嘗て英雄だった帰還者に英雄たれと求めるのは間違っているだろうか?   作:かかかか

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第1話

 50階層。

 長く険しい冒険の末、一時身体と心を休めることを許されたダンジョンにおける数少ないセーフエリア。

 其処は今、何もかもを溶かす溶解の泉へと姿を変えようとしていた。

 

「速やかにキャンプを破棄、最低限の物資を持ってこの場から離脱する。リヴェリア達にも伝えろ」

 

 そして下された誰かの決断は、金髪金眼の少年の様な男の決断はこれ以上なく正しく、そして何より迅速だった。

 惜しむべくはその英知が他の追随を許さなかったという事ぐらいだろう。

 

「待てよ、フィン。それじゃああいつはどうすんだよ!?」

 

「あんなの放って置いたらとんでもない事になるかもしれないんだよ!?」

 

 フィンと呼ばれた男の下した決断に狼の様な少年がすぐさま噛みつき、踊ろ子の様に扇情的な装束に身を包んだ短髪の少女もそれに賛同する。

 それは仕方がない。

 そう判断する事は至って当たり前だと、2人に対峙するフィンは、一個人としてのファンは決して表情に出すことはないけれど、思う。

 だがそれだけだ。それ以上はなく、それ以下もない。

 

「指示の撤回はない。2軍以下ベースキャンプに残った団員の武装及び、この遠征のために用意された物資の殆どが既に失われている。人的被害がない事は幸いだが、これ以上の物的被害はファミリアとしての今後に関わる。」

 

 『勇者』ロキファミリア団長フィン・ディムナはただ己が理想とする自分に従って再度団員に指示を飛ばす。

 

「総員速やかに50層を離脱しろ! 僕も大いに不本意ではあるけれど、でもあのモンスターを必要最小限の被害で始末するにはこれしかない。……月並みな言葉で悪いけどね。」

 

 そうして一対の金眼が向けられる先で暴れ狂う溶解の女王。腕は2対4枚の羽の様であり、頭には天を刺す2本の角。艶かしい曲線を描く上半身とは対照的に醜く膨れ上がった芋虫の様な下半身。

 ダンジョンに君臨する階層主すら越すのではないかというその巨大は蝶の鱗粉が如き致死の光の魔弾を撒き散らしながら、溶解の池の中からこちらへ近づいて来ていた。

 先程まで戦っていた芋虫型モンスターですらその傷跡として溶解の池が出来たのだから、あれほどの巨体から放出される溶解液の量は最早想像したくなく、であるからこそフィンは確固たる意志を持って1人の団員へと顔を向ける。

 

「アイズ、あのモンスターを討て」

 

 ふとすれば人形か何かにすら見える美しい金糸の少女はその言葉に静かに頷いた。利き手に持ったレイピアを握りしめて。

 けれどそれに他の者が納得するかと聞かれればそんな筈もなく、狼の少年と踊り子の少女、そしてその少女に髪の長さとある部分を除いてよく似た少女も加勢して2人へ詰め寄る。

 が、3人が口を開こうとした瞬間、フィンが再三の指示を口にしようとした瞬間、金糸の少女が芋虫の女王へと飛び立とうとした瞬間に世界が変わった。

 

「顕現しろ【いまは遥か理想の都(ロード・アテナイ)】」

 

 溶解液の泉は色とりどりの花に埋もれ、溶かされ溶解し荒れた大地は緑生い茂る美しい野へと姿を変え、その暴威を振るおうと押し寄せてくる芋虫の大群とその女王は50層を横断して顕れた壮大にして荘厳の城壁によって進軍を遮られた。

 

「ロキ・ファミリアからの共同遠征の打診を受諾。規約に基づきアテナ・ファミリア50層に今到着した。が、遅参してしまったか【勇者】? 」

 

 「…いや、時間通りだよ【アテナの槍】。そして【アテナの盾】。共同遠征の打診を受けてもらった事改めて礼を言うよ」

 

「【勇者】、礼は必要ない。ナウシカも今は目の前の脅威を退けよう」

 

「それもそうね。話はあれらを片付けてからにしましょう。それとユリシズはここで待機。討伐はそこの【剣姫】と私で行います。各々異論はおありかしら? 」

 

 そして49層に繋がる通路から、撤退する人の波を飛び越えて飛来した2人の男女は場違いなまでに落ち着いた様子で5人の側に立った。

 危機的状況などないかの様に、実際状況を一変させて、まるで立つ場所が違うとすら錯覚する程に空気がその2人。特に豊かな栗色の髪を束ねた長耳の美しい女性にはあった。

 

「では、掃討を開始します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠い。とアイズは1人、隊列の中を歩きながら感じていた。危険などそこらじゅうに溢れるダンジョンで1人、数時間前の戦闘に思い耽り、共に戦った背中を隣で戦った背中を思い出しては痛感する。

 余りにも遠いと。共に戦ったはずなのに、隣で戦ったはずなのに、近くにいたはずの彼女はそれでもとても遠いところにいたのだと。痛感する。

 そして今目の前にいる彼の背中も、手を伸ばせば触れられる距離にいると感じる彼の背中も、きっと感じる以上に、目で見える以上に、とても遠いところにあるのだろう。

 それはとても悲しくて、寂しくて、つい手を伸ばしてしまうほどに近くで感じていたいと

 

「俺の背中に何かついてるか【剣姫】? 」

 

「っ!? う、ううん…なにも付いてない」

 

 無意識のうちに伸ばされた手を咄嗟に引き戻した自分がどう見えたのか、振り返ってこちらを見る彼の眼差しに少し居ずらさを感じたアイズは、少し澱みながらそう答えた。

 するとその彼は何を思ったのか、歩く歩幅を緩めてアイズの隣に並んでくる。

 

「来るのが遅れてすまなかった。もう少し早ければ物資の損失を防いで、予定通り新階層への遠征に行く事が出来ただろう。まぁ細かい話はナウシカとそっちのフィンとリヴェリア辺りがするんだろうが、個人的な謝罪くらいはさせてほしい」

 

「ううん、ユリシズ達が予定より早く来てくれたおかげで助かったから、謝るのは私達のほう。元々私たちの依頼を済ましてから合流する予定だったてフィン達も言ってたし」

 

「そう言ってもらえるとこちらとしても助かる。」

 

 彼、ユリシズの隣を今私は歩いている。アイズは自身の歩幅に合わせてくれる青年の横顔を眺めながら、確認する様に心の中で呟いた。

 昔の様に、彼はこうして自分の隣を歩いてくれていると。

 そして昔のまま、この距離が少しも縮まっていないと。

 あぁ、遠い。追いつきたくて、どうしようもなく追いつきたい背中で、その隣を歩きたいのに、彼は今もこんなに遠い。

 

「どうした? また焦ってるのか? 心配しなくてもお前は強くなるよ【剣姫】」

 

「……アイズ…」

 

「ん? 」

 

「…昔みたいにアイズ、って呼んで…」

 

 こんな子供みたいな事を言いたいわけじゃないのに

 

「ははっ、了解した。久しぶりだなアイズ。少し見ないうちにまた強くなったな。50層での戦いも凄まじいものだった」

 

「…うん。」

 

 私はたったそれだけの事でどうしても喜んでしまう。変わらない彼の、変わらない優しさに、変わらない態度に、変わらない関係に、変わりたいと願ってるはずなのに喜んでしまう。

 私はそんな自分が嫌で、そんな自分が嫌い。

 だから

 

「私……強くなるよ。今より、ずっと…ずっと強くなるから」

 

「は、本当に変わらないなアイズは。出会った頃からそればっかりだ」

 

 昔と同じように払ってくれる彼がちゃんと私を見てくれる様に、私は絶対に強くなる。

 置いてかれないだけじゃダメだから。追いつかないと、隣に立たないと、一緒にはいられないから。

 

 アイズは彼。

 迷宮都市オラリオに君臨する三代ファミリアの一つ。アテナファミリアの副団長にして、都市に3人しか存在しないLv7。

 ユリシズ・オーディを見つめながら強くそう誓った。

 

 

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