翌日に俺たちはもう砦を立つことになった。
馬と荷車は砦にあるものを使った。
「もう行くのか」
ミュラーとジェレミー、砦の兵士たちが見送ってくれることになった。
「マルク、別れの挨拶をしなさい」
「えーと……ありがとうございました!」
「うん、そっちも元気で」
「ほら乗って! もうそろそろ出発するぞ!」
マークが急かす。
せっかくの別れだからもう少しゆっくりして行っても良いと言うのに……
「何かあったらワシはいつでも駆けつけるぞ」
「ありがとうございます!」
「それと、そろそろ新魔王軍が聖剣を本格的に危険視し始めるだろう、気をつけたほうがいい」
「はい、ジェレミーさん」
「よし出発だ!」
そして馬車は王都を目指して走り始める。
「ミュラー殿! お元気で!」
兵士たちは俺たちが離れて見えなくなるまで、声援を送ってくれた。
「……じゃ相棒、このまま王城に向かうぞ。 昨日手紙で手柄のことを伝えておいたからな」
ずいぶん手回しがいい。
インテリの上級魔術士になったからか、事務的な仕事が得意になったのかもしれない。
「相棒、勇者になる覚悟はできてるんだよな? 自ら死地に飛び込む覚悟は」
「もちろんだ」
「……アリシア、別にいいのか? お前も勇者志望だったろ」
「いいんだ やっぱり私はジャックのほうが勇者に相応しいと思う」
「……なぜだ?」
アリシアは立派な人間と思っているし、とても至らぬ所があるとは思えない。
「では質問を返すが君は何故勇者を目指したのだ? 簡単にでいい」
「世界を平和にしたいから……だな 戦争ってのは嫌なものだからな」
多くのものを失った、人も家も場所も思い出も。
あんな思いをするのも、させるのも早く終わらせたい。
「昔嫌と言うほど痛感したな」
「だからだ、だから君のほうがふさわしい。 私はそんな綺麗な目標ではない」
「じゃ、どういう目標なんだ?」
「復讐だ、兄を殺した魔族へのな」
「「!!」」
「そいつの特徴はわかっている、そして前回の戦争時、その死体は見つかっていない。 もしかしたら人知れず野垂れ死んだかもしれんが、私はまだ生きていると思っている」
「……」
「だがこれは飽くまでも私個人の事だ。 勇者となるならば、私のような復讐の為に戦う人間ではなく君のような人の為に戦う者がふさわしい」
「……そう言う事か」
「もし君も自分の為に戦う人間だったら、譲る気はなかったがな」
「アリシア……」
「なんだ?」
「俺は……復讐が悪い事だとは考えていない。 俺だって心の中全てが皆の為ではない……かつて故郷を焼いた魔族への憎しみはある。
だからさ、アリシアは自分で言うような勇者に相応しくない人間ではないと思ってるよ俺は」
「…………それでも、君と私では比重がちがう。 やはり勇者は君がなるべきだ」
「……おっ、見えてきたんじゃないか?」
話している内に王都の輪郭がうっすらと見えてきた。
その輪郭はどんどん鮮明になり、門をくぐって俺たちは王都に帰ってきた。
「よしっじゃあ、このまま王城に向かうぞー」
そのまま馬車は王城に向かい、アリシアは自分は勇者として立候補したからそのことについての話があると言い、共に王城に入ることになった。
王の間へ来た俺は将軍からついに勇者として認定して貰うことになる。
「兵士、ジャック・リアスよ! 此度こゴコウ砦の件 ご苦労である」
「はっ」
「して勇者認定の件だか――」
ついに……本当に勇者に、俺はなる。
と、思っていた俺は次の言葉に驚愕することになる。
「あれは、取り消された」
「……はっ?」
どういう……ことだ……
「王国の判断によると、ふさわしい人間はそこにいる、アリシア・ブラン殿ということになった」
「私……?」
「…………」
チラリと横を見ると、マークは額に皺を寄せて将軍を睨んでいた。
「ま、待ってくださいませんか! な、なぜそのようなことに」
「そうです! 私も勇者になる気は――」
「上層部の判断だ、君たちが知る必要はない」
どう考えても知る必要があることだ。
何か隠しているな……!
「聖剣を持つことが出来るのは、俺だけです!」
「……では聞くが、聖剣を持てれば誰であっても勇者なのか?」
「っ……」
「たとえ野盗であろうとも? 違うだろう? そういうことだ」
どう考えてもおかしい理論だ、俺は立派に手柄も立てたし王国に仕える兵士ではないか!
「これで話は終わりだ、聖剣をこちらへ渡し、帰り給え」
「ぐぅっ……」
だがここで逆らうことは出来ない、逆らってしまえば残った勇者になれる可能性すら捨てることに他ならない、ただ言われるがままこの場を離れること以外、選択肢はない。
「待ってくれ! ジャック・リアス……」
その場に残ることになったアリシアは去る俺に話しかけたが無視した。
アリシアは何も悪くは無いが、どうにも言葉を返す気にもならなかった。
そして王城を去った後、俺は何もする気にならず、寮で布団に入って眠り込んだ。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
「なんの用だ……? 上級魔術士マーク」
「将軍、決まってるでしょう、今日の事すら忘れるほど痴呆になったわけじゃないでしょ?」
「フン……もう少し物わかりが良いと思っていたが」
「貴方は少し物わかりが良すぎる、まさか我が身可愛さに国の命運を無視してあんな愚物共の言いなりになるとは。 流石に賢明でいらっしゃる」
「貴族に歯向かえば、私など一瞬で吹き飛ぶ、逆らうことはできん」
「その地位まで上がることが出来たのも納得しましたよ」
「……で? 話とは?」
「手短に言うと兵士ジャック・リアスを勇者にしてもらいたい」
「ふざけているのか? 今さんざんそれが出来ない理由を話した所だが」
「ええーなので……交渉材料を用意しました」
「……何?」
「私の調べによれば、聖剣が盗まれたあの事件。 あれは貴方が引き起こした物ですね?」
「!」
「貴族達は先代勇者の影響力を恐れ、次の勇者を生み出さぬよう聖剣を秘密裏に処理しようとした、でその司令を受けた貴方は……」
「…………ッ」
「魔族に情報を流して警備を敢えて手薄にし、盗ませた」
「……な、なぜ知っている?」
「何も特別な行為は一切しておりません、昔ながらの聞き回りですよ。 少々手荒な事もしましたが」
「この夜までの短時間にか……!?」
「選ぶ時です。 腐った貴族に屈しなかった、誠実な将軍として失脚するか、聖剣を盗ませる背信を犯した愚かな将軍として失脚するか。
まさか何方が賢明か分からないわけじゃないでしょう?」
「貴様ッ! 私はこの国の最高司令官だっ! 誰にものを言っていると思っている!」
「何の道、明後日には元将軍になるのですから。 構わないでしょう? ついでに貴族達にも黙ってもらいましょうかね」
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
……扉を叩く音がする。
最悪の目覚めだ。 勇者の権利も、聖剣も剥奪されてしまった。
扉さえ開ける気にならない……それでも何か大切な用かもしれないので渋々ベッドから出ている途中、マークの声が聞こえた。
「相棒! 勇者になれるぞ!」
「はっ?」
それを聞いた俺は困惑よりも先に嬉しさ、喜びが先行して勢いよく扉を開けた。
「おい本当か!」
「ぶっ」
開けた拍子に、マークが鼻を打ったようで、患部を押さえてうつむいていた。
「ああ……唐突に将軍が意見を変えたよ。 お前は今から王城で認定式だ」
徐々に熱が引き、冷静になるとあり得ないほど、おかしな話ということに気づく。
わずか1日で真逆の意見に変わることなんてあり得るのだろうか。
「そ、そんな事もあるんだな……いや、本当なのか?」
「本当だ! 早く向かうぞ」
王城の前に向かうとアリシアが待っていた。
やはりというか非常に気まずそうな顔と雰囲気をしている。
「ジャック・リアス……その……何と言うか本当に……何が有ったのだろうか?」
「自分が聞きたい」
「わざわざ取り下げの手紙まで徹夜して書いていたというのに……将軍様は何を考えておられるのだ…………全く」
そう言いながらアリシアは、何故かマークを疑うような目つきで見ていた。
「入るぞ」
そうして3度目の王の間へ行くと、また同じく騎士や不機嫌そうな将軍が待っていた。
「よく来た……ジャック・リアス アリシア・ブラン殿 そしてマーク・クロフト!」
心なしか、最後のマークだけ強く、怒鳴るような呼び方をした気がした。
「ジャック・リアス では、貴殿を勇者に任命する」
「はっ」
「貴殿は今後、勇者として動き。 一切の軍事とは独立する事を言い渡す。 だが、飽くまで勇者に相応しい行動を続けること」
「はい」
将軍の言う言葉は文面に起こせば立派なものの、その聞こえは不思議と弱々しく感じた。
「アリシア殿、貴殿もこの決定に不満は無いな」
「はい」
「マーク……殿ッ、貴殿は勇者ジャックを、心強く支えるがよい」
「はい」
「では、この聖剣を持って、去れ!」
そして俺達はまた王城を出た……
この1週間の間に3回も出て入るなんて、そうそう経験することはできないだろう。
「おーい! ジャック! ジャック!」
誰かが俺を呼ぶ声が聞こえる。
声の先を見てみると、あのジョン騎士だった。
「勇者になったらしいな、おめでとう!」
「ええ、どうも」
「所で、勇者になったのなら自由に行動するんだってな」
「はい」
「なら、行ってほしい所がある。 北の前線だ」
「何故ですか?」
「数日前までは互角だったが、ここ最近急に劣勢になった。 だからその原因を解決してほしい、それに……」
「それに?」
ジョンは暗い申し訳なさそうな顔で、しばらく言葉に詰まったが再び喋り始めた。
「個人的な話で悪いが、北には俺の故郷と妹がいる。 このままでは魔族がそこまで来てしまうんだよ……」
「何ですって……!」
マークが付け加えるように言葉を続ける。
「北といえば人間界を守る最前線の一つ。 雪山と寒さで攻め手にとってはまさに関門という所だが、逆に言えば……」
「突破されてしまえば……もう…… わかりました、北に行ってきます。 妹さんの所にも来させません」
「!! 本当か、ありがとう」
もしかしたら時間が無いかもしれない、伝達には時間がかかるのでもう既にジョンの故郷近くまで迫っている可能性もある。
「よしっ、メシを準備してすぐ行くぞ!」
「おーすげぇ行動力、さすが相棒」
「アリシアは?」
「……私も行きたいが、一度父様や貴族達に今日の事を自ら伝えにいかなければならない。
唐突に勇者になったりならなかったりで、説明を必要とされている」
「わかった、じゃあな!」
そうして俺はマークと共に北に向けて出発した。