魔法科高校の劣等生 黒羽の姫と焔の絶対王者   作:レオ2

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という訳で,一応本編最終章のつもりです。

亜夜子のライブを経ての心の変化を書けてたらいいなぁと思います

では!


衝動

 ”無限の焔”…正式名称Unlimited Flame Worksという方が通りがいいが,音羽焔矢がライブで繰り出した稀代の魔法は瞬く間に世界へ広がって行った。

 その詳しいメカニズムも,背景も…レーベルが執り行った記者会見にてそれなりに焔矢は明らかにした。

 

 彼らは,あの事故の時に焔矢の精神世界に自分の精神を移した正真正銘の自分の仲間達だという事。

 彼らの個別情報体をイデアを経由してエイドスの投射し,音を直接発する事が出来る事など事実知っている亜夜子からしてみれば隠されている事の方が多い記者会見だったが,要するに焔矢はバンドメンバー達を時間制限在りで召喚する事が出来るというものだった。

 

 それが音羽焔矢に許された唯一の魔法,5人の誓を果たす為に得た5人の魔法だった。

 

 この記者会見の際,Unlimited Flame Worksには魔法演算領域にアクセスする事が出来るという情報は公開されなかった。それは当然でもあり,焔矢は気が付かれていないだけで前回のライブでもこの魔法を使っていた。

 なのでもしそんなことを公開してしまったら世間は大騒ぎするだけに留まらず,焔矢に対して誹謗中傷も起きる可能性の方高かったからである。勝手に魔法演算領域に負荷をかけて勝手に魔法師生命を絶たれるようなことなど許されるはずがなかったからだ。

 

 だから今回のライブでも焔矢は音羽焔矢としての音楽をしていた最初の内は自分のギターと打ち込みで行っていた。想子の供給を制御するものを放置した結果が魔法演算領域にアクセスしてしまうのなら,そもそも普通に楽器をする分には魔法演算領域にアクセスする事は無いからだ。

 元々焔矢が打ちこみではなく,隠れてUnlimited Flame Worksを使っていたのはそちらの方が自分達の音楽を奏でられるからで,想子を垂れ流しにしていたのはそちらの方が彼らの情報体を姿見に固定する緻密な制御よりも楽だったからだ。

 だから後半,Alter Egoとしてのステージでは制御を全て固体化させ消耗のスピードが速いあの霊体化を行った。そうしたら魔法演算領域にアクセスなど起きないから――因みに,これは既に黒羽家の人に確かめてもらっている――焔矢は打ち込みでしていたという過去がある。

 

 そんな彼の努力が実ったのか,魔法演算領域に関する能力までは露呈する事は無かった。

 

 しかし,そうじゃなくとも世間では彼の魔法に興味を持たれていた。

 何故なら,彼が使っている魔法は人間の精神を焔矢に移したという言っている事だけなら何ともないような話だが,事はそう単純ではない。

 魔法が発達してから精神というものは何度も論議され,どの仮説も一定以上のエビデンスがあるが確実にそうとは言い切れない事柄も多かった。

 そんな時に焔矢の”他者の精神を召喚する”魔法は,まさに精神について解明する事が出来る人材だった。

 

 だから…焔矢を狙う不届きものの数は以前よりも数倍跳ね上がっていた。

 

 調布にある亜夜子と文弥が住んでいるビル,5階の彼女達の部屋では動画電話で部下の1人から2人は報告を受けていた。

 

「——報告は以上です。若,以前よりも彼を狙う賊が増えています」

 

 焔矢は現在4階の部屋ではなく自分の…つまり,焔矢の両親が残してくれたあの一軒家にヨルと過ごしていた。彼の家の個人情報は既に四葉によってブロックされていて…それ自体は既にあのライブの前から行われていた事だったが思わぬところで功を奏していた。

 そう言う事情もあって彼の影から亜夜子と文弥に当てられていた護衛の一部を焔矢に回して…賊を捕らえたり殺したりしていた。

 もちろんそれは焔矢には気が付かれていない。もしかしたら賊の存在には気が付いているかもしれないが,黒服たちには気が付いていない。

 亜夜子に以前気が付くことが出来たのは,焔矢と亜夜子の間に血と言う名のパスが通っていたのと彼の視線に関する感覚が鋭敏なだけだ。

 

「背後関係を洗っといてくれ。ただのチンピラなら兎も角,前みたいな輩とも限らないからな」

「承知いたしました」

 

 部下との動画電話は切れ,2人は一息をついた。

 

「はぁ…彼が下に住むと言ってくれたらこんな回りくどいことしなくていいのだけれど」

 

 女性らしい仕草で文弥が愚痴るのに亜夜子は内心同意しながら紅茶のカップを傾ける。

 

 焔矢はあのライブの後,2人に家に帰ると言っていくつかの条件付きでそれを許可した。それは監視を付ける事が主な目的だった。

 彼は「今まで通りじゃん」と言って普通に帰ってしまっていた。彼の家にはまだ伴野が取りつけた盗聴器があり,亜夜子も偶に盗聴している。もっとも別に目新しいことなどない,せいぜいが彼の作曲している楽器の音が響くだけだ。

 

 彼が家に帰ることを希望したのが亜夜子達の為…変なストーカーで彼女らの家が割れない為の措置だとは分かっているが離れた所で狙われまくる位ならもう住んでしまえと思っていた。

 因みに,焔矢を攫う人質として留守中のヨルも狙われた事があったが偶々盗聴器の電池を変えに来た伴野によって事なきを得た。以後亜夜子は彼が学校に行っている間の家の見張りにも1人割いていた。

 

 こういった背景もあって2人はため息をついたのだった。

 

 その時,2人の溜息を無視する形で再び動画電話の着信が響き文弥が宛先を見ると,ハッとして眼を見開きながら優雅に紅茶に嗜む亜夜子に向いた。

 

「姉さん,ご当主さまから」

 

 それを聞いた亜夜子は直ぐにスッと立ち上がり軽く身だしなみを整え眼で頷いた。

 準備が終えたのを見た文弥も頷くと着信のボタンをタップし,2人して動画電話の真正面に立った。

 画面の向こう側では,真夜がその美しい美貌を晒しながら2人を見て微笑んでいた。

 

「こんばんわ,お茶をしていたのかしら?ごめんなさいね」

 

 亜夜子の背後にある口紅がついた紅茶を見てそう問いかける。亜夜子は上品な動きで頭を横に振った。

 

「いえ,お気遣いありがとうございます。それで…ご用件はなんでしょうか?」

 

 こんなタイミングで真夜が直接連絡をしてくるという事は,彼絡みなのは間違いないだろう。

 

「来週の土曜日,彼を本家に連れてきて頂戴」

 

 とうとう来たかと…亜夜子は胸を言いようのない苦しみに締め付けられながら…それを真夜に悟られないようにして鷹揚に頭を下げた。

 それは…苦痛に満ちた自分の表情が漏れているかもしれない,それを見せない苦渋の策だった。

 

「分かりました。当日,伴野に拘束させ――」

「ああ,拘束は必要ないわ。彼も来ることに了承しているもの」

 

 その意味の分からない言葉にハッと亜夜子は目線を上げると,真夜はまるで心の中を直接覗き込むような,同性の亜夜子から見ても魅惑的な微笑みを浮かべていた。

 

「了承…ですか?」

「ええ,先程彼に連絡してね」

 

 魔法には物理的な距離は存在しない。狙う対象に対して図る距離は必要だが,逆に言えばそれを図る能力があり,尚且つ直ぐに発動できる魔法であるならば…真夜にとって,動画電話越しでも相手を殺すこと自体は容易い。

 彼女の魔法「流星群」はそれほど強烈無比な魔法であり,一般人の焔矢にはそれだけで脅しとしてはこれ以上ない物だった筈だ。

 その事を知っている亜夜子は内心,脅したのだろうなと思ったが真夜は彼女の心を手に取るように理解し,意味深な含み笑いをした。

 

「先に言っておくけれど,私は脅したりなんてしていませんよ?説明をしたうえで狭く受けてくれたのです」

「いえ,私は別に…」

 

 そんな物騒なことを真夜がしたと思っていた訳ではないと,言葉にしようとしたが先に真夜の楽しそうな声が部屋に響いていた。

 

「大丈夫よ,別に彼を取って食おうって訳じゃないのだから」

 

 その食うという表現が…その言葉通りの事だろうなと亜夜子は思った。

 精神についての探求の為に,この世ならざるものであるパラサイトの捕獲を命じたこともある真夜の事…焔矢をみすみす逃がすなどそんな事をする訳も無かった。

 既に真夜にとって焔矢の興味は魔法力増幅ではなく,精神体を顕現させるあの魔法にあるのだ。

 

「分かりました。それでは当日は彼を連れてに本家に向かいます」

「ええ,そうしてちょうだい。それから今回は亜夜子さんだけで良いわ」

「私だけ…ですか?」

 

 亜夜子と文弥の2人の招集ではなく亜夜子が焔矢を連れてくるらしい。

 その奇妙な答えに亜夜子と文弥はつい顔を見合わせた。

 

「土曜日なのだから大学はあるでしょ?大した話をする訳でもないから文弥さんは大学,亜夜子さんはこっちでって事で」

 

 だがその理由としては割と単純で大学があるからだった。魔法大学は土曜日も午前中だけ講義が入っているので,文弥が残ること自体は理にかなっている。

 文弥は釈然としないものがあったが,当主の命令に逆らう事は出来ないし講義を2人そろって休むのも後で面倒なことになるという言い分は分かるのでそれを許諾した。

 

 

 真夜からの電話の後,亜夜子は焔矢が本家に来ることを了承したというのが気になり彼に常に持たせている発信機を見ると,中野と調布の間位にある公園の当たりに反応があった。

 時刻は既に20時,レーベルとは道が反対なのもあってヨルの散歩だろうと辺りを付けた亜夜子は軽くカーディガンを羽織ると,文弥に一言言って部屋を出た。

 

 現代の交通技術は発達していて,個別電車であれば最短距離で目的地に向かってくれる。焔矢の位置を確認した亜夜子が発信地最寄りの駅に着くとそのまま真っすぐに公園に向かう。

 公園には都会から離れたカップルの姿が少し目立ち,少し辟易しながらも焔矢を探し出すのにそれほど苦労はなかった。

 彼は公園のベンチに座って,都会の空気に紛れた星空を見上げていたのだ。

 

「焔矢さん」

 

 特に気配を消す事も無く,空を見上げていた焔矢に声をかけると膝で寝ていたヨルと一緒に亜夜子の方を見る。

 

「久しぶり…かな」

「そうですね」

 

 と言っても,2人が会わなかったのはほんの2週間くらいだ。

 あのライブの後に焔矢も図らずとも忙しくなってしまい,その事もあって2人が直接対面するのは久しぶりだった。

 亜夜子は焔矢の隣の空いているベンチに,声をかける事もせずに座った。その所作の1つ1つが洗練されていて,美しいと焔矢は思った。

 因みに焔矢は自分の情報端末に彼女の発信機が付いている事を知っている。だから彼女がここにいるのも大して可笑しいとは思っていない。

 

「最近の調子はいかがですか?」

「想定以上に忙しい。逃げたい。」

 

 本当に色々あって疲れているのだろう,彼の表情には精神的な疲労が見えた。こうしてゆっくりしているのも現実逃避からなのかもしれない。

 元々焔矢の目的には音楽しかない為,まさかあの魔法についてのインタビューとか,他のメンバーについての話とかをここまで追いかけられるとは思わなかったようだ。

 それを聞いた亜夜子は呆れたようだった。

 

「当然じゃありませんか。誰も見たことがない,精神召喚魔法なんて目立って当然よ」

 

 それは四葉の魔法師にすら到底出来ない芸当であり,焔矢が今の所危険視されていない理由としては彼の魔法が今の所”音楽”という事柄に対してしか効果を発揮しないからだ。正確には焔矢が”音楽”にしか使わないと明言していないからだ。

 亜夜子もとっくに彼の魔法の危ない部分の事は知っている。霊体の彼らの音は,耳だけじゃなく直接魂に…言い換えれば精神そのものに音を叩きつけてくる。

 それも距離も関係なくだ。だが,言い換えれば人間の…それも制限人数なしに精神に干渉してくるある意味大規模な精神干渉系魔法である。もしも焔矢に…仲間達に”その気”があるのなら…考えただけでも恐ろしい。

 

 …その事に気が付いている人間がどれだけいるのかは甚だ疑問であるが。

 

「俺普通に歌いたいだけなんだがな」

 

 最近は歌う為の時間が取れていない事は亜夜子も彼の護衛を通じて知っていた。身の回りに対しての説明とかで彼自身忙しいのである。

 インタビューとかも彼には殺到しているのも彼の時間を奪う理由だった。

 

「それは…しばらく諦めた方が良いわね」

「だよなぁ」

 

 まだしばらく音羽焔矢旋風は続くだろうと言われているし,亜夜子自身もそう思っている。

 何故なら,焔矢のレーベルは彼を音羽焔矢としてと,Alter Egoとして二重の契約を結んでいるからだ。それは焔矢達の音楽が4年の時を超えてプロとして認められたことと同義であり,…Alter Egoの既存曲も全てCDとストーミング配信される事が決定していた。

 その為の会議やとかスタジオ入りとかもある。それは何日かに分かれていて,それには理由があった。

 

 1つには,焔矢がUnlimited Flame Worksを発動する際に使う想子量を焔矢自身の持つ桁違いの量のせいで無駄な出力にまで高めてしまって無駄な疲れを蓄積してしまう。

 その大量の想子を仲間達の霊体としてエイドスに干渉し音まで響かせるとなると魔法師でもない焔矢にしては結構辛い想子の調整力が必要となる。前までは魔法力増幅というものを考えてなかったから気にせず負担が少ない…つまり,想子垂れ流しで演奏していた。

 だけどももうそれはせっかく来てくれた人達に命の危険を背負わせてしまうかもしれないと分かった以上焔矢は彼らを顕現させる方,緻密な構成力と安定した想子の供給をしなければならない方でせざる負えなかった。

 あの時のライブは焔矢自身もアドレナリンが出ていたおかげか,ほぼ無意識に彼らの姿を顕現させていたが普段の焔矢にはそれをずっと出来る程の,そして歌いながら出来る程のコントロール力がないし疲れるしで1日に何曲も出来る仕様ではないのである。

 

「亜夜子は想子を使う…無系統魔法?って出来るの?」

 

 想子を直接放つ無系統魔法,それを得意とする魔法師なら溢れる想子の制御のコツも知っているのではないかと密かな期待をした問なのだが亜夜子は首を横に振った。

 

「わたくしは余り得意ではありませんね。そもそもわたくしにはあなたほどの想子量を持ち合わせていないから暴走する危険もないもの」

 

 だからそもそも制御する必要がないという。

 亜夜子の脳裏には,もっとも桁外れな想子保有量を持つ司波達也と深雪を思い浮かべていたがあの2人だって昔は津久葉家の秘術「誓約」によって魔法力を制限していた。

 それを思えば,全くの素人である焔矢が自分の身に余る想子を上手くコントロールできないのは当然の帰結とも言えた。

 

「…現代魔法では想子量って重要じゃないって聞くけど多いのって珍しいの?」

「ええ,そうね。現代の魔法ではそれほど重要ではないわね」

 

 想子自体は魔法師でも非魔法師でも持ち得ているものであり,焔矢自身が想子を持っているのも当然とも言える。だがその量は亜夜子も正直多いと思った。

 だが,現代ではそれほど想子量は魔法師にとって最重要なものではない。昔ならば想子量が優れている焔矢の人間は優れた魔法師としてカウントされたかもしれないが今の彼は別にそんな優れた魔法師にカウントされないだろう。

 そもそも基礎単一工程の魔法も碌に出来ないし。

 

「ふーん…どうやったら安定してあいつらを呼べるんだろうな~」

 

 収録を何回かに分けているのは,長時間彼らの霊体を維持できないからである。霊体の維持を上手く出来るようになればもう少し時間の余裕は生まれるのだがこんな魔法など誰も使った事がない,前例がないものに先生を求めてもない物ねだりだった。

 もしかしたら達也ならその術を与えてくれるかもしれなかったが,亜夜子はそれを口に出さなかった。

 

「それは置いといていただいて,聞きたい事があって来ました」

 

 このままでは永遠に焔矢の愚痴になりそうだったので無理やり話題を変え,焔矢も自分の言葉が愚痴じみたものになっていたのを自覚していたのか彼女の言葉に野暮を入れる事も無く耳を傾けた。

 

「ご当主さま…四葉真夜様があなたに連絡をしたと伺いましたが」

「ああ…散歩に出かける前にいきなり俺の家の動画電話をハッキングしてきたよ」

「そうですか。それでは来週の事は?」

「それを聞いたからこうして会いに来たんだろ?」

 

 表情が上手く読めない亜夜子のアルカイックスマイルに,焔矢は今更遠慮する事も無くズカズカと内面に入る事にした。

 

「…なぜ」

「なぜ行く事を了承したのかって問なら答えはシンプルだ。純粋にそうした方が良いと思ったからだ。少なくとも,捕縛じゃなくて招待したって事は俺の話を聞く気はあるという事。最初俺を拉致しようとしていた君達に与えられてた当初の仕事内容よりも随分とマイルドな手段になったのなら交渉の予知はまだある。」

「交渉って…ご当主さまは甘い人間ではありませんよ?」

「分かっているさ。さっきだって電話口だったのに少し足が竦んだし,彼女の魔法は文字通り距離なんて関係ない…生殺与奪の権を握られて肌がピリピリした」

 

 1時間程前の,唐突にかかって来た四葉真夜からの動画電話…初めてお目にかかった四葉家当主の貫禄は焔矢の想像も超えていて正直生きた心地がしなかった。

 それでも…焔矢は彼女は世間で恐れられているような人物ではなく,割と話が通じる人間なんじゃないかなとも思った。

 

「まあ…彼女の要求が何なのか,分からないけどなるようにしかならない。」

「はぁ…分かっていましたけれど,あなたに恐怖はないのですか?」

 

 何度目かもわからない呆れたような声に,焔矢も自分の神経が図太いのは理解しているのでそれに茶々を入れるような事はしなかった。その代わり少し真剣身を帯びた表情で返した。

 

「そりゃああるけど,いつでも殺されそうになる状況にビビり散らかす方がみっともないし何でも自分の思い通りになると思っている人間の鼻をへし折らずに死ぬ方が馬鹿みたいじゃねえか。」

 

 だからただ死にそうな状況になっても,恐怖よりも強い力が湧き出ているのだ。

 それは勇気という奴なのだろうが,焔矢はそれを勇気とは言わない。

 勇気じゃなくて思考の帰結,つまり自分ならその選択を取ることが当たり前だという事である。

 生死を彷徨い,一瞬の内に両親と仲間を失った焔矢の思考は”やられっぱなしで終われない”に変わっているのである。だから絶対的な強者を前にしてもどうせ死んでしまうくらいなら好きな事を言おうって事である。

 

 「全く…あなたという人は」

 

 1点の曇りもない獰猛な笑みを見た亜夜子は,心臓の鼓動を誤魔化すようにため息をつき…やがてハンドバックに手を伸ばした。

 どうやら話はここで終わりらしく,彼女が取り出したのは犬用のジャーキーだった。

 それをヨルの目の前でチラつかせ,ヨルは亜夜子に導かれ彼女の膝の上に移動してしまった。

 

「さらっと裏切ったなお前」

「ふふっ…私の方が好きなのだから仕方がないわよね」

 

 ヨルはジャーキーを貰って嬉しそうに食べている。一応,晩御飯を食べた後に散歩に出かけたのだがどうやらまだお腹が空いていたらしい。

 ジャーキーを食べ終えたヨルは,そのまま亜夜子の膝の上でゴロンと転がり服従のポーズを披露する。その行動に思わず笑みを浮かべてそのお腹を撫でると,ヨルは気持ちよさそうに眼を閉じる。

 亜夜子はきっと意識していないが,亜夜子にとってもヨルは気持ちを落ち着かせることに一役買っていたに違いない。

 

「えぇ,俺よりも好かれたらなんか納得出来ない」

「そんな事を言われても困りますわ」

 

 小悪魔なような表情を浮かべ,まさにヨルを奪ってやった状況なので亜夜子は口の端が吊り上げながらヨルを愛でる。

 最初の内は焔矢もヨルの寝返りに呆れたような眼で見ていたが,亜夜子の口元に優しい笑みが浮かんでいるのを見るとそんな気持ちも直ぐになくなった。

 まるで小動物を見るかのような優しい眼で,焔矢は亜夜子とヨルを見守った。

 

「…なんですか,そんな変なお顔をして」

 

 そして当然その焔矢の優しい表情に気が付いて,ヨルをお腹から抱えながら問いかける。

 

「いや…絵になるなって思って」

「はぁ?」

 

 何を言っているんだこの人はとでも言うような少し侮蔑が混じった眼で見返すが,焔矢は特に気にしていないようで肩を竦めた。その仕草にそこはかとない苛立ちを覚えた亜夜子は少し棘のある声で

 

「どういう意味ですか」

「そのままの意味だよ。絶世の美女が子犬と戯れている姿なんて見てる側からしたら結構ストレス緩和される」

「…っ。まあ,お口が上手なのですね」

 

 普段は言わないような事を言っているのを見ると,焔矢も相当疲れているのかもしれない。

 一瞬,口角が上がりそうになってしまった衝動を押さえつけ嘲るような笑みに変えて反撃すると彼は少し,照れたように亜夜子から眼を背けて答えた。

 

「俺が思った事を口にするのは…俺の勝手だろ」

「ですが…絶世の美女なら深雪お姉様やリーナの方がずっとそうだと思いますわよ?」

 

 だからそんな意地悪な事を言う。

 その2人の名前は焔矢も知っている。

 司波深雪は四葉の次期当主で司波達也の婚約者だし,リーナというのは元USNAで公開されていた戦略級魔法師で今は深雪の護衛,2人とも容姿はまさに天界から降り立った女神のような容姿であり,同性からは嫉妬よりも先ず尊敬を集めてしまう位にはこの2人の姿は何とも言えない畏怖を感じる。

 世間で美女ランキングでも作れば,この2人がワンツーフィニッシュを決めても可笑しくない位だ。

 

 亜夜子の言葉には悪戯心と…どこか美に関する諦めのような複雑な感情が織纏った色が垣間見えた。

 美人という意味では,亜夜子も相当な美人であるし醸し出す色香に関してはこの2人よりも上回っている。しかし,容姿だけを比べるとどうしてもあと一歩,絶対に届かない壁があることを亜夜子自身が強く理解していた。

 だからこそ諦めが混じった言葉だったのだが…

 

「そう?俺は亜夜子の方が綺麗だと思うけど」

 

 どんなことも例外は存在するものであり,焔矢はその数少ない例外だった。

 焔矢の発した言葉に亜夜子は一瞬何を言っているのか分からなくて彼の方へ向くと,少し恥ずかしそうにしながらも顔はきちんと亜夜子に向けられていた。

 その瞳には,嘘をついているような兆候は見られず本当に自分の方が綺麗だと言っているようだった。

 余りに真っすぐな瞳に,亜夜子は柄にもなく心臓の鼓動を早くして慌ててヨルの方に眼を見て焔矢の視線から逃げた。

 

「…っ,それが正しいと思うのなら眼科に行った方がよろしいのではないですか?」

 

 既に時刻は夜で周囲も暗い,だから亜夜子の顔色はよく目を凝らさないと分からないものだったが…焔矢の眼には頬を赤くした亜夜子の姿をしっかりと捉えていた。

 だからその行動が照れているのだと知ったら,あのヒール役していた彼女との違いに思わず微笑んでしまった。

 幸いその変化は顔をヨルに向けて必死に熱を誤魔化している亜夜子に気がつかれる事は無かった。

 

「なんか酷い事言われてるけど…俺が誰の方が綺麗だと感じるのは俺の勝手だろ。」

「そんなの…勝手すぎるわよ」

 

 深雪やリーナよりも,自分の方が綺麗だと言われ慣れていないせいでついそんな悪態をついてしまう。別に誰が誰の事を綺麗だと思うと実際勝手なのだが,亜夜子の感情はそう捉える事が出来なかった。

 自分と深雪やリーナと比べた時に,綺麗だと一番に言われるのは2人の内どちらかだからだ。

 

「主観なんて皆勝手だろ。そんな勝手が集まって大衆の意識になっていく。そうだろ」

 

 それは亜夜子とて身をもって知っている事であり,否定する事は出来なかった。

 なにより,彼に褒められて嬉しいと思っている自分に驚いた。

 

「別に亜夜子が誰かに劣るとか考えるのはそれこそ勝手だけどさ,人の視力疑うのはどうかと思うぞ」

 

 嬉しいと感じている自分に動揺している亜夜子をどう思ったのか,取り合えず自分の眼は悪くない事だけは教えておく。

 その事を聞いた亜夜子は,やがてクスりと微笑みいつもの調子に戻ったかのように指を口元に添えて艶やかな仕草で

 

「あら,ごめんあそばせ?」

「…やっぱ美人って得だよな」

 

 仕草の1つ1つが実に絵になるし,亜夜子の場合は狙ってやっているとしか思えない小悪魔的な可愛さが同居している。多分どっか別の世界線では悪役令嬢とか向いてるんじゃないかなとか思いながら呟いた言葉を聞いた亜夜子は,今度は照れることはなかった。

 深雪やリーナと比べたら…自分が劣るのは認めているが,だからと言って自分が美人じゃないとは別に思っていない,寧ろ結構美人だと自画自賛している。

 その余裕が既に戻っていたのである。

 

「そんな美人と1つ夜の下,焔矢さんも運がいいですわね」

 

 何が可笑しいのかクスクスとした笑いは酷く煽情的で,衆人大衆の中でその笑みを見たら一体何人の人間が彼女に堕とされるのだろうかと変なことを考えた。

 ただ,焔矢の場合は命のやり取りもした間柄のせいか,特にそう言うのはない。彼女が美人なのは初めて会った時から知っている事だからだ。

 

「そうだな…今日は月が綺麗だ」

 

 そう言って焔矢は夜空に浮かぶ月へと見上げ,亜夜子も釣られるように見上げると…確かに都会の空には珍しく鮮明な月が2人と一匹の上にたむろっていていた。

 いつもと変わらないその美しさに,亜夜子は隣の青年を見る。

 

(その意味…分かっていて言ってるのかしら。)

 

 月が綺麗…その言葉の意味は現代にも根強く残っていて,亜夜子もその意味を知っている。昔はそれを知って頬が緩んだことだ。

 だが,この黒羽を…四葉の事を知って染まっていく内に自分はそんな言葉とは無縁になることも何となく理解していた。

 亜夜子は四葉の中でも優秀な女性魔法師…真夜のような例外でなければ結婚し,子供を産むことが求められる。

 だから例え,焔矢にその気が合ってその言葉言ったのだとしても…自分はそれには答えられない。

 それが四葉に産まれたものの宿命だ。

 

「どうした?」

 

 ずっと彼の事を見ていたせいか,焔矢も視線に気が付き亜夜子を見返す。亜夜子はそっと微笑んで首を横に振り立ち上がった。

 

「さて,それではお暇しますわね」

 

 抱えていたヨルを地面へ下ろし,焔矢の方を振り返ると彼も立ち上がっていた。

 

「送ってくよ」

「そう?それじゃあお言葉に甘えて」

 

 言いながら…亜夜子はそっとその華奢な右手を差し出した。その意味が分からずつい彼女の顔を見ると,亜夜子の方は照れた様子も無く,蠱惑的な瞳の色をしていた。彼女が何を望み,何で弄びたいのか…不思議と今なら理解できる。

 だけども少し,躊躇った後焔矢は左の手で手を繋いだ。

 

「…エスコートしますよ,お嬢様」

「恥ずかしそうなのと恨めしそうな表情をしてるから3点」

「辛口過ぎんだろ」

 

 その疲労しきった顔を見ながら呟かれた言葉に,亜夜子は艶やかな笑みを返して最寄りの駅へ道を歩み始めた。

 焔矢もヨルを連れて彼女の隣を同じペースで歩みを進める。

 2人の間に会話はない,会話の話題が無いという訳ではない。ただ2人とも今の沈黙がどこか心地よかっただけだ。それは2人の感覚ではなく…この手から感じる確かな確信だった。

 

 そうして夜道を2人で歩き,最寄り駅に着くと個別電車が丁度出てしまった所であり2人は少し待つことにした。

 その少しの時間で亜夜子は…ずっと思っていた事を問いかけた。

 

「あなたは…わたくしの事を憎いとは思っていないのですか?」

 

 その答えはもう分かり切っていた。分かり切っていたからこそ,問いかけたくなったのだ。

 

「憎いのは君の親父さんであって別に亜夜子を憎む理由なんて特にないだろ。」

「わたくしは貴方を騙していましたよ?」

「実際被害は受けてないし,なんなら理由はどうであれ俺を守ってくれただろ」

「それは…」

 

 焔矢の言うように,亜夜子達は彼を捕縛する為の目的の一環として焔矢を狙う組織を潰した。

 そして今は焔矢の事を捕縛することなく監視付とは言え好きにさせている。確かに焔矢からしてみれば憎むのは4年前の事柄を起こした黒羽貢だけであり,亜夜子を恨むのは筋違いだと弁えていた。

 

「それに…亜夜子がいないと,俺は俺で取り返しのつかない事になっていたかもしれないしな」

 

 Unlimited Flame Worksの副作用を知らないままだったら,いつの間にか色んな魔法師の生命を奪っていた可能性もあると知れた以上それを教えてくれた亜夜子達にはそれなりに感謝はしていた。

 まあ,それがあったから最近の疲労は溜まっているのだが。

 

「だから亜夜子が気にする事じゃない。ていうかそんなの気にするようなタマじゃないだろ」

 

 焔矢のいうように亜夜子は本来そんな事を気にするような性格をしていない。憎まれる事も既に受け入れている,そうじゃないとこんな仕事なんてやっていられないからだ。

 それでもこの世界とは全くの無縁だった焔矢を引きずり込んだ自覚はある。亜夜子もそれを無視できるほど人間が悪いわけではなかった。

 だけども罪悪感があったのもまた事実,焔矢の茶目っ気たっぷりな眼に少し安心したのも確かだった。

 亜夜子が乗る個別電車——通称キャビネットが来たのを見て焔矢は名残惜しそうに亜夜子の手を離した。

 元々ヨルは乗れないし,亜夜子のビルと焔矢の実家は反対方向だった。それを知っている亜夜子は,くすりと魅惑的な微笑を浮かべ,屈むようにして焔矢を上目遣いで見る。

 

「な,なに?」

 

 彼女のその体勢がどうにも落ち着かなくて…というよりも目のやり場に困って眼を反らした。

 亜夜子の服装は焔矢に会いにきただけだからか,結構薄手のワンピースに軽いカーディガンを羽織った簡素なもの。だからこそ彼女本来の魔性とでも言うべき力を持つ肌や表情を…そんな体勢で見られたら眼を反らしてしまうのは仕方がなかった。

 そしてそんな反応をする事を亜夜子は期待して期待通りの反応をしてくれた事に可笑しそうに嗤う。

 

「可愛いですね」

「…はっ?!それってどういう…っ」

 

 言葉の意味を問いかけようとした矢先…亜夜子がそれよりも早く焔矢のシャツの首元を強引に掴み,ちょっと背伸びして…焔矢の頬から小さなリップ音が響いた。

 よく耳を澄まさなければ聞かれない程度の…小さな,でも確かな音と自分の身体以外のものが接触した確かな感触だった。

 

「…ッ?!!」

 

 一瞬にして顔を真っ赤にした焔矢がバッと身体を離して彼女を見ると,亜夜子は悪戯が成功したと舞い上がった少女のような表情で…わざと焔矢を意識させる為にその細く艶やかな人差し指を自分の唇に添えて蠱惑的に微笑んだ。

 カーッと顔に熱が溜まるのを感じた焔矢が何かを言う前に「ふふっ」と,小悪魔とあどけなさが同居したような笑みを浮かべそのまま個別電車に乗り込んだ。

 

 一しきり焔矢の羞恥に満ちた顔をして満足したのか,個別電車が出る前に亜夜子は少し吹き出しているのが見えて…そのまま亜夜子は夜の街へと消えて行ったのだった。

 取り残された焔矢は,息を忘れる程見惚れていた亜夜子が去った事にようやく気が付き空気を大きく吸い込んで凄まじい勢いで鼓動する心臓の音を誤魔化そうとするが…到底無理だった。

 

「反側すぎんだろっ」

 

 自分の可愛さを理解し,それを存分に使った上目遣いからのキスとか…焔矢にしてみれば反側以外のなにものでもなかった。

 何とか駅を出る事には成功したが,心臓が煩すぎて結局近くのベンチに座って大きなため息をついた。それでも止まる事は無く,無理やりヨルを抱っこして誤魔化す事にした。

 

「はぁ…亜夜子可愛い」

 

 初対面から想っていた事が…つい口から出てしまうほど焔矢の口が軽くなってしまっていた。”焔の絶対王者”という異名を持つ彼が,何故か1人の少女のように足をジタバタさせているのだった。

 

 一方,焔矢を可笑しくした張本人は

 

「~~~っ!!」

 

 個別電車の中で信じられない程顔を真っ赤にして悶えに悶えていてしまっていた。窓を見ると自分であって自分じゃない”女”の顔をした自分がいて恥ずかしすぎてうずくまった。

 

(絶対…叶えられないのに…こんなこと…)

 

 未だに海外ではあいさつ代わりのキスをする習慣はあるというが,ここは日本,そんな文化はよほどの事情が無い限りはありはしない。例え潜入調査の過程であったとしても,普通はしない。それ位現代においてチークキスというのは恋人とかだけにしかしない,そう言った類の行動だった。

 本当なら亜夜子は上目遣いで焔矢をからかって,恥ずかしがった所を嘲笑おうとしただけだった。それなのに…焔矢の恥ずかしそうな顔を見て勝手に気が変わってしまった。

 ステージ上で,まさに”王者”の貫禄を見せつける圧倒的存在感だった彼が…自分を前にした時にだけ見せてくれる表情に篭絡された。

 頬とは言えキスをしてしまった。初めては達也が良いという,今では絶対に叶えられない思いがあったはずなのに。

 それを捻じ曲げてした行動に,自分自身が一番戸惑っていた。どんな時も冷静沈着を自分に課してきた自分が…この衝動には逆らえずしてしまった。

 

 それも現当主,四葉真夜が亜夜子の婚約者を決めようとしているこんな時にだ。こんな事をそんな直前にして…その婚約者の事を好きになれる自信がただでさえ無かったのに,もう皆無にまでなってしまった事を既に理解していた。

 

「はぁ…本当に,あなただったらいいのに」

 

 四葉に迎え入れられる人間はただ人であってはならない。だから淡い期待だと分かっているが,それでも…願わずにはいられなかった。

 もうこんなことまでした時から心の在処を,きちんと亜夜子は理解していた。それがむず痒く恥ずかしく,認めるのも業腹だけれど…彼の事を考えると舞い上がるものを自分自身が理解していた。

 それは以前のライブで,焔矢の新たな姿を見て,彼の音楽に魅入られたことがきっかけだった。

 初恋は実らず,もしかすると直接会った事の無い人と結婚させられそうになっている今だからこそ…理解したと言った方が正しいのかもしれない。同時にそれは叶えられるはずはないと…諦めが混じった表情で亜夜子は個別電車に揺られるのだった。

 




お疲れさまでした!

あからさまなフラグを立てていく。伏線も何もあったものじゃない()。
ちゃんと亜夜子に篭絡される焔矢,王者とは。



では,明日もこの時間にです。

どのお話見たい?

  • 達也&焔矢(UBW強化話?)
  • 空澤&焔矢(亜夜子についてあれこれ話す)
  • 貢&焔矢(修羅場)
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