人の心を持ってしまった魔族・IFストーリー   作:如月SQ

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[一級魔法使い第二次試験・前]

 魔法都市オイサーストで開催される、一級魔法使い試験。

 3年に1度というスパンで開催されるその試験に、北部へと足を踏み入れる資格を得る為、フリーレンとフェルンは挑んでいた。

 そうして無事に第一時試験を突破したフリーレンとフェルンは、もう一人の旅の仲間であるシュタルクと合流していたのだった。

 

「今、夕方……だよね」

 

 泊まっている部屋から出てきたシュタルクの顔を見たフェルンは、眉をひそめた。

 何せ、髪はぼさぼさで、寝ぼけ眼、この時間にそんな姿でいる理由は一つ。

 

「寝てたでしょ」

 

「……」

 

「夜更かししたの?」

 

「……はい」

 

 気まずそうに答えるシュタルクに、フェルンは悲しげな顔で追及を続ける。

 

「他には?」

 

「夜中に、ジュースも飲みました……」

 

 そう言って、しょぼくれた顔でほろりと涙を流すシュタルクに、フェルンは頬を膨らませる。

 そして、そんな情けないシュタルクの背中をぽこぽこと叩くのだった。

 

「ごめん!ごめんってば!」

 

「あーあ。怒らせちゃった」

 

「フリーレン様もさっき起きたばかりですよね」

 

「飛び火した……」

 

 他人事のように眺めていたフリーレンにもその怒りは降りかかった。

 一次試験を終えて気が抜けたフリーレンは、昨日の夜には戻ってきていたにも関わらずダラダラと今日を過ごし、そのせいで戻った時にはこんな時間になってしまっていたのだ。

 更に戻って見ればもう一人のパーティメンバーも日々をダラダラと過ごしていて……フェルンは完全にへそを曲げてしまったのだった。

 

 そんな空気が重くなり、フリーレンとシュタルクの二人の顔がしょぼくれ始めた時だった。

 

「久し振り、第一時試験突破おめでとう!」

 

 青みがかった銀髪の少年が、空気を読むことなく笑顔で現れたのだった。

 尖った耳に、青いマント、腰には剣を帯びた姿で、穏やかな雰囲気を醸し出している。

 そんな少年が透き通った蒼の瞳で、三人を見つめていた。

 

 それに気付いたフリーレンはしょぼしょぼさせていた瞳をパチリと開き、その瞳を輝かせた。

 

「ブレネン?なんでこんなところにいるの?」

 

 その少年の名はブレネン、フリーレンとヒンメルの一人息子である。

 

「なんでって……僕も一級魔法使いだからね。試験の度に召集されるんだよ」

 

 よくよく見ればその柳眉に、フリーレンの面影があった。

 

「フリーレンさん、フェルンちゃん、突破おめでとう。シュタルクも久し振りだな」

 

 そして、ブレネンの隣には背の高い美丈夫が立っていた。

 長身で細身だががっちりした体型で、角の生えたヘルムを被った姿。

 ヘルムの隙間からは薄紫の髪が見え、黄色の眼光が三人を静かに見下ろしていた。

 

「ニコライ大おじさま!お久し振りです」

 

「に、ニコライの兄貴……」

 

 ニコライ、フェルンの祖母の兄、大伯父に当たる人物で、アイゼンの弟子であるシュタルクの兄弟子でもある。

 先程フェルンにだらしなさを指摘されたばかりな為に、目上であるニコライの登場にシュタルクは顔をひきつらせていた。

 

「大おじさま、聞いてください!シュタルクったら私達がいないからって、今まで寝てたんです!流石にだらしないですよね!」

 

「ちょっ!」

 

「おー、そうだな。今まで……ん?夕方までダラダラしてたのか?」

 

 じろり、ニコライの瞳がシュタルクを見下ろす。

 ヘルムのせいで眉が見辛く、更にその瞳には昔から感情が乗らない為に、ニコライがどういう思いで見つめているのかがわからず、シュタルクの背がピンと伸びた。

 

「まぁ……安全な街中でくらいはダラダラしててもいいんじゃないか?」

 

「兄貴……!」

 

 想定外のフォローに、シュタルクは喜色を浮かべる。

 フェルンのほうが正しいのがわかっている為に、責められている間は本当に辛い。

 それが今はそこそこの時間で終わりそうだと、ニコライを救世主を見るような目で見つめていた。

 

「とはいえ、夕方までは流石に気を抜き過ぎだから……まぁ、フェルンちゃん達が試験終わるまで、久々に俺が見といてやるよ。

 北部じゃ、前衛が気を抜いたら容易く全滅するような事も有り得るからな」

 

 ……次の日、丁度よく前衛を探していた魔法使い二人と共に向かった先、そしてフリーレン達が試験を終えるまで、それはそれは酷い目に合うが、それはまた別の話である。

 

「むぅ……」

 

 それでも納得仕切れず頬を膨らませるフェルンの頭を、ニコライは優しく撫でた。

 

「まぁまぁ、そんな怒らないで。可愛い顔が台無しだ。

 そうだ、美味しい店を知ってるんだ、奢るから皆で食べにいかないか?」

 

「そもそも第一試験突破祝いにそのお誘いに来たんだよね。どうかな、母さん?」

 

「美味しい店なら私も心当たりがあるからそこに行ってみたかったけど……まぁ、今回は愛息子の好意に甘えようかな」

 

 フリーレンは笑みを浮かべて愛息子とその相棒を見た。

 上手くやっているようで良かったと、改めて安堵していた。

 

 ブレネンを先頭にその店に向かう間、穏やかな雰囲気で近況を報告しあい、改めて再会の喜びを分かち合うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当になんでも頼んで良いんですか?」

 

「勿論。これでも僕は一級魔法使いで、稼ぎは良いんだ。

 支払いの事は気にせず、好きなだけたっぷり食べてくれ。

 これはお祝いも兼ねてるし、この先の激励でもあるからね」

 

「シュタルク、ここのはオムライスがオススメだぞ。

 ただ、このステーキやその炒め物も美味い。

 なんなら俺がこれとこれ頼むから、少し分けてやろうか?」

 

「マジ?迷ってたから助かるよ兄貴!じゃあ俺はこれとこれにしよっかな!」

 

「むむむ……別に誕生日でもないのにこんな贅沢を……良いのかな……」

 

「ふふん、ブレネン達は目の付け所が良いね。

 ここは私も昔から美味しいと思ってたんだよね。懐かしいな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食事の時間は穏やかに過ぎていった。

 皆、満足だと笑みを浮かべてその店を後にするのだった。

 店内には同じように一級魔法使い試験の受験生が何人かいたようだったが、暗黙の了解だろう、互いに言葉を交わす事なく食事を楽しんでいた。

 

「美味しかったー」

 

 すっかり機嫌を直し、満面の笑みを浮かべたフェルンを先頭に、夜の道を歩く。

 ヒンメルとの思い出話をブレネンに話しながら、フリーレンはフェルンのその様子に胸を撫で下ろした。

 いざとなればヘソクリの出番だったが、丁度二人が奢ってくれて助かったと、なんとも最年長とは思えない情けない思考をしていた。

 

「母さん、明日には第二次試験の内容の通達があると思う」

 

「あ、うん、そんな事言ってたね確か」

 

「その時は宜しくね」

 

「うん。……うん?どういう……」

 

 フリーレンはブレネンの言葉の真意を今一つ理解出来ず、首を傾げた。

 詳しく聞こうとするも、シュタルクの肩を叩くニコライの言葉に遮られてしまう。

 

「シュタルク。明日から忙しくなるから、今日は夜更かししないようにな?」

 

「はーい」

 

 気の抜けた返事ではあったが、ニコライはさして気にせず、二人に向き直る。

 ブレネンから試験の内情を密かに聞いていたニコライは、僅かに同情を滲ませて激励を送った。

 

「よし、じゃあフリーレンさん、フェルンちゃんも、俺とブレネンはここで。

 二人とも第二次試験……大変だろうけど頑張ってな。

 そんじゃ、また」

 

「またね、今日は楽しかったよ」

 

 そう言って二人は手をひらひらとさせて立ち止まる。

 自然と歩き続けていたフリーレン達は二人を置いていく形となり、振り向きながら別れの言葉を各々口にしていった。

 

「あ、はい、ご馳走さまでした。ブレネン様、ニコライ大おじさま。おやすみなさいませ」

 

「滅茶苦茶美味かったです!おやすみなさい!」

 

「今日はありがとね。試験終わったらまたゆっくり話そう。おやすみ、ブレネン、ニコライ」

 

 思い思いに感謝の言葉を告げ、三人はご機嫌なまま宿屋への帰路につく。

 そうしてフリーレン達がその場を去るのを、ブレネンとニコライは笑顔で見送り……その姿が見えなくなってからニコライが口を開いた。

 

「言わなくて良かったのか?」

 

「身内だろうと贔屓する気はないよ。それに」

 

「それに?」

 

「二人なら突破出来ると信じてるし、ね」

 

「そうかい。まぁ、俺もあの二人が落ちるとは思えないけどな。

 さあて、シュタルクにああ言った手前、俺が寝坊する訳にもいかないな。そろそろ戻るとするか」

 

「そうだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日。

 第一次試験を突破した面々の元に、第二次試験の内容が通達された。

 フリーレンとフェルンは、第一次試験のお礼だと訪ねてきたカンネとラヴィーネの二人とお菓子を食べてる所にその知らせは来た。

 

「第二次試験の会場と日時……それと担当の試験官の名前みたい……あれ、フリーレン様、これ」

 

「試験官はブレネンとゼンゼ……か。ツイてねぇな」

 

「ブレネンはよく知らないけど、ゼンゼの試験の合格者は今まで0人だもんね……うーん、折角第一次試験突破したのになぁ」

 

 カンネとラヴィーネの二人が難しい顔をするなか、フリーレンは笑みを浮かべていた。

 

「……ふぅん、成る程ね。面白くなってきた」

 

 ブレネンの晴れ姿が見れそうだと、フリーレンは楽しみに思う。

 参観日を楽しみに思うような気持ちだろうか。

 不安そうなカンネとラヴィーネに対して、見るからにご機嫌な様子のフリーレン。

 そんな三人の様子を、フェルンは貰ったお菓子を頬張りながら静かに見つめていた。

 

「もぐもぐ……美味しい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第二次試験当日。

 現代において、数少ない未踏破ダンジョンである『零落の王墓』。

 内部は未だに全てが明らかになっておらず、致死率の高い罠が無数に機能している。

 そんな危険な場所で行われる第二次試験だが、開始の前に試験官として一級魔法使いの二人が現れた。

 

「やぁ、一級魔法使い第二次試験にようこそ」

 

 かつて魔王を倒し、世界を救った勇者ヒンメルとそれを支え続けたエルフの魔法使いフリーレンの一人息子、一級魔法使いブレネン。

 

「君達にはこの『零落の王墓』の攻略に挑んで貰う」

 

 小柄な体を包み込む程の茶の長髪の女性、一級魔法使いゼンゼ。

 異例の試験官二人体制での試験が、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブレネン、第二次試験お前も出ろ」

 

「僕もですか?」

 

 第一試験の終了後、ブレネンはゼーリエに呼び出されていた。

 本来ならばブレネンは今回第三次試験で受験生を叩き潰す役割であった。

 とはいえ例年通りなら、ゼンゼの試験をクリア出来るような魔法使いはいない。

 

「今回の会場は『零落の王墓』でしたよね?

 そしてあそこには『水鏡の悪魔(シュピーゲル)』がいる。

 僕がいたら試験に……ああ、いや、成る程……」

 

 だが、今回は事情が違った。

 

「そうだ、今回はフリーレンがいる。もう少し難易度を増してやらなければ、試験にもならん」

 

「でもそうすると、今度は他の受験者が危険ですよ。

 レルネンさんの瓶ゴーレムを配布するみたいですけど……僕の複製体がそんな隙を許すかなぁ……」

 

 ブレネンのその心配そうな様子から感じられるのは、自分の持つ力への圧倒的自信。

 一級魔法使いを目指してる『程度』の魔法使いに後れを取る事は絶対にないと、そう思っているのだ。

 その態度にゼーリエは面白そうに笑う。

 

「そこは、そうだな……受験者に命の危険が迫ってるとお前が判断した時、瓶ゴーレムが間に合わないと判断した時、好きに助けて良い。

 優しすぎるあの子も、それで納得するだろう」

 

「成程。そうしたらその受験者は失格ですか?」

 

「いや、それもお前の判断で良い。

 ゼンゼは瓶が割れるかどうかを失格の基準にする筈だ。

 お前に助けられた受験者をどうするかは、お前に任せる」

 

 ふむ、とブレネンは顎に手を当てて考える。

 複製体の自分を、そこらの受験者が攻略するのはほぼ不可能だろう、と。

 ならば……手を出すのは自分の複製体との戦闘の時だけで良いか。

 

「おっと、フリーレンは助けるなよ」

 

 そんな思考をしてる所にそんな言葉をかけられ、ブレネンは思わず呆れたように笑みを浮かべた。

 

「ふふっ……ゼーリエ様。母さんに助けなんていりませんよ。

 なんせ、この僕の自慢の母親なんですから。

 未踏破の迷宮だろうと、容易く攻略しちゃいますよ」

 

 ブレネンはそう言って自信満々に笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「暗いよー!怖いよー!」

 

 そんな自慢の母親の、暴れる臀部を見ながら、ブレネンはそんな事を思い返していた。

 

 現在第二次試験は既に始まっていて、受験者達は思い思いの形で攻略に乗り込んでいた。

 争う理由も意味も見出だせない為に徒党を組もうとする者、第一試験で一度組んだ人物達と組む者、元々交流のあった者同士で組む者、たった一人で攻略に臨む者等、様々だ。

 

 フリーレンは元々皆で攻略しようと言うデンケンの言葉が正しいと思っていた。

 しかし、思った以上にバラバラな面々を見て早々に見切りをつけ、フェルンと共に迷宮の挑戦に乗り出していた。

 

 その道中でこれである。

 

「フリーレン様!またですか?ミミックだって言ったじゃないですか!」

 

「いたたた、千切れちゃう……」

 

 フェルンはだから言ったのに!という態度を隠しもせず、上半身を噛み付かれているフリーレンの臀部をぐいぐいと引っ張る。

 しかしミミックもなかなか離そうとはせず、フリーレンは痛そうに声を漏らした。

 

「フェルンちゃん、そういう時は逆にぐいっと押し込むと良いよ。ミミックがおぇってなって吐き出すから」

 

「あ、はーい」

 

 フェルンはブレネンに言われるがままにフリーレンの臀部を押し込み、同時にミミックの口が堪らないとばかりに開く。

 そして涎まみれのフリーレンの上半身が、ようやく抜けるのだった。

 

「……これが、伝説の魔法使いフリーレン……」

 

 第一次試験でゼーリエの結界を破った事を見ていたゼンゼは、フリーレンに強い期待を抱いていた。

 もしかすると容易く攻略出来てしまうんじゃないかと。

 だが今は別の意味で戦慄していた。

 ミークハイトの結果を無視してミミックに噛まれる、そんな熟練の魔法使いがいるのかと。

 

 フェルンに涎まみれの頭を拭かれながら、言い訳をつらつらと並べる姿を見て、この二人に着いてきた事を後悔し始めていた。

 

 けれど。

 

「うーん、母さんも相変わらずだなぁ」

 

 もう一つ目的はあるのだし、とゼンゼは思い直す。

 個人的な事ではあるものの、今はチャンスだ。

 ここでチャンスを物にする、そうゼンゼは意気込んでいた。

 

 そこで、ブレネンが何かに気付いたように、素早く振り返った。

 ブレネンは暫し黙り、真剣な表情でその方向を見つめた後、自らの剣に手を添えた。

 

「ちょっと僕は先に行くね」

 

「あれ、まだこの階層のマッピング終わってないのに」

 

「あはは、ごめんね母さん。これでも僕、試験官だからさ。

 ちょっと行かないといけないや。またいつかどこかで、別の迷宮を一緒に潜ろうよ」

 

「そっか、仕方ないね。じゃあ頑張ってブレネン」

 

「ブレネン様、ファイトーです!」

 

 二人の激励を受けたブレネンは笑みを浮かべ、小さく頷いた。

 そしてチラ、とゼンゼへと視線を向ける。

 黙ってコクと頷いたゼンゼを確認した後、ブレネンは踵を返して地を蹴った。

 

ドガンッ!

 

 轟音と共に石畳の一部が剥がれ……ブレネンの姿は一瞬で見えなくなる。

 遅れてぶわりと風が吹き、三人は目を細めた。

 

 一級魔法使いブレネン。

 彼の特徴は、戦士としても一級品であるという事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブレネンが去った後、フリーレンは少しだけ名残惜しげにブレネンが消えた通路を見続けた後、フェルンへと向き直る。

 

「さて、それじゃ攻略続けようか。次はどんなお宝が見つかるかなー」

 

 ウキウキと、楽しそうに歩き始めるフリーレン。

 そこに難攻不落のダンジョンに挑んでいるという緊張感はなく自然体で。

 

「あ、そこ罠だから気を付けて」

 

 ミミック以外の罠ならば容易く見破る観察眼もある。

 ミミックには齧られるものの、やはり優秀……。

 優秀過ぎるくらいだ。

 ゼンゼは、フリーレンへの評価を高めていく。

 そして、この試験にブレネンも参加させた事は間違いではなかったと、しみじみと感じるのだった。

 

 ……それはそれとして。

 一時、休憩として安全確保後に休みつつ、手に入れたお宝と言う名のガラクタを見分していたフリーレンに、ゼンゼがすり寄っていった。

 

「ね、ねぇ……」

 

 少し震えた声に、フリーレンが首を傾げる。

 

「……?何?何か欲しいのでもあった?」

 

「いや、そんなのはいらない」

 

 キッパリと言い捨てられ、喜色にまみれていたフリーレンの顔が曇った。

 

「そんなの……」

 

 こんなに素晴らしいのに、と顔をしょぼしょぼさせながら、ガラクタに頬擦りするフリーレン。

 そんなフリーレンに、ゼンゼはよし、と小さく気合いを入れて、その言葉を口にした。

 

「ぶ、ブレネンの小さい時のお話とか、聞かせてくれないか!?」

 

 両手を握り締め、力強く言い放った、フリーレンに求めたのはブレネンの話。

 同僚であり、先達であり、尊敬すべき魔法使いである彼の事をもっと知りたい。

 そう思うのはおかしい事だろうか?

 いいや当然だ!

 

 そう自分に言い聞かせ、胸を高鳴らせ、頬を染め、ふんふんと荒い息を吐きながら、ゼンゼはフリーレンを真っ直ぐ見つめていた。

 その様子を傍らで眺めていたフェルンは、ゼンゼ試験官の様子を見て、ハッと目を見開いた。

 

 これは……ブレネン様に春が!?

 口元を抑え、フェルンは興味津々といった様子で、二人を、特にゼンゼを観察する事にしたのだった。

 他人の色恋程面白いものはない。

 それが知り合いであれば尚更である。

 

「ブレネンの話か……ふふん、いいよ。

 私はお母さんだからね、ブレネンの事ならなんでも知ってるよ。

 そうだね……ブレネンがお腹にいた頃はねぇ……」

 

 自慢気に胸をはるフリーレンに、ゼンゼの期待は最高潮。

 けだるげな瞳を輝かせ、期待に満ちた表情でフリーレンの話に聞き入るのであった。

 

 なお、話は変わるが、ブレネンは元々フェルンの祖母であるマリィと幼馴染みである。

 そして、ブレネンは昔からマリィの事が好きで……僧侶としての修行をしていたマリィがお腹を大きくして帰ってきた事で、その初恋は打ち砕かれていたのだった。

 そこで父親譲りの一途さを持ってしまっているブレネンは、新たな恋に生きる事も出来ず、マリィの幸せは願いつつも、憂さ晴らしのように北部で魔族相手に大立ち回りする日々をずっと送っているのである。

 なのでブレネンは、会う度にゼンゼの目線に熱いものを感じつつも、のらりくらりとかわしていたのだが……今回、過去の事をよりにもよって母親の口から話された上に、初恋の人の孫には面白半分で観察される事になる。

 なんとも報われない少年である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「北部の英雄とこんな形で戦う事になるとはな……」

 

 迷宮を順調に進む集団の一つ、北部魔法隊隊長、ヴィアベルと、シャルフ、エーレの三人はこの迷宮が何故難攻不落なのかをその身で感じていた。

 つい先刻、自分達の姿をした複製体達を、各々が有利な相手を狙う事によって倒した三人。

 そんなタイミングで現れた新たな複製体。

 試験官の一人、ブレネンの姿をしたそれに、ヴィアベルは笑みを浮かべながらも冷や汗を止める事が出来なかった。

 ただ自然体で、ブレネンの姿をした複製体はゆったりとした動作でヴィアベル達を眺めていた。

 

「北部の英雄?」

 

「知らねえのか?北部で長年暴れてる二人組だよ。

 たったの二人にも関わらず、手当たり次第に魔族や魔物を蹴散らしててな……。

 おまけに人間同士の争いにも、気に食わなければ首を突っ込みやがる。

 俺も一度……戦場で会った事がある」

 

「その時は、どうなったの?」

 

「あー、気付けば、敵対してたガキ共と青い空を見上げてた。

 100はゆうに越える人数相手に、たった二人で、誰一人殺す事なく無力化しやがったんだよ、一瞬でな」

 

「……なにそれ……アンタがいて……?」

 

 エーレの表情は恐れが強く出ていた。

 ヴィアベルの強さは一次試験で数日行動を共にし、今も複製体相手での素早く的確な指示等から、よく理解していた。

 そんなヴィアベルを一瞬であしらったという、化け物の複製体……。

 しかも今自分達の複製体と戦った事で、オリジナルと遜色ない事は理解してしまっていた。

 目の前のブレネン試験官の複製体を、エーレは恐れの籠った視線で見つめていた。

 

 だが一方で、ヴィアベルはその笑みを深めていた。

 

「だから国単位じゃあの二人は忌み嫌われてるが……俺達のような一兵士からしたら……あの在り方は憧れちまうわな。

 弱きを助け、強きを挫き、全てに手を差し伸べ、纏めて救っちまうような英雄……。

 今、新たな伝説を刻もうとしてるようにも思えちまう。

 ……だからこそ今、挑んでおくのも悪くねぇな」

 

「ちょっと、戦う気?」

 

「その話を聞かされた身からすると、挑むのは無謀のように思えるんだが……」

 

 エーレとシャルフは既に腰が引けてるようだった。

 二人にとってはヴィアベルの存在は既に自分の中でかなり大きくなっているのだろう。

 そんなヴィアベルの話すそのエピソードは、恐れるに値する内容であった。

 そんな二人に、ヴィアベルは呆れたように視線を向けた。

 

「おいおい、試験の始まりの時にゼンゼ試験官が言ってた事忘れたのかよ?

 不可能を可能にするのが一級魔法使いだろう?

 それに、手も足も出ずに負けたのは、俺がまた若い頃の話だ。

 ……いや、まだ若いけどな?こないだまで20代だったんだぜ?」

 

「誰に言い訳してるの」

 

 エーレからの突っ込みに答える事なく、ヴィアベルは目の前にいるブレネン試験官の複製体を見つめる。

 見た目は小柄な少年、複製体の特徴として色素はないが、その表情には不思議な圧力と自信を感じていた。

 その小さな体に秘められている力を知るヴィアベルは、だからこそと奮起し、構えを取る。

 

「さぁ、やるぞ」

 

 そのヴィアベルの言葉に、二人は意識を切り替える。

 即座に戦闘態勢をとった二人を頼もしく思いつつ、ヴィアベルは視界にブレネン試験官の姿を収めた。

 

 幸いに相手は此方を嘗めているのか、静かに様子を伺っている。

 以前は使う間もなかったが、今なら通じる、この距離で視界のど真ん中に入れたこのタイミング。

 今までの経験から今使えば必ず成功する、その確信があった。

 

「『見た者を拘束する魔法(ソルガニール)』」

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