女王ガラスの探偵ノート   作:ユウマ@

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1頁目,カラスの探しもの

 

 助手が欲しい。

痛烈に、そう思った。具体的には、さっきコンビニに向かっている時から。

 手に持った料金支払いの紙束を遊ばせながら、ふらふら辺りを見回す。こんなものを払うのも嫌だ、その為に真っ黒な服にスカートで暑い外をうろつくのも嫌だ。人もまばらな土曜の午後、そんな都合の良さそうな人間なんてそうは、

 

 

「…ん?」

 

 コンビニの裏から、声が聞こえた。ボリュームは落ちているが、怒鳴り声に近い様な。それに混じって、か細い声がところどころ。自分の直感に従ってそっと裏に回り込む。

 

 喧嘩だ。このコンビニの制服を着た2人が、何か言い争っている。というより、一方的に言われている。言っているのは大柄な男、言われるままなのは細い女。言われるだろうな、という感じだ。

しかし、その女にふらりと惹かれた。理由は、分からない。

 

 

 しばらくギャーギャー言った後、男が引っ込んだ。それを見計らって、しょげている女に近づく。私に気づいて、彼女も慌てて戻ろうとしたのを、軽く服を掴んで制止した。

 

 

「すまない、ちょっと興味があってね。随分怒鳴られていたみたいだ。裏まで聞こえるとは何をしたのか、と」

 

 できうる限りにこやかに、言葉を選んで問いかける。と、彼女は茶髪を揺らしながら、がっくりと項垂れてしまった。

 

「いえ…そんな、大した事はないんです。ちょっとしたミスで怒られたり、覚えのない事で言われたり…ずっとこんな調子なんです、私。最近は特に、色々問題があって…」

「問題?」

 

 首を傾げる私に、はっとした様に首を振る。関係者でもないのに教える事でなし、という事だろう。まあいいか、今はコレをさっさと払ってしまいたい。

 紙束を弄びながら踵を返す私の耳に、彼女のため息がまた聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は回って、夜の22時。ごろりと寝転ぶ私の耳に、声が聞こえた。さっきも聞いた2人の声だ。

 ごそごそと動いて、()から2人を覗き込む。私服の女が入り口に向かってぺこぺこ頭を下げている。仕事は終わり、という事だろう。そのまま歩き出す女を、少し空けて男が追い始めた。

 

 なるほど、尾行か。ちょっと格好よくいったが、そんなものじゃないか。男女の諍いは絶えないようで嘆かわしいが、私にとっては僥倖。なにせひとつでふたつお得だ。

 ぴょんとコンビニの屋根から屋根へと飛び移る。そうと決まれば、仕事は早い方がいい。夜に紛れる風のごとくに、手を回しに行くとしようか。

 

 

 

 

 

 

^^^^^

 

 まただ。かつかつと、歩く速度を早めてそっと後ろをうかがう。気配は消えなかった。同じだけ早くなって、ぴったり後ろについてくる。

 

 最近、ずっとこうだ。ヘマをして店長に怒られて、怒られなくてもこうして後をつけてくる。つけてくるだけなのが怖いし、聞けない。はやく辞めたいけど、辞めて何されるかはもっと怖い。出来るだけ距離をとって、早く帰って布団に潜り込む。そんな繰り返しだ。

 

 早く帰ろう、と前を向くと何かにぶつかった。とん、と軽い感触に顔を上げたら、黒がいた。

 黒い、長袖のゴシックの様なドレスにスカート、厚いブーツ。肩まで伸びた艶やかな黒髪。こってりしたような格好は、今日見たものだ。にこりと、目線の先で女性が微笑む。そのまま、ひょいと手をとって走り出した。

 

「え、えっ…貴女はさっきの…!」

「話は後にしよう。してもいいけど、君は逃げたいんじゃないのかな?」

 

 びくり、と小さく肩が震えた。私が抵抗しなくなったからだろう、女性は手を引く力を僅かに強めて、夜に駆けた。

 

 

 

 

 着いた先は、古いビルの一角だった。廃ビル一歩手前のようなそこをどんどん上り、屋上手前の部屋に引っ張られる。

 

「わ…ここ、なんですか?お家…?」

 

 中は外装と不釣り合いで、まるで洋館の一室の様だ。困惑する私をソファに座らせ、手早く淹れた紅茶と共に一枚、名刺サイズの紙を私に渡してくれた。

 

 

 

“カラス探偵事務所”───そう書かれた名刺を眺める私に、女性は大仰に頷いて見せた。

 

 

「そう、探偵。私は…そうだね、名前に因んでカラスと呼んでくれていい。まあ、探偵と言っても何でも屋なんだがね。訳あって、君に声を掛けたんだ」

 

 あの男の事さ、と紅茶を飲むカラスさんの前で、私は俯いた。いつから、どこから知っていたのだろう。私にだって、何であんな事をされているのか分からないのに。

 

 思った事を、洗いざらい話した。もうだいぶ、限界が来ていたのかもしれない。私の話を頷きながら聞いていたカラスさんは、聞き終えるとちらりと此方を見た。

 

「それで、君はどうしたいんだい?辞めたいのか、それともあの男に仕返しでもしてやりたいのか。それとも、彼が居なければあそこで仕事を続けるかい?」

 

 

 一瞬想像して、やんわりと首を横に振った。仮に店長が辞めたとしても、それで安心出来るわけではない。それに、そんな事があった所で働くなんて出来そうもない。

 

 うつむく私の肩に、そっと手が置かれた。ぽんぽんと、服と手袋越しに叩かれる弱い衝撃。

 

「なるほど。なら、私に任せてみないかい?対価は必要だが…なに、お金じゃない。それは───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、夜。私は事務所で横になりながらぼうっと天井を眺めていた。昨日料金をやっと払ったおかげで、久しぶりに水道も電気も通る様になった、面倒くさがりはやはりいけない。

 

 気合いを入れて、よっと起き上がる。昨日、あれから店長とやらのある程度の情報は仕入れた。

 独身、性格に難あり、色々人をイジメる等々。知れば知るほどまぁ、人としてだいぶ問題みたいだ。ありがたい。今回は探偵らしい尾行や調査は不要だ。そんなに大規模でなく、全部にカタがつくのも数時間後。実にコスパのいい事だ。

 

 彼女…依頼人としようか。依頼人は現在仕事中。だが今日は、辞めると宣告する事も追加してもらった。当然今日もまた怒られて、帰り道を尾行されるのだろう。

 

 

ただし、尾行して辿り着くのは此処だ。

 

 ここまで連れてくる様にと、彼女にお願いしておいた。もし道が違う事に違和感を覚えたら引き返すんだろうし、その時は別プラン。

しかし、尾行…いや。ストーキングなんてする奴は目の前の奴しか見てないだろう。私の見てきた人間なんて、そんなもんだ。

 

 

 メッセージが携帯に届いた。予定通り、ここに連れて来られそうだ。ドアを開けると、階段を登る足音…それが、2つ。私のねぐらはビルの屋上手前、よっぽどのバカでなきゃ着いてこないはずなのに。

 

 息を切らして上がってきた依頼人を、ドアから死角になるところに誘導する。程なくして、足音がドアの前で止まった。

流石に、姿が見えないと警戒するみたいだ。ちょっと動いてもらって、依頼人が見えるところに出るとすぐに入ってきた、単純なものだ。

 

 

 私は、ドアの裏からそれを眺めている。入ってくると同時に、ドアを閉めながらそっと近づく。手にはいわゆるスタンガン、便利なアイテムだ。

 

 

 

 ばちん、と音がして男が倒れ込む。こんなもので気絶とまではしないけれど、動けなくなるくらいは効果もある。その間に、ドアを開けて依頼者を外に出る様促した。

 

「じゃあ、後は私に任せてもらっていいよ。また明日、此処に来て。えっと…スズメにしよう、スズメちゃん」

 

 

 驚いた様に目をぱちぱちさせる彼女…スズメちゃんを外に出して、ドアを閉める。しっかり鍵までかけたところで、男の身体がぴくりと動いた。

 

「もう起きたのか。仕方ない、手頃な…包丁とかで済ませよう」

「…っ、な、何だよお前、アイツの何だよ!」

 

 

 怒鳴り声を適当に聞き流しながら、キッチンに行って包丁を手に取る。彼の素性はあらかた聞いたが、名前その他もろもろ基本的な情報は聞いていないし、興味もない。私は単純に、依頼があったからこなすだけ。

 

 けどまぁ、答えてもいいだろう。意味はないけど。

 

 

「私?私はカラス、あの子の…雇い人、雇われかな?私は探偵なんだ、そっちの()()を依頼されてね」

 

 くるくると、包丁を手で弄ぶ。さっきの叫びが嘘の様、後ずさるけどドアは開かない。

 

「探偵と言ってもモグリだけどね。正式に許可なんてとってないから表から探偵なんて分からないし、こんな事もできるんだ」

 

 

 そのまま、暴れようとする男の首をすぱんと斬りつけた。ばっと血が溢れて、みるみる床を汚していく。ああ、もったいない。

 

 

「…私はあの子を助手に出来るし、貴重な食事も手に入る。まさに一石二鳥だね」

 

 

 

 さて、ひとまず新鮮なうちにいただいてしまおう。ぱちんと、場違いな音を立てて手を合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 更に翌日。私がノートを書いていると、ドアの開く音がした。見ると、スズメちゃんが此方を覗いている。

 

「えっと…こんにちは?」

「こんにちは。昨日の件は、ちゃんと解決したから大丈夫だよ。彼も君に付き纏ったりしないだろう」

「そうですか…?店長は…」

「食べちゃった」

 

 

 えっ、と目を丸くするのが面白くて、からから笑う。冗談だよ、と笑いながらノートに筆を走らせる。どんなものであれ、依頼は纏めておくのがちょっとした習慣だからだ。

 

「じゃあ、最初は掃除でもお願いしようかな。というか、そういう雑用ばっかだと思うけど」

 

 

 ぱたんとノートを閉じて、頷く彼女を横目で見やる。彼女はスズメ、私のスズメ。

 

 それしか今は知らないし、本名だって。彼女だって、私の名前すら知り得ない。けれど、それでいい。知りたいなら、これから知っていくだろう。彼女も、私も。

 

 

 新しいノートを開く。今描いたもので、さっきの1冊は終わってしまった。

これは私の、事件を纏めたノート。これからは、助手も加わり賑やかなものになるだろうか?どうであれ、私はこれを記録するのみ。

 

 助手には見せないし、書かせない。なぜかって、私をこんなもので知ってもらった気になってもらっては困る。私の事を知り書けるのは、世界で私ただ1人だから。

 

 

 ここは、カラス探偵事務所。名ばかりの何でも屋、相手の事も依頼者の事もほとんど記録しない変わった所。

そんなところに来る客を、事件を。今日からは2人で、待つことにしよう。

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