人の心を持ってしまった魔族・IFストーリー   作:如月SQ

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[一級魔法使い第二次試験・後]

「め、滅茶苦茶だぁあああ!」

 

 カンネはゴーレムの腕の中、風を感じながら悲鳴をあげていた。

 背後からは絶え間無い鉄の音。

 ブレネンの複製体の剣が、ゴーレムを削る音が響いていた。

 

「ひぃいいい!」

 

 そのゴーレムの背中にはドゥンストが必死の形相で張り付いていて、此方も情けない悲鳴をあげていた。

 今もはりついているゴーレムの肩が抉れ、それが視界に入る為にドゥンストの感じている恐怖は察するに余りある。

 

 二人は皆と別れた後、リヒターの複製体と交戦、無事撃破していた。

 そしてその直後、ブレネンの複製体が現れたのだった。

 その姿を確認し、ドゥンストは即座にビンを取り出し……割るのをほんの少し躊躇った。

 ヴィアベルに忠告されていた為に割るつもりではいたが……エーデルとブライ、二人に生かされているような自分が早々に諦めて良いのだろうかと頭に過ったのだ。

 過り、躊躇ってしまった。

 その時間が致命的な間違いだった。

 

バキンッ!

 

ガガガガガガガガガ!

 

 その次の瞬間、ドゥンストの持つビンは砕け、中のゴーレムが大きくなる前に粉々にされたのだ。

 ドゥンストの顔が絶望に染まった。

 それを成した、まだまだ距離があった筈のブレネンの複製体が直ぐ側で剣を振り切っていたのを見て……カンネは顔を真っ青にしてゴーレムのビンを割ったのだった。

 

「大丈夫!?これ大丈夫なの!?

 てかこの人本当に魔法使い!?」

 

「ひぃぇええええ!」

 

 即座に巨大化したゴーレムはカンネを優しく抱き抱え、次の瞬間に放たれた剣撃の嵐からカンネを守り切った。

 しかし、その体表面にはいくつもの斬跡が刻まれ、左腕は二の腕辺りを抉りとられていた。

 それを見たドゥンストの顔色が最早土気色となっていたが、生き残る可能性を信じ、ゴーレムの背中にしがみつき……その瞬間にゴーレムは軽快に走り出したのだった。

 

 それでもなお剣戟が時折飛んできて、ゴーレムの体表が削られていく光景に、カンネは最早涙目になりながら身を縮こませていた。

 そんなカンネの髪が数本、ブレネンの複製体の剣が掠り、宙を舞った。

 

「ひー!助けてぇー!ラヴィーネー!」

 

 悲鳴をあげ、頭を抱えたその瞬間。

 

「残念ながらラヴィーネではないけど、わかったよ」

 

ザンッ!

 

 直ぐ背後に迫っていたブレネンの複製体の首が飛んだ。

 途端に鳴り続いていた剣戟の音も止み、遅れて正面から凄まじい風圧がカンネの顔をうつ。

 

「ぶぇっ!?な、え!?」

 

 戸惑いの声をあげつつも、ゴーレムの肩から後ろを振り返れば、そこには本物のブレネンが剣を腰に納めていた所で。

 視線に気付いたのか穏やかな笑みを浮かべ、カンネへとひらひらと手を振っていた。

 そのままその場を走り去ろうとするゴーレムの腕の中で、カンネは安堵の息を吐いてその手を振り返した。

 

「ありがとうございまーす!!!」

 

「気を付けてね」

 

 二人を乗せたゴーレムが走り去るのを見送ったブレネンは、ふぅ、と胸を撫で下ろした。

 あのままではもう少し経てば、二人は真っ二つになっていただろうから。

 

「皆動き出してるみたいだね。試験も大詰めかな。

 っと、ゼンゼの複製体に襲われた子達もどうにか逃げれたみたいだね」

 

 良かった良かったと笑みを浮かべ……次の瞬間にはその場から姿を消すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フリーレンとフリーレンの複製体の戦いは熾烈を極めていた。

 炎が舞い、雷が迸り、光線が飛び交う。

 既にフェルンは身を潜める事に成功し、複製体の隙を伺っていた。

 

 だがやはりと言うべきか、フリーレンが作り出した隙は僅かであり、そこをついてもフリーレンの複製体を倒し切るまでには至らなかった。

 故に、フリーレンは事前に話していた通り、一度大きな隙を見せる事にする。

 そうする事で、自分の複製体も隙を晒すと確信して。

 フェルンは自分には絶対に勝てないとなめているからこそ、弟子が自分を打倒出来ると信じて。

 

 そして、それは果たされる。

 フリーレンが手傷を負いながらも作り出した隙、そこをついたフェルンの渾身の『魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)』が、フリーレンの複製体の防護魔法を貫いた。 

 土煙が収まった時、フリーレンの複製体は左腕と脇腹、杖と右肩を抉られた状態で佇んでいた。

 それでもまだ立っているフリーレンの複製体へ、トドメを刺そうとフェルンが杖を構え直し……その姿をフリーレンの複製体がじろりと見つめた。

 

グンッ

 

ズドンッ!

 

「!?」

 

 その瞬間、フェルンの体は突然後ろに吹き飛び、壁に強く衝突した。

 フェルンの持つ杖は砕け、体はみしみしと音をたて壁にめり込んだ。

 全身に強い圧力をかけられ続けているようで、つう、とフェルンの口の端から血が流れる。

 この状態を、自分が受けている攻撃を、フェルンは理解が出来なかった。

 これを成しているのがフリーレンの複製体である事は間違いないのに、魔力は感じず、魔法だと思えなかった。

 

「すごい……フリーレン様。これが……魔法の高みなんですね」

 

 困惑と……それ以上の感心と尊敬の念に、フェルンは痛みに顔を歪ませながらも微笑みを浮かべた。

 此方をじっと見つめるフリーレンの複製体は既に死に体で、それでもなお衰えない強い眼光と、正体不明の圧力。

 先程まで本物のフリーレンしか警戒していなかった複製体は、初めてその意識の殆どをフェルンへと向けていた。

 

 故に、その姿は……。

 

「でも、隙だらけです」

 

 ひどく無防備だった。

 

 フリーレンの複製体の真横に、フリーレンが杖を突きつける。

 捉えた、フリーレンは確信を持つ。

 複製体がフェルンから視線を外し、此方を振り返るももう遅い。

 後は無防備な自分の複製体を吹き飛ばすだけ。

 ……にも関わらず、フリーレンの意識はそこで突如として引き伸ばされた。

 

 不思議に思いながらも、フリーレンはその感覚に覚えがあった。

 今まで何度か感じた命の危機、その時に思考が加速する現象と似ていた。

 そして、フリーレンは気付く。

 既に自分の首の寸前に、剣が振られている事に。

 突如現れたブレネンの複製体が、既に自分を捉えていた事に。

 フリーレンは既に自分の複製体を確実に葬る為に『魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)』を放つ寸前で、対処する術はもうなかった。

 絶死の瞬間、不意に、脳裏に戦いを始める前のフェルンとの会話が浮かんだ。

 

『ブレネン様はなんで魔法使いになったのですか?』

 

『なんでって、どうしたの急に』

 

『ブレネン様は戦士としても優秀なのですよね?

 でも普通はどちらかにするものじゃないですか。

 それに、攻撃魔法が嫌いなブレネン様に魔法使いはあまり向いてないんじゃないかと……』

 

『……そうだね。あれは、まだまだブレネンがちっちゃかった頃の話だね』

 

 続いてかつての記憶が甦る。

 ブレネンがまだまだ小さかった、フリーレンの腕の中にすっぽり入るような頃。

 フリーレンが作り出した蒼月草の花畑の中で、ヒンメルが作った花冠を皆でかぶって、ブレネンは舞い散る花弁に手を伸ばしていた。

 

『おかあさんのまほう、すき!』

 

『そうだね、僕も好きだよ』

 

『おとうさん!おかあさんはせかいでいちばんのまほうつかいだね!』

 

『そうとも、フリーレンは最高の魔法使いさ』

 

『恥ずかしいな……と言っても、今のこの世は私の事を、最高の魔法使いだなんて認めないだろうけどね』

 

 かつて、自分が魔法使いであると証明していた唯一の証、聖杖の証を掲げ、フリーレンは呟く。

 照れ隠しではあったけれど、それは本音でもある。

 きっと、これを知る人間はほとんど生きていないのだろうと、一抹の寂しさを滲ませながら。

 そんなフリーレンをヒンメルは微笑んで見つめていたのだが……。

 

『むぅ!』

 

 ブレネンは違った。

 母親が最高の魔法使いではないと否定され、子供ながらに不服そうに頬を膨らませていた。

 

『じゃあ、ぼく、りっぱなまほうつかいになる!』

 

 フリーレンはその言葉に驚いた。

 ブレネンには魔法使いとしても戦士としても、どちらの才能も備わっていたのは感じていたが、どちらかと言えばヒンメルに憧れを抱いていた。

 更に親友夫妻の子供であるニコライに遊んで貰っているうちに、戦士として自然と鍛えられてもいたから。

 それに……ブレネンには魔法の才能はあっても、魔法で傷付ける事を嫌う一面があったから。

 だから自分がブレネンに教えるのは民間で使われるような、くだらない、けれど楽しい、そんな魔法だけにするつもりで、魔法使いになるとは思っていなかった。

 

『ぼくがりっぱなまほうつかいになって、おかあさんがせかいでいちばんのまほうつかいだって、しょうめいするんだ!』

 

『ブレネン……』

 

 だから、だから、ブレネンの言葉はフリーレンにとって本当に唐突で、そして……嬉しかった。

 視界が思わず潤んでしまった事を隠すように、腕の中できゃいきゃいと笑うブレネンを、ぎゅうと抱き締め、その父親譲りの青みがかった髪に顔を埋めた。

 ヒンメルが嬉しそうに笑って、ブレネンも楽しそうにきゃーと声をあげた。

 そんな、幸せな、家族の思い出。

 

 そして……そんな、ブレネンが立派な魔法使いになっていく事をずっと見届けようと、そう心に決めたのだ。

 

「だから、死ねない……!」

 

 急速に現実に戻ってきたフリーレンは諦めに細めていた目を、カッと見開いた。

 死ねない、その一心で、気合いで、根性で、無理矢理体を思い切りのけ反らせた。

 無理矢理動かされた体が軋みをあげ、首が悲鳴をあげ、痛みをフリーレンに訴えてくる。

 そして……フリーレンの首を分断しようと振られていた剣は、ギリギリ動脈まで届かず、フリーレンの首を抜けていったのだった。

 

ゴパッ!

 

 フリーレンの首と口から夥しい血が溢れ、その白の服を染める。

 だが、凄まじい激痛に襲われながらも、フリーレンの目は自身の複製体と、それを守るように立ちはだかるブレネンの複製体を、しっかりと捉えていた。

 そのまま、魔法を放つ、当たれば確実に消滅させる事が出来る一撃。

 それでも無理矢理致命傷を避けた代償として、その魔法を放つタイミングは一瞬遅れてしまっていた。

 そして、その一瞬があればブレネンの複製体は、フリーレンの複製体を抱えその場を離脱する事が出来る。

 余りに致命的な一手の遅れだった。

 

 ブレネンの複製体は剣を振り切ったその流れで、フリーレンの複製体を抱え込もうと手を伸ばした。

 けれど、致命的な一手の遅れは……ブレネンの複製体も同様だった。

 

パンッ

 

グシャッ!

 

 フリーレンの複製体にブレネンの複製体が触れたその瞬間、二人の体は左右から見えない何かに押し潰されるようにその体をぶつかりあった。

 そして、何かに押さえ込まれ、身動きが取れずに蠢く二人を。

 

ズドンッ!

 

 フリーレンは『魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)』を放ち、消し飛ばしたのだった。

 

 ちら、とフリーレンが見れば、壁に押し付けられていたままのフェルンの手は、震えながら、祈るように重ねられていた。

 

「『見えない手を操る魔法(トランツーリヒ)』……」

 

 ボソリと呟かれたのはフェルンが今見せた魔法、曾祖母から受け継いできた、不可視の手を操る魔法だった。

 フリーレンの複製体が消えた影響か、壁から剥がれるように抜けたフェルンは、血相を変えてフリーレンの元へと文字通り飛んでくる。

 

ごぶばっばべ、ごぱっ!(よくやったね、フェルン)

 

 そんなフェルンに対して、フリーレンは微笑みを浮かべ、フェルンの功績に素直な称賛の言葉を告げようとした。

 代わりに漏れたのは夥しい吐血、そしてぱかりと開いた首からの出血だった。

 

「フリーレン様!無理に喋らないでください!」

 

 フェルンは慌てふためきながら、自身の聖典を取り出し、フリーレンの治療に入るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その空間の天井付近で、魔力を抑えて潜んでいる青髪の少年が一人佇んでいた。

 握力のみで天井に張り付いていていたブレネンは、母親の首が飛ばなかった事にホッと安堵の息を吐いていた。

 母親を信じていたブレネンだったが、その握っている天井に走っている無数の亀裂が、ブレネンの心情を表しているようだった。

 フリーレンがフリーレンの複製体と戦っている間、何度飛び出そうと思ったか。

 

「うん……まぁ何にせよ良かった。僕の複製体が母さんを殺すなんて事にならなくて」

 

 それでも、フリーレンとフェルンは、この試験を乗り越えた。

 自分達の力で、勝利を勝ち取ったのだ。

 ブレネンは、心から誇らしい気持ちだった。

 

「やっぱり、母さんは世界で一番の魔法使いだ」

 

 フェルンに首を止血されつつ、『水鏡の悪魔(シュピーゲル)』を消し飛ばした自身の母親を見下ろして、ブレネンは穏やかに微笑んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君達は見事に『零落の王墓』を攻略した」

 

「皆お疲れ様」

 

「これは一級魔法使いに十分匹敵する、歴史に名を残す程の偉業だ」

 

「うんうん、凄い事だよ」

 

「約束通り最深部に辿り着いた全員を、第二次試験合格とする」

 

「おめでとう。心から祝福するよ!」

 

「……それはそれとしてブレネン。受験者に『水鏡の悪魔(シュピーゲル)』の情報を漏らした事について話があるんだが」

 

「あっ(ギクッ」

 

「ゆっくりと、じっくりと、話をしようじゃないかブレネン」

 

「お、お手柔らかに……」

 

 ジトっとした湿った目線で見つめるゼンゼは、自然な動きでブレネンへと距離を詰め、その手足に自身の髪を伸ばした。

 今までならばゼンゼに距離を詰められてものらりくらりとかわしていたブレネンだったが、今回は明確な落ち度がある故に、それを振りほどく事が出来なかった。

 

 一方で一番の功労者であるフリーレンは、フェルンにがちりと首回りを固められていた。

 

「う゛ー、お゛宝が……」

 

「駄目です、フリーレン様。今ミミックに齧られたら、本当に首が取れちゃいますよ」

 

 宝物庫に置かれた、金色の豪華な宝箱、ミークハイトの結果はミミックと出ている宝箱。

 いつもならば好きにさせるものの、今の上半身血塗れなフリーレンにその行動を許す訳にはいかなかった。

 首元に何重にも巻かれた血の滲んだ包帯をしっかりと押さえ、フリーレンの動きも固め、フェルンは治療を続けるのだった。

 

 自由を失った二人の親子エルフは、その端正な顔をしょぼくれさせていた。

 その表情と雰囲気は、非常に良く似ていたのだった。

 そんな様子を、受験者達はなんとも言えない表情で眺めていた。

 

 そこで、ブレネンの体を少しずつ髪で簀巻きにし始めていたゼンゼは、思い出したように口を開いた。

 

「おっと。それでは以上で、第二次試験を終了とする」

 

 妖艶な表情で微笑んだゼンゼは、自身の唇をペロリと舐めた。

 その言葉を皮切りに、受験者達はゼンゼとブレネンから視線を外し、それぞれ動き出すのだった。

 興味が無いわけではないが、触らぬ神に祟りなしといった所だろう。

 上機嫌なゼンゼがブレネンを簀巻きにし終え、担いでその場を去っていく光景をヴィアベルは内心で十字を切って見送るのだった。

 

「……女ってこえーな……」

 

 小さく呟かれた言葉は、幸い背中に背負っていたエーレには届いていないようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第二次試験を終えたフェルンとフリーレンは、シュタルクの待っているであろう宿屋への帰路についていた。

 ここを曲がれば宿屋が見えてくる、そんな曲がり角に差し掛かった、そのタイミングだった。

 

「お、フェルン。おかえり」

 

「あ、ただいまシュタルク!」

 

 曲がり角からシュタルクが顔を出したのだ。

 その姿を見たフェルンは、元気良く挨拶を返す。

 その機嫌の良さそうな様子を見て、シュタルクはピンときた。

 

「その様子だと……」

 

「むふー。第二次試験、無事突破!」

 

 胸を張って自慢気なフェルンに、シュタルクも顔を綻ばせた。

 案の定な答えに、シュタルクは素直に称賛の声をあげた。

 

「おー!すげーな!順調じゃん!おめでとうフェルン!」

 

 シュタルクに真っ直ぐに褒められたフェルンは再度ふふん、と胸を張り、嬉しそうに笑みを浮かべた。

 そんなフェルンの様子に、笑みを浮かべていたシュタルクだったが、突然思い出したようにあ、と声をあげた。

 

「そうだそうだ。フェルンにお客さんだぜ」

 

 笑みを浮かべたまま、そんな意味深な言葉を告げるシュタルクにフェルンは首を傾げた。

 

「お客さん……?」

 

 フリーレンなら兎も角、自分を訪ねてくる人間に心当たりのなかったフェルンは疑問符を浮かべていた。

 シュタルクはニッと笑うと曲がり角から体を出し、振り返って曲がり角の向こうに顔を向けた。

 

「えっ」

 

 そして……その曲がり角から現れた二人の人物に、フェルンは思わず声を失った。

 目を丸くして、まじまじとその二人を見つめて……。

 二人が穏やかな笑みを浮かべたのを見て、漸くフェルンは動き出す。

 腕を開いて待つ、自分と似た紫の髪を持つ女性へと、気付けば飛び付いていて。

 フェルンは、自分を包む懐かしい匂いと、優しく自分の頭を撫でてくれるごつごつとした感触に、満面の笑みを浮かべる。

 そしてそのまま、二人の顔を見上げた。

 

「久し振り!お母さん!お父さん!」

 

 自分を抱き締める母親を、自分の頭を撫でる父親を。

 交互に見上げて、心底嬉しそうにフェルンは笑うのだった。

 

 そんな光景を微笑ましそうに眺めていたシュタルクだったが、ふと、もう一人の旅仲間の姿が見えない事に気付き、キョロ、と視線を巡らす。

 それでも、その白い姿はどこにも見えなかった。

 何処に行ったのか気になるものの、今はフェルンの家族の時間だ。

 それを邪魔してはいけないと、ただただ家族の再会を静かに眺めていた。

 

「あのね、あのね!話したい事、いっぱいあるの!」

 

 まるで子供に戻ったかのように無邪気に、フェルンは父親と母親に存分に甘えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな光景を眺める事が出来る建物の屋根の上、フードつきの外套に身を包んだ人物が、フェルン達を静かに眺めていた。

 目深に被っているフードの隙間からは薄紫の髪が覗いていた。

 

「アンタは会いに行かなくていいの?」

 

 そのフードの人物の背後に、ふわりとフリーレンが降り立った。

 何処か親しげな声色に、フードの人物は小さく笑うと、フードを取り去りながらゆっくりと振り向くのだった。

 

「久し振り……フリーレン。元気そうだね」

 

「うん、久し振り。アリウム」

 

 薄紫の髪に同色の瞳、何処と無くフェルンに似た顔立ち。

 そして、こめかみに生えた小さな角。

 魔族であり、フェルンの曾祖母であり、フリーレンの親友とも言える人物である。

 風が吹き、中身のない右袖がふわりと揺れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「北部を旅するなら一級魔法使い試験を受けるだろうと思って。

 曾孫の晴れ姿が見れるかも、と思って、リリィ達を連れて来た。

 ……順調みたいだね。どうやら今回は大変だったみたいだけど」

 

 ちら、とアリウムの視線は、フリーレンの首に向けられる。

 血の滲んだ包帯でぐるぐる巻きにされている首は、見てるだけで痛そうだった。

 

「そうだね、今回はフェルンに助けられたよ。

 流石はハイターの孫だね。そういえばマリィは?」

 

「流石にマリィももういい歳だから。

 元々鍛えてる訳でもなかったし、長旅には耐えられない」

 

「……そう、か。そっか。マリィももう70近く、なんだね」

 

 そう、歯切れ悪く呟いた。

 

 二人は離れていた時間がなかったかのように、穏やかな空気で互いの近況を話し合った。

 とはいえ、変化が多かったのはやはり旅をしているフリーレンのほう。

 色んな話を楽しげに話すフリーレンを、アリウムは微笑んで見つめていた。

 

 やがて話が一段落ついた頃、眼下でフェルンがフリーレンがいない事に気付き始めていた。

 

「ん……フェルンが心配してる。フリーレン、また話そう。

 試験が終わるまではここにいるよ。二人とも合格出来るように祈ってる」

 

 そう言って踵を返すアリウムに、フリーレンは思わず問い掛けた。

 

「ねぇ。アリウムは一緒に『魂の眠る地(オレオール)』に行かないの?ユーリに……会いたくないの?」

 

 それは、旅を始める時にも一度、フリーレンがアリウムに問い掛けていた言葉だった。

 フリーレンとアリウムは、どちらも長命だ。

 そして、番となった二人は、ヒンメルとユリオプスはただの人間だった。

 既に二人が亡くなってから……30年は経ってしまっている。

 だからこそ、フリーレンはまたヒンメルに会いたくて、『魂の眠る地(オレオール)』へと目指している。

 ヒンメルが亡くなった日の後悔を、打ち消したくて。

 

「……私はフリーレンとは違う。

 フリーレン、貴女は本当の意味で死を知らなかった。

 人が死ぬという事の重みを、実感出来ていなかった。

 だからこそ、いよいよヒンメルが死ぬとなった時酷く取り乱したし、涙の別れになった。

 ひとえに……貴女の心の準備が足りていなかったから」

 

 ヒンメルの命が尽きようとするその寸前のフリーレンの取り乱し方は酷かった。

 ずっと涙を流し、死なないで欲しいと懇願し、ヒンメルが目を瞑る度に悲鳴すらあげていた。

 きっと、ヒンメルが最期に見た自分の顔は情けない泣き顔だった。

 死ぬその寸前まで、心配させてしまっていた。

 それを、そんな自分を、フリーレンはずっと後悔していた。

 

「……うん、だからこそ、私は……」

 

「うん、フリーレン、貴女はそれで良い。

 もう一度ヒンメルと会って別れをやり直して良いと思う。

 でも私は違う。もうユーリとはちゃんと笑顔で別れた。

 だからこそ今も、私の中でユーリは生きてる……。

 ……でもいつか、私の命も尽きる時がくる。

 その時で良い。私とユーリとの再会は、その時で、良い」

 

「……そっ……か」

 

 そこまで言い切られてしまえば、それ以上言葉を続ける事は出来なかった。

 それ以上引き留める事も出来ず、フリーレンもまた踵を返す。

 視界の端でアリウムがまたフードを被るのを見て、フリーレンは別れの言葉を紡いだ。

 

「それじゃ、アリウム……また会って話そう。美味しいお店があるんだ」

 

「ん……楽しみ。またね、フリーレン」

 

 そんな会話の後、二人は静かにその場を後にする。

 ふわりと涼やかな風が、誰もいなくなった屋根の上を吹き抜けていった。

 

 

 

 フリーレン達の旅はまだ続く。

 一級魔法使い試験を終えても、先はまだまだ長い。

 それでも、家族の強い絆を、温かな思い出を胸に、フリーレン達は歩み続ける。

 後で思い出した時に、くだらなくて、思わずふっと笑ってしまうような。

 そんな、楽しい旅を続けていく。

 

 

 

[一級魔法使い第二次試験]―終―

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