嘗て英雄だった帰還者に英雄たれと求めるのは間違っているだろうか?   作:かかかか

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第6話

「あ"あ"ぁ"ぁあああーーーづがれたぁ〜〜」

 

 朝の日差し、吹き抜ける少し肌寒い微風を浴びながら男は1人広場のベンチに座って壮大な溜息を吐き出す。

 厳しい戦いだった。困難な激闘だった。報われない戦いだった。繰り返させる戦いだった。結局誰も報われない戦いだった。

 けれど男は1人戦い抜き、勝ち抜いた。

 偉大な神々を下した。負けず嫌いな母親が幾ら食い下がってこようが容赦なく負かしてやった。勝利の末に手に入れたリヴェリアとの2人の平和な時間はアイズや【千の妖精】をはじめとしたエルフ達に邪魔をされ結局混沌とした酒宴に舞い戻る羽目になった。そして俺がコツコツと眠りに付かせたナウシカ、ラウルはじめ、起き上がる奴らを再び眠りにつかせることになった。

 早く誰か終わらせてくれと願う日に限って頼みのエリクトは潰れ果て、ミア・グランドに至っては永遠と料理を作りまくる機械と化し、普段強さにしか興味がないはずのアイズに至っては無言で俺の服の袖を引っ張るばかり。こうなれば昔から何かとやらかすポンコツエルフでもいいからこの時間に終わりを迎えさせてくれと視線を向ければ、何故かリヴェリアと側仕えの様に酒宴の一部とかしている。

 

「マジでづがれたぁ〜ー」

 

 アテナファミリア、ロキファミリア以外の店の客が姿を消してひさしく、鳥の鳴き声が聞こえ始めた明け方、漸く俺を縛る酔っ払いどもは眠りにつきしばらくぶりの自由を手に入れて吸う空気の旨いこと。

 あと一時間は誰とも関わりたくないな〜なんて考えていたせいか、よりにもよって常日頃からて出来ることならば会いたくない人物、いや神物に会う羽目になってしまった。

 

「っ、【ローアイアス】」

 

「フゥンっ!!!」

 

 武骨な一撃と呼ぶに相応しい単純な力と技による一振りだった。魔法とスキルという神の恩寵溢れるオラリオにおいてもはや稀有というに相応しい、純粋な己のステータスと磨いた技による一振りだった。

 現在、今や昔と化した二大ファミリアの眷属を抜きにしてここまでの一振りを成せるのはただ1人、都市に3人しかいないLv7の1人

 

「よお【猛者】オッタル。愛しの女神との朝のデートの最中に他の奴に構うとは感心しないな。そこはちゃんと楽しもうぜ」

 

「ふっ、相変わらず馬鹿げた《魔法》だな【アテナの盾】。それと勘違いするな。俺はただ護衛として、戦士としてここにいる」

 

 【猛者】オッタル。武骨にして、厳格にして、美の女神の盲信者。巌の男。

 頑なに己が主人から離れずバベルの塔に引き篭もる男とこんな誰も起き上がらぬ明け方にばったり武を交わし合う羽目になるとは、本当についていない。

 なにより、ここ最近お目通願う機会が減ってホッとしていた美神に会うなど、厄日としか思えない1日だ。

 

「こんにちはユリシズ。いい朝ね。でも貴方にはやっぱり夕暮れが似合うわ」

 

「おはよう御座います女神フレイヤ。俺は結構好きなんですよ。誰もいない明け方の時間」

 

「ふふっ、やっぱり貴方は不思議ね。どこまでも矛盾しているのに、どこまでも純粋で綺麗な色をしているわ。ねぇ…私のものにならない? 私は貴方が欲しいわ」

 

「ははは、美の女神からそう言われるのは嬉しいですが丁重にお断りしましょう。俺は昔も今も、そして未来もアテナ様の盾だ」

 

「あら、つれないわね。とても悲しいわ」

 

「はは、すみません。心苦しい限りです」

 

 ギリギリと、無骨にして武骨な大剣とせめぎ合う薄桃色の七枚の花弁が火花を散らし、ユリシズの腕に付けられた細長い水滴型の腕輪が光を強める。

 すると花開く7枚の花弁は弾けて宙を舞い、それぞれが意思を持った生き物のようにオッタルへと襲いかかった。

 されど流石はLv7。都市最強の呼び声は伊達ではなく、縦横無尽に襲いかかる花弁を半身をずらし、半歩引き、小手で弾いて、大剣で吹き飛ばす。

 とはいえだ。己1人ならば警戒はすれど脅威ではないそれも、守るべき対象がいるならば話が違う。

 

「フレイヤ様。少しお下がりください」

 

「いいえオッタル。彼はそんな無粋なことはしないわ」

 

「いやいや神フレイヤ。貴方にそこまで信用される心当たりは俺にはありませんよ」

 

「あら、なら私をら直接その花弁で襲うのかしら? 」

 

「はは…、いやそれはしませんけどね。」

 

「なら構わないでしょう? 私はただ朝の散歩の最中見かけたお気に入りの子供へ話しかけているだけなのですから」

 

 一つ疑心を撒いておこうと軽口を叩けば、今敵として相対している筈の相手からからなる信頼を返される。

 ここで更に皮肉った事でも言えればいいのだろうが、生憎とユリシズにその才能はカケラ一つなく、結局相手の掌で踊る羽目になった。

 ユリシズは「本当に向いてないこういうの」と内心で愚痴りながらも、一応都市に住む者として、後進の前を行く者として目の前の余りにも美しすぎる女神へ苦言をていする。

 

「神フレイヤ。貴方の気紛れは下界の人間にとっては甘すぎる猛毒だ。無闇矢鱈と撒き散らすものじゃない」

 

「心外だわ。私がこんな強く見つめるのは貴方にだけよ愛しいユリシズ。」

 

「はっはは、なにを世界で一番貴方に誠実な男を隣に言ってるんですか女神フレイヤ。それに俺にそんな価値はありませんて」

 

 「本当につれない子」。ベンチから微動だにしないユリシズへ美の女神たるフレイヤは、予想通りといった諦めと、心の底から残念に思う哀しみの表情を浮かべてそう呟いた。

 

「私なら貴方を自由にしてあげられる。決して貴方を置いていかないわユリシズ」

 

「俺は誰よりも自由ですし、そこまで寂しがり屋でもないですよ女神フレイヤ。それと最後に一つ。あの方は決して、俺を憐れんだりしない」

 

 宙を舞う六枚の花弁がユリシズの腕へと集まり盾をなし、残る一枚は手へと移って形状を細長く伸ばして剣となる。

 話は終わり。態度でそう示す様に立ち上がったユリシズはここで初めて明確な臨戦態勢を取った。

 

「さて、何が目的だ。なんて俺が口で貴方から聞き出せるとは思わないんで、不本意だけど相手をしてやるよオッタル。こちとら徹夜明けの二日酔いなんだ。手元が狂っても怒るなよ」

 

「貴様に限ってそれは有り得まい【アテナの盾】」

 

「相変わらず冗談通じないよなお前」

 

「ゆくぞ」

 

「あいよ」

 

 春風が吹く。薄桃色の花弁が突風に吹かれて宙に舞い上がり、踊り狂って風へと消える。

 強烈過ぎる個人の衝突だった。個人の枠を超えた強さ同士のぶつかり合いだった。

 無骨なまでの重く丈夫で巨大な大剣が大気を纏いながら空を薙げば突風が周囲を吹き飛ばし、濃い桃色の花弁は迫る鋼鉄の塊を逸らし、流し、受け止め弾き、砕けてはまた咲き誇る。

 決闘と言うには華麗に過ぎ、演舞と呼ぶには鬼気迫る2人の攻防はそのすぐ側で闘いを見つめる美の女神を魅了していた。

 

「ああぁ"……あぁ"……綺麗だわ。魂がっ、その姿がっ、その人生がっ! あぁ"ぁ"ぁユリシズっ」

 

 せめぎ合う攻防。大剣と盾。力と技。見事なまでにお互いに相反する両者だからこそ、これ以上ないまだに目指す結果がハッキリしていた。

 技と剛力。オッタルは自信が磨き上げてきたその武に絶対の自信とプライドがあった。故にただ剣を振るいただ技を繰り出し鉄壁の守りを砕く。それがオッタルの勝ち筋。

 技と魔法。頼り無い防具とすら呼べない盾一つしか持ち合わせていないユリシズにとって魔法と技でもってフル装備と言って差し支えない敵を御する。それ以外に取れる選択肢がないが故に。

 

「きっつい、な。流石に」

 

 次からはせめて剣くらいは持ち歩こう。どれほど完璧に見切ろうが、対応しようが数度の攻防で砕けていく守りの花弁。僅かな隙を最小で最適な一振りで切り込めば、そのたったの一振りで鈍になる元々が剣とすらいえない剣がわりの花弁。

 現時点で優勢と言えるのは敵に明確な傷をつけているユリシズだ。けれど勝負として見た場合は違う。徐々にではあるが確実に【ローアイアス】を砕き魔力を相手に使わせ続けているオッタルに勝利は傾きかけていた。

 まあ、それを判断できる程の実力者などこの場においてこの2人以外おらず、傍目から見れば完全に互角の闘いにしか映らないだろう。

 2人の英雄の闘いにしか見えないだろう。

 英雄は2人のうちの1人だと言うのに。

 

「はは……参ったな。ザルドさんとやり合ってるみたいだ」

 

「っ、…っむっ"!! 」

 

 鐘の音が鳴った。哀愁に満ちた終わりを告げる鐘の音が辺りに響いた。

 血が舞った。オッタルの肩をかすめた花弁の砕ける破片と共に、その傷跡から明確な負傷を示す血が舞った。

 勝敗を計る天秤が傾いた。もう戻らない、もう戻しようもないまでに傾いた。一瞬にして別人の様な動きへと変わったユリシズに勝利の天秤が傾いた。

 

「っ! はぁああああっ!!! 」

 

「【ローアイアス】」

 

 勝負が決まる。ほんの僅かな負傷を負った瞬間に、オッタルは勝敗を引き戻す渾身の一撃を振るう決断を下し、大剣が悲鳴を上げるほどの剛力で持って空間ごと消し飛ばすが如く振り下ろした。

 しかし、直撃すれば6枚の花弁諸共ユリシズを打ち砕くだろうと見られたオッタルの渾身の一振りは、たった一枚のルビーの様に光り輝く花弁を砕きそのユリシズの腕に嵌められた盾を壊すに終わった。

 そして勢いが死んだ大剣を握るオッタルは見る。

 6枚の花弁が眩い光と共に一本の剣へと姿を変えた、忘れ難き因縁の輝きを。己にこれから齎されるであろう敗北の輝きを。

 

「…すごい……」

 

「「っ!! 」」

 

 だが、オッタルにその輝きが振るわれることはなかった。たった1人、どこにでも居て、どこにもいない様な、そんな白髪の少年の溢した呟きがその結末を変えたから。

 誰の目にも留まらないか弱くて小さい駆け出したばかりの少年が、きっと身の丈に合わない無茶をしたばかりの少年が、気を失う寸前で漏らした憧憬の念が結末を変えてしまったから。

 

「………あぁ〜あれだ、オッタル。今日はここまで、それじゃダメか? 」

 

「……次に剣を交わす時は誰の邪魔も入らぬ場所でだ」

 

「…次ね。俺、お前とは戦いたくないわオッタル」

 

「俺を見ろユリシズ。お前の前にいるのは過去の敗者ではない。今の勝者だ」

 

 背を向け発せられた言葉に返す言葉の見当たらないユリシズは、いつの間にか街の影へと姿を消そうとしているフレイヤの下へと跳びたつオッタルの後ろ姿を無言で見送った。

 

「……いやぁ〜やっちまったわぁ。はは、ザルドさんまでブチギレてそうだな」

 

 フレイヤの去り際にユリシズに向けた微笑はまさに魔性の毒の様で、じくじくと痛む胸の苦しさに天を仰いだユリシズは小さな呻き声をあげた。

 

「あっ、あの少年寝かしたままだ。流石にあのままはまずいよなぁ。たくもぉ〜〜、長いんだよ1日が」

 

 なんて事をぶつぶつと呟く【アテナの盾】に背負われたボロボロの白髪の少年が朝のオラリオで散見されたのはまたの話で。

 

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