「助かったよ、浩介。……うわっ!?」
「こ、これは……」
「黒い球体……?」
浩介の起点により脱出した3人は、後から出てきた浩介にお礼を言おうと振り向く。その時に見た黒い球体に驚愕する。道の幅全部を覆えるほどの大きな黒い球体から出てきたのもそうだが、さっきまであそこに居たとは信じられずに居た。明らかに体積が合ってない。
「これは領域の外殻だ。これがないと自身の生得領域を維持するのは不可能だろうな」
「あれ?浩介はあんなのなかったよね?どういうこと?」
「俺の領域は未完成でな。あれは出来損ないだ」
「うーん……」
浩介は驚く先生達に対して軽く説明をして一息つく。それでも右手は常に刀に触れており、いつでも抜刀出来るようにしている。
先生の方は浩介の説明に疑問を持ち、質問しかえす。浩介の領域は外殻がなかったのをしっかりと覚えている。それに対して浩介の回答は淡白で先生はどこか釈然としていない。
「……そろそろ来るぞ。……ぐっ」
疑問の解消タイムが終わることを察して浩介は構える。いつでも切り込めるようにしているが、肩で息をしている。今朝まで高熱で療養、自分への反転、2人分の他者反転、簡易領域、領域の押し合いと消耗が激しい行為を繰り返した結果、浩介の呪力と体力は底をつきそうになっていた。
バリバリと音を立てて領域が砕け、中から呪霊が恨めしい顔をして出てくる。こちらも領域を展開した結果、かなりの呪力を消耗している。
「……ここは退かせてもらう。いずれ貴様は必ずこの野鎌が殺す!」
「生徒への殺害予告なんて見逃せないけど今は……って浩介!?」
呪霊、もとい野鎌は撤退と浩介殺害の予告をしゆっくり後ろに下がる。先生は生徒に向けて殺害予告など穏やかでない場面に怒り浸透だが、抵抗する戦力が無い以上素直に逃すほかない。大人のカードを使う手もあるが、あれだけ破壊規模の大きい相手だと生徒を守りきれないリスクを先生は背負えない。
しかし、浩介は居合の構えをしながら野鎌へと突進する。いつになく顔つきは険しい。誰よりも消耗しているというのに動きが機敏だった。
「シン陰流簡易領域、居合──抜刀!!」
「うっ……がっ!ああああああああああああっ!!!!!」
走った勢いで滑り、足の動作を無くしてから簡易領域を展開後、簡易領域の範囲内に無理矢理入れた野鎌を切りつける。シン陰最速の剣技、今の浩介にはこれが精一杯だ。
野鎌は胴体が真っ二つに切られるのを避けるために何とか身体を逸らして最小限のダメージに抑える。それでも、左腕が無くなる激痛は避けられず思わず悶絶する。
「ふっ!!」
追撃に一閃をお見舞いし、呪霊の胴体に更に深い傷を負わせる。人間であればこれで充分殺せるほどのスプラッタな絵面にヴァルキューレの面々には吐き気を催す者まで出てきていた。
「ハァ……ハァ……まだだ!今のうちに……!!」
「浩介!?その身体で無茶したら……」
「領域をいなした今しか、術式が焼き切れてる今しかこいつは祓えない!!逃したら駄目だ!!何としてでも……っ!!!」
浩介は今にも倒れそうなほどフラフラになりながらも、必死に野鎌を祓おうとする。今の浩介は誰よりも恐ろしい顔をしていることに本人は気づいていない。アドレナリンが分泌され、極度の興奮状態に陥ったかのような危険さを皆が感じていた。
「待って浩介!!」
「チナツ!?な、何を!?」
そんな浩介に怖気付かずに行動した者がいた。チナツである。
彼女は走った勢いのまま浩介にタックルして、その場から離れていく。チナツの突然の行動に浩介は戸惑いを隠しきれず、すっかり狂気は失せていく。
結果としてチナツの行動は最適解だった。
浩介の居た場所は鼠の大群が押し寄せていた。狙いは浩介の頸動脈。仲間の野鎌を守るために未だに姿を現さない呪霊が最後に残った鼠を突貫させていたのである。
「……ありがとう。チナツがいなかったらやられてた」
「お礼なら病室で聞きます!無茶したお説教も兼ねてです!!」
流石に今の光景を見て浩介も血の気が引き、冷静さを取り戻す。悔しくて仕方ないが今は逃すしかないことを受け止める。
意図せずチナツに押し倒された形になりながらも、浩介は心の底から礼を言う。対してチナツはかなり怒っている。2人の温度感はまるで違う。
「じゃあな、火野浩介。貴様とは相応しい舞台で呪い合おう」
野鎌はこの隙にマンホールを開けて身を投げる。怒りを隠すことのないその表情はすでに生徒の羽よりも興味が浩介に向いたことを高らかに宣言するかのようだった。
「……望むところだ」
取り逃す悔しさを滲ませながらも、浩介はその挑戦を受け取る。
これを機にお互いに力をつけて決戦となるのは後の話。
************
野鎌との戦闘から数日後、ミレニアムへの浩介派遣は延期されながらも日常へと戻っていった。
先生はここ最近は被害者のケアに出来る限り努めるように動いており、多忙を極めていた。あの被害を防げなかった悔しさが彼女の心の中に走る。
だが今は被害に遭った子達を大人として助けるのが先決である。今日はある二人の見舞いに来ている。
「ギンコとヒロコは……同じ病室か」
先生はミネから貰った患者リストに目を通しながら目的の人物を探す。今回はギンコとヒロコ。野鎌との戦闘の時に現場にいた子達である。
しばらく歩いて二人のいる病室の前に立ち、深呼吸する。直接現場を見て助けられなかったヒロコは特に何とかしてあげたい気持ちが強く、先生は気を引き締めていた。
「ギンコ、ヒロコ……入るよ」
「どうぞ」
「お構いなく」
ドアをノックして入ろうと声をかけると普段と変わりなさそうな二人の声が聞こえて安堵しながら先生は入室する。アリウスとトリニティという大きな壁をものともしてない二人が先生としては嬉しいことこの上ない。
「失礼しま……うぇ!?二人とも何やってるの!?」
先生が入った時にまさかの光景を目にして面食らう。ここに浩介がいなくてよかったと思うようなギリギリのものだ。
「何って……私がギンコさんの服を捲って羽のあった場所をお薬を塗りながらお手入れしてあげてますの」
「はふぅ……次は私がやるね」
「いや、それはわかるけど……ちょっと捲るのが上すぎない?カーテンも閉めた方がいいんじゃ……」
ヒロコがギンコの服を捲って羽のあった場所に薬を塗りながら手入れをしてあげていた。先生が驚いていたのは行為そのものと言うより露出の多さである。特に危険だと思ったのはカーテンが完全に開いており外から丸見えになっているところだ。ギンコの下着がギリギリ見えそうになっている。
「むふふ〜……じゃあ今度は私がヒロコちゃんをお手入れする番です!」
ギンコはとても楽しそうにヒロコにお返しをしていた。アリウスにいたころは恐らくしなかったであろう笑顔。まだアリウスは全員が彼女のように一般社会に入っていくほど進んではいない。それでも、彼女の笑顔はこれからを思えば希望となる。やっているのは男子禁制の花園であることを除けばよいことだ。
ギンコの羽の根元が感情にリンクしてるのかピクピク動いている。元の羽があればわかりやすく感情を表していただろう。ヒロコも同じだ。人によっては哀れみの視線を向けるだろう。
「んっ……お上手ですわ」
「まあ慣れてるからね!」
でも、実際はかけがえのない友を得たようだ。アリウスとトリニティという大きな壁は今の二人には存在しない。ヒフミとアズサのようにこれからも一緒だろう。
「その様子だと……もう大丈夫なのかい?」
「はい!私は明日退院してそのままヒロコさんの担当です!」
「私はミネ団長に止められています。……早くティーパーティーの職務に復帰したいのに……うっ……書類が……」
先生の問いにギンコは元気よく答え、ヒロコは溜まりゆく仕事を思い出して萎えている。きっと暫く経てば二人とも仕事をしながら、日常を過ごすだろう。
でも、最悪の場合二人ともここにいなかったかもしれない。笑い合えてるからこそ今はいいが、あの時は浩介の反転術式がなければ手遅れになりかねない。先生にとってはそれが何よりも恐ろしかった。
(生徒達を守るためにも……私も腹を括らないといけないだろう。だけど……)
先生には大きな不安があった。
(私は指揮して勝利に導くことは出来る……でもそれは生徒を危機に晒すことになる)
先生が呪霊を倒すために動くと言うことは必然的に生徒を指揮して戦うことになる。今回のような生徒の命すら脅かす呪霊相手に出そうとは正直思えない。
だが、現実問題として生徒に戦ってもらうしかない。大人のカードを使う手もあるが発生頻度を考えるとそれは本当にギリギリまで控えるべきである。毎回毎回使えば先生がリスクで押し潰される。生徒を守れるのはいいが、中途半端なまま先生がいなくなることは大問題なのである。
(だからこそ──呪いについて詳しくならないといけない。風紀委員会を通して基本は知ってるつもりだったけど実際の戦闘からして明らかに必要な情報が足りない)
先生が思っていることは一つ。浩介がヒナもとい一部の風紀委員に教えた情報は充分とは言い難いということ。なんだかんだゲマトリア側にいる浩介は先生に全てを預けられない。
(浩介からはもっと情報を引き出さないといけない。でも──)
(私の事をどこまで信じてくれるのだろうか)
先生視点ではまだ浩介は自分を信じきれていない。そんな不安を感じるのであった。
ギンコの羽はアリウス時代にもぎ取られています
逆らってしまい、普通の子ならヘイロー壊されるところを彼女は医療技術の習得とレアスキル持ちだったので羽の切断で手を打ってます
そんな話をするのはきっとヒロコと先生だけでしょう
更新時間はいつが良いでしょうか?
-
22時〜0時ごろ
-
7時ごろ
-
19時ごろ