オールドアクションゲーム二次創作 作:dwwyakata@2024
フィールドの中に入った途端、流石にこれはじいちゃんも死んだなと、ポポは思った。
幼い頃、じいちゃんは不死身だと、半ば本気で考えていた時期がある。実際問題、巨大な北極グマを、旧式のライフル一丁で仕留めてくる姿を見て、この人に勝てる存在はいるのだろうかと、兄妹同然に育ったナナと、話し合ったものである。じいちゃんの本来の能力は冷気を操作するものらしいのだが、それ以外にも経験の蓄積が尋常では無く、何をさせても超一流だった。
フィールド探索者になってから、上には上がいるのだと思い知らされたが。たとえば、今平然とスノーモービルの先頭の一機の天井で胡座を掻き、遠くを見据えているMのような存在だ。
いずれにしても、この環境は異常すぎる。
特別製の毛皮を二重に着込み、露出を完全にガードしてなお、とても耐えきれない寒気が周囲に渦巻いている。風が非常に強く、常時吹雪いているため、全く視界も確保できない。体感温度も、この様子では-140℃を遙かに下回っているだろう。
「ねえ、ポポ」
「なにさ」
「お爺さま、生きていると思う?」
「ああは言ったが、難しいだろうな。 だけどひょっとしたらって思っちまうな」
足を揃えて、同じスノーモービルの上に座っていたナナに、ポポは応える。昔は生まれた時間が殆ど違わないこともあって、何をするにも似たようなものだったのに。最近はこういう細かい動作にも、男女の違いが現れてきている。
だが、変わらないものもある。じいちゃんを慕っていたことについては、変わっていないはずだ。
もじもじいちゃんが生きているとしたら、どうするか。
此方にしか分からない目印を立てて、ビバークしているだろう。それを発見できたら、生存者を救出できる可能性もある。
物資は、積み込んできてある。
軍用のスノーモービルは、装甲車のような堅牢さだ。いざとなったら、かなりの人数を詰め込んで、脱出できるだろう。
後ろの方のスノーモービルの上には、川背という女が仁王立ちして、手からはゴム紐をぶら下げている。よほどの特殊素材なのか、ゴム紐が凍る気配は無い。
彼奴は、最近一流どころと認められるようになったと聞いているが、確かに戦場での平常心が尋常では無い。
スノーモービル内から声。イヤホンに、無線の形で来る。
「斜面に入ります」
「ああ、分かった」
鷹揚に応える。
突入前、地図を見て、斜面がある事は確認していた。だが、実際にさしかかってみると、かなり強烈だ。吹雪によって、かなり傾斜が変わっているのかも知れない。
突入前にナナと話し合って、じいちゃんがビバークするならどこだろうと、見当はつけてある。四ヶ所にまで絞り込み、それをこれから順番に見て廻る。行くルートについては、ポポとナナが提案したものが、そのまま受け入れられた。
それにしても、凄まじい吹雪だ。ゴーグルは表面が凍らないような素材で作られているのだが、それでも時々雪を払わないといけない。この様子だと、どんな細菌でも、この環境では長時間いきられないだろう。
文字通り、死の世界だ。
「むかし、じいちゃんが言ってたね」
「ああ」
北極は、誰かを拒む世界では無い。
人間だけに厳しい訳でもない。
只ひたすらに、孤高なのだと。孤高であるが故に、周囲など見えていない。それが故に、死の世界なのだと。
北極よりも更に過酷なこの状況は、だがその言葉に通じるものがある。
Mは、ジョーが運転する先頭のスノーモービルの上で胡座を掻いたまま、黙り込んでいた。その体には雪の一片も積もっていない。ふと、その姿は、冷気を操る能力を持っていた、祖父に通じるものがあった。
ポポとナナは、辺境の小さな村で育ったいとこ同士である。とても寒い村で、冬には流氷が流れ着き、吹雪ばかりで、夏はとても短くてあっという間に通り過ぎてしまう。
これといった産業は無く、村のために外に出てお金を稼いでくる者達と、ほそぼそとイヌイットとしての生活を守る者達に、別れて生活をしていた。
西洋風の家も建ち並んでいるが、昔ながらの雪を防ぐための丸い土まんじゅうみたいな家もたくさんある。そんな、時が止まったような、小さな村。それが、色々と複雑な感情がある故郷だった。
そして珍しくも無い事だが、将来の結婚が既に決まっていた。両親が決めた許嫁という奴だ。
幼い頃は、良かった。
そんなことは考えず、仲良くしていれば良かったのだから。
過酷な環境だから、幼いからと言って遊ぶことは許されなかった。小さな頃から、家事の手伝いを叩き込まれ、簡単なものから順番にこなすように求められた。一通り家事が出来るようになると、今度は外での仕事を手伝わされるようになった。
狩猟用のライフルを持たされたのは、ポポとナナがそれぞれ七歳の時。
まずは扱い方から。どういうことをする道具なのか、撃てばどんな結果が待っているか、そして何のために使うのか。
散弾を渡されて、どういう風に獲物をこれが殺すのか、何度も教えられた。獲物によって、どんな弾を使うのかも、仕込まれた。
ホッキョクグマを倒すためには、特殊な弾が必要なのだとも言われた。ベアバスターと呼ばれる大形の銃で、強力な弾を使う。これを喰らってしまうと、体重1トンに達するホッキョクグマでも、ひとたまりも無い。よく熊はライフル弾さえはじくと言うが、それでも人間の文明の前には、無力に等しいのだった。
最初の講師は村一番の漁師と言われる老いた祖母だった。確かに祖母の腕前は凄まじく、三百メートル以内の的だったら、アザラシだろうがホッキョクグマだろうが、必殺必中だった。祖母は枯れ木のように肌がしわだらけで、腰も曲がっていた。だが銃を手にしたときの目つきは凄まじく、幼心に何度も怖いと思ったものである。
一通りの修行が終わって、自分用の銃を持たせて貰ったのは、ポポが十歳の頃。ナナも同じ年で、銃を貰った。
それぞれに技を競い合った。この頃には、既に同じ年で、しかも同じ能力を持っている事が分かったポポとナナは、対抗意識を燃やしていたのだった。だが、不思議と相性が良いのか、一緒にいても不快では無かったが。
この頃だろうか。
たまに、じいちゃんが村に戻ってくるようになったのは。
じいちゃんは、外貨を稼いでくる大人の一人で、村ではあまり好まれていないようだった。だが、静かな雰囲気と、村の大人達とは違う何処か達観したところが、ポポの好きな理由だった。ナナも同じようにじいちゃんが好きだったらしくて、こういう所でも、変な対抗意識が沸いた。
他の小柄な村の大人に比べて、じいちゃんは背も高かった。白い髭を長く伸ばしていて、いつも遠くを見つめていた。あまり多くのことを語ることは無かったが、側にいて不思議と心地が良いのだった。たまに狩も教えてくれた。狩の腕前自体は祖母に劣ったが、じいちゃんの場合は、素手でホッキョクグマに襲われても何ともない圧倒的な強さがあり、安心感が段違いだった。
だから、大好きだった。
ポポはナナと一緒に、じいちゃんが帰ってきたら、何を話すか。いつも決めていたのである。
そして、忘れもしないあの日が来た。
じいちゃんが買ってきたのは、お揃いの木槌。手にしてみると、恐ろしいほど馴染んだ。どれだけ振り回しても疲れそうに無かったし、何より自分の分身と言われれば、なるほどと納得せざるを得ないほどだった。
そして、契約書にサインするように言われた。
ナナと一緒に、並んで自分の名前を、契約書に書いた。
それが、何を意味するのかも知らずに。むしろうきうきして、これからどんな地獄に挑むのかも、分からなかった。
十二歳のその日。
ポポとナナは、晴れてフィールド探索者になったのである。それは社会人になる事と同意だった。正式に大人としても認められたのだと分かって、ポポは驚喜した。ナナはというと、静かに喜んでいた。
この頃には、性格の差がかなり出始めていた。ナナは静かだが、怒り方が怖い。どこかで逆らえないと分かっているのか、手を出されても黙っていることが増えた。というよりも、本能的に悟っていたのだろう。ナナが怒っているときは、ポポが間違っている事の方が多いと。
じいちゃんはその世界でも最大手のN社に所属しているという事で、外貨の稼ぎ手としても村でもトップだった。
両親は、表面上はとても喜んでいた。
だが、すれた子供であるポポは気付いていた。特に祖母は、じいちゃんの事を快く思っておらず、裏では舌打ちしていることを。
恐らく、狩人として、村を支えてきた自負があるからだろう。外で「ちょっと働く」だけで、自分の何百倍も稼ぐじいちゃんのことを、妬ましく思っているのだ。この頃には、何となく気付いていた。外に対する、大人達のねたみとやっかみを。だが、それがどうしてなのかは、実際に外に出てみないと分からなかった。
フィールド探索者になって、最初の仕事は、じいちゃんとナナと一緒にこなした。
酷い仕事だった。
狩をしていて、命が簡単に消えることは知っていた。巨大なホッキョクグマでも、急所にライフルの弾を一発でも貰えば即死することは、連れられていった狩で、何度も見て肌で分かっていた。
それでも、間近で人間が死ぬのは、その日初めて見た。
ベテランのフィールド探索者だったのだが、雲を突くような巨大な人型の怪物と相対して、不意を打たれたのだ。首を一撃でへし折られて、即死だった。じいちゃんがその怪物を打ち倒したときには、既にその人は冷たくなっていた。鼻からも耳からも血が出て、酷い臭いがしていた。
ナナが吐いていた。
ポポも、少し遅れて、それにつられて吐いた。
じいちゃんは、冷たい目をして、言った。
これが、お前達の仕事だ。少しでも油断すれば、お前達もこうなる。そして、化け物どもの餌になる。
それはきっと、生きたままホッキョクグマの餌にされるよりも、とてもつらいことだろう。幼心に、ポポはそう思った。
ごうごうと吹き荒れる吹雪は、更に酷くなる一方だ。Mが能力で多少は寒気を緩和しているようだが、スノーモービルもいつまで動けるか分からない。
毛皮のコートの内側で、イヤホンをしているが。それで直接、ジョーがMと話している内容が聞こえる。
「そろそろ、第一目標点だ」
「了解」
「何とも遭遇しないが、早期警戒は怠るなよ」
「誰に物を言っている」
Mは傲然とさえしていた。その圧倒的な安定感は、さすがは最強の男である。斜面を抜けたスノーモービル四機は、編隊を崩さないまま、更に激しくなってきた吹雪の中、進む。
ふと、温度計を見た。
-80℃程度まで温度が上がっている。Mが緩和を強めているのか。それにしても、北極でも最も寒い地点に匹敵するほどの寒さだが。
「ナナ、何かあるかも知れない」
「分かってる。 もしあるとしたら、何だと思う」
「奇襲だろ。 こんな吹雪だ」
「そうだろうね。 でもこの寒さじゃ、どんな生き物だって生存は無理だよ。 いったいどんな風に奇襲してくるのか、見当も付かない」
こんな所でも、ナナは冷静だ。それが羨ましくさえ思える。
スノーモービルが止まった。
「M、周囲を警戒しろ」
「何か見つけたか」
「島に三つしか無い集落に着いた。 その中でも、一番可能性が高い場所だ。 ポポ、ナナ、聞こえているか」
「感度良好」
ナナが応えた。ポポは巫山戯て返事しようと思ったが、此処で殴られるのはちょっといやだ。
それに、じいちゃんは、仕事場で巫山戯ることを何より嫌った。人が死ぬかも知れない場所は、じいちゃんにとって聖域だったからだ。不思議な話だが、敵に対しても、それは同じであったらしい。茶化すと、本気で怒ったものだ。じいちゃんがいるかも知れない場所で、それは避けたかった。
誰よりも、大好きな人だから。
「聞こえています」
「もし生存者がいるとしたら、家の地下だったな。 お前達の能力なら、氷を砕いて中に入ることも可能だろう。 最初に、いそうな家から調べて見ろ。 生存者を発見できるような能力の持ち主は」
「私が出来ます!」
可愛い声がした。たしかサヤとかいう、あの司会をしていた女の子だ。
どちらかと言えば小柄なイヌイットのポポは、外では女の子に見下ろされることが多かった。それもあって、外の女はあまり好きでは無かったのだが。あの子は小さいこともあって、あまり嫌いじゃ無い。むしろあの巫女装束とかいう服装はとても魅惑的だ。
不意に肘鉄を貰う。
「行くよ」
「分かってるって」
スノーモービルの屋根から降りる。
Mが能力を更に強く展開しているのか、温度計の温度は、-60℃まで上昇していた。これはおそらく、巫女装束とか言うオリエンタルな格好の彼女とか、寒さに強くないフィールド探索者に配慮しての事だろう。
Mは相変わらず、不動の姿勢のまま、遠くを見据えている。スノーモービルに設置された、魔神か何かの像のように。
おっかない奴だが、こんな時だけは、とても頼もしかった。
家々は完全に凍り付いてしまっている。この辺りは北極近いこともあって、非常に寒さに強い建築が採用されているのだが。それでも、全くというほどに無力だったようだ。デッドエアを利用した防寒の仕組みや、大量の雪にも耐える屋根の構造。いずれもを嘲笑うように、どの家も潰されてしまっている。
これでは、中にいた人は、もう氷付けだろう。
サヤという子が、何かオリエンタルな呪文を唱えて、紙切れを飛ばしていた。
だが、しばらくして、彼女は首を横に振る。
「駄目です。 生存者は、いません」
「そうか」
流石のMも、無駄足だったなとか、冷酷なことは言わない。
すぐに次の、可能性がありそうな場所へ行く事になった。スノーモービルの屋根に移るナナを尻目に、ポポはサヤに聞いてみる。
「なあ、あの家だけど。 俺のじいちゃんが住んでたんだ。 その……」
「あの家ですか? ええと、亡骸はないようですけれど」
「え! 本当か?」
わずかながら、希望が出てきた。
不意を打たれたのでなければ、じいちゃんの能力によって、生きている人がいる可能性は否定できない。
何より、じいちゃんは歴戦の猛者だった。
家で寝ていたり、休んでいるところを襲われたので無ければ。
四機のスノーモービルが、菱形の陣形を保ったまま、村を抜けようとした。だが、その行く手に、巨大な影が複数、立ちふさがってきた。
吹雪の中、無数の影が地響きを立てながら、歩いて来る。
こんな環境で、生きていける生物などいるはずが無い。間違いなく、この事態を引き起こした奴か、その眷属だろう。
「ジョー、振り切れそうか」
「やってみよう。 はぐれるなよ」
Mが相手にするなと指示。そのままスノーモービルは旋回して、迫り来る影を無視して、迂回コースで次の村に向かう。
影もこの吹雪で此方を捕捉できないのか、しばらくは定距離を保っていたようだが、降り斜面に此方が入ると一気に引き離された。菱形の陣形を保って、四機のスノーモービルは、島の西側に向かう。
二番目に、じいちゃんがいた可能性が高く、生存者がいるかも知れない場所だ。
集落だが、この島としては珍しくお店の類がある。ナナはいやがるだろうが、確か歓楽街もあった。島に来る観光客を見込んでの場所だったらしいのだが、わざわざこんなへんぴな島に来る人間はあまり多くなく、かなり寂れてはいたが。当然、風俗店もあったようだが、仕事をしていたのはあまり若い女性では無かったようだ。
この辺りは、ナナに隠れて調べた情報である。じいちゃんの所に遊びに来るときに、こっそりパソコンで検索したのだ。
昔は何をするにも一緒だった。
だが、今は、こういう所でも差異が出始めている。
そういえば、最初に男女の差を意識し始めたのは、いつのことだっただろう。
「追いついてきた!」
ジョーの警告に、振り返る。
後ろを見ると、迫り来る影が、いつのまにか速度を上げていた。あまりにも静かだったから、全く気づけなかった。
流石に、この辺りはジョーだ。背中にも目をつけているとしか思えない。
「ちっ。 振り切れそうに無いな」
Mが立ち上がる。
旋回したスノーモービルが停止。ばらばらと、戦闘要員が降りてきた。巨大な人影は、まるで何も気にしていないかのように、むしろ速度を上げてくる。近づいてくると、それが相当に毛むくじゃらで、体型もずんぐりしていることが分かってきた。
やがて、白い吹雪のカーテンを割るようにして、そいつが姿を見せた。
「イタカ!」
誰かが叫ぶ。
身長は五メートルはあるだろうか。人型をしているが、あまり人間に似ていない。大量の毛に隠れている顔は、造形が崩れていて、不気味だった。人によっては、吐き気を催すかも知れない。
目は真っ赤で、どういうわけか足に水かきがある。これほどの寒さだというのに、まったく凍る様子は無い。
ほぼ間違いなく、この事態を引き起こした奴の僕だろう。
数は相当で、十、二十、更に増える。
四方八方から迫ってきているらしく、彼方此方から足音がした。愛用の木槌を構えるナナ。ポポも、それに習った。
「なあ、じいちゃんと最後に行ったフィールドのこと、覚えてるか」
「懐かしいね」
ナナは、たしなめなかった。
きっと、同じ気持ちだったからだろう。
その日も、こんな大吹雪だった。そして、その日。
じいちゃんは大けがをして、現役を引退する事になったのだ。
川背がスノーモービルを止めて、ばらばらと外に出る。スペランカーは一番最後に出た。
どうやら既に周囲は包囲されてしまっている。それだけではない。此処の邪神は、自分の存在を隠そうともしない。よほどの自信家なのか、周囲からは嫌な気配がにじみ出るかのようだった。
雄叫びを上げる、白い巨体。
吹雪の中、赤い目玉が無数に輝いている。近くにいる奴が、巨大な腕を振り下ろしてきた。だが、それをあっさりMが受け止める。見る間に巨大化していくMに、流石に巨大な人影もおののく。
振るわれたMの豪拳が、人型の顔面を爆砕していた。炎を上げながら回転しつつ吹っ飛んでいく人型。吹雪の遙か向こうで、大爆発が起こったらしい。文字通り木っ端みじんだろう。
「叩き潰せっ!」
Mの怒号が、開戦の合図となった。
川背がルアー付きのゴム紐を投擲し、跳躍。迫り来た白い人影の顔面にドロップキックを叩き込む。耐寒スーツを着込んでいることで不安だったのだが、ある程度スピードは落ちているにしても、機動力は充分維持しているようだ。流石である。
スペランカーは辺りを見回して、気付く。
サヤが呪文詠唱をしている所に、音も無くちょっと小さめの一体が、近づいてきている。拳を固めたそいつが、振り下ろしに掛かる。
割って入った。
手を広げて、相手を見る。ぴたりと、拳を止めた相手が、後ずさった。
「オ、オマエ、ハ。 オ、オオオオオオ、オオオオオオオオオ!」
奇怪な叫び声が上がった。
動きを止めたその人型の顔面に、ミサイルが炸裂。吹き飛ばした。頭を失って倒れる人型。後ろで、ジョーが打ち終わったロケットランチャーを捨てていた。
跳躍したポポが、相手の頭に木槌を振り下ろす。同時に、足下を、ナナの木槌が粉砕する。息が合ったコンビネーションである。普段は憎まれ口ばかり叩いているポポと、それに突っ込みとは思えないほど激しい暴力を入れてたしなめるナナという図式があるが。相当に互いを理解していることは、何となく分かる。
サヤが、術式を発動。
辺りを、光の弾が飛び交いはじめる。
吹雪で薄暗かった周囲が、それで戦いやすいくらいに明るくなった。だがそれが故に、分かってしまう。
周囲の人影が、五十を軽く超えている、という事を。
Mが中空に飛び上がり、周囲に火球をばらまく。炸裂した火球が、数体の人型を瞬時に吹き飛ばす。
だが、人型も、黙ってやられてばかりではなかった。恐らく今までは、此方の能力を測っていたのだろう。
反撃が開始される。
人型が手を振ると、もの凄い風が巻き起こった。瞬時にMが展開していた暖気が押し戻される。猛吹雪が更に加速する中、巨体が空に舞う。凄まじい身体能力を生かして、中空に跳躍したのだ。
そのまま、影が飛びかかってくる。
スノーモービルが一機、殺到され、粉砕された。誰かが掴み上げられたらしく、悲鳴が上がる。
大乱戦の中、怒号と断末魔が交錯。更に、敵の数が増えていくのが分かった。
「ふん、流石に大物邪神の膝元か」
「た、助けてくれっ!」
悲鳴を上げるフィールド探索者を掴む人型を、Mが拳一発で粉砕した。Mの拳は巨大なだけでは無く炎まで纏っていて、人型を瞬時に文字通り爆砕してしまう。だが、雪上に投げ出されたフィールド探索者の耐寒服は破損している。無事だったスノーモービルに彼を押し込めながら、ジョーが突撃銃をぶっ放す。だが、ロケットランチャーならともかく、突撃銃で、敵を仕留めるには至らないようだ。
一人が、拳をもろに喰らって吹っ飛んだ。
舌打ちしたMが、更に巨大化して、周囲に大火力での火球をばらまきはじめた。凄まじい轟音の中、仁義なき殲滅戦が続く。また、サヤに敵が迫っていた。踏みつぶそうとする人影。
突き飛ばして、サヤを逃れさせる。
視界が、闇に染まった。
どうやら、踏みつぶされたらしい。気付くと、戦いは終わっていた。辺りは消し炭になり、また凍り始めた死体の山である。味方も何名か負傷し、スノーモービル一機が大破した様子だ。
川背がのぞき込んでいた。
服が替わっている。そして、スノーモービルの中だった。周囲は呻いている負傷者が何名かいた。いずれもが、名の知れたフィールド探索者ばかりだ。何が起こったのかは、ほぼ精確に把握できた。
「先輩、大丈夫ですか」
「うん。 耐寒服が駄目になっちゃった。 意識が戻るの遅かったのは」
「凍死と蘇生を繰り返していたようです。 此処に運び込んで、どうにか」
スノーモービルの中も寒いが、それでも外よりはマシだ。Mとジョーが話しているのが、聞こえてくる。
「負傷者七名。 このまま行くと、苦戦はまぬがれんぞ。 今の奴らは、恐らく待ち伏せをしている場所に、此方を誘い込んできたんだろう」
「スノーモービルも一機潰されたしな。 二手に分かれるのは、この状態では得策ではないし、一度補給に戻るか。 そろそろ第二陣も来る頃だろう」
この間のクトゥグアの時もそうだったが、今回も相性は最悪だ。大物の邪神は、スペランカーが見たところ、現象そのものだったり、自然そのものであったりするらしい。以前ダゴンがとんでもない術式を使ってくるのを見た時、或いは世界そのものを相手にしているのでは無いかと思ったのだが。どうやら、その予想は、外れていなかったようだ。
今度は冷気を操る相手だろうか。それとも風か。
いずれにしても、生半可な苦戦ではすまないだろう。
「待ってください!」
「なんだ、小娘」
「今は一刻を争う状態です。 私とポポだけでも、行かせて貰えませんか」
「駄目だ。 許可できない」
Mがぴしゃりと言い切る。不遜なポポの発言にも黙っていたこの世界最強の男は、いざ駄目だと言い出すと、鉄の壁も同然の存在感を放っていた。
ジョーも、好意的では無い。
「今の敵の戦力を見なかったのか。 しかも、Mが冷気を緩和してこの状態だ。 二重遭難になるだけだぞ」
「助けを待っている人達は、今にも死んでいるかも知れません」
「そんなことは分かっている。 だが、周囲の状態を見ろ」
「おいナナ、俺たちだけで行こうぜ」
がつんと、何かを殴る音がした。
Mがポポを殴ったのかと思ったが、どうやら違うらしい。ゆっくり体を起こして外を見ると、ジョーの方だった。
「頭を冷やせ。 M、無線は」
「今やっているが、駄目だな。 一度辺縁まで戻る。 第二陣と合流する」
「畜生……」
ポポが、血を吐くような嘆きを漏らした。
帰り道、此方を嘲笑うように、敵の戦力は姿を見せなかった。大物の邪神は、いずれも自信の塊で、不遜な存在だったようにスペランカーは思う。逃げる獲物など追わず、挑戦してくる相手だけを求めているのかも知れない。
フィールドの辺縁に出ると、少しは暖かくなったように思った。
既に来ていた戦力と合流。アーサーがいないかと思ったが、頼りになる騎士の姿は無い。いずれも一流どころと呼ばれるフィールド探索者と、更に四機のスノーモービル。だが、どうしてか、スペランカーには不安だった。
Mの弟のLがいるのが救いか。彼の戦闘力は、そうそうMに劣らないと聞いている。だが、若干精神面に不安があり、よくMに怒鳴られているのを見る。今も、Mに恫喝的に接されていた。
「Rの奴は?」
「それがな、兄貴。 今回C社と調整が上手く行っていないらしくて」
「フン、無能な営業が。 第三陣の予定は?」
「しばらくはこないな。 この戦力でどうにかするしかない」
Lから視線をそらすと、Mが胴間声を張り上げる。
負傷者を戻すと、すぐに進撃だ、と。負傷者の中には、凍傷が酷い者もいるようで、流石にすぐにはつれていけない。回復系の能力を持つフィールド探索者もいるが、その力だって無限では無いのだ。
幸い、大型のスノーモービルが一機、輸送されてきている。装甲も厚い。これを指揮車両として、負傷者を中にかばう形にするのがいいだろう。そう、ジョーが提案し、Mが受け入れた。
七機のスノーモービルの先頭車両の上に、Mが傲然と座り込む。むすっとしているポポが、隣に座らされていた。
「川背ちゃん」
「空気が悪いですね。 M氏は戦士としては優秀ですが、リーダーとしては微妙なところがあります」
「聞こえてるぞ」
「おっと」
会話にMが割り込んできた。盗聴とかでは無く、多分テレパシーとか、そういう能力だろう。
Mは不機嫌そうだったが、川背には怒っていないようだ。多分自分でも、欠点は自覚しているのだろう。
「ジョー、指揮を執れ。 いっそお前に任せる」
「分かった。 お前は一戦士として豪腕を振るえ、M」
「それが私にはあっているな」
鼻を鳴らしたMが黙り込む。川背は勘違いしていたようだが、スペランカーが心配しているのは、むしろポポとナナだ。無茶をしないか、見ていて不安になってくる。
四苦八苦しながら、新しく貰った耐寒服の機能を利用して、ポポに通信を送ってみる。二回無視されたが、三回目にナナから返事があった。
「すみません、心配させて」
「うん。 ポポ君は?」
「ふさぎ込んでいます。 こういうとき、あいつって意固地になるので、気にしないでください」
「無茶はしないで。 ナナちゃんも、心配だよ」
スノーモービルの編隊が、凍り付いた森に入り込む。
元は森だったのかも知れないが、完全に凍結している今、それは構造物に近い。というよりも、寒さに強い植物なのだろうが、こんな寒さの中では流石にどうにもならなかったのだろう。
スノーモービルが側を通り過ぎると、衝撃で粉々に砕けている木もあった。割れ砕けて散らばる様子は、恐怖さえ感じるほどである。
軍用のスノーモービルとは言え、木が倒れかかってきたら危ないだろう。護衛についている能力者が、火球で森を薙ぎ払った。吹き飛ぶ森の木々を見て、酷いと思ったが、間違っているとは感じない。
今回の邪神は、何を考えて、こんな残酷なことをしたのだろう。
或いは、何も考えていないのか。だとしたら、悲しい話だ。
人間だって、同じだ。
歩いているとき、何も知らないまま、蟻を踏みつぶしていることがある。あとからそれを指摘されて、酷いことをしたと思う人間がどれだけいるだろう。むしろ気持ち悪いとか考えて、反省さえしない人間の方が多いはずだ。
人間より存在がずっと大きい邪神も、同じように考えるのでは無いのか。
不意に、ポポから通信が入った。
「無視して悪かったな」
「ううん。 それよりも、大丈夫? 傷は痛まない?」
「痛かったよ。 ジョーの野郎、手加減しないんだもんな」
「愛の鞭だよ。 ジョーさん、不器用だけど、悪い人じゃ無いからね」
鼻を鳴らす音。
ジョーのようなタイプは、ポポにとっては最も嫌な相手なのかも知れない。ポポは思春期という事もあって、親のような年の相手には最も反発を覚える時期の筈だ。多分学校にはいっていないだろうが、それでも同じだろう。
外で仕事をしていても、すぐに大人になるわけでは無い事を、スペランカーは知っている。立派な社会人のふりをしているサラリーマンが、オツムは子供同然である事など、珍しくも無い。
ジョーは円熟した大人の筈だが、それでも不器用なところは子供みたいだと思うこともある。そういう悪い所は、ポポのような思春期の子には、受け入れがたく見える事だろう。
村に着く。
吹雪の中、立ち尽くしている人影がいくつもある。
生きている訳が無い事は、一目でわかった。ナナが走り寄るが、触ろうとするだけで、粉々に砕けてしまった。
どんな凍らせ方をしたら、こんな事になるのだろう。
酷いと思う。
既に準備をしていたらしく、サヤが外に出ると、すぐに呪文を唱えて、お札をばらまいた。
その間、Mは中空に浮き、周囲を見据えている。
もたついていると、さっき以上の戦力に襲撃されかねない。此方も兵力は五割増しになっているが、敵だってどれだけの兵力を控えさせているか分からないのだ。
「駄目です、此処にも生存者は……」
「そうか、すぐに次に行く」
すぐにスノーモービルを出すように、ジョーが言う。
冷徹なようだが、今は一刻を争うのだ。陣形を保ったまま、七機の雪上戦闘車両が動き始める。
三つ目の集落は、上陸地点とは逆の海岸沿いだという。
「ええと、アイスクライマーさんって人の話を教えてくれる?」
「気むずかしい爺だったよ」
「ポポッ!」
「ナナ、お前まだあの爺が生きてるって思ってるのか?」
通信に割り込んできたナナに、ポポが冷徹に応える。
だが、それがおそらくは、照れ隠しか、本人でも信じていないのに大人ぶっているのだと、スペランカーは看破していた。
頭があまり良くないスペランカーだが、これでもそれなりに人生経験は積んでいるのだ。
「大好きなおじいちゃんなんでしょ。 そんなこと、いっちゃ駄目だよ」
「ふん、知ったようなことをいうんじゃねーよ」
「先輩、お話の所悪いですが。 どうやら、またお出迎えのようです」
スノーモービルが止まる。
前方に、さっき以上に大きな影が、無数に群れているのが見えた。
「相手にしている暇が惜しいな。 L、突破口を開いてくれ」
「え? 俺がか」
「能力面ではMに匹敵する貴様を信頼してのことだ。 出来ないか」
「ふ、ふん。 やってやろうじゃねえか」
まばゆい光が、空に向かって跳ぶのが、スノーモービルの中からも見えた。
乗せられたLだが、その実力は本物である。降り注いだ火球が、敵の群れを吹き飛ばす。掃射するように放たれる火球の群れが、敵を容赦なく掃討していった。
敵の壁に穴が空く。
其処に、七機のスノーモービルが割り込んだ。追撃を駆けようとする敵を、振り返ったMが、特大の火球を投擲して、文字通り蹴散らした。
何事も無かったかのように、再び七機のスノーモービルが進み始める。
うしろでは、ちかちかと光が瞬いていた。凄まじい火力で、Lが敵を蹂躙しているのだ。L一人で大丈夫かと、ふとスペランカーは不安になる。
あれはおとりの戦力に過ぎず、本命が控えているかも知れない。
だが、ジョーはその考えを見越したかのように、通信を入れてきた。
「アイスクライマーは、俺が駆け出しの頃に、一回一緒に戦ったことがある。 武人らしい老爺で、頼りになる同僚だった」
「え……」
「生きている可能性はある。 まだ諦めるな」
あとは、無言が続いた。
吹雪の音が、更に酷くなってくる。
最後の集落に到着した頃、時刻は六時を回っていた。既に、この島に上陸してから、半日以上が過ぎていた。