グリフィンドール寮は暖かい。
冬も近づいてきている為、轟々と暖炉の火が燃え盛っているのもあるが、それだけではない。
赤と金を基調とした寮内で学年や性別関係なくわいわいがやがやと団欒しているその光景は、まるで家族のようだ。
「おっまたせ〜」
オリビアは両手に4つバスケットを持って、暖炉の前を陣取る女子の輪の中に入っていく。
今日はグリフィンドールで女子会である。
不定期に開催される女子会の参加者は、学年関係なく参加したい女子のみ。
寮内の女子ほぼ全員が参加することもあるし、今回のように10人いくかいかないかといった時もある。
談話室での女子会のため男子禁制という訳では勿論無いが、空気を読まない者には雌獅子の鋭い視線が贈られることだろう。
現に女子会参加メンバーの1人に惚れている男子生徒が話しかけようとした時、他のメンバーに睨まれてすごすごと引き下がっていった。
「はい、これとこれが軽食で、これとこれはお菓子」
オリビアは軽食のバスケット2つと、お菓子のバスケット2つを周囲の寮生に渡す。
いつもの女子会であれば各々がお菓子やら飲み物やらを持ち寄るのだが、この場には厨房の場所を知るカトレア達がいる。
女子会のために厨房に行って食べ物を用意してもらったのだ。
通常であればずっしりと重いはずのバスケットだが、屋敷しもべ妖精が軽量化の魔法をかけてくれたため、まるで空気を腕に引っ掛けているようだった。
バスケットから取り出された食べ物が、ズラリと大ぶりの机の上に並べられる。
オリビアは2人分空けられたソファに腰掛ける。
深紅のビロードのソファはオリビアを優しく抱きとめた。
「美味しそ〜!!」
「飲み物も貰ってきたわよ。ソフトドリンクとか、バタービールも入れてくれたわ」
「バタービール!!」
「最高!」
続いてカトレアもバスケットを渡して、オリビアとは逆の空いた席へ座る。
カトレアが持ってきたバスケットからもドリンクが取り出される。
バスケットの中に入っていたグラスは人数分には足りなかったので上級生が双子呪文で増やし、各々の前にグラスも並んだ。
全員にグラスが行き渡った事を確認した7年生の監督生であるキャスリーン・ウィリアムズが立ち上がり、グラスを掲げた。
それに倣って各々も目の前に置かれたグラスを掲げる。
暖かな光が幾つものグラスに反射し、屈折し、あちこちに散らばった。
「それじゃあ、ソフィアの回復を祝して!」
「カンパーイ!!!」
そう、今日の女子会はただの女子会では無い。
ソフィアが漸く医務室から戻ってこれた回復祝いも兼ねているのだ。
カトレアとオリビアに挟まれたソフィアは胸の前でグラスを持ちながら縮こまっていた。
昨日まで仰々しいガーゼが貼られていた額は怪我などなかったかのようにつるんとしている。
「それにしても、厨房の場所なんて知ってたのね」
誰に教えて貰ったのかな〜??なんて5年生のローナ・ジョンソンが隣に座っているオリビアの頬を片手で鷲掴み、柔く揉みながらニヤニヤ笑っている。
オリビアは揉まれて間抜けな顔になりながらも誤魔化すように視線を逸らして宙を見つめた。
オリビアはカトレアに聞いただけ。
そのカトレアはチャールズ・サリヴァンに言いふらさないことを約束して教えてもらっている。
オリビアもチャールズに恩がある。
これでも義理を通すタイプなのだ。
「カトレアも知ってるんでしょ〜??教えてくれてもいいんだよ〜」
オリビアの頬を揉みながら、もう片方のて手もやわやわと動いている。
ローナはカトレアの頬も揉む気満々なようだ。
「んー、内緒♡」
空いている手で口の前に人差し指を立てる。
ついでにサービスでパチンとウィンクをひとつ。
桃色の唇は挑発するように弧を描いている。
ポンッと電子レンジにかけられた卵が弾けるように、ローナの顔が真っ赤に染まる。
可愛い女の子が好きだと豪語するローナであるが、それをもってしてもまさに魔性の女。
彼女にかかれば女も男も性別など関係なく、虜にされてしまう。
「アンタ達は相変わらず可愛いわね〜!」
カトレアの髪を隣に座った5年生の監督生であるレイラ・ブラウンが梳くように撫でた。
横を見ればソフィアも3年のメリッサ・アーチャーに真っ赤な顔で餌付けされているし、その奥には未だオリビアがローナに頬を揉まれている。
カトレアはグラスに注がれたバタービールに口をつけた。
シュワシュワと炭酸が弾け、甘い泡が白い髭を形作る。
「美味しいわね、これ!」
バタービールはカトレアに成って初めて飲む。
某テーマパークとも、スタジオツアーとも違う、本物の味。
もう何度目かも知れない感動に涙が出そうだ。
「もしかしてカトレア、バタービール初めて?」
頷くカトレアに、それは大変!とばかりに上級生がカトレアのグラスにバタービールを継ぎ足す。
カトレアは人中溝についた泡をタオルで拭った。
「そんなにいれなくて大丈夫よ。みんなの分が無くなってしまうわ」
「私たちは散々飲んでるからいいの!」
「他に初めて飲む子がいるなら遠慮なく言いなさい!!」
グリフィンドールの女は面倒見がいい者が多い。
まるで雌獅子が子供を守るように、厳しくも暖かく見守るのだ。
「カエルチョコは!?百味ビーンズは!?」
「私部屋にあるわ!持ってくる」
女子会の目的はすっかりカトレア達への餌付けに変わってしまったようだった。
ある者はカエルチョコを、ある者は百味ビーンズを、フィフィ・フィズビーに、爆発ボンボンに、ペロペロ酸飴に…
気付けばカトレア達の前には魔法界の食べ物が山ほど積まれていた。
「こんなに食べきれないわ…」
「胃袋がブラックホールなのがいるから大丈夫でしょ」
昨日に引き続き不名誉な名で呼ばれたオリビアが拗ねたように頬を膨らませる。
それを、ゴキブリゴソゴソ豆板を持ってきたローナが潰す。
「あんた、ゴキブリゴソゴソ豆板って…」
ゴキブリゴソゴソ豆板だなんて、名前からしてもうヤバそうだ。
食べるのはもちろん、見たくもないがこの様子では無理そうだ。
なんせローナは善意でコレを持ってきているのだろうから。
自分が食べるために買ったゴキブリゴソゴソ豆板を、可愛い後輩のために持ってきている。
気分は鼠や蝉を狩ってきた猫の飼い主だ。
「無理して食べなくていいからね」
「ありがとう、レイラ」
レイラがコソッとカトレアに耳打ちする。
彼女はカトレアはお嬢様だと信じて疑わなかった。
カトレアは明らかに所作がお嬢様だし、生まれも育ちも良いのだろう。
レイラの偏見ではあるが、きっと大きくて綺麗な邸宅に住んで、使用人達に面倒を見てもらって、生まれてこの方ゴキブリなど見たこともないのだ。
「ほら、カトレアも!食べて食べて!」
ローナが渡してきたそれを咄嗟に受け取ったカトレアはすぐにそれを後悔した。
掌に乗せられたソレに、思わず顔が引き攣る。
カトレアの薄い掌の上を、ソレはまるで虫が這うように動いていた。
まるでと言ったが、ソレは正しく虫だった。
大きさ自体は珈琲豆程度の大きさだが、黒光りした見た目と、横から生えた6本のか細い足がカサカサと音を立てながら蠢いている。
魔法薬学で芋虫やら気味の悪い虫など触っているため、多分大丈夫だろうとタカをくくっていた自分を責めるしかない。
コレは、生理的に無理なやつだ。
カトレアの引き攣った顔に、慌ててレイラがソレを奪い、無理やりローナの口に詰め込んだ。
「バカ、バカ!バカ!!なんてものをカトレアの手に乗っけてんのよ!」
「え、え〜、でもぉ_」
「あんたの趣味に後輩付き合わせないの!」
何を隠そう、ローナはグリフィンドールが誇るゲテモノ好きなのだ。
別に普通に美味しいものが嫌いな訳では無い。
ただゲテモノと呼ばれる食べ物が好きなだけ。
例えばゴキブリゴソゴソ豆板、百味ビーンズのゲロ味に犬のヨダレ味…
昨年はグリフィンドール寮のゴーストであるほとんど首なしニックことサー・ニコラスにお呼ばれしてゴーストのパーティに参加したらしい。
正直に言おう、ドン引きである。
⚡︎ ⚡︎ ⚡︎
22時の時を報せる鐘が鳴り響く。
グリフィンドール女子会は大盛況も大盛況。
大いに盛り上がり、食べよ飲めよ、話せよ話せの大騒ぎ。
ここで女子のいい所は男子よりも羽目を外しすぎない所だろうか。
これが男子であったのならば、物が飛び交い、些細な事がきっかけになって大乱闘の大騒ぎだっただろう。
しかし名残惜しくも就寝時間は守らなければならない。
解散して各々自室へ戻る。
運動などをした訳でもないが、大勢で長時間過ごすのは思うよりも疲れているものだ。
漸く戻ってきた気の知れた者だけの空間に、ホッと息をつく。
「はー、お腹いっぱい」
なんと、今回の女子会は胃袋ブラックホールの称号を頂いたオリビアですらも満足の結果。
誰か食べ物を作り続けた屋敷しもべ妖精に金一封を差し上げるべきだ。
「それで、どうかしたの?」
3人の最後尾を歩いていたソフィアが部屋に入り、扉を閉めた途端カトレアを仰ぎ見た。
今日も安定の美貌だが、テンションが少々上がっていたからかほんのりと頬が赤い。
「え?何がかしら」
「あのね、私達がわからないとでも?」
「カトレアちゃんってば、朝からなんだかソワソワしてるよ」
オリビアとソフィアの指摘に、カトレアは瞬いた。
まさか察されているとは夢にも思わなかったのだ。
別にオリビアとソフィアが鈍いという訳ではないが、カトレアがわかりやすいという訳でもない。
たった数ヶ月、されど数ヶ月。
毎日、朝起きてから夜寝るまでほぼ常に共に過ごしているのだ。
これで分からなければ友人の名折れというもの。
「座って話をしましょう」
これは、カトレアの夢だ。
ずっと前から、夢で、憧れで、そしてそれが現実になった。
カトレアは自分のベッドに、オリビアとソフィアはソフィアのベッドに座った。
ソフィアはお気に入りのうさぎのぬいぐるみを抱いている。
「あのね、一緒に創りたい物があるの」
「「いいよ」」
「まだ何かも言っていないのに…」
ノータイムで、もはや反射で是と答えた2人にカトレアは思わず眉を下げる。
断られるなんて1ミリたりとも思ってもいないが、少しぐらい話を聞いてから答えるべきだろう。
普通は。
カトレアが変な宗教の勧誘などを持ちかけたらどうするつもりだったのか。
しかし、その無類の信頼が嬉しくもある。
なので遠慮なく巻き込ませてもらう。
「じゃあ、何作るの?」
「地図をね、創りたいの」
「地図って、何処の?」
「勿論、ホグワーツのよ」
流石のオリビアとソフィアも固まった。
ほぐわーつ…
ホグワーツ…
HOGWARTS…
Hogwarts…
幾多ものホグワーツの文字が頭の中を通過する。
わかっていた。
候補は端からホグワーツしかない。
3人共に関係があって、地図を作りたいほどややこしく広い場所。
ホグワーツしかないのだ、残念なことに。
しかし、ホグワーツだ。
この偉大なる4人の魔法使いが造りあげた、広大なる魔法の城の地図を、まさか作るなど誰が考えつくのか。
否、ここにいた。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫…」
「あんまり大丈夫じゃないかも…」
あまりの衝撃に抜け出せないでいるオリビアとソフィア。
カトレア自身、驚くとは思っていたがここまで困惑するほどか。
原作でジェームズやシリウス等
しかし、理解出来ていなくともカトレアは創り出すと決めている。
どれほどの時間と労力がかかろうとも、カトレアは地図をどうしても創りたいのだ。
創り出さなければならない理由がある。
「水をちょうだい」
カトレアがベッドサイドに置かれたベルをチリンと鳴らすと、足の高いテーブルと共に水の入ったグラスが3つ出現する。
「ありがとう。ほら、水でも飲んで」
オリビアはグラスを引っ掴んでゴキュゴキュと音が鳴るほど勢いよく流し込む。
ソフィアもグラスを傾けて何とか落ち着こうとしている。
カトレアも1口飲む。
あっという間に空になったグラスを、オリビアは机に置いた。
「それで、どうして地図?」
「元々欲しいと思っていたのよ。この城広いし、動くし、ややこしいじゃない」
「まあ、それはそうだね…」
3人の中で、入学してからホグワーツ城に散々振り回されているのは間違いなくソフィアだ。
ソフィアは足が遅ければ体力もなく、なんなら運も悪い。
城の中の行き来はもはや命懸けで、漸く目的地に辿りついたと思えば息は切れ切れだ。
カトレアとオリビアがいなければ何度怪我をしていたか分からないとはソフィアの談である。
「それで、今回ソフィアの件があったでしょう。だから、人も、ゴーストも、何時誰が何処にいるのかをわかるような地図が欲しいと思ったのよ」
「…アンタ、ホントにとんでもないこと思いつくわね」
「うん、欲しいと思っても作ったりしないよ、普通は」
「「でも、面白そう」」
再び揃った言葉にカトレアはクスリと笑う。
これでこそ自分の友人達だ。
それに、残念ながらカトレアは普通では無いのだ。
作れることを知っているし、自分の力があれば創り出せると自負している。
不必要な場面で、不必要な謙遜はしないタイプなのだ。
「じゃあ、3人で作りましょう!」
パンッと両手を合わせ、打ち鳴らす。
これにて会議は可決。
満場一致で制作決定である。
カトレア個人の完成目標は、2年後_正確には妹達が入学してくる9月_までだ。
オリビア達に言えば流石に短すぎると文句を言われそうだが、これはカトレアが勝手に定めた個人的な目標なので彼女らには言わなくても問題ない。
それに、地図作り自体に着手はしていないが、色々と必要そうな物に目をつけてはいる。
「どんな物に作るの?」
魔法をかけようにも土台の地図がなければ話にならない。
まずは地図を書くことから始めなければ。
「候補としては、羊皮紙か本ね」
羊皮紙であれば
個人的に想像しやすい地図は勿論こちらだ。
しかし彼らがカトレア達も羊皮紙に地図を作っていると知ったのならば、彼等の作る忍びの地図はもしかしたら羊皮紙じゃなくなるかもしれない。
原作厨な訳では無いが、彼らの作った忍びの地図は羊皮紙でなければと思っている自分もいる。
その点、本であれば羊皮紙よりも多少の容量が取られるが、正直こっちの方がかっこいい。
イメージとしては魔導書のような感じだ。
それに、もし廊下などで地図を見ていたとしても違和感がないのはこちらだろう。
カトレアは常に様々な本を持ち歩いているし、ふと思いついた時に本を開くことが多々あるので。
「本がいいんじゃないかな」
「うん、カトレアなら何処で開いてても違和感ないし」
「ふふ、正直私も本がいいんじゃないかと思ってたのよ」
3人は顔を見合わせてクスクスと笑った。
もうすぐクリスマス休暇がやってくる。