。殺傷力があまりにも高すぎる。これを使って、今までの戦いを終わらせるのだと、宿六は言った。

 

確かに、今までの戦いで、多くの戦士達が死んだ。

 

どんなに力のある戦士でも、狼人に迫られるとひとたまりも無かった。間近のゴンドラが狼人達にとりつかれ、悲鳴が上がる中、引きずり出される同胞。必死に矢を放って助けようとするも、どうにもならない現実。

 

無力感に泣いたこともあった。

 

だから、全力で反対は出来なかった。実際、女戦士の兄弟姉妹も、多くが狼人に、目の前でむさぼり喰われたのだから。

 

だが、その結果がこれだ。

 

古参の、掟を重視する戦士達が、結局は正しかったのだ。

 

しかし、その古参の戦士達も、夫に皆殺しにされてしまった。最後まで反対していたからだ。

 

均衡を崩すと、大きな災いが起こる。

 

その言葉は、正しかった。

 

夫の悲しみも、分からないでも無い。夫は若い頃から、鬼のような戦いぶりで知られていた。

 

その裏には、家族が狼人との戦いで、皆殺しになったという過去があったのだ。

 

延々と続く戦いに、確かに嫌気がさしている一派の気持ちも、よく分かった。事実、女戦士だって、何処か間違っていると、いつも感じていたのだから。

 

今は、夫の最後の覚悟を、見届けたい。

 

ゴンドラを下げる。狼人では無く、意識も無ければ意思もない狼の群れが、此方に気付く。そして、呻きながら、無数に群がってくる。

 

矢を放つ。

 

走る夫の道に立ちふさがる狼を、片っ端から射貫く。

 

何をするつもりなのかは分かっている。夫の手には、代々の村長に受け継がれる宝がある。

 

子供に飲ませる乳を煮詰めて煮詰めて濃縮した、白い塊。

 

神の魂と呼ばれる、秘石だ。

 

狼人も、戦いに参加している。岩を投げ落としては、群がり生まれ続ける狼の群れを、叩き潰している。

 

夫が走る。元は戦士で、今でも能力的には充分に現役なのだ。

 

スペランカーと言ったか。あの異国の女は、化け物を至近で見上げている。ぼーっとしているのではない。アレは機会をうかがっているのだ。

 

戦士だから、分かる。

 

あれがひ弱そうでも、実は相当に修羅場をくぐった、猛者なのだと。

 

ゴンドラに、狼が飛びついてきた。窓をこじ開けようとしている。

 

その上に、全体重を乗せて、川背という女が着地。狼は悲鳴を上げながら墜ちていき、地面でトマトのように潰れた。

 

川背はと言うと、狼を落とした瞬間、伸び縮みする変な紐をゴンドラに引っかけて、自分は助かっている。たいした手並みだ。

 

「悪いが、宿六の突入を手伝ってくれるかい」

 

「あれは、何をしようとしているんですか」

 

「化け物は、神になっていない。 魂を帰すことで、神にしようとしているのさ」

 

「! それならば、喜んで」

 

やはり、それが勝機につながっているのか。

 

また弓を引き絞り、女戦士は矢を放つ。今は、行方不明の息子のことよりも、夫がやり遂げることに、全てを集中しなければならなかった。

 

 

 

走る。

 

プーリャンは、走りながら、懐から秘石を取り出した。

 

あれを、山羊に直接叩き込む。だが、それだけでは、駄目だろう。

 

分かっている。

 

よそから来た予言者とやら。奴が全ての始まりだった。

 

最初、プーリャンはこんな呪われた土地から出ようと思っていた。外の人間より腕力もあるし、何しろ修羅場をくぐり続けてきた。だからやっていけると思っていた。

 

だが、山から出ようとした、その時。そいつに出会ったのだ。

 

それは人間だったが、どうも雰囲気がおかしかった。得体の知れない力を秘めていることが、一目瞭然だった。

 

奴は教えてくれたのだ。

 

この二つの山が、呪われた場所だと。狼人は、豚人をただの狩りの獲物だとしか思っていないのだと。それは遙か昔に、此処に降臨した神が、そうしむけたから、なのだと。

 

絶叫した。

 

そんなことのために、優しかった家族は、皆殺しにされたのか。

 

永遠に続くかと思われた殺し合いは、そんな訳の分からない事で、今後も続かなければならないのか。

 

何が神だ。

 

解決方法は一つしか無い、と思った。

 

だから、外貨を稼いだ。異国の武器を、散々仕入れた。

 

そして、狼人共を叩き潰すことに成功した。

 

しかしプーリャンも知らなかったのだ。同胞の肉を喰らうことは最悪の禁忌とされていたが、その理由を。

 

前後左右から、無数の狼が飛びかかってくる。

 

妻の矢が、その半数ほどを立て続けに薙ぎ払った。だが、残りは、避けきれない。

 

だが、一閃したゴム紐が、狼共を打ち払う。川背という女だった。

 

「ありがとうな。 美味かったぜ、あの料理」

 

「……また、食べに来てください」

 

「ああ、来世でな」

 

走る。

 

見えてくる、巨大な肉塊。もはや山羊の頭が十も二十も生えていて、訳が分からない怪物へと育ち上がっていた。

 

白石を抱きしめたまま、プーリャンは怪物の体を駆け上がる。

 

見つける。ひときわ肉が濃そうな、活発に蠢いている所に、白石を突っ込んだ。

 

さあ、呪われた神よ。

 

今、儂を喰らえ。

 

そして、一緒に行こう。

 

地獄へ。

 

あっちでは、息子も待っている。寂しくは無いだろう。

 

 

 

分かる。

 

邪神が、生じる。

 

正確には、ずっと眠っていた邪神が、目覚めたのだ。

 

スペランカーは、目の前にいる巨体に、ブラスターを向ける。そして、叫んだ。

 

「貴方の名前は!」

 

「シュブ=ニグラス」

 

「何故、このような悲劇を」

 

「私は、夫の求めるまま、この土地に来た。 そして、夫が言うまま、実験を行うことにした」

 

それは、生物兵器の実験。

 

シュブ=ニグラスは、意識がもうろうとしているのか。夫が望んだ作業を行うのだと、うわごとのように繰り返した。

 

この世界の人間は、非常に強力な力を持っている。だから、制御するために工夫が必要だと。

 

だから、効率よい制御のため、喰う喰われるの関係を構築した。

 

それだけではない。

 

「私の体自体も、山に隠した。 喰らいあい、互いを高め合うほどに、私の肉体として還元されるように」

 

「な……」

 

「私こそ、夫が理想とする生体兵器になる。 そのために、この山の豚と狼どもは、私の改造を受けた。 私の乳には、人の要素が含まれている。 これで育てば、最初豚人になる。 豚人を豚人が喰らえば狼人になる。 そして狼人を豚人が喰らったとき、私が生まれる。 以前より強く強くなった、私が」

 

今まで、それを七度繰り返した。

 

そう、シュブ=ニグラスは言った。

 

「食物連鎖の掟を覆したときこそ、その強さは頂点となる。 毎回、私は、力を増してきた。 かって、力が弱く、夫に庇護されるだけだった私だが。 もう他の神々に恥じない力を手に入れたはずだ」

 

確かに、シュブ=ニグラスの力は凄まじい。

 

ものすごい力の波動を感じる。今までスペランカーが見てきた邪神達と比べても、遜色ない。

 

「そして、今、私は……」

 

声が止まる。

 

何故か、シュブ=ニグラスは、喜んでいない様子だった。その理由は、スペランカーには分かる。

 

どうしてだろう。

 

多くの邪神と戦って来たからか。ダゴンを体に取り込んだからか。

 

不思議と、その意思が、理解できるようになっていた。人間とは違うが、同じ部分もある。一部では、人間よりずっと紳士的でさえある。

 

「私は、どうして、悲しいのだろう」

 

「貴方が、悲しみを、見てきたからです。 この戦いは、繰り返された悲しみの連鎖ですから」

 

「そうか。 私は、悲しみを知ったのか。 それで、こうも訳が分からない悲しみに、苦しんでいるのか」

 

ただ、夫を喜ばせたかった。

 

そう告げてから、シュブ=ニグラスはいう。

 

「撃て」

 

「シュブ=ニグラスさん」

 

「私は、どうやら悲しみに疲れたらしい。 また山を覆い尽くして、全てを零にして、豚人と狼人の殺し合いの連鎖を作るのは、もう嫌だ。 私の中には、七つもの破滅の記憶と、それを産むに至った悲しみばかりが蓄積している。 もう、全てが、どうでも良くなった」

 

とても悲しい神だ。

 

スペランカーは頷くと、涙をぬぐう。

 

そして、至近から。ブラスターで、シュブ=ニグラスを、打ち抜いていた。

 

 

 

肩を押さえながら、ハリーは戦場に辿り着く。

 

スペランカーなら、きっとやってくれると信じていた。影に邪魔だけはさせられなかった。

 

おかしなものだ。

 

影は、きっとスペランカーが、真相を知らなければ、邪神に届かないと思ったのだろう。実際には、足止めをしていたのはハリーだったのだと、あの忍者は気付いただろうか。

 

決着は付かなかったが、影は逃れていった。彼は何かフィールド探索社とは別の雇い主がいるようであったが、元々忍者とは、闇に生きる者。ある程度は仕方が無い事だ。

 

崖には、多くの狼人が集まっていた。

 

既に、勝負は付いていた。

 

「神は、滅びたか」

 

「ああ、どうやらそのようだ」

 

「あのような怪物を、神だと我らは崇めていたのか……」

 

戦士としての誇りがあるから、彼らはきっと今まで戦いに身を置いていたのだろう。だが、全てが茶番だったのだ。

 

それに、泉が枯れた今、きっともう麻薬の原料は育たない。

 

狼と豚の争いは、ほどなく終わるだろう。一緒に協力しないと、生きていけなくなるからだ。

 

こうなると、外貨で獲得した武器も役に立つようになる。

 

これだけ重武装な村で、しかも鍛え抜かれた者達がそれを手にしている。麻薬組織の者達も、迂闊には入れない。

 

スペランカーはブラスターを使ったから、完全に止まっている。川背が背負って、運びだそうとしていた。崖下は膨大な腐肉の山だ。しばらくは汚臭が酷いだろう。

 

これ以降は、この山に住む者達の仕事だ。

 

重力も、既に元に戻りはじめている。

 

風船で跳ぶことも出来ないし、崖下に飛び降りれば死ぬ。しばらく、両村の者達は、混乱下で生きなければならないだろう。

 

無線がつかえるようになっていた。川背が、崖の向こうで、此方を見ながら連絡してくる。

 

「感度良好。 川背君、そちらは」

 

「此方も感度良好です。 見て分かると思いますが、邪神の撃破に成功しました。 狼人達の援護を呼んでくれたのは、ハリーさんですか」

 

「はい。 役に立てましたか」

 

「とても」

 

それは良かった。

 

影についても伝える。最初から動きがおかしかったことは川背も感じていたらしい。あとで報告しておくというと、お願いしますとだけ言われた。

 

しかし、影は一体此処で何がしたかったのだろう。調査なのか、それとも邪神の復活なのか。

 

或いは、もっと別の事なのか。

 

狼人の長老が話しかけてくる。

 

「あんたは、少し前から豚人の所に出入りしていたらしいな」

 

「彼らを知るために、です。 外と此処では、あまりにも交流がありませんでしたから」

 

「それなら、我らも頼みたい。 これからは、内にこもってばかりはいられないだろうからな」

 

「分かりました。 私に出来ることであれば」

 

解決、したのだろうか。

 

後味の悪さが残る。邪神が原因でこの争いが続いていたとも言い切れない。最初に関係が構築されたのは事実だが、結局の所、人間の業が戦争を長引かせていたのでは無いのか。

 

それも、今後も、解決に長い時間が掛かるのは疑いなかった。

 

あの様子では、プーリャンの息子も生きてはいないだろう。自分の息子に手を掛けるほどの悲しみと狂気が、この戦いの引き金になったのだから。

 

更に、まだ気になることがある。

 

今回の探索は、どうも編制がおかしいのだ。

 

普通だったら、邪神を撃退する場合、大火力の支援班がつくことがおおい。サー・ロードアーサーなどはその見本だろう。今回は調査が主目的だったとは言え、邪神との交戦も想定されていたはずで、しかも時間があった。

 

何故、こんな火力面では問題があるメンツばかりが集められたのか。

 

「もしかして……」

 

ひょっとすると、何か巨大な闇が、裏で蠢いているのかも知れなかった。

 

崖下に出ていた豚人が、悲しみの声を上げる。

 

あの女戦士も、泣いているのが分かった。

 

きっと、変わり果てた息子が見つかったのだろう。ハリーは帽子を取ると、無言で黙祷した。

 

何ら罪の無い子供だったのに。

 

この山二つに渦巻いていた狂気と因縁に、押しつぶされてしまったのだ。

 

せめて安らかに。

 

そう、ハリーは祈った。

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