深緑の魔女   作:紅椿_

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遅くなりました。長くなりました。


第3話:ホグワーツ

 ゆっくりと速度を落としたホグワーツ特急が駅に到着する。

 真新しいローブに身を包んだカトレアとアシェルは、コパートメントを出て他の1年生の後に続いていく。

 夜の冷たい空気に身を震わせていると、ゆらゆらとランプの灯りが近づいてきた。

 

「イッチ年生!イッチ年生はこっち!」

 

 見上げるほどに大きな体躯、もじゃもじゃと顔の大部分を覆い隠す髭と髪の毛。

 ホグワーツの禁じられた森の番人、ルビウス・ハグリッドだ。

 ハグリッドはランプの灯りを頭上にあげて、グルリと周りに集まる1年生たちを見渡した。

 

「よぉーし、全員おるな」

 

 点呼をした訳でもないのに、何故かハグリッドは全員揃っていると確信したようだった。

 

「足元に気をつけろ。イッチ年生、ついてこい!」

 

 ノシノシと歩き出したハグリッドに続いて1年生たちも歩き出す。

 滑ったりつまずいたりしながら、険しくて細い道を歩く。

 頼れる灯りは月とハグリッドが持つランプのみ。

 鬱蒼と茂った木々が闇を作り出していた。

 

「うわっ!!」

 

 誰かが転んだようだった。

 カトレアとアシェルは黙って杖を取りだしてルーモスで杖先に灯りをつけた。

 それを見て、杖を取り出す者はちらほらいたが、実際に杖先に光が灯ったのはごく少数だった。

 ハグリッドは杖先に光が灯った者達を見たが、フンと鼻を鳴らしてそのまま歩いていく。

 

「皆、ホグワーツがまもなく見えるぞ!光をつけとる奴は消して杖をしまえ!!」

 

 光が消えれば辺りには闇が広がる。

 

「うぉ──!!」

 

 一斉に歓声が上がった。

 狭い道が急に開け、大きな黒い湖のほとりに出た。

 向こう岸には高い山がそびえ、そのてっぺんには壮大な城が見える。

 キラキラと輝く窓が星空に浮かんでいる。

 

「わぁ」

「すごく綺麗だな。ここまで歩いて来たかいがあったよ」

 

 流石のカトレアとアシェルも感嘆の声をあげる。

 カトレアは椿だった頃に何度も某テーマパークに訪れてその姿を見ていたが、本物のホグワーツ城ともなれば何割増にも輝いて見える。

 それは某テーマパークのホグワーツ城が本物ではないからか、それともホグワーツに入学できるという夢のような世界だからか。

 きっと後者が大きい要因だろう。

 

「4人づつボートに乗って!」

 

 湖の岸辺には何隻もの小舟がつながれていた。

 前を歩いていた男の子が先にボートに乗り、それに続いてアシェルが乗り、カトレアに手を差し出した。

 アシェルの手を支えにカトレアがボートに乗る。

 

「みんな乗ったか?」

 

 ハグリッドが大声で確認した。

 彼は一人でボートに乗っていたが、その巨体と小さなボートは酷くアンバランスに見えた。

 

「よーし、では、進めえ!」

 

 ハグリッドの号令でボートは一斉に動き出し、湖を滑るように進んだ。

 みな黙ってそびえたつ巨大な城を見上げていたが、カトレアはふと湖面から巨大なイカの足が飛び出していることに気づいた。

 足はゆらりゆらりと揺れていたが、不意にザパンと音を立てて水中に消えていった。

 ボートが向こう岸の崖に近づくにつれて、城が頭上にのしかかってくるようだった。

 

「頭、下げぇー!」

 

 ハグリッドの掛け声で頭を下げ、蔦のカーテンをくぐる。

 崖の入口はその陰に隠れていた。

 

「カトレア、手を」

 

 ボートに乗った時と同じように差し出してきたアシェルの手を取って地面に引き上げてもらう。

 全員が岩と小石の上に降り立った。

 生徒たちはハグリッドのランプについてゴツゴツした岩の路を登り、湿った滑らかな草むらの城影の中にたどり着く。

 石段を登った先には巨大な梶の木の扉があった。

 

「みんな、いるか?」

 

 ハグリッドは大きな握り拳を振り上げて、城の扉を3回叩いた。

 扉がパッと開くと、エメラルド色のローブを着た背の高い黒髪の魔女が現れた。

 とても厳格な顔つきをしており、皆の背がぴんと伸びる。

 カトレアは当然彼女が誰かを知っていた。

 ご存知の通り、マクゴナガルである。

 

「マクゴナガル教授、イッチ年生のみなさんです」

「ご苦労様、ハグリッド。ここからは私が預かります」

 

 マクゴナガルは大きく扉を開いた。

 玄関ホールは何百人も入れそうな程広く、天井はどこまで続くか分からないほど高い。

 石段が松明の炎に照らされ、壮大な大理石の階段が正面から上へと続いている。

 マクゴナガルに続いて生徒たちは石段のホールを横切っていった。

 どこからか何百人ものざわめきが聞こえる。

 

「上級生たちはもう集まっているようだね」

「私たちは彼らの準備のためにあの道を歩いたんじゃないかしら?」

 

 最後尾を歩いていたカトレアとアシェルはマクゴナガルの目に止まらないようコソコソと話す。

 不意にマクゴナガルが立ち止まり、後に続く1年生たちも止まり、カトレアたちのお喋りも止まる。

 案内されたのはホールの脇にある小さな空き部屋だった。

 

「ホグワーツ入学おめでとう。新入生の歓迎会がまもなく始まりますが、大広間の席に着く前にみなさんが入る寮を決めなくてはなりません。寮の組み分けはとても大事な儀式です。ホグワーツにいる間、寮生が学校での家族のようなものです。教室で寮生と一緒に勉強し、寝るのも寮、自由時間は寮の談話室で過ごすことになります」

 

 マクゴナガルはそこで一息ついて、ぐるりと1年生たちを見渡した。

 

「寮は4つあります。グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、スリザリン。それぞれに輝かしい歴史があって、偉大な魔女や魔法使いが卒業しました。ホグワーツにいる間、みなさんの良い行いに対しては寮に得点が与えられ、反対に規則に違反した時は寮の減点になります。学年末には最高得点の寮に大変名誉ある寮杯が授与されます。どの寮に入るにしても、みなさん一人ひとり、が寮にとって誇りとなるよう望みます。まもなく全校生徒、職員の前で組み分けの儀式が始まります。待っている間、できるだけだけ身なりを整えておきなさい」

 

 マクゴナガルの目に止まる生徒が何人かいたらしい。

 生徒たちの間で数度目を止めると、「学校側の準備が出来たら戻ってきますから、静かに待っていてください」と言って部屋を出ていった。

 静かな時間が数秒流れた。

 しかしそれはたったの数秒のことで、列の先頭に立っていた少年が小部屋の全員に聞こえるほどの声量で喋りだした。

 

「兄貴から聞いたんだけど、なんでも組み分けではバケモノと戦うらしいぜ」

 

 バケモノと戦うという情報にざわめく周囲に少年は得意げに笑った。

 自分が他の人が知らない情報を知っているとさぞ自慢したかったのだろう。

 

「…どう思う?」

「そうね、少なくとも彼はお兄様に揶揄われていると思うわ」

 

 決して嘘は言っていない。

 少年は兄に揶揄われているだろうし、そもそもカトレアが組み分けについて何か知っているなんてアシェルは思ってもいないはずだ。

 なんせ組み分けのことも列車の中で散々議論していたのだから。

 

「やっぱりどこの家庭でも組み分けの情報は徹底的に秘匿されているみたいだな」

 

 そう、彼ですら両親や親戚たちから何も聞かされておらず、組み分けについての一切を知らないのだから。

 少年の言うようにバケモノと戦うのなら彼の過保護な親戚たちがこぞって情報提供をするだろう。

 

「時を待つしか無いようだね」

 

 

 ⚡︎ ⚡︎ ⚡︎

 

 

「さあ、行きますよ。組み分け儀式が間もなく始まります」

 

 マクゴナガルが戻ってきて、狭い部屋に詰め込まれていた新入生達は1列に並んで大広間に向かう。

 カトレアはアシェルの後ろを歩き、そのあとに続いたのはたった数人だった。

 一度小部屋を出て再び玄関ホールに戻り、そこから二重扉を通って大広間に入った。

 大広間に入れば大勢の生徒たちと、夜空に浮かぶ何千という蝋燭がカトレア達を迎え入れ、上座のテーブルには先生方が座っている。

 蠟燭に照らされたテーブルにはキラキラと輝く空の金の皿とゴブレットが置いてある。

 上座のテーブルの前まで新入生を引率したマクゴナガルは前に椅子を、その上にはボロボロでツギハギだらけのとんがり帽子を置く。

 

「何、あれ」

「帽子?」

「組み分けって、あれで…?」

 

 新1年生たちのざわめきが大きくなる。

 バケモノと戦うなどと言っていた彼らにはただ帽子をかぶるだけの組み分けなど拍子抜けだろう。

 

「オホンッ」

 

 ざわめきはマクゴナガルの咳払いですぐに止んだ。

 皆が帽子に注目していた。

 すると、帽子はピクピクと動き出し、つばの縁の割れ目がまるで口のように開いた。

 

「私はきれいじゃないけれど、人は見かけによらぬもの

 私をしのぐ賢い帽子 あるなら私は身を引こう

 山高帽子は真っ黒だ シルクハットはすらりと高い

 私はホグワーツの組み分け帽子

 彼らの上を行くこの私

 君の頭に隠れたものを 組み分け帽子はお見通し

 かぶれば君に教えよう 君が行くべき寮の名を

 

 グリフィンドールに行くならば

 勇気ある者が住まう寮

 勇猛果敢な騎士道で 他とは違うグリフィンドール

 

 ハッフルパフに行くならば

 君は正しく忠実で 忍耐強く真実で

 苦労を苦労と思わない

 

 古き賢きレイブンクロー

 君に意欲があるならば

 機知と学びの友人を ここで必ず得るだろう

 

 スリザリンではもしかして

 君はまことの友を得る

 どんな手段を使っても 目的遂げる狡猾さ

 

 かぶってごらん!恐れずに!

 興奮せずに、お任せを!

 君を私の手にゆだね(私は手なんかないけれど)

 だって私は考える帽子!」 

 

 歌が終われば広間にいた全員からの拍手喝采が帽子に送られた。

 4つのテーブルにそれぞれお辞儀をした帽子は、再びその口を閉じた。

 

「ABC順に名前を呼ばれたら、帽子をかぶって椅子に座り、組み分けを受けてください」

 

 マクゴナガルが長い羊皮紙の巻紙を手にして前に進み出た。

 トクン トクン トクンと鳴る胸の鼓動がたしかにカトレアの緊張を示していた。

 目を瞑って、深く深呼吸をする。

 

 勇敢なる赤の獅子寮_グリフィンドール。

 狡猾なる緑の蛇寮_スリザリン。

 献身の黄の穴熊寮_ハッフルパフ。

 英知の青の鷲寮_レイブンクロー。

 一体どこに組み分けされるのか。

 目的はどうすれば達成できるのか。

 今この瞬間の選択で、今後の七年間の、更にはその先の選択が変わってくる。

 どの寮を望めば正解なのか。

 どの寮に所属できれば運命を変えられるのか。

 とりとめのない事がぐるぐると頭の中を巡る。

 

 組み分けはAのクリスタ・アボットから始まった。

 数十秒悩んだ帽子は声高々にレイブンクローと叫び、レイブンクロー生はクリスタを拍手やハグで迎え入れる。

 次のレオ・アルバートの組み分けはすぐに終わった。

 なんせ被った瞬間に帽子がグリフィンドール!!と叫んだのだから。

 

「緊張しているかい?」

 

 アシェルがほとんど口を動かさずに小さく囁いた。

 今までのコパートメントや暗い山道などとは違い、今は人の目が沢山ある。

 その中にはもちろん、ルシウス・マルフォイや他の純血たちの視線も混じっている。

 いつかはバレるとしても、初めから面倒臭いのに目をつけられたくはなかった。

 なんせ相手をするのも面倒臭いので。

 

「…そうね、緊張しているわ。貴方は?」

 

 組み分けを見ているアシェルを横目で見て、カトレアも前を向いたままそっと囁いた。

 小さな声は大広間のざわめきに溶けて互いにしか届かない。

 

「そうだな、緊張していないと言ったら嘘になる。でも、僕の寮はもう決まっているようなものだから」

「あら、結果はあの帽子を被るまではわからないわよ」

 

 とはいえ、アシェルはきっとスリザリンだろう。

 周りはスリザリンに入ると確信しているし、血筋的にもそうだ。

 あとはアシェルの気持ち次第なのだが、よく分からなかった。

 昔からスリザリンに入る以外の道はないと思っていたし、他の寮に入りたいという気持ちもなかった。

 ただ、彼女と過ごす7年間はどれだけ楽しいのだろうかと想像してしまっただけだ。

 彼女がスリザリンに入ることはきっとない。

 カトレアはきっとグリフィンドールかレイブンクローだ。

 残念だという気持ちがない訳では無い。

 アシェルとカトレアは、ただ、ただひたすらに3人目の組み分けを見つめていた。

 

 そして運命の組み分けがやってくる。

 

「エバンズ・カトレア!!」

 

 マクゴナガルの呼ぶ声にカトレアはサッと人混みから先頭に躍り出る。

 ビスクドールの様に美しい容姿、ピンと伸びた姿勢で堂々と歩くその姿に皆が視線を奪われた。

 騒がしかった大広間はいつの間にか静まり返っていた。

 

 _心を閉ざせ。見られるな_

 

 記憶を箱にしまって蓋を閉め、鍵をかける。

 

 _組み分け帽子が見るのは(カトレア・エバンズ)の記憶だけ_

 

 椅子に座って目元が完全に隠れてしまう大きな帽子を被れば、耳元で聞こえる低い声。

 

「フーム...難しい。実に難しい。勇気に満ちている。才能もある。頭も良い。人を気遣える優しさもある。それに、目的のためなら手段を選ばない狡猾さも」

 

 低い声は頭の中で響いているようだった。

 大きな講堂に響くパイプオルガンのようにぐわんぐわんと鳴り響き、その癖すうっと頭の中に入ってくる。

 

「うん?これはこれは...お嬢さん、この閉ざされた箱は君がやったのかね?」

「ええ。これは私だけの大切なもの。誰であれ、覗くことも、排除することも許されない。来るべき時が来れば正しき人と共有するでしょう」

「ふぅむ...ならば無理には聞かないでおこう。この歳にしてここまでの閉心術を会得しているのは非常に稀だ」

 

 組み分け帽子はうーんと唸りながら考えているようだった。

 それは数秒のようで、その実数分にも感じられた。

 

「君ならどこに入っても上手くやって行けるだろう。さて、どこにいれたものか…勇気溢れるグリフィンドール、狡猾のスリザリン、献身のハッフルパフ、英智のレイブンクロー...実に悩ましい…いや、そうだな、それならば…

 

グリフィンドール!!!

 

 組み分け帽子の大きな声に大広間が沸いた。

 話している時はそこまで長くは感じなかったが、カトレアと帽子が話していたのは実に6分半。

 組み分け帽子が5分以上悩む組み分け困難者(ハットストール)である。

 帽子を下ろしてグリフィンドールのテーブルに向かうカトレアを、グリフィンドール生が拍手と歓声、ハグで迎え入れた。

 監督生のアーロン・デイビーズは立ち上がり力強く握手をした

 そしてカトレアの組み分けから程なくして、少年の名が呼ばれる。

 

「フォーリー・アシェル!!」

 

 一瞬静まり返った後、噂をする声が囁かれる。

 

「フォーリー家の次期当主だ」

「歴代最高の魔眼の持ち主だってのは本当なのか?」

 

 アシェルは注目されるのに慣れているようだった。

 広間中の人たちがアシェルをよく見ようと首を伸ばしているのですら気にも留めない。

 視線も、ざわめきも気にもとめずにゆったりと優雅に帽子の前に進み出た。

 ざわめきが止まない内_1分も経たない内に帽子が叫ぶ。

 

スリザリン!!!

 

 途端、爆発のような歓声が大広間に響いた。

 歴代最高の魔眼、聖28一族フォーリー家次期当主を獲得したスリザリンはやんややんやと手を叩き、歓声をあげる。

 

「ようこそアシェル、スリザリンへ」

 

 歓声も期待の目も何もかもを気にもとめずにスリザリンのテーブルに向かったアシェルを真っ先に迎え入れたのはルシウスだった。

 慈愛の笑みを浮かべながら優雅に両腕を広げるルシウスを前に深く溜息をついたアシェルは渋々といった様子でその腕の中に収まった。

 数秒の後にアシェルを解放したルシウスはその腕を引いて自らの隣に座らせた。

 アシェルの周りにはルシウスを初め、ナルシッサなどの純血を代表する面々が軒並み揃っていた。

 

「あの組み分け帽子、1分も迷う必要あったのか?触れる前からスリザリンって決まってるだろうに」

「まあまあ、アシェルは賢いからね。もしかしたらレイブンクローと迷ったのかもしれないわよ」

 

 ぼやくアダム・ジョーンズをナルシッサが宥める。

 アシェルは彼らの話に興味が無いのだと態度で示すように組み分けをぼんやりと眺めていた。

 

「フレンチ・オリビア!!」

 

 マクゴナガルの声で気の強そうな顔の少女が前に出る。

 数秒もしないうちに帽子はグリフィンドールと叫び、少女はグリフィンドールのテーブルに駆け寄った。

 

「オリビア・フレンチよ、よろしく」

「カトレア・エバンズよ。よろしくね」

 

 軽くハグを交わせばポニーテールにしたチョコレートブラウンの髪が馬の尾のように揺れ、カトレアの頬をくすぐった。

 オリビアはカトレアの隣に座り、髪と同じ色の瞳でジッとカトレアを見つめた。

 不躾な視線ではあったが、不思議と不快ではなかった。

 

「列車に乗る前に貴女を見かけて、とっても綺麗な子だって思ってたのよ。同じ寮になれて嬉しい」

「あら、ありがとう。私も貴女と同じ寮になれて嬉しいわ」

 

 オリビアの笑った顔は猫のようだった。

 つり目が細まり、口が得意げに口角を上げる。

 ふときゅるる…と空腹を知らせる音が鳴った。

 

「あぁ、お腹減った」

「列車の中で何か食べなかったの?」

「食べたよ?でも燃費悪いんだよね。すぐお腹減っちゃうの」

 

 オリビアは空のお皿をジッと見た。

 まだ組み分けが続いているというのに、既に食事を楽しみにしているらしい。

 

「イリング・ソフィア!!」

 

 マクゴナガルの声に肩を震わせた少女が、慌てて前に出ようとして盛大に転ける。

 涙目で立ち上がった少女の身体の前面は砂埃で白く汚れており、マクゴナガルが杖をひと振りして汚れを落とした。

 オリビアはお皿から目を離し、ソフィアを見てフンと鼻を鳴らした。

 

「鈍臭い子ね」

 

 ソフィアの組み分けは難航しているようだった。

 たっぷり3分間、組み分け帽子はソフィアと話し合った。

 帽子はひとつ大きく頷くと叫ぶ。

 

グリフィンドール!!!

 

 安心したように瞳に涙をためてテーブルに駆け寄ってきたソフィアを励ますようにグリフィンドール生たちが迎え入れる。

 カトレアもソフィアとひとつ握手を交わし、小指球の辺りに滲んでいた擦り傷のために絆創膏を渡してやる。

 

「あ、ありがとう…!」

「どういたしまして。これからよろしくね」

 

 にこりと微笑んだカトレアにソフィアはぽっと顔を赤く染めた。

 オリビアは不機嫌を隠そうともしなかった。

 ソフィアのように鈍臭くてオドオドしている人は1番嫌いな人種だった。

 どうせハッフルパフに行くだろうと思っていた人間がまさか同じ寮になるなんて最悪でしかない。

 自分が嫌いな人は意地でも認めないし、認めた友人が嫌いな人に親切にするのも気に入らない。

 

「ふん」

 

 最後のモーガン・ジンデルはレイブンクローに決まった。

 マクゴナガルはくるくると巻紙をしまい、帽子を片付けた。

 アルバス・ダンブルドアが立ち上がった。

 腕を大きく広げ、みなに会えるのがこの上ない喜びだと言うようににっこり笑った。

 

「おめでとう!ホグワーツの新入生、おめでとう!歓迎会を始める前に、二言三言、言わせていただきたい!では、いきますぞ。そーれ!わっしょい!こらしょい!どっこいしょい!以上!」

 

 ダンブルドアは席に着き、大広間にいる全員が拍手し歓声を上げた。

 カトレアも笑って拍手を送る。

 オリビアは新種の動物を見た時のような目でダンブルドアを見ていた。

 

「あの人、おかしくない?」

「おかしいだって!?そりゃそうさ!彼の人は稀代の天才!世界一の魔法使いだ!!」

 

 アーロンは興奮したようになみなみとジュースが注がれたゴブレットを持ち上げた。

 

「ほら、乾杯!」

「ふふ、乾杯」

 

 アーロンはオリビアとも乾杯しようとしていたが、オリビアの目は既に目の前の大皿に釘付けだった。

 大皿にはいくつもの種類の料理が並び、手の届かない場所にある物の方が多かった。

 

「カトレア、それだけで足りるの?」

 

 カトレアのお皿にはローストビーフ、ラムチョップ、ソーセージ、茹でたポテト、ヨークシャープティングがそれぞれ少しづつ置かれている。

 対してオリビアのお皿には更にローストチキン、ポークチョップ、ベーコン、ステーキ、フレンチフライ、ハッカ入りキャンディが山ほど盛られている。

 

「ええ、食べすぎると動けなくなっちゃうから」

 

 とはいえ、カトレアの量ならば一般的と言えるだろう。

 逆にオリビア程食べれる女子はそう多くは無いはず。

 それに、カトレアはこの後にデザートがくることも知っている。

 甘いものは別腹とはいえ、お腹が苦しくて動けないのはみっともないに違いない。

 

「美味しそうですね」

 

 後ろを漂っていたひだ襟服のゴーストが悲しげに話しかけてきた。

 真珠のような白さの身体はぼんやりと透けていた。

 

「うわっ、ゴースト!?」

「ええ、私はグリフィンドール塔に住むゴースト、ニコラス・ド・ミムジーーポーピントン卿です。お見知り置きを」

「通称、『ほとんど首無しニック』だよ」

 

 アーロンがニヤニヤと笑いながら言った。

 

「呼んでいただくのであれば、むしろニコラス・ド…」

「どうしてほとんど首無しなんだ?」

 

 なぜ首が()()()()無いのかに興味津々のルーク・フレッチャーが遮って質問したことにニコラス卿は気分を害したようだった。

 それでも500年以上()()()()()ニコラス卿は生徒たちが自分の首がほとんど無いことについての質問をしてくることに慣れているようだった。

 

「ほら、このとおり」

 

 ニコラス卿は自分の左耳を引っ張った。

 頭が首からグラッとはずれ、蝶番で開くように肩の上に落ちた。

 誰かが首を切ろうとして切り損ねた首の断面はそれはもうグロテスクで、カトレアは耐えられないとばかりに目を瞑っていた。

 生徒たちが驚くのでニコラス卿は嬉しそうな顔をして頭をひょいと元に戻し、咳払いしてから話し出した。

 

「さて、グリフィンドール新入生諸君。今年も昨年に引き続き寮対抗優勝カップを獲得できるように頑張ってくださるでしょうな?2年前、3年前は連続でスリザリンが寮杯を取っているのですぞ!『血みどろ男爵』のあの顔!」

 

 ニコラス卿はどこらから取り出した白いレースのハンカチを噛んでキー!と叫んだ。

 相当『血みどろ男爵』に煽られたらしい。

 

「『血みどろ男爵』?」

「スリザリンのゴーストだよ。どうして血みどろになったかは誰も知らないけどね」

 

 『血みどろ男爵』はその名の通り衣服を銀色の血でべっとり汚しているゴーストだった。

 それだけではなく、虚ろな目、げっそりとした顔は身も毛もよだつようだった。

 視線に気づいたのか『血みどろ男爵』の虚ろな目がこちらを向こうとして、みなは慌てて視線を戻した。

 

 いつの間にか金色のお皿に乗っていた料理は消え、代わりに山ほどのデザートが現れていた。

 お腹の容量を残しておいたカトレア、まだまだ食べられるオリビア以外の1年生はお腹を擦りながら恨めしそうにデザートを見つめていた。

 

「カトレア、そっちのプディング取って」

「はい、って、また沢山乗せたわね」

 

 カトレアがどれを取ろうか迷っている間にオリビアのお皿には糖蜜タルトやアイスクリーム、フルーツなどが次々に乗せられていった。

 

「だって全部美味しそうなんだもん。あ、これ美味しい」

「どれ?」

「糖蜜タルト」

 

 パクパクとデザートを食べるオリビアはなんとも幸せそうな顔だ。

 

「オリビアは本当に美味そうに食べるな。ほら、これも美味いぞ」

 

 カトレアの向かいに座っていたレオ・アルバートが、オリビアが食べたそうに視線を向けていたエクレアを差し出す。

 嬉しそうに2・3個取ったオリビアは豪快にかぶりついた。

 

 

 ⚡︎ ⚡︎ ⚡︎

 

 

 とうとうデザートも消え、ダンブルドアが再び立ち上がった。

 途端に騒がしかった広間中がシーンと静まり返る。

 

「エヘン_全員よく食べ、よく飲んだことじゃろうから、また二言三言。新学期を迎えるにあたり、いくつかお知らせがある。1年生に注意しておくが、校内にある森に入ってはならぬ。これは上級生にも言えることじゃ。それから、今学期は2週目にクィディッチの予選がある。寮のチームに参加したい人はジャクソン・バトラー先生に連絡すること」

 

 クィディッチと聞いて、何人かの目がギラリと光った気がした。

 

「さあ、諸君、就寝時間。駆け足!」

 

 グリフィンドールの1年生はアーロンに続いて騒がしい人混みの中を通り、大広間を出て大理石の階段を上がった。

 途中、カトレアとアシェルの視線が交わったが互いに自然に目をそらすとそれぞれの監督生の後に続いた。

 壁の絵に指さされ、動く階段を登り、引き戸の陰とタペストリーの裏の隠しドアを2度通り抜け、また階段を登る。

 

「さあ、着いたぞ」

 

 廊下の突き当たりには、ピンク色の絹のドレスを着たとても太った婦人(レディ)の肖像画がかかっていた。

 

「合言葉は?」

「レオ・ルギート」

 

 アーロンがそう唱えると、肖像画がパッと前に開き、その後ろの壁には丸い穴があった。

 高い穴に苦労して登り、そこから繋がるグリフィンドールの談話室にようやくたどり着く。

 心地よい円形の部屋にはふかふかした肘掛椅子がたくさん置いてある。

 アーロンの指示で女子は女子寮に続くドアから、男子は男子寮に続くドアからそれぞれの部屋に向かう

 

 部屋の扉には木の板に金色の名前が彫られたネームプレートが下げられていた。

 _Cattleya Evans

 _Olivia French

 _Sofia Iling

 深紅のビロードのカーテンがかかった、4本柱の天蓋付きベッドが3つ_本来は4人部屋だが、人数の都合上3人部屋_置かれた女子寮の自室には既にトランクが届いている。

 

「私たち同じ部屋みたいね」

「そうね。…それにあの子も」

 

 オリビアはおずおずと部屋に入ってきたソフィアを睨みつけるように見た。

 

「カトレア・エバンズよ。これからよろしくね」

「えと、ソフィア・イリングです。よろしくお願いします」

「彼女はオリビア・フレンチよ」

 

 オリビアは手早くトランクからパジャマを取り出して着替え始めた。

 

「私もう寝るね。カトレアも早く寝なさいよ」

「ええ、おやすみなさい。いい夢を」

 

 3つあるうちの一番端のベッドにもぐりこんだオリビアを見て、カトレアは困ったように笑った。

 本音はもちろんオリビアにもソフィアと仲良くなってほしい。

 折角のホグワーツ、折角の寮生活なのだ。

 友達を作るにこしたことはない。

 けれど、オリビアの無礼を代わりに謝ったりすることは決してしない。

 オリビアには伝える口があって、ソフィアには今後を考える頭がある。

 カトレアは、他人の行動をあたかもこうであると本人でない者が弁明するという行為が大嫌いであった。

 

 夜もすっかり更け、帳が降りた空には星が瞬いている。

 興奮した1日があっという間に過ぎていく。

 

「私たちも寝ましょうか」

 

 ふぁ…と欠伸をした2人は、パジャマに着替え、真ん中のベッドにカトレアが、その隣にソフィアが寝転がる。

 

「おやすみなさい」

「おやすみなさい、ソフィア」




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