深緑の魔女   作:紅椿_

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第8話:ピクニック

「いい天気ね」

 

 ハロウィーンも終わり、段々と肌寒くなってきた小春日和。

 今日は朝から雨も降らず、天文学の授業を持つシャラン・オリバーが言うには今後も降らないそうだ。

 さわりと撫でるように吹いた風に、プラチナブロンドが悪戯に踊る。

 

「そうだ、ピクニックでもどうかしら」

「賛成!!」

「うん、いいと思う」

 

 今日の授業は先ほどの天文学で終わりで、天気も良く、オリビアのクィディッチ練習の見学もない。

 絶好のピクニック日和だ。

 つい1ヶ月前の再来。

 カトレア・エバンズは有言実行の女なのだ。

 

「サンドウィッチでしょ、クッキーでしょ、マフィンに、スコーン、フィナンシェ、チョコレート…」

「オリビアちゃん…」

 

 食いしん坊のオリビアはもうすっかりピクニックに持っていく食べ物に夢中なようだ。

 ウキウキと今にもスキップでも始めそうなほどで、相変わらずな様子は安心する。

 

「でも、どうやって食べ物を持っていくの?」

 

 ソフィアが首を傾げる。

 ホグワーツの食事はダンブルドアの合図でどこからともなく現れる。

 ガンプの元素変容によって食事は魔法で生み出すことは出来ないと証明されているため、ダンブルドア程の魔法使いであっても食事を生み出すことは不可能だ。

 ではあの食事は一体だれが何処で作っているのだろうか。

 

「ふふ、このカトレア・エバンズに不可能はないのよ」

 

 なんてね、と笑いながらカトレアはつい先日教えてもらったばかりの場所へ歩き出す。

 なんだか今日は特別ご機嫌なようで、艶やかなプラチナブロンドが軽やかに揺れている。

 オリビアとソフィアも顔を見合わせ、首をかしげながらもカトレアについていく。

 

「大広間に行くの?」

「いいえ、違うわ」

 

歩みを進めたのは見慣れた廊下で、その先にあるものをオリビア達は当然知っている。

 しかしカトレアは大広間を通り過ぎ、玄関ホールの階段のすぐ脇の扉を開ける。

 

「初めて来る場所だ」

 

 ホグワーツ城はとても広い。

 探検でもしない限り全ての教室や廊下を通ることはない。

 もう何年も長いこと学校に勤めているダンブルドアですら偶然あの部屋を見つけたぐらいなのだから。

 毎日使う大広間のすぐそばであっても知らない場所であるのは当然のことだ。

 オリビアは明々と松明に照らされた広い廊下を見渡しながらまっすぐ歩くカトレアの背を追った。

 

「ここよ」

 

 カトレアは銀の器に果物が盛り付けられた絵画の前で脚を止めた。

 なんの変哲もない、ただの絵だ。

 少なくとも、オリビア達にはただの絵に見える。

 

「この絵がどうかしたの?」

「見ていてちょうだい」

 

 カトレアは絵に手を伸ばし、絵の中の大きな緑色の梨をくすぐった。

 梨はクスクス笑って身をよじり、あっという間に大きな緑色のドアの取っ手に変わった。

 

「え!?」

「ドアハンドル…?」

 

 ホグワーツには変わった仕掛けが多い。

 動く階段を筆頭に、合言葉で開く通路、くすぐったりお願いしなければ開かない扉など様々である。

 当然考えれば、くすぐれば扉になる絵があってもおかしくはない。

 カトレアは驚く2人にクスリと笑い、そっとオリビアの背を押した。

 

「さあオリビア、開けてちょうだい」

「え、うん、わかった」

 

 オリビアは少々緊張した顔持ちをしながら、緑色のドアハンドルをしっかり握って、力強く扉を開けた。

 目の前に広がるのはつい先日来た時と何も変わらない、天井の高い大きな部屋である。

 上の階にある大広間と同じぐらい広く、石壁の前にずらりとピカピカの真鍮の鍋やフライパンが山積みになっている。

 部屋の奥には巨大なレンガの暖炉があり、轟々と紅い炎が燃えている。

 

「こ、ここは…」

「厨房よ」

 

 扉が開かれたことに気づいた屋敷しもべ妖精達がキーキーと甲高い声で歓迎の言葉を言いながら、わらわらとカトレア達の元へ近寄ってくる。

 

「ようこそいらっしゃいました!!」

「カトレアお嬢様、グリフィンドールのお嬢様方!!」

 

 厨房に気を取られていた2人も、すぐに周りを囲む屋敷しもべ妖精に視線を奪われた。

 明らかに人間ではないが、授業で扱うような一般的な魔法生物でもない。

 オリビアは、獣でもなく、人と同じ言葉を扱う魔法生物である彼らの事をまるで知らなかった。

 

「屋敷しもべ妖精...?」

「え、なんて?」

「屋敷しもべ妖精よ、オリビア。魔法生物の一種で、特定の魔法使いや家に仕えて身の回りの世話や家事や雑用をするのよ」

 

 しかし、知らなかったのはオリビアだけの様で、カトレアは兎も角、ソフィアですら彼らを知っているとは!!

 どうにもソフィアに対しては特に負けず嫌いを発揮するオリビアはムッと不満気に屋敷しもべ妖精を見ていた。

 ソフィアはそんなオリビアに苦笑いしながらも、先程の疑問があっという間に解消された。

 これほどまでに大きな城で、大勢の生徒を抱えるホグワーツに屋敷しもべ妖精がいないわけがない。

 彼らがこの大広間の真下の厨房で毎日食事を作り、それをダンブルドアが魔法で移動させているのだ。

 

「屋敷しもべ妖精はその在り方を否定する人も多いから、教科書には滅多に乗らないわよ」

「ふぅん、そうなんだ」

 

 原作でハーマイオニーがしもべ妖精福祉振興協会(S・P・E・W)を設立していたように、屋敷しもべ妖精に人間の世話をさせるのに否定的な人間は一定数いる。

 ハーマイオニーのように屋敷しもべ妖精を解放しようと実際に行動を起こす人こそ少ないが、特にマグル生まれはその生態に慣れず、反発する人も多い。

 屋敷しもべ妖精は主の命令ならばどんなことでも無償で叶えることを至高とする生物だ。

 だが、マグルの世界にはそういった生物は存在しない。

 どんなに尊い血筋であっても、どんなに金持ちであっても、物事には全て対価が付きまとう。

 

「お嬢様方は紅茶を飲んでいかれますか?」

「今日は天気がいいからピクニックよ。飲み物と軽食、おやつを用意してちょうだい」

「かしこまりました」

 

 屋敷しもべ妖精の数も多いとはいえ、大勢の生徒と教師の分の食事を作る厨房は既に料理の仕込み段階に入っている。

 そんな中での生徒の我儘にも彼らは決して嫌な顔一つせずに、まるで仕事が与えられて嬉しいとばかりに喜ぶ。

 これにはカトレアも少々慣れないが、別段気にしすぎるほどでもない。

 どうせすぐに慣れるだろうし。

 

「そうだ、折角のピクニックなんだし、レオも誘わない?」

「ええ、構わないわよ」

「私も、大丈夫だよ」

 

 それから少しして、屋敷しもべ妖精たちがクッキーやらスコーン、サンドウィッチ等をバスケットに詰め始めた頃、オリビアとレオが厨房にやって来る。

 

「へぇ、ホグワーツの厨房ってこんなところにあったんだな」

 

 レオは物珍し気に厨房を見渡し、屋敷しもべ妖精が用意してくれていた小皿に盛られたクッキーを1枚摘まんだ。

 

「カトレアはなんでこんなとこの場所を知ってるんだ?」

「ついこの間、チャールズに教えてもらったのよ」

「チャールズって、ハッフルパフの監督生のチャールズ・サリヴァンか」

 

 なんでもないかのように微笑むカトレアに称賛を送る。

 しかし、それの他にどうにも畏敬の気持ちも多く抱いてしまう。

 カトレアは、人と仲良くなるのが上手い。

 “仲良く"と言ったらとても素敵なものに思えるが、悪い言い方をすれば人に取り入るのが上手いのだ。

 アシェル・フォーリー、チャールズ・サリヴァン…どちらもガードが固く、仲良くなろうと思って仲良くなれるものではない。

 外面の良いチャールズは兎も角として、アシェルは特にだ。

 

「サリヴァンって、入学したばかりの時に助けてくれたあの?」

「ええ、そうよ」 

「なんか、すごい奴だよな」

 

 アシェルやチャールズに限った話ではない。

 アシェル達ほどとはいかないがホグワーツでも一目置かれている人も、そうでない人も、カトレアにかかれば皆お友達だ。

 彼らは皆、自分はカトレアの大切な友人であると思っているだろう。

 カトレアは、決して人に媚びている訳ではない。

 寧ろその逆である。

 他人に、カトレアには自分が必要だと思わせるのが上手いのだ。

 

「流石、見る目があるのね」

 

 カトレアは何時もと変わらず、しかしほんの数ミリだけ目を細めて微笑んだ。

 レオは能天気そうに見えて、その実他人の人となりをよく見ている。

 彼の言う“すごい奴"とやらが一体誰を指して言っているのかをカトレアは問うことはない。

 カトレアはレオを友人だと思っているのだ。

 

「おーい、準備できたから外行こ!!」

 

 屋敷しもべ妖精から受け取ったバスケットを持ったオリビアが既に歩き出している。

 ソフィアも慌ててそれについていき、カトレアはレオと肩を竦めて笑う。

 

「私達も行きましょう」

「そうだな。おい、オリビア!そのバスケット貸しな。色々入ってるみたいだし重いだろ」

「持ってくれんの?さっすがレオ!やっさし〜!!」

「全く都合の良い奴だな…」

 

 バスケットをレオに渡して、テンション高く歩くオリビアからは相当ピクニックへの期待が見て取れる。 

 スキップをしながら軽快に歩くオリビアは今にも宙に浮いてしまいそうなほどご機嫌だ。

 ソフィアはオリビアの隣をレオに譲り、カトレアの隣を陣取っている。

 

「ふふん、ちゃんといつも優しいのは知ってるから」

 

 くるっと振り向いて悪戯げに笑う姿に、おもわずレオは苦笑した。

 しかし、呆れたように苦笑するレオの耳がほんのりと染まっているのに気づいたのはきっとカトレアだけだろう。

 

「ほら、カトレアとソフィアも早く〜」

「あ、おい!ちゃんと前見ないとぶつかるぞ!!」

 

 後ろを向いたまま歩くオリビアに注意するよう言うレオだったが、一瞬遅かった。

 

「うわッ!!」

 

 曲がり角でぶつかって転びそうになったオリビアをレオが手を引いて引き止めた。

 オリビアはレオのおかげで転びこそしなかったが、ぶつかった相手はバサバサと紙の音を立てながら転んだようだった。

 

「おいおい、気をつけろって言ったばかりだろうが…」

「オリビアちゃん!?大丈夫?」

「気をつけないと…あら、アシェルじゃない」

 

 2人から少し遅れて歩いていたカトレア達が駆けつけると、スリザリンのローブを着たアシェルが数冊の本を廊下に散乱させて尻もちをついていた。

 彼の取り巻き達が見れば烈火のごとく怒鳴り散らしそうな姿だが、生憎と彼らはアシェルに撒かれて居ない。

 

「大丈夫?怪我はない?」

「ああ、ありがとう。怪我はないよ」

 

 カトレアの手を借りて立ち上がったアシェルは、杖を振ってローブにスコージファイをかけて汚れを落とす。

 カトレアも杖を振れば、床に落ちて散乱していた本が産み重なるように宙に浮き、その姿には少しの汚れも皺もなかった。

 アシェルが宙に浮いている積まれた本を手に収めれば、それは重力を思い出したように重さを取り戻した。

 

「あの、ぶつかってごめん」

「別に、気にしなくていい」

 

 何時だって完璧な無表情で素っ気ない態度のアシェル。

 常と変わらないはずの態度に苛ついたオリビアだったが、元はと言えば前を見ずに歩いてぶつかったオリビアが悪いのだ。

 

「そうだ、私たちこれから外でピクニックをするの。アシェルも一緒に来ない?」 

「「「「え...?」」」」

 

 オリビア、ソフィア、レオ、そしてアシェル。

 4人の図らずも揃った声を聞いても、カトレアはそんなことは細事であるとばかりに微笑んでいた。

 

 

 ⚡︎ ⚡︎ ⚡︎

 

 

 赤、赤、赤、赤、緑。

 サワサワと風が吹き抜ける中庭に2色が混じり合う。

 クリスマスにしては大分赤の主張が激しいグループである。

 湖畔の木陰で大きくしたハンカチを敷物代わりにし、バスケットを囲む。

 特定の人を睨んでいたり、おどおどしていたり、困った顔をしていたり、ただひたすらに無だったりする彼らの中で、ただカトレアだけは微笑んでいた。

 

「入学してもうひと月も経つでしょう?それなのに私の友人たちは何時までたっても気まずげで、私も困っちゃうもの」

 

 グリフィンドールとスリザリンの合同授業での2人組の際は、いつもカトレアとアシェルが組んでいる。

 スリザリンの面々は兎も角、オリビア達はカトレアと組めないことのみならず、相手がアシェルであることも不満なようだった。

 無理に仲良くしろとは言わないが、友人同士で自分を挟んで揉めないでほしいのだ。

 なにせ面倒臭いので。

 

「この際、面と向かって自己紹介でもしましょう。そうすれば少なくとも知り合いにはなれるわ」

「だからと言って…」

「ふん、オリビア・フレンチよ」

 

 一番に口を開いたのは意外にもオリビアだった。

 普段カトレアや他の寮生と話す時の親しみやすさは何処へやら、“カトレアが言うなら仕方ない"とでも言いたげな態度でそっぽを向いて無表情で名前だけを言うオリビア。

 これではアシェルの無表情をとやかくは言えないほどだ。

 それでも、内側に入れた者以外へはとことん排他的なオリビアからのスタートは幸先がいい。

 

「あ…えと、ソフィア・イリング、です…」

 

 元々人見知りの激しいソフィアは今日も今日とて変わらない。

 カトレアが望んだなら否という訳がなく、そのうえオリビアも従ったのなら余計である。

 聖28一族筆頭のフォーリー家嫡男との面合わせに縮こまり、どもりながら挨拶をする。

 視線は相変わらず下を向いていて、アシェルのローブの裾ですら視界に入ってはいないのではないだろうか。

 

「レオ・アルバートだ」

 

 他の2人と比べれば少々マシではあるが、気まずそうな顔のレオは茶色の髪をガシガシと掻く。

 彼からしたら真の巻き込み事故であろう。

 カトレアが改善したいのはオリビア、ソフィア、アシェルの3人の関係性のはずだ。

 それでもこの場にいてくれるのは友達想いのレオらしい。

 

「…アシェル・フォーリーだ」

 

 アシェルもアシェルで、なんとも言いようのない感情でありながらも、無表情を貫いて友人の友人と接していた。

 あくまでオリビア達はカトレアの友人だ。

 彼女らと特別仲良くなるつもりはないが、カトレアの言うことにも一理ある。

 カトレアが友人と認めた人間と多少なりとも良好な関係を築いておいて損はない。

 

「私は、みんなで仲良くできたら嬉しいわ」

 

 カトレアはティーカップを傾けながら微笑んだ。

 美しく、それでもってとても満足気に笑うカトレアに、正直アシェルと仲良くすることに乗り気ではなかったオリビアが息を詰まらせる。

 この中で1番彼に対して排他的だったのは間違いなくオリビアだという自覚があるから。

 ソフィアだって未だアシェルの顔も見れず、挨拶ですら儘ならないが、ソフィアは他人に対しては全てこうである。

 こんなキラキラとした笑顔で言われてしまったら、仲良くする事に躊躇っていた自分たちが悪いみたいではないか。

 

「はぁ…仕方ないわね。カトレアに免じて一応は仲良くしてあげるわ」

 

 

⚡︎ ⚡︎ ⚡︎

 

 

Side Asher

 

 轟々と燃え盛る暖炉の前、黒い革張りの上質なソファに座って本を読む。

 地下にあるため陽の光こそ入ることはないが、窓から映し出された湖の中で屈折した神秘的な水模様が本に模様を乗せている。

 珍しく談話室にいる僕に気を使ってか、それとも怯えてか、大半のスリザリンの寮生はそそくさと自室へ去っていった。

 別に周囲に人がいようと、周囲で課題を熟してようと、僕は気にしないし、取って喰いやしないというのに。

 とは言っても、勿論僕の読書の邪魔をする者は遠慮願うが。

 

 ふと、カトレアによって彩られた出来事を思い出す。

 今日のカトレアは実に強引だったと思う。

 偶々彼女の友人とぶつかってしまっただけなのに、彼女の独断でピクニックを共にするとは夢にも思わなかった。

 穏やかで優し気な、あの美しい笑みの中に隠された“こんなにも素敵な私の友人と知り合えないなんて可哀想"とでも言いたげな彼女の_嗚呼、なんとも傲慢で頑固な、実にグリフィンドールらしい強い信念の灯るビリジアンの瞳。

 胸の奥底の、心臓とも違う場所が熱くなって、お湯が沸騰するようにふつふつと、そして次第に杖先から火花が飛び散るようにパチパチと何かが込み上げてくる。

 そんな僕の心を読み取ったかのように、飛び回る小精霊たちがくすくすと笑って輝く小さな羽から金の粉を振り落とした。

 僕の周りに降り積もった黄金の粉が溶けるように消え、開いた本のページが悪戯な小精霊によって捲りあげられる。

 背後からコツと重たい革靴が石畳を叩く音がし、小精霊たちが足音の持ち主の周りを飛び回る。

 

「…アシェル」

 

 ああ、またか。

 折角こんなにもワクワクして、今ならなんでもできそうな程だったのにもう萎んでしまった。

 

「…アシェル、彼女に近づくのはやめなさい。いずれ…いずれ傷つくことになるのはお前だ」

「もう何度も聞いたよ。耳にタコができそうなほどね」

 

 まるで出来の悪い子供に言い聞かせるような声で、親切にも僕に忠告する彼を振り返る。

 

「アシェル…私は君を心配しているんだ」

 

 蝋燭と暖炉の炎、それから窓からの水模様に照らされた肌が一層血の気が引いたように青白く見える。

 ローブの襟に止められた緑とシルバーの“PREFECT(監督生バッジ)"が光に当たってキラリと光った。

 

「ルシウス。何度も言うが僕にその忠告は無用だ。僕は僕の正しいと思う道に進むし、僕が認めた人間と仲良くする」

 

 ルシウス・マルフォイ。

 僕と同じ聖28一族のマルフォイ家の嫡男で、スリザリンの監督生。

 5年生ではあるが現在のスリザリンには僕以外に彼よりも家柄が上の者がいない為、実質的に彼がスリザリン寮生を統率している。

 幼い頃から僕を知るために、純血の僕がマグル生まれのカトレアと仲良くしているのが大分ショックだったらしい。

 心配しているのはわかっているのだが、何かと言って引き離そうとしてくるのが正直鬱陶しい。

 

「カトレアを友人だと認めたのは僕で、君に僕の意見を覆す何かがあるとでも?」

 

 彼が心配しているのはフォーリーという特別な血か、他人への体裁か、それとも魔法界へ与える影響か。

 そのどれかであっても、彼が僕に意見する資格などありはしない。

 僕はフォーリーで、彼はマルフォイだ。

 ホグワーツに来てから、より一層血の関係を思い知らされる。

 どれだけ僕が仲良くしたいと思っていても彼女がマグル生まれだというだけで反対する者は大勢いて、どれだけ歳が上であってもフォーリーが相手だというだけで大半の者は僕に意見することも話しかけることすら許されない。

 ここはそういう世界だと教え込んだのは君だよ、ルシウス。

 

「アシェル…私は、ただ…」

 

 ルシウスは身内を大切にする人間だ。 

 もちろん、ルシウスに限らずスリザリン_特に純血貴族_はそういう者が大半だ。

 誇り高く、身内を尊び、異物を嫌う。

 そうでなければ遥か昔から続く“血"を次代に継ぐことができないのだから。

 しかし、“純血"とはただただ祖先の血を次代に継いでいっていることを尊んでいる訳では無い。

 それは各家に伝わる秘匿の技術だったり、天性の才だったりと“純血"を“純血"たらしめる確かな理由が存在するのだ。

 今は既に、多くの家から忘れ去られてしまった、魂の魔法のように。

 

「ルシウス、僕は彼女と結婚するつもりも子を成すつもりもない」

 

 彼が心配し、態々僕に何度も忠告をしに来るのは所詮、そういうことだ。

 僕とカトレアの関係を無粋にも邪推して、ありもしない未来を恐れている。

 純血の者の多くは魔法界にマグル生まれがいることに難色を示すが、フォーリーは別にそういう訳では無い。

 相応しい者ならば良き隣人としてそれ相応の関係を築く。

 しかし、婚姻や出産は別だ。

 フォーリー一族において代々受け継がれるのはこの魔眼だ。

 純血によって魔眼は受け継がれ、精霊と心を交わすことが許される。

 フォーリーはその代償として(魔眼)に縛られ、次代に継承するまで精霊界と人間界を繋ぐ橋にならなければならない。

 それが魔眼を授かった初代フォーリーが、精霊ノ王と交わした契約だ。

 よって、カトレアがいくら精霊に好かれていようと、精霊ノ王直々に魔眼を授けられない限り彼女のようなマグル生まれとの子には魔眼は引継がれない。 

 だから純血同士の政略結婚が当たり前になっている今でも恋愛結婚が好ましいとされるフォーリーだろうと、“純血"が半減するマグル生まれとの結婚は認められない。

 それがフォーリー一族に生まれた者の定めなのだ。

 

「カトレアとは友人だ。君も知っているとおりね」

 

 しかし、ルシウスの反応は想像よりも思わしくない。

 もう何度も言っていることだから飽きてしまったのか。

 ルシウスは珍しくもうろ、と視線を彷徨わせ、数秒の後に口を開いた。

 

「…時期にあの方は同志を集め、動き出すだろう。私は勿論、シシーにベラ…多くの純血の者(身内)がその思想に賛同し、この魔法界を変えるために動き出す。お前が彼女を友人として(・・・・・)大切に思うのなら、尚更離れるべきだ」

「僕たちフォーリー家はBystander(傍観者)だ。それなのにあの人…卿は態々僕の友人を狙うと?」

 

 僕の問いに、ルシウスはこれ以上は言えないとばかりに口を噤んだ。

 フォーリーはどの時代も中立を貫いている。

 僕らは彼らの敵ではないが、決して味方でもない。

 精霊との繋ぎ役の為に生きる血筋である僕らは、光も闇も、魔法もマグルも関係ない。

 ただ中立の立場に立ち、精霊と同様にその全てを傍観する者だ。

 

「今後をよく考えなさい。後悔しない道を」

 

 ルシウスは長いブロンドとローブを翻して去っていった。

 

 暖炉の炎が変わらず燃えている。

 もう本の内容など頭に入ってはこない。

 カトレアはマグル生まれだ。

 あの人の、僕の親戚たちが悪だとし、排除しようとする対象。

 ルシウスはああいったが、僕が彼女を他人とすれば対象でなくなるわけではない。

 彼らの目的はマグルやマグル生まれを排除することなのだから。

 他人になれば多少厳しい目はなくなるかもしれないが、どちらにせよ危険なことに変わりはない。

 本格的な活動が始まる前に対策を考えなければ。

 彼女は僕の、大切な友人なのだから。

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