深緑の魔女   作:紅椿_

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お久しぶりです。
短いです。

(2026.1.2 加筆修正)


第16話:必要の部屋

 “ホムンクルスの術とは、錬金術師パラケルススが提唱した人体錬成である。ガンプの元素変容にて否定される、生命を生み出す行為に該当するため禁術に該当する。”

 ホムンクルスの術は禁術である。錬金術師パラケルススが提唱した新たな生命を身勝手に魔法で誕生させる行為であり、その行為は生命への冒涜である。そんなことは知っているのだ。正直に言おう。地図作りは行き詰まっている。2人に任せた地図を描くという作業はミリーの手を借りて隠し部屋や隠し通路等も順調に進んでいる。カトレアは読んでいた本を閉じ、元の場所に戻す。ホグワーツの膨大な図書の中、少なくとも現在カトレアが自由に閲覧することの出来る場所にはない。禁術の書かれた本が禁書の棚以外にあるわけがないのだが、少しでも情報を求めるに越したことはない。しかし、関連の情報を見つけてもどれもこれも書いてあるのは同じことで飽き飽きしてしまう。レイブンクローの部屋にもホムンクルス関連の本はなかった。マローダーズ(悪戯仕掛け人)がホムンクルスの術を使用したことはわかっているのに、その術の使い方が分からない。ホムンクルスの術が錬金術関係ということしか進んでいないのだ。この世界には魔法の他に錬金術も存在する。錬金術は魔法でないためマグルにも扱うことはできるが、逆に言えば魔法使いでも錬金術を扱えない者も多い。錬金術はガンプの元素変容にて否定された不可能を可能にする。そんなことはニコラス・フラメルが発明した賢者の石やパラケルススが発明したホムンクルスからしてみても明らかだというのに。ニコラス・フラメルは魔法使いであるが、パラケルススはマグルだったとニコラス・フラメルが証言している。しかし、そんな分かりきった事実を世の中の本はそれがさぞ世紀の大発見であるかのように書くのだ。必要の部屋に願えば良いのだとわかってはいるのだが、矛盾した行動は取りたくない。カトレア・エバンズは必要の部屋など知らないのだ。誰にも教えられずに目立つことをすればいつか粗が出る。だから、ミリーがあの部屋のことを教えるまで、誰かがあの部屋について語るまで、カトレアは必要の部屋を頼れないのだ。

 

「カトレアお嬢様」

 

 バチンとゴムが弾けるような音を立て、ミリーが姿現しで現れる。ミリーは恭しくお辞儀をすると、就寝時間が近いことを告げる。そろそろ司書のMrs.リーヴルが見回りにくるだろう。就寝時間近くまで図書館に籠っている生徒は凡そ本狂いか課題に追われている人ぐらいだ。どちらも時間を気にせずに図書館にいるため、しっかりと全員追い出してからでなければ図書館を閉められないのだ。カトレアも何度か声をかけられたことがある。

 

「それじゃあ帰りましょうか」

 

 折角だから手でも繋いで帰ろう。オリビアやソフィアとはよく手を繋ぐが、ミリーとは未だない。それに、カトレアを主人と認めてくれたのに最近はずっとオリビア達と行動させてしまっている。カトレアがミリーに手のひらを差し出すと、彼女は感極まった様に泣き出した。玉のような雫が図書館の石床に染みを残す。カトレアがしゃがんでポロポロと零れ落ちる涙をハンカチで押さえるように拭ってやれば、ミリーはピャッと飛び上がった。

 

「いけません!ハンカチが汚れてしまいます!!」

「いいのよ。貴女は汚れてなどいないし、ハンカチは大切な者の涙を拭くためにあるの」

 

 手洗い後などに使う自分用と、他人に貸す用。毎日ローブのポケットにハンカチを2枚入れているのが役に立った。漸く泣き止んだミリーに再び手を差し出せば、彼女は恐る恐るカトレアの手に枝のような手を乗せた。温かな生命ある手だった。

 

「カトレアお嬢様!ミリーは嬉しゅうございます!」

 

 ミリーは時折ぴょんぴょんと跳ねながらカトレアと歩く。屋敷しもべ妖精の力を持ってすれば図書館から寮の部屋までひとっ飛びすることなんて雑作ない。しかし、手を繋いで歩くのもまた良いだろう。カトレアほどミリーを大切にしてくれる人は居なかった。前の主人は優しかったが、あくまで主人と屋敷しもべ妖精。もちろんカトレアと契約を結んだ今もそうなのだが、カトレアは可能な限りミリーと対等な関係を結ぼうとしている様に思える。ホグワーツなんて論外だ。ミリーは人が好きだ。ホグワーツの厨房にも時折人はやってくるが、彼らはミリーの主人ではない。前の主人に不満などないのに、ホグワーツ時代が長かったせいか対等な関係でいようとしてくれるカトレアが素晴らしく素敵に思える。

 

「寂しかったのね、ミリー」

 

 カトレアの言葉は魔法のようだ。ミリーが言語化も出来なかった気持ちをスパンと言い当ててきて、すっと心に染み込んでくる。決して同情などではない。カトレアは同情などしない女だ。

 ミリーは知っている。カトレアは周囲が思うほど良い人間では無い。聖人君子のように振る舞う彼女が、その実悪魔のような女だと。それでも、ミリーにとってカトレアが聖人君子だろうと悪魔だろうとなんだって良かった。ミリーはただ自身を救いあげてくれた彼女の力になりたいだけなのだ。生きたまま死んでいたあの日々から夢を見せてくれた彼女に報いたいだけなのだ。

 

「カトレアお嬢様。ミリーはお嬢様のお力になりたいのでございます」

 

 ミリーはカトレアが悩んでいるのを知っていた。禁忌の術に手を出そうとしていることも、自尊心が高い故に悩んでいることを誰にも言い出せないことも、ミリーは全て知っているのだ。そして、カトレアの悩みをミリーならば解決出来るということも。

 

「お嬢様の為ならばミリーはなんだって出来るのでございます。どうかこのミリーめにご命令を」

 

 カトレアは暫し考え込んでいる。ただ2人で手を繋いで、寮への道をゆっくりと歩く。ふとカトレアは立ち止まった。ミリーも立ち止まる。絵画の1枚もない廊下で、蝋燭が細い風に揺られている。ぼんやりと浮かんだカトレアの顔はまるで精巧な蝋人形のようだ。強く、美しい支配者はその視線を自らの下僕に向けた。

 

「ミリー。私の可愛い下僕。私が望む物の元へ連れて行って」

「なんなりと」

 

 ミリーは恭しくお辞儀をし、カトレアと手を繋いだままその場でくるりと回る。瞬間、視界が歪む。次の瞬間現れたのは7階の廊下。姿現し特有のゴムチューブの中をギュウギュウに詰められる感覚は未だ慣れない。初めて付き添い姿現しをした時は不覚にもふらつき、ミリーを心配させたものだ。本来姿現しも姿くらましもできないホグワーツの中でこの反則技を使えるのはミリーのおかげでしかない。

 

「此方でございます」

 

 ミリーは細い枝のような指で何も無い壁を指した。カトレアの脳裏を記憶が掠める。この部屋は原作の中でも作中随一のチート部屋だ。“あったりなかったり部屋”、“必要の部屋”など、様々な名で細々と存在が伝承されてきた。極一部の情報通か偶然見つけることが出来た運のいい人でなければこの部屋の存在すら知ることは無い。物を隠すための部屋、魔法の練習のための部屋、ガンプの元素変容に抵触しない願いであればなんだって叶えてくれる。かの創設者達は何を思ってこの部屋を創ったのだろうか。

 

「この廊下を欲しいものを思いながら3往復すれば壁に扉が現れ、中にはお嬢様が望む物があるのでございます」

 

 コツ、コツ、と一定の感覚でシューズが石床を叩く。願うのは当然、ホムンクルスの術のやり方が載った本。目を離していたつもりはない。カトレアの知的好奇心はいつだって盛りだくさんで自分の知らない物に飢えているのだから。それでも気付けば現れていた扉に感動と謎の落胆を覚える。扉をノックもせず無遠慮に開ければ、そこは1人では広く5人もいれば狭いだろうこじんまりとした部屋だった。部屋の中央にはアンティーク調のテーブルとベルベットのソファが置かれ、テーブルの上には1冊の本が置かれている。夜空のようなブルーブラック色の革の本は星のような白銀で『錬金術と生命』と箔押しされている。一見禁書には見えない普通の本だ。好奇心のままに表表紙を捲り、目次を見る。

 Ⅰ.貴金属の生成

 Ⅱ.銀の生成

 Ⅲ.金の生成

 Ⅳ.エリクサーの生成

 Ⅴ.ホムンクルスの生成

 Ⅵ.精霊の生成

 Ⅶ.賢者の石の生成

 シンプルに書かれているからこそ恐ろしい。古代において錬金術は金を生み出すことが最大の目的とされていた。それが、ニコラス・フラメルが賢者の石のつくりだしたことにより錬金術の最終目的は不老不死の薬である命の水をつくりだすことになった。ただしかし、錬金術は賢者の石然りホムンクルス然り生命に触れる行為だ。命の水を飲んで今も尚生きているフラメル夫妻も、フラスコの中でのみ生きられる生命をつくりだしたパラケルススも、精霊をつくりだそうとした錬金術師も。全ては種の最終到達点であり、生命への冒涜である。

 だが、種の最終到達点がなんだ。生命への冒涜がなんだ。そんな大それた話は関係ない。カトレアはただ、己の大切な者を守りたいだけなのだ。失われるはずの生命をこの手でどうにか掬いあげたいだけなのだ。ただの自己満足。それで構わない。この自己満足が生命への冒涜に当たるというのなら、死後にでも地獄で過ごすことになっても構わない。反省は微塵もしないだろうが。

「さあ、目的は果たしたわ。寮に帰りましょう」

 本を大切に抱え、反対の手をミリーに伸ばす。ミリーはしっかりと枝の手を伸ばし、カトレアの手に重ねた。パチンと軽い音を立て、2人の姿がその場から消えた。

 

 ⚡︎ ⚡︎ ⚡︎

 

 週に一度、土曜日の16時にこのレイブンクローの部屋で集まるのがいつしかふたりの日常になっていた。他の日に気まぐれで行けば、いる時もあれば、いない時もある。そんな中でこの時間だけは互いが来るとわかっていて向かう。オリビアとソフィアが参加することもあるが、毎回来るわけではない。女の子は忙しいのだ。課題に追われている時もあれば、クィディッチに夢中になっている時もある。オリビアの家から送られてきたファッション雑誌を囲んでアレやコレやと話している時もある。

 そもそもオリビアは気分じゃないと断る時が大半で、ソフィアはどこか遠慮しているのだろう。ふたりがこの部屋に来るのは5回に1回程度だ。

 

「最近、また面白いことをやっているそうだね」

 

 ポツリと少年らしいアルトの声が本に満ちた空間に落ちる。大きな好奇心とほんの少しの寂しさが混ざった声は本の紙に吸い取られるように余韻を残すことなく消えた。正面に座るアシェルは本を閉じることなく、しかし視線はしっかりとカトレアを見ていた。カトレアは本の間に栞を挟んで閉じる。二人の間に存在するゴシック調のローテーブルに本を置き、代わりに湯気の立つ紅茶のカップを手に取った。

 

「あら、聞いてしまったの」

「いいや、彼らは教えてくれなかったよ」

 

 カトレアは紅茶の香りを楽しみながらアシェルを見た。彼も未だ真っ直ぐにカトレアを見ており、複数色のアースアイが射抜く。アシェル・フォーリーという男は、おそらく全世界で最も情報通になり得る存在だ。俗人には認知不可能な精霊という存在を見聞きし、心を通わす。精霊は自然だ。万物より生れ、万物を知る存在。精霊と交流するフォーリー家であり、その中でも歴代一の才能を誇るアシェルに知れないことはない。だから、賭けであったのだ。自らの周囲に集まるという、カトレアには見えない存在に地図のことをアシェルには言わないでくれとお願いをしたのは。カトレアはその賭けに勝ったようだ。

 

「まさか彼らが僕ら以外の言うことを聞くとは思わなかったよ。君が見えもしない存在に声をかけたことも含めてね」

 

 カトレアは優秀で、清涼な魔力を持っていて、美しい魔女だ。腹に一物どころではない何かを抱えているだろうが、それを表に出すことは無い。精霊はそういう人間が大好きだ。だから彼らはカトレアの望みを叶えた。彼女が望み、彼らが尊重した選択を、アシェルも認めた。

 

「折角彼女たちと特別なことをなそうとしているのだから、貴方には内緒にしたかったのよ」

「別に無理に暴こうとなんて思っていないさ。ただ、僕ならきっと君の役に立てるはずだと思っただけさ」

「なぁに、貴方。もしかして嫉妬でもしているの?」

 

 くすり、カトレアは目を細めて笑う。アシェルは少々居心地悪そうに視線を背け、紅茶のカップに口をつけた。わかりやすい誤魔化しだ。ここで無理に暴こうとしてこないのが彼のいい所だろう。恵まれている人間特有の余裕だ。

 

「時が来れば貴方もきっと知ることになるわ」

 

 永遠にアシェルに隠し通すことは不可能だ。たとえ精霊が言わなかったとしても、彼らに頼らなければ何も出来ない彼ではない。いつかその存在は露見するだろう。それに、いずれ彼の力を借りる時が来る。カトレアの望みを果たすため、夢を押し通すために。

 

「そうか、それならその時を楽しみにしておこう」




【ガンプの元素変容】
原作では食べ物を無から生み出すのみの記述。本作では
1.食べ物を無から生み出す
2.生命を誕生させる
3.物に心を生み出す
4.死人を生き返らせる
5.魔力を持った物を無から造りだす
としています
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