魔法科高校の劣等生 黒羽の姫と焔の絶対王者   作:レオ2

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はい!
本編最終回のエピローグになります!
ただ,エピローグと言っても普通にアフターストーリーは展開していくので焔矢の身の回りを四葉がどうしていくのかくらいのお話です。

では!


エピローグ 世界を変える一歩

 黒羽亜夜子と,音羽焔矢の婚約というニュースは吉報?となって真夜の元に届いた。

 しかし,真夜自身はそれほど驚くような事はしていない。元より自分が,2人の反応や調査をもってして婚約させて焔矢を四葉に縛り付けた方が良いという打算的なもので,亜夜子の気持ちも彼女にしては珍しく顕著に態度に現れていたので婚約させたのだ。

 全てが予定調和の真夜にとって,寧ろ自分に怖気もせずに亜夜子の幸せを願うが故に猶予期間が欲しいと言った時は本当に面白かったのだ。

 アンタッチャブルと呼ばれ始めて,自分が当主になってから畏怖の眼で見られる事が多かった自分に対してただの一般人が,下手したら殺されると弁えていながらも啖呵を切ったのを見て少し彼への評価が変わった程だ。

 それ位あの時の焔矢の行動は意外で…愉快なものだった。

 

「でも,これで亜夜子さんも達也さんの事をキッパリと諦められたでしょう」

 

 達也を尊敬し,彼の事を慕う事を辞めた訳ではない。

 だけど自分だけを愛してもらえないと傷ついた亜夜子の表情を真夜は忘れた訳ではなかった。

 そんな彼女が結果的に自分が背中を押したとはいえ,夫となる人を迎えた事,そしてその過程で異性としての達也を諦められたことは精神衛生上良かったと思ったのである。

 

 しかし,一度は予定から外れたのもまた事実で真夜にも精神的な疲れはあった。

 少し疲れたように椅子深くに腰をかけた真夜の前に,葉山はコーヒーを差し出した。

 

「流石ですな。ここまで読んでいらっしゃったとは」

「様子を見ようと仰ったのは葉山さんですよ?」

「この展開まではこの年寄りには予想出来ませんでした。」

「ふふっ,そうね。嬉しい誤算,という奴であることに違いありません」

 

 実の所,真夜は天王達の動きを察知していた。

 焔矢の事を調べるうちに彼の使っている楽器の事を知り,事故の状況と貢の自供によって急遽他の遺族の動向を調べていたのだ。

 だからあの公園で焔矢が亜夜子と再会した日に,天王が焔矢を誘拐する為あの公園で接触する事も知っていた。

 

 亜夜子も焔矢の動向を知っていたが,それはあくまでも焔矢だけであって周囲の事までは調べがついていなかった。貢が早めに亜夜子に事故の事を話していたらもしかしたら調べていたかもしれないが,そもそも焔矢の使っている楽器が誰のものなのかを知らなければ遺族の動向を知ろうと普通思わない。

 息子たちの楽器を,遺族が受け取りを拒否するのはその楽器に深い悲しみと憎しみがあるからという理由に思い至らなければ調べようとは思わないのだ。

 

 そして真夜達にはあの時点で亜夜子の報告から焔矢の魔法をいくらか予想をしていた。

 それは魔法力増幅ではなく…もしかして彼は使う楽器によってその使い手の技術をある程度憑依させる事が出来るのではないかという事だった。

 亜夜子が初対面した時に話した「自分はギターがそれほど上手くない」という言葉も,長谷部薫のギターテクニックを憑依させていたとしたら納得のいく言葉だったからだ。…真夜には彼のギターがどう上手くないのかはイマイチ分からなかったが。

 

 実際この考えは3割正解で,焔矢は精神世界の仲間達のテクニックを,彼らの思念という情報体と深く結びついた楽器に限り焔矢はある程度なら憑依させる事が出来る。

 今はもう彼らを召喚する方が早いし,そもそもで焔矢がこの能力を使った事はほぼ無い。

 使ったのは,Unlimited Flame Worksの限界値を知る為に色々模索していた時期位だ。

 

 例えそうだとしたら戦闘用の魔法でもないし,別に息子の恒星炉の役に立つわけでもない…今の所完全に音楽にしか役に立たないもの。

 だが,もしもそうだとしたら真夜達には焔矢に利用価値があった。

 理由がどうであれ,彼は精神という人間の深い所で,”他者”のテクニックを模倣出来るかもしれない。

 

 それが何を表すのか,非戦闘員にもレベルの高い魔法力を補えるかもしれないという事だった。

 だから,あの時点で焔矢を捕縛しようと思っていた。

 そのプランを変更する事にしたのは,亜夜子の焔矢を下の階に住まわせたという報告を聞いてからだった。

 

「あの亜夜子さんが彼に惹かれるのは少し予想外だったもの」

 

 亜夜子は上手く隠していたし,真夜も少し様子を見なければ分からない程だったが亜夜子にはあの時既に焔矢に好意を…までは行かないかもしれないが,彼に対して罪悪感があるのは見て取れた。

 それも当然で亜夜子にはこれまで根っからの悪人とか,達也の暗殺だとかそう言ったものを企てている人間の相手しかしてこなかったのだ。

 彼女も貢と同じように仕事に対しては冷徹とも言える行動をとれるが,やはり貢と同じく気性が優しい所があり罪もない一般人ともなると,自分達の都合の為に1人の人生を壊そうとしている事を憂慮しているのは彼を囮に使えば良いものを,四葉のビルに住まわせた所から推し量る事が出来ていた。

 そんな彼女が,達也以外の男性を好くことは真夜ですら予想外だった。

 

「しかし,結果的にこちらの方が良かったかと」

 

 葉山もなんの罪もない人間を,青春真っ只中である高校2年生を捕縛し人体実験に使う事に思う所があったのか,それとも別の思惑があるのかは分からなかったが亜夜子と焔矢の婚約で落ち着いたのは実際良かったとも言える。

 それは焔矢と亜夜子の恋が叶ったからとかじゃなく,純粋に四葉の利益としての言葉だ。

 

「ええ,傷を付けずに彼をこちらに引き込めたのは考え得る限りでは最良の結果ね」

 

 その為に,あえて天王達の事を教えずに,焔矢の寝室の窓のロックを解除して,わざわざ寝室のマットレスや布団を弾力性のあるものに入れ替えておいたのだ。そうする事で安全に彼が下に降りられるように。

 これには当然理由があり,焔矢をわざと外に出させるような真似をすれば彼に警戒させるようなものだし真夜たちは改めて彼に魔法の才能があるのかを見る必要があった。

 結果から言えば彼は思惑通りにベッドにあるものを使って,魔法を使わずに飛び降りた。

 最初はそれを見てやはり魔法の才能はないと判断したのだが,直ぐにそんな考えは吹き飛んだ。彼は魔法師でもないと自白しておきながら,出来損ないとはいえ精霊の眼を疑似的に使ったのだ。

 様々な思惑が真夜の中には蠢きながらも,貢からの報告を…彼を捕縛するかの判断を決める事にしたのだ。

 

 そもそも焔矢を連れてくるのにあの晩の作戦を待つ必要はなく,安全圏に運ぶという意味なら黒服の誰かに本家に連れ行ってもらえば良かったものを部屋に監禁したように見せかけるように貢に指示をしたのだ。

 そうして彼が部屋を脱出し,亜夜子たちの所に向かい…己の本当の魔法の正体を教えてくれるのを待ったという訳だ。天王達の誤解を解くためには,自らの魔法の正体を明かす必要があるからだ。

 彼が部屋を飛び出てくれるかは賭けだったが,計算通りあの夜の街に飛び出してくれた。

 因みにヨルが飛び出したのは真夜たちにも想定外で少し心配していた。

 

 閑話休題

 

 そうして結果的に焔矢の魔法の正体を知って真夜は彼の扱いをどうしようかと思った。

 精神という研究目的を除いても,正直放っておくには危険の能力者であることに変わりはなくあの時期には七草の当主にもこちらの変な動向を悟られかけていた。

 もしも彼の能力が露見してしまえば,その場合師族会議にて彼の保護が決定されてしまうだろう。

 

 それでは真夜は困るのだ。彼の事を調べ”精神”を探求したいと思っている真夜には。

 だから真夜は亜夜子と焔矢の初心な恋心を利用する事にした。

 彼らを”お付き合い”ではなく”婚約”させる事に意味があり,焔矢が四葉の縁者になってしまえば他の十師族も,他勢力も社会的にはなんの法律違反もしていないのだから焔矢を保護する事は出来ない。

 

 焔矢を手に入れるのに引き換えるのなら他勢力からの防衛も,犬一匹の安全もおつりがくるほどだった。それほど焔矢という存在は希少で稀有で,ぜひとも欲しい人間だった。

 

 ライブが終わってからの2週間は真夜が焔矢に対する十師族の動向調査と,亜夜子と焔矢をくっつける為の策略を練っていたに過ぎず,亜夜子が焔矢にキスしたおかげでこれも一気に計画を進める事が出来た。

 

 焔矢は好きな人と一緒にいられてハッピー,真夜も焔矢を手に入れられてハッピー,そんな感じだった。

 つまり,焔矢は亜夜子と一緒に真夜の掌で踊らされていたのである。

 

「さて,私達もやる事が沢山ありますよ,葉山さん」

 

 少し予定外に2人の婚約が遅れたが,予定調和であることに変わりはなく真夜は速やかに次の外堀を埋める事にしたのだった。

 

 

 ★

 

 2日後,今日も高校へ登校し,学生をして焔矢はレーベルに向かった。

 無論今日も楽器の練習をする為である。次のライブはまだ決まっていないが,SNSでも2ndライブは好評だったし…Alter Egoとしてのスタートも切ったあのライブでは演出的な意味でも曲的な意味でも絶賛されていて遠くない内に3rdライブ行うと大原から聞いているがそろそろ決まったかなとはやる気持ちを抑えきれずにいた。

 

「こんにちは」

 

 そんな事を思いながらレーベルに入ると――なんだか微妙な雰囲気だった。

 先ず変だなと思ったのはいつも気のいい挨拶を返してくれる女性の受付嬢が,なにやら強張った表情で焔矢を見ていたこと。

 次にレーベルなので当然だが焔矢の他にもアーティストがいる。焔矢が一番の新参者なので皆先輩にあたるのだが,何故か彼らの表情も戸惑いと恐れが混じっている…そんな表情だったからだ。

 彼・彼女らの緊迫した空気感がレーベルの事務所に入ると同時に感じるなんてただ事ではない。

 

「皆さんどうされたんですか?」

 

 一瞬,2ndライブの演出とか本当は魔法が使える事とかの事なのかなと頭を捻らせたが…そんなもう2週間経ったこんな時に思う事でもあるまいと考え直して…本当に何でなのか分からなかった。

 

「す,少し待ってください」

 

 焔矢の疑問は答えてもらえず,受付嬢はどこかに電話をかけた。それは内線であるのは見たら分かるのだが,どこにかけているのだろうかと焔矢が首を捻っていたら,少し話していた受付嬢が電話口を抑えたまま焔矢に向いた。

 

「音羽さん,代表室に向かってください。大原さんがお待ちです。」

「大原さんが?分かりました。」

 

 大原からの,それもこのレーベル事務所の中で一番格式が高い代表室で一体何の話なのだろうかと思いながら赴くと予想外の光景が広がっていた。

 代表室の応接スペースで,普段は飄々とした様子の大原が冷汗のようなものを感じているかのように強張っていて,その反対では黒服の男を1人背後に侍らせている亜夜子が余裕の微笑を浮かべて向かい合っている所だった。

 

「あら焔矢,奇遇ね」

 

 白々しく名前を強調しながら”奇遇”という亜夜子に,微妙な目線を向けながら大原の反応を伺うと彼はギョッとしたように眼を見開いて焔矢の顔を見ていた。

 余りの衝撃に言葉が出ない,という感じだったがそんな大原を置いて2人は会話を続ける。

 

「何が奇遇だ,どうせ俺の行動なんて殆ど把握しているだろ」

「そこは”運命”と言った方がロマンティックですのに…」

「生憎だが運命は握りつぶしてきた」

 

 青春男女に憧れているかのように見える亜夜子の言葉を自身の信念でぶった切りながら,何でこんな事になっているのかを足りない頭で想像してみるが…亜夜子の婚約者になっても亜夜子の考えが読める訳ではないので諦めた。

 もとより亜夜子の好意以外の事は未だによくわからないのだから仕方がない。

 

「それより,こちらに来たらどうですか?」

 

 そう言って亜夜子は自分の隣のスペースをぽんぽんと叩く。自分がヨルを呼ぶときによくやっている動作だが,それを分かっていてやっているのだろうか。

 

(うん,分かってやってんなこの人)

 

 亜夜子のニヤニヤとした含み笑いを浮かべた彼女の眼に,悪戯心を垣間見て分かってやっているのだと直ぐに理解した焔矢は亜夜子の言葉に応えることなく大原の方に向いた。

 そんな態度を取る焔矢に亜夜子は少し頬を膨らませたが,遊び過ぎたと自分でも思っているのか次の瞬間にはネゴシエーターとしての表情に戻った。

 

「亜夜子の冗談は置いておいて…大原さん,彼女が何者なのかは聞いた感じですか?」

 

 もうこの場にいる時点で…,そして自分がここに到着するタイミングを亜夜子なら当然知っているので少し先に彼女が先に入り自己紹介位なら既にしていると思ったが故の問だ。

 

「ああ,彼女が四葉真夜の代理人として交渉しに来たというのは聞いたが…」

 

 大原の声が震えるのは仕方がないとも言える。

 焔矢が四葉の名前を聞いても少し怯んだだけなのが可笑しいのであって,本来大原の反応の方が正常なのだ。

 大原からしたら,忙しくも平和な平日のど真ん中に縁も何もない筈の()()四葉からエージェントが送られてくるなんて誰が予想出来ようか。

 「お前何したんだ?」という大原の眼が焔矢に刺さっているのだが,焔矢はどう説明したものかと悩ん

 

「改めまして,本日は十師族が一,四葉家当主の四葉真夜から伝言をお預かりしてきましたの」

「伝言…ですか」

 

 大原の言葉に応えたのは,目の前の亜夜子だった。

 彼女はまだ20歳でありながら,大の大人を前にしても背筋をピンと伸ばし,静かな微笑みと全てを見透かしたような眼で大原を見据えていて…到底20歳の女性には見えなかった。

 少なくともこの場面においてはまだ30歳と言われた方が納得の出来る威厳と圧があった。

 

 焔矢は初めてこういった交渉をしている亜夜子を前にして,自分と相対した時とのキャラの変化に少し絶句しながら場を見守ることにした。

 

 ——直ぐに絶句する事になった

 

「実は…先日,わたくし黒羽亜夜子とこちらのレーベル…<エクセリクス・レコード>に所属するこちらの音羽焔矢が婚約させていただきましたの」

 

「「はあっ?!」」

 

 焔矢と大原が全くタイミングで驚愕の声をあげた。

 ただ,2人の驚愕の意味は異なっていて,焔矢はまさかこんないきなり何の捻りも無く社会的に色々言われてしまいそうなことを打ち明けた亜夜子に対してであり,古谷は四葉真夜のエージェントである彼女がいきなり”婚約”,それも焔矢との婚約を宣言されて余りに世間とのイメージの違いに声をあげてしまった。

 

「亜夜子さんいきなり来てそれ言うの?!」

 

 マジかお前という顔で言う焔矢の顔が余りにマヌケだったので亜夜子は笑みが抑えきれないが,衝撃という意味では大原の方がずっとあった。

 

「音羽…それは…本当かね?」

 

 別にレーベルとの契約で”恋愛をしてはならない”のような文面もなく,焔矢が誰と婚約しようとも本来責める事はないのだがまさか高1の冬に契約してこの短時間でそんな事をすると思わなかったというのが偽りない本心である。

 実際焔矢も前までこんな事になると思っていなかったから大原の気持ちは凄く分かるのだが,改めて誰かと婚約したことを関係のある人に暴露されてむずがゆい気持ちになってしまっていた。

 

「いや…それは…しましたけど…」

 

 本当はニヤニヤと笑っている亜夜子がいなかったら恥ずかしさを誤魔化す為に否定しようとしたが,亜夜子がいる手前そんな事出来る訳も無く,そもそも亜夜子が婚約している事を前提に話を進めようとしているのでここで話の腰を折ったら亜夜子に家で何をされるかたまったものじゃない。

 ただでさえ恥ずかしがる自分を弄ぶ趣味を見つけてきてしまったのに,これ以上されてたまるかというのが焔矢の考えだった。

 

「それで…音羽の相手が…」

「わたくしですわ。」

 

 大原の確認の為に独りでに呟いていた言葉を拾い,亜夜子は艶やかな笑みを浮かべていた。

 少しの間呆気に取られていた大原だったが,次第に頭を横に振って気を取り直したようだった。

 

「いや…それ自体はなんの契約違反でもない。問題は世間に対してどうするか…」

 

 訂正,気を取り直していなかった。

 一昔前のアイドルと違って別にアーティストが恋愛しようが結婚しようが叩かれるような風潮はない。

 だが,焔矢には既に沢山のファンがおりその6割は女性である。この婚約が何かに響くあるのか,そしてそもそも婚約を発表するべきなのか…色々な事を考えすぎて頭を痛めている様だった。

 

 こんな事をいきなり言われたら怒鳴る可能性があったと亜夜子はおもっていた為,少々意外な気持ちで大原を見ていた。

 四葉のネームパワー,それも婚約者が目の前にいる状況で怒る事の方がみっともないと思ったのか,それとも本当にただ世間への対応を考えているのか…恐らく後者だろうと思った。

 

「ミスター・大原」

 

 だが,現在進行形で色々悩んでいる大原には悪いがそれよりも話があってここに来たのだ。

 亜夜子が少し非難を込めて名前を呼ぶと,大原はハッとしたように眼を見開き,やがて申し訳なさそうに居住まいを正した。

 

「申し訳ない,それで…音羽と貴方の婚約というのは…」

「事実です。生憎とまだ婚姻届けはしたためてはいないので証明するものはないのですが…音羽さんも認めてくださったとおり,わたくしと彼は婚約者です。」

 

 焔矢は何だか嵐の前の静けさというか,そう言う。

 

「この婚約は四葉真夜もお認めになってくださり,その内正式に認められる事でしょう。本日はそれに伴って御社に”お願い”に参りましたの」

 

 この”お願い”という単語に凄まじい圧を感じたのは決して焔矢だけではなく,大原もこの”お願い”がそんな生易しいものであるはずがないと肩に力が入った。

 

「お願いとは…なんでしょう?」

 

 まさか四葉が音楽業界に進出する為に焔矢を引き抜きたいとか言いたい訳じゃなかろうな?と,疑心の眼を向けると大原の考えている事がまるで分かっているかのような鋭い視線を向けながら亜夜子は話した。

 

「彼…音羽焔矢の音楽を四葉家当主,四葉真夜は大変気にいられております。そこで,四葉家は”音羽焔矢”のスポンサーになりたいと考えられています」

「…と,言いますと?」

「彼の事に対してのみ,四葉家は金銭的な援助を惜しみません。」

 

 だが,それは焔矢と大原が思っていたよりも単純な内容であり,数あるスポンサーの1つになりたいという事は…まあ珍しい話ではない。このレーベルも様々な出資者のおかげで焔矢のライブや他のアーティストの配信が出来ているのだからスポンサーが付くというのは普通のビジネスなら嬉しい話である。

 焔矢はまだまだ駆け出しであるので,もっと彼を輝かせようと思ったら金銭的なものは付きまとってくる。音楽業界も少なからず金で動いて,”夢”だけではどうにもならないのが現実だ。

 それを焔矢だけとは言え金銭的な負担を楽にさせるという意味では魅力的な話だ。

 

 だが,スポンサーが強力であればあるほど意向に逆らいにくくなってしまうのも事実。このレーベルにはないが,どこかの芸能事務所で女優を我が物で扱った最低な人間もいると聞いたことがある。…あの司波兄妹に痛い眼を見たらしいが。

 四葉は自分達に何を望むつもりなのかと,自分達のやり方にどう口を出してくるのかと冷汗を流した。

 

「もちろん,これからの彼のライブや音楽について我々からなにか口にするような事はございません」

「…そうなのですか?」

「ええ,四葉真夜も2ndライブは大層気にいっておりましたわ。ライブの演出や広告のライブに繋がる全てのマネジメントの手際が実に良いと伺っております。プロではないわたくし達が下手に指図するよりも,皆さんにやってもらった方が良いとお考えです。」

 

 しかし,亜夜子の…というよりも四葉の要求は最善に近いものだった。後に亜夜子は質が落ちたら遠慮く乗っ取るという旨の事を話したが,それを差し引いても魅力的な提案であることに間違いなかった。

 

「そう言う事であればお話を受けても良いですが…」

「寛大なご厚意,ありがとうございます。つきましては彼のスポンサーになるにあたり,2つ条件がありまして」

「条件?」

「ええ,条件です。」

 

 亜夜子の考えが読めない笑みを,少し畏怖の眼で見ながらも先を促すと彼女はもったいぶることも無く話した。

 1つ目の条件として,焔矢のライブを行う事に際しての全ての書類を四葉に回す事。当日の警備やタイムスケジュール,ライブに至るまでの全てのプランを提示すること。

 いくらスポンサーでもそんな事をするのかと大原は眼を見開いていたが,これは焔矢の護衛に必要な事だからと言われて了承した。最近焔矢の周りが煩いのは大原も知っていたからだ。

 2つ目はレーベルが出して,そして管理している焔矢の事について…つまり,まだ20歳を過ぎていない焔矢に必要な財産管理や彼のスケジュール,その他個人情報についての話。それらを四葉の方で管理したい旨の話だった。

 2つ目に関しては,他の所から焔矢を調べようと思った時にレーベルで管理している個人情報をあさる方が簡単というもので,実際四葉も最初はここから手に付けた。ざる管理とは言えないが,それでもこれから四葉の縁者になる焔矢の個人情報を管理したいというのは当然の帰結だった。

 

 「え,俺のプライベートは?」

 

 さらっと自分のスケジュールまで掌握しようとしている亜夜子に思わず問いかける焔矢だったが,亜夜子は彼の顔を考えの読めないアルカイックスマイルで受け流した。

 しかし,その瞳には「今更?」という言葉が混じっているように感じた。

 

「失礼ながら,これから四葉の名に連ねる音羽の個人情報を御社に任す事をご当主様は憂慮しております」

 

 四葉は徹底的な秘密主義,今分かっているだけでも真夜と達也に深雪,そして黒羽位しかその存在が明らかになっていない。四葉は分家という稀有なシステムを取っていて,彼ら以外の存在は明らかになっていないのだ。

 そこに焔矢が四葉だと,個人情報漏洩という形でバレた時には世間的にどうなるのか想像に難くない。それを防ぐために四葉自らが彼の個人情報を管理するというのだ。

 

「もちろん,これからも彼の音楽活動を御社にお任せするという言葉に嘘はございません。」

 

 あくまでも乗っ取りではなく,焔矢の管理をしたいという事である。

 

「承知いたしました。」

 

 結果,大原はそれらの条件を飲むことにしたのだった。

 四葉の女性と婚約する事を,このレーベルだけで隠せる気がしなかったというのが大きな理由だった。それなら自ら存在をバラしたことでしか正体を現さなかった四葉の情報統制力に任せた方が良いと思ったのだ。

 

「ご懸命な判断,感謝いたしますわ。」

 

 全てが予定通り,と言った様子で亜夜子はニコリと微笑んだ。

 焔矢は初めて亜夜子の交渉ごとの場面を見たが…年上の,それもそれなりに修羅場をくぐってきている大原を相手に四葉のネームパワーというの差し引いても亜夜子の交渉術の方が完璧に上回っていた。

 今まで自分を相手にしていた時の亜夜子は,あの真実を知った日までは今のような人の心を見透かしたかのように物事を進める亜夜子だったがあの後は正直,色々裏がある女の子程度の認識が焔矢には強かった。

 だが,目の前で彼女の交渉術を見た焔矢は内心「こえー」と思ってしまっていた。よく自分は婚約出来たなとかも思ってしまったのだった。

 …しかし,同時に凛々しく立ち回る亜夜子を見てこんな面もあるんだなと知って嬉しくなってしまったので焔矢は手遅れだったのである。

 

 ★

 

 レーベル事務所前,亜夜子を見送る焔矢は周囲に誰もいないのを確認して,亜夜子をジト目で見た。

 亜夜子はそんな焔矢の反応が面白かったのか,事務所を出た時には既に笑いを堪えられていないようだった。

 

「…来るなら連絡位しとけよな」

 

 せめてもの抵抗で,連絡も無しにレーベルに現れたことに苦情を言い放つが,亜夜子は本当に思っているのかどうか分からない表情のまま

 

「ごめんごめん,それより…これで後戻りは出来ないからね」

 

 軽い謝罪の言葉に何事かを言いそうだった焔矢の先手を打つように,改めて確認した。

 後戻り…今更婚約を破棄なんて出来ないし,四葉がレーベルの背後についた以上焔矢は四葉から逃げる事が出来ない。その見返りは確かに焔矢とヨルの安全で保障されているが,客観的に見えるのならプライベートとかも全て掌握されている焔矢の方が窮屈だと言えるだろう。

 それでも,焔矢は亜夜子の手を取ることにした。その選択を,焔矢は後悔しなかった。…そもそも四葉の事を抜きにしても心底亜夜子に惚れてしまっているのだが。

 

「分かってる。それでも」

「後悔はしてない,でしょ?」

 

 亜夜子が「貴方の事は分かる」とでも言いたげに魅惑的に微笑んで,焔矢は台詞を横取りされたことに少し絶句したが直ぐに彼女と同じように微笑んだ。

 

「ああ,選んだこの人生(みち)を迷いはしない。」

「ふふっ」

 

 焔矢が言ったポエム的なセリフを,亜夜子はクスりと上品に笑った。

 普段,作詞とかもしている関係なのだろうが焔矢は偶に無自覚に詩的な表現する事がある。

 理想主義と現実主義の狭間にいる彼だが,亜夜子は不思議と彼のそんなセリフが良く似合っていると思ったのだ。

 

 いきなり笑い出した亜夜子に焔矢は疑問符を浮かべるが,直ぐにその顔が紅くなった

 

「焔矢のそう言う安い台詞,私はとっても好きよ」

 

 この場合の好きは数日前の”好き”と微妙にニュアンスが違うのは分かるのだが,それでも亜夜子の美声から放たれる”好き”って言葉は焔矢を無条件に照れさせてしまう必殺技でもある。

 思いもよらぬところでそんな事を言われた焔矢は,頬を赤くしたのを見せたくなくて思わず眼を反らしてしまう。

 そんな焔矢を亜夜子は愉しそうに見て,自分の手で顔ごと眼を反らした焔矢の顔を,くいッと真正面に向けさせる。

 焔矢は抗議の眼で

 

「安い台詞で悪かったな」

 

 これは焔矢の癖とでも言うべき事なのだが,自覚をしている分恥ずかしさも倍増である。

 こうして呟いた言葉が作詞に使われる事もあるのだが,今は完全にそんな状態ではなく亜夜子に笑われた事のダメージが”好き”と言われた事の皮肉によって相殺されて微妙な気分になってしまっている。

 

 しかし,やっぱり亜夜子の方が一枚も二枚も上手なのかわざとらしく首をこてッと傾け,妖艶という言葉がよく似合う魔性な表情で

 

「そんな安い台詞はこの世で私しか買わないけどね」

 

 さらっと,恥ずかしがることも無く遠回しに「そう言う所も愛しているのはこの世で自分だけ」という亜夜子のカウンターに焔矢は更に眩暈がする程精神的にグラついた。

 本当に今の亜夜子に言葉で勝てる気がしなかった。今までは焔矢の感情論と現実をぶちまけた論法で亜夜子の言葉を封じたことはあったが,もう既に亜夜子の中で焔矢という存在が”婚約者”に変わった事で却って本来の姿になっているのかもしれない。

 これが中学生の頃から四葉真夜の代理人をしてきた,四葉の女性という事を改めて焔矢は感じた。

 …けれど,亜夜子の言葉が嬉しかったのは本当だったりする。

 

「敵わないな,ほんとに」

 

 だから嫌悪感も出すことなく,一息つくようにそう言うと亜夜子は笑みを浮かべつつ

 

「ふふっ,ありがと」

 

 少しだけ2人の間に静かな時間が流れたが,亜夜子が背を向けたのを見て問いかける

 

「今日はなんかあるのか?」

「少し他にも仕事があってね。夜までには帰るわ」

 

 仕事の内容を,焔矢は聞くことはしなかった。恐ろしいから…そう言う理由も確かにあるのだが亜夜子はきっと話してくれないだろうと思っているのもある。

 彼女は…婚約したとしても四葉の人間であある。

 前まで色々教えてくれたのは,そもそも自分が仕事のターゲットだからというのが大きいだろう。それに自分は仮に亜夜子の仕事の内容を知った所で彼女を止める事も出来ないし,手伝う事も出来ない。

 

 だから,今は彼女が無事に仕事を終えるのを願うしかないのだ。仕事の内容を聴くなんてお互い時間の無駄で,だから今振り返った亜夜子もこう言ったのだ

 

「それじゃ,焔矢も練習頑張って」

 

 ウインクしてそう言う亜夜子にドキリとしながら,焔矢は彼女の背中を見送り…自分もレーベルのスタジオに踵を返しながら答えた

 

「ああ,今日はまだ終わってないからな」

 

 そうして,お互いがお互いの時間にするべき事に足を向けて行った。亜夜子は闇の世界で暗躍するマフィアを相手に,そして焔矢は世界を変えるために…だが,2人の間に道が別れる事の心配はなかった。

 何故なら,2人の間には確かな繋がりがあったのだから

 

 

 ★

 

 

 数年後,司波達也と並んで世界に衝撃を与えた男がいた。

 日本の老舗レーベル<エクセリクス・レコード>所属。

 たった1つの音楽で,音楽という在り方を変えるだけに留まらず言葉通りに世界から争いを止めて見せた男の名は”音羽焔矢”

 そして,司波達也が開発した戦術級魔法「ソウル・ディフュージョン」によって彼の音楽を支えた女性の名は”音羽亜夜子”




お疲れさまでした!

そんな訳で,本編は一応終わりです!
次回からは緩い日常系とかしながらなんやかんや進めます(雑な説明)。

付き合い始めた後の2人の関わり方見てもらえると分かると思いますが,基本焔矢が尻に惹かれます。
年下だからね,仕方ないね。
婚約したことで亜夜子は焔矢を相手に本調子を取り戻した感じです。今までは焔矢に対して正体不明の感情があったのでどこか調子が悪かったようですが(焔矢の綺麗とかに照れたり),身近な人間になったので亜夜子にとっても焔矢は付き合いやすい人間に変わっています。
そんな訳で,亜夜子がデレデレはイメージ出来なかったので小悪魔的な立ち回りはそのままで焔矢を翻弄してもらうのが良いなと思いこんな形になりました!


物語として一区切りついて,どうだったでしょうか?
暇つぶしとかになっていたら幸いです!

では,次回は幕話のお仕置き回です!楽しみにしてくれていたら嬉しいです!
ではでは

どのお話見たい?

  • 達也&焔矢(UBW強化話?)
  • 空澤&焔矢(亜夜子についてあれこれ話す)
  • 貢&焔矢(修羅場)
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