嘗て英雄だった帰還者に英雄たれと求めるのは間違っているだろうか? 作:かかかか
「ほんっとうにっ! 申し訳ありませんでしたっ!! 」
チビチビと、止まっていた酒場の賑わいが再び熱を帯び始めようとしていた頃。
店の女主人ミア・グランドは、客の注目を浴びながら澱み一つない綺麗な土下座をする男を見下ろし、深い、それはそれは深い溜息を漏らした。
「…はぁぁぁ……。もう良いよ面を上げな。壊れた机と壁の修繕はそっちのロキファミリアがもつと言ってるし、幸い怪我人も居ない。もうアンタに頭を下げられる理由はアタシにはないんだよ」
「申し訳ありませんでしたっ!! 」
ユリシズ・オーディ。知らない仲ではない男だ。いやむしろ、自身が昔団長を務めていたファミリアの男共よりよく知る人物と言って良いほどにミアはこの男のことを知っていた。なんなら昔にサシで殺し合ったこともある。その時はボコボコにされたのは嫌な思い出ではあるが、総評として良い男だとミア自身はユリシズの事を評価していた。
7年前からさほど変化のない容姿のことも相まって、こうして向かい合うことで思い出す事も他と比べれば多い。
「だからもう良いと言っているだろうに。それにそうして店の中でお前にそんなことされたら店の空気がまた悪くなっちまうじゃないかっ! 」
「ですが御大将! 」
「五月蝿いねっ! リュー! この傍迷惑な客を席に座らせて、その机に馬鹿みたいに料理と酒を運びなっ! 」
「はいミア母さん」
こうして店のウェイターの1人であるリオン・リューに首根っこ引っ掴まれて席まで引きずられる姿も15年前のあの頃から変わりゃあしない。
まぁあの頃はもっと口数は少なかったし、愛想のクソもない糞ガキだったが、今よりはマシな顔で生きていた。まぁ少し珍しいくらいの普通の子供だった。
「ああっまったく。……今更思い起こした所でしょうがないだろうに。」
もしもあの時の。と、考えなかった事がないと言えば嘘になる。が、考えるだけで後悔はしていない。
あれは時代の流れだった。
ならばあの少年がああなるのもまた時代の流れでしかなかったと言う事なのだから。
ミア・グランドは今日も自分の大切な娘達を見守りながら鍋を振るうのだった。
「あぁ〜やっちまったよー。てゆーか今回に関しては俺悪くないんじゃないかなぁ〜。確かに【狂狼】ぶっ飛ばして壁壊したけど、あれあっちの勢い受け止めて返しただけなんだぜ? つまりあれあっちの持ってたエネルギーだからな? 俺悪くなくなーい? 」
「ダンジョンの外。それも酒場での魔法使用とそれによる被害ともなれば弁明は不可能でしょう。」
「ははっ、相変わらず手厳しいな。あと流石にこの量は容赦なさ過ぎじゃないか? 」
「ミア母さんからの指示です」
「これ下手な修繕費より高くつきそうなんだけど」
「そうかも知れませんね」
「わあーい」
不思議なヒューマンだ。
強く、穏やかで、欲がない。けれどそれと同じくらいに弱く、激情家で、欲深い。
初めて出会った日からほとんど変わらないこのヒューマンは、今なにを思って、感じてここにいるのだろう。
「貴方は、不思議なヒューマンだ」
「え? 」
卓に並べられていく山盛りの料理をかき込む彼を眺めながら考え事に耽っていれば、知らず知らず口が呟いてしまった言葉。
…恥ずかしい。とユリシズをよく知る前の自分は感じていたのかも知れない。実際今も「また、急に変な事言い出したこのエルフ」などと考えていそうな目を向けられ居心地はよく感じていないが、それでも不思議と羞恥心はあまりない。
その理由はこのヒューマンの瞳が正しい意味で自分を見ていないと知っているからだろうか。昔の、貴方が助けられなかったと感じた私を見ているからだろうか。
「いえ、私がミア母さんに言われたのは貴方を席に着かせる事でしたが、それをわざわざ他の皆様から離れた席に指定してきた貴方を不思議に思っただけです」
「あぁ、そう言うことね。ん、あっちはほら今の事の落し所を団長同士で話し合ってるし、アテナ様はアテナ様であっちの主神と楽しくやってるからさ。邪魔したくないなーって」
この顔が私は嫌いだった。
嘘にならない嘘を口にする彼が嫌いだった。
今もそうだが、取り敢えず視界に入れたくないと思う程には嫌いだった。
【狂狼】と【アテナの槍】の諍いの話し合いなど最初になされた【勇者】と彼との会話で終わっている。それを形式上団長同士で決めたことにしただけで、今はその話題すらあちらではあがっていない。
神アテナと神ロキは2人でなにやら言い争っているが、少なくともあの場で彼を嫌っている者の姿はないし、【アテナの槍】【戦車】【剣姫】【超凡人】あたりは先ほどから離れた席に座る彼を見ている。
なのに彼はこの場を見ている様でいて全く違う場所を見ている。昔から、私達とは違う所を見るユリシズ・オーディというヒューマンが私は嫌いだった。
「まだ料理は運ばれてきます。このままでは席に料理を運べないのであちらへ移ってもらっても構いませんね」
「うぇ、まだ来るのこれ? 」
「はい。これからミア母さんに追加のオーダーを伝えますので」
「いやいや、それ必要ないじゃん。もう馬鹿みたいに料理あるじゃん」
「これはミア母さんへの慰謝料でこれからはは私への慰謝料です」
「……ハハッ参ったな。んじゃちょっとこの料理あっち運ぶから手伝ってくんないリュー」
「ええ、それくらいならお手伝いしますユリシズ」
こうでも言わないと私を見ない貴方が私は嫌いだ。
過去の、貴方を罵り、罵倒し、糾弾した私の影を通してでしか今の私を見てくれない貴方が私は大嫌いだ。
それ以上に、助けられた感謝を、未だ言い訳を口にして貴方に伝えられない私自身が、私は大嫌いだ。
「あっ! でも運んでる最中に溢したりすんのは勘弁な! 」
「……っふん! 」
「づぁ"っ!! 」
金髪碧眼のエルフの繰り出した右ローキックは男の脛に直撃し、酒場に男の悲鳴を響かせた。
「っで、料理を片付けるのを僕たちにも手伝ってほしいと。そう言うことかいユリシズ? 」
「ははは、いやほんとに済まないとは思うんだけど、去り際に聞こえた追加オーダーの量と、今のミアさんの作る勢いが一致しててさ。どう頑張ってもうちのファミリアだけじゃ食べ切れないんだよ」
「こちらも遠征の費用やら、ミノタウロスの件に、今日のベートの件でファミリアの懐が痛んでいたからね。その申し出はありがたいよ。是非御相伴に預からせてもらおう」
机にこれでもかと並べられる料理の山越に話し合う金髪近眼の小人族【勇者】フィン・ディムナと薄紫のヒューマン【アテナの盾】ユリシズ・オーディは、お互いに人好きする笑みを浮かべながら親しい友人と喋る様なフランクさで会話していた。
「そう言って貰えると助かる。それでだ。勿論お代は全部俺が持つんだけどさ、1つお願いがあるんだよ」
「いや僕たちの方が人数が多いんだ。元々追加のオーダーはするつもりだったし、半分はこちらが持つつもりだよ。」
「いやいやそれは誘った側の俺としては申し訳ない。それにお願いって言っても些細なことさ。少し俺は席を外す、とまでは行かないが移動したい。ただそれだけのことなんだ」
「はははそれは困るよユリシズ。僕も見ての通り君と同じ気持ちだがここから離れられない。そこで君がそこから消えたら僕はどうなってしまうと思うんだい? 僕に死んで欲しいのかな君は? ここは2人協力してこの危機を乗り越えようじゃないか」
「はっははは、いや、これ、俺の方がぁっはぁああっ!! 」
ユリシズがフィンの言葉に返答しようとした直後、フィンの目からギリギリ料理の山越に見えていたユリシズの顔がぶれた。
「ユリシズーー!! なんであの女なんだ!! 私じゃ何がいけないんだ!! 私ならずっとお前といてやれるんだぞぉおお!! このっ馬鹿ぁああっ!! 」
「わっはははははっ!! さぁ【重傑】に続きこのアテナに挑む者はおらんのかぁ!! 見事この女神アテナに酒盃で打ち勝った者はこの私の胸を好きにする褒美をくれてやるぞ!! わっはははハハッ!!」
「ユリシズさんっ! ヒックっ、ユリシズサンの戦いぶり感動したっす!、 うぃ〜なんれあんなデカい盾をヒック! あんにぁ自在に操れるんですかぁああっ!! うっ、おえぇぉー」
見事なまでに外面の剥がれた【アテナの槍】が凄まじい勢いで持ってユリシズへブチかましを炸裂させたのだ。
その横ではついさっき【重傑】を飲み比べで降したらしい既に顔が真っ赤な女神アテナが卓に足をかけて勝利を謳い、【重傑】より先に挑み破れたのであろう【超凡人】がベロンベロンの状態で【アテナの槍】が腰に縋り付いているユリシズに呂律の回らない舌で喋りかけて見事に吐いた。
「ちょっ! ナウシカ頼むからそれ以上腕に力入れるな! 苦しいっ。それにラウルは離れた所で吐け! こっちにまで汚いのが飛ぶだろう! アナキティ! 早く来いって、おい寝てるしっ! アテナ様に至っては落ち着いて下さいっ! フィンー!! 助けてくれぇええ! 」
まさに混沌とした世界で男は助けを叫ぶ。料理の山の向こうにいるであろう同志へと懸命な救難要請を叫ぶ。
が、しばらくして山彦の様に帰ってきた声は、同じく助けを乞う小人族の男の声だった。
「ユリシズ! 出来れば僕の方の席に来てくれないかっ!! 」
「だ〜んちょ〜うっ!! 私にもっと構って下さいよ〜!! それとも2人でもっと静かな所に移動しましょうかぁ// そ、こ、で、きゃあっ!! 」
「アイズタァ〜ん!! ママがウチを虐めてくるんやぁ〜助けてえーえへへへへ〜〜 」
「やぁ〜い負け犬ベート〜! 馬鹿ベート〜! 」
「あぁああ!? んだとぉおこの貧乳ゾネス!! 喧嘩売ってんのかぁゴラァっ!! 」
「ウッセェエェっつ"ってんだろぉおがぁあっ!! この駄犬っ!! こちとら団長といい雰囲気なんだから邪魔してんじゃねぇえよっ!! ねぇっ//だんちょうっ!! 」
そしてその後に続くように聞こえてくる混沌の声。
「そっちはそっちで頑張ってくれフィンっ! 絶対こっちにくるんじゃないぞ! 」
ユリシズの判断は早かった。
向こうから何度も聞こえる助けを求める声を取り合う事なく、腰に引っ付く幼馴染を宥め透し、話を逸らして眠りにつかせ、未だ話しかけてくるラウルに水を大量に飲ませてからトイレにぶち込み、さぁ最後に残る卓上の酒乱を沈めにかかる。
「どうしたどうしたぁー! そんなものかロキファミリア〜! 主人の胸もなければその眷属たる者たちの度胸もそんなものかぁ! 私は挑むものを拒まぬぞ!! 」
「なんやとぉ〜このスカタンっ! 誰の胸が無いや! 小さいだけやわっボケっ! 今日という今日はウチがお前負かしてその無駄にデカいオッパイを公衆の面前で揉みしだいたるわっ! 」
「ほぉー面白い! ならば私が勝った暁には潰れた貴様を肴にして【九魔姫】に酌でもしてもらおうか!! 」
「なぁっ! 神アテナ! 私を巻き込ーー「その勝負乗ったぁああ!! 」ーーロキィイ!! 」
混沌とした酒盛りから数人のエルフと共に抜け出して離れた場所で呑んでいたリヴェリアは、流石に他のファミリアの神と勝負で勝手に己が景品にされるのは堪らないと声を上げる。けれどそれより早くいらない所で勝負士の血が騒いだらしいロキがその勝負を受けてしまった。
ロキだけならば、いやロキファミリア内のおふざけならばどうとでもなる。が、それが他のファミリア、それも神と神同士で、しかも公衆の面前でなされた契約ならば話が全く違う。結果がどうなろうが契約の履行は神の、ひいてはファミリアとしての面子に関わってくるからだ。
だと言うのに
「はぁ……なんて事だ」
あの馬鹿は、つい先ほど軽く咎めたと言うのに、これならば無理矢理にでも止めておくべきだったと、遅い後悔の念に支配されるリヴェリア。
周りに侍るエルフ達も神同士の取り決めに言葉を挟むことができず、リヴェリアを慰める安い言葉しか出てこない。
幸か不幸か、アテナの理性がまだ残っていたおかげでもしもの際のリヴェリアの名誉はギリギリ無事と言えるが、それでもエルフの王族として受け入れ難いことには変わりなかった。
このまま神々の戦いにリヴェリアの運命が託されようとしたその時、救いは訪れた。
「その勝負、俺にも受けさせて貰おうか! 」
「ほぉお! 」
「なんやぁ!? 」
「なっ!! 」
「賭け金はそうだな。この俺ユリシズ・オーディに一つ個人の問題で済む範囲の命令を下す権利って感じでどうかな2柱方? 」
混沌とした酒宴を半ば鎮圧したユリシズ・オーディが卓上で睨み合う2柱へ高らかに勝負を挑んだのだ。
「ユリシズが私の勝負に乗るとは面白い! 私はその条件で構わんぞ! 」
「ウチもそれでええわ。かの【アテナの盾】に最上の貸一つ。オモロイやないか。乗ったでぇ! 」
「「で、お前(そっち)の望みはなんだ(や? 」
「俺が勝ったら」
「「勝ったら? 」」
向かい合う2柱だけではない。
誰も立ち入れないと思われていた神々の戦いに正面から割って入った英雄の姿に、リヴェリアが、混沌に沈むフィンが、仕事に励むリュー達ウェイトレス各人が、鍋を振るうミアが野次馬根性丸出しの客達が固唾を飲んで注目していた。
そして男は、英雄はそれら全ての眼差しを一心に受け止めながらハッキリと口を開いた。
「今日、この酒宴が終わるまでの間。リヴェリア・リヨス・アールヴと2人きりで酒を飲み交わす権利を所望する! 」
「「「「「「はぁあああ??? 」」」」」」
「なぁああ!? 」
酒場にいた全ての人の声が重なった。
けれど英雄は止まらない。
「乗るか、乗らないか。どうするよ神様? 」
「ウチのママとデートを望むやなんて面白いで! ウチは文句ないわ! 」
「ふんっ! 私を前にして私以外の者の名を告げるとはいい度胸だ! 私が勝った暁には【九魔姫】と共に我が手慰めとしてやる故覚悟しておけ!! 」
そうしてここに神々と英雄の戦いが切って落とされた。