竜に心臓を奪われる前のストーリーです。
───信念とは、大いなる力に到達した人間の意志である。
《アレクセイ・マトヴェーエフ大尉》
─数週間前の竜襲来より数刻前─
アレクセイ・マトヴェーエフはヴェルムント王立軍歩兵大隊の隊長だった。ヴェルンワース国境にある関所の駐屯地での任期は非常に長く、慢性的な補給物資不足に悩まされている。大隊長であり大尉のアレクセイは補給物資の矢の催促をしたためている所だ。羊皮紙はインクの染みのような字が羅列していた。
「おう、ベルント殿、これでいいか?」
ベルントと呼ばれた憲兵隊の装備を身に着けた大柄な男はその羊皮紙を受け取る。
「…お前これを見せろってか?誰が読めるんだ?」
「本当に読んでるのか確かめようと思う、次の日には伝令兵が牛車をかっ飛ばして来るサマが浮かぶよ、青ざめた顔してよ、“た、大尉殿、この手紙のご要件は?”ってな」
アレクセイは下品に自分で笑う。ベルントは「相変わらずお前は」と額を抑えつつ言った。
「心配するなアリョーシャ。慈悲深き公妃様はすべてわかっておられる。直に物資も届くだろう」
アレクセイは薄い紅茶を音を立てて飲みつつ椅子にどっかりと保たれた。
「ベルント殿、俺達が今日まで何を食ってると思う?メルヴェから仕入れてきた手桶一杯の野菜クズだ。メルヴェではそれを家畜の餌にしてる。近隣の集落から村の周囲まで毎日巡回をし、魔物やケモノをぶっ殺し、住民から“対応が遅い”だの“兵士が盗みをするのを見た”だの文句を聞いて、部下を宥め、稀に視察にくるお偉いサマにへーこらして…」
「それはボヤきか?」
「ああそうさ、美味いメシが食いたい。肉汁たっぷりの豚肉とか、具沢山のスープとかな…けど、俺が毎月貰える給料はたったの八百ゴールド、あと十年もしたら退役だが毎月貰える保障金はその半分と袋一杯のガライモだぜ?」
ベルントはこの駐屯地の状況を理解していないわけではなかった。しかし、ベルント独りではこの問題を解決することも出来ない事をアレクセイも理解している。ベルントは話題を変えようと咳払いをした。
「ところでマトヴェーエフ大尉、竜の噂は?」
アレクセイは面倒くさそうに椅子に凭れるのを止めて姿勢を正す。
「聞きましたよ。しかし先週襲ってきたのはちょっとデカいだけの間抜けなリザードマンです。ケツを小突いたら驚きやがって糞溜に落ちました。いい肥やしになっているかと」
「隣国のバタルで目撃証言があった」
アレクセイは眉間を寄せる。バタルとは国交断絶をしているネコ科の獣人の国だ。
「証言者はマタタビ中毒では?」
「ふざけるな…これが証拠だ、バタルの海岸に打ち上がってたそうだ」
ベルントは布に丁寧に包まれた手のひらより大きなそれを見せる。真紅に妖しく光り輝いていた。アレクセイは手に取って眺めた。
「…鱗ですか?」
「そうだな」
「バタルには著名な彫刻家がいます。イタズラでは?」
「だといいが」
「こんだけデカけりゃ食いごたえがありそうです」
返せ、とばかりにベルントは手を差し出す。食べることも出来ず大して面白みもないのでアレクセイは大人しく返した。ベルントは再び布に丁寧に包み革鞄にそれを入れると、立て掛けた剣を腰に戻す。
「もう帰るのか?」
「ああ、仕事が山積みだからな」
「そりゃ大変だ。ぜひ、“家畜のスープ”を食ってけよ」
「ありがとう、間に合ってる」
「贅沢なクソ野郎だぜ」
ベルントは大きく溜め息をついてアレクセイの口元に人差し指を立てた。
「言葉遣い!言っておくが俺の方が歳も階級も上なんだぞ?誰が孤児のお前に仕事を与えて読み書きを教えたと思ってる!」
「感謝してますよベルント殿」
「まったく…まあお前が“覚者王”にでもなったら別だがな」
「はあ?なんでだよ」
ベルントは自分の入墨を見せる。
「俺は先祖代々覚者王つきの護衛だぞ?」
「あーそうでしたそうでした」
アレクセイはそう言いつつ両手をあげて「降参」のポーズをした。ベルントは後ろから着いてくるアレクセイに呆れ顔で振り返る。
「なんだよ」
「見送りくらいさせろ。数カ月ぶりにお前の顔を見たんだ」
ベルントはどう答えたらいいか少し迷う。皮肉屋で毒舌家のリアリストの男が急にしおらしくそう言うのだ。
「好きにしろ」
裕福な生まれのベルントにとって、アレクセイは悪童の中の悪童だった。しかし、病気の母親や貧しい生活をする人々に盗んだ食べ物や水を分け与える姿を見掛けてから通報する事など出来なかった。駐屯地の正門まで来ると馭者がドアを開けて待っている。ベルントが挨拶をしようとすると子どもたちが「アリョーシャおじさん!」と言って駆け寄ってきた。アレクセイは子どもたちひとりひとりの名前を呼んで頭を撫でる。戦死した下級兵士たちの子どもだ。引き取り手や親戚が迎えに来るまで駐屯地で面倒を見ていた。貧しく孤児だったアレクセイにとって子どもとは言え仕事を与える事で真っ当に生きる術を身に着けさせている。子どもたちにはガライモを育てさせていた。
「おじさんあのね!ガライモたくさんできたの!」
「みんなでたべよう!」
「家畜スープじゃないの!ガライモのスープよ!」
アレクセイは子どもたちに手を引かれていた。
「おじさん家畜のスープの方が好きだなー!ほら、みんなで食ってこい!おじさんも後でみんなと食事に行くから」
そう言うと子どもたちは笑いながら夕食の準備をしている兵士たちの手伝いに行った。アレクセイはベルントへ振り返ると別れのハグを求める。
「じゃあな」
「ああ」
「ベルントォ、家畜のスープはもう飽きたぜ?」
「わかった。物資の事は俺に任せろ」
「気をつけて帰れよ」
「またなアリョーシャ」
「おう」
二人にとって、最後の挨拶になった。
それから、皆で夕食の祈りを捧げていた時、雷鳴に似た地鳴りが轟く。空気が割かれてパァン!という音がした。地面が突き上げられたように揺れて駐屯地の天幕が倒れ、石造りの壁が崩壊する。
「地震だ!」
誰かがそう叫んだ。アレクセイは子ども達を先導し、高い建物の無い場所へ避難誘導をする。子どもたちが「おじさん!怖い!」と口々に叫んだ。
「大丈夫、地震なら収まる」
アレクセイは子どもを他の隊員に任せて物見台によじ登る。
「大尉!マトヴェーエフ大尉!危ないです!」
物見台は崩れかけていた。しかし、アレクセイは目を疑った。メルヴェ村だ。赤黒い翼が見える。日没に照らされていて、ポッと明るくなった。それは炎のブレスだった。背中が一気に冷たくなった。アレクセイは物見台を滑り降りるとすぐに隊へ号令を掛ける。
「竜だ!メルヴェ村が竜に襲われてる!即応だ!訓練じゃないぞ!」
メルヴェ村からすぐに警鐘が鳴り響く。アレクセイはすぐに小隊規模の偵察隊を派遣する。次に中隊規模の討伐隊と救援や救助の為の分隊を編成させる。
「レッド小隊は逐一各中隊長へ報告、ブルー中隊は現場到着の後各分隊で竜へ対処、攻城隊はバリスタと投石器で後方支援だ!残りの分隊は救助者の確保をしろ!旗手隊!前へ!行け!行け!」
ヴェルムント王立軍の角笛が鳴り響く。多くの兵士が空腹と栄養失調だったが、戦意は十分だった。元々ここにはメルヴェ村やこの近辺の集落出身の者達で集められている。竜の轟かせる地鳴りにも負けぬ軍歌と行進音、全員が鎧のチェスト部分を叩き、剣を抜いて掲げるアレクセイの号令と共に雄叫びをあげて巨大な竜に立ち向かった。全員が怯まなかった。故に真紅の鱗の竜のたった一度の薙ぎ払いで仲間の半分を無くす。竜に薙ぎ払いを受けた仲間たちは鎧ごと壁の染みになって潰れていた。死にきれなかった兵士が呻き声を上げる。アレクセイが戦えそうな兵士たちを助け起こし、武器をその手に握らせる。
「アリョーシャ!」
戦場では女性の声は一際目立った。ウルリーケである。
「お前なにしてる!?さっさとおやっさんと逃げろ!」
「嫌よ」
ウルリーケは竜の襲来の最初の一打で婚約者を亡くしている。目に涙をいっぱいに溜めていたが、それが落ちる事は無かった。矢と弓を握り締めている。アレクセイは自分ひとりの言葉では彼女を説得させるなど出来ないだろうと思った。それから、今はどんな人間でも獣人でも人手が必要だ。アレクセイは力強く頷いて彼女の肩を叩く。
「俺の近くにいろ」
ウルリーケは頷いた。第二陣の旗手が旗を揮う。角笛と共に突撃する。アレクセイとウルリーケは竜のすぐ真下にまで来ていた。
「バリスタ隊!」
バリスタの射撃合図の角笛を吹く。駐屯地にあったバリスタも投石器もメンテナンスが不十分だった。四門ある投石器のうち使えたものは一門で、バリスタは回転台が錆びついて竜の動きに合わせられない。どれほど兵士が優秀でも、メンテナンスの為の武器職人がいなければ即応に対応が出来ない。バリスタは撃てたが竜の固い鱗を貫通しなかった。
「クソ…」
頭上にぼろぼろと何か落ちてくる。古い鱗だ。アレクセイはベルントから見せられたあの鱗を思い出していた。竜は翼をはためかせる。それだけで肌を削がれる程の暴風だ。一挙手一投足が災害である。メンテナンスも満足にされていないバリスタも投石器もまるで役に立たない。
こうゆう事態を防ぐ為、城都へあれほど通達をしたんだ。
竜の喉が赤く光り出した。後ろから風を感じる。周囲の物がアレクセイの足下を転がる。竜が息を吸い込んでいるのだ。
「ブレスだ…!」
矢で射ろうとするウルリーケの腕を掴んで物陰に身を潜めると彼女に覆い被さるように身を伏せた。
「アリョーシャ!」
辺りが真昼のように明るくなった。耳元で炎の熱による爆風が響いてウルリーケは悲鳴を上げて耳を塞いだ。山火事の中にいるように熱い。アレクセイはウルリーケを力強く抱き締めて守った。オーブンの中にいるようだった。自分の皮膚が熱で捲れ上がって真っ赤に爛れていく。
「アリョーシャ…」
「息をするな!肺が焼けるぞ!」
ウルリーケはアレクセイの下で口元を抑える。数十秒のブレスが何分にも何十分にも感じた。音が収まって漸く息を吸えるようになったが、一面焼け野原だった。塵灰が舞い上がっている。さっきまで一緒に飯を囲んでいた仲間たちが立っていたが、鎧ごと真っ黒に焼かれてそのまま死んでいた。攻城隊も他の中隊も。竜は仲間たちの死体を踏みつけて進んでいく。アレクセイは剣を落とすことも出来なかった。火傷でべったりと張り付いていたから。辺りを見渡しても、生きている者は誰ひとり確認出来なかった。ウルリーケがフラフラになりつつアレクセイへ駆け寄る。
「…アリョーシャ、お願い、もう逃げましょう」
逃げる?逃げるって…?
「どこへ?」
アレクセイは竜へ歩み出す。熱で変性した鎧を脱ぎ捨てる。
──どうせ死ぬなら鎧なんて無意味だ。
余りにも巨大だ。この竜からしたら人間など虫けらだろう。アレクセイは竜の指先に剣を突き立てる。三分の一ほど刺さった。竜が吼えた。鼓膜が破れるくらいに。アレクセイは喉が裂けるほど吠えた。
「おい!まだ此処に人間が残ってるぞ!アレクセイ・マトヴェーエフ様の味見をしていかないのか!?」
竜の喉が赤くなる。ブレスの予備動作に入った。突き刺した傷をえぐって、もう一度突き刺した。
「クソトカゲ!テメェも公妃もクソ食らえだ!どいつもこいつも真っ当に生きてる人間の生命を踏みつけにしやがって!」
半ばそれは自棄糞と火事場の馬鹿力と呼ぶべき剛腕だった。竜は痛みに耐えきれず、前脚でアレクセイを叩き飛ばす。咄嗟に盾で防いだが、前腕の骨が折れた。しかしアレクセイは痛みを感じなかった。アレクセイは竜を見上げた瞬間、ゾクリとした。真紅の竜と目が合ったのだ。まるで知性を持っているかのような目だった。
『───!』
竜は何か言葉を発したかと思えば、アレクセイに向かって一息でブレスを浴びせ掛ける。間近で見ていたウルリーケは口元を手で抑えた。ブレスを浴びたアレクセイは人間の形を保ったまま真っ黒に焼け焦げていた。片目は焼け落ち、顔の半分と盾を持っていた腕は骨が露出している。それでも生きていた。煤で真っ黒の剣だけは離さなかった。辛うじて息をしている。竜はひと吼えすると恭しくその場に伏せ、巨大な手をアレクセイの前に差し出す。
アレクセイは抵抗しようとしたが、無情にも鈎爪が胸を貫いた。意識が遠くなっていく。どういうわけか、心臓が赤く輝いていた。竜が心臓を口に入れると頭の中に声が響く。
『今より貴様は覚者だ』
『ひとよ、小さき賤しき者よ』
『為すべき事をせよ』
─ふざけんな。
真っ黒な手で中指を立てた。
《堂々たる脱獄》
竜が飛び去ってから間もなく、ヴェルムント王立軍の救援がメルヴェ村の野戦病院へやって来た。胸に大きな傷のある真っ黒な人間を見るなり、治療をしていた娘に尋ねた。
「この男の身柄は我々に」
「城都で治療をしますので」
娘は目に涙を溜めて頷く。
「本当ですか?よろしくお願いします!」
兵士二人がその真っ黒な人間…殆ど焼死体を運びつつぼやいた。
「この焼死体を何に使うんだ?」
「知るかよ、とにかく急げ。あの魔法使い共は得体が知れない」
焼死体を牛車に投げ入れると、その牛車には妖しく光る魔石が施されたスタッフを持つ男がいた。
「早く乗り込め」
兵士が牛車に乗り込むと魔法使いの男は布に包まれた焼死体の胸を開く。運び込んでいた兵士はぎょっとする。胸の傷が光っている。その光を中心にして、真っ黒に焼けていた筈の皮膚が再生しているのだ。
「ふ、ファズス殿、これは…」
ファズスとそう呼ばれた男は詠唱をすることも無く兵士二人を牛車から吹き飛ばす。吹き飛ばされた兵士は牛車を追いかけたが妙な気配に宛てられたオオカミに襲われて軈て何も聞こえなくなった。
「ケモノが騒がしいですな」
バタルの衣装を着た男がそう言った。
「“覚者”が現れたのだ」
ファズスはうんざりした顔でそう返した。
「この黒焦げが?」
「そうだ」
「で?どうするんで?」
「覚者がこの世にいては困るのだ」
尖ったロッドの先端で胸の光る傷目掛けて振り下ろしたが、何かに阻まれた。ファズスとバタルの男はぞくりとする。黒ずんで骨が剥き出した手でロッドの先端を抑えていたのだ。ファズスはハッとする。焼死体が目を開けていた。人間の目ではなく、瞳孔が縦に長い炯々とした竜の目だった。焼死体は灼かれた声帯のままの声で聞いたこともない言語で何か話し出す。ファズスは後退る。
「竜言語…?」
バタルの男も青ざめる。
「なにか、詠唱している?」
牛車が大きく揺れた。どこからともなくアンデッドやスケルトンが現れ、牛車を襲い始めた。揺れる牛車にファズスはどうにか持ち堪え牛車にある小窓を開けると慌てふためく馭者の胸倉を掴んだ。
「おい!何が何でもバタルへ辿り着け!手足が無くなろうが牛がいなくなろうが、何が何でもだ!」
馭者は短く悲鳴をあげると牛の尻を鞭で叩いた。
「ファズス殿!」
バタルの男がそう呼ぶ。すすり泣きや笑い声が響いていた。ファントムである。焼死体は竜の目をカッと開いたまま、永遠と何か詠唱し続けていた。
「周りの奴らは任せたぞ。私はこの死に損ないの相手をしよう」
ファズスは冷静な声でそう言った。ロッドを振るうと古い言語で詠唱する。
「どうなさる気だ?ファズス殿、私もこの数の相手は骨が折れますぞ」
ファズスにはもう何も聞こえていなかった。
牛車はバタルに到着した。馭者は生きた心地がしなかった。ファントムに取り憑かれていて夜明けと共に漸く自我を取り戻した。愛牛は鞭で皮膚が捲れ上がっていてやがて泡を吹いて倒れるとそのまま動かなくなった。馭者は狂ったように泣いて愛牛に謝罪を述べ続けた。ファズスはふらふらになりながら牛車を降りるとその場に倒れ込む。夜明けまで魔法の詠唱を続けて憔悴しきっていた。
「ファズス殿、大丈夫か?」
バタルの男が支えようとしたがファズスは振り払う。
「触るな」
ロッドに凭れてどうにか立ち上がると、牛車の中の男を見る。竜の目は無くなり、真っ黒に焦げたままであるが穏やかに息をしていた。ファズスはほっとしたように俯くとバタルの男へ言い放つ。
「後は貴殿の仕事だ」
「ファズス殿、あの黒焦げに何を?」
「ただ眠らせただけだ。記憶は無いだろうがな」
「睡眠魔法の詠唱ではなかったぞ?」
「詮索をするな、実に不快だ」
ファズスはよたよたと覚束ない足取りで地下へ続く階段を降りていった。
「おい、その黒焦げをポーン共の檻にぶち込んでおけ」
バタルの男は部下たちにそう命令する。部下たちは黒焦げのそれにウッとえづきつつも布に包んで地下の深い深い檻に投げ入れた。
アレクセイは竜骨の玉座に座っていた。
『覚者王よ!この国の繁栄と覚者王の益々の長久を!』
ベルントがそう言って盃を掲げるとアレクセイの肩を組んだ。
『お前を誇りに思うぞ』
『ありがとう。ベルント』
握手をしてハグをした。
『陛下、さあ盃を!』
アレクセイは盃を掲げた。
『我らの王に幸いを!』
頭の中にノイズがかかる。
──覚者よ。
──理の世界の傀儡よ。
──貴様の役目を思い出せ。
俺の役目?俺の役目ってなんだ?俺は、ただ普通の暮らしがしたかった。普通に働いて、毎日三食メシを食って、風呂に入って、夜は寝て、嫌だけど朝はきちんと起きて…妻がいて、子どももいて…それって贅沢な事か?些細な幸せを望むことすら許されないのか?せめて夢の中くらい、自由に生きさせてくれよ。
体がイテェ…。
アレクセイは奇妙な夢から漸く目を覚ます。まだ微睡んでいたが、目を開けて見た光景に仰天する。目が慣れていないが地下牢で狭い空間に人間が詰められている。その人間は何処に目を合わせるでもなく呆然と立ったままだ。アレクセイは状況が分からなかった。服もなく手近にあったボロ布を纏って辺りを見渡す。体が痛かったのは固い地面に転がされていたからだった。
「なあ、そこのアンタ、ここは何処なんだ?」
近くにいた男へ話し掛けるが、正気でも失ったかのように呆然としている。アレクセイはつぶさに彼らが普通の人間ではないことを覚った。目が慣れてくるとそんな地下牢が幾つもあって、同じように人間が敷き詰められている。
「なんだよこりゃ」
依然として状況は分からなかったがどうにかして逃げ出さなくては危険な状況というのが理解出来る。しかし、肝心なのは。
何で俺はここに?クソ、全くなにも思い出せねえ。飲み過ぎた…のか?あーまたアイツに迷惑かけちまう。アイツ?アイツって誰だ?いよいよ俺はおかしくなってる?何を飲んだ?クソ…思い出せねえ。
「おい!そこのお前!」
突然の声にアレクセイはふてぶてしく声の主を見た。赤い魔石の施されたスタッフを手にしている。小太りで体格のいい男だった。杖の男は声を張り上げる。
「お前だよ!そこの黒焦げ野郎!」
アレクセイは隣りに居た褐色肌の痩せた男を見た。
「アンタの事じゃない?」
痩せた男は何も反応しない。
「いいや、お前だ」
アレクセイはキョロキョロしたが、他の誰も反応をしない。
「こっちへ来い」
檻が開いてアレクセイは恐る恐るそこから出た。
「なあ看守長さんよ、俺は何をして捕まった?」
杖の男は突然アレクセイを殴り飛ばした。
「看守長じゃねえ。俺の許可なく口を開くな」
アレクセイは暫し朦朧としたが「テメぇの面忘れねえからな」と心に固く誓った。アレクセイは今はここに居る彼らのように大人しく指示に従う事が賢いのだろう、と杖の男の言いなりになった。
「そうそう。ポーンは人間様の言う事に忠実じゃないとな」
ポーン?…ポーンって確か…光る石の前にぼーっとしてる連中だろ?俺をその集団のひとりだと思ってるのか?
杖の男はアレクセイの顎を鷲掴みにする。アレクセイは殴られた傷の痛みに顔を顰めた。
「お前は目が気に入らねえな、他の半人野郎どもとは違う。生気の宿った目だ。あーそうだ、仕事の後でその目をくり抜いてじっくりと観察してやろう。少しの暇つぶしになる」
冗談じゃねえぞこのファシストが。
「さあ半人野郎ども!楽しい楽しい労働の時間だぞ!」
杖の男の号令と共に一斉に檻が開いて、誰も彼も何も言わずに整列して歩いていく。異様な光景だった。
「ほら、お前もお仲間と歩け」
アレクセイは蹴り飛ばされつつ集団の中に一緒になった。何処へ向かって歩いているのかも分からない。何故このポーン達はこの人間の指示に大人しく従っているのか。アレクセイには分からない事だらけだった。歩いている間にもこの収容所の職員らしき人間が、歩いているポーンに暴行している。ポーンは一切の抵抗もしない。長い廊下を進んでいくと、目が痛くなるほどの明るい場所に出た。肌を突き刺すような日射しだった。そこは採掘場のような場所で、夥しい数のポーンが男女別無く強制労働させられていた。アレクセイは漸く此処がポーン達の強制労働収容施設だと言うことを理解した。
「黒焦げの新人、お前はこっちだ」
杖の男に黙って着いていく。納屋のような場所に連れ込まれ、どう考えても“使い回し”だろう収容所の服を投げられた。
「それを着ろ」
マジかよ。
だが他に着るものもなく、アレクセイは渋々とそれを身に着けていく。
「黒焦げ野郎、ポーンにしてはイイ体格だな?こりゃ働かせ甲斐があるってもんだ、なあ?」
ジロジロ見てんじゃねえよ変態野郎が。つかなんで俺は黒焦げ野郎なんだよ。焦げてねえし。
収容所の服を身に着けると、採掘用の道具を持たされ納屋から出された。
「働き方は他のポーンに聞け」
そう言うと杖の男は去っていく。アレクセイは面倒なことになったな、と溜め息をつきつつ何処へ行けばいいのかも分からずにキョロキョロする。不意に、視線を感じて振り返ると、小柄なポーンの男がこちらをじっと見つめていた。他の何かを見つめているのかとアレクセイは背後を見たが、その視線はやはり自分だと確信する。アレクセイは小柄なポーンに近寄った。
「アンタが採掘リーダーか何かか?俺はアレクセイ、アリョーシャでいいんだ、けど?」
アレクセイは首を傾げる。小柄なポーンは何か信じられない物を見るような目で言った。
「貴方は…“覚者様”ですね?どうしてこんな所に…」
「覚者様かどうかは知らねえが、たぶん飲み過ぎて…悪い、なにも憶えて無いんだ」
「いいえ、貴方は覚者様です。私は導きのポーン・ルークと言います。私には使命がある。貴方がた、覚者様を正しき場所へ導かねばなりません」
アレクセイには何が何だか分からないが曖昧に頷く。
「あー…そ、そうだな。酒はやめるよ、でもセラピストが必要だな」
ルークはハッとしてアレクセイの腕を引く。
「こちらへ」
一番深い採掘現場へ連れ込まれる。
「とにかく彼らの言う事に今は逆らってはいけません。覚者様、ここにいるポーンは覚者様の味方です。しかし、今は耐えて下さい」
「どれくらい?実際のところブチギレ寸前なんだけど」
「暫しの辛抱です。今は彼らに目立たぬよう行動しなくては…採掘の際に出た不純物をまとめておく土嚢があるのです。覚者様はそれを運んで」
「分かったよ旦那」
アレクセイは今はとにかくこの導きのポーン・ルークの言う事を聞くしかなかった。言われた通り土嚢を運んでは積んでいく。いつまで続くのかも分からない無意味な繰り返しだ。アレクセイは彼らが永遠とこんな事を繰り返しているのか、とある意味で感心した。逆らわず、疑問も抱かず、労働の対価など存在しない。ピッケルもスコップもアレクセイにとっては立派な武器だ。怠惰な人間の監視など一瞬で片付ける事が出来るだろう。
「お前らなんでこんなことしてんの」
アレクセイの問いかけにも彼らは答えなかった。一昼夜の間、鑿と槌の音だけが響いていた。
「腹減ったァ」
空腹に泣きそうなアレクセイがルークの合図を待っていると、突然爆発音のような音が響く。アレクセイは少し驚いたが誰かが発破剤に間違えて火をつけたのだろうと思っていた。
「め、め、メデューサだ!」
そんな叫び声が聞こえた。辺りは叫び声に包まれる。
「覚者様!こちらへ!」
ルークが駆け寄ってきた。
「もしかしてこれが合図?」
冗談めかして言ったがルークは大きく頷いた。
「覚者様!武器を!」
ルークが連れ込んだのは監視達の詰所だった。様々な武器があったが、アレクセイは剣と盾を手にする。
「武器はありがたいが俺は戦えねえぞ」
「戦いよりまずはここから逃げなくては」
ルークは「こちらへ!走って!」と言いながら戦禍の中を掻い潜る。
「助けてくれえ!」
メデューサから逃げ遅れた監視兵が叫ぶ。アレクセイは立ち止まって振り返った。地面を蹴るのと同時に殆どそれは反射だった。メデューサの毒矢を剣で弾き飛ばすと同時に蛇髪を切り落とす。メデューサは悲鳴のような声をあげてのた打ち回った。監視兵は怯えていた。
「早く逃げろぶち殺すぞ!」
アレクセイの声にハッとして監視兵は縺れる足を奮い立たせて逃げていく。
「覚者様!」
ルークの声にアレクセイは慌てて駆け寄っていく。
「る、ルークの旦那!俺、戦えたんだけど!?」
「覚者様ですから!」
「答えになってねえよ!」
メデューサが髪を切られたことに怒り狂って錯乱していた。目に入るもの全てに攻撃し、石化光線を浴びせる。ルークは予め用意していたのであろう出口を塞がれ途方に暮れた。ふ、とアレクセイの視界に何か映った。ローブを着た誰かだ。別世界にいるように静かに佇んで指でどこかを差している。その男か或いは女かも分からない。とにかくその“誰か”はアレクセイにしか見えていなかった。アレクセイは指の示した先を見た。逃げられそうな所がある。
「旦那!こっちは!?」
ルークは大きく頷く。
「行きましょう!」
互いに走り出したが、そこは断崖絶壁だった。
「うおっ!」
アレクセイは落ちそうになってフラついたが、崖を削ぐような強風が下から吹き上がったお陰でアレクセイは落ちずに済んだ。どっかり尻餅をついて「イッテェ」と臀部を擦る。ひと息吐いて、どうすべきか分からないルークの顔と向き合う。そのルークの後ろで、また先程のローブを着た“誰か”が立っていた。断崖絶壁の向こう側を指し示している。
「………」
飛べ、ってか?
その“誰か”の口元が弧を描いたように見えた。アレクセイは「ケッ」と下を見て、背後を見た。メデューサが此方に気づいた。差し迫られてた選択だ。どちらも意にそぐわない。此処で今死ぬか、飛び降りた先で死ぬか…。アレクセイには迷う暇など無かった。
此処にいても死ぬだけなら、飛び降りてやろうじゃねえか。
アレクセイは立ち上がって深呼吸をして目を閉じる。
「覚者様…?」
ルークを抱えると勢いをつけて飛び降りた。感高い鳴き声がする。メデューサの金切り声ではなく、もっと気高い鳴き声だ。どふり、と何かに落ちた。熱くごわごわした絨毯のようなものに。
「グリフィン!?」
背中に何かが急に乗ってきた事にグリフィンは驚いて急降下する。
「ヒォッ!?」
変な声が出ちまった。
しっかり掴まっていなければ振り落とされて死ぬ。強風で目も殆ど開けられない。どこを飛んでどこに向かっているのかも分からない。アレクセイは感じていた。それで良かったと。あんな場所にいて人生終了するよりかは遥かに今はマシだ…。
たぶん、マシだ。
人生初めての脱獄はグリフィンの背に乗って。きっとどんな人間の歴史にも載らないだろう。
《従者・ハン》
グリフィンの背に乗ってどれ程経ったか分からない。グリフィンは背に乗った何かに気にならなくなっていた。空の王者は自由に優雅に羽ばたいている。
もしかして鳥頭なのか?
そんな矢先、何かの衝撃を受けてグリフィンは大きく暴れた。バリスタの矢が刺さったのだ。
「おいおい!マジかよ!」
胸筋を射抜かれたグリフィンは飛ぶことも出来ずに今際の際に暴れてやがて堕ちていった。墜落した衝撃は凄まじいものだったが、天然の羽毛布団に包まれていたお陰でアレクセイは殆ど無傷だった。唸りつつ辺りを見渡す。川の音がする。滝の音も。森の中だった。
「覚者様!」
声にアレクセイはハッとする。ルークが水魔・ヒュージブルに飲まれているのだ。
「ルークの旦那!」
アレクセイは水の中へ入って手を伸ばすが、ルークはその手を掴むことをしなかった。
「いいんです覚者様。私は大丈夫。そのまま進んで下さい。貴方のポーンがリムでお待ちです」
そう言うとルークは静かにヒュージブルに飲まれ消えていった。川は再び静かになる。アレクセイは少しの間だけ途方に暮れたがグリフィンの死体に塞がれ、山道は一本道だった。ボロ布と変わらない衣服と素足のまま歩きだすと、軽装の鎧を纏った兵士と出会う。兵士は「あ!」と言って指を差した。
「な、なあアンタ!もしかして!」
兵士はそう言ってアレクセイへ歩み寄る。
「グリフィンに乗ってた奴?」
「そ、そう、だが…?」
「ひええ!マァジか!すっげえ!攻城隊の兵士の奴らの目なんて節穴かと思ってたが、マジかよ!なんかひでぇナリだけど大丈夫かアンタ?」
「強制労働収容所から逃げてきたんだ」
「はあ?強制労働?この国にそんな場所…まあいいや、とにかく近くに関所の詰所があるんだ」
「詰所か、なあそこにポーンの石はあるか?」
「リムのことか?あるけど、それが何だよ」
「ああそうそう。そのリムに用があるんだ」
兵士は「変な奴だな」と首を傾げた。
「まあいい。よし、道中は俺が警護してやるから逸れたりすんなよ」
「おう。助かるぜ」
「一応お前も腰のソレぶら下げてんだから、役に立てろよな」
「この辺はそんな物騒なのか?長閑そうだが」
「長閑だったさ…でも最近、狂暴化したオオカミだのゴブリンが街道にまで現れるんだ」
「へえ」
兵士に連れ立ってアレクセイは山道を歩いていく。浅い沢を渡っていき、関所の駐屯地の門が見えてきた。
「着いたぜ」
「立派だな」
「北方を守る要所さ。ここの責任者が変わる前は結構立派だったんだと」
アレクセイはどこか懐かしい雰囲気を感じているが、それが何故なのかが分からない。辺りを見渡しても何も思い出せなかった。
「前の責任者は死んだのか?」
「責任者…というか、その大隊は全滅した。少し先のメルヴェ村に竜が現れて討伐に向かったまま…。生き残ったのは誰もいなかったらしい」
アレクセイは「竜か…」と言いつつ周辺を見渡す。寄せ集めの物でどうにかやって行けているといった印象だ。こんな状態で国境の警備など出来るのだろうか。アレクセイはそんなことを考えていた。
「そうだアンタ、リムを探してたんだろ?」
「あ、そうだった」
「こっちだぞ。これも以前には無かったものなんだ。最近ひょっこり現れ…て」
兵士は説明しつつ案内をしていたが、途中で立ち止まる。アレクセイは不審に思って兵士の顔を覗く。
「ポーンたちが集まってる」
そのポーンの集団はまるで、アレクセイの到着を待っていたかのようだった。先程、水の中へ飲まれた筈のルークも。アレクセイを見た途端、ポーンの印である手のひらを見せ、その場に跪く。
「お待ちしておりました。覚者様…」
ルークは恭しくそう言った。兵士はボロ布を纏った不審な男を見る。
「覚者?あんた、覚者なのか?」
アレクセイは何と答えたらいいか分からなかったが「ああ、まあ」と曖昧に頷く。リムと呼ばれるポーンの石の近くまで来ると無い筈の心臓が鼓動するような感覚がした。面妖に光るその石を見ていると不思議と落ち着く。ルークは慇懃にリムへ更に誘導した。
「覚者様、リムに触れてください。貴方に相応しいポーンが召喚に応じます。貴方に生涯の忠誠を約束し、貴方だけに付き従い、苦楽を共にする旅の良き隣人になるでしょう」
アレクセイは恐る恐るリム石に触れた。石は一際強く輝いてその中心の空間が歪む。空間はやがて大きく広がり、異空間が映り込んでいた。ひとりの初老の男がゆっくりと歩み寄る。アレクセイよりも少し上背があり、麻色の長い髪をひとつまとめにしていた。伏せていた目をゆっくりと開けてアレクセイを見据える。緑柱石にも似た瞳の色をしていた。顔は髪の色と同じ麻色の髭を蓄えているが、毛先は真鍮色をしている。
「はじめまして、我が覚者様…私の名はハンと申します」
その雰囲気にこそ相応しい低く落ち着いた深みのある声だった。アレクセイは緊張して渇いた唇を舐める。それから何かハンと名乗ったポーンに対して奇妙な親近感のようなものを感じていた。初めて出会ったわけではない、そんな気がした。
「俺はアレクセイ」
初老のポーン・ハンは音も立てずにその場に跪く。周りのポーンもそれに従った。
「覚者様、これより全てのポーンは貴方と貴方の意志に忠誠を誓いましょう」
アレクセイは兵士の詰所の天幕のひとつで腰を落ち着けて水を飲んでいた。渇きを潤せば次に襲ったのが空腹だった。しかし、ここの兵士達も慢性的な食糧不足のようで、これ以上の我が儘は言えなかった。
「あんなの初めて見たぜ、アレクセイさんよ」
彼を最初にここに案内した兵士がそう言って続ける。
「ポーンは人間の言う事なんて聞かないからな。ただ、覚者って奴にだけは従順なんだと」
アレクセイは話しを聞きつつ傍らから離れないハンに慣れなかった。
「えっと、ハンと言ったか?」
「はい」
「マジでずっと着いて来る気か?」
「命令とあらば待機します」
「待機とかじゃなくてよ」
俺としては武装したジイさんが後ろにいるってだけで怖いんだけど。
「アレクセイの旦那」
兵士は何か両手に抱えていた。
「これもなにかの縁だ。珍しいモンも見れたし、これ持ってけよ」
レザーや帆布で出来た軽装備だった。
「いいのか!?」
「アンタのそのボロ布もよく似合ってるが、ここから何処へ行くにせよ、そんなんじゃあっという間に死んじまうぜ」
アレクセイはレザーの装備を確認する。年月が経って相当くたびれているが、今のボロ布より遥かにマシだ。オオカミといったケモノの爪くらいからは身を守ってくれるだろう。装備の他に地図や水筒まであった。
「恩に着るぜ!」
アレクセイは早速それらを身に着ける。誂えたようにぴったりだった。革製の軍靴も悪くない。
「助かるぜ!…えーっと」
「俺はセルゲイ」
「ありがとうな、セルゲイ」
セルゲイは恥ずかしそうに笑った。
「イイってことよ、俺の故郷に古い言い伝えがあんのさ、旅に行く者には餞別を!ってな。ジジ臭え言い伝えだが、今の世の中、そんな言葉に縋りたくなる程、暗い噂ばかりでね」
アレクセイは革ベルトを締めるとそこに剣を装備する。出し入れをして細かな角度を調整しながらセルゲイの話しに耳を傾けていた。
「暗い噂?」
「ああ、会った時も話したろ?此処に今の俺達の部隊が配属される前は大隊規模の王立軍が駐留していたってよ。ただの王立軍じゃねえ。特別に組織された猛者の集団さ。それが一夜にして竜の襲来により全滅。高潔なる公妃様はその有り様にトサカに来たのか、その大隊は見事に解体され、負傷兵は独り残らず不名誉除隊。そいつらも今じゃ生きてるかもわかんねえけど…ひっでぇ話しさ、そんな感じのクラ〜い噂が雨後の筍みたく湧いてやがる」
アレクセイはその話に妙な引っ掛かりを感じたが、それが何なのかは分からない。しかし、竜に襲撃された村へ行かねばならないようなそんな気がした。
「…セルゲイ、ここからそのナントカって村は遠いのか?」
「メルヴェかい?いいや、ここから少し山道を降った先だけど」
「そうか」
「なんだ、もう行くのか?」
「んー、まあ」
「ふうん、丁度いいかもな」
「なにがだ?」
「俺もそこへ行く所だったのさ、メルヴェに建築資材を届けに行く。俺はその小隊の補給兵のひとりでね」
「そうか、そいつは助かる」
天幕の外で誰かが声を張り上げていた。
「おーい!セリョージャ!クソ野郎、何処でサボってやがる!出発するぞ!」
セルゲイは「やべ!」と慌てた様子で装備はを整え始める。
「アレクセイの旦那、もう行けるか?」
「ん?お、おう」
アレクセイは少し離れた所で待っているハンの方を見た。こちらの指示を待っているように思える。
「行くぞ」
「はい、マスター」
セルゲイの後に着いていくと牛車には多くの資材が積まれていた。小隊は各自点呼を始めた後、数分のブリーフィングをしている。アレクセイは簡単に自分の自己紹介をして事情を説明した。同行はよくある事なのか、小隊長は頷く程度で特に詮索はしなかった。
牛車はのんびりとしている。駐屯地からメルヴェまではこの調子だと一時間程度の行程だ。小隊は世間話しや城都の汚職の噂話しなんかを自分の噂が一番だとばかりに口々に話している。アレクセイはそんな会話を聞き流しながら景色を楽しみつつ歩いていた。チラリと後ろを見ればハンも静かに着いてきている。何か話し掛けてみたいが大したものは思い浮かばない。しかし、何か話し掛けてみたかった。ポーンという人種(そもそも人なのかはさておき)についてアレクセイは詳しく知らない。覚者というものになるまで興味すらなかった。
「なあハン」
「はい。なんでしょうか」
「……歳はいくつなんだ?」
「我々にその概念はありません」
「つまりそりゃ寿命が無いってことか?」
「そうとも言えますね」
スムーズな会話といえばそうなのだろうが、普通の人間と話しをしている感覚が無い。強いて言えば答えに対する回答を持っている人形のような、そんなイメージだ。
「どれくらい、その、ほら、ポーンとしての、従者の経験は?」
「覚者様の専属のポーンになるのはこれで二度目です。一度目は三世紀以上も前の話しになります」
三世紀以上…。ポーンに出生の概念があるとして、軽く百歳以上は超えてんのかよ。つか、そんな前から覚者ってモンがいて、ポーンがいるのか。
「俺に出会う前は何をしてたんだ?」
「異世界の覚者様の手助けを」
「ふうん、異世界を渡るってどんな気分だ?」
「そうですね。ドアや窓を開ける感覚に似ています」
「…………」
アレクセイは想像でドアを開け閉めしてみた。
どんな感覚だよ。
「お前の言ってた一度目の覚者様ってのはどんな奴だった?」
「貴方の血縁でした。姿形こそ違いますが、目の色は同じですね。とても非凡な色をしていましたから」
「マジかよ。俺の祖先も覚者だったのか」
「ええ、不思議な運命ですね」
ハンは言いつつ微笑んだ。アレクセイはそれを見てただの“人形”ではないのだな、と俄に感じた。
「あのよ、ハン」
「はい、マスター」
「覚者ってのはさ、竜に心臓を奪われると記憶が無くなるものなのか?」
ハンは暫し考えている。
「私の知る限りではありません。人間は頭部に致命的な外傷を受けたり、強い心理的外傷を受けると記憶障害を伴う事があると聞きました。何れかに該当はしませんか?」
アレクセイはハンの小難しい言い回しが頭ですぐに理解が出来なかった。アレクセイは今日まで殆ど絶食で、思考がうまく回らないのだ。
「……もっと噛み砕いて言ってくれねえか?」
「わかりました。口語的に申し上げると、最近頭をぶつけたり、失恋をした経験は?」
アレクセイは微笑んだ。そんな経験していたとして記憶が無ければ答えようがない。
「思い出せませんねぇ?」
「そうですか。私は竜との戦闘の経験は少なからずありますが、苛烈な痛手を受けた時、数時間ほど記憶障害がありました。覚者様もその影響があるやもしれません」
アレクセイは竜との戦闘の経験という言葉に惹かれた。
「お前、戦ったことあるのか?真紅の鱗のでっけえ竜か?」
「少し特徴が異なるかと」
「なあ、詳しく話してくれよ」
ハンは自分が経験した竜との戦闘について話したが、今のアレクセイには「結果、倒した」程度しか理解が出来なかった。
《オオカミの娘》
会話をしながらの行程は思ったより時間の経過を感じず、気づけばメルヴェ村は目前だ。今の場所が小高い山道故に、村の被害の規模の大きさが伺える。村民が住んでいた居住区は石造りの基礎だけを残した状態だ。村の門、と言っても竜に破壊されそれは形ばかりではあるが、そこでは物資を待ち侘びる者達で溢れていた。小隊長は物資搬入の受領証などのやり取りを責任者たちと話しをしている。アレクセイは村の様子を見渡す。
「………」
「アレクセイの旦那!」
セルゲイが走り寄ってくる。
「おう、セリョージャ」
「自分はまた駐屯地へ戻るんで」
「そうか、色々ありがとう」
「旦那も気を付けて!」
セルゲイと別れを告げ、この村に足を踏み入れてすぐ、アレクセイは頭の中で金属音のような物が強く鳴り響く現象に悩まされた。アレクセイは頭を振ってどうにかそれを振り払おうとするが、すればするほど強く激しくなり、遂には頭痛を伴ってくる。
「マスター?」
すぐ真横にいるのにも関わらずハンの声が籠もって遠くに聞こえた。水の中にいるような、そんな感覚だ。
「ほっとけば収まる…」
自分の声が金属音に掻き消される。アレクセイは痛みで足下も覚束なくなった。目を開けても閉じても、間近で春雷を眺めているような眩さを感じる。伴って脳味噌の中では裁縫針が暴れ回るような耐え難い痛みが続いていた。春雷のような閃光と共に、あまりにもリアルな光景が流れ込んで見えている。
─アリョーシャ!
女性の声で名前を呼ばれているが、アレクセイにはそれが誰なのか分からない。痛みで目を開けることも出来なくなっていた。
─覚者よ。
低く轟くようなその声と同時に痛みと金属音は突如として収まった。周囲が静かになる。アレクセイはゆっくりと目を開けて、ゾクリとした。目の前に真紅の鱗の竜が佇んでいるのだ。竜は唸りつつゆっくりと頭を下げてアレクセイの顔をじっと見つめている。その目はアレクセイの中の何か、目に見えぬ物を見据えているようなそんな気がした。その威厳とプレッシャーにアレクセイはたじろぎそうになったが、手を奮い立たせて剣を抜こうとする。
「熱ッ!?」
柄が高温に熱せられたかのようだった。思わず剣を落として手のひらを見るが、火傷ひとつしていない。アレクセイは不思議に思って竜を見た。竜には今は戦う意志が無いように思えた。どちらかと言えばこちらの抵抗など期待していない、そんな様子である。アレクセイは落とした剣を拾おうとしたが、竜は喉を低く鳴らしながらゆっくりと喋りだした。
「今のお前のままでは吾に刃を向けることは許さぬぞ」
拾おうとしたその手が止まる。アレクセイは姿勢を直して振り返った。アレクセイは何も言わずに竜の目を見据える。竜は小首を傾げつつ言い放つ。
「お前にとってこの世界が存在する意義はなんだ?吾がこの世界を破壊するのは決まりきった事実だが、今更なぜお前が剣を取る必要がある?」
アレクセイはその問いに答える事が出来なかった。その様子を見て竜は嗤ったように口を半開きにして低く短く吼えた。
「吾を斃したくば、いずれその機会を吾から与えよう」
「おう、泣いて後悔するんじゃねえぞ」
竜はゆっくりと首を擡げると翼を広げた。
「ではな、覚者よ」
自分が気を失っていた事に気がついたのは、見知らぬ天井が見えた事と、見知らぬ若い娘に介抱されていた事だった。
「アリョーシャ」
驚く事に、その若い娘は自分を“愛称”で呼んだ。自己紹介も済んでいないし、そんなに有名人でもない。娘はアレクセイの額や頬に触れてホッとした様子で椅子に腰掛ける。
「良かった。やっぱり貴方は丈夫ね…まさか撃ち落としたグリフィンに乗ってるなんて思わないもの」
「あー」
アレクセイはキョロキョロする。窓の外から見た景色から察するにまだここはメルヴェ村のようだった。
「どうしたの?」
「あー」
何も言えない。何から聞けばいいだろう、とアレクセイは目を泳がせる。
「本当に大丈夫?貴方は気を失って倒れたのよ」
そうだろうな、と曖昧に頷く。娘は不安げに眉間を寄せて前のめり気味に尋ねた。
「ねえアリョーシャ、あの後いったい何があったの?」
「あの後?」
「貴方が竜のブレスで真っ黒に焼かれた後よ。胸にも大きな傷があって、心臓の音もしなかった。駄目かと思ったのよ。でも、それで城都の兵士が来て、貴方の治療をするからと連れて行かれて…」
アレクセイはあの強制労働収容所の杖を持った男が何故自分を“黒焦げ野郎”と呼んだのか漸く理解出来たが、問題はそこではない。アレクセイは素直に尋ねた。
「すまないが、俺は…君と知り合いなのか?」
娘は多少ショックを受けたようだが、会話の違和感にどこか納得した顔をする。アレクセイは申し訳なくなったと同時に期待した。こんな若い娘が自分の恋人だったりして…等と。しかし、娘は強かに微笑むと立ち上がって寝室から少し奥へ行く。娘はスレンダーだが、肉付きが良かった。多少の戦闘は出来る、そんな印象の体格をしている。アレクセイはベッドから前のめりになって彼女の形の良い尻を眺めた。
「無理もないわよね、あんな戦いの後だもの」
娘は言いつつ水差しから水を汲んでいる。こちらへ戻ってくる寸前でアレクセイは姿勢を正した。娘から水を受け取ると一気に飲み干す。
「ねえ、何も覚えてないの?」
「んーフ」
水を飲みつつ答えたが、肯定なのか否定なのかもとれず、娘には伝わらない。フゥ、とひと息着いてコップを返しながら更に答える。
「憶えてない、だが竜と戦ったのは部分的に憶えてる」
「どうして助かったの?」
「それは俺にも分からん」
アレクセイは「なあ」と続けた。
「助けてくれてありがとう。それで、君の、名前だけど…」
「私はウルリーケよ」
アレクセイは名前を頭の中で復唱する。物腰の柔和な彼女からは想像も出来ない名前だったからだ。
「…いい名前だな、ウルリーケ…なるほど、ウルリカ、か」
ウルリーケは意外そうな顔をした後に口元に手を添えて「アハッ」と笑った。
「ウルリカって!本当に記憶が無いのね!許して!だって貴方が私を“ウルリカ”なんて言う筈がないもの!」
「え…」
「覚えてないのね。“お前はオオカミより獰猛だ”って言って私をそんな愛称で呼ぶ事はなかったわ」
アレクセイは記憶を失う前の自分を殴りたかった。不意にアレクセイの腹が鳴る。
「すまん」
「貴方はいつもお腹を空かせてたわね。こっちへ来て」
ウルリーケはアレクセイの手を引いてダイニングへ案内した。ささやかであるが食事の用意をしてくれていたらしい。パンやチーズ、ブドウが並べられている。ウルリーケは鍋からキャベツのスープをよそった。
「いいのか?」
「遠慮しないで」
アレクセイはスープから手を付ける。薄味だが今のアレクセイにはそれくらいが程良かった。ほう、と溜め息が出る。憶えていないが、何だかマトモな食事をしたのが久しぶりな気がした。ウルリーケは安堵したように微笑んでいる。アレクセイはこの娘が自分の伴侶だったら、と妄想した。
「ありがとう、アリョーシャ」
「うん?」
「貴方がこの村を救ってくれたの。竜の事だけじゃない。襲撃されてから以前より物資が届くようになった。それ以前は本当に色んな物が不足してて、私が食事に誘っても貴方いつも“スープをたらふく食ったから腹一杯だ!”って断って…ごめん、覚えてないよね」
勿論、覚えてはいなかったが、毎日たらふくスープを食っているような健康状態ではないことはアレクセイも感じている。痩せ我慢かなにかしていたのだろうか、と思ったが前向きに考える事にした。アレクセイはその話題には触れない方が無難だろうと感じる。
「……村は、復興は進んでるのか?」
「ええ、でも魔物の数が減らないの…牛車やキャラバンが到着する回数も減ってる」
「そうか」
アレクセイは頷きつつパンを頬張る。
「あ、そうだ、アリョーシャ」
「ん?」
「一緒にいたおじいちゃんは誰なの?親戚?」
おじいちゃん、にアレクセイは一瞬誰のことか分からなかったが、すぐにハンの事だろうと思った。しかし、パンを頬張ってしまった為にすぐ答えられなかった。ウルリーケは話し続ける。
「なんだか凄く変わった人ね。貴方を抱えたままオロオロしてて、家にも招いたのだけど入ろうとしないし、でも家の近くをずっと警戒しているの。ちょっと気味が悪くて…」
アレクセイはパンが詰まりそうになってスープをイッキ飲みする。
「そ、そいつは俺の従者だ。危険は無い、と思う」
「従者?部下じゃなくて?」
「あいつはポーンなんだ」
ウルリーケは漸く納得した。
「それなら私の言う事なんて聞くわけないわね。いつの間にポーンなんて…どうやって雇ったの?」
どう答えればいいのか分からない。アレクセイも未だ“覚者”という事について漠然としていたからだ。自分もよく納得していない事をどう伝えればいいだろう、と。
「ウーン、まあ、俺は…“覚者”なんだ」
「覚者?絵本の勇者のこと?」
「俺にも詳しい事は分からない。ただ、ポーンってのは覚者にだけ付き従うらしい」
ウルリーケは「へえ」と興味ありげに頷くと考える風に両手で頬杖をつく。アレクセイは「かわいいなぁ」と頭の中でほわほわしていた。
「それ食べたら私にもあのおじいちゃん紹介してくれない?」
「……おう、言っとくがその、あまり面白味はねえからな」
アレクセイは食事を終えると下へ降りた。ウルリーケの家は広く、一階はベッドが並んでいて住民らしき人々が眠っている。ひとつひとつ小さい空間をパーティションで区切っていた。
「この人たちは?」
「竜の襲撃のあと、うちの一階を一時的に野戦病院にして、今は襲撃で家を失った人たちの寝泊まりできる避難所にしているの」
「……君のプライベートはどうなる?」
「ああ、アリョーシャ…」
ウルリーケは困った顔をする。アレクセイは「君の気苦労が心配なんだ」という顔をした。
「正直に言うわ、貴方の顔でそれを言われると凄く気味が悪いの」
「……………」
記憶を失う前の俺はいったい…?
「私の知ってる貴方はとにかく騒ぎの中心だった。女を顔じゃなくておしりやおっぱいの大きさで判断してる所とかも」
「…………」
クソ、強ち間違いじゃないかもしれない…!だがお嬢さん、男とはそうゆうイキモノなんだ!
アレクセイが底辺の弁明を頭の中で練っている傍ら、確かにウルリーケの自宅の近くで突っ立っているハンを見つけた。外は深夜だ。ポーンは眠らないのだろうか。ハンはアレクセイを見つけるとホッとした様子で駆け寄る。
「覚者様、お加減は?」
「おう、問題ないぜ…ウルリーケ、紹介する。ハンだ、ハン、この娘はウルリーケ」
ハンは頷きつつウルリーケへ会釈した。
「はじめまして、ウルリーケ様」
「フフ、はじめまして」
「なあおいハン、お前さ、人さまの家の近くをウロウロするな。怪しまれる」
「お許しを」
「アリョーシャ、そんな言い方かわいそう」
「い、いや、君がコイツを気味が悪いって」
「そうだけど、ポーンって分かったし…ねえハンさん、貴方はアリョーシャが心配だったのよね?」
「はい」
ウルリーケは微笑んだ。
「無理もないわハンさん、貴方とんでもない人の従者になったわね。彼は鼾が煩いし、朝は不機嫌だし、女誑しで、字が下手で、博打好きで、お金を借りても返さないし、とにかく不器用で、取り柄と言えば売られた喧嘩は負けない位よ…だから、よく怪我もするし自分でも気が付かない程無茶をするの」
「そうですか」
ハンはどうゆう顔をしていいか分からなかったが、チラチラとアレクセイを見る。アレクセイはウルリーケをどうにもならない感情のまま青ざめつつも睨んでいた。
「だから、ハンさん、彼のことが嫌になったらいつでも来て、相談に乗るから」
「分かりました」
「分かるんじゃねえ」
「じゃあ、アリョーシャ」
「なんだ?」
「あそこが宿屋だから。私の口添えで無料で使わせてくれるって」
アレクセイは宿屋の看板とウルリーケとを見た。
「泊まらせてくれるんじゃねえの?」
「悪いけど満床なの」
「君のベッドと同じでも構わないけど」
頬を叩かれた。
「おやすみアリョーシャ」
「……おう…」
ドアはゆっくり閉められていく。ドアが閉じるまで互いに見つめ合った。無情にも扉は閉じられる。しっかりと施錠もされた。叩かれた頬は不思議と心地良い痛みだった。少しニヤけつつ頬を擦って振り返ればハンが腕を組んでいる。
「覚者様」
「なんだよ」
「言葉には気をつけましょう」
「……うっせえ馬鹿」
宿屋へ向かうアレクセイとハンの後ろ姿をウルリーケは自室の窓から見送っていた。
《模擬戦闘》
宿屋は寝心地が良く、不安だったトコジラミもいなかった。アレクセイが目が覚めたのは正午前だった。のっそり起き上がり外へ出て冷たい水で顔を洗うといつの間に背後にハンがいて綺麗な布を差し出していた。
「…おはようございます。と言っても、もうすぐ正午ですよ」
「ハン、お前さ、気配を消して俺の後ろに立つな」
「申し訳ありません。驚かせたくなかったものですから」
「逆にびっくりする」
布で顔を拭きつつ、試しに鼻もかんでそれをハンへ返すが、ハンは嫌な顔ひとつしない。
「覚者様」
「ん?」
「先程、覚者様を尋ねに来た方がいました。メモを預かっています」
「メモ?見せてみろ」
アレクセイはそのメモを開く。
“訓練場にて待つ レンナルト”
「……訓練場?レンナルト?」
「ともかく、ウルリーケ様に聞いてみては?」
「だな」
アレクセイは準備もそこそこに、再びウルリーケを尋ねた。
「レンナルトは私を育ててくれた人よ、そっか、それも覚えてないのね」
ついでにアレクセイは食事の世話にもなっていた。蕎麦のミルク粥を掻き込みつつモゴモゴ話す。
「親じゃねえのか?」
「血は繋がってないの」
「ふうん」
「とにかくレンおじさんが言うんだもの。行った方がいいわ。短気ではないけど、待たせると面倒よ」
「わかったよ。ほい、カーシャごちそうさま」
ウルリーケの家を後にし、住民伝てに訓練場へ向かうとそこには他の兵士とは明らかに雰囲気の違う初老の男が煙草を吸って待っていた。
「よお、アレクセイ…」
この男がレンナルトだ。アレクセイは本能でそう感じた。
「ウルリーケから聞いたぞ。村の事をありがとう。それで?記憶を失ったのは本当か?」
アレクセイはどう答えていいか分からなかったが、レンナルトとは一定の間合いを取りたかった為にそれ以上近寄らなかった。曖昧に頷くとレンナルトはニヤけつつ煙草を咥える。
「こりゃ驚いた…!アリョーシャが俺から間合いを取るとはな、本当に記憶を失ったらしい!ハハッ!面白い!」
俺は面白くもなんともねえけど…。
アレクセイのその意図を察したのかレンナルトは手を翳す。
「いや笑ってすまない。俺はレンナルト…昔はお前と同じでヤンチャばかりしてたが、今は後遺症と関節炎に悩むただの老人だ」
ハンが「覚者様」と言いつつアレクセイの前に立つ。レンナルトは感心するように「ほう」と言って続ける。
「……これはこれは。アリョーシャ、お前本当に覚者になったのか」
「ああ」
レンナルトは「そうか」と小声で頷く。
「ならば、お前は先ず何より城都・ヴェルムントへ向かえ。覚者王の都だ。今は預かり主だがな」
「ヴェルムント?」
「そうだ。だが、ここから向かうにはかなり距離がある。街道を辿っても道中は危険な魔物で溢れてる。記憶を失う前のお前ならゴブリン族なんぞ虫ケラ同然だが…今のお前に果たして勝てるか」
アレクセイは「確かに」と顎に手を添えて髭を撫でた。アレクセイは戦いについて今一ピンと来なかった。戦う自信はあるか?と聞かれれば漠然として曖昧だ。記憶を失ったせいで、アレクセイには物事に対し何一つリアルに感じていなかった。目の前に魔物が現れても対処が出来るか?と言われれば「出来ると“思う”」としか答えられない。
「…やはりな」
レンナルトはひとりで頷く。
「今のお前ではゴブリン一匹まともに倒せんだろう。記憶を失っていても、お前の肉体は憶えている。お前はクソガキの頃から戦闘の才能だけは良かったし俺が見てきたどんな奴よりカンも鋭かった。世が世なら神童だ。神はお前にそのチャンスを下さらなかったが、俺が鍛えた。お前は自慢の弟子で…」
レンナルトはそれ以上言わなかった。
「……静かだなアリョーシャ、ハァ、調子が狂うよ。別の意味で関節が痛くなってくる」
レンナルトは適当なベンチに腰を落ち着けると煙草を収納する。
「訓練場に入れ。俺が良いと言うまで出るな」
「は?」
「ポーンと鍛えてから行け。ウルリーケにこれ以上お前の心配をさせるな…あの子は一夜で婚約者と“大好きな人”を失ったのだ」
アレクセイは頷くとハンと目を合わせてからレンナルトを見た。
「おっさんが教えてくれんじゃねえのかよ」
「アリョーシャ、俺から教える事は全てお前に教えたし、この体ではもう無理だ」
「そうかよ」
アレクセイとハンは訓練場に入ると、訓練用の刃のついていない模造刀を手にした。
「…ハン、お前弓は?」
「覚者様、僭越ながらレンナルト様の言う通りです。私は覚者様を信じていますが、ポーンには覚者様の強い意志が必要なのです」
ハンは模造刀を手にすると優雅に振ってみせた。
「サーベルを手にするのは久しぶりですが、今の貴方には負けません」
「……言ってくれるなお前、“覚者様、勘弁を〜”って泣いても知らねえからな」
「マスター、私にお任せを…」
アレクセイも模造刀を回した。
「アリョーシャ、お前がそのポーンから三手取れるまで此処を出るな」
「三手だと?そんなのす」
いつの間にか模造刀の切先が喉に向けられていた。
「私の勝ちですよ、覚者様」
「お前さ」
「覚者様、闘いとは突然です」
「そうだな。俺が油断したよ」
刹那、アレクセイは剣を握ってハンの剣を弾く。ハンの油断を誘った一撃だったが軽くいなされて足を払われる。受け身もまともに取れなかった。再びアレクセイの敗北である。
「私の勝ちです」
「クソポーン」
「申し訳ありません」
模擬とはいえ見応えある戦闘だった。いつの間にかウルリーケも観戦している。レンナルトと共に笑っていた。アレクセイはまたしても転がされた。ウルリーケがお腹を抱えて笑う。
「なんだかスカッとする!」
レンナルトも「傑作だ!」と笑った。
「お前が転がされているのを見るのがこんなに愉快だとは!」
「人の気も知らねえで!うお!」
「覚者様、集中してください」
それから何度打たれて何度転がされたか分からない。いつの間にか賭けまで始まっている。アレクセイは地べたで休んでいる暇も与えられなかった。模造刀ではなかったら何回死んでいただろう。アレクセイは打たれたり地面に転がりながら、メデューサに一太刀入れた瞬間を感覚的に取り戻そうとしていた。レンナルトやウルリーケの言うように自分自身は“賢者”や“有識者”ではないのだろう、と思った。それは(悲しいが)自分でも薄々感じている。脳で考えて動いているわけではない。そうでなければあの時、逃げ遅れた者と共にメデューサに殺されていた。アレクセイはハンの一打にカウンターをかけ肩に一打入ったが、ハンに絡め手を取られ関節技をかけられる。ギブアップの意味を込めて叩く。アレクセイを離しハンはすぐに臨戦体勢へ入ると模造刀を優雅に回して構えた。
「覚者様、相手は独りとは限りません。攻撃後の背後を狙う狡猾な魔物もいます」
アレクセイは頷きつつ立ち上がって構えた。模擬戦闘は正午過ぎまで続く。ハンは持ち前の器用さで急所への攻撃に寸止めで対応したが、だんだんとその余裕も無くなってきた。アレクセイへ与える一打一打に重みが増してくる。
これ以上は覚者様を傷つけてしまう。
しかし、ハンは自分自身をどう制御しても戦徒は戦徒だった。ハンの攻撃後の隙を袈裟斬りにしようとしたアレクセイの一撃に身を翻した勢いで下から叩き上げる。美しい一撃だが、ハンは同時に「しまった」と思った。
「覚者様!」
ハンのその声で飛びかけていた意識が戻ってくる。顎を強打されて体が少し宙に浮いていた。防具をつけた兵士ですら暫く動けなくなる程の衝撃だったが、アレクセイは意識がはっきりしていた。ハンの与えた一撃は所謂、アレクセイにとっての“決定打”になった。アレクセイは倒れずに踏み留まる。ハンは咄嗟に剣を構えたが、アレクセイの反応速度にほんの僅かに遅れる。アレクセイは地面を蹴ると同時に砂埃を立てたのだ。ハンは頭では理解出来ても今の体勢では回避することが出来なかった。砂埃で目を閉じてしまった一瞬の隙を突かれる。手から剣が弾かれた。模造刀は回転しながら宙を舞う。
「ウッ!?」
ポニーテールを掴まれた感覚にハンは抗うが、アレクセイはもう後ろに回り込んでいて、ハンを跪かせるように膝裏を蹴った。物理的に膝を着いたと同時に喉元に冷たい感触。グッと刃で顎を押し上げられ、見上げる体勢にされた。ハンは土埃のせいで目を完全に開けられない。薄目を開ければアレクセイの顔が目の前にあった。
「俺の勝ちだな?」
「ええ、とても素晴らしい動きでしたよ」
アレクセイはしてやったりとレンナルトとウルリーケを見る。二人は拍手どころか冷めた眼差しでスンとしている。
「…なんかアリョーシャって感じ」
「ゴロツキだな」
「ハンさん可哀想」
「騎士道の風上にも置けん」
大批判である。しかしアレクセイはどこ吹く風だ。俯瞰してニヤけつつ勝ち誇ってガッツポーズをして舌を出した。
「生き残ったモン勝ちなんだよォ!」
レンナルトは「ああ」と嘆いて額を抑える。ハンはアレクセイの拘束が緩くなるのを見計らって抜け出すと、落ちて地面に刺さった模造刀を手にしてレンナルトへ返却した。
「レンナルト様、剣をお返しします。ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとう」
ウルリーケがすぐにハンヘ駆け寄っていく。
「ハンさん、こっちに来て目を洗いましょう。射手は目が命よ」
「助かります。ウルリーケ様」
ハンはウルリーケに手を引かれて井戸へ向かった。アレクセイはそれを嫉妬の目で見送ると「ケッ」と言いながら自分も模造刀を戻す。それからチラチラとウルリーケの尻を眺めていると黙っていたままのレンナルトが急に「アレクセイ」と静かに名前を呼んだ。対して「なんだよ」とぶっきらぼうに応答する。
「……今回ばかりは心配したんだぞ」
「こうして生きてるがな」
「ああ、以前のお前に比べればまだ最盛期ではないが、それでも普通の人間からすれば遥かに超人の粋だ。何度か戦いに身を投じればそのうち闘い方を思い出すだろう」
アレクセイはレンナルトの話しを聞きつつ、未だウルリーケの尻を眺める。ウルリーケはハンと何を話しているのか分からないが、同じ射手として通じるものがあるのだろう。会話の中に笑顔が交じっている。
「アリョーシャ」
「ん?」
「“生き残ったもの勝ち”、お前の言葉はある意味正しい。その言葉はいつも言っていた。確かに真に美徳を持つ者が正しいとは限らない」
「覚えてないが俺も良い事を言うな」
「お前に稽古をつけるのは本当に苦労した。何一つ言う事を聞かんわ、兄弟子を瀕死にさせるわ、しょっちゅう脱走をするわ…」
レンナルトは言うとアレクセイを抱きしめる。
「本当に…!生きてて良かったなァ…!」
アレクセイは戸惑ったが、その腕の中が理由もなく心地良かった。目を閉じると奇妙な光景が見える。小さい頃の自分とまだ若いレンナルトだ。手を繋いで、息を呑むほどの星空の下。山道の上から篝火で照らされたまだ小さな村を見下ろしている。
“あれがメルヴェだ”
“メルヴェぇ?”
“そうだ。今日からお前の故郷になる”
レンナルトは屈み込んだ。
“名前は、坊や?”
“アレクセイ”
“ならアリョーシャだな”
“うん。なあ、おやっさん、腹減った”
“わかったわかった。帰ったらメシにしよう”
細かな事は何も思い出せない。何も分からない。しかし漠然と理解は出来た。
ああ、そうか。俺は帰ってきたのか。
「…ただいま、おやっさん」
メルヴェでの滞在は有意義なものだった。夜はよく寝て、日の出と共に目を覚まし食事をして、ハンと模擬戦闘をする。そんな繰り返しを気づけば四日も過ごしていた。ウルリーケとの進展は無いが、彼女の自分を見る目は「こんな時間が続けばいいのに」とそう願っている。そんな目だ。その日、ウルリーケは村の物見台から夕日を眺めていた。アレクセイは物見台に登って行くと、夕日を眺める彼女の傍らに立って横顔を静かに見つめる。それから花を差し出す。白くて可愛らしい花だ。ウルリーケはそれを見て受け取ろうか迷っていた。アレクセイが「受け取れよ」と催促するように花を揺らす。ウルリーケは結局は受け取らずに再び夕日を眺めた。その横顔は、なにか理不尽なことに機嫌を悪くしているようだ。アレクセイは何も言わずに「あーそう」と言いたげな顔で花を手すりに置いた。暫しの沈黙が続く。アレクセイは夕日に照らされた彼女をじっと見つめた。
「ねえ」
意外にも、沈黙に耐え兼ねたのはウルリーケだった。
「ん?」
「明日、行くの?」
「その予定」
「どうして?」
アレクセイは「どうして?」と頭の中で復唱する。眉間を寄せつつ答えた。
「……“覚者”だから?」
「やめればいいのに、似合わない」
「ンなこと…」
俺にだって、よくわからねえよ。
「お前も一緒に来るか?」
ウルリーケは何を言ってるの?と言いたげに鼻で笑ってあしらう。
「行けるわけないでしょ、私こう見えてこの村の長よ?」
アレクセイは少し意外そうな顔をしたが、なんでも率先して行動する彼女なら村民も安心だろうと思った。
「ずっと此処に入ればいいじゃない。それの何がいけないの?」
うまく言葉に出来ない。だが、いつまでもここにはいられない。それだけはわかる。
「ウルリーケ、俺は…もうお前達と同じ時間を過ごせない。いつかお前もおやっさんも、俺のことをよく知る親しい人は誰ひとりいなくなる。そんな世界で生きてたって、何の面白味もねえだろ」
ウルリーケはアレクセイを横目で見た。
「バッカみたい」
「ああ!?今なん」
その後の言葉は出なかった。ウルリーケが泣きそうな顔でこちらを睨んでいたからだ。アレクセイは少し慌てたが、自分の為に泣いてくれるんだろうか、と妙な期待もした。アレクセイはどうすべきか迷ったが、こうゆうときは抱き締めてみるべきだと妙な思考回路が働く。
「やめてよ!触んないで!」
思い切り平手打ちされた。アレクセイは「どうすりゃいいんだよ」と最早ウルリーケを面倒に感じていた。
「素直になれよ」
アレクセイはそうボヤいた。
「嫌よ、特に貴方になんて嫌」
ウルリーケはそう俯いた。この場にいるのが辛くなって、手すりに置かれた花を手に走り去ろうとする。手首を掴まれた。強い力で引かれてアレクセイに抱き締められる。
「…心配させて悪かったよ、心臓を取り戻したらまた此処へ帰る。約束する」
アレクセイの腕の中で、ウルリーケは思っていた。アレクセイが約束を守ったことなど無い。いつだって自分が待たされる側だ。今度もまた途方もない時間を待たされるのだろうか。それがどれ程辛い事なのか、アレクセイには分からないのだ。ウルリーケはもう待つことを諦めた。彼とは正反対の性格の、約束を守る男と婚約した。
それなのに…。
ウルリーケは自分の心臓ばかりうるさいと感じていた。頬に感じるアレクセイの胸元からは何も音がしない。
ずるい。
ウルリーケは素直にそう感じた。
「本当に帰ってくる?」
「帰る」
アレクセイの言葉は信用できない。口だけだとしてもウルリーケはそれだけで自分が安堵していることにどうしようもなく困惑する。
「わかったわ、アリョーシャ」
その頬にキスを送る。
「気をつけて、必ず帰ってきて」
そう言うとウルリーケからその場を立ち去った。彼女が離れ際、目元を拭ったように見えたのは気のせいなのだろうか。アレクセイは頭が回らなかった。どちらかと言えば有頂天だった。
この村にあの真紅の竜が再び来てくれたら一撃で倒せる気がする。そうすりゃ話しは早いんだけどな。
旅支度は時間が掛からなかった。持ち合わせも殆ど無く、レンナルトやウルリーケが間に合せで用意したものばかりだ。従者・ハンは旅慣れているようで村の使わなくなったものから器用に何か作り出している。布や皮の端切れを縫い合わせていた。針と糸は淀み無く流れるように布を縫っていく。
「お前、器用だな」
「これくらいは」
「何縫ってんだ?」
「天幕ですよ。此処へ来て少しずつですが布を集めていたのです」
クルクルと仕上げをして歯で糸を切った。
「お待たせしました。これで多少の風雨は凌げるでしょう」
「すげえな、お前」
「私にお任せを、さあマスターも準備は出来ましたか?」
「んー…まあ多分」
つっても、大した荷物は無いけど。
「では行きましょう」
ハンのその言葉は実に事務的でさっぱりしていた。旅立ちの朝は気持ちいい位の快晴でヴェルンワースの広大な自然が遠くまで見渡せるほど空気も澄んでいる。不思議と名残惜しさはない。ヴェルムントへ続く街道の門の前には、レンナルトとウルリーケがいた。
「見送ってくれんのかよ」
レンナルトはフッと笑う。
「家に寄れと言ってもお前は聞かんからな」
「まあそうだな」
「ハンさん」
ウルリーケはハンに矢束を差し出した。
「これ、少ないけど使って」
「ありがとうございますウルリーケ様、これは助かります」
「花束じゃなくて矢束かよ。色気のねえ女」
「うっさいわね」
旅立ちに、それ以上の長話は不要だった。数奇な運命の傷を胸に宿したアレクセイは、彼の運命を共にするであろう従者・ハンと共に麗しのメルヴェを後にする。アレクセイは振り返らなかった。心の何処かで理解していた。
もう二度と、安寧を望める事など無いのだろうと。
──時は再び、ヴェルムント・明星の雫へ戻る。
「陛下の大隊は竜により全滅。私は陛下が向かったメルヴェへ引き返したのですが…時すでに遅し、陛下の身柄はもう」
「そこはまあ、俺が今生きてるからいいとしてよ…俺の部隊は本当に全滅したのか?怪我人も戦傷兵もいないのかよ」
「陛下が覚者になられてすぐの事です。公妃様が軍組織を一斉に入れ替えたのです。その際、貴方の大隊も解体。厳密には貴方は戦死、戦傷兵も不名誉除隊処分となりました」
アレクセイは顎を撫でる。
ロドリグも言っていたな。クソ、俺が覚者ってのが相当気に入らねえらしい。俺を死んだ事にしておく事の奴らの旨味ってなんだ?
「陛下」
「お?なんだよ、神妙なツラしてよ」
「陛下が真の覚者王として臣民をお導きになる為に、私はどんな協力も惜しみません。それ故、陛下にも協力してほしい事があります」
アレクセイは腕を組んで俯瞰する。
「おうおう、陛下に任せろってんだ。まずは手始めにトレボの奪還作戦ってのはどうだ?ゴブリンの死体山って地名に変わるかもだけどよ」
ベルントは眉間を寄せる。
「………確かにトレボも火急の事態ですが、それよりもまず、陛下に頼まなくては」
「トレボよりヤバい“ヤマ”なわけ?」
ベルントは手を組んで身を乗り出す。
「陛下、貴方様には城へスパイとして潜り込んで欲しいのです」
アレクセイは一拍考え込んだ。
「………スパイ?」
ハンは不安げにアレクセイを見た。
「スパイ?」
二章-終-