オールドアクションゲーム二次創作   作:dwwyakata@2024

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3、氷の巨塔

村があった場所には、巨大な氷の塔があった。

 

高さは、見当も付かない。吹雪で見えないから、あまり高くないのかも知れないが、少なくとも今の状態で見ることは出来ない。

 

歯ぎしりするポポの肩を、ナナが叩いた。

 

「ポポ」

 

「うるせえ……」

 

こんな事をするのは、多分此処を作った奴だ。

 

じいちゃんの気配は、今までの村には無かった。戦闘中、じいちゃんが暮らしていた家も除いたが、死体も無かったのである。もしいるなら此処だろうと、ポポは見当を付けていた。

 

だが、これでは。

 

スノーモービルで円陣を組む。Mが見張っている中、ジョーが突入班を集め始めた。追いついてきたLが、塔の壁に穴を開ける。炎を叩き込んでも埒があかなかったが、L自身が巨大な熱量の塊になり、何度か体当たりしている内に壁に穴が開き始めた。

 

やがて、轟音と共に、壁の一角が崩れた。

 

直径十メートルはあろうかという大穴が開いたのに、塔は小揺るぎもしない。よほどに巨大な塔だという事だ。

 

「よし、俺とスペランカー、ポポ、それにナナ。 あとはLが内部に入る。 他のメンバーは、外で探索を続けてくれ」

 

「おい、兄貴じゃ無いのかよ」

 

「一旦探索をする。 威力偵察を兼ねるから、お前を連れて行く」

 

Lは不満そうに眉をしかめたが、Mが指揮権を譲渡すると告げたジョーには逆らう気もないらしい。

 

Mはというと、弟の不満など知ったことかと言わんばかりの態度で、腕組みして辺りを見据えていた。

 

「先輩、僕は外で後続を断ちます。 中に何があるか分かりませんから、気をつけてください」

 

「うん。 川背ちゃんも、気をつけてね」

 

スペランカーが脳天気な会話をしている。

 

この女には、本当に苛つかされる。悪い意味では、ない。此奴が精神面で非常にタフで、運動神経が鈍くて頭が悪い割に頼りになる事は、ポポだって認める。

 

だが、どうも気に入らないのだ。

 

以前、オーストラリアの近くで、蜘蛛の邪神と戦った頃からそうだった。不思議と頼りにしている自分に気付けば気付くほど、そのいらだちは強くなるのも分かった。どうしてかは、よく分からないが。

 

恐らく、本能的に知っているのだ。此奴は、物理的な戦闘力という意味では無く、精神面で自分より上を行っていると。

 

塔に入ると、風がぴたりと止んだ。辺りは氷の石畳とでもよぶようなもので舗装され、壁も煉瓦を組んだようにぴっちりしている。

 

そして、充満している、静かな殺気。

 

恐らく、侵入者を歓迎していないことは間違いない。

 

いずれにしても、はっきりしていることがある。

 

じいちゃんは、多分もう生きていない。

 

それならば、変な夢を見るのはやめだ。このくだらない騒動を起こした奴をぶっつぶして、さっさと帰る。

 

帰るって、どこにだろう。

 

自分の村については、ずっと前からムカついていた。勝手にナナとの婚約を決めて、じいちゃんをよそ者呼ばわりして。そして、外貨を稼いでくるナナとポポのことを、便利な道具ぐらいに思って。

 

田舎が暮らしやすいなどと言うのは大嘘だと、ポポはよく知っている。

 

特にポポの村のような場所は、閉鎖的で人間関係がどろどろで、碌なものじゃない。さっさと出て行きたいと、ずっとポポは思っていた。ナナがどう考えているかは、よく分からないのだが。

 

しかし、最近気付いたのだ。

 

或いはじいちゃんも、そう思って、村を出たのでは無いかと。しかし、都会で暮らすことも出来ず、こんなちいさな島に落ち着いたのでは無いのだろうかと。

 

だとすると、じいちゃんは、どうして。時々島に帰ってきて、自分とナナに外の話をしてくれたのだろう。

 

あの大きなしわだらけの手で、頭を撫でてくれたのだろう。

 

中に入って、しばらくして。

 

不意に、ジョーが耐寒服を脱いだ。ヘルメットだけだが。

 

「お、おい」

 

「気温は6℃程度まで上昇している。 かなり寒いが、耐寒服を脱いだ方が戦闘面では有利だ。 ヘルメットだけでも脱いでおけ」

 

「しかしよお」

 

「ポポ」

 

ナナに言われて、渋々自分も耐寒服を脱ぐ。確かにこれを着ていると、動きづらくて仕方が無い。

 

外で化け物にやられた連中だって、普段だったら屁でも無かっただろう。

 

耐寒服を置いておくわけにも行かないので、Lがしぶしぶ能力の一つを使った。荷物類を浮遊させる能力らしく、火球などの制御に用いているそうだ。

 

「これ使うと注意力が落ちるからな。 周囲の警戒を怠るなよ」

 

「案ずるな」

 

スペランカーがもたもた耐寒服を脱いでいたが、やがて先頭に出てくる。何かあったら、此奴の場合奇襲を受けても死なないだろうし、まあ妥当なところか。

 

会話が、減る。

 

多分、誰もが感じ取っているのだろう。嫌な気配がある事を。

 

塔を少しずつ登る。階段のようなものはないので、天井に穴を開けたり、壁にロープを掛けたり。本当にどこまで続いているのか、全く分からないほど高い。

 

ジョーがロープを投げ、最初にスペランカーが登っていく。その間、上に突撃銃を向けて警戒しているジョーが、此方を見ないまま言う。

 

「後ろにも警戒しておけ。 これだけ広い建物だと、後ろに回り込まれる可能性も低くない」

 

「はい」

 

ナナが素直に言う事を聞いて、ポポの服の袖を引っ張る。

 

分かっている。

 

分かってはいるが、腹が立つ。

 

愛用の木槌を構えたまま、ポポは言う。

 

「何だよ、腹が立つなあ」

 

「相手の方が正しいよ」

 

「そんなことは分かってる」

 

「それより、いいの。 どうやら、来たみたい」

 

Lが、舌打ちするのが見えた。最悪の形で、挟み撃ちを受けた様子である。

 

後ろから、無数の人型が迫ってくる。アザラシのように見える者もいる。ペンギンのように見える者もいる。

 

それなのに、側で見ると、とんでもなく醜悪だ。まるで元の原型が見えないほどに体が崩れ、或いは凍傷で全身が焼けただれている。目は白濁し、体の中から内臓がはみ出し、口からはよだれが垂れ流されて凍っていた。

 

ジョーが発砲をはじめる。

 

「後方は相手にするな。 適当にあしらいながら、上に上がれ」

 

「分かりました!」

 

ナナが叫び、近くにいたアザラシもどきに、木槌を振り下ろした。

 

ポポも、舌打ちしながら、つかみかかってきたペンギンに向けて、フルスイングする。直撃した木槌が、相手の内臓を更にぶちまけながら、吹き飛ばした。

 

ナナとポポの能力は同じ。

 

自然ならぬものを固定し、破砕する事である。

 

外ではなんら役に立たないことも多いが、こういう相手に対しては絶大な破壊力を見せる。

 

頭を砕かれたアザラシは、のたうち回ってすぐに動かなくなった。ペンギンは壁で汚い染みになって、その場で動きを止める。無数に群がる相手を殴り飛ばしながら、少しずつ下がる。

 

ロープを伝って上に上がったジョーが、叫ぶ。

 

「来い! 急げ!」

 

「ふん……」

 

鼻を鳴らしたLが、不満そうに近寄ってきたアザラシもどきを蹴り上げた。天井に直撃し、吹っ飛ぶ。

 

凄いパワーなのは認めるが、何だか此奴にも腹が立つ。

 

腹が立つベクトルが、何処か違うのだが。

 

「おい、小僧共。 急げよ」

 

ひょいとひと飛びするするだけで、Lは上の階層に。まだつり下がっているロープに、まずナナが飛びついた。

 

シロクマみたいなのが来る。

 

全身が膿み崩れて、もはやゾンビ映画に出演できそうな容姿になり果てていた。頭を叩き潰すが、巨大な前足を振るってくる。下がった途端にロープが大きく揺れた。

 

「ポポッ!」

 

「こんな所で、やられるかよっ!」

 

飛びかかってきたペンギンを、フルスイングで吹き飛ばす。だが、右からも左からも、無数の敵が殺到してきた。木槌を振り回しても、ひるみもしないし怯えもしない。

 

頭上。

 

天井の穴から、氷の塊が墜ちてきた。

 

ペンギンの魔物が、それに潰されてぺしゃんこになる。一瞬の隙を突いて、ロープに掴まると、ナナが一気に引き上げてくれた。

 

もはや人外の土地となった階下で、無数の化け物がうめき声を上げている。

 

見ると、氷の塊を落としてくれたのは、スペランカーだった。

 

「無事だった?」

 

「ええ、ありがとうございます」

 

しらけきった口調で言う。

 

だが、スペランカーは気を悪くした雰囲気も無い。それが、余計に腹立たしい。

 

ジョーがロープを回収すると、上を見据える。

 

「スペランカー。 まだ先か」

 

「分かりません。 強い邪神になると、気配を消す事が出来るようですから。 でも、一つはっきりしていることがあります。 どうも、複数の邪神がいるみたいです」

 

「ちっ、ぞっとしねえ」

 

Lが不満げに吐き捨てた。

 

「知っての通り、スペランカーは燃費が悪い。 一番強い奴だけしか向かわせられないな」

 

「分かってるよ。 俺が頑張れば良いんだろう?」

 

「一度戻る選択肢もあるが?」

 

「冗談。 ただ、兄貴には救援要請を出しておくよ」

 

しかし、あれだけの数の追撃があったのだ。下も無事かどうかは分からない。それを前提に戦略を組むわけにはいかないだろう。

 

Lが、氷の塊に、情報を刻み込む。

 

そして、塔の壁をぶち抜いて、真下に放り投げた。これならば、気づきさえすれば伝わるだろう。

 

念のために、同じような氷塊を三つ落とす。その後、Lが氷の塊で、壁の穴を塞いだ。不思議な話だが、壁の穴から全く冷気が吹き込んでこない。

 

足音。

 

振り返ると、無数の人型だ。どうやら、ゆっくり休んでいる暇は無いらしい。人型は、彼方此方から歩み寄ってくる。天井がさほど高くないので、身をかがめている個体もいた。

 

「イア、イア」

 

「捧げ物を、ささげ、ものを」

 

「イア、イア! イア、イア!」

 

「あの辺りに穴を」

 

敵の数は三十を超えている。どれも身長五メートルはある巨体ばかりだ。外にいた奴もいるが、毛むくじゃらだったり、体中に目があったり、無数の触手が生えている奴もいた。いずれ劣らぬ異形だらけだ。

 

だが、ジョーは全く動じず、冷静にポポに指示を出してくる。時間を稼ぐから、その間に穴を開けろというわけだ。

 

この塔自体が、理不尽の塊みたいな存在である。

 

「ナナ!」

 

「うん!」

 

木槌を、まず高々と持ち上げ、遠心力を付けながら、地面に向けて振るう。

 

そして、地面をこする摩擦による加速を用いて、振り上げる。

 

その瞬間、木槌にナナが乗る。

 

高々とナナが天井に向けて跳び、木槌をふるって天井を打ち抜いた。

 

膨大な氷の欠片が降り注ぐ。ジョーは無言でロープを投げて、引っかけた。最初にスペランカーが登りはじめるのを見届けながら、グレネードランチャーを取り出す。

 

そして、手を伸ばしてきた大きい人型の顔面に、容赦なく叩き込んだ。

 

 

 

ハスターは、玉座で戦闘の様子を見ていた。玉座といっても、人間とは似ても似つかない姿のハスターにとって、椅子とは違う形を取らせている。全体的には円盤に近く、中央に盛り上がった場所があって、それに体を乗せているのだ。

 

急あしらえだが、悪くないよっかかり心地だ。

 

人間共がこの島に入ってきてから作り上げたこの城である。礎石にはあるものを使ったが、それ以外は全て自分の力で仕上げた。それにしても、礎石を見たら、人間共はどんな反応を示すだろう。

 

人間の狂気は大好物だ。さぞや面白い反応をするだろうと思うと、今からよだれが止まらなかった。

 

よだれをぬぐいながら、部下に命じる。部下達は、いずれもがこの星に来ていたり、或いはこの星系の別の星に来てそこで眠っていたのが、ハスターの目覚めに伴って駆けつけてきた。

 

現在、神と呼んで良い存在は三柱が側に控えている。もっとも、いずれもがハスターにとっては駒に過ぎなかったが。

 

戦略については、決まっている。

 

ハスターは風を司る邪神だ。ニャルラトホテプに余計なことを言われるまでも無く、情報収集くらいはしている。この世界の能力者が、案外侮れないことも、既にしっかりと理解していた。

 

今、もっとも警戒すべきは四名。

 

Mと、その弟のL。Rなるロボット。そして、神殺しスペランカー。

 

そのうち二人が、先鋒にいることも、捨て駒として使った雑魚どもを通して、確認済みである。

 

まずは、今来ている先鋒隊と後続を分断したい。特に、後続には大きな戦力がいるようなので、足止めしておきたかった。

 

Mとやらも、多分後続だろう。そうなると、メインディッシュとして取っておきたい。

 

「ハスター様」

 

「どうした、ミ=ゴよ」

 

外に出ていた、配下の一柱が、搭最上階に姿を見せた。

 

ミ=ゴは冥王星に派遣していた部下で、人間に対しては姿を隠し、ずっと鉱物資源の採集をしていた。

 

姿はカニに似ているが、言うまでも無く力は遙かに強大だ。体には無数の触手が生えていて、魔術にも長けている。

 

恭しくミ=ゴが差し出したのは、水晶球である。それを受け取り、術式を起動。

 

映り込んだのは、人間の姿だった。禿頭で、なにやらハスター好みな、狂気に満ちたまなざしをしていた。

 

「風の王と名高きハスター陛下でありますな」

 

「ほう。 私に直接通信をしてくるとは。 面白い人間だ」

 

勿論、通信をしている間に、脆い精神の持ち主なら発狂するようなエネルギーをさんざん送り込んでいる。

 

だが、この世界の人間は、以前邪神達が大挙して暴れ回っていた世界の人間に比べて著しく頑丈だ。強い奴になると邪神を単独で倒すこともあるようだし、此方の姿を見たくらいで発狂などまずしない。

 

此奴も例に漏れず、それでハスターは満足した。

 

むしろ、発狂などされたら興ざめである。まがりなりにも、直接アクセスを試みてきたほどの剛の者なのだから。

 

「陛下にご提案がございます」

 

「言って見よ。 私は今、とても機嫌が良い」

 

「はは。 それでは、単刀直入に申し上げます。 Mを倒すための同盟を、我らと組んでいただきたい」

 

「ほう……?」

 

Mは確か、世界最強の名も高い、此奴ら人間にとっては希望の星であったはずだが。

 

それを自ら切り捨てようとは。さすがは人間。いつもハスターが想像する斜め下を行ってくれる。其処にしびれるが、憧れることは無い。とても見ていて面白くて、小躍りしそうにはなるが。

 

或いは、ニャルラトホテプが何か策動した結果なのかも知れない。

 

それはそれで、また面白い。奴は不快きわまりないが、ハスターとしては絶滅しない程度に人間を痛めつけて、その狂気を味わえればそれで良いのだから。

 

幾つか、話を聞く。

 

いずれも、ハスターには損が無い。此処でMと戦えなくはなるが、それは構わない。いずれにしても、Mとは戦う事になるのだから。

 

ただし、一つ気をつけなければならないことがある。

 

「神殺しについては、戦闘を避けてください」

 

「ふむ、確かに話を聞く限り、そうした方が良さそうだな。 妻を殺してくれたことに対して、いずれ復讐はしようと思っているが、何も私が直接手を下さなくても良いか」

 

「御賢断にございます」

 

「必要以上にへりくだるな。 却って不快だ」

 

話を打ち切る。

 

周囲に控えている部下共は、いずれもハスターに絶対服従を誓う面々だ。だから、これのどれかを今回は使うことにする。

 

「ロイガー。 ツアール」

 

「ははっ」

 

左右から、全く同じ声。

 

ハスターが作った形無き天井からぶら下がっている触手の塊が、その声の主だ。

 

珍しい双子の神である。

 

「この場はお前達に任せる。 神殺しとやらの戦力を見極め、私の元に情報を持ち帰るのだ」

 

「お任せください」

 

「今までの連中とは違うことを、見せてやりましょう」

 

何を馬鹿な。

 

クトゥグアでさえ倒した奴だ。ニャルラトホテプの奴はいっていなかったが、どうやらクトゥルフの滅亡にも関わっている形跡がある。此奴らでは多分勝てない事くらいは、ハスターも理解している。

 

今は、情報収集の時だ。だから、此奴らくらいは捨て駒として用いても何ら通弊は感じない。新しい部下など、適当に作れば良いのだから。

 

その冷酷さこそが、ハスターの真骨頂。

 

陰湿なクトゥルフや、正面決戦しか考えないクトゥグアとは違う。勿論奔放なニャルラトホテプとも、また異なる。

 

故に、ハスターは不滅なのだ。

 

「期待しているぞ」

 

「ははっ。 我らが主の仰せのままに」

 

ハスターは、眷属を連れて、この場を一旦離れる。

 

まず、Mを倒すための同盟とやらに、場所を提供させる。裏切るようならば、その場で滅ぼす。

 

全ては、それからだ。

 

危険である事を承知でここに来るのは、人間共の狂気が美味だからである。

 

食事を楽しむためには、部下を使い捨てにするくらい、ハスターにはなんら躊躇せぬ事柄だった。

 

なぜなら、ハスターは美食家だからである。

 

 

 

人型の頭を握りつぶし、放り捨てながら、Mは感じ取る。

 

一番強い気配が消えた。

 

吹雪も、途端に弱まりはじめる。しかしながら、周囲から現れる雑魚どもの数は、むしろ倍加しはじめたようにさえ思えた。

 

側で戦っていた戦士が、巨大なエネルギーライフルを振り回しながら言う。彼は別の会社のかなりの古参の戦士で、派手な武勲には恵まれなかったが、頼りになる。

 

「M、スペランカーがやったか」

 

「いや、これは違うな」

 

近くにいる敵を千切っては投げ千切っては投げつつ、Mはめまぐるしく思考を回転させる。

 

どうも今回は様子がおかしい。

 

様子見としてLを行かせたが、ひょっとすると荷が重いかも知れない。

 

吹雪がどんどん弱まってくる。温度も急上昇をはじめた。此処を何らかの理由で主が放棄した、という事だろう。

 

気温が-40℃程度まで上昇。

 

これならば、Mが緩和すれば、もう耐寒スーツは必要あるまい。

 

「攻勢に出ろ! 川背、貴様はスペランカーを追え。 何名か同行しろ」

 

「どういうことですか」

 

「罠の臭いがする。 こっちは私がどうにかする」

 

川背に躍りかかった人型だが、残像を掴んで蹈鞴を踏む。その首にゴム紐が巻き付き、瞬時にへし折られていた。

 

中々にやる。

 

地味だが強い戦士は確かにいる。そういえば、Mも若い頃は、少ない能力で工夫して戦っていた気がする。しかし、色々と通じない局面が出てきて、大幅に能力を改造したのだ。修行だの鍛錬だのと世の中では簡単に言うが、そんな生やさしいものではなかった。

 

思えば、Kという強敵がいたからこそ、成し遂げられたのかも知れない。

 

熱量を放ち、周囲の気温を緩和。

 

既に、耐寒服は、必要ない。Mが調整した結果、-6℃まで温度は上昇していた。肌寒いが、これなら充分に防寒着だけで戦える。

 

吹雪も、止まる。

 

歴戦のフィールド探索者達の士気が、俄然上がった。

 

「よし、全面攻勢に出るぞ!」

 

「おおっ!」

 

耐寒服を脱ぎ捨てたフィールド探索者達が、群がる敵に躍りかかる。今まで動きが鈍かった近接戦闘タイプが、特に凄まじい活躍で、大形の相手もまとめて薙ぎ払っていく。こうなってしまえば、もうこっちのものだ。敵の数が数千程度である以上、フィールド探索者の精鋭を集めたこのメンバーで負けることはあり得ない。

 

川背と何名かを割いたが、それでも充分だ。

 

形勢が逆転する中、Mは塔の、果てしない高き頂上を見上げた。今は、Mも手の内を見せない方が良い。

 

 

 

また、無数の人型が迫ってきた。これでは戻るどころでは無い。

 

かなり疲れたが、スペランカーも足を止めるわけにはいかなかった。相手の動きを良く見ながら、ポポを誘導。

 

天井に穴を開けるポポ。穴を開けるのは、ナナと交代で行っている。能力の消費を避けるためだ。

 

ジョーが冷静に辺りに弾をばらまき、敵の接近を防ぐが、それでも殆ど時間が無い。

 

「ジョーさん」

 

「懸念は解る。 誘導されているようだな」

 

「何だ鬱陶しい。 後続を蹴散らすか」

 

「消耗したところで襲われるぞ」

 

Lの提案を、ジョーが一蹴。眉根を下げたスペランカーが、まあまあと二人をなだめる。突撃銃をぶっ放す音が響く中、無言でナナが、上からロープを下ろしてきた。

 

二人の息はあっているのだが、どうも妙な関係だ。

 

恋人と言うには遠いし、兄妹というには近い。田舎の村にありがちな許嫁の関係らしいのだが、それにしては妙な点も目立つ。

 

天井に這い上がる。

 

気配が、強くなってきた。これは、かなり近いかも知れない。

 

最後に下の階に残ったLが、両手に出現させた炎の帯で、周囲の敵を薙ぎ払い、一掃する。だが、すぐに代わりの敵が現れて、迫ってくる。舌打ちしたLが、ひと飛びで上の階層に来た。このままだと、まずい。

 

複数の邪神が、多分上で待っている。

 

Lの消耗は、スペランカーから見ても明らかだ。完全に、敵の術中に陥ってしまっている。

 

この辺りは、ジョーとの経験差がものをいっているのだろう。

 

ジョーとLとでは、本来天地の実力差があるはずなのに。ジョーの方が遙かに頼りになる。

 

Lが運んでいる荷物に手を伸ばし、ジョーが大きな銃を取り出す。さっきからそうやって、何度か銃を取り替えている。銃身が熱くなるのを防ぐためかも知れない。

 

「スペランカー、邪神は何柱だ」

 

「多分、二柱だと思います。 ただ……」

 

「ただ、何だ」

 

「気配がとても近いんです。 かなり特殊な体をしているのかも」

 

どんな力を持っていても不思議では無い相手だ。もし風を司る神様なのだとしたら、空気自体が意思を持っているかも知れない。

 

そんな相手をどうすれば良いか、見当が付かない。

 

でも、そもそもスペランカーは、まず相手のことを知りたい。どうしてこんな事をしたのか、対話は無理なのか。

 

実際に、対話が出来た相手だっていたのだ。

 

膝に手を突いて呼吸を整えていたLが、顔を上げる。銃の点検をしていたジョーが、ポポに指示を出していた。ポポはしばらく口を引き結んでいたが、不意に言う。

 

「なあ、あんたさあ。 どうしていつもそんなに冷静なんだよ」

 

「ポポ!」

 

「黙ってろっ!」

 

大声に、ポポの方が驚いた様子だ。ばつが悪そうに、顔をしかめる。ナナはというと、無表情のまま、立ち尽くしてポポを見つめていた。

 

これは、相当に鬱屈が溜まっていたのだろう。ポポに対して、ジョーは諭すようにでも無く、ただ淡々と応える。

 

「何が気に入らない」

 

「全部、全部だよっ! 後続は来ないし、すぐ先に訳がわからねえ神様だとかがいるんだろ!? そのうえ、爺はいねえしよ! 他の人間がどうなったのかもわかんねえ! それなのに、なんで」

 

「訓練によって身につけた冷静もある。 だが、一番大きいのは、やはり憧れていた軍人の現実を見て、絶望を味わったからだろうな」

 

「……何でも、経験がある自分が上だってツラだな」

 

吐き捨てるポポ。

 

何となく、解ってきた。この子は、自分自身が許せないのだ。

 

戦士として、さほど優れた能力があるわけでも無いのに。経験とそのタフな精神で、ワンマンザアーミー、スーパージョーと呼ばれるほどの男。彼を前にしていると、自分の未熟が露呈して仕方が無い。

 

だから、思春期特有の、大人への反発心もあって。不快で仕方が無い。

 

気持ちをもてあます、こういう熱情を。スペランカーは羨ましいと思う。

 

スペランカーは、体の成長が止まってしまった。

 

それ以上に、もっと幼い頃に。

 

父の死と、それに母によるネグレクトで。心が死んでしまった。それから少しずつ取り戻して、今は普通に喋れるようにはなっている。だが、それでも。普通に育ってきた子供達とは、やっぱり心の作りが違う。

 

「お前は子供だ」

 

「……っ」

 

「ならば、伸びしろが大きいという事だ。 お前の祖父は非常に優れた戦士だ。 だが、お前がそうなれるわけではない。 祖父になろうとせずに、自分の長所を見極め、強くなろうとあればいい」

 

ジョーが装備の点検を終えた。

 

歯ぎしりしていたポポは、目を乱暴にこすると、視線をジョーから外した。

 

ナナが、大きく嘆息した。

 

「馬鹿な奴」

 

「馬鹿でいいじゃない」

 

「スペランカーさん?」

 

「いいんだよ、子供の時はそれで。 私はそんな時間が無かったから、すごく羨ましいって、思うよ」

 

気配が、周囲に充満する。

 

だが、既に上の気配も至近だった。仕掛けてくる気配は無いが。

 

天井を破れば、対面することになる。

 

ジョーが、何か不思議な弾を、銃に装填しているのが見えた。思い出す。確かアトランティスで一緒に戦ったときに、戦友だったダーナから受け取っていたものだ。多分、切り札だろう。

 

気付いただろうか。

 

ジョーは、ポポの祖父のことを、過去形で呼ばなかった。

 

天井を、ナナが打ち破る。じんわりした寒気が流れ込んでくる。素早くロープを投げて、引っかかりを確認して。

 

最初に、スペランカーが上に。

 

もたもたと、穴から這い上がると、其処には満天の星空が広がっていた。既に、塔の最上部まで来ていたのである。それは予想していたが、まさか上に天井が無いとは思わなかった。あの吹雪の中で、平然と過ごしていたのだろうか。よく分からないが、風か何かでバリアを作って、吹雪をその外で吹かせていたのか。

 

それだけではない。

 

空を舞う、二体の何者か。

 

鳥のように見える、赤と蒼の影。だが、よく見ると、その体は無数の触手で構成されていることが解る。

 

下で発砲音。

 

ポポが、無言で上がって来た。続けてナナも。Lが遅れて、来た。そして、見上げて目を剥いた。

 

「何だありゃあ……」

 

「見て!」

 

ナナが、悲痛な声を上げた。

 

空にその姿があった。中空に漂う、氷付けの体。虚ろな目をした、人間の老人。小柄だが、もの凄い力を発揮しているのが、遠目にも解る。

 

おそらくは、あれが。

 

アイスクライマー。

 

二世代前の、最強のフィールド探索者の一人。寒冷地では無敵を誇ったという、歴戦の勇者。

 

ジョーが上がって来た。そして、目を剥いた。

 

「おのれ……」

 

「ほう。 どうやらこの人間と、因縁浅からぬ者達のようだな」

 

「我ら、双子の星が相手しよう。 我はロイガー、そちらはツアール」

 

赤い方が言った。つまり、青い方がツアールか。触手の塊で出来た鳥は、氷付けのアイスクライマーを中心に、ゆっくり円周上を廻るようにして飛んでいる。時々馬鹿にするように羽ばたいているのは、多分そんなことをしなくても空くらい飛べるというアピールだろう。

 

不意に、ジョーが突撃銃を腰だめして浴びせかけた。

 

ロイガーの方に弾が集中するが、だが着弾した様子は無い。けらけらと笑う声だけが響いた。

 

ジョーは相当に怒っているように見えて冷静だ。まずは通常攻撃が通用しないことを、皆に見せてくれた。問題は、物理的にこの世界に現れている以上、どうしてそれが通用していないか、見極める事だ。

 

ツアールの方も、ジョーの射撃を受けてもびくともしない。

 

スペランカーの仕事は、とにかく接近することだ。だが、それも、どうも妙だ。Lが青ざめている。何か、見えているのかも知れない。

 

「どうした、そんな豆鉄砲しか、手が無いのか」

 

無言で、口を利いた方、ロイガーに、グレネードランチャーをぶっ放すジョー。炸裂する爆風の中、全く傷つくどころか、ダメージさえ受けていない邪神鳥が姿を見せる。これは、おかしい。

 

今、爆風が、そのまますり抜けるのが見えた。

 

邪神達が、反撃を開始した。

 

豪と、風の音だけが聞こえて。

 

気付いたときには、ポポが、中空に投げ出されていた。

 

下手をすると、地上から、千メートルは離れているかも知れない、塔の外側に、である。

 

ナナが、手を伸ばすが、届かない。

 

この時、スペランカーは、思い知る。今回の相手は、今までと違って、人間に対して対等な条件で戦おうとしていない。

 

完全に、潰しに来ている。

 

今、スペランカーは、敵のホームグラウンドにいる。

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