嘗て英雄だった帰還者に英雄たれと求めるのは間違っているだろうか? 作:かかかか
「さて、フィンにはあぁ言われたけどどうしたもんかなこれは」
「どうしたもこうしたもないわ。ミノタウロス達はロキファミリアが請け負う。それがあっちの判断で、ミノタウロスが逃げ出した今もあっちからの新しい伝言はない。なら私達は手を出せないわ。あくまで私達アテナファミリアと彼らロキファミリアは遠征を共にするとしただけで、原則としては他のファミリアなのだから」
「とは言っても、一級冒険者として中層のモンスターが上層へ逃げるのを黙認するって言うのは」
「そうね…確かにそれは問題よね。」
「じゃあ俺達も行くしかなくない? 」
「……仕方ないわね」
逃げ出すミノタウロスの大群とそれを追うロキファミリアの大軍。その少し後方でその様子を眺めていた2人は、ファミリアとしての方針をそうして固めた。
「ユリシズ! 貴方は今この階にいるミノタウロスの対応を! 私は上層への追撃班に加わります! 聞こえたわね【勇者】! 」
「援護感謝するアテナファミリア! ラウルっ! 君はこの階に残り2軍及び物資運搬班の指揮を取り、【アテナの盾】と共にこの階のミノタウロスを殲滅しろ! 僕たちは【アテナの盾】と共に上層に逃げたミノタウロスを追う! 」
「りょっ、了解っす! 」
言うが早いか。
3大ファミリアの団長たる2人は相手の返事など聞くまでもないと瞬時に必要最低限の言葉を交わして状況を動かす。
そのうち1人からの薫陶を受ける【超凡人】ことラウルもまた2人の域には達してないものの、それでも澱みなく指示を飛ばす様は確かな信頼に値するもので。
その横に着地した身の丈ほどある大楯を携えた男もまたそう判断した。
「俺にも指示を【超凡人】ラウル・ノールド殿。生憎守ることくらいしか脳がないんだが、まぁ上手く使ってれ」
「うぇっ!? えぇっ【アテナの盾】に自分なんかがっすか!? むりむり無理無理っす! 本当っに! 無理っすよっ!! 」
しかしだ。自分よりLvが3つも上の、しかも自分たちと同格と言われる大ファミリアの副団長に、同じく大ファミリアの団長の薫陶を受けてるだけのLv4が指示を出す。
そんな権利を好んで受け取りたいと思う輩はそれこそ頭のネジが飛んだやつだけであり、ラウルこと【超凡人】である凡人の中でも優れた凡人でしかない凡人枠のラウルの頭のネジはしっかりと絞められていた。
「もぉ! 団長はラウルを信頼してここを任せてくれたんだからシャキッとしなさいっ! 」
「あだぁっ! でもアキっ! あの【アテナの盾】っすよ! あの隻腕隻眼の黒竜討伐からのたった1人の生還「ラウルっ!!」 えっ、ぁあっ……」
そんな良い意味でも悪い今でも自信のない2軍のリーダーを励ます様に【貴猫】アナキティはその背中を叩き励まそうとしたが、それはかえってラウルの心に緩みを作る結果となってしまった。
オラリオに住む者ならその者の顔を知らなくとも知っている。いや想像できるであろう絶対のタブー。例えその者に挑もうとするものさえ、いやその者に挑もうとするほどの強者。古強者達ならば絶対に口にしない言葉。口にしない単語。
ミノタウロスを塵芥の如く瞬殺し16階層へ繋がる通路を駆け上がろうとするフィン、リヴェリア、ガレス、そしてナウシカがその気勢をぴたりと止めラウルと、その人物を注視するほどの禁句。
15年前を知るもの達が皆臨戦体制を取るほどの緊張が17階層に張り詰め、知らぬものすら異様な空気に息を呑む。
「………懐かしいな。あの時は若かった。まだ16歳にもならないくらいだったか。お前達ロキファミリアやフレイヤファミリアには迷惑をかけた。」
「えぇ…いやっ、その」
「謝罪は不要だ【超凡人】。それとナウシカ、フィン達もそんなに構えるな、安心しろ。もう俺もそこまで青くない」
そんな皆の注目を浴びた中でユリシズは呆気ないくらいにそう口にし、その勢いのままに未だ目の前で固まったラウルの頭をクシャクシャに撫でる。
「ははっ! ほらボケっとするな【超凡人】! 隣の【貴猫】を見習え。【勇者】が信頼して、【貴猫】が期待して、【アテナの盾】が背中を預けると言ってるんだ」
「あわわぁわわっ、ええぇぇっ、!?? 」
「どうだ? 胸を張るにはまだ不足か? 」
「え………。」
殺されると思った。後にラウルはこの時の瞬間をそう語った。
自分がオラリオに来たのは8年前。7年前の『死の七日間』をはじめとした【アテナの盾】の英雄譚なら直接知って入るけれど、尊敬するフィンやリヴェリア、ガレス等歴戦の先輩方が時々漏らす15年前の【アテナの盾】の暴走は話だけしか知らなかった。
だからだろう。尊敬する先輩達が語るあの暗黒期を退けた偉大な英雄の意外な事件が、とても怖しいと思った。
先輩達が教えてくれた『崩壊の序章』と呼ばれているフレイヤファミリア及びロキファミリア襲撃を起こした当時オラリオに2人しかいなかったLv6の片割れ、【聖璧】ユリシズ・オーディの事を心の奥底でとても怖しいと思っていた。
そんな彼が、そんな偉大で恐ろしい英雄が、失言を犯した自分を鼓舞してくれている。認めてくれている。
……これでまだ不足かなんて、
「そんなわけないっすっ!! 十分すぎるっすっ!! 」
昂らないなんて奴は冒険者じゃないっすよ!
「なら指示を早速指示を頼む。さっきの沈黙の隙にミノタウロスらがかなりの数逃げ出しちまったからな。迅速に頼むよ」
「うぇええっ!! 」
そこから始まった一時の共闘は馬鹿みたいに慌ただしい時間だったけれど、同じファミリアですらない英雄の背中をとても力強く、何より頼もしく感じたのは自分だけの秘密だ。
「お疲れさん【超凡人】。それとさっきナウシカからの連絡でミノタウロスにかなり浅い層まで逃げられたものの無事殲滅したとさ。」
「後処理についてはフィンとナウシカで話し合って取り敢えず身動きの取りやすい俺たちが取りこぼしがないか見回ることになったから、ここにいるロキファミリアはこのまま【超凡人】が指揮して地上に帰還する様にとフィンからの伝言だ」
「まぁ最後に、自分が思ってるより良くやれてるよ【超凡人】。だから良い冒険をしろよ」
この時嬉し涙が出たのはユリシズさんとアキ、3人だけの秘密だ。
少し頼りないけど、頼りになる男、【超凡人】ラウルが手を振ってロキファミリアの一団が16階層へと向けて姿を消していく。
最後までラウルの隣で彼を支えて叱責する【貴猫】アナキティの姿が見えたが、それもまた大所帯のロキファミリアらしい絆のあり方だと思える。
「…はぁ…………」
50層からここまで長らくなかった1人の時間。ようやく訪れた1人の時間に、思わず長いため息がこぼれ出る。
「やっぱりまだ、大人数の遠征にはなれないな」
昔を思い出す。あの頃を思い出す。あの時を思い出す。
試練があって、苦難があって、けれどそれ以上の幸福が、希望が、夢がその先にあると信じていられたあの時の記憶が頭に浮かぶ。
全てがあった。全てが消えた。その記憶が頭に浮かんで、浮き出て、輝いて、どうしようもないほどに心を満たす。
「っあぁ……ごめんな、」
誓いを立てた。燃え上がる故郷を眺め眺めながら、もう奪われないと誓いを立てた。
約束をした。初めて目を奪われた彼女に追いついてみせると、その手を握ってみけると、そう約束をした。
宣言してみせた。俺が守ると、俺が連れて帰ってくると、絶対に後悔させないと、代わりを果たしてみせると、親友と初恋に宣言をしてみせた。
なのに
「ごめん…、俺が、俺は……」
奪われた。
手を離してしまった。
後悔させてしまった。
「何も……できなかった、」
誰も、何もいなくなったその場所で。
城壁に囲まれ、花々が咲き乱れるその場所で。
古めかしい壮麗な鐘楼が奏でる鐘の音の中で、ユリシズ・オーディは謝り続ける。赦しの音の調べの中で、癒しの音の調べの中で、愛しの音の調べの中で、【アテナの盾】ユリシズ・オーディは自身を責め続ける。
城壁の上に止まる銀の梟の見守る中で、男は自身の過去を決して捨てようとはしなかった。
「……アルフィア!! 」
荒ぶる槍はその苛立ちを向ける相手を探し続けた。