魔法科高校の劣等生 黒羽の姫と焔の絶対王者   作:レオ2

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続きです。

最初から四葉に向かってるところで,四葉に行くための道筋とか無系統魔法によって別れる道とかそういう説明は全て省きます。
というか,作者が理解しきれてないので書いた所で墓穴掘るので(今更とか言われそう)。

お気に入り件数が100を越えました!!見てくださってる皆様,ありがとうございます!
これからもよろしくお願いいたします!

では!


命令

 土曜日を迎える頃には,焔矢の周りも落ち着きを取り戻し始めていた。元々あのライブが終わった後から凄まじい忙しさだったのでやっと落ち着いたという方が正解かもしれない。

 既存曲の収録もそれなりに順調でもう少しで終われる位にはなっていた。

 だから焔矢にとって直近の最大の敵は世間に対する対応ではなく,現代の魔法師界に君臨する十師族,四葉家の本家に赴く事だった。

 

「はぁ…」

 

 いざ当日が来てみると,焔矢は大きなため息を抑えられず隣の席に座っている亜夜子が眉をひそめて見てくる。

 彼女の視線に気が付いた焔矢は少し慌てたように謝ると,彼女は興味を無くしたかのように前を見る。

 さっきから殆ど変わっていない景色であるが,亜夜子は飽きないんだろうかと焔矢は思った。

 

 2人は現在,車で四葉家本家…旧長野県との境に近い旧山梨県の山々に囲まれた狭隘な盆地に存在する地図にも載っていない名も無き小さな村へ向かっていた。

 午前中に焔矢がヨルとヨルのお泊りセットをこの一泊だけ見てくれるという文弥に引き渡して,そのまま亜夜子と2人で護衛さんが運転する車で出たというのが経緯だ。

 

 日が暮れるまでには付けるだろうという事だったが,それまで車という密室で空気になっている運転手を除けば亜夜子と2人きりという状況は心躍るものなのかもしれないが,どうしてか今の亜夜子は少し不機嫌の様に感じた。

 別に彼女の見た目が著しく変わった訳ではなく,どこが不機嫌なのかと聞かれても上手くは答えられない。結局フィーリングでしかないからだ。

 実は先程の溜息も,彼女と以前会った時の反応の違いから戸惑ったが故のものだった。

 

 先日,亜夜子は別れ際に…本人がどう思っているかは置いといて親しい仲に位しかしないチークキスをしてきたことから少なくとも悪い感情は抱かれていないと自負していたのだが,何故か今は何となく顔をしかめているというか,拗ねているような感覚を受けている。

 因みに焔矢はあの後5分位で平常心を取り戻し,何食わぬ顔で家に帰った。ただし,彼の頬にはしっかりと亜夜子の口紅の跡がついていたが。

 

 彼女からの評価が理由も無く下がっているのは,焔矢にしても何となく気持ちが悪い話でありまだこの時間が続くというのにこの重苦しい空気の中は流石に耐えられなかったので1つ決心して隣に話しかけた。

 

「亜夜子…何か…不機嫌?」

 

 もっとも,何の捻りも無い直球ストレートであるのは彼が女性の扱いに慣れていないという明確な欠点が露呈した形だったが。

 案の定亜夜子もそのデリカシーの無さに呆れた眼で見返したが,無視をするのも何となく謀れるので素っ気なく返す事にした。

 

「あら,焔矢さんにはそう見えましたか?」

「うん。」

「躊躇いがないのですね」

 

 面を切って不機嫌だと決めつけられて呆れの眼をより強くした亜夜子だったが,焔矢は焔矢で苦笑いが抑えきれなかったようだ。

 

「今更遠慮する間柄でもないだろ」

 

 それはそうである。

 亜夜子は…というよりも四葉は今から彼に何をするのか分かったものではない所,本当に命を握られている状態でありその発端となったのは亜夜子との出会いだ。

 この2人には遠慮がそれほどなくなっているし,焔矢も亜夜子だから監視や盗聴その他もろもろ許している…歪んだ関係なのかもしれないが,遠慮する間柄じゃないというのも本心だった。

 

「で,なんでそんな不機嫌なの」

 

 少なくとも今殺されない事は分かっているからか,場を明るくしたい事に必死な事が丸わかりだったが亜夜子の方も…溜めていたものがあったのか意外にも早く会話を成立させた。

 

「ご自分の胸に問いかけたらどうでしょう?」

「え?」

 

 訂正,成立したものを直ぐに破綻させてきた。

 焔矢は本当に意味が分からないようで瞬きを2回した後,困惑の顔を浮かべてプイッと外を見始めてしまった亜夜子に慌てて声をかける。

 

「俺何かしたか?」

 

 亜夜子と夜の公園で会ったあの日からまだ5日位しか経っていないが,その間に彼女に会って来なかった。せいぜいが情報端末を介した文字でのやり取りで別に彼女の機嫌を損ねるような事をしてはいなかった筈だ。

 もしかしてだいぶ前の激辛ラーメン事件かもしれないが,あの制裁と言う名の亜夜子のイタズラを甘んじて受けた跡なので今更蒸し返さないだろう。

 本格的に焔矢は亜夜子の考えが分からなくて疑問符を浮かべまくる。

 

 流石に亜夜子もノーヒントでは不憫だと思ったのか,それとも自分で正解を辿らせて弄りまくろうという算段だったのか…真偽はともかく彼女はあくまでも平静に続けた。

 

「焔矢さん,生徒会長になるそうですね」

 

 ニコリとも笑わず,淡々と事実を確認した。

 焔矢の学校では生徒会選挙は2学期開けてからなのだが,そのための立候補日は7月にもなろうかというこの時期に行われる。基本的に焔矢の高校で生徒会長というのは2年生の一番成績が優秀な生徒…つまり今年は焔矢に声がかけられる。

 生徒会長の肩書きはいつの時代も就職をするにしても有力なものであり,それは現代における生徒会というのは学校の自治活動の権限を与えられいわゆる大統領型に近いものだからだ。

 その為,生徒会長の力量によってその年の高校生活の良し悪しが決まって来る。他の役員の任命権も生徒会長が持つし,普通の学生よりもずっと高い権限を持つとも言える。

 流石に魔法科高校の生徒会程世間に対する影響力はないが,それでも生徒会長という役職は魅惑的なものでもあるのは間違いなかった。

 閑話休題(それはそれとして)

 亜夜子の確認に別にやましい事はしていないと思っている焔矢はこくっと頷いた。

 

「別にやりたい訳でもないんだが,ほぼ押し付けられたんだ。…それがどうしたんだ?」

 

 なぜそれを知ってるいる?ではなく,そのまま続きを促した。

 本来学校行事である生徒会選挙,それもまだ候補者を絞るだけなのに焔矢が出馬する情報が亜夜子に伝わっている事にもう何も疑問を持たなかった。

 正確には興味を持ったら終わりだと思っている。たかが私立高校の生徒会選挙の情報,それも焔矢絡みなら四葉の情報網をもってすれば簡単に分かるだろと諦めの境地で考えているからだ。

 

 焔矢の言葉を聞いた亜夜子は,今度はニコリと――ただし眼は笑っていない――微笑んで何でもない事のようにあっさりと言い放った。

 

「先日は大層可愛い女性と一緒に下校していましたね」

 

 大層可愛い女性…つまり,焔矢の高校の現生徒会長なのだが亜夜子は笑っているのに目が笑っていない表情で,淡々と告げたことが却って冷たい印象を強くする。

 焔矢は亜夜子のその言葉で当時の事を思い出したのか,別に悪い事をした訳でもないのに変に言い訳じみたように身振りしながら答える。

 

「いや,あれは生徒会について教えられていたのであって別にそれ以上の意味はないって!」

「そうでしょうか,少なくとも…向こうにはその気がありそうでしたが?」

 

 その気とはつまりその気であり,伴野によって報告された焔矢と現生徒会長の下校の様子は亜夜子の中に既にインプットされて…同じ女性としての視点として現生徒会長が焔矢に恋愛感情を持っているのではないかと勘繰っていた。

 

「向こうにあったとしても俺にはないって!」

 

 亜夜子の不機嫌な理由がそんな事だと思っていなかった焔矢は急いで彼女の誤解を解こうとあれこれ模索するが,そもそもで亜夜子にその気がなければこんな事で不機嫌になるはずがない事はすっかり焔矢の頭の中から抜け落ちてしまっていた。

 

「それはなぜ?」

「だって俺は亜夜…」

 

 そんな状態だったせいか,いつもなら引っかからないような誘導にもあっさりと引っかかってしまいハッと慌てて口を閉じたが時既に遅し,鈍感な人間であれば疑問符を浮かべる展開なのだろうが,亜夜子は鈍感ではない。

 彼が出しかけた言葉の意味を,一言一句違わず理解した亜夜子は不機嫌そうだった表情から一転,ニヤ~とした,まるでおもちゃを見つけた子供のような笑みを浮かべた。

 

「私が…なんですか?」

 

 言いながらわざと,身体を寄せて密着するかどうかのギリギリまで詰め寄った。まるで誘うかのように,ただし悪魔の誘いなのは目に見えて明らかなのに彼女には抗えない色香があった。

 彼女がより近くなった事で焔矢の鼻腔に,しつこくない,まるで身体の制御を奪うかのようなローズのような香水の香りも漂ってきて別に変なことをしている訳でもないのに心臓の音が早くなってしまう。

 

「だ…だって…」

 

 嵌められたことを理解したが時既に遅し,亜夜子から漂う妖艶な香りと雰囲気によって煩悩が変なことにならないように理性と言う名のブレーキをかけてこの状況をどうするかと,頭をこれでもかと回転させ…

 

「だって俺は怪しい事なんてしてないし!」

 

 そして,一所懸命捻った結果そんな事を言った。しかし,亜夜子はそれで流されるほどお気楽ではなかった。ニヤリとした笑みを抑えず寧ろそのまま首をこてんと傾け

 

「まぁ!妖しいだなんて…一体どのような事でしょう?」

 

 怪しいと妖しい,発音は同じであるにも関わらずそのニュアンスは全く違う。焔矢は彼女のいう「あやしい」が「妖しい」に変換されているのを感じた。

 

「いやそっちの妖しいじゃなくて…」

「ではどのあやしいでしょう?」

 

 妖しいを説明しようと思えば,口では憚られるような事も言わなければならず亜夜子に対してそんな事を言えるわけがない焔矢はカーッと顔を赤くして…四葉本家に着くまで焔矢は亜夜子の弄ばれる事が決定してしまったのだった。

 交渉の素人である焔矢が,交渉が得意な亜夜子の話術で勝とうなんて100年早かったのである。

 

 

 ★

 

 

 羞恥の時間を逃げ場のない車内で過ごした焔矢は,精根尽きたと言った様子で車を出て…圧巻の佇まいを誇る和風の屋敷を前に思わず感嘆した。

 現代の都市化が進んでいる日本において,映画に出るような和風の屋敷を見るにはそれこそ京都や奈良にまで行かなければならないのだが,よもや東京にまだ近いこんな場所に立派な建物があるとはと思ったのだ。

 

「いつまで突っ立っているのですか?」

 

 車から護衛にエスコートされながら降りた亜夜子が,呆気に取られている焔矢をジト目で見ながら言うと焔矢は顔だけ振り返って感嘆が抜けない様子で

 

「亜夜子って…ほんとにお嬢様だったんだな」

 

 さっきまでの車内での焔矢弄りのせいで今の焔矢は少し子供に戻ってしまっていた。そうしないと彼女からの弄びに堪えられなかったからだが,車から降りた今でもまだ子供っぽくなってしまっていた。

 

「ふふっ,見直しましたか?」

「見直したというか…なんかツッコむのも疲れて来たなって感じだな」

「今頃ですか?」

 

 呆れたような眼で焔矢を見て,ため息を1つついた亜夜子はそのまま焔矢の隣を過ぎ屋敷の門へ歩いて行った。焔矢もお泊り用の(既に黒服によってチェック済み)ボストンバックを持ち上げて彼女の後を追う。

 門を過ぎ,玄関にまで着くと恭しく待っていた女性の家事使用人によって亜夜子とは別れ焔矢はそのまま使用人に案内されて宿泊する部屋へと案内された。

 事前に和室か洋室か聞かれていたので洋室と答えていたが,まごう事なき洋式の…そこらへんのホテルよりも数段豪華な客室へと案内された。

 

「音羽様,奥様より伝言を預かっております。」

 

 取り合えず…少し部屋が綺麗すぎて委縮したままベッドの下にボストンバッグを下ろしたら,案内してくれた使用人の女性がそう言葉を告げる。

 この場合の奥様というのは,言うまでも無く四葉家現当主である四葉真夜の事だろう。焔矢的には彼女の様付の方がビックリするのだが使用人は焔矢の少しの表情の変化にも気にも留めなかった。

 

「19時に奥の食事処に来てくださいとのことです」

 

 そう言うと,焔矢の情報端末に着信が入り目の前の使用人が頷いたのを見ると,彼女が予め送ったものだろう。なんで連絡先を知ってるとか,ツッコミはもう疲れると身に染みて知っているしきっとあっさりとハッキングした時にとか言ってくれると思ったので黙っておくことにした。

 送られてきたのはこの屋敷の見取り図と思わしきもので,内心良かったと思ったら次の瞬間には見取り図は消えてしまっていた。どうやら見るのと同時に勝手にデータから消えるような代物だったらしい。

 

(えぇ…)

 

 と呆気にとられた気持ちで使用人を見ると,彼女はどこ吹く風と言った様子で淡々と説明を続けた。

 

「なにか御用がありましたら,机の上の呼び鈴をならしてください。」

「分かりました。」

 

 頷いた焔矢を見て,使用人は音もたてず部屋を後にした。

 はぁと,一息ため息をついた焔矢は机の椅子に腰かけた。約束の時刻まであと2時間ほど,情報端末に電波は届いてはいるが,四葉の屋敷内である以上監視されているのは当然とも言える。

 暇つぶしの為に持って来たノートパソコン型の情報端末とヘッドホンを取り出して作曲作業をする事にしたのだった。

 

 作曲に夢中になって1時間半ほど過ぎた時,情報端末の端にある時刻を見て作曲の手を止めシャットダウンをして背を伸ばした。

 

「はぁ…こんなものかな」

 

 といっても,今の作曲は別に音羽焔矢としてでも,Alter Egoとしての曲ではなくただの思い付きのようなもの。そこまで重要なものではないのだ。

 焔矢は椅子から立ち上がり,ボストンバックから亜夜子の予め言われていた通り持って来たスーツを取り出して着替える。

 スーツは今のレーベルに所属する時に大原がいつか使うだろうという理由でプレゼントされたものだった。

 白シャツに赤のネクタイという少し遊びすぎとも捉えかねない微妙な色合いだったが,ともかく準備は完了した。

 先程のメールのマップ…は消されてしまったが,あれも焔矢に完全記憶能力があると知られているが故の対応だろう。もし焔矢にその能力が無かったとしたらこの屋敷を離れる時に消去させていた筈だ。

 部屋を出て,廊下を歩く焔矢。

 

「…広いな」

 

 屋敷の中は見た目に違わず広く,予めあのマップを渡されていなければきっと迷子になっていただろうと思った。屋敷の中にはさっきの使用人以外の女性達がそれぞれ手入れとかをしていたが,誰も焔矢に気に留める事は無かった。

 その方が逆にありがたいので特に気にせず歩いていると…角の通路から使用人とは全くもって違う雰囲気を纏った女性が躍り出た。

 

「…っ」

 

 一瞬,女性が纏う美しさと妖しさを感じた焔矢は思わず息をのんで立ち止まると女性の方も気が付いたのか,はたまた最初から気が付いていたのかは定かではないが振り返った。

 焔矢の視線の先には美しく着飾った亜夜子がいた。いわゆるカクテルドレスという,黒色のワンピース型のドレスだった。飾り気がないシンプルな礼装,だからこそ彼女の美しさが惜しみも無く焔矢に晒されていた。

 おまけに,普段はミディアムレイヤーの大人っぽい髪型だったのが,今は下ろされていて普段との違いに頬を熱くした。

 彼女も焔矢のスーツ姿というのは初めて見たが…色んな人のスーツ姿を見る事が多いので特になんの感慨もわかなかった。代わりに彼女は焔矢に歩いて近づき,その艶やかな動作に思わず後退してしまいそうになった焔矢を気にすることなく手を伸ばして…焔矢のネクタイを掴んだ。

 

「きちんと絞めてください。だらしなく見えてしまいます」

 

 そう言って亜夜子は通路の途中であるにもかかわらず,細くしなやかな指でネクタイの結び目を解いた。それだけでなく,そのままネクタイを締め始めた。

 すぐ目の前に亜夜子がいる状況,それも普段よりも数倍大人に見える彼女にドギマギしながら焔矢は亜夜子の好きなようにさせていた。というか…彼女から感じる密かな香りによってそれ所ではなかったというのが本音だった。

 

「…終わりましたよ」

 

 やがて虚空で羊を数え始めていた焔矢の意識に亜夜子の声がかかって現実に意識を戻しながら自分のネクタイを見ると…

 

(何が変わった?)

 

 結び目を解かれる前とそれほど変わっていないように見えた。だけどまた結びなおされてしまった反面,どこが違うのかと問いかけるのも憚られていたしそれよりも予定の時間が迫っていた。

 

「参りましょうか」

 

 同じことを考えていた亜夜子が踵を返し,焔矢もその隣を歩いて…予定の場所に辿り着いた。

 亜夜子が一礼して扉に入ると,彼女に見習って焔矢も一礼してから入る。中には丁度3人が座れるほどの大きさである円形テーブル…見るからに高そうな素材が使われたものが置いてあった。

 しかし部屋は広く,あの円形テーブルの広さは少々部屋にあっていないのではないかと思ったが,口にする事はしなかった。

 中で待っていたであろう使用人が2人の席——隣同士である――を引きそのまま2人が椅子の前に付くとそれを待っていたかのように奥の扉が開き…そこから亜夜子と似たような,ただし迫力は亜夜子以上の女性が執事である白髪の老人と共に現れた。

 

 彼女が現れたのと同時に部屋の気温が冷えたと感じたのは…焔矢の勘違いではなかった。

 隣にいる亜夜子もかすかに身体を強張らせたのを感じたことからも,噂に違わぬオーラを目の前の女性は持っていた。

 年齢は49歳,それにもかからわずまだ老ける兆候は見られず寧ろ若々しいとさえ思った。妖しく浮かべる微笑も,目の前の相手を見下すかのような冷たい殺気もこれまで出会って来たどの魔法師たちともその密度が桁違いだと焔矢は思った。

 

「ご無沙汰しております,ご当主様」

 

 少し迫力に飲み込まれていた焔矢の隣では,淑女の仕草で一礼しながら亜夜子が挨拶をしていた。

 彼女…四葉家現当主である真夜は本音かどうか分からない笑みを浮かべた。

 

「直接会うのは久しぶりね,亜夜子さん」

 

 今年の新年が開けた時からなのでもう既に半年は経っていた。久しぶりというにも違和感がない。

 顔を上げた亜夜子を見た後,真夜はその隣の焔矢へ視線を移した。

 真夜の冷徹とも言える,考えが読めない瞳と焔矢の金色の瞳が交錯する。

 

「初めまして,音羽焔矢さん。」

「…はい,四葉…真夜さん」

 

 亜夜子が隣で少し焔矢が睨んだが,焔矢は特に気にする事も無かった。

 亜夜子が睨んだのは「お招きいただきありがとうございます」みたいなことを言うべきだと思ったからであるが,そもそも招いたのは真夜であるけども別にそれは焔矢が頼んだ訳でもない。

 真夜の予定に,あくまでも自分が付き合っているという意識の方が焔矢には強かったのだ。

 だからそんなへりくだるような事を今言う必要を感じなかった。幸い真夜の方も自分が呼んだ意識の方が強かったので焔矢の傲慢とも言える態度には何の反応もせず,2人に席を勧め,彼女自身は上座に座った。

 

「失礼します」

 

 そう言って焔矢は隣の亜夜子と一緒に引かれた椅子へ座った。

 三角形のような位置取りで,焔矢の背後の扉から次々に料理が運ばれてきた。

 

「先ずはディナーにしましょう?お話はそれからに」

 

 わざわざこんな所にまで読んで会話なしで帰れてるとは思っていなかったが,まさか胃袋から掴みに来るとは思わなかった。

 交渉ごとの席に料亭を選ぶのとかはいつの時代も変わらないものであり,彼女がそう言った手順を踏んだのは正直焔矢には意外だと思った。

 公開されている情報よりかは…幾分かまだ話が分かる人なのかもしれないと微かな希望を抱いた。

 

 因みに出て来た料理は洋食であり,しっかりとカトラリーも用意されていて焔矢は密かに亜夜子に感謝をしていた。

 予め聞いていたとはいえ,テーブルマナーの資料を一週間前まで見たことが無かった焔矢では下手なことをしてしまうかもしれなかった。

 亜夜子がある日思い出したようにテーブルマナーの事を教えてくれたおかげで,テーブルマナーについて覚える時間が出来ていたのだ。

 そうして出された食事を,3人は他愛のない――主に焔矢の高校の話を餌に会話と共に頂いていた。

 

「生徒会長に推薦されるなんて凄いのね,焔矢さん」

 

 本当は凄いと一ミリも思っていなさそうな声色で称賛する真夜を,自分のペースを思い出したのか焔矢は特に気にする事も無かった。

 

「ありがとうございます。ただ,俺が通ると決まった訳でもないので何とも言えませんよ」

 

 実際まだ推薦された段階であって選挙をした訳ではない。

 

「でも信任投票なのでしょう?」

 

 暗に逆に落選する可能性があるのかと問いかける。実際今の所焔矢以外の出馬者は2学期になってからじゃないと分からないのだが,件の現生徒会長によると今の所焔矢だけらしい。

 真夜も亜夜子の報告や他の情報網によって焔矢の人柄は把握している。

 ステージの上では敵を作りまくりそうな性格をしているが,日常生活の彼はそれなりに人に優しい面がある。少なくとも信任投票で落選してしまうようなそんな傲慢無知な男ではない筈だと。

 

「どうでしょうね…()()が世に出てから,少し敬遠している奴もいるんですよね」

 

 あれ,とは言うまでも無く精神体召喚魔法…焔矢が使える唯一の魔法だ。魔法科高校に入っていない生徒は,基本的に魔法師じゃない事が多い。

 そもそも魔法師が希少の才能なのだから人数がいないという事情がある。

 

 だが逆に言えば,周りが魔法を持っていないからこそシンパシーを感じる一因にもなり得る。魔法科高校でも切磋琢磨しているが,学校によっては補欠とかと別れてしまう時代だ。

 今はマシだろうが,昔であれば魔法師の中にこそ優越感と劣等感のせいで溝が産まれていた筈だ。魔法科高校以外の普通の高校ではその境目がない…つまり魔法を使えない一般人という共通点がそれなりに壁を無くしてくれていた。

 

 だけど,そこに本当は魔法が使える人間がいたら?

 裏切られたと感じる人間が出てくるのも不思議じゃなかった。

 

「まあ,正直生徒会長とか興味ないので落選なら落選で構いません。」

 

 本当にそう思っているので特に悲観もすることなく肩を竦める。

 その行動と同じくして,焔矢も亜夜子も真夜も目の前のディナーを食べ終えた。

 

「さて」

 

 居直するように姿勢を正した真夜の気を取り直すかのような声に,使用人が食器をかたずけてくれているのを横目に焔矢は内心「いよいよか」と気を引き締めた。

 亜夜子は最初から自分がただの仲介役だと思っているので,グラスを手にしたまま2人を見守った。

 

「デザートの前に,今日の本題に入りましょうか」

「本題…ですか」

 

 分かってはいたが,今までの会話はただの余興だったようだ。

 別に洗脳されるような事はそもそも焔矢の体質的に出来ないが…果たしてこの人がそんな甘っちょろい考えをしているとは思えなかった。

 どんな話をするのか,どれだけシミュレーションをしても結局どれも”生温い”と感じてしまった。

 つい眼の力が強くなっていたのか,真夜はまるで子犬を見る様な眼で

 

「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ?これはあなたにとっても悪い話ではないのだから」

「と,言うと?」

「そうね…音羽さんはご自身の魔法について,世間にどれほど影響を与えていると思いますか?」

 

 まるで先生のように問いかけた真夜の眼は,焔矢がどんな答えを出すのか楽しむかのように微笑んでいた。

 

「他の人がどう思っているかはともかく…セオリーじゃないが故に興味の対象,位じゃないですか?どうやっても戦闘には使えない代物ですし,その内下火になると思ってます。」

 

 そう言うと,隣から隠し切れない呆れたような大きなため息が聞こえて来た。そちらに向くと呆れよりも寧ろ侮蔑の眼を浮かべる亜夜子の姿があった。

 

「亜夜子…なんで凄い軽蔑したような眼で見てくるの?」

「呆れました,あなた…自分の魔法がどれほど規格外なのか理解していないのですか?」

「え…?」

 

 これまで魔法に携わって来なかった焔矢に,自分の魔法の凄さを分かれと言われても自分では精神体を召喚する事くらいしか――それでもエイドスに彼らの想子情報体を固定するのにコントロール力が必要となるが,逆に言えばそれだけで別に他人を殺傷する事は出来ないので魔法師を兵器にしようとする輩の望むものではないと理解されているはずだ。

 そして実際焔矢は焔矢でこの騒ぎもその内収まって,自分達は普通に音楽をする事が出来るはずだと思っていた。

 

「ご当主様,少し口を加える事をお許しください」

 

 亜夜子はその説明の前に真夜へ確認を取ると,真夜は面白そうにしながらもそれを許可した。亜夜子は身体を少し焔矢の方に向けた。

 

「焔矢さんには意外かもしれないですが,未だ現在において”精神”というものは完全には解明が出来ていません。」

 

 それは確かに焔矢にとっては意外なことだった。

 自分がこうして好きにとは言えないが,中の仲間達が呼んでくれたら大体彼らの精神世界に行って会話をする仲だし,そもそも魔法にだって精神干渉系魔法というものがある位だったから精神というのも資料とかがないだけでとっくに明らかになっているものだと思っていたのだ。

 

「ですが…Alter Egoの皆様は自分達の強い想念によってあなたの中で生きて,そして必要とあれば外に姿を現す事が出来ます。更に言えば精神体の彼らの音は人の心の中にまで響かせてきます。」

「うん…あいつらの音はアンプとかエフェクターとかがなくても俺の理解出来る音と知恵での範疇なら出せるしな」

 

 だからライブでは,焔矢のギターに音の大きさを合わせたり,焔矢がギターを使わずボーカリストとして演奏する事で音の整合性を保っていたのだ。

 …そもそも聴いている人間には精神に直接叩きつけるから,音の整合性を保つためという体裁が強いが。

 

「それは今重要ではないのですが…,とにかくあなたは今この世界でたった1人の…”精神”と深く繋がっている人間なのです。」

「…もしかして,その”精神”とやらを調べるために狙われるくらい?」

 

 亜夜子の言葉からようやく彼女が何を言いたいのか理解した焔矢は恐る恐るといったように問いかけた。彼女は茶化す事もせず真剣な表情で頷いた。さらに言えば

 

「狙われるなんて生温いですね。寧ろ,研究目的な人体実験されても可笑しくありませんわ」

「…」

 

 そもそも…精神に由来した焔矢の魔法が暴走した結果他者の魔法演算領域のロックを外すのだから,精神のまだ分かっていない所には魔法力を純粋に伸ばす事が出来る何かがあるのかもしれない。

 焔矢自身はその時の能力を未完成,それか欠陥と呼んでいるだけであって一部の人間からは喉から手が出る欲しい代物だ。

 一般人視点から見るのなら,仲間の精神体を召喚し共に演奏するというまさに奇跡の光景に眼が行くわけだが,生粋の魔法師であればその光景ではなく結果に興味を持つのは当然だった。余談だが,達也は完全に後者の人間だった。

 

 そこまで話を聞いた焔矢は,口を挟まない真夜の方へ向き直った。四葉家は昔,既に廃棄になった第四研究所…精神干渉系の術式を研究されていた所で実際四葉は精神干渉系の魔法を使えるものが多数いる。

 亜夜子はそうではないが,彼女の弟である文弥は適正が高い。

 そして…そんな彼女達を束ねる現当主,”精神”に関する魔法を彼女が欲しがらない訳がないと今更自分の置かれた状況を理解した焔矢がやっぱり警戒した眼で真夜を見る。

 

「殆ど亜夜子さんが話してしまったけれど,これであなたの魔法がどれだけ稀有なものなのかご理解していただけましたか?」

「イマイチ実感が湧きませんけど…一般的な意味でも魔法師的な意味でも珍しいのは分かりました。」

「分かっていれば良いのですよ。」

 

 この事情を知っているのと知っていないのではこれからの対応に差が出てくる。これまで以上に周囲を警戒せにゃならんのか,そもそも俺はここから無事に帰る事が出来るのだろうかと思いながら真夜の顔を見る。

 

(めっちゃどうでも良いんだが…この人微妙に亜夜子に似てるんだよな)

 

 本当にどうでも良い事を考えて現実逃避をしながら,長いようで時間にして数秒…お互い見合っていた焔矢と真夜の視線の交錯は,真夜がくすっとした笑みを浮かべて終幕した。

 さっきまでの話の流れからして,正直真夜が焔矢をそれこそ人体実験に使いたいとか言い始めるのかと思ったが…予想を斜めに行った

 

 

「単刀直入に言うと,四葉はあなたが欲しい」

 

 

 本当に捻りも何もない言葉だが,それ故に絶大な意味を持つ言葉だった。呆気にとられたのは焔矢だけではなく亜夜子もそうだった。

 てっきり何か非合法の交渉でもするのかと2人とも思っていたのだ。だが,この言葉だけではどういう意味なのかは図れない。背中に冷汗が出ているのを感じながら焔矢が問いかけた。

 

「それは実験動物としてですか?」

 

 不遜極まりない態度であるが,真夜は特に気にする事も無く妖艶な笑みを浮かべて否定した。

 

「いいえ,人間としてですよ。そもそもそんな事をするのだったら招待なんてしないで最初から拉致監禁しているわ」

 

 さらっとおぞましいことを言ってのける辺りが却って本気なのだと伝わって来る。

 

「もちろん,これまで通りあなたは音楽活動をすることも出来ますし特別本家のお仕事をしてもらう訳でもありません。データの収集や聴取をしたり研究に協力してもらう事はあるかもしれませんが,それ以外は今の生活とほぼなんら変わらない事を保証しましょう」

 

 データの収集とか聴取とか,正直焔矢には何をするのか見当もつかないことだがそもそも焔矢にはこの申し出を受けるメリットがどこにあるのかが分からなかった。

 今までの生活と変わらないのなら,別にこれを断っても良い筈だと脳に警鐘が鳴り響かせながら考えた。

 

「…俺はその保証と引き換えに一体何を得るんですか?」

 

 四葉に”保証”される…その意味は焔矢の想像以上のものなのだが,イマイチピンと来ていない焔矢はそれを疑問として投げつけた。

 今までの生活を保証,言っていること自体はとんでもなく魅力的に見えるものだが実際それは真夜が焔矢を欲さなかった場合でも継続した”いつも通り”の生活だ。

 保証もなにも,それを壊すかどうかの選択権を自分達が握っているのに,ただの平和な生活をまるで見逃してあげるみたいな言いぐさに眉を顰めるのは仕方がない事だった。

 

 しかし,亜夜子にはその意味が分かったのか信じられないと言った眼で当主を見つめる。真夜は言い方が悪かったと思ったのか,今度は言い方を少し変えた。

 

「”安全”,ですね。」

「安全…?…あ」

 

 そこまで言われて焔矢は真夜が言った保証の意味をようやく理解した。

 彼女の言う今までの生活,それは裏を返せば焔矢が四葉に下る限り焔矢の身の安全を…つまりどこぞの研究者や,他の国の諜報員,はたまた十師族からこれから被るかもしれない火の粉を四葉が守ってくれるという意味だったのだ。

 

 それだけならこの2週間の生活と大して変わらないと思うかもしれないが,この2週間は真夜が焔矢を見極めるための期間であり,その間に他勢力に奪われないために焔矢を守っていたのであって本来四葉に焔矢を守る義理はない。

 だからもしこの申し出を受けないのであれば,焔矢はこれから先自力でそれらのフィジカル的にも能力的にも到底及ばない連中を相手に音楽活動を続けて行かなければならない。

 ぶっちゃけそれは到底不可能である。焔矢に戦闘能力はほぼ皆無に等しいのだから,恐らく悲惨な目に会う事は想像に難くない。

 

 いくら稀有な能力者であっても,ここまで破格な待遇は珍しいものだと亜夜子は思った。これがそこら辺の警備会社から出される安全程度であれば少し能力値的に疑いたくもなるが,四葉が守るという意味は,焔矢を身内として迎えるので彼もまた「アンタッチャブル」の人間になるという事だ。

 その意味を知らない人間なんてこの世界にはいないのだから。

 

 真夜は感情が籠っているのかよく分からないニコリとした笑みを浮かべた。

 

「ご理解が早くて懸命ですね。それでどうでしょう?ああ,もちろんこれにはヨルちゃんの安全も含まれていますからご心配には及ばないわ」

 

 飼い犬までその安全とやらに入れてくれるという破格ぶり,そしてこの一言は焔矢の心をぐらかした。

 ヨルは焔矢にとって最後の家族であり,まだ子犬なのも合わさって守らないといけないという意識が強い。そのヨルが自分のせいで狙われるかもしれないと,それも自分を呼び出すための人質になった挙句殺されてしまうと分かっているのに…自分は迷いなく助けに行くだろうという確信があった。

 それが地獄への片道切符だとしても。

 

「…1つ,お伺いしたい事があります。」

「なんでしょう?」

「隣の亜夜子には,最初は監視,次に捕縛を命じていたであろうあなたがどうして今になって正当な手段で俺を欲するんですか?」

 

 真夜の言うように,焔矢を拉致しようと思えばいつでも出来たのだ。それは焔矢が警戒心がないからとか,魔法を使えないからとかの理由だけではなく,純粋な力の差としてあるからだ。

 もはや犯罪行動が当たり前のように出てしまっているが,そんなものはもはや些細なこと。

 焔矢の興味は今,戦力的にはただのお荷物である自分を何故真夜が欲するのか,言い換えれば守る対象に入れてくれるのかだった。

 

「そうね…理由は2つ,1つは贖罪…かしらね」

「…黒羽貢のことですか?」

 

 同情をあなたがするのかとでも言いたげに目を細めた焔矢だったが,真夜は気にする事も無く会話を続けた。

 

「ええ。飛行機内で暗殺する方があの時は安全だったのよ…自爆は本当に予想が出来なかった事。もちろんあの件があったから今のあなたがあるなんて台詞を言うつもりはないけれど,あなたから全てを奪ってあなた自身も奪うのは少し,ね」

 

 真夜の表情や身体の動きからは,特に嘘の兆候を感じ取ることは出来なかった。だけど焔矢は本気で信じる気にもなれなかった。

 だけど理由としては一応筋は通っていた。

 彼女に対するコメントは飛ばして,2つ目の理由を促した。

 

「2つ目は簡単よ?あなたの音楽が気に入ったから」

 

 しかし,2つ目の方がよっぽどビックリしたかもしれない。「え?」と口を変な形にして止まってしまった焔矢だったが,そんな反応をする彼をおかしそうに笑った真夜だ。

 だが焔矢にしてみれば驚くなという方が無理で,俗人的な趣味があまり見えない真夜の口から自分の音楽が気に入ったからと言われても驚くなという方が無理だっただろう。

 

「そんな意外そうな顔をしなくてもいいじゃない,私だって音楽を嗜む事はありますよ?」

 

 嗜むの部分が思いっきり嘘であるが,実際真夜は2回目のライブで焔矢の音楽をそれなりに気に入っていたのも事実だったりする。

 それは世界に対して並々ならぬ思いを抱いている真夜の心情と欲望を,焔矢の世界を変えるという意志に少し重なって見えるからだった。

 

「達也さんとは違うやり方で世界を変える,あなたの生き様に興味を持ったのよ」

 

 達也が魔法師の人権保護の為に動いている現状,魔法師を現代社会にとって必要不可欠な存在にして社会での地位を確立して普通の人間との共存を手に入れようとしているならば,焔矢は音楽によって魔法師も,そうじゃない人間もたった1つの音楽で共存の道を歩ませる。

 やり方は技術的にか感情的にかの違いはあれど目指す終着点はそれなりに同じなのだ。

 まあ,達也の場合は邪魔をする場合暴力行為をいとわないと明言されて焔矢はそんな事出来ないのだが。

 

「どう?この答えで満足したかしら?」

「納得はしました。」

「それなら良かったわ。それで…答えを聞かせてもらえますか?」

 

 数秒,眼を閉じて焔矢は思考を回した。

 真夜が提示した条件は利欲を求めたものであっても,焔矢とヨルの保護も入っている。この会話に持って行く為だったとしても,焔矢が狙われるという話は理にかなっているし実際ここ最近は興味以外の視線も増えていた。それはいつの間にか消えていたので気にしてこなかったのだが,条件としては魅力的だ。

 それもあの四葉が,敵ではなくあくまでも協力関係になってくれるだけで幾分か気は楽になる。

 

 問題は研究とやらの内容だが…音楽活動に支障がないのなら問題がない。色々天秤にかけた結果…

 閉じていた眼を開け,なんだか思い通りに動かされている感がぬぐえないけれど

 

「…はぁ,分かりました。お話をお受けします」

 

 隣の亜夜子は予想外の展開に驚愕を露にしていたが,真夜にとっては予定調和だったのでニコッと微笑んだ。

 

「ええ,これからも励んでください。では,デザートにしましょう」

 

 何事も無かったかのように使用人に声をかけ,あっと言う間にデザートの時間になってしまった。

 あとはただ団欒の時が過ぎていく…それだけだと思っていた焔矢は真夜が一口デザート食べたのを見て自分も食し始めた。

 ビックリするくらい甘さと爽やかさが混じりあって非常に美味だった。

 

 爆弾が唐突に放り込まれるとは思いもよらなかった

 

 真夜が「そうそう」と何かを思い出したかのようなフリをして

 

「ああ,あなたをどう四葉の身内として証明するかなのだけれど…」

「…無難に契約書ですか?」

「それでもかまわないけれどもっと簡単な方法があるわ。」

 

 確かに今のままではどう四葉の身内として証明するのか焔矢も良く分からなかったのだが,契約書で四葉の身内ですというのも何だか変な話である。

 でも焔矢にはそれ以外の方法が思いつかず,純粋に音羽焔矢を1個人として守ってくれるものだと思っていたからそもそも身内の証明がいるのか?とか思っていた。

 だが,真夜がこれからどんな反応をされるのだろうと,楽しみそうな微笑を見て何だか胸騒ぎを覚え…

 

 

「亜夜子さんと婚約すれば,正真正銘四葉の人間ですもの」

 

 

 

「けほっ!」

「——っ?!」

 

 

 余りの不意打ちに焔矢だけでなく,隣でデザートを口に入れた亜夜子も思わず噎せ返ってしまった。亜夜子は流石と言うべきなのか,咄嗟の反応で口元を行儀よく抑えはしたない声が出るのを塞いだが,それでも顔は戸惑いと一緒に熱を上げていた。

 そんな2人の様子を真夜は口元を抑え肩を震わせて見ていた。

 真っ先に復活したのは亜夜子で,これまで焔矢の教授をする以外に口を出してこなかったがこればかりは口を挟まずにはいられなかった。

 

「お言葉ですがご当主様,なぜ私との婚約なのですか?焔矢さんの言うように契約書でも十分な筈です」

 

 一見焔矢を突き放しているように見える言葉だが,勝手に色々決められた弊害で焔矢は不快感を覚えることなく亜夜子の言葉に「そーだそーだ!」と声なき声援を送る。

 ただし亜夜子も本当は契約書なんて要らない事を知っているはずなのに,そんな事を持ち出してしまっている時点で相当動揺しているのが眼に分かる。

 だが

 

「亜夜子さんは焔矢さんの事を好いていると思っているのだけれど…」

「…っ,以前にも申し上げました通り…」

「でも焔矢さんは今では10流以下とは言え魔法師よ?」

 

 魔法師じゃない人間を好くことはない…そう言った事がここにきてまさか反撃に使われるとは思っていなかった亜夜子は徐々に頬を熱で侵されながらもこの急展開をなんとか切り抜けようと模索したが…

 唐突に真夜の背後からなにやらスクリーンが降りてきて

 

「それに,こんな事をしてるのだから到底好きじゃないとは思えないのだけれど」

「「~~っ!!」」

 

 スクリーンに映し出されたのは,亜夜子が駅で個別電車に乗り込む前…亜夜子が焔矢に迫り頬とはいえキスをしているシーンだった。

 ここが海外とかならあいさつ代わりとかいくらでも言い訳は出来たのだが,ここは日本でありあいさつ代わりのキスなんて文化はない。

 少なくともそれなりに気を許していないとしないキスをした事の意味は”好いている”と捉えられても仕方がない事だった。

 おまけに大画面でそんなシーンを公開処刑に使われた2人は,もう反撃が出来ない状況になってしまっていた。

 

 絶句して開いた口が塞がらない亜夜子に,真夜が声をかけた

 

「亜夜子さん」

「あ…はい」

「彼があなたの婚約者です」

 

 そうして告げられた現当主の”命令”に,亜夜子が逆らえるはずも無く…2人は婚約者という間柄になったのだった。

 




お疲れさまでした!


音羽焔矢×黒羽亜夜子…ご当主様命令により婚約,真夜はしっかりと焔矢の弱点であるヨルを引き合いに出す事で焔矢を頷かせました。
まあ,亜夜子との関りを見ていたらヨルが弱点というのは見ていたら分かるレベルで焔矢はヨルを溺愛しているので仕方がないですね。

ただ,ご当主様命令とは言えこのままでは愛もなにもあったものじゃないので,あくまでも決着は本人達に付けさせようと思ってます。


次話は2日後のこの時間の予定です!
では~

どのお話見たい?

  • 達也&焔矢(UBW強化話?)
  • 空澤&焔矢(亜夜子についてあれこれ話す)
  • 貢&焔矢(修羅場)
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