その翌日、朝から扉を叩いてマークが俺を起こしに来た。
勇者の権利を剥奪された事をまだ引きずっていたので非常に目覚めが悪い。
「……なんだよ、早朝から」
「おいっ、耳を近づけろ」
その唐突な言葉に驚くが、マークのことなのだからと、すぐに俺は耳を近づけて言葉を聞いた。
「昨日の事について夜通し情報収集して、さっきやっと整理し終わった。 それで噂によると将軍が最近夜な夜な何処かへ通い詰めているらしくてな」
「……? 愛人でもできたか?」
「いやそれは考えにくい、将軍は城では愛妻家で有名なんだ。 オレも妻といる所を見たことがあるが、こっちまで恥ずかしくなる具合だったよ」
す、素敵な夫婦だな……
「それに将軍は王都を出るまであんな調子じゃなかった。 寧ろ聖剣を持つ勇者が見つかったのを喜んでいたよ」
どうやら話が変な方向に転がってきた。
「ほう……?」
「でだ。 噂で聞いた所将軍が夜に何処かへ行き始めたのと、調子がおかしくなった日がな……かぶるんだよ」
つまり……
「何かある?」
「そういうこと」
何かきな臭くなってきたぞ……
「というわけで夜に将軍をつけて行くぞ」
「わかった」
「将軍の出歩く深夜の時間……大体11時くらいに出かけるから準備しておいてくれ。 俺は……徹夜したから……寝てくる
ファァ……眠い眠い。 あとアリシアにもこのことは伝えておく、何かあった時のためにな」
「わかった」
日が沈み、約束通り夜の11時ごろ、マークがアリシアを荷車に乗せて連れてきた。
マークは哲也の疲れが取れていないのか、まだ眠そうな具合だった。
「では、ジャック・リアス 行こうか」
「ああ。」
「よし……将軍の目撃情報は大体12時前後、移動する道も把握してる。 行くぞ」
移動中、俺はふと気になった事を聞いてみる事にした。
「そういえば将軍の言ったアレク・ランダーってのはどんな人なんだ?」
「至って平凡の――いや、寧ろ何も無さ過ぎて落ち目だな。
実力、人望、実績 どれを取っても特別見ることの無い男さ。 明らかに聖剣を使える相棒やアリシアのり優先されるべき人間じゃない……なのに何故か推薦された」
「将軍の変化といい、意味不明な人選と言い……やはり怪しいな」
「……よし、そろそろ降りろ。 荷車では気づかれる。 脇道に入ってくれ、確かこの大通りを通っているはずだ」
暗闇でしばらく待つと、何者かの足音が聞こえてきた。
音のする方角を目を凝らしてみると、意匠の凝った
確かに将軍だ。
手には籠を持っている。
声を出すわけにはいかないため、目と口の動き、手の動きで二人と意思疎通を図る。
“会議”の結果、歩いて尾行することに決まった。
将軍はかなり長い距離を歩き、どんどん街の中央から離れていく
そして移動した先は王都の外郭にある、人の気配がまるでしない棄てられた建物。
扉の上にある看板を見るにかつては宿屋だったのだろうか。
将軍はその中へ入っていく。
自分達も中へ入ろうとした時。
床が木張りで音が出てしまうと懸念したが、マークが将軍が歩くのと同時に移動する手本を見せてくれた。
将軍は何もない壁の前で立ち止まり、指を突き立てる。
すると薄い何かが剥がれ、壁に扉が出現した。
おそらくは魔術の一種と考えられるが、何故将軍が魔術を使っているだろうか?
将軍が出現した扉に入ったあと、俺達も扉へ近づいて聞き耳を立てた。
「今日の、食事だ」
「……」
誰かが何かを食べている音が聞こえる。
「では、また明日来る」
すると部屋から出ようと音が聞こえたため、マークが突撃のハンドサインを出した。
即、行動だ。
「何だっ!」
「……!」
「将軍! 動かないでもらいま……え?」
2人いる、何故か将軍が、2人。
立っている将軍とイスの上に縛り付けられている将軍。
認識したその瞬間、立っている方が此方の喉元めがけて飛び込んできた。
「ぬん!」
「おぶっ」
突然の事で反射的に顔をぶん殴ってしまったが、この行動は正解だったようだ。
殴られた将軍は仰け反った後、俺を押して出口へと走っていく。
「相棒、あの将軍は偽モンだ!」
「何っ」
ならば逃がしてなるものかっ。
しかしもう出口近くまで行っている。
そこで地面に転がっていた木材を拾って、将軍目掛けて投げる。
「あがっ」
頭に木材が当たった偽将軍はうつ伏せになって倒れた。
「今だ! 生け捕りにしろよ! 聞く事がある!」
「誰なんだお前は!」
偽将軍は体を起こすと前蹴りで抵抗した。
それを横に回避し、脚を掴んで横に振り、壁に叩きつける。
ふらついた所で3発ほどパンチを鎧で守られていない顔の中央にお見舞いだ。
後ろに回り込んで羽交い締めにすると、もがいて必死に抵抗してきたが。
マークとアリシアも近づいて来るのを見て、流石に逃げられないと悟ったのか抵抗をやめた。
「うぅ……畜生ォ」
「私は部屋の方の将軍様をみて来よう」
「わかった……でマーク、こいつは一体?」
「見てろよ見てろよ」
マークが杖をかざし、呪文を唱えるとみるみる内に姿が魔族に変化していく。
「前に俺も使った魔術の変化だな」
「なるほど……」
偽物はマークが魔術で捕縛し、俺達は将軍本人の下へと向かう。
「糞ォ……外せェ!」
「将軍、大事ないですか」
「うぅむ……大丈夫だ」
縛り付けられていた将軍の方へ行くとマークが何かに気付いたようだ。
「ほー……なるほどなるほど。 そういうことか」
「ん? どういうことだ」
「いや、何故将軍が生きたままかと思ってよ。 なるほど、お前将軍に化けるために生かしておいたのなぁ」
「ぐぅ……」
「将軍に化けるために生かしておくとはどういうことだ?」
「こいつが使ったのは変化じゃない、変身だ。 コイツは将軍の普段の行動や言動のマネまではできなかったんだよ」
「ううっ」
「変身は変化のような上っ面を変えるんじゃない。 体の構造から模倣し、声帯や思考まで似せることができる。
あまりの性能に、模倣元に意識が乗っ取られることがあるくらいらしい……おー、こわ」
「ほーう、魔術というのは面白い物なのだな」
「で、もちろん使用条件も難しい、変身する対象にもよるがな。 魔族と人間なら1日ごとに更新する必要があるって所だろう、生きている奴に触れてな」
「だから毎日ここへ来ていた……!」
「クッ……当たってるよォ」
魔族の喉元へマークが短剣を突きつける。
「――何故将軍に化けた? 答えろ」
普段なら決して見せない調子だ。
魔術師らしい、冷静……それすら通り越して冷徹で残酷な雰囲気すら醸し出している。
「さ、さぁね グッ」
躊躇いなく剣先を首に少し刺した。
「わ、わかったァ。 言うよォ!」
ただの脅しでは無いと察したのか、大人しく吐く気になったようだ。
それにしても本当に刺すとは、実は思っていなかった。
「せ……戦争を、終わらせるためだ」
「……なに?」
今度は刃を首元に当てた。
「俺は、反戦派の1人なんだよ」
「魔族に反戦派だと?」
今まで存在は確認出来なかったが同じ高度な知能を持っている生物同士、戦争に反対する派閥はいるものか。
「俺達の中には……戦争を望まないやつも多い……大抵は過去の戦争で恨みがない若い奴らだが」
「ほう」
「将軍と成り代わって和解を望めば……魔王軍内部の反戦派の発言力は強まる、相手も和解を望んでいるということだからなァ」
「なるほどな」
「それに……軍事を操作すれば戦争を積極的に肯定している魔族を優先的に潰すことができる……」
「何故戦争に反対する?」
「……もう、戦争は嫌だァ。 ジジィ共は復讐だの言いやがるが、俺達にとってはどうでもいい。
だが地上も欲しい、あんな美しい景色と色は初めて見た……
だからお互いに停戦させたいんだァ」
「……なるほどな、事情はわかった……では死んでもらおう」
「!?」
えっ。
聞き間違いか?
「重要人物の誘拐、処刑理由には十分だ。 第一魔族を逃がすわけにはいかん」
「は、話がちがう!」
「最初から解放するとは一言も言っていない」
「ま、待て! マーク!」
「なんだよ、相棒」
確かにやった罪は重い。
しかし……
「で、でも戦争には反対してるってことはよ、味方とも見れるんじゃないか? 殺すことは無いだろう」
「相棒、流石にそれはない。 こいつ等は飽くまで自分達の為に戦争を反対してるんだ」
「それに将軍にも別状はなさそうだ……」
「それでも拉致をしたことには変わりない」
「くっ……頼むよ、目の前で人が尋問して殺されるなんて見たくはない」
戦場でお互いに命を賭けて戦い、そして殺す事ならば覚悟は出来ている。
しかし、無抵抗な者を殺すというのは……あまり見たいものでは無い。
「我儘を言っているのはわかって――」
「しょうがねぇなぁ、殺さないでおいてやるよ」
マークはやけにあっさりナイフを離した。
「相棒の頼みだからな……断れねぇよ」
「待て、それには賛成できない。 殺すべきだ」
アリシアが話に割って入る。
「コイツの言葉が出鱈目でない証拠なんてどこにあると言うのだ。 我が身可愛さに反戦派という嘘を付いたかもしれない。」
「ううっ」
「それはない、分かるぜ。 こいつは真実を言っている」
「そんなもの、わかるものか! それにコイツは反戦派だとしても将軍を誘拐するような者だ、今後人類へ何かしら危害を及ぼす可能性はある」
「確かにそうかもな……だがただの可能性に過ぎない。 それにこいつ等は自分達の為に戦争を止めようとしているが、それはオレ達にとっても利がある」
「っ……! だが」
「アリシア……お前は魔族に兄を殺されたと言ってたな。 戦争とはどういうものか知らないわけでも無いお前が、ただ家族を殺されただけで憎むことになるとは思えない」
「…………」
アリシアが沈黙する。
その反応から察するに、兄の出来事が単純な出来事ではないということだろうか。
「このまま殺せば、やっていることは“お前の思っている魔族”と同じようなものだ。 それでもいいのか?」
「マーク! 君が逃がすのには反対と言い始めたのではないか!」
「そうだったな。 今はその言い出しっぺのオレが殺さないと言ってるんだが。 将軍も、かまいませんね?」
「うむ……戦略的に価値が有る命だ」
「……わかった、開放でもなんなりとするといい」
「ま、だがこのまま解放して何かされたら面倒なのも真実だからな」
マークが偽将軍の額に手をかざすと、青い魔術の紋章が浮かび上がる。
「これは変身しようが消えることはない。もう騙すことはできない。ほら、どこへでも行け」
偽物を縛っていた魔術の縄を解く。
「……じゃあなァ」
そう言って偽物は走り去っていった。
「では将軍、このことはご内密にお願いします」
「そうだな、上級魔術師マーク」
「それじゃあ帰ることにするか?」
「……よいのか」
アリシアは何か聞きたいことがあるようだ。
「……将軍を助けたことがわかれば英雄扱いだと言うのに、黙っておくのか?」
「……この事を知れると国中の反魔感情が爆発する。 そうなると戦争は終わるどころか益々激化して、血が余計に流れちまう……それは、嫌だからな」
「……そうか」
「だがこれで多分勇者にはなれる。 元鞘に戻ったって感じだな」
マークが将軍の捕らえられていた部屋を彼方此方物色している。
「おっ! 将軍の鎧もちゃんと保管してあったぜ!
将軍、これを装着し、城か家へ戻ってくれれば問題ないでしょう」
「じゃあ……戻るか……」
そうして俺達は荷車に乗りこみ、戻ることにした。
将軍には布をかけて人目をごまかしたが……これってかなり失礼なことではないのか……?
将軍は黙っていているが。
王都の中心部へ入った所で、マークは荷車を裏路地につけて止めた。
「では将軍、ここで降りてください」
「うむ、諸君感謝する」
「私もここで降りよう」
「じゃあな」
「ジャック・リアス……」
「ん、どうした?」
「君は少し優しすぎる。 いや、甘すぎる。 いつの日か命取りになるかもしれないぞ」
「そう、かもな」
確かにそうだ……あの偽将軍を見逃したのも理不尽に殺される者が見たくないからだ。
優しさではなく甘さと言われるのも仕方がない。
「……ではさらばだ」
「私もブラン家のアリシア殿と同じ意見よ。 だが……先代の勇者も貴殿と同じ優しさを持つ男であった。
「……!」
「貴殿もまた、聖剣に選ばれたのだから。 それは勇者の器として、確かに必要なものと、私は思う。 また、王城で会おう」
「は、はい!」
そのまま、夜の闇に消える二人の姿を見送った。
では、寮に帰って勇者の認定式までゆったり待つとするか。
「よし、相棒。 これから店に行くぞ」
「えっ、ちょっと待てよ。 何故だ?」
「もう相棒が勇者になれるのは既定路線だからな。 前祝いだよ。 もちろん奢るぜ?」
「いやいや……流石にこの時間は」
「せっかく相棒の為に予約しておいたのになぁ。
どうしても嫌なら、別にいいが」
こういう時は言うことを聞かないとしばらく機嫌が悪くなる。
大人しく連れて行かれるとしよう。
「わかった」
「よし!」
その夜は良く解らない高級料理のフルコースを振る舞われた……とにかく、美味かった。
しかしマークはもしやこんな美味い物をたくさん食べているのか?
上級魔術師で給料が高いから?
そしてその3日後、ついに本当の本当に勇者に成る時が来た。