深緑の魔女   作:紅椿_

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設定付け加えすぎて後々分からなくなりそうな今日この頃です…


第5話:魂の魔法

 変身術の授業を終え、教科書と寮点を持って教室を出る。

 他のクラスも授業が終わる時間のため廊下は様々な人で溢れかえっていた。

 赤青黄緑のローブ、男女、背の高い人、背の低い人、痩せてる人、太ってる人、美しい人、醜い人…

 先程の変身術で本日の授業は終了だったため、もみくちゃにされながらも果敢にグリフィンドール寮に向かって進んで行く。

 

 そんな中、手紙はキョロリと目玉を動かしてその姿を見つけた。

 梟の形に折られたその紙は自前の翼で羽ばたき、短い足を精一杯伸ばしてその肩に掴まった。

 

「え?」

「え、何それ」

「紙の、梟?」

 

 ガヤガヤと騒がしい廊下でもその声が聞こえた人は数人ほどいたらしく、チラリと怪訝な目を向けられる。

 しかしその視線も一瞬で、次の瞬間にはまるで興味がなかったように目を逸らされた。

 

「少し、外に出ましょう」

 

 手のひらサイズの紙の梟を保護したカトレアが隣を歩くオリビアと一歩ほど遅れ気味のソフィアに目を向けると同意するようにひとつ頷きが帰ってくる。

 中庭はあの人でごった返す廊下とは違い、広く開放的だった。

 少し横に逸れて中庭に出れば、あまりの開放感に思わず息が漏れる。

 ベンチは見渡す限り空いていなかったので、カトレアはハンカチを魔法で大きくし、木陰に敷いて3人で座る。

 

「いい天気ね」

 

 穏やかな風が木々を緩やかに揺らし、上を見上げれば木漏れ日が降りかかる。

 青い空に白い雲が穏やかに流れていく。

 実にピクニック日和だ。

 

「サンドイッチとか持って来れば良かったな」

 

 ごろりとハンカチの上に寝転がったオリビアは「ね」とカトレアに同意を求める。

 昼食は済ませてあるが、夕食の時間まではまだまだ先だ。

 とはいえ既にお腹を減らしているオリビアとは違ってそこまでお腹が減っている訳では無い。

 

「今度みんなでピクニックするのも良いかもしれないわね」

 

 サンドイッチとかも持って、と付け足せばオリビアの目が分かりやすく輝く。

 いつ何時でも食いしん坊であるのに変わりはないらしい。

 ハンカチの上にちょこんと座ったソフィアもうんうんと頷いている。

 ふふ、と笑って手の中に収まった紙の梟を見れば、既にただの紙に変わっていた。

 両端からオリビアとソフィアに覗き込まれながら紙の梟を折り解いていく。

 手のひら2個分程の大きさに広げられたソレには、艶々とした青インクで数行の文字が書き記されていた。

 

[親愛なるカトレア

 この後予定が無いようなら何処かで会えないだろうか。

 君と話したいこと、そして渡したい物があるんだ。

 追伸 苦手な食べ物などはあるかい? A.F]

 

 少し右肩上がりの美しい筆記体が紙の上で踊っている。

 

「これって…」

「A.F?誰?」

 

 両端の2人はとんと検討がつかないようだ。

 揃って首を捻りながら考えている。

 その姿があまりにそっくりで、ふは、と吐息のような笑みがこぼれ落ちる。

 2人はもう降参だとばかりにこちらを見る。

 

「ふふ、アシェルよ」

「アシェルって、まさか」

「アシェル・フォーリー!?」

 

 魔法薬学の時に知り合いだと告げたはずなのに、あまりの驚き様だ。

 信じられないかもしれないが、これでも友人なのだからお茶のお誘いがあっても不思議ではないだろうに。

 

「せっかくのお誘いだから受けようと思うのだけれど、貴女達もどう?」

「いやいやいや、まさか」

「流石に同席するほど図々しくないよ…」

 

 2人とも首を振り、手を振りと全力で拒否している。

 カトレアはもちろん気にしないし、アシェルもきっと気にしないだろうに。

 もちろんダメなら反対されるだろうし、言うだけタダだろうとは言わない。

 ここまで拒否しているのだし、元々無理強いするつもりは無い。

 

「なら、私だけ、了承しちゃうわね」

 

 アシェルの文字の下に羽根ペンで文字を綴っていく。

 カトレアの瞳と同じ深緑のインクはどっしりと力強い深みがあり、それでいて繊細さと神秘的な色だった。

 以前ショッピングに行った時に一目見て気に入り、父親に買ってもらった物だ。

 アシェルの青インクとは比べるまでもなく安価な物だが、その色はまるでカトレア自身を表しているようで一等気に入っている。

 

 最後に杖を一振すれば、広げられた紙は元の梟に戻り、その瞳はカトレアとお揃いの深緑に彩られる。

 

「さあ、アシェルの元へ届けてちょうだい」

 

 紙の梟は力強く快晴の空に羽ばたいていった。

 それから数十分、オリビアとソフィアはとうに寮に帰り、カトレアは1人ベンチでアシェルを待っていた。

 木々の隙間から陽の光が漏れ、ベンチで本を読むカトレアに降りかかる。

 不意に芝を踏みしめる音が聞こえ、カトレアは顔を上げた。

 

「待たせたかい?」

 

 白銀の髪をさらりと揺らし、黒と緑のローブに身を包んだアシェルが立っていた。

 手には小ぶりのバスケットを持っている。

 

「いいえ、そんなに待っていないわ」

「そうか、一旦寮に戻ったから遅れたかと思ったよ」

 

 アシェルは本を閉じたカトレアの横に座ると杖を振った。

 するとすぐそばに生えていた木々の根が伸び、寄り集まってテーブルになった。

 とても高度で美しい魔法だった。

 テーブルの上にバスケットを置くと、その中からティーポットとカップ、ソーサーを取り出す。

 

「好きな茶葉はあるかい?」

「そうね、フォートナム&メイソンが好きよ」

「ちょうどいい、母様からもらった茶葉がある」

 

 アシェルは口を動かしながらも黙々と紅茶を淹れるセットをしていく。

 その動きは淀みなく、常日頃から紅茶を淹れているのだろうか。

 蒸らしている間にアシェルはバスケットの中からワッフルやらスコーン、クッキーなどを次々に取り出す。

 

「随分多いのね。夕飯が入らなくなりそうだわ」

「苦手な食べ物を聞いたはいいけど、好きなものを聞くのを忘れていてね。分からなかったから色々作ってもらったんだ」

 

 このホグワーツでは基本的に生徒が自由に料理をすることはできない。

 なぜなら大鍋などは薬を作るための物であるし、オーブンやコンロなどは寮にはないからだ。

 あるのはただ1つ、屋敷しもべ妖精たちの城、厨房である。

 厨房の場所が気にならないかと言えば嘘になるが、まさかアシェルが厨房の話をしに来たわけではあるまい。

 

「どうぞ」

「ありがとう」

 

 美しい模様のカップに黄金色の液体が注がれる。

 白雲のような湯気がたつ紅茶からは深く穏やかな香りが漂っている。

 

「紅茶を淹れるのが上手ね」

「屋敷しもべ妖精に教えて貰ったんだ。屋敷しもべ妖精は知っているだろう?」

「ええ、魔法使いの家に住み着いてお世話をする者たちね」

「そう、彼らは無償奉仕を至高とし、魔法使いの役に立つことが何よりの喜びなんだ。ホグワーツにもいるよ」

 

 これらも彼らに作ってもらったんだ、とアシェルはクッキーをひとつ摘んで口に放り込んだ。

 カトレアもマドレーヌに手を伸ばす。

 クッキーはマグルの店で売っている物と遜色なく、上品なバターの甘みが口いっぱいに広がり、ホロホロと崩れていく。

 

「家の屋敷しもべ妖精はホーンといってね、僕の曾祖父の代からずっと仕えているんだ。ホーンは僕の乳母みたいなものであり、家庭教師のようなものでもあった。僕はきっと、一生ホーンに頭が上がらないだろうね」

 

 アシェルはほんの少しだがわざとらしく口角をクイッと上げ、目を細めてカトレアを見た。

 その顔はまるでカトレアがどう反応するのかを期待し、愉しんでいるようだった。

 一般的な魔法族のように彼らの無償奉仕を当然とし、ホーンに頭が上がらないと言ったアシェルを諭そうとするのか。

 それとも屋敷しもべ妖精の本質を知らないマグル生まれ達のように怒り、そんなふうに扱う魔法族を、アシェルを侮蔑するのか。

 

「貴方はホーンを家族のように思っているのね」

 

 カトレアはただ微笑んでいた。

 慈愛を体現するなら彼女だと思ってしまうほどに、その笑みは暖かなものだった。

 協会に掲げられたマリアのように、繊細なタッチで描かれた宗教画のように、全てを受け入れる存在。

 

「ああ、ホーンは僕の、僕たちの家族なんだ」

 

 アシェルの顔にあのわざとらしい嘲りはもうない。

 ただただ無があり、しかしてじんわりとした暖かさが染み込んでいた。

 

「アシェル」

 

 カトレアと向かい合っていたアシェルは背後からかけられた声に勢いよく振り向いた。

 緑のローブを着た少年少女6名が三角の陣形で立っていた。

 先頭に立つ明るい茶色の髪の少年は先程の魔法薬学でカトレアを穢れた血と呼んだマイク・バックスターンだ。

 バックスターンはカトレアを鋭く睨んでいる。

 バックスターンだけではない。

 誰も彼もがカトレアという存在を疎ましがっているようだった。

 アシェルは立ち上がって彼らに向かい合う。

 カトレアはただ穏やかに紅茶を啜っていた。

 

「何をしているんだ」

「……いいや、何も?ただの世間話だ」

「その世間話とやらはソイツとする必要があるのか?」

 

 バックスターンはカトレアに対する敵意を隠そうともしなかった。

 吐き捨てるように言った彼に、アシェルはただ、冷ややかな目を向けている。

 

「確かに彼女でなければいけないという訳ではない」

「ならば……」

「しかし、僕は今彼女と話したくて話している。そして、僕の望みを君たちごときが否定するのか?」

 

 あの一団の中で最も偉いだろうバックスターンがアシェルの視線を受けてたじろぐ。

 同じ純血でも、アシェルと彼らとでは越えられない壁がある。

 聖28一族で、ブラックと並んで魔法界の王族と名高いフォーリー一族。

 その魔眼は彼ら(フォーリー家)にのみ与えられる。

 彼らと、アシェル、天秤に乗せて重いのは当然アシェルだ。

 

「しかし、ソイツはグリフィンドールだ!!万が一にもルシウスやベラトリックスに知られたら……」

「彼女とは組み分け以前からの友人だ。それに、そんなこと君が気にすることでもないだろう。彼らに知られたとして小言を言われるのは僕であり君たちでは無い」

 

 彼らは力の強い純血を恐れている。

 ルシウスやベラトリックスは聖28一族の中でも生粋の純血主義で過激派だ。

 彼らと仲が良く、力の強いアシェルが名も知らないマグル生まれと話をしているのをきっと許さないだろう。

 しかし、ルシウスやベラトリックスは彼らに期待などしていない。

 彼らのような心の片隅にすら存在しない者共に、基本的自由人であり好きなように生きてきたアシェルを制御できるなどとは思っていない。

 彼らはただ、己らがアシェルに関係できる人間だと信じていたいだけだ。

 だから周りをうろつき、時に意見し、彼らの思う正しい方向に引っ張っていこうとするのだ。

 

「昔から思っていたんだが、君たちは何故僕の周りにいようとする?僕の周りにいたところでルシウス達の関心を買えるでもないし、僕だって君たちに興味は無い」

 

 唇はわなわなと震え、青筋の浮いた手が耐えるようにローブを強く握りしめている。

 多少なりとも彼らは理性的な人間だったらしい。

 アシェルを恐れているのか、彼の背後にいる存在を恐れているのか、知りはしないがただ口論のみで説得しようとしているらしかった。

 

「それでも、君のような人間はソイツのような穢れた血と共にいるべきでは無い!!」

「穢れた血だって?」

「ああ、そうだ!何度だって言ってやる!!マグルは穢れた血であり排除すべき者だ。その血を入れることで魔力は弱まり、純血は減っていく一方だ!」

「君たちは……一体どこまで愚鈍なんだ。呆れたよ。話をする気にもならない」

 

 アシェルはローブを翻して背を向けた。

 そうして座ったままのカトレアの目を見て、深く深く溜息をついた。

 カトレアはただ、穏やかに笑っていた。

 アシェルは先ほどの己が考えを訂正せざるをえなかった。

 彼女は聖母マリアや宗教画のような存在ではない。

 ましてや慈愛を体現する者などでは決してなかった。

 彼女はアシェルと同じ少し魔法が使えるだけのただの人間だ。

 彼女はただ穏やかに笑いながらも、その眼には、ただただ彼らに対する無の感情が浮かんでいた。

 

「行こう。他人に邪魔をされない場所を母様に教えていただいたんだ」

 

 それでも、アシェルは裏切られたなどとは微塵も思わなかった。

 彼女は良くも悪くも初めからアシェルと友人たち以外への興味関心は持っていなかった。

 穢れた血だと蔑まれようとも、どうでもいい存在のどうでもいい言葉など聞く意味もないのだ。

 アシェルが勝手にマリアだの宗教画だのと解釈しただけの話。

 アシェルは一昨日のボートの時のようにカトレアに手を伸ばし、カトレアもそれを受け入れる。

 杖を振ればティーセットやお菓子類がバスケットの中に収まり、テーブルになっていた木々が元に戻っていく。

 アシェルはバスケットを持って、彼らを一瞥もせずにカトレアの手を引いて歩き出す。

 

「アシェル!!」

 

 彼らが自分の名を叫ぶように呼ぶ声に、アシェルはやはり振り返ることをしなかった。

 

 

 ⚡︎ ⚡︎ ⚡︎

 

 

 図書館の奥の奥。

 司書のMrs.リーヴルに挨拶し、禁書の棚の脇を通り、1番奥の左側の棚。

 下から5段目の1番右、他の本とは違う、木でできた本が収まっている。

 それは本棚から抜けることはなく、ただのオブジェのようだった。

 アシェルは木の本の隣の本を2.3冊抜き、木の本を抜くのではなく持ち上げた。

 カコンと軽い音を立てて持ち上がった木の本にアシェルは囁く。

 

「真理を求め、知識を糧に、果てしない議論をいざこの手に収めん」

 

 すると木の本が収められている棚が動き出し、人1人分通れるほどの通路を作り出した。

 

「行こう」

「ええ」

 

 カトレアはドキドキワクワクしていた。

 何度も原作を読み込んだ。

 映画も観て、ツアーやスタジオにも行った。

 けれども、この世界に転生し、ホグワーツに入学してからかつては知りえなかったことを幾つも知り、体験している。

 これを楽しまずにいられるだろうか、いやいられない

 反語を披露してしまうほど浮かれているといったところか。

 アシェルに続いて部屋の中に入る。

 部屋は教室の半分ほどの広さで、吹き抜け状になった2階建ての構造だった。

 1階部分には両開きの窓が一つと、近くにビロードの紺色のソファとローテーブルがあった。

 窓付近ギリギリまで本棚が壁際にずらりと並び、本を読むためだけの空間と言っても過言ではないだろう。

 2階部分は1階と同様に壁際一面に本棚が並び、その天井の大きな天窓からは快晴と真白い雲が流れていた。

 

「ここは創設者のひとり、ロウェナ・レイブンクローが創った部屋」

 

 アシェルは扉となっていた本棚の後ろに取り付けられた鷲の紋章を撫でる。

 ホグワーツの動く階段や絶え間なく変化する城の間取りは英知の象徴に生み出されたものだと言われている。

 彼女の手にかかれば図書館の奥深くに秘密の読書部屋を作ることなど訳ないだろう。

 見渡す限り本、本、本。

 中には絶版してしまった本や世の中に数冊しか出回らなかった本もあるようだ。

 

「素敵な、夢のような部屋だわ」

「置いてある本は一部素敵では済まされなさそうだけれどね」

 

 一冊の本を手に取り、アシェルはカトレアの目前に掲げた。

 漆黒の皮に金色の金具で装飾されたその本のタイトルは『人を死に至らしめる魔法』

 もうタイトルから分かってしまう、絶対禁書だと。

 

「出版された瞬間に禁書に制定された伝説の本だね。実際に人で試した記録を綴った作者は当然アズカバン行き」

「呆れたものね。なぜ出版しようと思ったのかしら」

「世の中には色々な人がいるものさ」

 

 アシェルは本を棚に戻してソファに座る。

 カトレアもその向かいに座れば、アシェルはバスケットの中から本を取り出した。

 ティーセットやお菓子類の他にまだ入っていたらしい。

 

「これが今日の本題さ」

 

 差し出された本を素直に受けとる。

 その本は若干黄ばんでいて、"ボロボロ"とまではいかないが十分に趣のある本だった。

 

「『神秘的な魔術』…?」

「_ある魔法使いは誰もが称賛するような魔法を創ったが、あまりにも難しすぎて彼以外は誰一人として使うことが出来なかった。_とある魔女は素晴らしい才能を持って生まれた為に死ぬまでその才能を家のためだけに使わされ…いつしか以前とは比べものにならない程強力で邪悪な闇の魔術を大量に創り出した。まぁそんな歴代の偉人__いや、偉人になるべきだった魔法使い達の本さ」

 

 アシェルの静かで、それでもはっきりとした声が二人だけの空間に響く。

 アシェルの声は部屋の中のみならず、カトレアの中で響き、反響していた。

 

「私が魔法を創ったり改良したりしているから、態々持ってきてくれたの?」

「ああ、禁書だから家から送ってもらったんだ。魔法を創るならいろんなものを参考にしたほうがいい。良い例はもちろん、世の中から糾弾されたような悲惨なものも、ね」

 

 アシェルはカトレアを心配してくれているだけだ。

 魔法を創造することで賞賛された魔法使いがいる、そして、不利益を被った魔法使い達もいる。

 そして、不利益を被った魔法使い達もいる。

 アシェルは何色もの色が混ざり合った目でカトレアの深緑の瞳をじっと見つめていた。

 いつ見てもその“色”に惹かれてしまう。

 そのアースアイ(魔眼)には自分は、世界はどんな風に見えているのだろうか。

 初歩の初歩のような魔法も、きっと世界でも限られた人しか見ることのできない闇の魔術に関する本も、世界にたった3人しか存在しない友の眼だって…

 まるで小さな子供が何でも聞いて知りたがるように、なんだって見て、聞いて、感じて、心から知りたいと願う。

 

「有難く受け取らせてもらうわ」

「ああ、そうしてくれ。それは君へのプレゼントだから返さなくて結構だよ」

「…アシェル、こんな貴重な物受け取れないわ」

 

 どう見たって、この本はとても貴重なものだ。

 本の内容然り、出版社や出版年から見ても既に販売はしていないのだろう。

 返そうとした本をやんわりと押し返される。

 

「いいかい、カトレア。これは君に必要なものであって僕には必要のないものだ。僕には今後魔法を創る予定はないし、もし魔法を創りたいと思っても家には書庫があってこの本以外にも魔法創作の本はある。少なくとも、この本が“今“必要なのは君だ」

 

 カトレアの白く細い指を本を持つように支え、その深緑の瞳を下から覗き込むようにして目を合わせた。

 その真摯な眼にぐっと息が詰まる。

 アシェルは見るからに折れる気がない。

 借りるか貰うかは一旦置いておくとして、この本を読みたいのは事実だ。

 

「…わかったわ。とりあえずは貰っておきましょう。でも、あなたが、あなた達がこの本を必要としたときにはきちんと言ってちょうだい」

「ああ、勿論さ」

 

 カトレアは小さく溜息を吐いてボロボロの表紙をそっと撫で、ローテーブル上に置いた。

 そうして、真っ直ぐにアシェルを見た。

 カトレアには聞きたいことがあったのだ。

 

「ところで、なぜ純血の一族は純血であることに固執しているの?彼らはその血を持ってして魔法界の貴族だと仰っているけれど、私にはそれだけには見えないわ」

 

 これはカトレアがカトレア・エバンズになる前から気になっていたこと。

 サラザール・スリザリンに始まり、トム・リドル(ヴォルデモート)、ブラック家、マルフォイ家、などなど。

 一部例外は居れど、様々な純血たちが純血であることに固執している。

 

「彼らのような純血はただ血を繋いでいくことに意義を見いだしてその本質を知りもしない」

 

 アシェルは先程の取り巻き達を前にした時と同じように深く溜息をついた。

 そうして膝の上で両手を祈るように握ると、その腕に体重をかけるように前傾姿勢になった。

 常に姿勢正しいアシェルにしては珍しい。

 

「本質?」

「ああ、カトレア、なぜ多くの魔法族が純血である我々を貴族と呼ぶと思う?」

「そうね、その血を紡いできた歴史や、血の濃さによる魔力量とかかしら」

「そこで魔力の質と言わないのが君らしいね。実際、魔力の質は血が濃くなりすぎた故に年々低下していってる」

 

 原作を読んでいた時にも思っていたことだが、魔法界で生まれた魔法族は生まれからにマグル生まれよりも有利なはずなのに、差がそうあるようには思えなかった。

 そしてホグワーツに入学した現在、それを顕著に感じている。

 今年の1年生で飛び抜けているのはアシェル、そしてカトレアだろう。

 自画自賛だという苦情は受け付けはするが、これが事実だ。

 授業を受けてみて、カトレアはアシェルを除いた誰よりも優れていた。

 知識も、魔法量も、魔法力も、創造力ですらも。

 むしろ魔法界に生まれた事に胡座をかいていたことで彼らはカトレアよりも劣ってすらいる。

 

「そう、その通りではあるんだが、それだけじゃない。純血には、純血たらしめる力があるんだ。我らフォーリーのように」

 

 アシェルはカトレアよりもずっと下から、ジッとその目を見た。

 その(魔眼)は様々な色で彩られているはずなのに、不思議と凪いだ湖面を見つめているように穏やかでキラキラと輝いていた。

 

「まさか、まさか魔眼のような固有の魔法が血で紡がれていたというの…?」

 

 思わず立ち上がったカトレアに、アシェルは苦笑して口元に人差し指を立てる。

 これから話す事は既に純血の中でも限られた一族しか知らない本当の真実(歴史)

 マルフォイからも、ポッターからも、ウィーズリーからも、失われてしまった。

 着々と勢力を伸ばしつつある()()()ですら知らない本当の真実(歴史)だ。

 カトレアを座らせ、アシェルはおそらく既にフォーリー家とブラック家にしか残らない真実(歴史)を語る。

 

「かつて、聖28一族を筆頭とする純血にはそれぞれの魔法があった。その魔法はその血を巡らす者にしか使えず、多少血が混じっても1番濃い血を元に魔法をその身に宿した。学ぶ魔法じゃない。その身体に、魂に刻み込まれたその一族だけの、魂の魔法。しかし」

「血が混じりすぎたことによって、その(魔法)そのものが混乱してしまい、互いに打ち消しあってしまった。違う?」

「その通り」

 

 しかし、聖28一族や他の純血から魂の魔法が消えようと、フォーリー家から消えることは無い。

 数百年前に消えた魂の魔法がフォーリー家にだけは懇々と現在に至るまで受け継がれている。

 

「我らフォーリー家は精霊の王の祝福と加護がある。その眼差しが向けられている限り魔眼が我ら一族から消えることは無い」

「精霊ノ王の眼差しは、純血で無くなれば向けられなくなるの?」

「我らフォーリー家は傍観者。善も悪もその身に宿さぬ傍観者だ。精霊が俗世の善にも悪にも関心を示さないように、我らもそうでなければならない。我らの役目は俗世と精霊との渡し役。この眼を介してその姿を見、その声を聞き、その世界への門を護る者。その純潔(純血)を貫くことで精霊の魔眼は継承される」

 

 精霊ノ王は愛情深い存在だ。

 千年以上前、ホグワーツが造られる前のこと。

 精霊ノ王と彼の愛しき者の間に生まれた愛すべき子供の子孫を今でも見守っている。

 彼女の血が途切れるまで。

 それがフォーリー家の成り立ちと魔眼(精霊ノ眼差し)の由縁である。

 

「我らフォーリー家以外の純血が魂の魔法を失ってから約400年。かつての誇り高き純血達はその誇りを失い、愚鈍に成り下がった」




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