嘗て英雄だった帰還者に英雄たれと求めるのは間違っているだろうか? 作:かかかか
「…ユリシズ」
地上に落とされた地獄の炎は都市を焼き、人を燃やし、平穏を謳歌する怠惰を灰燼へと変えた。今にも、否。とうの昔に燃え尽き、時代の風に流され空に消えるだけだった英雄の燃え滓
に、今を生きてくれなかった嘗ての共の遺灰によってこうも儚く偽りの平和が崩れていく。
「……なぁ、ユリシズ…」
「…………っ。」
最強の友達だった。最恐の先達だった。最高の兄貴分達だった。最悪の親友で、最愛の人だった。
「………ユリシズ……」
ああ、終末の黒が故郷を焼いてしまったあの日の様だ。あぁ、無力さを言い訳に、無知を免罪符にただ涙を流したあの夕暮れの様だ。
「……ユリシズッ! 」
「っ!? …シャクティ? 」
頬を焼く様な痛みが走り、ふらついた視界に映るのは少し大人びた馴染み深い人物で、けれど自身もよく知る彼女は厳しくとも無闇に手を出す人物ではなくて。
けれど今目の前で自分の目を真っ直ぐに覗き込んでくる旧友の顔は冗談や気の間違いを感じさせないくらいに鬼気迫った顔。
「あぁ、」
けれどあの時と比べれば、何倍も余裕のある平時のトラブルの時のシャクティの顔。
急速に夢から醒めた気分で怒れるシャクティから視線をズラして周りを見れば、なんともなしに気の抜けた声が出てしまった。
あの夜じゃないのか、と。
「何を呆けているのですかユリシズ! 今がどんな「はっはは、いやごめん! ちょっと呆然としてたわ! 」緊きゅ…う………はぁ。」
街の各地から聞こえる住人の悲鳴。チラホラ目に留まる本来地上に存在しないはずのダンジョンのモンスター。それを追い、或いは追う武装の中途半端な冒険者らしきもの達の姿。
緊急事態だ。それはもう、緊急事態であった。あの日の夜以来かぶりの混沌だった。比べてしまえる程度には類似点が多く、比べるには何もかもが足りない光景だった。
「んじゃ、ちゃっちゃとモンスター囲うからさ。シャクティも他の皆のとこ行ってあげなよ。」
「っ、わかりました。が、ユリシズ。」
「ん? 」
「私達ガネーシャも貴方に感謝し、尊敬している。それをどうか、忘れないでほしい」
「もう耳にタコができるぐらい聞いたよ。ま、何回聞いても嬉しいけどさ」
「……それではここは頼みました」
「おう。任せろ! 」
走り去っていく後ろ姿。頼もしい旧友の成長。流れた月日と変わり果てた世界の街並み。託された思いと、受け取った想い。
倒れることなく、諦めることなく、変わる事なく、何一つ置いてくることをせず歩み続けた男はまた踏み出す。
「『それは全ての知恵、地上の叡智が集う我らが故郷。』」
城壁の都市の一角。現れた光の壁は街並みを囲う様に連なり、逃げ惑う人々を通し、暴れ回るモンスターを阻む光の城壁が姿を現した。
「『大地を覆う文化の花。幾度と焼かれ、幾度と枯れても咲き乱れる我らが栄華の花々を見よ』」
砕かれ、剥がされた石造りの道に敷かれた花の絨毯は花弁を空に散らして栄華を讃え、傷付き怯える者を励まし、戦い奮う者達の傷に微々たる癒しを施す。
「『顕現せよ【ロード・アテナイ】」
現実というキャンパスに描かれる幻想の城壁と花畑。あまりにもスケールの大きいその奇跡と見間違う魔法。
けれど、街の住人達も冒険者達もその現実離れした突然の光景に驚きはすれども困惑はなく、むしろ安心した様に、追い風の様に歓声を上げている。
街の各地で上がっていた悲鳴はいつの間にか歓声に代わり、先程まで炎の様な勢いで広がっていた混乱はたった1人の行為で完全に鎮火されようとしていた。
良い事だろう。正に英雄と呼ぶに相応しい偉業だろう。讃えられるに足る行いなのだろう。
だが、今はもう人々の記憶から忘れ去られようとする暗黒期を知る者達にとっては、然も当然とばかりに容易く偉業を成すユリシズの姿のなんと悲しく寂しいものに見えるのだろう。
「帰りましょうかオッタル。」
「はい」
輝く度に翳り、輝く程に色褪せる英雄の真価。
今正に偉業を成して輝きを増していく英雄の種達とは真逆。今は過ぎたる過去に繋がれた英雄。
昇りゆく朝日の輝きではなく、沈みゆく夕暮れの輝き。終焉で最後に輝く英雄としての魂。大きすぎるが故に一瞬が永遠の様に引き延ばされた過去の英雄の残火。
「見たかったものが見れたのに、悲しい気持ちになるなんて初めて知ったわ。不思議ね。」
「はい」
真っ白な。鮮烈な魂の輝きに歓喜した。
ああ彼こそが、かの少年こそが地上で紡がれる英雄譚の総決算なのだと喜色と興奮で顔を朱色に染めた。
だと言うのに、予想していたと言うのに、心構えどころか心待ちにしていた筈なのに、さぁ実際に目にしてみれば。こうも容易く塗りつぶされてしまうものなのか。
「黒龍の隻眼を奪い、片腕をも奪い取った英雄達の中で唯一の生き残り。偉業を成して、偉業を持ち帰った生きる伝説。英雄と称されるに足る真の英雄。ユリシズ・オーディ。君はどこを目指すんだい」
幻の城壁に囲まれたオラリオの街の屋根の上。激動のオラリオを眺める男神は傍に万能の眷属を置いて、たった1人の行動によって急速な収束を見せる人の流れに感嘆と呆れを浮かべながら、事の張本人を遠目に見つめて独り言を垂れ流す。
「嘗ての友の様にその身を試練と課して後陣に託すかい。それともその身に刻まれた因縁を今を生きる英雄の1人として自ら断ち切るのか。それなら大歓迎なんだけどね。君は違うんだろ? 今英雄への階段を駆け上り始めたベル君とは違うんだろ? 」
「ヘルメス様…」
「君は英雄だよユリシズ君。神々の意思の収束たる最新の英雄とは違う。神々の過ちから生じた最後の英雄達とも違う。今を生き、今に生きた人の可能性と想いの結晶たる英雄だよ。紛れもなく、神であろうが、何者であろうが否定する事なんて出来やしない。そう言う存在なんだよ君は」
誰も彼に期待する者はいなかった。少なくとも最強も最恐が君臨していた嘗てのオラリオで、故郷を黒龍に焼かれて壊滅したファミリアなどに関心を寄せるのは、精々がファミリアの神たるアテナと天上で交友があった数柱の神達だけだった。それもアテナという神への関心であり、オラリオの外で活動していたアテナの眷属達への関心など微塵もありはしなかった。ハイエルフの眷属が1人いる。話の話題になってもそれだけだった。
「早く沈んでくれよ英雄…。」
それが数年後。二強の追い縋るロキファミリア。フレイヤファミリアに迫る勢いで力をつけるなど誰が予想しただろうか。
知恵の女神たるアテナですら夢にも思っていなかった筈だ。
眷属も増やさず、たった3人の、それも主だったのは2人の子供の成長が、最強と最恐達から名指しで後継と称されるほどの人物になるなどと。
たった数年で故郷を焼いた黒龍に、我が子の1人が戦いを挑むなど思いもしなかった筈だ。
「君の偉業は、君の魂は……僕達には、眩しすぎる」
最強と最恐の敗北。最後の災厄たる黒龍の勝利。オラリオに君臨していた二強の席を奪い取ったロキとフレイヤ。静観したアテナ。帰還した敗北者たる英雄。災厄に挑んだ英雄達への裏切りとも取れる二つのファミリアの行動に激怒した英雄の暴走。罪人となった英雄。停滞と暗雲立ち込める都市に再来した最強と最恐の残火。残火によって再燃させられた堕ちた英雄。
そうして狂ってしまった嘗ては英雄だった哀しき英雄。
「眩しすぎるんだ……」