嘗て英雄だった帰還者に英雄たれと求めるのは間違っているだろうか?   作:かかかか

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第7話

「なあナウシカさんや」

 

「どうかしたのユリシズ? 」

 

「今日はダンジョンに潜らないのかい? 」

 

「リヴェリアとは2人きりで過ごしたがったのに私とは嫌? 」

 

「ん〜釈明をするべきか、あえて説明からの説得を試みるべきか非常に迷う問いかけですなぁ。ねぇへファイストス様? 」

 

「ここで私にその手の話を振らないで頂戴ユリシズ。苦手な事はアテナからも聞いてるでしょう」

 

「昔恋神に浮気されたショックで襲われかけたって言ってましたね」

 

「襲ってないわよ! 少し泣きついただけよ! 」

 

「私も聞きました。過去一番の貞操の危機だったと伺っていますが? 」

 

「もうこの話はお仕舞い! なんでナウシカまで便乗してくるのよ! というかアテナも子供に喋りすぎよ! 」

 

 オラリオの中心にして心臓部。

 人と物が激しく行き来するその場所に店を開くオラリア随一の鍛冶ファミリアたるへファイストスファミリア。その主神たる神へファイストスはたまたま見かけた昔馴染みの神友の眷属に声をかけた数分前の自分を恨んでいた。

 まさか神の中でも知る者があまりいない自身の恥ずべき過去をこんな人の目のある、しかも自身のファミリアの団長のいる目の前で暴露されるとは想像できようか。

 いや出来まいと、普段落ち着いた姿勢を崩す事のない神へファイストスは滅多に見せない程に慌てふためきながらそんなことを考えていた。

 

「その話なら儂も小耳に挟んだ事があるぞ師匠! あれは誠の話であったのですか! 」

 

「…………は? 」

 

 その自身の眷属の1人にして、弟子である椿・コルド・ブランドが快活明朗な口調でそう口にするまでは。

 

「……ユリシズ? 」

 

「いやいやいやいやっ誓って俺じゃないです! 」

 

「…ナウシカ? 」

 

「この話を外で出したのは今日が初めてです」

 

 嘘はない。神たる己の目を欺くなど、隠せばすれども誤魔化すことは下界の子供。それが英雄と呼ばれる者であろうと決して出来はしない。ならば2人の言葉は真実であり、2人から漏れたのではない。

 ならばそれ以外の者からという事。

 

「椿、その話は誰から聞いたのかしら? 」

 

「む、なにぶん昔の事だった故、はて? あれは誰だったか…」

 

「思い出しなさい今すぐに」

 

 詰め寄るへファイストスに頭をひねる椿。ファミリアの主神と団長という間柄からか、へファイストスの放つ威圧を気にした風もない椿は呑気に天井を眺めて暫く悩み、ふとした瞬間にある人物の名前を口にした。

 

「ああそう神ヘルメスから聞いたのだった。なにやら色々と話されたうちの一つだったからな、思い出すのに苦労するわけだ! あっはっははは! 」

 

 高らかに、その声の主の気質を表す様に発せられる笑い声は、店内を見て回る客の冒険者逹の視線を自然と集めるけれど、その椿の隣に立つへファイストスの顔を見てすぐさま視線を逸らしてその階から離れていった。

 

「それでユリシズにナウシカ! 久方ぶりに私の下を訪ねてきたのだ。仕事だろう。早く要件を話せ! 」

 

 目の前で異様な雰囲気を纏い佇む己が主人を前にして話を切り出そうと思えるな。と、話を振られた両者は同時に感じたが、椿を呼び出した側としてそう聞かれれば話に乗るほかはなく。

 

「今日はユリシズの護身用の盾と剣の製作を依頼しにきたの。」

 

「ほぉ、あの盾とも飾りとも言えん物の類をか。手前としては頼ってくれて嬉しいが、ユリシズの場合はほぼ盾自体の性能は関係ないのではないか? それに剣とは、何を相手にするつもりだ? 街中で此奴が剣を必要とする程の事が起こるとはちと考えれんが」

 

「ええ、普通ならこれまで通りにこれで問題なかったんどけど、【猛者】が相手となれば流石に荷が重かったみたい」

 

「いや危うく俺の左腕が飛びかけた」

 

「うむ! 確かにあの【猛者】相手にこんな飾りでよく腕が無事だったものだな! 」

 

「ラッキーラッキー! はっははは! 」

 

「あっははははは! 」

 

 お互いの肩をバシバシと叩きながら、ナウシカが手にもつ粉々に砕けた水滴型の辛うじて盾に見える腕輪を指差して爆笑する2人。

 長年オラリオで名を馳せてきた2人ということもあって顔を合わせる機会も多く、元の気質はどうであれ割と気は合う2人なのだ。この手のやりとりも多くしている為か、止めるタイミングも同じであり、結果のやり取りもまた阿吽の呼吸であった。

 

「断る! 」

「だよな! 」

 

「じゃないわよ2人とも」

 

 じゃっ! と手を挙げて立ち去ろうとする2人の首根っこを引っ掴み、無理やり向かい合わせるナウシカは、そのまま2人が勝手に喋り出す前に話の主導権を掴みに行った。

 

「素材も希望の物を揃えるし、値段も言い値で構わない。私の装備を一任してる貴方にどうしても頼みたいの。お願い出来ないかしら椿」

 

「むぅ、そういう言い方をされれば手前としても無闇に断れんが、とは言えだナウシカ。それとこれとは話が別なのだ」

 

 普段ならばこの頼み方をすれば殆どはそのまま通るというのに、今回の話に限っては椿は首を容易に縦に振ろうとはしなかった。

 と言うよりも、椿・コルドブランドがユリシズ・オーディの装備製作依頼を受けた事は過去一度もないのだ。

 

「ナウシカも知っているだろう。このユリシズめの主装備。都市最高の盾【希望の楔】と都市最高の剣【終焉の剣】初め、その防具に至るまでを我が師匠手ずから鍛えた事を。あくまでそれに並ぶ程の装備を作って見せろと言うのならば一鍛治師としてこちらから頭を下げてでも打たせてもらうが、それらとは別の予備にも劣る物を手前に打てというのならば手前は引き受けん。」

 

「椿…」

 

 無理で元々。頼む前からある程度予想していたとはいえこうもハッキリと断られて仕舞えば二の句を告げる事も憚られた。

 とはいえユリシズが身につける物が生半可なものでは許せないナウシカだ。どうにか自身の物に並ぶ物をと説得する為の思考を回し始めた瞬間。それまで後ろで腕を組んで周りの装備を物色していたユリシズがおもむろに声を上げた。

 

「なら作ってみてくれよ。」

 

「ユリシズ。お主手前の話しを聞いていなかったのか? それとも師匠の最高傑作の代わりを手前に頼んでいると言うことか? 」

 

「いやいやいや、流石に盾と剣は変えるつもりはないな。色んな意味で。」

 

「ならこの話はなしだ」

 

「でも防具とサブウェポンは別だ。ぶっちゃけ俺の防具の具合はどんな感じですかへファイストス様。この前身につけた感じ、そろそろガタきはじめてる気がするんですが」

 

 唐突な話だった。まぁ装備の手入れまでへファイストス自神がする異例の待遇から、ユリシズの装備は常に色々な憶測と謎に包まれている部分が多いのだが、だとしても鍛治の神手ずから打った不壊属性の装備にガタがきているなど誰が想像つくであろうか。

 そんな事、それを身につけるものと、それを手入れするものにしか想像できるわけがない。

 

「師匠、ユリシズの言っている事は真ですか? 」

 

「ガタがきていると言うのは心外だけれど、確かにそろそろ性能を最大限保つのは限界に近づいてはいるわね。まぁ手直しやら修理を重ねに重ねて15年以上になるのだから、良くここまで持った方と言えば持った方よ」

 

 鍛治に神が鍛治について虚言を話す。それがあり得ないと、その弟子である椿・コルドブランドはこの世界の誰よりもよく知っていた。

 そしてそれが意味する事も、その師匠が特例とする男がどれ程の偉業を積み重ねてきて、これから更なる高みに昇っていくであろう事も10年以上の付き合いで嫌と言うほど知っている。

 ならば

 

「手前に打たせてくれっ!! 」

 

 気がつけば身を乗り出していた。

 

「ユリシズ! お主の新たな主装備をこの手前に打たせてほしい! 」

 

 伸ばした手は自身より背の高いユリシズの肩を掴み、声は抑えることなど出来ないとばかりに叫んでいた。

 

「頼む! 椿・コルドブランドの名にかけて、師匠のものに並ぶ…いや超える物を打ってみせる! 」

 

 憧れ、夢見て、諦めて、けれど夢を見続け意地を張り、ようやく回ってきた千載一遇のこの好機。逃してなるものかと吼える【単眼の巨師】の迫力はそれこそ階層主もかくやといわんばかりであり、その成長をずっと見守ってきたへファイストスも初めて見る必死さであった。

 

「じゃっ頼んだ! 」

 

「うむっ任された! 」

 

 だからすぐに軽く交わされた言葉に呆れ、

 

「それと小手は部分に盾っぽいの頼む! それに予備の剣も! 細くてそこそこ丈夫なやつで! 」

 

「あっはっは! 前半はともかく後半は細く最高に丈夫な剣を鍛えてやろう! 」

 

「前半の方が大事なんだわこれが! はっははは! 」

 

「冗談だ! 小手の方も仕様として真剣にやるに決まっているだろ! あっはっははは! 」

 

 双方肩をバシバシと叩き合ってなされた光景に1人と1柱が頭を抑えるの仕方がないことだろう。

 

「それよりユリシズ。長年貴方の装備の面倒を見てきた相手に一言もなく、その相手の目の前で他に装備の製作を依頼するなんて、アテナに言っておくわね? 」

 

「どうかそれだけはお許しくださいっ!! 」

 

 その後、へファイストスの目の前で必死に頭を床に擦り付けて許しをこう男の姿があったらしいが、それもまた仕方がないことなのだろう。

 

 

 

 

「それで今日は少し機嫌が悪かったということかへファイストス」

 

「まったく、アテナ貴方の子供のおかげで朝から酷い目にあったわよ。」

 

「まぁそういうな。言うほどユリシズの奴が勝手に【単眼の巨師】に防具の製作を頼んだ事は気にしていないだろ」

 

 赤い髪に黒の眼帯。赤のドレスで身を包んだへファイストスは、同じく白を基調としたドレスを着たアテナの言葉にほんの少し声を詰まらせながら答えた。

 

「……そうね。それについては不思議とあまり憤りを感じなかったわ。貴方の自慢の【アテナの盾】は私の作ったあの装備達で十分すぎる偉業を成してくれたもの。私の作った作品達はもう十分過ぎるほどにあの子の冒険を共にしたのよ。きっと」

 

「神匠へファイストスにそこまで言わせるとは、我が子ながら大したものだ。」

 

 神ガネーシャが主催する神の宴。

 その会場の片隅で談笑する2柱はまさに会場の花であり、遠巻きから眺める多くの神々の視線を受けながら2柱は気にすることなく会話に花を咲かせていく。

 

「ほんとうに大した子よ貴方の子供は。最初貴方に脅されながら装備を作った時は今みたいになるとは夢にも思っていなかったけどね。」

 

「脅したとは人聞きが悪いぞ。私は天界での借りを返してもらっただけだ。それに…黒竜に都を焼かれ、残った最後の3人の子供とここに移り住んだ時はここまで地位を築くつもりもなかった。良くて中堅。3人ともが少しでも平穏に過ごし、歳を重ね、その人生を看取って私も天界に戻るつもりだったんだ」

 

 口元に寄せたワインのグラスを弄びながら告げられた言葉は、普段のアテナならば口にすることのない言葉で、赤い水面に揺れる水玉の瞳はどこか今ではない想い出に浸る様に酔うよう濡れていた。

 そんなアテナの姿は美を司る神ではないと言うのに完璧な存在たる神々の視線を奪う色気があり、目の前に立つ交流の深いへファイストスでさえ気をつけなければ思考が持っていかれそうになるほど。

 とはいえ昔それでやらかしてしまった黒歴史を掘り起こされたばかりのへファイストスは、持っていかれそうになる思考を気合いで繋ぎ止め、口早に話しを変えた。

 

「っああそうそう! そういえばさアテナ。今日ヘスティアを見なかった? 珍しくヘスティアが神の宴に来るって聞いてたから会おうと思ってたんだけど、まだ私見てないのよ」

 

「ん? ヘスティアが来ているのか? 悪いが私も見ていないが、まぁ何かと話題になる要素が多いやつだからな。男神の視線でも辿れば……あぁほらあそこだ。丁度フレイヤと何やら話しているから見つけやすかったな」

 

 思い出に沈んだ思考から浮かび上がったアテナは、目の前で少し顔を赤くしたへファイストスを不思議に思いつつ、瞬時にその高い知性を働かせて件の女神をすぐさま見つけてみせた。

 とうの本神としては「あれならば誰が探してもすぐに見つけれただろう」と思っているため気にした風ではないが、自身に向かって何十という視線が飛んできている中で、雑多に賑わう会場から会話の途中で特定の神物を見つけるのは普通に異常だ。

 だが、それを指摘できるへファイストスとしても自分の顔が赤くなっていることを自覚しているため、話が逸れてくれているこの状況をどうこうしようとは思わず、かつこのまま2柱で会話する気にもならずアテナを伴ってヘスティアへ会いに向かったのは自然の成り行きだろう。

 

「と言うわけで久しいなヘスティア。その様子を見る限り息災の様で何よりだ。」

 

「やぁアテナ! へファイストスに続いて君に会えるとは今日のボクはついてるよ! 昨日は君の所の子にボクの眷属が助けられてね。そのお礼も言いたかったんだ。助かったよ! 」

 

「む? ユリシズが言っていた白髪の少年はヘスティアの眷属だったか。何やら聞いたことのないファミリア名で、起きない少年を背負って朝の街を聞き込む難行だったと言っていたが」

 

「ボクもびっくりしたよ。朝になっても帰ってこないベルくんを誰か知らない子が背負って訪ねてきて、ベル君をボクに渡したかと思うと自分のファミリア名と少しの言葉だけ残してさっさと帰ってしまったんだからね」

 

「ははは確かにそれは驚きもするな。まぁユリシズもその前にどこぞの馬鹿に絡まれたばかりで疲れていたんだ許してやって欲しい。なぁフレイヤ? 」

 

 合流したへファイストスとヘスティアの会話をすみ、続く流れでヘスティアと会話を弾ませていたアテナだったが、その言葉を皮切りに旧友に向ける目から知恵と軍略の女神としての目に変えて隣で微笑む美神を睨んだ。

 例え戦や武を司る神であろうと震えるその目に、微笑みを湛えて対峙できるフレイヤは流石の一言に尽きるが、その余波とも言えるアテナの雰囲気に怯える周りの神々は不憫でならない。

 

「あらアテナ、久しぶりにこうして会ったのに挨拶もないなんて悲しいわ。それにユリシズには少し朝の散歩で出会ったから挨拶をしただけよ」

 

「これは私としたことが少しばかり拙僧だったな。久しぶりだなフレイヤ。相変わらず知性に欠ける様で安心したぞ。懲りずに私のユリシズに色目を使うあたり、覚悟は出来ているんだろうな? 」

 

「ふふっ、あらこわいわ。私、貴方と"今"は争うつもりはないのだけれど」

 

 向かい合い、微笑み合う両者。

 先程まで見目麗しい4柱の女神の談笑だと視線を向けていた神々もその2人の醸し出す不穏な空気を感じ取ってか、そそくさと後退り関わり合いになるどころか視線を向けようともしない。

 

「ほう今は、か。そう遠慮する事はない。今すぐにでもかかってくるといい」

 

「ふふ、いえ今はまだあの子は貴方の下にいる方がいいの。だって今はその方がユリシズは輝けるもの。けど…もし。もしあの子の魂が崩れ落ちたなら、次は私がユリシズを輝かせてみせるわ」

 

「…貴様」

 

 まずい。アテナの堪忍袋の尾が切れる。

 天界から何かと付き合いのあるへファイストスとヘスティアがそう感じた瞬間。2柱が急いでアテナを宥めようとした瞬間。張り詰められた空気は全く埒外な方向から切り裂かれることになった。

 

「ドッちびぃいいいいいいい!! 」

 

「なぁっ!? ロキ!? 」

 

 天界きってのトリックスター。神ロキの登場である。

 そしてそこから流れる様にヘスティアとロキで成されるキャットファイトは天界の頃からお馴染みのもので、会場の雰囲気は先程までの緊張感が嘘だったかの様に霧散してしまった。

 

「ふぅ、私はもう帰るわ。確かめたい事も確かめられたし、ここにいる神達も全員食べ飽きてしまっているもの」

 

「あぁ、私は少し風に当たってから帰らせてもらうとするへファイストス。」

 

 白けてしまった場でまたやらかそうとする様な神では2柱ともなく、今もまだ続く巨乳と貧乳の醜い争いを傍目に場を後にしていく。

 その去り際。視線を交わす事なくフレイヤがアテナに告げた言葉に、アテナは苦虫を噛み潰した様に言葉を溢した。

 

「そんな事…言われずともわかっている」

 

 夜の風に攫われていく熱と共に、早くこの身を焦がす様な怒りも消えてくれと、夜の街灯に彩られるオラリオを眺めながらアテナはただそう願った。

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