嘗て英雄だった帰還者に英雄たれと求めるのは間違っているだろうか?   作:かかかか

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第3話

「それで、ユリシズは17階層で丸一日【ロードアテナイ】に閉じこもり一時的なダンジョン封鎖。それを梟越しで見ていたナウシカに至っては取りこぼしの見回りにかこつけて上層のモンスターを八つ当たりで蹂躙。」

 

「「……………。」」

 

 世界の中心にして神々の遊戯場にして、破滅の蓋である迷宮都市オラリオ。

 自らを戒めるようにして築かれた世界最高にして世界最硬の城壁は、創設神ウラノスに万一があった際の最後の希望であり、最初の絶望となり得る白亜の壁。

 その内側に築かれた神才の名工の最高傑作たるバベルとそれを中心にした不夜の街。

 この世全てがあるその街に溢れる多種多様な人々の営みはまさにこの世界の縮図と言える活気と陰鬱のごった返し具合であるが、そこには恐ろしいまでの静謐があった。

 

「先ほどギルドから正式な抗議文書とペナルティが届けられたわけだが、2人とも何か釈明はあるか? あるならば私は公正に話を聞いて判断し、もし仮にギルド側に認識の齟齬があるならばこれに確固たる姿勢で訂正を求めよう」

 

「御座いません。」

「言い訳のしようもありません」

 

「……そうか。」

 

 怒るわけでも、呆れるわけでもない。

 戦略の女神にして知恵の女神。アテナファミリアの主神女神アテナは自身の寵愛する2人の子供を前に、ただ深く悲しみを覚えていた。

 何処で何を間違えてしまったのだろう、と。

 

 崩れ去る故郷からオラリオへ移った時だろうか。それとも眷属を3人の子供以外に増やさなかった事だろうか。いや、子供のことだからと2人の関係を口を出さなかったことだろうか。むしろ、家族のためとオラリオでのファミリアの地位向上に知恵を回した事が間違っていたのだろうか。

 椅子の傍らに置かれたオリーブの実を口に運びながら、女神アテナは心の底から自身の誇りと思う2人の子供について聡明なる頭を回す。

 が、どうしようもなく行き着く答えは同じで。「なぜこうなるのか」だ。

 

「…エリクト、取り敢えず急ぎギルドへこの書状を届けて欲しい。ペナルティがなくなるわけではないだろうが、しないよりはマシな筈だ。」

 

「承知しました母様。」

 

「ああ…頼んだ」

 

 故郷を捨てた時はまだ赤ん坊だったエリクトが今ではこうして母様と私を呼ぶ。子供等の時が経つのは本当に一瞬の出来事のようだな、などと少しズレた方に思考が流れ始めた自身を冷静に分析したアテナは未だ自分の前で項垂れる2人を見て、決めた。

 

「2人とも風呂に入るぞ」

 

 と。

 

 

 

 この世全てがあるオラリオとはいえ、この世界にある都市と比べても遜色ないと言えるものがある。 

 それは土地だ。つまり都市の面積だ。

 それがなんだ、どうした、だの話は置いておくとして取り敢えずオラリオはその都市人口プラス神口に大して土地が十分にあるかと言われれば決してなく、1人が使える土地の量ははっきり言って少ない。

 つまりは風呂というものは一般家庭及び一般建築には常設されていないというだけの話。

 

「さて、だ。私としたことがまず言うべき言葉を失していた。おかえり我が愛子達。そして良く頑張ったな」

 

「うぅ//」

「はぁ、はい。ただいま母様? 」

 

 ついでに言うならば人が数人入っても余裕がある浴室ともなればそれこそ希少であり、現にこうして2人と1神が入ってもゆとりがある浴室はかなりの贅沢と言える。

 

「なぜそこで疑問形になるユリシズ。さっきのエリクトの様な愛おしい笑顔でハッキリと口にしろ」

 

「すみません母様」

 

「ふ、よろしい。それとナウシカもいつまでそうして湯船に潜っているつもりだ。もっと自分の裸体に自信を持て。お前の母たる私が保証する。ナウシカ、お前の裸体は私にこそ劣るがそこいらの美神にすら劣らぬほどに美しい。正に下界の花と称するに相応しい裸体だ」

 

「ううぅぅーーー/// 」

 

 この場合で言うならば女神と女神のお墨付きを得る女性の裸体に挟まれたユリシズこそが下界における至高の贅沢を享受していると言えるのだろうが、当の本人が未だ過去のトラウマによって思考が定かでない様子。

 消去法的にこの中で1人だけがなんだかんだ得をしているのだが、それはどうでもいいだろう。

 

「まったく、お前がそんなんだからユリシズがこんな事になるんだぞ。他と比べれば時間があるとはいえもう少し焦れナウシカ。」

 

「……わかっています! 」

 

「なら良い。それはそうとしてユリシズ、お前はいつまで呆けているんだ! しっかりしろ! 今からお前のステータスの更新をするんだぞ! ユリシズ! 」

 

「お願いします…」

 

 まったく、といつまで経っても調子を取り戻さない我が子に焦ったさを感じつつも、10代後半にしか見えない30代のユリシズを浴槽から引き摺り出したアテナは、そのまま浴室のタイルの上にうつ伏せで寝かせてその背中に跨った。

 

「えぇいっ! しゃんっとせんかユリシズ! この後家族4人で外食に行くつもりなのだぞ! それまでに元に戻っておらなんだらお前の幼児時代のあれこれを街中に言いふらすぞ! ナウシカも! 恥ずかしがるのか、覗き見るのかはっきりせいっ! 」

 

「っ! 別に覗き見てなどありませんっ! 」

 

「自慢の耳の先まで真っ赤にして強がるなっ! この呆けた阿保の次はお前なのだからそれまでに腹を据えておけっ! 」

 

 浴槽から体を乗り出して反論するナウシカをそうして一蹴したアテナは小道具を取るのすら面倒だと言わんばかりに口で指の端を切り、自慢の子供の誇らしい傷だらけの背中に平手打ち叩きつけて赤い紅葉を刻む。

 

バッシィイイッ!!

 

「い"っづぁああっ!! 」

 

「漸く目を覚ましたか阿保ユリシズ」

 

「ま'っじぃで痛いぃ…ってゆーかっ! なんで母様裸ってかっ、ナウシカもって、それもそーだけどっ! なんで風呂でステータス更新してるんですかっ!? 」

 

「急に起き上がろうとするなっ! やり難いだろうっ! 」

 

バッシィンッ! 

 

「いっつぁああ! 」

 

 マウントポジョンから繰り出される容赦ない平手打ちはまた一枚の紅葉を背中に刻み、青年の痛ましい悲鳴が浴室に響く。

 そのあまりの痛さからかタイルに額をつけ俯き震える青年の背中に乗るアテナは、そのまま何もなかったかの様に指先を背中に這わして血の文字で背中に円の軌跡を描き切る。

 すると淡い光と共に浮き上がるヒエログリフを連想させる奇妙な文字列にアテナは一つ二つと血の紋様を刻みつけていく。

 

「…また、やっちゃいましたか、俺? 」

 

「なに、少しの間ダンジョンの17階層を占拠したくらいの…本当に可愛い悪戯くらいだ。、

 

「はは、いや…全然可愛らしくないですよ、それ。」

 

 震える身体は何に対してなのか。掛けられた声に優しく声を返しながら動かす指先に澱みなく、完成された文字列は一瞬の眩い光を放ってユリシズの背中へと沈んでいった。

 

「あぁ、反省しろ。だから気を病むな。気にするな。気をつかうな。私達は正真正銘お前の家族なんだよユリシズ。」

 

「……っはい、」

 

 ユリシズのその返事に満足した様に漆黒混じりの紫色の髪を一頻り撫でし、背中から立ち退いたアテナは浴室の端に置いていた箱から羊皮紙を取り出してさらさらと文字を書き連ねてユリシズへ渡した。

 

「魔法とスキルに変わりはなかったから基礎アビリティと発展アビリティしか書いてないが構わないだろう? 」

 

「それを言うなら基礎アビリティと発展アビリティもそんなに上がってないでしょう」

 

「成長は成長だ。何事も己を知らなければ始まらないよユリシズ」

 

ユリシズ・オーディ

 

Lv7

力:A893 →894

耐久SS1168→1193

器用SS1079→1083

敏捷A845→845

魔力SSS1248→1365

 

不変:D

魔道:E

対異常:E

聖盾:E

堅守:G

精癒:I

 

「そうですね」

 

 仁王立ち羊皮紙を差し出すアテナに向き合い受け取り、そこに書かれた自身の成長にほんの僅かな嬉しさを覚えながら、ユリシズはアテナへ一礼してから浴室を後にしようとする。

 だと言うのに背を向けたはずの後方から力強く肩を掴まれてユリシズはそこから動くことができなくなった。

 

「私が上がるまで待てユリシズ、寂しいだろ? せっかく久しぶりに3人で風呂に入っているんだもう少しまっていろ。ナウシカの更新も直ぐに済ます。」

 

「いやいや母様。俺は外で待ってますから2人でさっさと済まして上がってきてくださいよ」

 

「まぁそう言うな。どうせ上がったところでエリクトが帰ってくるまでは暇なんだ。それなら3人で話ながら風呂で温まっていた方がいいだろう。なんならエリクトも入れて4人で温まってから食事に行ってもいい」

 

「いやいやいや、冷静に考えてあのエリクトがギルドとここまでの往復でそんなに時間かかる訳ないじゃないですか。それにあいつももう17の男子なんだから、そこ等へんを親としても気にしてあげて下さいアテナ様っ」

 

 ビキビキと、肩に食い込む指の圧力に耐えながら決して浴室の扉から顔を逸らさないユリシズと決して力を弱めようとしないアテナ。

 湯煙の立ち込める浴室とはいえサウナであるわけもなく、湯船に浸からねば肌寒いのは必然で、両者譲らぬ相手に苛立ちを覚えていく。

 

「か、あ、様だ! 確かにエリクトならばもうすぐにでも帰ってくるだろう。ならば尚のこと労いの意味も込めて風呂に誘おうじゃないか。なに、エリクトも日頃からユリシズとの時間が無いと嘆いていたからな、これは母としての当然の配慮だ! 」

 

「なにが当然になるんですか! 普通に考えて30の男プラス思春期の少年に、年頃の女性1人と女神1人の風呂なんてありえないんですよ! 道徳的にも倫理的にも! 」

 

「ほぉ、なんだユリシズ? 私達は4人はこの世で4人だけの家族だぞ? それをお前は異性として見ていると言う事でいいんだな? こうしている今も意識していると白状したと言う事だな? 」

 

「アホかアンタ! 世間一般の常識の話を家族の倫理問題の話にすげ替えんな! それに少なくともアテナ様の裸なら子供の時には見飽きてますよ! 」

 

「か! あ! 様! だと何度も言ったらわかるこの阿呆息子! それに今なんと言った! この私の裸体に飽きただと! 聞き捨てならんなっ! 今直ぐこちらを向いてしっかりと見てみろ! 刮目して見てみろ! お前はこの女神アテナの裸体に見惚れる事だろう! さあっ! 隅々までじっくりと見てみるといい! さぁっ! 」

 

「俺が言った重要な所そこじゃないですって! ほんと変なところで負けず嫌い発揮するのやめて下さいって! 」

 

「この私の何処が負けず嫌いだと言うんだ! 私は知恵の女神アテナだぞ! 知恵の女神として物事の真偽をハッキリさせるのは義務だ! それに言うに事欠いて私の裸体姿についての話が重要でないとは良く言った! ユリシズ、お前には特別私をモデルにしたデッサンを7ポーズ12方向から計84枚描く権利を与えよう! お前の美的感覚を正常に戻してやる! 」

 

 向かい合うこともなく、片や扉へ向き目瞑って叫ぶ青年と、その後ろ姿に向かって叫ぶ女神。側から見れば完全な逆ナン或いは痴情のもつれといった光景だが、不思議とこの2人を止めるものはいなかった。

 

「あぁああっもうっ! 母様の裸体を見飽きたなんて嘘です! 美しいです! 直視できないくらいなんで先に上がらせて下さい! 」

 

「それでは私のプライドが納得せん! こちらを向いて直視された後でなければその言葉には意味がない! 」

 

「めんどくさいなっ! 」

 

「過程の問題だ! 」

 

「家庭の問題は何処にいったんだよ! 」

 

「話を逸らすなっ! 」

 

「どっちがだよ! 」

 

 最早終わりの見えない。いや終わりは見えるがお互い譲る気がないため果てのない泥試合とかした言い争いは永遠と続く様に見えたが、終わりは呆気なく訪れた。

 否、帰ってきた。

 

「何を大声で言い争っているんですか母様。兄さん。」

 

「あ、エリクト。お帰り。」

 

「む、エリクトか。少し待て。今このバカ息子に私の裸体がどれほど美しいか分からせるところなんだ」

 

 ガラガラと引かれた扉の向こうに立つ赤褐色の少年はその2人の言葉でほぼ全てのことをほど正確に把握した。

 そして何より、まともにこの2人と話し合おうとするべきではないと判断し、状況を強制終了させることを選んだ。

 

「それは後にして一先ず姉さんを風呂から出しましょう2人とも。のぼせ上がってます。いくらLv7とはいえ窒息はするんですから」

 

 突然のエリクトの言葉に同時に疑問符をだしながら、1人と1柱は同じ動きで浴槽へ視線を向けた。

 そして2人は浴槽の淵に身体を預けて俯くナウシカの姿を見た。

 

「「なっ、ナッ、ナウシカー!! 」」

 

 我を忘れた様に走り出し出した1人と1柱は見事な連携でナウシカを浴槽から引っ張り上げ、そのまま側室から飛び出して家の中を四方八方走り回り、結局外食へ出かけたのはそれから1時間経った夕暮れ時の事であった。

 

「で、母様はどうしてあんな事したの? 」

 

「む……まぁ、そろそろナウシカを応援してやろうかと、な。勿論それ以外のユリシズに言ったことも本心ではあったんだが、上手くいかないものだな」

 

「いやいや母様。冷静に考えて神代からの処女神が色恋の応援なんて無理に決まってるじゃないですか。だって世界一般的な常識として未経験代表って事になってるんですよ母様って? 」

 

「ぐふっ! 」

 

 その道中。1番下の息子によるド正論で頭をぐん殴られた女神がいたのはまた別の話。

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