七夕ですね。
新学期の始まる前日に、帰省していた生徒たちは再びホグワーツ特急に乗り込み、愛すべき第二の家へと帰ってきた。
休暇前のクリスマス一色の装飾はもうすっかり取り払われ、いつも通りのホグワーツが生徒たちを迎え入れる。
クリスマスのホグワーツも中々良いが、矢張り通常時の方が安心するのは人の性だろうか。
クリスマスパーティにアシェルと共に参加したせいかスリザリン寮生の刺々しい視線を感じるが、昔から良くも悪くも注目されるのには慣れている。
アシェルと友人になろうがなるまいがそれは変わらず、多少敵意の籠った視線は増えたが、既に慣れ親しんだものだ。
今更視線が増えようと、刺々しさが増えようと、カトレアには関係のない話。
そもそも_
「魅力のない自分たちが悪いと思わない?」
カトレアがアシェルと知り合ったのは約4ヶ月前だ。
カトレアを目の敵にする者達はアシェルと幼い頃から知り合っていたはず。
純血のお坊ちゃま方も、お嬢様方も、カトレアよりもずっと多くアシェルと仲良くなる機会があった。
それなのに、長年見向きもされないのは彼ら自身の怠慢だ。
アシェル自身が他人に興味を持たないといえど、少し話せば特別純血を重要視している訳ではないというのはわかる。
そもそも誰だって家や血筋なんかよりも自分自身を見てくれる人を好きになるに決まっている。
それを怠ってアシェルの背負う大きなモノしか見ていないのは彼らの方だ。
「
オリビアがもごもごとリスの様に口いっぱいに頬張ったまま首を傾げる。
チョコレートブラウンのポニーテールが揺れて、隣に座ったソフィアの首筋を撫でた。
クスクスとソフィアが擽ったそうに笑って、飲んでいた紅茶のカップをソーサーに戻した。
「多分、自分たちに魅力がないことにも気付いてないんだよ」
ソフィアはクリスマス休暇から帰ってきてから、不気味な程機嫌がいい。
普段から不機嫌な態度を出すことなんてないのに、にっこにこな笑顔で毒を吐くことすらやってみせた。
普段は他人の視線や他人自身を気にして口に出したりしないが、本来ソフィアは結構毒舌だ。
自分がそれを口にした時の周囲や影響を気にして飲み込んでいるだけの話。
オリビアがごくん、と口の中のものを飲み込み、ソフィアを見る。
「アンタ、何か機嫌いいね。良い事でもあったの?」
「うん。クリスマス休暇にね、お母さんが帰ってきてくれたの」
「ソフィアのお母様って、研究者だったわよね」
「そうだよ。普段は世界中飛び回ってて、中々会えないんだ」
ソフィアの母親は虫を主とした研究をしている。
魔法動物の権威であるニュート・スキャマンダーとは違い、動物ではなく虫を扱うスペシャリスト。
重度の虫愛好者であり、その熱は娘にだって止めることは出来ない。
年がら年中世界のどこかへ飛び立ち、虫を愛で、研究する。
悪い言い方をすれば、娘よりも虫を優先する母親。
今も昔も、両親に愛されて育ってきたカトレアからしてみれば眉を顰めてしまう。
「普段は枕元に屋敷しもべ妖精のマリーがお母さんから預かったプレゼントを置いてくれるんだけど、今年はお母さんから直接貰ったんだ」
ニコニコと喜びを隠しきれないソフィアのオレンジブラウンの髪をハーフアップにするのは銀色のバレッタだ。
蝶の形を模したバレッタは流石虫の研究者たるソフィアの母セレクトと言うべきか。
「良かったじゃん」
「よく似合ってるわ」
カトレアの称賛にソフィアは頬を赤らめて花が綻ぶように笑った。
普段は謙遜しがちだが、親しい者の前では素直に称賛を受け取るようになった。
きっと母やマリーが今のカトレア達を前にしたソフィアを見たら驚くことだろう。
「皆はクリスマスプレゼント何もらったの?」
「アタシは誕生日と併せて箒買ってもらう」
「「箒⁉」」
「そそ、クイーンスクイプの最新作。いーでしょ」
オリビアはニヒヒと笑った。
漸く来年度から夢にまで見たクィディッチが出来るのだ。
それも自分だけの箒で!
実家で近所の兄貴分とやっていた遊びとは比べ物にもならない、本当のクィディッチ。
両親に頼み倒したかいがあったというもの。
「カトレアちゃんは?」
「私はティーセットよ」
それもなんと、量産品ではなくオーダーメイドのカトレアの為だけのティーセット。
家族共同で使っていた物はあったが、カトレアは今後7年間ホグワーツにいる。
紅茶を愛する愛娘が自分で淹れられるように、両親が気を利かせてくれたのだ。
厨房にいけばティーセットぐらい幾らでも貸してもらえるが、自分だけの物で淹れる紅茶は最高だろう。
「お母さんオススメの茶葉も貰ったの。今度一緒に飲みましょう」
トランクの底に沈んだ、過剰包装されたティーセットを披露するのが待ち遠しい。
当然茶葉も持ってきたし、オススメの茶菓子もある。
「フォーリーからは何貰ったの」
オリビアとソフィアには情けのように高級チョコレートが贈られてきたが、まさかカトレアにもチョコレートな訳が無い。
「あら、聞きたいの?」
「「勿論!!」」
オリビアもソフィアも身を乗り出してカトレアの答えを待つ。
心做しか周囲の者の耳もダンボの様に大きく此方を向いている気がした。
カトレアが貰った物は、実にアシェルらしい物だ。
需要をよく理解している。
このホグワーツで敵の多いカトレアの為に、彼自身が選んで贈ってきた物。
「ふふ、呪い破りの肝よ」
「「呪い破りの肝??」」
「そう、彼らしいわ」
カトレアはくすくす、くすくす、笑う。
珍しい姿に視線が寄せられるが、カトレアはそれでも笑っている。
クリスマスの日、妹達に叩き起されて見たのはリビングのツリーの下に置かれたプレゼントの山。
オリビア、ソフィア、アシェル、グリフィンドールの仲間に、話したこともない人達からも。
そして、笑ってしまったのだ。
アシェルが贈って来たのは、シックな黒の包装紙に銀色のリボンが巻かれた片手に乗る程の大きさの箱。
開けてみれば、高級チョコレートの箱と、10×7cm程の漆黒のカード。
チョコレートはおまけで、カードが本命。
呪い破りの肝_半径1m以内に呪いがあれば反応して警報を鳴らす、優れもの。
ゾンコ等で売っているパチモンではない、実際に呪い破りや闇祓いも使用されている、ガチのヤツである。
アシェルの手によって些細な呪いや惚れ薬等の魔法薬にも反応するように設定された呪い破りの肝。
「鳴ったのよ、大音量で」
「え!?」
「うわぁー」
魔力を込めた途端、家中に鳴り響く警報音。
妹達は驚いてひっくり返り、両親は慌てて飛び起きてきた。
オリビアはドン引きした様に辺りを見渡した。
それはカトレアにそんな物を贈ったアシェルを探しているのか、呪いを贈った者達を探しているのか。
「だ、大丈夫なの!?」
「勿論よ」
アシェルはこうなることが分かっていて呪い破りの肝を贈ってきたのだろう。
カトレア自身警戒して開封しなければならないと思っていたが、アシェルのおかげでその手間も省けた。
浮遊呪文でひとつひとつ贈り物を移動させ、呪い破りの肝が鳴ればその場で即焼却。
大抵の呪いなら容易く燃やす悪霊の火でジュッとした。
「凡そは惚れ薬か愛の妙薬ね。少しだけ本物があったけれど」
惚れ薬や愛の妙薬を混入させた食べ物を贈ってきた人は頭が足りないのだろう。
何方も相手を魅力的だと思わせたりする効果があるが、持続性はない。
飲ませ続けなければただ一時の夢のようなもの。
食べ物に混ぜた少量の魔法薬など休暇が明ける前に身体から抜けきってしまう。
そして、本物を贈りつけてきた人は相当カトレアの存在が邪魔なのだろう。
カトレアはアシェルでは無いのでどんな呪いがかけられているか正確にわかる訳では無い。
呪い破りの肝の鳴り方的に、丁寧に分析していたら危ない物もあった筈だ。
強力な呪いを解析してみたかった気持ちもあるが、危険な目には合いたくないし、家族を危険に晒す訳にもいかない。
「アンタ、ホントに気を付けなさいよ……」
「うん……ヤバいよ、カトレアちゃん……」
「当然気をつけるわよ。でも、持ってるからそこまで心配は要らないわ」
カトレアは心臓付近を撫で、ウィンクをひとつ。
彼女の心臓の上にはいま、彼から貰ったカードがあるのだから。
⚡︎ ⚡︎ ⚡︎
その夜、カトレア達は自分たちの部屋で顔を付き合わせていた。
純白のクッションが敷かれた椅子に腰掛け、部屋に同調したシックな机を囲む。
机も椅子も他の部屋にはないが、今この時だけはこの部屋にだけ存在している。
どうしてか、寮の自室には机がないのだ。
あるのはベッドが4つと、各々のドレッサー、中央にストーブだけ。
本来ならば4人部屋のため余分なベッドがひとつあったのだが、カトレアが魔法で机と椅子に変えた。
寝る時には元に戻すし、余程突然客人が来ない限り机の出現を知る者は存在しない。
「さて、休暇も終わったことだし早速地図作りを始めましょうか」
マグカップに淹れられたココアで両手を温めながらカトレアは言う。
ネグリジェの上にカーディガンを着、膝の上にはもこもこのブランケット。
オリビアもソフィアも、凡そ同様の格好で頷いた。
1月の部屋は寒いが、部屋の中央にあるストーブと防寒具のおかげで生き延びていると言っても過言では無い。
「地図って手で書いてくの?」
「まさか」
カトレアはトランクの中から取り出した分厚い本を机の上に置きながらクスリと笑った。
生憎だがカトレア達はそこまで暇ではない。
この広いホグワーツを手書きで描くのはあまりに無謀だ。
しかし、カトレア達には動物擬きも透明マントもない。
夜更かしは美容の敵であるし。
2年どころか卒業しても書き終わらないだろう。
机の中央に置いた本を開けば、ページごとに付箋が貼られている。
「ずっと考えていた魔法の改良が休暇中に完成したのよ」
「マジ?」
「どういったものなの?」
カトレアはふふんと笑って見せ、肩にかかった一筋のブロンドをサッと払う。
宙を舞ったブロンドがストーブの灯を反射する。
そしてグリフィンドール女子寮と書かれた付箋のページを大きく開いた。
付箋を除けば文字のひとつも線の1本もないまっさらなページだ。
「アパレ・ヴェスティジウム・レコーダム_追跡を記録せよ」
杖を自分に向け、スイと撫でるように本へ向けた。
彗星のように光の線が宙を走る。
パチンと小さな花火が弾けるように散って、本には金色の足跡が浮かび上がった。
大元の魔法は追跡魔法だ。
その場における対象者の足音や魔法の痕跡を浮かび上がらせることが出来る。
「うわ、足跡だ」
「見ていてちょうだいね」
カトレアは席を立ち、ゆったりと部屋の中を歩き出す。
通常の追跡魔法とは違い、カトレアが歩んだ場所には足跡は浮かばない。
しかし、本に刻まれた金色の足跡はカトレアの動きをなぞるように動き出す。
オリビアもソフィアも、本に刻まれる足跡を食い入るように見つめた。
「フィニート_終われ」
ぐるりと1周歩き、カトレアは終了魔法を唱える。
足跡は切り離したように大人しくページに収まっている。
「どうかしら」
「すごいよ、カトレアちゃん!!」
「アンタ、マジで天才じゃん!!」
鼻息荒く詰め寄ってくるオリビアとソフィアを落ち着かせ、再び椅子に座る。
ブランケットを膝にかけ、まだ湯気がのぼるココアで両手を温めた。
「でも、完璧じゃないのよ」
前々から地図を作る時は改良した追跡魔法_通称追跡記録魔法_を使おうとしていた。
追跡を別の物に記録させるのは案外すんなり出来たのだが、大きな問題が出来てしまったのだ。
「この魔法、1枚の紙に記録するのなら完璧なのよ。ただ、本となるとどうしても……」
クリスマス休暇で魔法の改良が終わった時、実家で試してみたのだ。
適当なノートと自身を魔法で繋ぎ、足跡を記録する。
結果は成功だが失敗だった。
足跡の記録はできたのだ。
しかし自室のある2階から1階を、1階から2階を記録した足跡は見開きのページに記録されてしまっていたのだ。
考えてみれば当然のことだが、思わぬ失敗に愕然とした。
「足跡は記録されるけど、ページを捲ったりする機能はついてないってこと?」
「そうなのよ……」
1階も2階も含めて記録されてしまったノートを思い出す。
どうにかページを捲ったり、立体的な位置関係を仕込もうとしたのだが、中々上手くいかず、この日を迎えてしまった。
クリスマス休暇が明ければ地図の制作に取り掛かると宣言していた為、追跡記録魔法もこれで打ち切り。
今後は地図を書きながらホムンクルスの術や認証魔法に着手しなければならない。
「だから階段を使う前に終了魔法で追跡記録魔法を終わらせて欲しいの」
さもなくば折角描いている地図が泥の中に入り込んだ猫が家の中を自由気ままに歩き回ったようになってしまう。
ちょっと拗ねたように様子を伺うカトレアに、2人は顔を見合せて笑った。
「カトレアが謝る必要ないじゃん」
「寧ろ、私達こそ力になれなくてごめんね」
オリビア達には魔法を創る才能も、改良する才能もない。
もしかしたらあるかもしれないが、ソレが開花するのは少なくとも今ではない。
今は1年生の簡単な魔法をそこそこ使えるだけ。
「で、アタシらにもその追跡記録魔法を教えてくれるんでしょ?」
「当然よ。完璧に使えるようにしてあげるわ」
カトレアだけで地図を描くというのはあまり現実的では無い。
グリフィンドール寮や教室等の普段使用する場所ならいいが、そうでない場所には態々足を伸ばさなければならない。
地図を描いた後のことを考えれば、それまでのことはオリビアとソフィアに任せたい。
その間にカトレアはホムンクルスの術、地図を誤魔化す魔法、使用者にのみ正しい地図を現す方法を考えなければならない。
ホムンクルスの術は既存のものを使うが、その他は新しく考えなければならない。
フィニートや他の魔法で存在が露見しては目も当てられないので、網目を複雑にしてカトレアだけの終了呪文を組み込む必要があるのだ。
「でも、私に扱えるかな……」
「アンタよりアタシのがヤバいでしょ」
そもそも、オリビアもソフィアも呪文学が特別得意な訳では無い。
寧ろオリビアに至ってはカトレアがいなければ補習の危機があっただろう。
「大丈夫よ。魔法に必要なのは何よりも
魔法の目的も結果も2人は既に目にしている。
それを自分の頭の中で再び組み立てられるのなら、きっと大丈夫だ。
理論的にもそこまで難しくない。
特に今回目的とする追跡記録魔法は、自分の足跡をそのまま本に記録していくだけだ。
本来の追跡魔法は不特定多数の痕跡の中から自身の望むものを指定し、過去へ、若しくは未来への痕跡を辿らないといけないのだから。
頑張れば2人の実力でも1週間以内に完璧に扱えるようになるだろう。
【魔女のメモ】
呪い破りの肝_呪い破りや闇祓いも使用している呪いを発見すると警報が鳴る魔道具。形状は様々で、カード型やペンダント、指輪、ブローチ等。詳細な設定も可能で、アシェル・フォーリーは友人の為に魔法省から取り寄せて些細な取るに足らない呪いにも反応するようにした。